立ち向かう勇気を持って、僕はまた剣を取る

 十月十八日、水曜日。

 わたしが、武闘会に出場する日。

《笑守人学園武闘会、第一リーグ。十月十八日の回の出場者はすみやかに演習場バトルステージへお越しください。繰り返します──》

 まだ誰もいないスタジアムをぼんやりながめてたら、集まってっていうアナウンス。
 すぐに同じ言葉が繰り返されて、周りの、たぶん同じ出場者の人たちがみんなステージの方に歩いていく。

 出場なので、当然あのヒトたちに合わせて、いっしょにスタジアムに行かなきゃいけないんだけど。

「…間に合わなくなっちゃうんですけどー…」
「いっそ行かなくてもいいんじゃないか……」

 いつものごとく恋人さまが後ろから抱きしめて来るので動けません。

「りゅー…」
「あと一分……」

 そんな死にそうな声で言われるとすごい困っちゃう。
 ちょっと息をついて、後ろから引き留めるように抱きついてるリアス様の腕を、そっとなでて。
 視線は、目の前にいる人へ。

「ごめんねはるま…」
「別にいーケドよー。このまま引き留めて結果無断欠席なんてシャレになんねーからな?」

 あ、リアス様今すごいびくついた。

 もうあとひと押しかな。腕を、安心してって言うみたいに軽くたたきながら。

「…いっしょじゃないペナルティは、やぁだ…」

 そう、こぼしたら。

「……一分だけ待ってくれまじで……」

 さっきよりももっと死にそうな声が返ってきました。わりきってはいるけどやっぱこわいもんね。
 それは、ちゃんとわかっているから。トン、トンって腕をたたきながら、息を吸う。

「…ごじゅうさーん、ごじゅうにー…」
「おい今回は律儀にカウントダウン付きなのか」
「だって一分って言っても絶対繰り返すじゃん…」

 あたたたた図星だからってぎゅってしないで。

「いくつまで言ったっけ…さんじゅー」
「待て絶対四十秒代だったろう」
「刹那ちゃんさっさと行きてぇっつー気持ちの表れだろうよ」

 ごめんまじめに覚えてなかっただけ。
 一緒にいれるならずっといたいよ。

 ただ今それを言うと「じゃあそうするか」ってペナルティお構いなしになりそうなので。

 ちょっと強めに抱きしめられてる腕をまたぽんぽん叩く。

「りゅー」
「なんだあと二十秒ある」

 無駄に細かい。
 またぎゅってしてきたのに若干まゆを寄せて、きゅうくつな中でがんばって後ろを振り返る。

 その先には、目と鼻の先にいる、とっても不安そうなリアス様。

「……何だ」
「…がんばって、くるから」

 リアス様の頭をなでながら。

「すぐ終わらせて、帰ってくるよ」

 お前はダンナかなんていう視線は今ちょっとスルーさせてもらいまして。

 いつか来るであろう「あの日」には叶わない、あなたの元へ帰るという約束を。

「…ね?」

 目を見てしっかり言えば。

「……」

 また思いっきりぎゅって抱きしめられてから。

「……頑張ってこいよ」

 ふわっと、その体が離れていった。
 それにほほえんでうなずいて、はるまの方に向き直る。

「いこ」
「はいよ」

 歩き出したはるまについてくように、心配そうな後ろの雰囲気は感じなかったフリをして、わたしも歩き出した。

《これより、笑守人学園武闘会第一リーグ、十月十八日の回を始めます。出場者一覧はモニターに展開されているのでご確認ください。バトル中のけがやリタイアはすべて自己判断となりますのでご注意を》

 いつもは分けられてる区画が、今日は分けられてなくて、ちゃんとしたステージ。
 そこに、出場者十六人で集まって。アナウンスを聞きながら、わたしははるまの隣で準備運動。

《出場者のみなさまは生死に関わるけがのないよう、全力で頑張ってください》

「…けがなく、全力で?」
「ま、やりすぎ注意ってこったな」

 そっかぁ、なんて返して、最後にアキレスけんを伸ばして、まっすぐ立つ。

《それでは始めます》

 頭の中で、切り替え。

 ここは戦場。
 油断しちゃだめなところ。わたしの任務は、

 なるべくケガなく、早くリアス様のところに、帰ること。

 そう、言い聞かせてから。

「んじゃよろしく頼むぜ刹那ちゃん」
「うん…」

 魔力を練って、

《スタート》

 合図に、思いっきり横に飛んだ。

「早速オレかい」
「もち…おとすのは、やっかいな人から…」
「そりゃどーかん」

 氷刃を出して、左隣にいたはるまに飛びかかる。キンって音たてながら大剣で防がれちゃったから、一旦引いて。

 思いっきり、踏み込む。

 ちょっと遠かったはるまはテレポートしたみたいにすぐ目の前に来た。その勢いのまま、大剣に斬りかかる。

「っと早ぇーな」
「じまんのはやさ…」

 苦笑いのはるまに何回か斬り込んで行って。
 力じゃかなわないのは知ってるから、下からもぐりこもうかなと思ったとき。

「…!」

 はるまじゃないところから気配。しかもいっぱい。

天使の羽根エール

 もぐり込むのはやめて身を引いて。こっちに向かってきてるそれから逃げるように、翼を出して上に飛び上がった。

『紫電覚悟ー!』
「行くぞ、狙い撃ちだ!!」

 声を聞きながらスカートを押さえながら羽ばたいて、下を見る。

 目の前に広がっていたのは、

「わぁ…」

 はるまに向かって飛びかかってるほかの対戦者。すごいめっちゃヒト集まってる。いち、にぃ…あれスタジアムのはしっことかにヒトいないしこれ全員はるまに向かってったんじゃない?

