とある過保護と自由人による脱平和

 ため息を、つく。

 

「………」

 

 今日配られた、プリント。四月二十九日、土曜日に開かれる一年生の交流遠足会。それをぼんやりながめながら、また。

 

「どした。プリント眺めてため息吐いて」

 

 それに気付いたレグナが、声をかけてきた。レグナをちらっと見たあと、またプリントに視線を戻す。それを追ってわたしが持ってるプリントを見たらしいレグナが「ああ」って納得の声をこぼした。

 

「リアスか」

 

 即座に理解してくれた親友にこくんとうなずく。

 

 エシュト学園は、一年生のはじめは全員で行う行事が多いみたい。こういうものがあるよ、っていうのを覚えるための講習会みたいなのとか、今回みたいに仲良くなりましょうねっていう遠足会とか。

 

 そこまではいいの。遠足でも講習会でも好きに開催すればいい。でも、問題は我が恋人様。

 

 講習会みたいな、自分がすぐ駆けつけられるならまだしも、人が多くてなにがあるかわからない場所に、クラスが離れちゃってる状態では連れて行ってくれないのは明らか。ただでさえ、外はなにがあるかわからないからってでかけることなんてほとんどしてないのに。却下されることが想像できて、またため息が出る。

 

「…おやすみかな」
「俺と一緒でもダメなの?」
「…たぶん。学校の中なら蓮と一緒にいればまだ許してくれるだけ。外はまた別」
「俺への信頼度低すぎるだろ」
 とても申し訳ないくらい低いです。

 

「刹那は行きたいの?」

 

 ぼーっとプリントを見つめてたら、そんな声が落ちてきた。目的地に、目を向ける。

 

 行く場所は、遊園地。

 

 もう、どのくらい行ってないんだろう。考えてみたけど、いつ行ったかなんて覚えてない。楽しかった、とかあんなのに乗った、っていうのはすごいはっきり覚えてるのに、いつって聞かれると、「ずっと昔」って曖昧にしか言えないくらいには、遠い昔。あれからどんな乗り物が増えたんだろ。ずっと変わってないものもあるのかな。そこで、みんなで。

 

「わたし…」

 

 レグナもカリナもいて、リアス様もいて、みんなで遊園地。いろんなものに乗って、笑って。きっと、とても楽しい。

 

 でも、行けない。
 きっと、許してくれない。

 

「……行きたかった」

 

 やっとの思いで絞り出せたのは、過去形の言葉。
 無意識に手に力が入って、くしゃってなった紙を見つめながら、そうつぶやくしかできなかった。
 
 

 

『あの日の思い出は、もう遠い昔』/クリスティア
 

 あの日失うってわかっていたなら、もっともっと、笑顔にしてやりたかった。

 

「行きたかったな、だってさ」

 

 そう言えば、リアスは一瞬こっちを見て、また視線を元に戻す。

 

「交流遠足の話か」
「そう」

 

 次が体育だからと、俺とリアスは男子更衣室で着替えてて。
 クリスティアと離れる唯ニ(もう一つはトイレ)の機会に、朝、彼女が悲しそうに言った言葉をリアスに言ってみた。リアスたちにも今日配られたらしく、俺の言葉が何を指してるかはわかったようだ。

 

「”みんながいるから、行きたかったな”って。過去形で」

 

 あーまだ肌寒いからジャージは持って行った方がいいかな。新しいにおいがするジャージを上に羽織った。

 

「行くつもりはない」

 

 ファスナーを閉めてる間に返ってきた言葉は、予想通り。わかってたけどさ。ため息を吐く。

 

「クリスティアの気持ちは無視?」

 

 ちょうど着替え終わったらしくて、腕を組んでロッカーにもたれかかって俺を待ってくれてるリアスに、ちょっと強めに返す。そうしたら、少しイラついたような目で睨みつけられた。でも怖くない。慣れてるし。だから続ける。

 

「お前には言えないんだろ、行きたいって。絶対YESは出さないから」

 

 リアスは人が多いところが嫌いだ。元々騒がしいのが好きじゃないっていうのもあるけど、一番の理由は、やっぱりクリスティア。戦場で、人が多いところで、目の前で失ったから。そして一度だけ。埋もれるくらいの人混みの中でクリスティアを傷つけられたから。だから人が多いところに行くと、どうしても周りを警戒する。どんなに運命の日じゃなくても、突然運命が変わって、目の前で消えるかもしれない恐怖感。それから逃げるように、リアスはクリスティアを閉じこめるようになった。またあの日のように、失わないように。

 

 でも、それでもこいつはいっつも後悔してるんだ。もっとああしてやればよかった、とか、こうすればよかったんじゃないか、とか。もっと、もっとって。

 

