その一瞬のひとときのために、僕は勇気を振り絞る

 盛り上がった文化祭を終え、振替休日で体を休め、またいつも通りの日常が始まる──。

 かと思いきや。

「それでは、今月から行われる武闘会について説明していきますね~」

 エシュト学園では、休む間もなく次の行事が行われるそうです。

 我らが担任、江馬先生はいつもの間延びしたしゃべり方で、黒板に”武闘会について”と書き、こちらへと目を向けました。

 さて武闘会。武煉先輩と陽真先輩が「ツートップだ」と仰っていたもの。

 リアス的にはほんとに踊る方ならよかったのでしょうけれど。

「え~、この武闘会は、本格的な力試しを行う行事になります~」

 黒板に描かれている文字通り、思いっきり闘いますよね。
 後ろのリアスのテンションが見なくても下がっていることがわかりますわ。

「この武闘会は十月と十一月に予選、来年二月に本戦、長期にわたって行われる行事でして~」

 リアスにエールを送りつつ、またカツカツと音を立てながら黒板に書いていく江馬先生を見る。

「予選二回分、本戦二回分と、大きく分けて四回戦分あるんですね~」

 書かれたリーグ表の下二段に予選、上二段に本戦と書いて少し隣に移動し。
 今度は第一予選と書いて○で囲み。

「一通り説明はしますが~、とりあえず全員に関係のある十月の第一予選について、しっかり覚えておいてくださ~い」

 では~、と間延びした声で私たちに向き直り、声とは相反した真剣な目で口を開きました。

「まず、第一予選と以降の予選・本戦はバトル形式が違います~。第二回戦からはよくある一対一の形式ですが~、第一予選では十六人同時のサバイバルバトルになります~」

 体育祭でもそうですがなにかと一回の人数多いですわねこの学園。

「第一予選でのバトルは~まず水曜以外の平日に十六時と十七時の回の二回、そして水曜・土曜日に十五時、十六時、十七時の三回行われます~。各回制限時間は四十五分ですね~」

 のんびりとした声は変わらず、言葉にしたことを黒板にわかりやすく書いていく江馬先生。

「そして各回残った一人が、十一月に行われる第二予選の出場者になりますね~。一次予選以降はぐっと人数が減るので平日のみで基本一日一回、水曜二回で一対一のバトルになります~。一日の対戦回数やバトル人数が変わるだけで~、ルールや開始時間などはすべて同じですのでご安心ください~。第二予選以降の詳細は先ほども言ったとおり出る人数が限られますので、さらっと覚えておいてくださいね~」

 箇条書きでメモ程度に書き出した後、江馬先生はこちらに向き直り、「それでは~」と。

「これよりルールの説明に入ります~」

 優しげに笑って、一、というように指を立てました。

「勝敗条件は相手の行動不能が基本。この武闘会では緊急時の規定が適用されますので~、生死に関わるものでなければ多少のけがも不問になりますね~」

 緊急時の、規定。
 すべての規定を破棄し、目の前の危険に対処するという世界の掟。この学園で言えば、目の前の危険は対戦相手。
 後ろのリアスのテンションがどんどん下がっていってる気がしますね。合意の上で入学したとは言えど、やはり突きつけられれば条件反射でそうなりますわよね。頑張ってくださいなとエールを送り、黒板に再び描いていく先生に意識を戻す。

「あとは~、場外に出ることが敗北条件ですね~。演習のように結界は張っていないので~、吹っ飛ばされるとそのまま場外に出てしまいます~」

 魔術を撃ったようなヒト型と、説明のように吹っ飛ばされた丸い何かを書いて、上に×マークとリタイアという文字を足していく。

「そして~、場外に出れるということから~、自身で場外に行くことも可能です~。今書いたリタイアに該当しますね~。危険だと思ったら自ら場外に出てくださいね~」

 こちらを振り返り、状況判断も実力の内、と微笑む江馬先生。
 恐らく後ろのリアスはクリスティアにそう指示しようと決めましたわ。私今日リアスの心を読みとるの冴えてるかもしれない。嬉しくない。

 さて、と。
 手についたチョークの粉を払い落としながら、教壇に立つ先生は教室内を見回します。

「これが武闘会のバトルについて。一通りのことを言いましたが、質問はありますか~?」

「……」
『……』

 彼女に返るのは沈黙。
 それを無しととった先生は、では、と続けた。

「我が笑守人学園での武闘会において、最も重要なことに入っていきますね~」

 間延びしているのにどこか圧があるようなその声に、杜縁先生のときのように心なしか背筋が伸びた気がしますわ。そんな私たちをもう一度見回してから、彼女は黒板へと向き直る。

「武闘会のバトルは単なる実力試し。成績がないこの学園では~、こちらのバトルは言ってしまえばおまけのようなものなんですね~」

 黒板に描かれたバトルに関する記述をすべて消し、彼女は再びチョークを持って文字を書いていく。

 そうして、

「「……交渉期間……?」」

 書かれた文字に、リアスと共に小さくこぼした。
 聞こえていたのか、江馬先生はこちらを見て微笑み。生徒側に向き直って口を開きます。

「対戦相手発表日から第一予選開始までの約一週間。笑守人学園では交渉期間を設けています~。いつ何時も、と掲げているので本来ならば武闘会期間中はすべてこの期間に該当するのですが~、第一予選で一番活きるものなので、このような明確な期間を設けています~。それで交渉期間とはなんなのかですが~、言葉の通り、みなさんには必要に応じて自身の目的を達成するために対戦相手と交渉をしてもらいます~。目的というのはヒトそれぞれありますよね~」

 きれいな指を折って、挙げていく。

「強いヒトと戦いたいから勝ち上がりたい、実力試しをしたい。そんな本来の力試しはもちろんのこと~、この武闘会では外部──主に肉体を使う系の企業の方々がいらっしゃるんですね~。その人たちに少しでも注目されたいがために上にあがりたい。運が良ければ就職に有利だなんてこともありますから~、上級生は躍起になっていることも多いんですね~」