 え、やば。もってもてー。剣とか槍で攻撃されたり、殴りかかってこようとしてきたり、たぶんもて方としてはうれしくないかもだけど。

 でも当のはるまは軽々交わして、まだ笑ってる。えぇ超余裕じゃん。

「さすが武闘会ツートップ…」

 あなどれないな、なんて思いながら、わたしは準備。

 おとすのは、やっかいな人から。それは絶対変わらない。

【凍てつく氷の刃】

 魔力を練って下に手をかざせば。

 冷たい空気が、詠唱と一緒に形になっていく。

【貫いたその先のすべてを、冷たい草原に変えて──”氷槍リオートランケア”】

 できあがったのは片手じゃ持てないくらい長い、氷の槍。
 それを、手にとって。

 思いっきり振りかざす。

 あ、はるまこっちに気づいちゃった。
 わたし見て”げっ”て顔してる。

「気づかれずにやろうと思ったのに…」
「そりゃムリな話だわな」
「じゃあ見ててもいいから避けないでねー…」
「ムチャ言ってんじゃねーよ」

 そう言いつつも、はるまはちょっと苦い顔。

 ヒトに絡まれてるはるまは、思い切り逃げるってことはできないから。
 その状況に、ちょっと口角を上げて。

 両手で振りかざした槍を、

「、っと!」

 陽真が攻撃受けた瞬間に。

「それーっ」

 持てる力全部を使って、思いっきりぶん投げた。
 魔力を込めてあるそれは、勢いよく下に向かっていく。さすがに当てはしないよ。死んじゃうもん。このまままっすぐ下に行けば地面に当たって氷がぶわってなるだけ。リアス様が言う、フェイント。

『おい上!!』
「やべぇぞなんか来る!!」

 でも自分たちに向かってくるから、対戦者さんたちは焦って走り出してく。大半は場外に出てってくれるかな。

 でも、油断はしない。

 ものすごいスピードで落ちてく槍を

 追うように羽ばたいてわたしも下に向かう。

 なにをされても、すぐに先手を打てるように。

 たぶんはるまは飛びのくから、そこでふところに入って、首に氷刃突きつければいいかな。
 あ、でも銃突きつけてもぜんぜん平気だったんだっけ。じゃあうしろから?

 そう、槍の後ろで考えながら急降下してる途中。

「ジャマ! どいてろよ」

 目の前に、メッシュのヒトが来た。

 メッシュのヒトが、来た?

 え、

「──っ!?」

 待って。

 なんで槍の真下に来るの。みんなに当たらないとこに落とそうとしてるのに。なんで、なんで。

 頭は疑問でいっぱい。
 でも考えてる間にも槍は下に落ちてく。

 これじゃあ当たる。

 槍はつかめない、つかんだとしてもたぶんいっしょに落ちてく。それじゃはるまに当たることは変わらない。こんなとき、こんなときはっ

「解除っ…!」

 魔力を操作しようとして、手を伸ばす。

 でも、

「…!」

 もう、槍ははるまの目の前。

 間に合わない、かも。

 ぞっとして、どうにかしたくて。

 槍を止めるために急降下した。

 ちょっと後ろから隣まで、降りてきて。

 抱きしめるように槍に近づいたときだった。

「おい刹那ちゃんもどいてろよ」

 たのしそうな、声。

「え…」

 そっちを見たら、

 その人は、おっきな大剣を振りかぶってる。

 ぐって力が入ってる雰囲気とか、殺気とか。いろんなものがびりびり伝わって、あって気づく。

 このまま。

 このままここにいると、

 ──死ぬ。

「っ!!」

 気づいた瞬間に思い切り、身を引いた。

 槍が、あと少しではるまに届きそうところ。

 その槍がそれ以上進む前に。

「ハッ!」

 はるまが思い切り大剣をなぎ払った。
 その途中で、キンッて音を響かせながら刃が槍に当たる。

 わたしの槍は、きれいに弾かれて、上へ。

 来た方向と逆に上っていった槍を、思わず見つめちゃう。

 勢いよく、今度は上に行ったそれは。

「わぁ…」

 ガァンッ、なんてのじゃ足りないくらい大きな音を立てて、高い高い演習場の天井に突き刺さりました。

 瞬間、槍が刺さったところからびきびきって氷原が広がる。わたしが別に魔力込めてたやつですね。

 ちょっとこれやばくない??