「たまには外に出るって願いも叶えてやれよ」

 

 俺はその後悔を少しでも減らしてやりたくて、言う。そしたら、紅い瞳に更に怒気が増したことがわかった。俺たち以外がこれ以上言ったらやばいんだろうな、なんて苦笑いがこぼれる。

 

「……お前には関係ないだろう」

 

 うん、確かに、関係ない。でもさ、リアス。

 

「行きたいな、とか、あれが欲しいなって、叶えてあげられるうちがすげぇ幸せだよ」

 

 あの日の後悔が、頭をよぎる。

 

 寝具の上で、衰弱しきった妹。今でも鮮明に覚えてる。
 病状は悪化して、どこにも行けなくなって。日を追う毎に、息も絶え絶えになっていく。明日、死ぬかもしれない。今日だって、目を閉じている間に彼女の人生は終わるかもしれない。
 そんな、不安の中で。
 こんな短い人生だったなら、もっとたくさん出かけてみても良かったんじゃないかなとか、もっと欲しいものとか聞いて、プレゼントしてあげれば良かったんじゃないかなって何度も、何度も思った。
 現代に進むに連れて、傍にいなければもしかしたら病気になったりせずに、長生きできるんじゃないかなと思って遠ざけようとしているけれど。
   
 ──でも、傍にいるのなら。

 

「叶えてやれることは全部叶えてやった方が、後悔しないと思わない?」

 

 俺たちの人生は、たくさんの後悔ばかり。けれどどうせ変わることのない人生なら、その運命の日までに、たくさんのことをした方が幸せじゃないか。

 

「……」

 

 笑って言えば、リアスは視線をずらし、突然歩き出す。そのまま更衣室のドアを開けて、出て行った。え、なに、急に置いてくの。

 

「龍ー」

 

 慌ててついて行って声を掛けるも、返事はない。雰囲気は、どこかイラついてるような、でも迷ってるような、そんな感じ。ああ、ちゃんとわかってるんだろうなぁ。俺が言うこと、誰よりも自分がわかってることを知ってる。だからこそ、俺の言葉にイラつくし、迷う。その迷った結果でクリスティアがやりたいって思ってることとか、もっと叶えてあげられたらいいんだけど。間違えても束縛の方向に行かないで欲しい。そう願いを込めて、追い打ちをかけるように後ろから声をかけた。

 

「大事な人の願いを叶えてやるのに、神様はバチなんて与えないよ」

 

 返事はないとわかってる。案の定リアスは足を早めてしまい。それに仕方ないなって肩をすくめて、後を追った。
 願わくば、リアスの後悔が少しでもなくなるように。
 
 

 

『失うと、わかっていたのなら』/レグナ

 


 

 その日に失うとわかっているから、どうにかしてそれを回避しようとする。束縛して守れるならいくらでも縛る。でも、それが逆だったなら。
 俺は──。

 

 レグナから交流遠足の件で色々言われた日の夜。クリスティアが隣で寝息をたて始めたのを確認して、ペンくらいしか入れていない鞄から交流遠足のプリントを取り出した。

 

 四月の二十九日、土曜日に行くらしい遊園地。

 

 行くことはないと思って一切目を通していなかったから、日にちも場所も知らなかった。

 

「……”行きたかった”、か」

 

 穏やかな顔で眠るクリスティアを見ながら、レグナが伝えてくれたこいつの言葉を思い出し、心が痛くなる。それを言わせたのは、間違いなく俺だ。

 

 クリスティアは意外と好奇心が旺盛で、色んな場所に行くことが好きだったりする。昔はあそこに行きたいだとかここが楽しかっただとかで色々連れ回された覚えがある。

 

 それをしなくなったのは、俺のせいで。

 

 最期の日に思い出を作ろうと二人で出掛けては、クリスティアが消滅する。事故に遭ったこともあれば、事件に巻き込まれったことだってある。数え切れないほどだ。そんなことを繰り返していけば、外に出たくもなくなる。また事故に遭うかもしれない。誰かに、クリスティアの命を奪われるかもしれない。そんな恐怖感に支配されるように、クリスティアを閉じこめた。自分の手の届く範囲に。罪悪感がないわけじゃない。むしろ束縛がひどくなるほどに、最期の日の後悔も、ひどくなっていった。

 

 彼女が大切にしている思い出を、もっと増やしてやれば良かったんじゃないか、と。

 

