笑顔のために

「どうしましょうか」
「テーマは男子も入れるファンシーだったね」
「そうなのよー」

 三連休を終えた火曜日。

「波風くんはどんなのだったら入りやすい?」
「えぇ、俺?」

 向かいの道化に聞かれては考えてはみるけれど、正直ずっと妹やら隣の親友と生きてきたので特に抵抗はなく。

「俺だったら結構なんでも入っちゃうからなぁ……」
「むしろ喜んで入るじゃん…」
「刹那さんそれは誤解生むからやめて」
『ですが蓮殿、女性コーナーでは……』
「冴楼もやめて」

 今回多少の自由を許す代わりにクリスティアのお付きとなった冴楼にも釘を刺し。

 手元にある布には、糸の通った針を刺した。

 学校終わりの放課後。いつもなら、リアスたちが迎えに来るのを待って、武煉先輩、陽真先輩と一緒に帰るのだけれど。

 今日からは、少し違う。

 本日からエシュトでは文化祭準備期間となりまして。

 文化祭までの間、放課後は準備に使うのでこうしてクラスに残って、文化祭に向けて準備中。

 うちのクラスでは道化提案の異種族交流お話喫茶、「フロイント」というものをやることになり、前回のHRで担当やら準備期間中の班やらを決めた。俺は当日キャストに準備中は衣装班、クリスは当日会計で準備は看板やらのデザイン班。そして目の前にいる祈童は当日会計、道化は当日キャストで準備中は二人とも内装班。

 って感じで班がばらばらながらも何故こうして四人で集まっているかというと。

「今日やる内装班会議で他の男の子の意見集まるかしら」
「ビーストのイスの高さとかの情報も欲しいところだね。冴楼のように飛べるものでなければふつうのイスはきついだろう」
『翼が飾りの種族もおります故……配慮は必要かと存じます』

 様々な種族、性別。その全員を楽しませるために、それぞれがいろんな意見を聞けるように。そしてこの期間中に新たなスキルへの興味が湧くこともあるだろうっていう、杜縁先生のエシュトらしい考えから、同じ班の人だけで集まらず。それぞれが担当のことをしながら周りの助けもしている。ってことで、このクラスだと最近自然となっているこの四人で今現在集まっているんだけれども。

 若干内装の方は難航気味。

「ファンシーって言ったらやっぱりピンクとかなんだけれど……全部ピンクだと男の子って入りづらいわよね」
「ふつうに入れない?」
「波風、一般論で頼む」
「超一般論じゃん」

 どこが?? って顔しないでくんない?
 俺をあてにできないと思ったのか、祈童は何もなかったかのように道化に向く。

「それに道化、女子全員が必ずしもピンクを好きとも限らないな」
「そうなのよねー……。ねぇ、刹那ちゃんは何色がファンシーだと思う?」
「あかー…」
「氷河、今聞いているのは好きな色でなくファンシーな色だ」
「えぇ…?」

 言われて、やっとファンシーを考えたのか。デザイン案とにらめっこしてたクリスティアが顔を上げて首を傾げる。

 んーって言って、また首を傾げて。

 出した答えは。

「蓮が作る服はファンシー…」
「だから刹那さんや、今色の話だって」
「してるじゃん…」

 的が大きすぎる。

「俺の作る服の色がファンシー?」
「いえーす…」

 頷いて、クリスティアは自分のスマホを取り出す。

 取り出して。

 あ、と声を上げた。それに、俺もあ、と気づく。

「どうしたの刹那ちゃん」
「このスマホには入ってないんだった…」
「主に龍と華凜のとこに入ってるんだよねお前の写真」

 だいたい目線が合ってないやつが。

 三人のメサージュにいくつか入ってたかな。俺もスマホを取り出して、メサージュを開いてスクロールしてく。

 うわクリスティアが押したスタンプ多すぎてたどるの超めんどくさい。

「刹那もう少しスタンプ控えめにしてくんない」
「かわいいと連打しちゃうから…」

 いやお前の連打の仕方異常だろ。秒で60とか越えるじゃん。

 メディア欄から行くか。そう、タップをしていっている間に。

「そういえば、波風たちの連絡先は知らないな」

 そう祈童が言ったので、んー? と曖昧に返しながらスクロールしていく。お、ここらへんかな。

「そうね、文化祭もあるし連絡ついた方が助かるわ!」
「休みも遊べるしな」

 そーねと返して、クリスティアが俺の作った服を着ている写真をいくつかスマホのアルバムへ。

「とりあえず氷河、メサージュの交換をしようか」

 そう、祈童がスマホを差し出したところで。

 クリスティアが、立ち上がった。

 そうして、彼女にとっては当然で、ふつうのやつにはびっくり発言。

「龍の持ってくる…」
「え」
「炎上?」

 わぁこういう反応新鮮。なんだかんだ武煉先輩たちって驚きはしつつもすんなり受け入れてくれるし。一般的にはこういう反応するよね。

 ただ刹那さんや、恐らく次言おうとしてる言葉は言っちゃいけないかな??