 なにがやばいってあの、よくあるきぶつはそんみたいなやつ。

 貫通してないだけましだよね、そうだよね? いきなり黒いスーツのヒトとかが請求書持ってきたりしないよね。大丈夫だよね。
 きっとこのあと魔術的ななにかでなおしてくれるよね。

 うん、うん大丈夫。ほらあの、いろんな種族がいて魔術もいっぱい使うからってほら、リアス様が言ってたじゃん。建物は結界でコーティングされてるんだって。だから簡単には壊れないって。だからね、あのビキビキってなってるとこもただ単に結界にぶつかってああなってるだけかもしれない。そうだよ。きっとそう。

 よしだいじょうぶ。

 槍から目をおろせば。

 周りのヒト達はまだ上を見てる。すごい「うわぁ」って感じの顔で。

「あれやば……」
『あんなの撃ってきて殺す気かよ……』

 ちゃんと調整したもん、殺さないもん。

 聞こえた声には心の中で返して。

 スタジアム中央にいる、大剣を担ぎなおしたはるまに目を向けた。視線に気づいたのかはるまもこっちを見て、笑う。

「危なかったな?」
「それははるまもでしょ…」

 避けないでねとは言ったけどまさか飛び出してくるとは思わなかったよ。下手したら死んでたよ。でもはるまはそんな風には思ってないみたいで。「そうか?」なんて首を傾げてこっちに体も向けた。

「んじゃま、お互い無事でよかったってコトで。ヒトもちょい減ったし再開と行きますか」
「…」

 陽真の言葉にもっかい周りを見たら、何人か。槍を見てたヒトたち自分から場外に行ってる。一年生かな。残ってるのはさっき陽真に向かってった人たち数人だけ。
 でもそのヒトたちもこっちに向かってこようとはしない。

「…せんい、そーしつ?」
「そりゃあんなの見りゃあな。おかげで集中できそうだしオレは助かったわ」

 たしかに、なんてはるまに目を戻した、

 ──ときだった。

「っ!!」

 いきなりはるまが目の前に向かってきてて、あとずさる。え、そんないきなり?

「びっくり、するっ…!」
「今はバトル中、だろ?」
「そーだけどっ…!」

 さすがにこんないきなり来るとは思わなかった。あとずさってる間に地上じゃじゃまになる羽はしまって、地面をけって距離を取った。

 体勢立て直してる間にも、はるまは向かってくる。

「よっ、と!」
「っ」

 そうして大剣を上から一振り。
 横に飛び退いて、おっきな音が聞こえて顔をしかめる。飛び退いた勢いで逃げながら自分がいた場所を見たら、剣の先が地面に埋まってた。

 それはやばいでしょ。

 わたし今日やばいしか言ってなくない? でもやばいからしょうがないよね。
 リアス様たちと演習してるの見てたし強いのも知ってるけど、自分で実際に戦うのとじゃぜんぜん違う。あれはやばい。