 ”邪魔になるヒトを蹴落とすために”。

 そう、冷たい声がクラス内に響いて。生徒の大半が息を飲んだ音がしました。

 けれどその冷たい雰囲気は一瞬で、彼女はいつも通りのテンションに戻り、笑う。

「と言っても~暴力で解決なんてことは本末転倒なので~笑守人の生徒らしく自身の持てる頭脳や策略を使って交渉してもらいます~」

 江馬先生は「たとえば」と口元に指を当てて。

「自分のグループ内に強いヒトがいる場合。そうですね~そこの炎上君を例に挙げましょうか」
「勝手に挙げないでくれ」
「炎上君のような強いお方がグループ内にいてですね~」

 華麗にスルーしましたよ江馬先生。リアスが後ろで軽い舌打ちしやがりました。教師になんてことを。けれど聞こえているであろうそれすらも華麗にスルーし、クラスメイトに投げかける。

「一対一であるならば勝機がなかなかないでしょう~?」

 その問いに、クラスのほとんどが頷き。

「けれど、十五対一なら、どうでしょう~」

 再度の問いに、誰もがハッとしたのがわかった。

「一年生だけでなく上級生も混ぜた他対一。当てずっぽうではなくきちんと戦略を練った状態で挑んだのならば~、炎上君を落とすことは可能ですよね~」

 実力だけでなく、戦略も込み。
 観察や聞き込みで彼の弱点を突いていけば、確かにリアスでも厳しい状況にはなる。

「目標を落とすために周りを味方につける。そうした協力を持ちかけることができるのが笑守人学園武闘会で、人数の多い第一予選の強みでもあります~。もちろん、勝者は一人だけなのでその後またサバイバルになりますがね~」

 けれど、と。

「そのサバイバルを回避することも、交渉力によっては可能になります~」

 妖艶に微笑み、口元に指を当てて。楽しげに語る。

「笑守人では、ヒトの笑顔を守るための行事は基本的に強制参加。休めば後に倍の労力を掛かるペナルティが待っています~。そのペナルティは必ずしも自分が進みたい夢に関連しているかと言われればそうではありませんね~。ボランティアでは新たな道が見えるというメリットもある反面、当然ながらそのときが良い時期のヒトにとっては逆にチャンスを逃すという可能性も秘められています~。なので、大半の生徒はそうならないよう、武闘会第一予選だけに出て、ささっと終わりまた勉強に集中するというパターンが多いんですね~」

 つまりは参加はするも早く終わらせたい生徒も多くいると。

 ということは、

「早めに終わってしまいたいヒトには”時間”という名のリターンをつけて、リタイアを促すことも可能なんですね~。さて」」

 彼女は妖艶な笑みはそのまま、生徒を見回す。

「あなた方は、この情報をどう捉えるかしら?」

 すべては言わない。
 後はご自身で。

 そう、言外に含めてまっすぐ我々を見回し終わった先生は。

 チャイムの音と同時に、いつもののほほんとした雰囲気や笑みに戻りました。

「では、今日はここで終わりですね~。自身でどう動くかは、明後日発表の対戦者を見て土日にしっかり考えるように。もしわからないことがあったらいつでも尋ねてくださいね~」

 そうして、荷物をまとめて彼女はヒールの音を鳴らしながら教室を後にする。

 彼女を見送り、しんと静まりかえった教室が、しばらくしてから。

『リタイアした方がいいかなぁ』
「俺頑張ってみたいかも!」

 などと、これから来る武闘会に向けてそれぞれの心境をこぼし始め、騒がしくなりました。

 江馬先生が出て行ったことで我々の本日は終わりになるので、帰りの支度がてら後ろを向く。
 視線の先には、考え込むようなリアス。ずいぶん気が早いこと。

「まだ対戦相手は決まっておりませんよ」
「それはそうだが」

 けれど考え始めるのは、私も同じ。

 武闘会。
 本格的に実力を試す場。

 ただそれは、単に”武術”を試す場所ではない。

 この交渉期間を経て、いかに自分が目的に向かって優位に動いていくか。交渉術も含めての実力が試される。江馬先生が仰ったのは、そういうこと。

 そして私たちにとっては──。

 考えることは一緒ですよね。でもリアス、今対策をいくら考えても仕方ありませんわ。

「まずは対戦相手が決まってから、どうするか考えましょう」
「……」

 あの子をどう、いち早く戦線離脱させるか。

 言葉に出さずとも伝わった彼は、息を吐いて頷きました。

「……知り合いに当たることを祈るばかりだな」
「えぇ、それもお強い方に、ね」

 笑えば、そうだなと再び頷いて。

 来たる対戦者発表の日。神よどうか今回ばかりはフラグを回収しないでくださいませと、心より祈った。 

『直後、祈るべきと気づいたのは兄がフラグを立てないことでした』/カリナ

 


「♪、♪」
「よかったね刹那」
「♪」

 声を掛ければ、うれしそうにその子は頷く。
 しゃがんでるクリスティアはそのままに、腰を持ち上げて。

「んで、」

 隣を見やれば。

「……お前らは嬉しい現場なのにすげぇ場にそぐわない顔だよね」

 心底ほっとしているようなカリナと、すげぇ緊張の面もちのリアスがいらっしゃいました。

 まぁ納得はするので、苦笑いをこぼした。

 武闘会説明HRが終わって、早くも金曜日。
 四時間目、揃って授業を取ってない俺らは、この時間よく学園内をぶらついている。図書館に行ったり、ちょっと早めの購買に行ったり。その日の気分によって様々なんだけど、今日は。

 ばたついてなかなかゆっくり見に来ることができなかった、ペチュニアの元へやってきていた。

 九月も主に双子でちまちま見ていたんだけど、この子のは大変気まぐれでのんびり屋なのか。なんと葉の状態ですくすく育って行ってまして。
 確かに花が咲くやつでも今年咲かなかっただとかも聞くし、ペチュニア自体調べてみたらあの頃に植えたら秋に開花ともあったんだけれども。結構葉だけがもりもりと大きくなって、本気でカリナが言ってたように咲かないんじゃないかと不安になっていたところ。