「龍と一緒にす──」
「すとーっぷ刹那さん、それ以上の言葉はまず龍の許可取ってからにしよう」
『お呼びいたしましょうか』
「大丈夫、とりあえず祈童道化、俺と交換しよう、刹那のはちょっとあれだ、手順が必要だから」

 いや手順あっても無理なんだけれども。とりあえず追々ばれるかもしれないけど今回はこれ以上リアスに負担かけるのはよろしくないので。

「あとで龍に言ってみるから、ていうかなんなら俺だけでこと済むから、いい?」
「お、おお」

 一気にまくし立ててしまえば、気圧されたのか二人は頷く。よし頑張った俺。未だびっくりしてる二人に促して、ひとまず二人の連絡先を入れてから。

 最後の一押し。

「はい道化」
「え」
「刹那の」

 衣装、と最後まで言うこと無く。

 道化は奇声を上げた。
 一気に話がそれたのはいいんだけどやっべ耳いってぇ。思わず片耳を抑えて、たった今道化宛に送った画像の他にいくつか送っていく。

「何これ!!!」
「刹那が言ったファンシー衣装」
「誰よ撮ったの!!」
「うちの妹以外いないでしょ」
「最高よ!!!」
「あとで華凜に伝えとくよ」

 恐らく「そうでしょう!!」と目を輝かせるのが目に浮かぶ。ひとまずうちのカップルから話がそれたということで、そのままファンシーの方へ路線を修正。

「色はそんな感じかな。水色、紫……たまに緑?」
「結構パステル系が多いんだな。あとはピンクや赤がメインになっている服もない」
「紅はアクセサリーの方が結構喜ぶからね」

 微笑みながら見ると、こてんと首を傾げて。必要なことをやり終えた彼女の興味は再びデザイン案の中へ。

「刹那が全体的に色素薄いし、きれいな水色だから。なじむように基本的にはパステル系使ってるかも。あとは龍とお揃いで服作ったりもするし」
「お揃い!? 炎上くん着るの!?」
「いやさすがにワンピースは着ないけれども」

 俺も着るなんて言われたら目が飛び出るわ。

 もっかいスマホに目を落として、確かあったはずとスクロール。お、あったあった。

「ほらこれ」

 タップで拡大して、パステルグリーンで同じデザインの服を着てる二人の写真。春だったからこっちはお揃いのパーカーで。

「これも波風が作ったのか?」
「うん、羽織る物が欲しいって言ってたから。刹那のを少しかわいい感じにしてるけどお揃いにしたやつ」
「炎上が恋人とお揃いを着るという事実は一旦置いておいて」
「あとで掘り下げなくても大丈夫だよ」
「いやぜひ心境は聞きたい」

 ごめん親友、止めない俺を許して。

 心の中でとくに申し訳ないとは思ってないけれど謝って、本題へ。

「パステル系ならかわいいし、こうやって緑とかなら意外と男も平気だったりするんじゃない? うちの龍も一般的じゃないからちょっと参考になるかわかんないけど」

 おっと若干寒気がしたぞ。後ろにいないよなあいつ。
 仮にいたとしても気づかなかったということにしておいて、祈童を見る。顎に指を添えて悩んでる祈童は、少ししてから頷いた。

「確かに彼も一般的とは言えないだろうが……だが色には賛成だな。僕もこういった色の服なら着やすいし、手に取りやすい。店の雰囲気に置き換えたとしても入れないということはないだろう」
『パステルカラーというのも優しい雰囲気があって良いかと思いまする』
「だそうだ道化、そろそろ氷河を堪能する旅から帰ってきてくれないか」
「このまま探さないでくれてもいいのよ!」
「それだと刹那の新しい写真が見れなくなるんじゃない」
「それはいけないわ!」

 旅から帰ってきた道化はスマホを閉じて、ノートにペンを走らせていく。

「とりあえず、パステルカラーをということよね」

 堪能しながらも話はしっかり聞いてた道化に頷いて。

「緑あたりがたぶん無難なんじゃない。白でも良いと思うけど。いろんな衣装の子がいるから浮いたりはしなさそう」
「ふむ……わかった、こちらではその案で話し合ってみよう」
「参考になったならよかったよ」

 微笑んで、ようやっと手離していた布へ再び手をつける。緩く糸を通していきながら、また話し始める二人の会話にも耳を傾けた。

「あとはもう少し凝った演出が欲しいのよね」
「あぁ、待ち時間も楽しくなるようにというやつか。やはりパフォーマンスとかが無難なんじゃないのか?」
「でもそれじゃあキャストとは別にパフォーマンスの子も選出しなきゃいけないじゃない? もっと大変になっちゃうわよ。内装に組み込めるようなものが欲しいわ」