 どこか出かける度に写真を撮っていたクリスティア。カメラがなければその景色を覚えて、家に帰って絵に起こす。それを丁寧に保管して、最期の日の前日にどこか人目のつかないところへ埋めて。生まれ変わったら、取りに行く。それを繰り返した結果、俺とクリスティアの部屋には古いアルバムが多くなった。こいつが描いたもの、写真を撮ったもの。なにひとつ欠けることなく、手元に残っている。今では、そのアルバムが増えることは少なくなったけれど。

 

「……我ながら最低だな」

 

 無意識に手に力が入って、プリントを握りしめた。

 

 彼女には、色んなものを与えたとは思う。
 正しいかはわからないが愛情を与え、教養を与え、自分の手の届く範囲ではあるけれど、万が一の時に彼女が困らないように。知識や礼儀、色んなものを与えた。
 けれど。
 クリスティアの本当に欲しいものは与えていただろうか。

 

 彼女が愛した思い出は?
 あの日のような、四人で色んな場所へ行く、小さいけれど幸せな日々は。

 

 何も、与えられていない。

 

 自分にできることは本当に数少ないと思い知って、今日説教をしてきた親友がうらやましくなった。あいつは遠ざけようとはするけれど、傍にいるのなら、なんだって与えてやる。物も、思い出も。その日に失うと、わかっているから。

 

「……わかっているからこそ、か」

 

 小さくこぼして、クリスティアの柔らかい髪を撫でる。

 

 叶えてやることでこいつが少しでも笑えるのなら、そうした方が俺だって幸せで、笑うことができる。恐怖や不安で奪い続けたものを与えるのは、まだ怖いけれど。

 

 未来のあの日、お前が「幸せだった」と笑顔になってくれるなら。この恐怖に立ち向かってみたって罰は当たらないんだろう。
 親友の言葉を思い出して、感化されているなとほんの少し笑みがこぼれた。
 
 
『失うと、わかっているから』/リアス
 

 

 エシュト学園は、人のために活動する学校。入学したら、自分の夢に向かいながら地域の人たちの為になるようなこともする。その代表的なのが、毎日放課後にある見回り。ほんとはみんな仲良くが一番なのに、異種族間、とくにビーストとヒューマンがちょっとケンカが多くて、言い争ったり殴り合いとかしてることがあるの。それを止めるのが、エシュト学園の生徒の役目。この放課後の見回り制度ができて、少し争いが減ったんだって。ケンカは危ないし平和が一番だから、ほんとは一日中交代で見回りした方がもっと争いが減ると思うけど、みんなの授業とかがあるからそれは難しいみたい。

 

 そんなこんなで、四月の中頃、わたしにも見回りの順番が回ってきた。なにがあるかわからないから、男女の二人一組。当然レグナと一緒。放課後になって、さぁ行こっかって席を立とうとしたら、それは起こった。

 

「…………………刹那さん」
「わかってる…」

 

 立ち上がろうと少し腰を浮かせた瞬間、肩と頭が重くなって、そのまま、また座る。その重みの正体は見なくてもわかってて。後ろに引き寄せられるようにまわってきた腕に身を任せて体重を預ければ、ちょっと背もたれが食い込んで痛い。でも無理に離れようとするともっと痛いって知ってるから、どうする気もなくて目の前の幼なじみに目を向けた。あ、ものすごいあきれた顔してる。

 

「龍、これから見回りなんだけど」
「……」

 

 HRが終わってテレポートで飛んできたらしい重みの正体・リアス様は、レグナに言われるけど無視して、さらに抱きしめる力を強めた。痛い痛い。背もたれ食い込んで痛い。

 

「…持ってった方が早い気がしない…?」

 

 そんな痛みに耐えながら聞くけど、レグナは首を振った。

 

「ぜってぇ龍が問題持ってくるだろ。目立つし」
「見回りはなるべく隠密に、が原則ですからね」

 

 遅れて教室に来た、リアス様に置いてかれたらしいカリナも答えた。その言葉に、見回りが始まったときに言われた言葉を思い出す。
 見回りしてると、争いが起きて危ないんじゃないかって騒いじゃうから、あんまり大々的に見回りっぽくしちゃダメなんだって。それっぽく見えないように、さりげなく。人数が増えれば争い止めに行ったときに逆に目立っちゃうから、できればリアス様はお留守番。なんだけど。

 

「行く」

 

 まぁ聞いてくれるはずもなくて。さらにぎゅって抱きしめられる。だから痛いって。

 

「龍」
「無理だ」

 

 レグナがちょっと注意する感じで名前を呼んでも、即答。やっぱり連れて行った方が早くない?