 今月始めに双子でちらっと見に来たら、ようやっと蕾が出てきていて。これは近々咲くだろうと、タイミングを見計らってやって来た今日。

 今まで咲かなかったのが嘘のように、きれいな赤の花がたくさん咲いていた。

 それを見たクリスティアはリアスの紅ってことも相まってもう大喜び。ってことでここにやってきて数十分、今も飽きることなく花壇の前でペチュニアとお話中なんですけれども。

 で、隣の幼なじみたち。

 カリナはまぁ、うん、ペチュニアがやっと咲いたことによる心底安堵したような顔。七月でちょっと参ってたからそこはわかる。

 問題はリアス。

「……気持ちはわかるけれども」
「わかってくれているのもわかるんだが気が気じゃない」

 本日の昼に発表される、武闘会の対戦者発表でとんでもなく気が気じゃないそうです。緊張が顔に出ちゃってるよ。

 そりゃ俺だって若干気が気じゃないけれども。クリスティアに誰が当たるだろうとか、いろいろ。口に出すとフラグになりそうだから今日ばかりはその件については口を閉ざすけれども。

「せっかく刹那が喜んでんだから、龍も傍で喜んであげなよ」
「今はうまく笑えない気がする」
「お前は基本的に無表情だから大丈夫だよ」

 普段そんなに進んで笑わねぇだろ。

 それでもどうしても不安は抜けないようで。もう一度苦笑いをこぼしてから、これは仕方ないと俺はクリスの方へ。

「♪」
「それにしてもほんとに立派だね」
「んっ」

 しゃがんで、赤い立派な華に触れる。これはまぁほんとにリアスみたいに真っ紅だわ。隣に座ったのにクリスティアが延々とペチュニアに釘付けになるのもよくわかる。

 そんな隣をちらっと見たら、嬉しそうなクリスティア。ペチュニアが咲いたってことより、リアスみたいな紅ってことに喜んでるみたいだわ。

「嬉しい?」
「うれし」

 ペチュニアに目を向けたまま頬を緩ませる。これはシャッターチャンスだろ。カリナはまだやって来ないので、今回は俺が。

 スマホを取り出し、そっとカメラを彼女に向ける。

「♪」

 露骨だしたぶん気づいてるだろうけれど、今日の彼女はどうでもいいらしく。パシャリと音を鳴らしても、こっちを見ることはなかった。おかげできれいに撮れたので俺も頬を緩ませて、先ほど撮った写真を見る。
 画面では赤いペチュニアと、クリスティアが見つめ合ってるような感じで収まっていた。

 幸せそうで、どことなく、ペチュニアも元気だからか機嫌良さそうに見えて。
 後ろから聞こえる足音たちに、ちらりと画面を見せるようにスマホを肩に移動させた。

「こんなの見たら龍は嫉妬しちゃうんじゃない?」
「花に嫉妬なんかするか」
「いって。叩くことないじゃん。送んないよ」
「とか言いながら送ってくるんだろう」

 送りそうだけども──って重い重いリアス重い。後ろから体重掛けて乗ってこないで。

「何いきなりっ」
「お前がちょうどスマホ開いているから通知も見ようと思って」

 通知? 言われて時間を見てみると。

 あとちょっとで十三時。

 対戦相手の発表通知時間。

「一人じゃ不安だから一緒に見ようって?」
「んなわけあるか。クリスティアの写真見るついでだ」
「結局見たいんじゃんか」

 おっとなんか隣でパシャッて音鳴ったぞ。カリナさん絶対それ俺とリアスのだよね。お前の位置的にクリスティア撮ろうとすると完全に俺とリアスが邪魔になるもんね。

「華凜さん盗撮はいけないよ」
「堂々と撮っているじゃないですか。ごちそうさまですわ」
「対価は刹那とのいちゃいちゃ写真ね」
「お任せあれ!」
「お前もいけないとか言う割に条件出してんじゃねぇよ」

 いってまた叩いて来やがった。

「リアスほんとに写真送んないからな」
「それは困る」
「困るなら叩くなよ」

 刹那ー♪ってご機嫌に言いながらクリスティアの方に行くカリナの足音を聞きながら、肩にいう重い親友の手を叩き返してあげて。

 カリナが横でクリスティアに抱きついたところで、ぴろんと三つ、音が鳴った。

 瞬間、びしりと後ろが硬直。リアスさん気持ちわかるけど服掴まないで、ってか肉ごと服掴まないで食い込んでる痛い。

「対戦相手ですね」
「刹那だーれー…」
「ちょっと待ってくださいねー」

 クリスティアにはカリナが見せてくれるそうなので、こっちは開きっぱなしだったスマホで先に通知を開く。

 メール画面に現れた「笑守人生徒のみなさまへ」っていうご挨拶はがーっとスクロールで一旦飛ばさしてもらって。

 下に記載されてるURLをタップして、笑守人のサイトへ飛ぶ。

 対戦相手のページに直リンクされてるそこに行けば、びっしり書かれた日付と名前が目に入ってきた。

 そこでまず、探すのは。

「えーーと氷河……」
「一日目はいないな」
「二日目も見あたりませんね」

 見落としがないようにじっくり見ていって。

 三日目。

「あったー…」

 クリスティアの呑気な声の中、俺たち三人に緊張が走る。

 彼女がいることを確認してから、俺たちがすることは。クリスティアの対戦相手探し。

 できればこの中の自分たちがいると大変ありがたい。俺はリアスと一緒に、指でひとつひとつ確認しながら名前をたどっていく。

 と。

「「……!」」

 見つけた、知り合い。

 クリスティアが出るところの一番最後の段に。

 ”紫電陽真”の名前。

「……ひとまず安心かしら?」
「交渉次第ではあるだろうが、まぁ、な」

 名前を見つけた瞬間に、三人でほっと息を吐く。

 陽真先輩なら強いし大丈夫だろう。俺たちの方がありがたかったというのは変わらずだけど、次点で上がっていた片割れに当たってくれたのもありがたい。リアスも安心したのか、俺の後ろから退く。軽くなった体で一歩、クリスティアとの間を空けるように右にずれれば、そのままリアスはそこにしゃがんだ。
 俺のを探すのはまた後でにしておいて。