 当てる気はないかもしれないっていうのはわかってても、食らったらひとたまりもない攻撃に、自然とのどがこくってなった。

 でも、逃げてばかりもいられない。

 帰らなきゃ、いけないから。

 そう思ったら、体は自然と動く。踏み出して、じまんのスピードで一気にはるまとの距離をつめた。
 右手で氷刃をにぎりしめて、

【リグレット】

 左手には氷でできた愛銃をにぎる。

 ぐって踏み込んで、はるまの懐に入った。

「おわ、はえーな」
「…」
「この数分じゃ慣れねー」

 笑いながら余裕そうに身を引くはるまに、銃を向ける。
 ハンマーを引いて、トリガーに指をかけて。

「それっ…!」

 迷いなく、はるまに撃つ。

「っと」

 でも当然、はるまは剣で防いだ。その防いでる間に、また踏み込んでちょっとあいてた距離を縮ませる。
 ふところは今剣があるから、はるまの横に。

 どっちからかはわかんないはず。
 ゆだんしちゃえばこっちのもの。

 そう、はるまの左側に一気に跳んだのに。

「テレポート並だなこりゃ」
「──!!」

 わかってたみたいに、はるまはこっちを向いた。

 なんで。

 その「なんで」って思った瞬間がはるまにすきを見せちゃって。

「ほいっと」
「、わっ!!」

 足を引っかけられて、お尻から思いっきり地面についた。

 起きあがろうとしたら、足の間に大剣が来て。

 グサって地面に刺さる。

 思ったよりも体に近い場所にあって、立ち上がれなかった。

 ゆっくり見上げて、目があった顔は、すごく楽しそうな顔。

「そろそろ”終わり”にすっか、刹那ちゃん?」

 剣に体重をかけながら、はるまはそう笑う。

 でも。

「終わりじゃ、ないもん」

 わたしまだ、闘える。
 びっくりしてるはるまにかまわず、体を動かす。

 前がだめなら後ろ。ちょっと体制立て直せばすぐに──

「…え」

 そう、思って後ろに引いたら。

 トン、って、なにかが当たった。

「…?」

 なに、これ。

 壁、みたいなの? ううん、壁っぽいけど、なんか頭が変に冷たい。あ、この冷たさ、知ってる。
 リアス様がときどき手入れで外に出す、

 刃の冷たさ。

「…っ!?」

 自覚した瞬間に、一気に血の気が引いた。

「気づいた?」
「、っ」

 うなずけない。どんな状態で後ろにあるかはわかんないけど。

 下手に動いたらこれ、死ぬ。

 今日どんだけわたし死にそうになってるのって的外れなこと考えながら、リアス様たちとはまたぜんぜん違う死の恐怖に、体が固まった。

 どうしよう、テレポート。
 どこに? テレポートしたときに間違えてちょっとでも動いちゃったら、切れちゃうかもしれないのに。

 けがしたらリアス様がつらくなっちゃう。でも早く帰らなきゃいけなくて。

 でもどうやって?
 どうしよう。今の状態じゃ外にも出れない。魔力練っただけでも切られるかもしれない。

 どうしよう。

「刹那ちゃん」
「っ!」

 頭がこんがらがってきたときに、そのヒトの声が聞こえた。

 いつの間にか見えなくなってた視界に、はるまがいて。わたしに視線合わせるようにしゃがんでる。

「…?」

 じっと見つめてくるはるまに、わたしもはるまを見ていたら。

「帰ろうな、刹那ちゃん」

 そのヒトは、すごくすごく、やさしい顔で笑って言った。

「…かえる?」

 思わず、言葉をこぼしたら、うなずく。

「そ、一緒に。な?」

 なんでかその声に、言い方に、やさしい顔に。緊張が抜けてく。だめってわかっているのに、

「いっしょ…」

 口からは、そのヒトの言葉を反復するものばかり。
 そのヒトは、またそれにうなずいた。

「そう、一緒。一緒に龍クンのトコ帰ろうぜ」
「…」

 やさしい声で差し伸ばされた手に、目がいく。

 もう帰れる? リアス様のところ。

 でも、でも。

 油断しちゃだめ。戦場じゃほかのヒトのこと、信じちゃだめ。なにされるかわかんない。このまま、死んじゃうかもしれない。

 わかっているのに。

「…?」

 なんで、このヒトの手に、伸ばしたくなるの。

 勝手に、体が動いてく。

 だめって頭で警報が鳴る。でも体が止まらない。

「…」

 そっと、伸ばされた手に、わたしも手を伸ばした。

 いつもはイヤなのに、自然と、手が重なる。

 あったかくて、やさしい手。

 この感じ、知ってるかもしれない。

 リアス様たち以外に、たったひとつだけ、覚えてること。

 たった一度だけの、やさしい手。

 呼ぼうとして、口を開いたけど。

「…?」

 あまい匂いがしてきて、今度は言葉は出なかった。

 手から目を移動させてそのヒトを見ると、ぐらぐらしてる。

 そこで、やっとわかった。

 いきなりし始めたあまい匂いの正体。

 あぁ、言いつけやぶって油断しちゃった。

 でも、このヒトなら。

「…かえれる?」
「ちゃんと、な」

 約束守ってくれるって、妙な確信があって。

 体がかたむいてくけど、抵抗はせずに。

「おやすみ」

 やさしいその声に、うなずいて目を閉じた。

 あったかい夢を見た。
 たった一度だけど、しっかり覚えてる記憶。

 でもそれは夢だってわかってて。そろそろ起きなきゃって、重たいまぶたを開けたら。

「……」

 視界に広がる見慣れた天井の真ん中で、大好きな紅い目がとんでもなく不服そうな顔でわたしを見下ろしていました。

 わたし今日どんだけやばい思いしなきゃいけないの。

 いつもならぱっと体が動くのに今日だけは固まったまま、リアス様をじっと見る。

「……今日は”終わり”と言わなくても大丈夫そうだな?」
「…いま、今、終わりがわかり、ました…」
「ほう?」

 ねぇ目が信じてない。ほんとだよ、ほんと。ほら、リアス様がちょっとこわくて、ね? 体がたまたま動かなかっただけで。
 ちょっとまだこわくてそれは言えないんですけれども。さっきとは違ったこわさでまた体が固まる。できれば逃げたいんだけど、寝転がってるわたしの肩をリアス様が押さえてて物理的にも動けない。

「……」
「…」
「……」
「…」

 寝てる間に帰ってきてたらしい部屋の中で、リアス様と見つめ合う。
 どうしよう、めっちゃこわい。さすがに今回はわたしが油断しちゃったから怒ってるっていうのはもちろんわかってて。

「…」
「……」
「…ご、」

 見下ろしてくる紅い目に、口を開く。

「…ごめん、なさい」

 声は、思ったより小さく出た。でもリアス様には、届いてて。

「……」

 じっとわたしを見つめた後。

「…!」
「はーー……」

 寝転がってたわたしを抱き上げて、強く抱きしめられた。

 あ。

 ちょっとだけ、ふるえてる。

「…ごめんなさい。ゆだん、して…」
「……構わない。陽真達にも言ったように矯正はしようと思ってはいる」

 今日はちゃかすことは言わないで、うんってうなずきながら頭をなでた。

「……さすがにいきなりすぎて驚いた」
「…うん」

 ごめんねって言うように、ぎゅってリアス様を抱きしめ返して。あったかい温度を感じながら、リアス様がもっと強く抱きしめてきたのに目を閉じる。

「……」
「…」
「……」
「…」
「……珍しいな」

 ちょっとだけ苦しい中で、しばらくぎゅっとしてたらリアス様が小さく言った。

 体はそのまま、首をかしげる。

「なにが…?」
「俺やあの双子達以外に、基本的に手を差し伸ばされても触ったりしないじゃないか」

 これ若干とげがあるように感じるのは怒ってるからなのかな。

「自分でも、びっくりは、してる…」
「……陽真にも確認はしたが、特に何かされたわけではないんだろう?」
「なにか…?」
「そうなるように暗示だとか。そもそも干渉型じゃないあいつができないのも知ってはいるが」