 

「それに俺がついて行くのは問題ない」

 

 みんなで呆れてたら、リアス様はそう言った。どっからその自信は来るの。

 

「だからなるべく隠密に行きたいんだって」
「俺が姿を消していれば別にいいんだろう?」
「いやまぁ、確かにそうだけど」
「後ろからこっそり追いかけるんですか」
「そんなストーカーのような真似はしない」
「現段階で割とギリギリだけどなお前」

 

 恋人でもわたしじゃなかったらアウトだよねっていうのは黙っておいた。

 

「隠密で行きたいなら姿消しの魔術を使えば俺の姿は消えるだろう。それを使う」

 

 さも当たり前のように言ったリアス様の言葉に、一瞬シーンとする。一番に口を開いたのは、レグナ。

 

「…………姿消しの魔術ってさ」
「今では禁術の方に入るのでは?」
「そうだな」

 

 カリナが言った通り、姿消しの魔術は今では禁術。術自体が難しいとかじゃないけど、のぞきとか、悪いことにも使えちゃうからだいぶ前に禁術になったよね。

 

「封印されませんでした? その術」
「封印解いた」
「待ってください」
「神の封印解いたってどういうこと」
「多少苦労はしたぞ」
「聞いてるのそこじゃない」

 

 なっちゃったんだけども、この人はそれを自分で使えるようにしたらしい。相変わらずすごいなぁって的外れなことを思いつつ時計を見たら、時刻はもうすぐ四時。そろそろ行かなきゃ。暗くなっちゃう。三人で話してるところに、声をかけた。

 

「…蓮、そろそろ行かなきゃ」
「うぇ!? まじだ、あんまり遅いと怒られるよな」
「暗くなって見回りしづらくなっちゃうし…」
「急いだ方がいいんじゃないか」
「お前がその進行を妨げてんだよ気付け」
「だからついて行くと言っているだろう」
「ぜってぇ目立つじゃん、ぱっと帰ってくるから大人しく待っててくれよ」
「断る」
「どうしよう話が進まない」
「まぁでも私も彼を連れていくことには賛成ですわ」

 

 呆れ顔のレグナとは対照的に笑って言うカリナに、全員で視線を向ける。

 

「これ連れてくの? 穏便にとか無理だろ」
「逆に置いていった場合を考えてみてください。まず心配でうるさいですし、下手したらテレポートで飛んでいくので逆に目立ちそうですね」
「あー、確かに」
「そしてそのお目付役はどう考えても私なので疲れるし願い下げたいです」
「お前そっちが本心だろう」
「九割方本心ですわ。まぁ確かに連れて行けば目立つかもしれませんが」
「その目立つのが嫌なんだって」
「我々のオッドアイもクリスティアの容姿も似たようなものなので、目立つことに関してはもうどうしようもないと思います」
「……確かに」

 

 納得し始めてるレグナに、カリナがもう一押し。

 

「龍は連れて行った方が静かですし、仮に万が一になった場合戦力的には安心。案外穏便にすませられるかもしれませんよ」

 

 にっこり笑ってそう言えば、妹に弱いのも相まって、レグナは少し悩んでからため息をついた。

 

「絶対変な行動しない?」
「それは刹那次第だな」

 

 そこでわたし出すのずるい。勝手に引き合いに出されたことにイラついて下から頭突きしたら、わたしの頭に乗せていたリアス様の顎がガツンって鳴った。あ、めっちゃ痛そう。予想外の攻撃でゆるんだ腕からするりと抜けて、立ち上がる。

 

「行こっか…」
「龍がものすごく悶えてますが」
「気にしないで、行こ…」

 

 苦笑いの双子に声をかけ、未だに顎を押さえてるリアス様の手を引いて歩き出す。

 

 できれば争いもなく平和がいいなって願って、四人で学校を後にした。
 レグナよろしくフラグを立てていたのはこのとき気付いていませんでした。
 
 
『恋人は、残念なハイスペック』/クリスティア
 

 突然だけど、この世界では大まかに分けられた同種族間でしか言葉が通じない。ヒューマンはビーストの言葉がわかんないし、もちろんその逆も。

 

 ただ、ハーフは両方の言葉がわかる。

 

 俺たちはヒューマンの形をしたビースト、もしくはビーストの力を持ったヒューマン。そこはまぁ各種族によって解釈は違うけど、とりあえず置いといて。つまり俺たちは二つの種族を併せ持つ「間の存在」。だからこそ両方の言葉がわかるし、昔は交渉役としてハーフはすごい重宝されてた。あまりの両者の食い違いに嘘を言ってんじゃないかと疑われてたときもあったけど。

 