 内装に組み込めるようなものねぇ……。

 壁に楽しめるような絵とか? あとは待ち時間何かしてれば特典ーとか……あぁでも特典とかってなるとまた管理が大変なのか。

 隣でうなっている二人の議題を考えつつ、糸を通し終えて顔がほころぶ。

 緩く通していたものを絞るように、針を引っ張った。

 手の中の布は真ん中あたりがきゅっと絞られて。

 フリルがついた、紅いリボンのできあがり。

 それを、デザイン案に夢中になっている親友へ。

「刹那ー」
「なーにー」
「ほい」

 目の前に来るように見せれば。少しうつむきがちでも顔が明るくなっていくのがわかった。それに、俺の口角も上がってく。

「紅!」
「当日つけような」
「龍の前っ?」
「そうそう」

 仮ってことでヘアピンをつけて、彼女の左耳あたりへ。
 少し大きめのリボンは、嬉しそうなクリスティアが動くたびに揺れる。

「後ろか横につけてあげるから」
「うんっ」
「下もとびきりかわいくしてあげるからね」
「♪」

 一気にご機嫌になった彼女は、リアスとつながっている冴楼へ目を向ける。そうして「似合う?」だとか「かわい?」といつものように尋ねて、冴楼もそれにうなずき返していた。

『主にまだ見せられないのが心苦しいものでございまする……』
「おたのしみ…ごろーも内緒」
『御意に……』

 とりあえず写真だけ撮っとこ。机に置いてたスマホでカメラを起動して、冴楼に微笑んでいるクリスティアを一枚。

 お、きれいに撮れたかも。でもこれ見せれるの文化祭終わった後か。すげぇ今すぐ送りたい。けど我慢して。

「蓮っ」
「はいよ」

 大事に保存をして、名前を呼んできた親友へ目を向けた。
 その子は未だ嬉しそうな顔で、普段幼なじみとは触れ合いなんてしないけれど、リアスとつながっているからか大事そうに冴楼を抱きしめて。

「ごろーとおそろいがいいっ」

 とんでもない注文をされてしまった。
 見てクリスティア、お前の腕の中の冴楼が『えっ』て顔してるから。今見えてないね、嬉しいもんね。

「リボンもう一個っ」
「いや刹那さん、次龍が冴楼召還したときびっくりしちゃうから」
「一緒に写真だけ…ね?」

 あ、ごめん冴楼俺この顔超弱い。

 いつもの癖で、「わかったよ」と、

 言おうとしたのと、同時だった。

 がたんと隣で音が鳴ったのは。

 何だとクリスティアたちとそろって隣を見れば、HRのときと同じように立ち上がった道化と、びっくりしてる祈童。
 俺たちだけじゃなく、近くにいた子たちも道化に注目してる。そんな中で、道化はクリスティアを凝視。けれど黙ってるので、

「……どしたの道化」

 そう、聞いて。

「……よ」
「ん?」

 初めて聞く小さな声に、思わず聞き返したら。

「それよ刹那ちゃん!!!!」

 今度は鼓膜が破れるくらいの大声いただきました。

 いや、ていうか。

「「どれ!?」」

 当然のごとく聞く俺と祈童。けれど道化はクリスティアを見つめて俺たちの言葉が入っていない。思わず、視線の先のクリスティアを見たら。

「…!」

 彼女の顔は「そうか!」と輝いている。待ってクリスティアさん何受信したの?

 そんな俺の疑問をよそに、クリスティアは立ち上がる。

「刹那ちゃん!」
「みおり…!」

 待った待ったミュージカル風に二人で近づいてってるけど俺たち何も追いつけてない。
 さすがに手を取り合うことはなかったけれど、二人向き合って頷いて。

「祈童くん!」
「蓮…!」

 それぞれが、俺たちに向いた。

 そうして、同時に発した言葉は。

「「おそろい!!!」」

 結局理解はできませんでした。

『説明を聞いたら案としては最高でした』/レグナ


 積み上げた本の中で、広げた文字とにらめっこする。

 型、基本の舞い方、テーマ……いろいろあるけれど、ピンとは来ない。

 先ほどまでと同じように、パタリと本を閉じて。

「……どういったテーマにしようかしら」

 積み上がっている本の上に、また本を積み上げた。

 文化祭の準備期間となっている二週間のうち、第一週目の土曜日。
 土曜にも授業を専攻している私は本日一人、授業終わりに図書館へやってきました。

 うちのクラスでは、お茶をしている方々に演者が自分の得意分野を披露するといういわゆるパフォーマンスカフェをやることに。お客様に食事を提供するウェイターとパフォーマンスうをする演者に分かれて、今週はウェイター側が内装を始めとしたお店のデザイン、演者がそれぞれやることを決める週となっておりまして。