 隣でやっと気持ち穏やかでクリスティアとペチュニアを見始めたリアスへ。

「龍ー」
「ん?」

 ぱっと見せた、画面。

 その口角が上がっていた理由は、対戦者発表からの安堵か、それとも俺が見せた写真か。

 定かではないけれど、最近穏やかに笑うことが増えたなと。

 俺も、笑みをこぼした。

『ちなみに奥の妹の顔は恍惚としていました』/レグナ


 クリスティアと戦うにあたって気をつけること。

 それは、彼女の持ち前のスピードや身軽さによるスピード勝負、

 ──ではなく。

「最後まで目合わせてろっつーのは予想外だわな」

 本格的に始まった交渉期間一日目。
 本日俺とクリスティアは双子と離れていつもの裏庭ではなく、上級生が”いる”と返事が来た見晴らしのいい屋上にいた。

 心地よい温度の中、隣合わせで柵にもたれかかっている上級生に開口一番そう言えば、陽真は楽しそうに笑った。

「交渉に来たかと思いきや気をつけるコトっつーのも驚きだケド」
「ただただ目を合わせているだけで良いのかい?」
「あぁ、一切逸らさずな」

 膝の上のクリスティアを見下ろせば、視線に気づいた彼女は俺を見上げ、嬉しそうに顔をほころばせる。それに髪をなでてから。

「あんたが勝つにしても負けるにしても」
「おいおい負けるってのは聞き捨てならねぇよ」
「その点だけは守ってくれればいい」

 そうすれば、死にはしないと。

 こぼせば、上級生は目を軽く開いて。

 楽しげに笑った。

「こりゃ好奇心で目そらさねぇようにしねぇとな」
「俺と闘えなくなってしまうのは困るからね」

 この時代で”死”をつきつけられて笑っていられるのはなかなか狂っていると思うというのは飲み込んで。

「交渉の方に入っても?」

 未だ楽しげな雰囲気の二人に聞く。

「んだよ、ちゃんと交渉もあんのかよ。手加減しろって?」
「いや? むしろ目を合わせることと、これから言うことを守ってくれるのであれば全力で戦ってくれて構わない」
「マジかよ」

 わかんねーという視線はスルーして。

 最も守って欲しい条件であり、最も気をつけること。

「……戦闘が終わったら、俺のところへ連れてきて欲しい」

 そう、言えば。

 まるで「そんなことか」と言うように驚く陽真と武煉。単に聞けば「そんなこと」だが、こちらとしては重大である。

 ”それ”が、

「俺の”終わり”の合図がなければ、いつまでも戦い続けるから」

 それこそ、相手の息の根を止めるまで。

 元はクリスティアがケガをしないようにと始めた条件反射となる言いつけ。

 俺への愛情表現となるという平等のような条件をつければ、多少時間はかかったものの特定の条件下以外では俺の言いつけ通りに動くようになった。

 名を呼べば振り向き、目を合わせ。声に、存在に。俺のすべてに反応してくれる愛しい恋人。

 俺としてもそれでケガが減ったことで精神も安定したからwin-winだった。

 ただ、始めたのは本当に争いが多かった時代。
 どんなにケガをしないように言いつけても、戦いではケガはつきもの。普段の生活で発揮するヒーローぶりなら多少ケガがないように持ち込むことはできるが、完全にケガを完全に回避することは当然できなかった。

 ならばせめて、油断したことで間違って大けがをしただとか、命を落としただとかがないように。

 もうひとつ言いつけを増やした。

 俺が”終わり”だと言うまで。決して気を抜くなと。

 相手が目を逸らしたらそれはフェイント。仮に向こうが”終わり”だと言っても信用するな。相手の言うことは罠だと思え。

 万が一が。

 ”あの頃”のようなことが、ないように。

 どんなに言いつけても、やってくる”最期”ではそんな思いもむなしくなってしまうくらい、残酷な現実をつきつけられることもあるけれど。

 彼女につけた呪術をたどりながら、見えた光景には目を閉じて消し、目の前の上級生を見る。

「争いが多かった時代で言いつけたことだ。平和になってきたのにあわせて一応根付いたそれを矯正していこうとは思っているが」
「過保護に拍車がかかっている君には矯正は未だできず、ってところかい?」
「思ってる、で止まってるー…」

 その通り過ぎて言葉が返せない。
 とりあえず「ねー」と同意を求めてくるクリスティアの口は頬を摘まむと言う行為で黙らせて。とにかく、と咳払いをしてから口を開く。

「勝敗が確定した場合でも、俺の合図がなければ刹那の中では”終わり”ではない。動けばすぐさま排除対象として首を取りに行く」
「おっかねー」
「俺としても学園のイベント中にそんなおっかない事態は大変避けたい」

 だから。

「最後に。必ず俺のところに連れて来て欲しい。それを守ってさえくれればいくら全力で戦ってくれても構わない」

 それが自分の願いだと言う風に見つめれば、目の前の上級生はしばしの沈黙。

 少し重く感じる沈黙の中、緩く引っ張られる髪と鼓動で自分を落ち着かせること、しばらく。

「ナルホドねぇ……」

 陽真が、柵にもたれかかってこぼした。一瞬体に緊張が走るが、

「いいぜ、オマエのトコに連れ帰る、な」

 陽真が笑ったことでふっとそれが自然と抜けた。それと同時に、力が抜けた口からするりと疑問も出てくる。

「……自分で提案しておいてなんだが、案外さらっと受け入れるんだな」
「別にー?」

 ペンダントを揺らしながら首を横に振って。

「こんだけ種族がいるんだから特殊なヤツなんて五万といるだろーよ。むしろ制御方法がわかってくれてるだけマシ」
「スイッチ入ったら自分でも制御がわからない、なんてハーフもいたしね」
「そーそー」
「そのヒトは、どうしたの…?」
「フィノア姉が寝かせて、意識チェックして終わり。ま、大事には至んなかったケドそーゆー厄介なタイプもいるし。こうなったらこうして欲しいっつーだけえらいんじゃねぇの?」
「他にこうしなければいけないというのがあれば今の内に言っておくといいですよ」
「あ、ケドこーすりゃ勝てるっつー対策うんぬんはなしな」

