やっと、君の願いを叶える王子様になれる

 本のページをめくれば、隣に座る恋人の方からも紙をめくる音が聞こえる。
 文へと目を走らせつつ、時折恋人を確認。
 本日マンガを読んでいる恋人は、ぱらりとページをめくりながら、真剣にそれを読んでいた。それに微笑みつつ、また自分の本へと目を落とす。

 

「……」
「…」

 

 時計の音と、紙の音、ときどき布のこすれる音が聞こえるだけの静かな時間。
 心地よく感じながら、文字に目を走らせて。頭の中で文章をイメージしつつ読み進めていく。

 

 割と気に入って読んでいるミステリーの話。主人公がわけのわからないような行動をするも、それにはきちんとわけがあって。
 どことなくそれが恋人とリンクしているようで、今日のようにときおり読み返している。内容がわかっていたとしても、やはり気に入っているものはおもしろい。

 

「…」

 

 そういえばこの展開はこのあと主人公が交渉しに行く話だったかと、記憶をたどりつつ読んだところで、ぱたりと隣で音が鳴った。
 その後すぐに恋人が動くのが視界に入る。本を読み終えたんだろうと理解して、文字に目を走らせつつ口を開いた。

 

「終わったのか」
「うんっ」

 

 あぁこれは相当気に入ったようだ。声音でわかる中身の良さに、あとで俺も読んでみるかと決めて。話の区切りのいいところまで読み終えたところで、恋人が近づいてきたのがわかったのでしおりを挟んで本を閉じた。

 

「ん」
「♪」

 

 本を隣に置けば、声だけでなく表情でもわかるくらい上機嫌な恋人がいる。律儀に待っていたクリスティアに手を広げてやると、嬉しそうに抱き着いてきた。
 少し甘く感じるにおいを堪能しつつ、抱きしめて近づいた体で彼女が息を吸ったのがわかったので。何か発するんだろうと意識を向けた。

 

「リアス」
「うん?」

 

 においみたいに少し甘く呼ばれた名前に、俺の声も自然と甘くなる。すりよって、聞けば。

 

「待ち合わせしたい」

 

 なんて仰るじゃないか。
 長年付き合っていれば何故その考えに至ったかなんてすぐわかる。
 あのマンガか。
 大方付き合いたての恋人が初々しく待ち合わせをしている場面だったんだろう。そこは脳内ですぐ情報が補完できるので聞かなくてもいい。
 問題は待ち合わせをしたいという要望だ。ご機嫌にすり寄ってくる恋人をそっと離して。

 

「……本気か」
「したーい」

 

 問えば、変わらない願望が返ってきてしまった。
 思わず苦笑いをしていれば、恋人はこてんと首をかしげる。

 

「明日、デート…」
「そうだな」
「待ち合わせは可能…」
「まぁ普通ならな……」

 

 クリスティアの言う通り、明日はいわゆるデートである。
 と言っても過保護すぎる俺に合わせて、いつもと変わらない、人混みのない隔離されたような場所だけれど。
 それでも喜んでくれる恋人だから、全力で楽しませてやりたいのも男心である。

 

 あるんだが。

 

「……いいか」
「うぇるかーむ…」

 

 手を挙げて意見を言いたいと主張すれば、頷いてくれたので、正直に。

 

「……ハードルが高すぎるとは思う」
「…」
「決して嫌ではない」

 

 想像してみろ、かわいい恋人がお待たせと来るんだぞ。過去そんなかわいらしい待ち合わせなんてできたことないが、それでも、似た気持ちは知っている。
 まだ恋人になる前。出逢った森に行ったときのクリスティアのふわりとした微笑みや、彼女が来た時の嬉しそうな顔。

 

 恋人という状態ならなおかわいいんだろう。想像もできるから言葉でも言う通り決して嫌ではない。

 

 嫌ではないんだが。
「……お前が来るまでに心臓が持つ気がしない」

 

 情けないことに、今では過保護が勝ってしまって。道中何もなく過ごせているかの方が心配になってしまって気が気じゃない自信がある。
 よくもまぁこんな情けない男に愛想をつかさないものだと一種の感心も得ながら、言えば。

 

 恋人は大丈夫と言いたげに胸を張りながら。

 

「ご安心あれ…」
「……聞こうか」

 

 小さな口が、開く。
 
 
「家の前で待ち合わせすればいい…」

 

 あぁその手もあるかと思ったのもつかの間。
 お前それでいいのかと思ってしまうのは仕方のないことだろうか。
 わかっている、この状況にしているのはまぎれもなく俺だということもよくわかった上だ。けれど許してほしい。

 

 お前と俺は今一緒の家に住んでいるんだクリスティア。
 ということはだ。

 

「共に家を出ようが何も変わらないのではないのか……?」

 

 そんな疑問も出てしまうのは仕方ない。そう自分に言い聞かせて、恋人を見る。けれどクリスティアにとっては違うらしい。

 