 演者となった私は、ウェイター側にいるリアスと分かれてこうしてテーマを決めに来ております。

 やることは決まってるんですよ。得意分野。リアスに聞いたら写真撮影なんて返ってきそうですが、撮っている姿を披露しても笑顔になるかと言われたら首を傾げてしまう。撮った写真を披露するのは最高だと思いますわ。私が笑顔になります。
 ただ、クリスティアによからぬお方がついても困るので冗談は置いておきまして。

 私の得意分野。

 昔日本で見た舞を見てから密かに学んで、そしてここでも専攻している舞踊。

 他の方々はバンドに演劇、ダンスなどアクティブなものが多いので、ちょっと落ち着いた雰囲気もいいですよねと江馬先生を入れた演者会議で採用されたのは火曜日のこと。

 舞踊を得意としているのは私だけだったので、誰かと組むことなく。一人気楽に今週テーマや衣装などを決めることにはなったのですが。

「……」

 なかなか決まらないのが、現実。

 ただただ舞を踊るのであればなんでもできるんですよ。ちょっとゆったりしたもの、ダンスとは違うけれど少しアクティブなもの。いろいろとあるんですが。

 ”人を笑顔にする”。

 これにどうしても引っかかってしまう。

 一人で立つ舞台。なかなか普段目にすることのない舞踊。大人だけでなく子供も楽しめるようなそんな演出が、私にできるのか。

 なるべく子供も夢中になれるようなそんなものにしたい。そう考え出してしまったら。

「……難しいですわ」

 こうして、決まらず。結局週末までかかってしまっている。
 思わず、溜息を吐いた。

 広い広い図書館の中、二階の本棚の奥の奥。人目に付きにくいことを良いことに、自分の周りを囲うように積み上げた本たちの中に隠れるようにして、しゃがんでいく。

 どうしましょうか。テーマが決まってないから衣装だって決まっていない。明日必要なものを買いに行かなければいけないのに。来週からはウェイター側に混ざって本格的なお店の準備。考えられるのは今日この日まで。
 壁に寄りかかって、膝を抱える。考えてはみるけれど何も案は出てこず、気持ちだけが焦ってしまう。

 どういったものが喜ばれる? 老若男女問わず、楽しめる舞って何かしら。

 舞を学んできたとは言えど、そんなに人前で披露したことはない。経験が浅すぎたかもしれない。

 もう一度、溜息を吐いたところで。

「……!」

 パタパタと、足音。こちらに向かってくる様子。あらこんな奥に?
 こっちに置いてある資料は文化祭に必要かと聞かれたら首を傾げてしまう古い物ばかりですよ。そこで集めてきた資料を読みあさっている私が思うのもあれですけれども。

 何か古風なコンセプトかしら。
 息を切らしながらこちらにやってくる、恐らく二人くらいの足音にそう思う。

 なんなら少し片づけましょうかねと、本に手を伸ばした──

「ここなら誰もいないよね」

 瞬間に聞こえた男子生徒の言葉に、固まってしまった。
 え、待ってくださいね? 誰もいないよねってなったら、ね?

「う、うん……それで話って何かな?」

 あーーやっぱりーー。
 こんな文化祭準備とかによくあるお話ですよねーー。

 え、どうしましょう。どうしましょうと思いながらもやることってひとつしかないですよね??

 息を潜めなければ。
 本を掴みかけている手が少し心配ですが、ほら、こういうのって、ね? 少しくらいで終わりますよね。頑張りましょう。さぁ少し呼吸を浅めにして。

 えっとと言い出した声を聞いて、きゅっと口を結ぶ。

「あの……ぶ、文化祭、一緒に回りたいな、って思ってて、さ……」
「ぅ、うん……」

 文化祭回りたいだけならこんな緊張した空気になりませんよね。わかってますよ言いたいこと。できればお早めに願いたい。

「その、えっと……」
「……」
「……お、俺、さ……」

 すごい緊張感あふれる空気に私も緊張する。若干手に汗かいて来た気がしますわ。

 こくり、喉が鳴ったのはどなたなのでしょうか。

「「……」」
「……」

 長い長い、沈黙が走る。
 先ほど考えふけっていたものが頭から抜け落ちて意識は本棚向こうの男女と。

 私のふるえだしてる右手に。

 きつい。とてもきつい。中途半端に伸ばしたところで止まっているからとてもきつい。この手を下ろしたい。けれど今動けば絶対布擦れの音とか聞こえるじゃないですか。ここ図書館の最奥なんですよ。ちょっとした音でもめちゃくちゃ聞こえるんですよ。誰ですかこんな場所選んだの。私ですよ。

「……っその、」
「うんっ」

 早く。できれば早く。
 その「言うぞ」っていう決意をした声のままできれば早く。あなたが好きだとぜひ。

 けれど願いはむなしく。

「し、シフトっ、今なら、合わせられるかなって!」

 へたれないで頑張ってっ。
 口からは何とか出さず、腕をなけなしの筋力で支える。ぷるぷるしてきましたわ。でももうちょっと。そうもうちょっとの我慢です私。男子生徒さんお互いに頑張りましょう。