 笑って言われる言葉には、クリスティアと共に首を傾げた。

 それを見て、上級生は揃って。

「「攻略法は自分で見つけださなきゃ面白くないから」」

 まるでお互い言うことがわかっていたかのように、互いを見合ってそう言った。つくづく不思議な奴らだと思わず笑って。

「……なら、頼む」

 クリスティアを抱き上げて、立ち上がろうとしたときだった。

「ちょーっと待った龍クン?」

 すかさず、がしりと腕を掴まれ、持ち上げかけた腰は再び下ろす。

「な、んだ」
「忘れてねぇ?」
「今は交渉期間ですよ」

 さっきとは違って妖しく笑う二人に、嫌な予感がして体が硬直する。すっかり忘れていた。いい雰囲気だからそのまま帰るところだったわ。

 けれど、と。

 若干嫌な予感に腰は入り口へとにじりよりながら、返す。

「……交渉は成立したんじゃないのか。刹那を俺のところに連れてきてくれる代わりに、思う存分戦っていいと」
「ソレさ、コッチの願いに変えてもらってもいい?」
「お願い…?」

 ばかクリスティア聞くな。

 聞いたら終わりだと、カリナで何度も経験している俺の脳内は警報を鳴らすが。

 何を言うよりも先に、陽真が口を開く。

「ソ。龍クンの過保護は考慮すっからさ、遊ぼうぜ」

 一瞬「なんだそんなことか」と安堵しかけたが、武煉が口を動かしたことで、緊張は解かない。

「あそぶ…」
「そうです」
「季節に合わせて……そーだなぁ」

 悩むように見せながら、陽真と武煉は視線を合わせて。

 再び、揃って言葉にした。

「「ハロウィンパーティーでも」」

 どうだろうかと言うように笑う二人に。

「♪」

 目を輝かせるクリスティア。

 けれど俺は。

「…………はっ?」

 予想もしない言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ここに双子がいれば通訳をと思ったが、それはより一層自分の逃げ場をなくすことだと気づいたので、その考えはなしにした。

 どのみち逃げ場はないんだろうけども。

「……か、考える時間は」
「そりゃもちろん。交渉期間中に答えをくれりゃあ構わないぜ」
「返答を楽しみにしているよ」

 猶予を与えてくれるだけ、この上級生の方が天使に見えた。

『けれど猶予は、きっと数十分だけである』/リアス


 クリスティアとリアスが交渉に行った次の日の水曜日。学校終わり、時間に余裕のある夕方。

「……」
「……」

 カップルのご自宅にお邪魔させていただき、ソファの前。あぐらをかいたリアスと、正座をして向かい合う。

 じっと見つめ合い、数秒。
 いつものごとく嬉しくないですがタイミングが合った私たちは、同時に口を開いて。

「うさ耳」
「猫耳です」

 発せられた言葉に。

「どーーーっしてこういうときだけはあなたと意見が合わないんですかっ!!」

 すぐさま地面に、拳をたたきつけた。

 今月末の十月三十一日は一年に一度の大きなお祭り、ハロウィン。
 元はイタズラ好きの悪魔に、これ以上イタズラをしないようにと大好きなお菓子をあげて約束をしたことから始まった風習。一種の他種族交流ともなるそれは時代が進む毎にその風習は広まり、悪魔と同じ格好ならばイタズラされないからと仮装というオプションも付き。

 最終的には仮装して町を練り歩いたり、おしゃれなバーで飲み会をしたりという町や国規模で行われる異種族交流会に発展いたしまして。

 まぁイベントに参加というのはうちには過保護なリアスがいますのでないんですけれども。

 他種族を侮辱しない、仮装拒否している種族の仮装はしないという二点だけ守れば自由に仮装──いわゆるコスプレができるイベントを、洋服を作るのが大好きなお兄さまが見逃すはずもなく。毎年レグナの手作り衣装で四人で密やかにパーティーしておりました。

 いつもならば来週とか再来週あたりにレグナが制作を始めるんですけれども。今年は武闘会もあって、観覧自由とは言えど普段とは違って少しばかり制作時間が短くなること、そして昨日上級生からお誘いのあったハロウィンパーティーのために、レグナがパーティーならせっかくだしもう少し懲りたいということで。

 四人揃ったときは恒例で行われるクリスティアの衣装会議を開催しているんですけれども。

 目の前の男とは何故かこの日だけ意見が合わない。

「良いじゃないですか猫耳っ」
「猫耳は前回あたりの人生でやったじゃないか」
「あなたが写真で送ってきたやつですね、いつか目の前で実現してもらおうと心に誓ったものです」

 それに。

「それを言うならうさ耳だってやっていたでしょう?」
「三回前の人生でな。猫耳より空いている」
「期間がどうこうではなくてですね。そもそもあなたこの会議で毎回一発目でうさ耳しか言わないじゃないですか。どんだけ好きなんですかうさ耳」
「似合うだろう」
「そこは同意するんですけれども。たまには違うのにしてもいいじゃないですか」

 そう言えば、リアスは少しだけ悩んで。思いついたのか、再び口を開く。

「ロップイヤー」
「うさぎから離れてください」

 耳が垂れるか否かの違いじゃなくてですね。

「あるでしょうもっと。それこそ私の猫耳とか、犬耳とか、ときにはエルフ系のお耳とか猫耳とか」
「耳からは離れないの…」
「ていうか猫耳二回言ったね」
「ソファ組は今しばらくお口を閉じていてくださいな」

 真剣なんですとソファに座るレグナとクリスティアに言うと、

「じゃあリアスの衣装続きね」
「はぁい」

 お二人は元からやっていたリアス衣装決めへと戻っていき。

 私は再び壁であるリアスに目を向けました。そのお方はとても納得行かないというお顔。私だって納得行きませんよ。

「猫耳にしましょうよ」
「猫耳も良いことは認めるがうさぎだってかわいいだろう」
「かわいいですよ、それはもちろん。でも私猫耳が見たいんです」
「自分でつければいいじゃないか」
「クリスティアのが見たいんですよ」