 時代は進み、技術も進歩して。さすがにハーフがいなきゃどうにもできないのは良くないよねってことで、エシュト学園とかの異種族仲良くしましょうねっていう方針の学校は、異種族間の言葉がわかるように小型のイヤホンを開発した。これをつけると異種族とも会話ができんだって。技術ってすごいよね。全国普及を考えてるけど、まだ試作段階だから俺たちみたいな学校のビーストとヒューマンがとりあえず実験台になってる。

 

 とまあ、なんで俺がこんな話をしているかと言えば。
「てめぇまたこっちの畑荒らしやがったな!!」
『こっちは食料欲しいって言ってんだよわかんねぇのか!!』

 

 その異種族間の喧嘩が勃発しているからである。
 仕方なくリアスやカリナも連れて巡回に出た数十分後。畑の近くを通ったら争ってる声が聞こえて、来てみたらこれだ。土手のところから畑を見下ろせば、狼っぽいビーストと三十代くらいのおじさんが、話はかみ合ってないけど言い争ってる状態。本来ならビーストがここにいる時点で”規制線”っていう、この種族が自由にできるのはここまでですよって表す線を越えてるから、規定違反で悪いのはビーストなんだけども。「線越えてますよ戻ってください」で済まないのがこの世界。

 

「…どうするの…?」
「まぁ、突入だろうな」
「ですよねぇ」
「ただ”線越えてる”って言うのは火に油だよね」
「そうだな」
「よくはないんだけどこっちからしたらいっそ殴り合いしてくれた方が楽なんだけどなぁ」

 

 俺の言葉に、リアスとカリナが頷いた。

 

 種族間やおおまかに分かれた種族には、規定がある。
 種族間の規定は、基本はみんな仲良くしましょうね、みたいな感じ。差別しない、規制線は許可無く越えない、どんなに仲が悪くてもほんとに危機が迫ったときには助けましょう。破ったら少し罰を与えますよ、というもの。
 本来なら当たり前にできそうなものだけれど、生きていれば考えの差異は出てくるもの。もちろん規定はそれを否定するものじゃない。差異はあっても迫害だったり争いだったりはやめてね、っていうだけ。
 おおまかに分かれた種族、俺たちならハーフの規定としては、あくまで「間の存在」としての自覚を持って、公平にすること。学校に在籍してるやつらにも当てはまるけど、異種族間で暴力沙汰になりそうなとき、または自分に被害が及びそうなとき以外は武器や能力を使わないこと。
 なので、今はただ規制線を越えてるってだけだから武器を使って強制的に止めることはできない。こういうすげぇ言い合いだけの喧嘩のときこの規定不便なんだよな──ってちょっと待った。

 

「クリスティアさん何してんの」

 

 水色の子から感じた魔力に思わず声を掛ける。

 

「…止めに」
「は? ──て、ちょっ!?」
「おい待てクリスティア!」

 

 返ってきたのは、短い言葉。それと同時に、体が半透明になってく。ん? 半透明になってく? これテレポートじゃね? 待って、まじ待って。お前が行くと違う意味でやばいから。急いで手を伸ばす。テレポートだと気づいたリアスも手を伸ばすけど、一瞬の遅れで俺たちの手は空をつかんだ。あ、これリアスのトラウマ深くなるやつ。しかも目立つなよって言ったのにこれか。穏便にって俺言わなかったっけ? さぁっと二重の意味で顔が青ざめていくのを感じた。

 

「うおぁ!?」
『なんだ小娘!』

 

 その直後に聞こえた、二つの驚いた声。目を向ければ、二人のど真ん中にクリスティアが立ってる。ああやっちゃった。なんでわざわざ真ん中に行くんだよ。痛くなりかけた頭を押さえて、ため息を吐いた。隣にいたカリナも「あっちゃー」みたいな顔してんじゃん。リアスに至っては放心状態だし。そんな俺たちをよそに、クリスティアは口を開く。

 

「ビースト、規制線越えてる…。あとおじさん、この子食料が欲しいんだって」

 

 クリスティアさん俺たちの話聞いてた??
 なんで直球で言っちゃったかな。一瞬止まったけど我に返ったわ。

 

「おい嬢ちゃん、こいつは俺の畑荒らしたんだぞ! そのことに関してはお咎めなしかい!」
「それは、あとでちゃんと言う…。食料が欲しくて、でも言葉が通じないから、いつも奪う形になっちゃう」
「言葉が通じなければ畑を荒らしたっていいのかよ!」
『別に荒らしたわけじゃねぇ!!』
「荒らしてるわけじゃないって…」
「嬢ちゃんはそっちの味方だってのか、あぁ!?」

 

 止めるどころか悪化しちゃってますけど。ほっとけなくて体が先に動くのはいいんだけど、せめて交渉術のレベルを上げてから挑んで欲しい。ひとまずそれを言うのはあとにして、この状況をどうにかするために土手を降りてクリスティアたちの元へ駆けだした。