 されていないかって聞かれて、考える。
 暗示みたいなこと。思い返してみるけど、特別なことはなにもしてなくて。すぐに首を横にふった。

「なんにも…」
「……そうか」
「…でも」

 ん? って声に、はるまとのバトルの最後を思い出して。

「…なんか、なつかしかった」

 そう、小さくこぼした。

 やさしくて、あったかくて。たった一度きりの思い出。
 それを思い出して、なつかしかったって言ったら。

「……そうか」

 ほんの少しだけ不服そうな声で返されて。

 それに笑って、また。

 リアス様をぎゅって抱きしめた。

『あなたはやさしい、──?』/クリスティア

 



 合同演習のように同級生達だけでなく、上級生達の比較的本気の戦闘も見れる武闘会。

 観戦中、これはなかなか楽しめる奴もいるのかと思いながら迎えた、自分の出番。

「…ね?」
「……」

 スタジアムに入っていないのに、目の前には強敵がいた。

 クリスティアと陽真の回を終え、多少クリスティアの言いつけが聞いてなかったことに疑問は思いつつも、本人曰く懐かしい感じがしたというので多少納得は行かないが彼女の思い出を尊重し。
 週が開け、自分の出番がやってきた火曜日。

 呼びかけがかかり、さぁ行くかと足を踏み出すだろう。するとクリスティアが胸に飛び込んできたじゃないか。うりうりと俺の胸に頭を押しつける彼女に、なんだ俺が行くのが寂しいのかと若干期待をしたのもつかの間。

 ぱっと顔を上げて、かわいらしい顔で言うじゃないか。

 龍のかっこいいところが見たい、と。

 止まるよな。ん? と思うよな。思いに伴って首も傾げるよな。

 そうすれば伝わってないと思ったのか、クリスティアは再び言う。

「りゅーのかっこいいところ見たーい」

 お願い、というようにこてんと首を傾げて。

 可愛さにかまけて一瞬黙ってしまったのは見逃して欲しい。欲しいのに、周りはいつだってめざとく気づいて見逃してくれない。

「だってよ彼氏サマ?」
「これは腕の見せ所ですね」

 双子よりも早く声を発した上級生は楽しげに俺の両肩へそれぞれ体重をかける。

「……俺は早く終わらせようと思っているんだが」
「刹那からのご所望をお断りするんです?」

 やめろそこの双子の妹、真顔で言うな圧が怖い。
 逃げるようにその隣にいたレグナを見た。

「いいじゃん龍、やってあげれば」

 こう返ってくるのはわかっているのに何故俺は毎回お前を見るんだろうな。一縷の望みに賭けたいからだな。賭けは結局負けているんだが。

 溜息を吐いて、下を見る。視線の先にはきらきらとした期待の目で見るクリスティア。

「……どうしてもか」
「見たーい…」

 これがカリナから言わされているとかなら断れるのに。本人の意思で言うから断りづらい。

 悩むように沈黙を続ける俺に、クリスティアは今度は不思議そうに首を傾げる。時間もないしどうするかと思案しかけたところで。

「刹那ちゃん、交渉しなきゃだろ?」

 とんでもなく余計な世話が右の肩から飛び出て来やがった。

 しかし何を言う暇もなく、再び不思議そうに首を傾げたクリスティアに陽真と武煉が息の合った連携で言葉を紡いでいく。

「今は武闘会だよ刹那。お願いをするのであればそれなりの見返りを提示しなければ」
「そーそ。龍クンがオレにお願いしたトキもそうだったろ? ハロウィンパーティーしようぜっつーような。な?」
「あら、ハロウィンパーティーなんて面白そうね!」
「道化、悪いが後で説明するから今は黙っていてくれ」

 近くにいた同級生組には双子が説明しに行ったのを横目で見つつ。

 目の前の、納得し始めているクリスティアにこれだと自分で言った言葉に解決策を見出して。

「……刹那も、後で聞いてやるから今は向かわせてくれるか」
「…」
「このままじゃペナルティーを食らう」
「それはいけない…」

 俺の方にも納得したクリスティアは、ハッとした顔で離れていく。それにいい子だと頭を撫でて。

 未だ体重をかけてきている上級生へ。

「余計なことを吹き込んだらその首吹っ飛ばすからな」
「おっかねーの」
「まぁ一緒に吹っ飛ばされるならいいけれどね」
「あの世で延々とバトルでもすっか」

 どこまでも一緒にいたがるそいつらに心の中で恋人かとツッコんで。ひとまず軽くなった肩を回してから、スタジアムまで小走りで向かった。

《これより、笑守人学園武闘会、第一リーグ。十月二十四日の回を始めます。出場者はモニター一覧をご覧ください。出場者のみなさんはケガなく全力で戦うように》

 スタジアムの端に立ち、体をほぐす。とくに先ほど体重をかけられていた肩を入念にストレッチし。

「「……」」
『……』

 向けられる警戒の目は気づかないフリをして。最後に首を一度回す。

 回し終わりに視線を下に向け、一呼吸。

 目を閉じて、切り替え。

 閉じた視界を開けるのと同時に、顔を上げて。

《始め》

 合図の声に、走り出した。

「あの金髪をねらえっ!」
『先に落とすぞっ!』

 瞬間至る所から聞こえ始めた声と、感じる魔力。中央で足を止めてざっと見渡せば、ほかの奴らは動いていない様子で俺に武器を向けている。魔力を感じるのはビースト・ヒト型込みで一、二、三……八人。感じないヒト型はヒューマンか。