 なんて私の思いなんて知らず、向こうの男女は「この時間がいい」だとか「ここで合わせようか」と少し緊張がほぐれた様子で語り合う。私の腕の緊張見ます? 出て行って見せましょうか? 大事なお時間のところにいる私も申し訳なくは思うのですができれば早く出て行って欲しい。

「じゃ、じゃあ土曜の午後に」
「うん、また変更あったらすぐ言うね」
「わかった」

 決まったんですかよかったですね。
 さぁ歩き出しましょう。

「そ、それでさっ」

 ねぇ私の心の声聞こえてます?? 聞こえてるからもしかしてわざとやってません??
 あ、腕きっつい。ふつうに汗出てきた気がする。そっと下ろしていけばいいかしら。そうよそっと行きましょう。

「その、俺としては、さ」
「う、うん……」

 だめです緊張が舞い戻ってきてしまった。つられて体が固まってしまいましたわ。

 これはもう早く時が過ぎるのを待つしかないかもしれない。

 さぁ男子生徒さん頑張って。俺としては、なんです?

「えっと、その……こ、」
「こ?」

 息を吸って、

「恋人として、ま、回りたいな、って!」

 言ったーーー。タイミング的にここでフられたらやばいけれどよく言いましたっ。できればハッピーエンドで。腕を震わせながら、今度は女子生徒さんの答えを待つ。

「あ……」

 その「あ」ってなんですか。え、だめな感じのです?
 思わぬ緊張でさらに体を硬直させた直後。

「わ、私も、そう思ってました!」

 よかったぁぁぁあ。

「じゃ、じゃあ今日から」
「うん……あなたと、恋人って、ことで……」

 わああ文化祭も楽しく回れますね、恋人への発展おめでとうございます。

 ぜひご退場願いたい。

 これがあのチェスの駒なら私の手でそっと場外にアウトできたのにっ。

 しかし伸ばした手はただただ本を掴みたいというように震えているだけ。でももうちょっとですよ私の腕。今この男女がハッピーエンドでうきうきしながら去って──

「んっ」

 ん?

 なんですか今の「んっ」て。心なしか特有なリップ音聞こえた気がするんですけど気のせいですよね?

 え、気のせいですよね???

「っ、あ、ちょっと」

 あれ、布のこすれる音が聞こえますね。私じゃないですよ。私じゃないですよ?? だって私ずっとかれこれ十分ほどこの手を伸ばした状態で固まってるんですもの。布も一ミリも動かしてませんよ。

 ってなるとあれですよね、隣ですよね?

「こんなとこでだめだって……」
「少しくらい大丈夫だよ」

 これあれですよね? 恋人がする特有のそういった行為ですよね?? このリップ音と布のこすれる音ってそういうことですよね??

 ちょっと待ってください何しでかしてるんですか。

 恋人になった瞬間それは早すぎでしょうとかいろいろ言いたいことはあるんですけれどもまず腕。私の腕。完全に下ろすタイミング見失ったこの腕。もう限界なんですよどうしましょう。あ、この音に紛れてなら少しの音くらい許されます? 許されますよね。今夢中でごそごそし始めてますものね?

 そうですこの音に乗じてゆっくり下ろしていきましょう。ぷるぷる笑ってるように震えてますが大丈夫。うまくいける。

 そっと、そうっと。

「ひゃっ!」
「っ!!」

 下ろしかけた手は、女子生徒さんの声にびっくりしてしまい。

 近くの本に、思わずぶつかってしまった。

 やばい──。

 そう思っている間に、傾いていく本の山。伸ばそうにも、きつくなっていた腕は言うことを聞いてくれず。ただただスローモーションのようにその光景を見ているだけ。

 あぁ、これはまずい。私は一応なんも悪くはないんですけれども。お互い気まずい。けれどその未来から逃れられそうもなく。

 ぎゅっと、目を閉じた。

「……」

「もう、そこまではだめって」
「もう少しいいじゃんか」

「……?」

 けれど、いつまで経っても予想した音は鳴らず。声も途絶えることがない。

「……」

 不思議に思って、目を、開けたら。

 倒れかけていた本が、少し大きな手によって支えられています。そっと、その腕を追って振り向くと。

「ぇ、」

 見覚えのある制服で──ってちょっと待ってください髪を下ろしためちゃくちゃ美人がいらっしゃる。
 え、こんな美少年知らない。けれど制服は知っている。少し濃いめの紅いベスト。じっくり見ていくと、そのお顔もなんとなく知っている気がする。

 暗いからなお暗く見える、大好きな親友とは少し違う蒼の瞳。
 柔らかい、微笑み。

 え、まさか。

「ぶれっ──むぐ」

 思わず声が出そうになった口を、その人──武煉先輩にすかさずもう片方の手で塞がれました。そうして、本はもう大丈夫なのでしょう。支えていた手をご自身の口に持って行って。

 しーっと。まるで映像に出てくるようなイケメンさで、お静かにと訴えられました。

 それに、こくこく頷けば。微笑んで塞がれていた手が離れていく。若干心臓がうるさいのはびっくりしたからですよね。そう言い聞かせて。

「そろそろ戻ろうよっ」
「んー、もうちょい」

 未だ甘ったるく話ながら全く止める気のない男女の方へ歩いていく武煉先輩を見る。

 うん?