 

「畑を荒らしたのはこの子が悪い。でも、食料が欲しかったっていうのもわかってほしい…」

 

 その間にも進んでいく話の中で、どうしてもビーストを守ってしまうようなクリスティアの言い方に、ヒューマンは限界に達したのか大きく舌打ちをして叫んだ。

 

「あーーーーーもうっ!! 話になんねぇよ! 俺はこのビーストとケリつけてぇんだ! 部外者は引っ込んでろ!」

 

 怒り任せに、目の前に立ちはだかるクリスティアを払いのけようと手を振りかざす。あ、やばい、殴られる。クリスに矛先が向いたおかげで強制鎮静に持っていけるけどあいつはやばい。後のリアスが。止めたいけれどまだ距離があって、このままじゃ間に合わない。まじかよ。テレポートで間に合うか。焦って魔力を練り始めた。

 

「どけっ!!」

 

 走りながら準備をするけど、ヒューマンの行動の方が早くて。その太い腕をクリスティアに振り下ろす。

 

 ──間に合わない。

 

 届かないとわかっている手を、伸ばした瞬間だった。
「おい、加害行為は規定違反だ」
 俺たちより早く魔力を練ってテレポートで向こうについたリアスが、クリスティアを庇うように立ちヒューマンの腕を止めた。いつも通り静かな声で言ってるけど、目がめっちゃ怒ってる。ヒューマンにもだと思うけど、たぶん主にクリスティアに。そんなことには気付かず、ヒューマンは自分の腕を止められたことにもイラついて叫んだ。

 

「どけ! 俺はそこのビーストと話がしてぇんだ!!!」
「話がしたいのは承知している。だが、あんた今こいつに危害加えようとしただろう」
「この女が邪魔するからだ!!」
「だからといって加害行為が許されるわけじゃない」

 

 だめだー、イラついたリアスが間に入っちゃったからもっと状況悪化したわ。うちのカップルさんもうちょい交渉レベル上げようよ。とりあえず無事だったことの安堵とその他の呆れが混じったため息を吐いて練りかけていた魔力は解き、カリナと共にその場へ駆け寄る。

 

「おじさま、失礼しますわ」
「ちょっとこのままだとやばいから一旦落ち着いて欲しいんですけど」

 

 ようやく俺たちもクリスティアたちの元へ着き、ヒューマンへ話しかけた。さっきから次から次へとやってくる子供に、ヒューマンはさすがに困惑し始める。

 

「な、なんなんだよお前ら!」
「エシュト学園に所属している生徒です。おじさまの行動がこのままですとちょっと重い規定違反になりますので止めにきましたの」
「重い規定違反だぁ?」

 

 さすが口だけは達者な妹。相手が反応しそうな部分をちょっと大げさに言って、気を引く。その間にリアスとクリスティアを下がらせといた。もれなくリアスの舌打ちが聞こえたが、今は放っておこう。

 

「もちろん、先に規定を破ったのはあちらのビーストなんですけれど、止めに入ったハーフに手を上げてしまうとおじさまの方が悪くなってしまうんですよ」
「俺は何も悪くねぇのにか」
「はい、たとえ不可抗力でもなんらかの罰則がついてしまうでしょう。それを避けたいので、よろしければ私にお話を聞かせてくださいませんか?」
「……ちっ、わかったよ」

 

 カリナの丁寧な物言いに、ヒューマンはさっきより落ち着いてくれたらしく、不服そうだけど頷いてくれた。とりあえずこっちはカリナに任せて大丈夫かな。ほっと一息を吐いて、クリスティアと、未だに不機嫌オーラを出してるリアスを振り返る。

 

「お前らはそっちのビーストから話聞いといて」
「わかった…」
「……」

 

 めっちゃ怒ってるリアスから返答はないけれど、そう指示を出せばクリスティアたちはビーストの方へ話を聞きに行ってくれた。

 

「あちらのビーストがいつも畑を荒らしていくと?」
「そうなんだよ。こっちは売り物奪われて迷惑してんだ」
「心中お察ししますわ。おじさまからのお話ですとやはり今回はビーストの方が全面的に悪いということはわかりました」
「姉ちゃん話がわかるじゃねぇか」

 

 それを見届けてカリナの方に再度耳を傾けると、すでに事情聴取は終了。さっすが妹。

 

「一応、向こうにも言い分はあると思いますので、おじさまが納得する、しないに関わらずお話だけでも聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ」

 

 自分の言葉をしっかり受け止めてくれることによってすっかり機嫌が直ったヒューマンは快く了承してくれた。落ち着けば話のわかる人でよかったな。

 