 どう避けようか。

 リフレインで無効化してもいい。バリアーで防ぐ手もある。

 ──あぁ。

 思いついたと同時に、口角が上がった。ちょうど俺と目が合っていたライオンのビーストが緊張した面もちになるが、気にせず。

【ダガー】

 短刀を取り出して、そのライオンに走っていった。それに驚いたのは、本人だけでなく周りも。

「「!?」」
『こ、攻撃中止!』

 動揺を隠さぬままメンバーの中心らしき奴がそう告げて、魔力が感じなくなる。なんだ、このパターンは想定外だったか。うちの幼なじみだけでなく、陽真や武煉ならば構わず撃っただろうに、なんて。少々残念に思ってしまったということは調子に乗りそうなので本人達には言わないことを決意し。
 俺から逃げるため走り出そうとしたライオンを追いかけるように走っていき、短刀を構えた。

 全力は出さぬまま比較的足の速いそいつを追いかけていき、一瞬だけ下を見る。近くなったそこに、タイミングを合わせて。

『っ、!!』

 大きく踏み込んで、横に薙いだ。

 目標よりは大きく手前だが、刃を向けられれば逃げようとするもの。当然、逃げているときよりも大きく飛び退く。

 だがその先は。

『……あっ!!』

 スタジアムの外。
 飛び退いたことで出てしまったそいつは、悔しそうに顔をしかめて外の地面に着地していった。

 それを見届けてから、振り返る。

「『……っ』」

 視線の先には、変わらず俺を囲むようにして立つ対戦者達。けれど様子をうかがうといった状態で、こちらにやって来ることも、先ほどのように魔力を練ることもしない。魔力に関しては俺がああやって動いたから警戒があるんだろうが。

 短刀をもてあそぶように、くるりと手で回す。

 様子をうかがわれている中で、思うこと。

 かっこいいところが見たいとはどういうことか。

 今この現状はおそらくクリスティアの願いではないだろうと検討はつく。あいつが言いたいのはきっと、対戦者全員が襲いかかってきても余裕で、なおかつ楽しそうに蹴散らしているようなそんな状態なんだろう。
 しかし現状は彼女の望んだ状態ではなく。今回はなかなか慎重な奴らが集まってしまったらしい。

 だがこれは俺の予想であって。ひとまず確認だけしようかと、そっと、クリスティア達がいる方向に視線を向けた。

 ちょうど俺の向かい側に位置する場所で、双子に囲まれてスタジアムを見ているクリスティア。表情こそはっきりは見えないが。

「……あれは明らかに残念そうな雰囲気だな」

 予想は大当たりし、まとう空気がしょんぼりしていて苦笑いをこぼしてしまう。さてどうするか。

 視線を辺りへと戻して、考える。
 周りの奴らは、俺がどう出るか伺っているまま。このままじゃ終わりもしないか。それだけはとても困る。俺は早く帰りたい。

「早く帰れてあいつも喜ぶ方法か」

 それならば、と。
 弄んでいた短刀は消して、魔力を練った。

【シュベルト】

 代わりに出したのは、カリナがよく使う刀。今ではしなくなったが、あいつの刀戦術の訓練用にと作ったもの。

 普段使わない武器で戦えば少しくらいは喜ぶだろう。そう、判断して。

 左手に刀を持ち、再び走り出す。

「!」

 その瞬間に、周りも動いた。まるで打ち合わせしていたかのように先ほど魔力は感じなかったヒューマン七人が前に出てくる。他の奴らはそれぞれ散らばっていった。
これはなかなかクリスティアの理想ができるのではと思いながら、意識は周りにも向けつつ主に目の前のヒューマン達へ。
 武器はざっと見たところ全員が近距離武器。とくに特殊な仕組みがありそうとも思えないハンマーや俺と同じ刀が多い。ギミックはまぁなんとか耐えられるだろうと、大きく踏み込んだ。

「わ、っ!」

 一番前にいた女の刀に、自分の刀をたたきつけるようにして切り込む。耳障りな金属音は気にせず、向こうが力を入れられぬよう強く押し込んでいく。案の定力負けしているそいつは、目の前の刀の押し合いに精一杯。

 足下ががら空きだ。

「、え──」

 一気に力を抜いて、驚いたその隙にすぐさまそいつの隣へ踏み出す。その踏み込んだ足とは逆の足で、力を抜かれたことでふらついた足を払ってやれば。

「わ、っきゃあ!」

 どたんと少し申し訳ないくらいな勢いで派手にすっころんだ。ただまぁ戦場であるならば気遣い無用。転んだそいつには目もくれず、近くにいた小柄の男に刃を向ける。

「っ」

 ハンマーを使うそいつには深めに体を沈めて懐へと飛び込んだ。その間に後ろから感じる気配に、魔力を練っておく。

「うわ、わっ!」
「後ろががら空きだぞっ!!」

 何故こうも行動がわかることを口走るのか。相手に感づかれるだろうに。

リオート

 呆れの溜息をこぼしながら、自分の肩の後ろに氷を生成。

 それを、後ろからやってくる輩を防ぐように展開。

シルト

 盾のようになっているであろうそれは、後ろからの攻撃を音を立てながら防いだ。元々強度が強いものではないので一度の打撃で割れる音が聞こえる。俺のこれは本来目くらましに使っているものだが、今回はいいだろう。割れたことで十分ひるむ。追撃が来ないことを確認して、目の前の奴は薙払った。