 男女の方へ歩いていく?

 ちょっと待ちましょうか。
 まだ近くにいた武煉先輩の手をそっと掴めば、下ろした髪を揺らしながら振り返ってくださいました。

 振り返ってくださったのはいいんですけれども。声が出せない。さすがにバレてしまう。けれどそっちは人がいるんです今ちょうど真っ最中に入りかけているお方たちがいるんです。危ないですよ。

 思っていたのが伝わったのでしょう。武煉先輩は再度微笑んで、声は出さず口を動かしました。

 大丈夫、と。

 そうして、私に捕まれている手とは逆の手をポケットにつっこみ。

 取り出したのは、スマートフォン。それをタップしていき、彼は何かを押したのを最後に、スマホを本棚へそっと置く。

「……?」

 待ったのは、数秒。

 その数秒ののち、妙に遠くから音が聞こえ始めました。

 ノイズのような、ざーっという音。

「え、な、なに?」

 聞こえたのは向こうも同じようで、甘かった声に緊張が走りました。
 ときおりこつりという音を混ぜながら、ノイズ音が大きくなっていく。

「だ、誰かいるの!?」
《いなぁいよぉ~》
「ひっ!?」

 なんというタイミングでしょう、女子生徒さんが聞いたタイミングで、先ほど武煉先輩が置いたスマートフォンから声が。聞こえた女性の声に、私も思わず肩を揺らしてしまう。

「な、なんなんだ!?」
「ちょっと、ここやばいよっ」

 時折笑い声も混ぜながら、ノイズ音がさらに大きくなっていく。何が起こっているいるか未だにわからない中で、武煉先輩が動きました。

 掴んでいた手からするりと抜けていき、歩き出す。

 見上げたその人は、一度首を前に倒して。

 下ろしていた髪を、前に持って行く。

 ひたり、ひたり。効果音がつくのであればきっとそんな音を立てながら、歩いていき。

 私の視界から、消えた瞬間。

「きゃあああああ!!!」
「わぁあああああごめんなさいいぃぃぃぃぃい!!!!」

 とんでもない叫び声とともに、バタバタと足音が去っていきました。

「……えっと」

 静まりかえった図書館の奥。状況がつかめずに、ぽかんと武煉先輩が消えていった方向を見つめていると。

 ひょこり、顔を出したのは。

「もう大丈夫なようだよ」

 髪を前に流して、さながらテレビから出てくる女性の幽霊のようなちょっと恐怖心をあおる武煉先輩。
 恐怖心でどきっとしてしまったのをなんとかなだめ、ようやっと、声を出す。

「……何を、していらっしゃるのかしら武煉先輩」
「予行練習のようなものかな」

 言いながら、髪をかきあげて本棚へと置いたスマホを手に取る。
 ノイズ音が消えたそこからは、先ほどの声が。

《ちょぉっと~超うるさかったんですけどぉ》
「あそこまでは俺も予想外でしたよ」
《どーせまた幽霊っぽく出てったんでしょぉ? 専門外なのに駆り出されるんだからやめてくんなぁい?》
「かわいい後輩を助けるためじゃないか」
《どこがかわいいのよぉバカ武煉》

 あぁ、あれ電話だったんですか。話的には先輩、なのかしら。

「おかげで助かりましたよ」
《んじゃぁ対価にあんたか陽真の居場所吐いてもらおうかしらぁ?》
「それはお断りします」

 笑って、ぷつり。電話を切った武煉先輩。って、え?

「大丈夫なんです?」
「うん?」
「電話。そんな簡単に切ってしまって」
「あぁ、平気だよ。逢わなければね」

 それは平気とは言わないのでは。けれど武煉先輩は気にした様子もなく、私の隣へ腰掛けました。

「そんなことより災難でしたね華凜」
「え、あ、あぁ……まったくもってそうですわね」

 武煉先輩の行動ですっぽ抜けてましたけれども。でも、まぁ。

「多少詰まっていたので……思わぬ気分転換にはなりましたわ」
「あぁ、文化祭かい? 難しいことでもやるのかな」

 そう言って、武煉先輩は積み上げていた本の一つを手に取る。ぱらぱらとページをめくっている武煉先輩は、髪を下ろしているからか雰囲気が違い、その光景がとても似合います。見とれそうになるけれども、まずは聞きたいことをと。舞踊かな、なんてこぼしている武煉先輩へ。