「気持ちが大事…」
「さいで……」

 

 縛っている以上そう言われてしまうと返す言葉がない。
 となれば、と。

 

 彼女に言われた待ち合わせを考える。
 待ち合わせは家の前。
 ということは俺の結界のテリトリー内。俺が先に家を出て待っていれば、恋人は俺のテリトリー内でのみ一人で歩くことになる。

 

 加えて待ち合わせのかわいい姿も見れる。それならば、まぁ。
 
 
「……俺が待っている状態ならという条件をつけていいなら」
「!」

 

 拒否する理由もないだろうと、頷けば。恋人の顔はぱぁっときらめいた。そんなに嬉しいかと苦笑いしながら、クリスティアが再び抱き着いてきたのを受け止める。

 

「夢のお迎え…!」
「いや迎え自体は学校でもしていると思うが……」
「おうちの前でイケメンの恋人が待ってるなんて素敵すぎるシチュエーションはなかった…!」
「そうか……?」

 

 疑問に思いながら抱きしめつつ、一応記憶をたどる。
 あぁ過去は家の前で待つではなくそのまま家に入っていたかと瞬時に記憶がよみがえってきたので記憶の扉は閉めて。
「たのしみ…!」
「……ならまぁ、いい」
 普段約束なんてものは苦手だからしないけれど。緩やかになった今、こんなに喜んでくれるならまぁいいだろうと許せる自分もいて。

 

 こっそりと自分も明日を楽しみにしつつ、恋人の冷たい温度を堪能した。
 
 
 
 
 
 そうして迎えた次の日。
 家の中で二人、準備をして。
 
「先に出てる」
「うんっ」

 

 時間差で家を出るというなんともシュールな待ち合わせをすべく、玄関に手をかけた。
 振り返った恋人はうきうきと靴を履いている。それだけでもうかわいらしくて、自然と顔がほころんだ。とりあえず恋人が俺のところに来るまでに転ばないことを祈りつつ、扉を開けて外に出る。

 

 ほんの少し秋めいてきた季節。けれどまぁ歩いていれば体温も上がるし、今日の薄手のカーディガンは正解だったんだろう。そう、外の気温を感じながら入口まで歩いていって。
 待ち合わせということは外に出ておけばいいんだろうと、外に続く扉を開けて、完全に家の敷地から出た。
 時計を見ればあと四分ほど。

 

 そうしたら揃いのカーディガンを着た恋人が家から出てきて、俺のもとへやってくる。
「……」
 どことなく、そわそわとする。
 どんな顔で来るんだろうか。最後に見たときと同じだろうか。昨日までは想像できたはずなのに、今は少しだけ緊張しているのかうまく予想できない。

 

 時計を見ては、空へ視線を移し。
 また時計に目を落とす。

 

 時刻はさほど変わらない。当然だと笑って、また空を見上げた。

 

 恋人と同じ色の水色の空を見て、早く来ないかと。どこぞのマンガのようにそんな初々しいことを思っていれば。

 

 キィ、と。扉が開く音が鳴った。
 時計を見ればまだ早い。けれど鍵をかける音も鳴って、足音もする。まさかと思って振り返れば。

 

「……」

 

 恋人が、少し緊張した面持ちで歩いてきていた。
 そんな顔をされたらこっちも緊張するだろ。

 

 心臓が少し早くなっているのを感じながら、クリスティアを待っていれば。
 外へと続く、黒い扉も開かれる。

 

 時計に目を落とせばやはり決めた時刻より早い。
 どうした、という思いも込めて見やれば。

 

 クリスティアは俺を見ては視線を落とし、また俺を見上げる。
 そうして照れながら。

 

「…逢いたくて、来ちゃった…」

 

 反則じゃないかこれは。
 照れて下を向く恋人にぐっと心をわし掴まれ、思わず口元を覆った。

 

「……そうか」
「ん…」

 

 何千年も恋人関係のはずなのに、この前付き合ったばかりのような気持ちになってしまう。ほとんど恋人らしいこともしていないから当然といえば当然か。
 なんて緊張からそらすように考えつつ。このままでもいけないだろうと、口から手を離して、彼女へと伸ばす。

 

「…」
「……予想以上にかわいかった」
「!」

 

 次の約束はまだできないけれど。
 今日の感想だけはしっかり伝えて。

 

「…リアスも、かっこいい…」
「さいで」

 

 伸ばした手にそっと手を重ねてくる恋人の手を握り、歩き出す。

 

「あのマンガいい…。恋人の素敵な姿が見れる本…」
「お前今度は何希望するつもりだ……」
「ないしょー」

 

 いつも以上にご機嫌な恋人に、まぁ次もこんな顔が見れるならばいいかと、すでに許可することは決めて。

 

 まずはかわいい姿の礼に今日を全力で楽しませようかと、歩みを進めた。
 
 
『やっと、君の願いを叶える王子様になれる』/リアス
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