 自分で猫耳つけてあらかわいいなんてどこのナルシストですか。

 しかしこのままではらちがあきませんね。

 こういうときは一回離れてみるのもひとつの案。

「リアス、一回耳から離れてみましょう」
「耳推しをしているのはお前の方な気がするんだが」
「否定はしません」

 かわいいので。ただ今はそうでなく。

「もしかしたらほら、長年気づかなかった新しい魅力にも気づけるかもしれませんよ」

 ね? とスマホをかざしながら聞けば。

「……まぁ、それなら」

 恋人のかわいい姿が見たいリアスと意見が合致。
 それに笑んで、自然とリアスと隣同士になり、意見の参考としてコスプレの画像を見ていくことに。

 スマホのインターネットを起動して”コスプレ””ハロウィン”と検索ボックスに入力すると、ざっと画像が出てきます。
 多いのはナース、メイドあたりですかね。

「こういうのは五月にやりましたよね」
「警官は文化祭に着ていたな」

 けれどスクロールしていくも、なかなか見たことがある・着たことがあるものばかり。

「ハロウィンの風習にちなんで悪魔のコスプレでもいいんですけれどもね。あちらの種族はとても寛容なので衣装とか普段からも衣装いっぱい売っていますし。五月にやってないんでしたっけ?」
「やっていないが。きわどい衣装は今は困る」
「リアスがイタズラしたくなっちゃうもんね」
「さすがにパーティーでは困ってしまうのでやめましょう」
「そういった場ではしないがな?」
「わかんないじゃないですか、たまたま二人きりになっちゃったーみたいなことがあったら」
「そもそもお前のテリトリーに入りそうなところではやらない」

 失礼ですね。

「愛原家がこの町にある限り永遠とこの町は私のテリトリーですよ」
「お前そろそろ本気で通報するぞ」
「そのときは共に行きましょう、許してあげます」
「結構だ」

 後ろから笑い声が聞こえますが置いておきまして。

 話は本題へ。

「で? どうするんです衣装。せっかくなら普段着ないものの方がいいですもんね」
「だからうさ耳」
「付けるものも重要ですがまずは着るものを考えましょうリアス。モチーフを決めましょう」

 言いながら、二人して悩む。
 他種族のモチーフ。かわいいもの。クリスティアに似合うもの。

「……彼女に似合うものと言えば?」
「……フリル」

 あ、わかる。

「あとはもふもふしたものもかわいいですよね」
「もこもこに埋もれているのは大層可愛い」
「ふわっとした洋服だとなおいいですよね」

 待ってこれだとただのクリスティアかわいい談義になってしまう。

「今したいのはクリスのかわいい談義ではなくてですね」
「似合う服装の話だろう?」
「このままだとまた脱線です。フリルが似合うんですよね。ではそこにあなたの好みの要素を付け足してみましょう」
「好み……」

 癖の爪いじりをしながら数秒、出た答えは。

「お揃い」
「するんですか?? フリルとうさ耳を??」

 ちょっと後ろの二人が吹き出したじゃないですか。私は驚きで吹き出せもしない。

「リアス本気ですか?」
「俺はフリルとうさ耳がお揃いとは一言も言っていないが」
「言っていませんが今の流れではそうなるでしょうよ」
「俺の服の一部から持って行くという発想に何故ならない」

 うさ耳とフリルがいいと言って最終的にお揃いがいいと言われたらこの男まさかと思いますよ。私絶対間違ってない。

「とりあえず要素としてお揃いがいいということで」
「とりあえずも何もそう言っている」
「あなたもう少し言うタイミング考えた方がいいと思いますよ」

 意味がわからんって顔してますね、私だってあなたのそのとんでもないタイミングが意味わからない。

 それを言っても意味がないということは長年のつきあいで知っていますので、咳払いして切り替えましょう。

「えぇと、フリルがあって、もこもこで?」
「うさ耳」
「一回ほんとにうさぎから離れてください」

 どんだけ推してくるんですか。

「ひとまずもこもこふわふわな種族を探しましょう。うさぎ以上にあなたの心にヒットする種族もいるかもしれません」

 そう言いながら、検索ボックスには新たに”もこもこ”、”種族”と入力して、検索。

 ぱっと一番上に出てきたのは、もこもこのうさぎ。

 だめですリアスが言うから引き寄せている。
 一回うさぎさんは保留にさせていただきまして、画像一覧をスクロール。えぇと、もこもこの種族は……

「狼、パンダ、狐……」
「カピバラに、尻尾がもこもこでリスとかもいるな」
「パンダさんかわいいじゃないですか」
「リスも可愛くないか」

 異なった意見に、二人して画面から互いに目を向けて。

「……白黒のパンダさん。かわいいでしょう?」
「リスの尻尾がクリスティアに合いそうなんだが?」
「何故この会議になると私たちの意見は合わないのかしら」
「普段は嫌と言うほど合うのにな」

 えぇ本当に。
 しかしにらみ合っていても話は終わらない。どうしましょうかと思案しかけたところで、ソファの上にいたお二人が声をかけてきました。

「まだ決まんないの?」
「残念ながら」
「そっちは決まったのか」
「リアス様はおおかみー…♪」

 ご機嫌そうにクリスティアはリアスへ体重を預ける。私にはレグナが体重をかけてきました。

「とりあえず決まんないならリアスに合わせるような格好で考えてみれば?」
「リアスに合うような、ですか……」

 狼。狼……。可愛い感じで狼に合うもので、先ほどお互いに出た案の中から。

 うーーん……なんでも合いそうですが、これは一回クリスティアに聞かねばなりませんね。ということで、リアスにご機嫌にすり寄っているクリスティアへ。

「クリス」
「なーにー…」
「あなたの衣装なんですが」
「うん…」
「リアスに物理的に勝てそうなものと精神的に勝てそうなものどちらがいいです?」
「聞き方何だそれは」
「クリスの意見も尊重しようかと思いまして」
「ちなみに物理と精神でどう違うの?」

 レグナの問いに、んーと少し考えてから。

「精神は、いつも通りと言えばそうなんですが、かわいさでリアスに参ってもらうような感じで」
「物理は…?」
「力で勝てそうな感じの衣装に」
「物騒すぎない?」
「そもそも物理ならクリスティアは俺に勝てるじゃないか──いってっ」