「……あの」
「うん?」
「どうしてこちらに?」

 一度私を見て、先輩は微笑みました。

「調べ物ついでに、ちょっとした気分転換だよ」
「こんな奥へ?」
「それも君もじゃないかい?」

 若干そらされている気がしますが、そう言われてしまってはこちらも黙ってしまう。

「陽真先輩は一緒じゃないんですのね」
「別に陽真とは常に一緒なわけではないよ」

 とくに、今はね。

 こぼされた言葉に首を傾げてみるけれど、答えは返ってこない。代わりに返ってきたのは、全然違う話。

「今日は兄君は一緒じゃないのかい?」
「え? そ、うですわね」

 突然話が飛んだことにつっかえつつ、頷く。触れられたくはないのかと、その転換に応じました。

「クラスも違いますから」
「そう」
「……」
「……」

 けれど応じたものの、すぐに沈黙になってしまう。

 なんとなくよく話すタイプだと思っていたのですけれどそうでもないのかしら。

 ぱらぱらとページをめくる武煉先輩は、先ほどので会話は終わったと言わんばかりに本に目を落としています。

「……」
「……」

 私も話題があるわけでもないので、そんな姿を見つめること数分。また、武煉先輩が言葉をこぼす。

「大丈夫なのかい?」
「はい?」
「詰まっていると言っていたけれど」

 詰まって、あ、あぁ。
 ようやっと、ここにいた当初の目的をしっかりと思い出す。そうですよいろいろと決めなければ。

「そう、ですわね。どうしたのものかと思っていまして」
「悩んでいるなら相談に乗りますよ」

 ぱらぱらと本をめくっていた先輩は、そこで本を閉じて。いつものように私に優しく微笑みかける。

「相談、ですか」
「できる範囲でだけれどね。せっかく逢ったんだ、詰まっているなら吐き出してみてもいいんじゃないですか?」

 ね? と。きれいに首を傾げて見せるけれど。

 自然と、首は横に振っていました。

「結構ですわ」

 困ったように肩をすくめて見せて、立ち上がる。

「自分で担ったことは、自分で模索して決めなければなりませんから」

 驚いたような顔をした武煉先輩に構わず、本を片すため持ち上げていく。

 その、中で。

 ぱしり、腕を取られました。
 今度はこちらが驚いて武煉先輩を見やれば、先ほどとは反対に楽しげに笑っている先輩。

「あの」
「やっぱり君は強いんですね」
「はぁ」

 やっぱりと言われても、何も心当たりが無く。首を傾げてしまう。けれど武煉先輩は、楽しそうなまま。

 あら。

 心なしか腕引っ張られていません?

 あらあらせっかく立ったのにまた座っちゃったじゃないですか。
 そしてどうして。

「どうして武煉先輩は私の髪に触れるのでしょうかね?」
「触りたくなるんですよ」

 意味が分からない。
 お兄さまよろしくくるくると指に絡めていらっしゃいますがぜひ離して欲しい。呆れながら上を見やれば、きれいな武煉先輩。眺めは悪くない。

 あぁ──

「こうしたスキンシップで世の女性ははめられていくのですね……」
「華凜はなかなかずばっと言ってくれて清々しいね」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。お離しくださいな」
「おや、つれないな」

 触れていた手を無理矢理引っ剥がし、本を抱え直してさぁ立ち上がろうと足に力を入れる。

 けれど。

 何故か、武煉先輩は私に軽く多い被さるように手を床に着けました。お顔が大変近いですわ。

「……立ち上がれないんですけれども」
「ちょっとしたアドバイスをしようと思ってね」
「この体制で???」

 この体制じゃ絶対変なアドバイスじゃないですか。そういうの求めてないんですよ。本を片手で持ち直し、そっと彼の胸を押す。

「体制がきついのでお帰りくださいな」
「ふふっ、強い君にひとつアドバイスだよ」
「聞いています??」

 聞いてませんね。笑ってごまかさないでくださいな。

「華凜」
「……はいな」

 もう諦めて、けれど何かあったらすぐさま逃げられるように。魔術の準備は万端にしておく。
 ひとまずろくなことでなかったらテレポートしましょう。お兄さまどこにいるかしら。

 けれど彼から出たのは、体制とは打って変わってまじめな言葉。

「詰まっているなら、君が誰を喜ばせたいかを考えるといいよ」
「……え」

 誰を、喜ばせたいか?

「たとえば俺が陽真を喜ばせたいように、君にもいるだろう? もっとも喜ばせたい相手」

 優しく、ゆったりとした声で。そうこぼしていく。

 喜ばせたい相手。

 浮かぶのは、ずっとずっと傍にいた人たち。
 その中で、自分とそっくりな、愛する人。

 一人になりたいくせに、独りだとつまらなそうで。

 傍にいれば、幸せそうに笑う人。

「……いますよ、喜ばせたい方」
「その人のためを思うといい。その思いは、きっと、他の人にも伝わるだろうからね」

 目の前の深い蒼の瞳は、細まって。

 優しく笑いながら、こちらに傾いてくる。

 ……傾いてくる?