 その直後。

 周りから水や地の魔術が槍のように飛んでくる。

「っと」
『えいっ!!』

 その場から後ろへ跳び、やってきた刀は刃を横にして受け流す。その合間にも、入れ替わりになるように攻撃してくるヒューマン、飛んでくる魔術。向こうにスイッチが入ってきたのかどんどん攻撃が増えてきた。

 ここらへんか、クリスティアの望むのは。ちらりと見上げると、視線の先の恋人は先ほどと違って嬉しそうな雰囲気なのがわかった。

 それに、俺も口角を上げて。

 魔力を練る。

 最後にあれをやればご機嫌で迎えてくれるだろう。

 俺の笑みにやばいと思ったのか周りは警戒するが、もう遅い。

 一瞬で展開したのは、恋人がよく持っている氷刃達。

 全方位に展開して、口を開く。

「当てはしない」

 ただ、

「無事でいたかったらせいぜい場外に逃げろ」

 そう、笑えば。

 一気に場外に走り出す対戦者達。その彼らを追うようにして。

氷刃リオートリェーズヴィエ

 愛する恋人の技を、振り下ろした。

「♪、♪」
「まー容赦ねぇのなオマエ」
「当然だろう」
「でもまさか恋人の技を使うとは思わなかったな」

 あの後は全員が無事リングアウトして俺が勝ち。上にあがれば、案の定自分とお揃いの技を使ったことに上機嫌となった恋人が嬉しそうに迎えてくれた。

 冷たい温度を前面に感じている間に、上級生に答えるのはレグナ。

「刹那は龍からあの技教わってるもんね」
「んっ」
「元は龍クンのってワケ」
「そうゆうこと」
「では刹那、ご機嫌になったところで。先輩に教わったことを龍に言いましょう?」

 クリスティアを堪能していると、カリナが傍に来てそう言う。何だと見てみるも、その女はクリスティアしか見ていない。これはいつも通りなのですぐさま諦めて下を見た。

「何だ」
「お礼…かっこいいの、見せてくれた」

 かっこいいの。

 言われて、ハッと思い出す。

 ご機嫌に迎えてくれたことにすっぽ抜けていた。

 かっこいいところを見せる代わりに、見返りをあげてやれと言った上級生の言葉を。

 そしてカリナは今言ったよな。

 ”先輩に教わったことを”と。

 先ほどの甘い雰囲気などなかったことのように上級生を睨む。

「おい変なことは教えていないよな」
「そりゃモチロン」
「先にそこの双子さんに予防線を張られていたし、そもそも」
「刹那ちゃんが自分で答えだしたもんな」

 な? と。兄のようにクリスティアに問いかければ、彼女は陽真を見てこくりと頷く。

「刹那」
「♪」

 若干複雑な思いもわき上がったが、名を呼んですぐにこちらを向いたクリスティアに、その思いはなかったことにし。

 本題へ。

「……見返りは何をくれると?」

 聞いた途端、彼女の口角が上がったことに嫌な予感しかしない。

 できれば口を開くなと思うけれど、恋人に甘い俺はその小さな口が開くのを黙って見てしまう。

「あのね」

 そうして、紡がれた言葉は。

「したいこと、一個なんでもしていい」

 相変わらず俺を試してくるような言葉だった。思わず顔を覆ってしまうのは仕方がない。

「……刹那」
「はぁい」

 覆う前に見えた笑いをこらえてる周りは後で締めることにして。

 ほんの少し進んだ今だから、言えること。

「覚悟しておけよそろそろ」
「…?」

 言った言葉には首を傾げられてしまうけれど。

 こいつには身を持って体感させた方が早いと知っているので。

「楽しみだな刹那」
「? うんっ」

 彼女から「いらない」判定を受けないように気をつけるということだけは肝に銘じて、ご機嫌な恋人には不敵に微笑んだ。

『さぁ、反撃の始まりだ』/リアス

 


 おかしい。

「っ、ねぇ…」
「ん?」

 声が、甘い。

「ちょっとだけ、待って…? っん」
「嫌か?」
「やじゃ、ない、けどっ…!」

 心なしか、自分の声もちょっと高い。

 唇が手の甲に触れるだけでくらくらする。ふわふわして、あまくて、どろどろで。

 おかしい。

「いつももう少しと言うじゃないか」

 なんで今日、このヒトこんなに積極的なの。

 武闘会予選まっただなか。今日はリアス様の出番で、せっかくならかっこいい姿が見たいなってお願いした。はるまとぶれんが交渉期間なんだから見返りも必要だって言うから、いつも言う、わたしができる範囲の「なんでもしていいよ」っていうのにした。

 したんだけれども。

「んっ」

 これはさすがに予想外すぎる。

 夜のお風呂入る前。最近毎日のようにやってる行動療法のキス。指先から始まって、この前やっと手の甲から抜けて、腕に突入した。進みもゆっくり、一日にキスするのもほんのちょっとの時間。わたしがそういうの苦手だからゆったりペースなんだけど、たしかにもどかしくもあっていつも「もうちょっと」って言ってたよ。言ってたけども。