 スパァンといい音で叩かれた学習しないリアスには憐れみの念を送り。

 クリスティアに、「どうします?」と尋ねると。

「わたしはか弱い女の子…精神一択…」

 物理で恋人を黙らせたくせになにを。

 しかしそれを言うと彼女の機嫌を損ねてしまうので頷いて。

「では小柄な種族で参りましょう。狼さんと一番合いそうな種族ですよね」

 言えば、四人でんーと悩む。そう言われるとなかなか難しいですよね。

「女の子らしいって言えばリスあたり?」
「可愛らしさで考えると猫とうさぎで分かれそうですよね」
「猫はおとなっぽいイメージ…」
「うさぎはか弱くて寂しがり屋で、どちらかというと守られるような──」

 そう、守られるような。

 ……守られるような?

 リアスが言った瞬間に。

 私も、リアスとレグナも。一斉にそこへ視線を向けました。

 我らがヒーロー・クリスティアへ。

「…なんでこのタイミングでわたしを見るの…」

 勘づいていらっしゃるようなんですが圧がすごくて言葉が出ない。

 あなた守られるより守るタイプのだいぶたくましいお方ですよね? なんて。

 言えないけれども見てしまった以上何か言葉を発さなければいけない。ちょっとレグナ「早く言ってよ」って言いたげにぐいぐい背中押さないでくださいよ。リアスもさりげなく足つつかないでください。どうして物理になると反射的に前に出るのに言葉になると私に任せるの。

「違うんですよクリス!」

 こうして私が咄嗟に言葉を出すからなんですけれども。

 ただ違うんですよと出たものの何が違うのと自問してしまう。やめて「違わないですよ」って返してこないで心の声。違うんです、違うんですよ。

「なぁに…?」
「えーーーーーと」

 氷のような目がとても怖い。何か、何か。

 頭をフル回転させたとき。

 リアスの言葉を思い出しました。これなら合う。

「寂しがり屋!」
「…?」

 予想外の言葉にきょとんとしたクリスティアに今だとよく回る口で言葉を紡いでいく。

「ずっと一緒にいるじゃないですか、片時も離れずに! もちろんリアスの過保護があるからというのもわかっていますが、クリスだってリアスがいないとやっぱり寂しいでしょう?」

 考えるみたいにリアスの方見ないで。リアスが若干緊張しているから。

「…」
「……」

 そんな我々のことはつゆ知らず。じっとリアスを見たクリスティアはふんわり顔をほころばせて、リアスにぎゅっと抱きつきました。

 そうして、かわいらしい顔で。

「…いないと、さみし」

 天使の笑顔いただきました。しかし今回ばかりは写真は撮らず、口を開く。

「その寂しがり屋なところがほら、クリスティアにぴったりなんですよ! ね! ね? リアス!」

 かわいさにかまけていないで頷いて。

 ね、と圧を込めて再度聞くと、ようやっとリアスは頷く。それに、クリスティアがさらにご機嫌になったのがわかりました。

 よし。

「それでは寂しがり屋でか弱いクリスティアにぴったりなうさぎさんにしましょう!」

 そう、言えば。

「うんっ…♪」

 クリスティアも頷いてくれたので。ひとまずこれで一安心と言うことで。体重をかけてきているレグナを見上げる。

「ではお兄さま」
「はいよ」
「とびきりかわいい服お願いしますね」
「もちろん」

 笑った兄に、笑みになったら。

「そうだカリナ」
「はいな」
「さっき自分では結構って言ってたところ悪いんだけど」

 嫌な予感がして、顔が笑みのまま止まる。しかし兄の口は止まらない。

「俺らの衣装、二人の話聞いてたクリスティアの第一希望で双子のお揃い猫だから」

 にっこり笑う兄に。

「わざわざフラグを回収しに来なくていいですよお兄さま」

 死にそうな声で、そう返すしかできませんでした。

 試着のときにクリスティアに猫耳付けたりして遊べるから結果的にはいいんですけれども。

『まさか本当に自分で見るとは思わなかった』/カリナ

 


 火曜日から始まった、武闘会のための交渉期間。

 あっという間に過ぎて本日金曜日の帰り道。

 うん。

「見事になんも声かけなかったね」
「コノための五月の交渉だしな」

 わかってはいつつも、正直何件かは来るかと思ってた。特にクリスティア。

 陽真先輩と同じグループなら、「紫電陽真を倒すためにー」って協力持ちかけられるかと思ってたけど。

 目の前をカリナの横でご機嫌そうに歩いてる彼女にも、一切声掛けはありませんでした。

「いや平和なのはいいんだけども……」
「身構えて緊張していた時間は返して欲しいな」
「君たちなら予想はできそうだったけどね」

 リアスとは反対の隣にいる武煉先輩に、苦笑いをこぼす。

「こっちの予想もしつつ、でも声かけ予想の方が勝ってたかなぁ」
「わからなくもねぇが、声かけらんねぇだろうよ。七月はちっと予想外だったケド」
「けれどあれも聞いたところ、一年生が多かったみたいだしね。やっぱり効力はあったんじゃないかな」
「まぁ、不良と仲良くしてるヤツにその不良を潰すために協力してくれませんか、っつのーはなかなか度胸がいるわな」

 笑いながら話す先輩たちに、隣の俺たちは心の中で感謝いっぱい。

 もちろん面倒な交渉が入らなかったことはもちろん。

 クリスティアへの交渉がなかったことは、本当に助かった。

 仮に交渉が来たとしても彼女にとっては無意味だったし。

「……一個厄介になりそうな事案が減ったし、ラッキーだったね」
「それはな」

 わかってるリアスは、俺がこぼした小さな声に頷く。

 安堵してるその顔を見て、俺も安心して。

 前を見た。

 カリナと楽しそうにしながら前を歩くクリスティア。

 もし、交渉が来てたなら。

 武闘会が終わった後が面倒だったかもしれない。

 彼女は、きっと”それ”を覚えられないから。

 その事態が引き起こすのは、約束を守らなかったとか交渉したのにとかという文句。
 それが回避されたことが今回の交渉期間での一番の収穫。そして陽真先輩との対戦でクリスティアが落ちてくれればその後の厄介ごとも回避。今回当たってくれてほんとに助かったな。