「え、あの、武煉先輩?」
「……」

 え、ちょっと待ってください近い近い近い、え、このままだとちょっと、その、お口なるものが当たるのでは??

 やばいテレポートを──

 しようと、思ったら。

「え──」

 こちらに体重をかけてきていた武煉先輩が、横に傾いていく。

 あ、倒れる。

「ストップですストップ!!」

 魔力を体に流しかけたのを寸でで止め、本を離し急いで武煉先輩を支えました、っておっもい。支えられたけれど重いっ。しかしここで離したら頭がごつんといってしまう。なんとか両手で支え直し、うつむいて表情がわからない先輩へ声を掛けました。

「武煉先輩? 大丈夫です?」
「ん……」
「あの、ご気分でも?」
「……」

 軽く揺するように声を掛けても、特に反応はない。え、これ大丈夫です?
 レグナ呼んだ方がいいですよね。スマホ、スマホは今私どこかしら。見渡したら、視線の先。積み上げられた本の上に私のスマホが。

「武煉先輩、ちょっと人呼びますね?」
「人……?」

 あ、意識はある。

「えぇ、体調悪いのなら保健室にでも行きましょう。私では抱えられないので誰か人を──」
「いらない」

 強めに返されて、思わず言葉が止まってしまった。

 少し起きあがった武煉先輩は、相変わらず髪に隠れてはっきりとは見えないけれど。少し……眠たげ?

「あの……武煉先輩?」
「……」

 眠そうに目元を抑える先輩に、大丈夫です? と。

 少しのぞき込むようにして聞いてみました。

 ぼーっとしていますね。

「眠いなら、お帰りになった方が……」
「……」
「武煉先輩、わかります? 華凜です、聞こえてます?」

 先ほど応答はあったのに、今度はぼんやりして何も言わなくなってしまいました。これやっぱり危ないですよね。人呼びましょう。

 そうしてスマホを取れば。

 ぱしっと、腕を取られました。

 当然隣の方。

 スマホに落とした目を隣へ向けたら。少し驚いた顔の武煉先輩。それに私も驚いてしまって、言葉がつっかえてしまう。

「だ、大丈夫、です……?」
「……連絡、誰かにしたかい?」
「え、いえ……」
「そう」

 思わぬ手の強さに、必死に首は横に振り。ほっと息をついた武煉先輩は、しっかりと私を見た。

 今度は、夏休みに見たような、やってしまったというような顔。

「華凜」
「はい」
「俺は何か君に言ったかい?」

 何か。何か?

 驚いている中で必死に頭の中を探し、思い出したものを紡ぐ。

「アドバイスをと」
「どんな」
「アイディアに詰まっているならば、喜ばせたい方を考えるといいと」
「それだけかい?」
「え」
「他には何も?」

 他に?

 必死な武煉先輩につられてさらに必死になり、再び頭の中を探すけれど。

 今度は、何も出てきませんでした。

「えぇ、他には、なにも……」

 じっと見てきた目は、探るような色。とくに嘘をついているわけではないので、自然体で待っていれば。

「そう……」

 今度こそ心底ほっとしたように息を吐き、手が離れていきました。

 そうして、大丈夫と聞く間もなく、ぱっと顔がいつもの笑みに変わる。

「少しは参考になったかな」
「え」
「一年生は少し気を張るから、気が抜けるようにという演技ですよ」

 嘘、と言うのは。さすがに空気が読めなさすぎかしら。

 けれど、笑っているはずなのに目が。踏み込んでこないようにと訴えている気がした。

 人間知られたくないことの一つや二つ、ありますものねと納得してしまって。本人が大丈夫だと言い張るならば無闇に踏み荒らすのも良くないでしょうと。

 話になるように、私も笑った。

「びっくりしましたわ。演技がお上手ですのね」
「こういう演技は任務のときに使えるからね」

 お互いに上辺な笑みで笑いあって。

 今度こそ、立ち上がる。

「アドバイス、勉強になりましたわ。参考にさせていただきます」
「楽しみにしていますよ、君のクラスの出し物」
「えぇ」

 本当なら、本を片すためにここを何度か往復しなければいけないけれど。

 動きそうにない武煉先輩の元へ何度も来るのは、どことなく、忍びない。

「では、私はそろそろ行きますわ」
「あぁ、気をつけて」

 なので風魔術で本を丁寧に浮かし。

 微笑んでいる武煉先輩に挨拶をして。

 本を連れて、その場を後にしました。

 聞きたいことはあるけれど、助けていただいたので今回は不問ということで。

『嘘だらけのあなたの、言葉の中に見た真実を信じましょう』/カリナ