「終わったぞ」

 

 そこで、怒りが収まったらしくいつも通りの無表情なリアスが、後ろにクリスティアとビーストを引き連れて帰ってきた。

 

「なんだって?」
「簡単に言えば、ここの畑のものがうまかったから、だそうだ」

 

 わぁなんて単純な答え。

 

「俺の畑のものがか?」
「ああ。あんた、以前ビーストに畑のものをやった記憶はないか」
「ビーストに? ……ああ!」

 

 リアスの問いに、ヒューマンは思い出したように続ける。

 

「だいぶ前にそいつと似たようなやつが道で行き倒れててな。さすがにそのまま死なれても目覚めが悪いからって畑から穫れたやつをくれてやったことはある」
「こいつはその助けた奴の仲間だそうだ。話を聞いて自分も食いたいと来ていたらしい」
「ただね、助けてくれたってことで話通じるって思っちゃったらしくて…」
「必死に話しかけていたようだな」

 

 だからずっと「わかんねぇのか」って言ってたのか。

 

「なるほどなぁ……」

 

 話を聞いたヒューマンは少し呆れたように肩をすくめて、おもむろに農作物を積んであるトラックへ向かって行った。そうして、二つほど野菜を手にしてこちらに戻り、それをビーストへと差し出す。

 

「荒らすのはだめだが、今度からお前が来たら少しくらいはわけてやってもいい。で、これはうまいと言ってくれた礼と怒鳴っちまった詫びだ」

 

 言葉が通じず、突然野菜を差し出されて困惑しているビーストに、クリスティアがその背を撫でて。

 

「…今度からは来たら分けてくれるって。あと、これくれるって」

 

 そう伝えれば、ビーストの纏う雰囲気が明るくなった。

 

『本当か! 感謝する!』
「ありがとって言ってる」
「おお、どういたしまして」

 

 張りつめていた空気も和らいで、さっきの言い争いが嘘みたいに二人とも笑顔で和解してくれた。一件落着かな。

 

「あんたらも悪かったな。巻き込んじまって。いてくれて助かったよ」
「いや、大したことしてないんで」
『ありがとな!!』
「どういたまして…」

 

 これにて俺たちの任務は完了。野菜持って行くかと言われたけれどそれは丁重にお断りして、二人に別れを告げてその場を後にした。
 もう面倒なことは起きないよう祈りながら、巡回再開。
 
 

 

『二度あることが三度あるなら、一度あったことは二度目があるってことだよね』/レグナ
 

 ヒューマンとビーストと別れてからしばらく。全員がやっと落ち着いてきた時だった。脱力感と同時に、どっと汗が噴き出す。

 

「……死ぬかと思った」

 

 思わずしゃがみ込み、そうこぼした。

 

「なんか、うん、お疲れ」
「さすがに同情しますわ」

 

 俺の気持ちを察した双子の親友は苦笑いをしているような声でそう返してくる。あまりのことに顔も上げられない俺に、今回ばかりはカリナも茶化したりなんてしなかった。

 

「リアス様、だいじょうぶ…?」

 

 ただ一人、クリスティアだけは俺がどうしてしゃがみ込んだのかはわかっていなくて。俺の目の前にしゃがんで心配そうに聞いてきた。ああ、と返しながらも実際は全然大丈夫ではない。今回の問題児である目の前のこいつに対してこう言いたくなる。

 

 お前のせいだろう、と。

 

 ヒューマンとビーストの争いが起きたのは言っちゃ悪いが別にどうでも良かった。普段から争いなんてどこにでもあるわけだし、最悪強行手段を使えばいい。俺が焦ったのは、クリスティアの行動だ。

 

 こいつまじか、と本気で思った。

 

 俺のトラウマ知っているか? あの日俺を守ろうとしたお前の手を掴めずに目の前で失ったことだぞ。貫かれて崩れ落ちていくお前を、呆然と見ていることしかできなかったことが俺にとっての人生最大のトラウマなんだぞ。それを何とか回避しようと、あれ以来合意を得た上でなるべくお前の傍にいて、どんなときでもお前を守れるようにしてるんだぞ。
 その恋人にトラウマを再現するか?

 

 なんか、こう、一言くらいあっただろう。今からテレポートするねとかもう強行手段で間に入った方が早いねとか何か一言。普通無言で行くか?