 心の中で安堵して、話は陽真先輩が言った不良の声かけへ。

「不良と仲良くしてる奴に声かけしないってことは、やっぱり二人にも交渉はなかったんだ?」
「ま、そうそういねぇわな」
「陽真は見た目怖いから。負けてくれなんて言ってメンチ切られたら怖くてたまらないでしょう?」
「オメェの真顔の方がこえーだろうがよ」

 あぁ、確かに武煉先輩がいきなり真顔になったらちょっと怖いかもしれない。想像しようか迷ったところで、陽真先輩が「そういえば」と言ったので想像はやめた。

「どしたの先輩」
「生徒からは交渉とかはなかったケド、広人クンからはあったよな」
「──あぁ」
「杜縁先生です?」
「なんてー…?」

 会話を聞いていた前の二人も振り向いて。先輩たちを見上げたら、それはそれは楽しそうに笑って。

「「骨折るのだけはやめて欲しいと」」

 そろってとんでもないこと言って来ちゃったよ。

 待って?

「骨折ったの??」
「去年なぁ、思わず楽しくなっちまってな」
「お互い笑いながら骨折っていたね。陽真は肋骨逝ったかな?」
「武煉も腕一本逝ったわな。あと足か」
「そうそう、片足引きずりながらお返しに陽真の足折りに行ったね」

 すげぇ笑いながら話してるけど内容がやばい。
 なに骨折ったって。

 待った横のリアスの雰囲気がだんだん緊張してきてる。

 絶対振り返ったら超心配そうな顔してんじゃん。

 そっと、振り返ると。

「……」

 想像以上に心配そうな顔とご対面しました。やめて緊張移る。

 ぱっと先輩たちに振り向いて、さりげなく視界に入ったカリナも緊張でクリスティアを抱きしめていたので、俺が口を開いた。

「先輩」
「んー?」
「……刹那の骨を折るようなことは」

 恐る恐る、聞けば。

 きょとんとした顔のあと、二人はすぐに笑った。

「ねぇって。アレは武煉がワリィんだよ。コイツが相手してた──」
「陽真」

 その笑みのまま武煉先輩がドスのきいた声で隣の陽真先輩のわき腹にエルボーをかます。ゴスッて落としたけど大丈夫? 陽真先輩うずくまっちゃったけど。

「…はるま生きてるー…?」
「ちょ、ちょーっとキッツイ……」
「まぁ陽真は置いておきまして」

 正直置いておきたくはないけど武煉先輩の圧が踏み込んでは行けないものと言っているので置いておくことにして。

「今回は骨を折るような事態は避けてくれと、広人さんが言っていてね。見てるこっちの心臓が危ないからと」
「……確かに笑いながら骨を折っていくのも見たくはないが」

 俺も見たくない。なにそのホラー。

「守るかはわからないけどね」
「守ってあげなさいな……」
「そこは陽真次第だよ。ねぇ陽真?」
「そーな……」

 なんとか立ち上がった陽真先輩に苦笑いをこぼしつつ。「そういえば」と武煉先輩が言ったので、今度は何だと深い蒼を見る。

「刹那に関しては聞いたけれど……他に何か俺たちに交渉はないのかい?」
「交渉、です?」
「それこそ彼女のような気をつける点でもいいし、勝ったら、そうだな、陽真が言ったように男子会女子会をやろうというような遊びでもいいし」

 ありませんか? と問われて。
 一度カリナとリアス、三人で顔を合わせた。

「……あるか?」
「なくない?」
「まぁそもそも当たるかどうかもわかりませんしね」
「上に上がってくりゃ当たる確率は高くなるケドな。一次予選の時点で十六人に絞られるワケだし」
「それにリーグ戦とかでもなくて完全に対戦相手はランダムになりますから。もしかしたら二次予選で当たるかもしれないよ」

 そう、笑うけれど。

 そもそもの話。

「……まず俺たちが上がったらの話じゃない?」
「オマエたちなら上がってくるだろうよ。オレらと互角に戦えてるワケだし? ま、刹那ちゃんはムリだろーケド」
「…」

 クリスさん待った無言で腕は振り上げちゃいけない。お前の打撃は本気で骨が逝くやつだから。

 すかさずその打撃はリアスが止めて。

 ちょっと不満そうなクリスティアにはリアスがアメをあげてご機嫌を取り。

「──あぁ」

 ふと、リアスが思い出したように声を出した。

「どしたの龍」
「交渉じゃないが、気をつけることはあるんじゃないか?」
「君にかい?」

 うん? あったっけ。あれなんでカリナも思い至ったような顔してんの? 俺だけなのわかんないのって。

 疑問が駆けめぐる中、リアスが俺を指さす。

 俺?

「俺が何?」
「お前に気をつけることがあるだろう」

 気をつけること。

「え? いやなくね?」
「ありますあります。先輩方、くれぐれもお兄さまを怒らせるようなことは謹んでくださいまし」
「蓮クン? 怒ったらなんかあんの」
「えぇ」

 リアスから続きを次いだカリナはそれはそれはかわいらしく微笑んで。

「お兄さまを怒らせたらもれなく天国逝きになりますので」

 とんでもなく物騒な設定つけないで欲しい。

「異議がありまくるんだけど」
「七月の護衛パーティーで華凜に手を出した人間を召しかけた奴が何を言う」
「あれは殺してないからセーフだったじゃん!」
「そういう問題じゃねぇだろうよ蓮クン」

 そういう問題だよと言っても誰一人首を横に振るのはわかっているので、咳払いをして先輩を見上げる。安心してと言うように笑って。

「大丈夫だよ、華凜にちょっかい出すとかじゃなければ殺さないから」

 そう、言えば。

 どこを安心しろとという視線を、一斉に向けられました。

 ポニーテールの先輩が肩をびくつかせたのは、今はまだ知らないフリ。

『泳がせることも、戦略の内』/レグナ