「っ」

 いつも「焦ってもしょうがない」って言ってたのに、なんで今日はリアス様から”もうちょっと”をしてくるの。

 今まで通り腕の途中まで行ったと思ったら戻って、また今日のところまで進んで。

 終わりかと思ったら指先にキスをして。

 いつもの倍以上、キスを落としてくる。

 なんでって思ってる間にも、また。
 手の甲に、王子様みたいにキスをした。

「っ」
「今日は妙に体が跳ねるな?」
「だって、なんか感覚、変っ…!」

 いっぱいキスされて、くらくらして。わたしの唇までなんてすごくまだ遠いのに。

「んっ」

 あったかいリアス様の唇が触れるだけで、体がぴくって跳ねる。

 息つくみたいに吐かれる吐息も、なんか腰の方がぞくってした。

「まだ肘までも行っていないんだが?」
「そう、だけど…!」

 なんで今日こんな意地悪なの。
 意地悪する割にはリアス様はいつも通りの表情だし。

「ねぇ、いじわるっ…!」
「意地悪にさせているのはお前だろう?」
「クリスなんもして、ないっ!」
「散々してきたじゃないか」

 な?って言いながら、中指の爪にキスをして。

「っ…」

 そのヒトは、

「え…」

 あろうことか。

「──っ!?」

 ぺろって、指、なめっ、なめてっ、え、え?

「え、りあっ、す、なにっ」
「舐めただけだが」
「だけって、いま、いままでっ、そんな…!」

 たった一瞬だけど、唇とは違うあったかい感覚がまだ指に残ってる。言葉がうまく出なくてパニックになってる中で、リアス様はまた中指にキスをした。

「ねぇっ、まだ、するのっ…?」
「言っただろう?」

 甘くささやかれる声に、首を傾げたら。

 こっちを見たリアス様は、いたずらっ子みたいに楽しそうに笑って。

「そろそろ覚悟しておけよと」

 武闘会のときと同じ言葉に、思いっきり後悔した。

「かくごって、こういう…!」
「お前俺の苦労も知らないでいつも言うだろう。もうちょっとだとかなんでもしていいだとか。少しはこれに懲りて自重してくれ」

 言いながら、また指先からキス。
 いつもみたいにゆっくりゆっくり、関節から手の甲へ、そして腕へ。その感覚が、いつも以上に変で。

 目を強くつぶる。

 その、瞬間に。

「おい目は閉じるな」
「っ」

 強めに言われて、すぐ目を開けた。でもどうにかして紅い目から逃げたくて、首をそらす。その間に、上がった唇はまた下へ。

「~~っ」
「懲りそうか?」
「…っ」
「クリスティア」
「ひゃっ!?」

 名前を呼ばれながらまたさっきのあったかい感覚に変な声が出て思わず口をぱっと塞いだ。自分の声じゃないみたい。びっくりして、いつもみたいにリアス様を見たら。

「……」

 リアス様もびっくりしたのか、紅い目を少し大きく開いてた。
 恥ずかしくて一気に体温が上がってく。

「ちがっくて、」
「クリス」
「変な声が、出たのは、そのっ、びっくり、して…!」

 待ってなんで腕ひっぱるの。

 なんでベッド上がってくるの。

「まって」
「変なことはしない」
「なにするのっ」
「いつも通りのこと」

 じりじり壁の方に下がっていくけど、リアス様が腰と首に手を回してすぐ捕まっちゃう。

「上向け」
「変なことしないって…!」
「いつも通りのことだと言っているだろう」

 抵抗しても首に回ってた手があごをぐいって持ち上げてくる。

 待って、

「だめっ」
「なんで」
「かおまっか、変っ…」
「へぇ?」

 必死で下向いてたら、リアス様は諦めたのか、手が離れていく。

 ほっと、息をついた、

 ──瞬間。

「わっ!?」

 ぐいって、今度は体が持ち上がった。抱き上げられて、下を向いてたから見上げてきたリアス様と目が合っちゃう。

 その顔は、とっても満足そうな顔。

「っ!!」
「珍しいな、ここまで照れて顔が真っ赤なのは」
「離してっ」
「嫌だ」
「今日、いじわるっ」

 離してって言うように動いてみるけど、抱き寄せられて動きを封じられちゃったら、いつもみたいに見下ろすしかできなくなる。

 目をそらしてみるけれど、

「クリスティア」

 名前を呼ばれたら、反射的に視線はまたあなたへ。

「…」

 紅い目のヒトは、いとおしそうに、本当に満足そうに。珍しく口角をとってもあげてうれしそう。

「…うれし?」
「とても。お前に触れられるどころか、初めての声も聞けた」
「…」
「たまには意地悪にしてみるのもいいものだな?」

 なんて、わたしの胸にぽふって体重をかけてきて、うれしそうに言うから。

 びっくりもしたし恥ずかしかったけど。

「…満足なら、いい…」

 たくさんの我慢をさせているあなたが少しでも喜んでくれるならいいかと、そっとリアス様を抱きしめた。

 でもとりあえず、これからは「なんでも」は気をつけようと思います。

『あなたと心置きなく触れ合えるまで』/クリスティア