 

「リアス、大丈夫か。色々と」

 

 頭の中で駆け巡るその思いを言い出せずぐったりとしている俺に、レグナは気遣いの言葉を掛けてくれる。カリナも同情の目を俺に向けているのが雰囲気でわかった。が、それにいつも通り返せる元気もなくて。

 

「……なんとか、生きている」

 

 ただただそう絞り出すことしかできなかった。

 

「具合悪い…?」

 

 それでも尚わかってはいないクリスティアが聞いてくる。恐らくいつもみたいに首を傾げているんだろう。具合は悪くないが心臓に悪かった。まじで。正直怒り任せに色々と言ってやりたいところだが、結局恋人に甘い俺は必要なことだけを紡ぐ。

 

「具合は悪くない……が、頼むから、何かする時はせめて一言頼む」
「? なにか…?」
「テレポートするなりなんなり一言言ってくれ……」
「………あぁ…気をつける」

 

 ようやく顔を上げてそう言ってやれば、やっと思いあたる節があったのか、納得したように頷いた。頭を撫でてやりながら、恐らく次には忘れているんだろうと予想する。何千という歳月の付き合いだ。俺はこの忠告が無意味なことを身を持って知っている。

 

 目の前で困っている奴は放っておけないから。俺を助けたあの日のように。

 

 そこがこいつのいいところだし、もちろん愛している。一言告げるというのはそろそろ覚えて欲しいところだが。

 

 まぁ無理なものはもう仕方ないと、だいぶ復活したところで立ち上がりクリスティアの手を引いて立たせてやった。

 

「大丈夫そうです?」
「とりあえずは」
「あと半分くらいだから頑張れ」
「ああ」

 

 気遣ってくれた双子に頷き返して再び歩き出した。クリスティアは可愛いビーストがいないかとカリナと共に少しだけ前を歩く。俺とレグナはそれを見守るように後を着いて行く。四人でいるときの、割と決まった歩き方だ。

 

「……まじで焦ったね」

 

 ゆっくりと隣を歩きながら言うレグナに頷く。

 

「正直嘘だろうと思った」
「俺もまじかって思った。こいつリアスのトラウマえぐったなって」

 

 それはもう見事に抉られました。

 

「……あいつのテレポート封印するか」
「有事の際に困るからやめて」
「抱えれば一緒に飛べるだろう」
「なんかすんでのところで掴めなくてまたトラウマ深くなる気がする」

 

 なんて恐ろしいことを言うんだこいつは。だがものすごく予想できる。

 

「あ」
 身震いしてそれはやめておこうと決心したところで、声を上げ立ち止まったカリナにつられ、立ち止まった。

 

「あちらの方でまたヒューマンとビーストのトラブル起きてません?」

 

 彼女が指さした方向に目を向ければ、確かに言い争っているのが見える。またか。

 

「嘘でしょ?」
「多くないか? ──ってちょっと待て」

 

 けだるい足を争いの方角に向けたところで、気付く。
 クリスティアが、魔力を練り始めたことに。

 

「………刹那さーん」
「…二度あることは、三度ある?」

 

 あってたまるか。

 

「…早めに解決した方がいいってさっき思ったから、行く」
「待て待て待て」

 

 ダッシュでクリスティアの元に行き、魔力を練りきる前に解魔術でテレポートを解いた。間に合ったことに、ほっと胸をなで下ろす。しかし止められたクリスティアは少し不服そうで。

 

「一言、言ったよ?」
「そうじゃない、違くてだなクリスティア」

 

 何故こいつはGOサインを待たないのか。小さな子供に言い聞かせるように、目線を合わせて言ってやる。

 

「距離が離れているからテレポートするのはわかる、さっきのことで早めに解決した方が得策なのもわかる。だがとりあえずお前は”全員で”ということを覚えてくれ」
「言うより行動の方が早い…」
「気持ちは分かるがこっちが焦る。割とまじで」
「…わかった」

 

 未だ不服そうだが、それでも素直に頷いてくれた彼女の頭を撫でて立ち上がり、振り返る。待機しているであろう双子にさあ行くかと言おうとしたが。
 そこには双子の姿がなかった。
 再びクリスティアに振り返る。

 

「クリスティア、あの双子がどこに行ったか知っているか」
「わたしとリアス様が話してる間にテレポートしてった」

 

 おいお前らもか。俺の言葉聞いてたか? ”全員で”ということを覚えろと。まさかその時すでにいなかったのかよあいつら。つーか目立たないようにするんじゃなかったのか。

 

「……もういい、行くぞ」
「ん」

 

 もうどうにでもなれと溜息を吐いて、魔力を練り始める。クリスティアも魔力を練り始め、二人ほぼ同時に目的地へと飛んでいった。
 人のことは言えないが、何故俺の仲間は勝手に行動していく奴らばかりなんだ。
 
 

 

『類は友を呼ぶとはこういうことか』/リアス