終わりのない人生の中で、何度もそれは形を変えながら訪れる

 十一月に入ってからのお昼休みは、少しだけ緊張が走る。

 スマホがピロンと鳴れば、それは本日行われる第二予選メンバーの発表メールのお知らせ。
 食事を中断し、レグナとリアスと三人揃ってスマホを見ると。

「……あら」

 メールには二人の名前が記載されていて。

 その片方の名に、男性陣を見れば。

 闘えないことが少々残念そうなお顔がありました。

「木乃先輩は予選では知り合いと当たらなかったわねー」

 放課後。日々人が増えていっているように感じる演習場に足を運び、入ってすぐの階段を上がったところに行けば、最近では固定になっているのか同級生や武煉先輩を除く上級生方もいまして。
 柵にもたれたときに隣にやってきた美織さんに頷きました。

「陽真先輩以外としっかり戦っているところって見たことないですし、ちょっと残念でしたわ」
「ソコの後輩クンたちとは戦ってんだろーよ」
「あんたら二人のまじなバトルほどじゃないじゃないか」
「アレはちょい特別、な」

 リアスの言葉にそう返した陽真先輩にちょっと心がそわっとしてしまったのは仕方ないですよね。なんなんですかこのお二人方。恋人です?

 心よ落ち着けとスタジアムを見ると、こちらからは背中がよく見える武煉先輩。立っている姿は凛々しく陽真先輩にべったりなんて見えませんわ。
 そんな視線の先の武煉先輩はストレッチをしながら少しきょろきょろと見渡しているご様子。そうして目の前の方に目的の方はいなかったのか、視線はこちらの方へ。

 くるりと見回して、ぴたり。こちらを向いて止まりました。

 そうして誰かを発見して笑むとストレッチをやめて緩く拳を振る。見たことありますねその仕草。まさかと思って陽真先輩を見てみたら。

 あらびっくり、こちらも緩く拳を振っているじゃないですか。

 恋人ですか???

「紫電先輩と木乃先輩は恋人みたいね!」

 ちょっと美織さんなんてことを。しかし気になるのも事実。ちょっと緊張しながら陽真先輩を見守ると。

「んなワケねーだろーよ」

 当然ながら否定。ですよねと力を抜きかけたのもつかの間。

「ま、でも大事なヤツなのは確か」

 なんてとんでもなく気になるお言葉いただきました。大事な? それってでも普通に考えたらあれですよね、あの友人として一番大事なってことですよね。私の頭がおかしいんです? 恋人じゃないけどそれに近いくらい大事という解釈をしている私はおかしいんです? 私より目の前の兄の方がおかしいですよね?

「お兄さま、肩が震えていましてよ」
「そりゃそんな顔に考えが出てたらっ……ふはっ」
「そんなに表に出しているわけじゃないんですけれども」
『双子テレパシーですっ』
「あるんですかねそういうのって」

 むしろ考えがよくわかるのはリアスなんですけれども。全然嬉しくない。絶対リアスも同じこと思いましたよね? クリスティア抱きしめながら「嬉しくねぇ」って顔しましたもんね、ほんとになんでこんなに思考が似ているのかしら。

「刹那の思考がわかれば最高なのに……」
「お前それは何に使う気だ」
「それはもちろん個人的なものに」

 ろくなものじゃねぇなって顔しないでくださいよそろそろ刺しますよ。

 こんなにいつも真剣に考えているのに。そう思ったところで。

《これより武闘会第二予選、十一月九日の回を始めます》

 アナウンスがかかったので文句を言うのはいずれと置いておきまして。

《はじめっ》

 合図の放送に全員でスタジアムに目を向けなおしました。
 直後に武煉先輩が相手のビーストに向かって走り出す。今回のお相手はゴリラさんですか。

「ぉ、大きいし手強そうですね……」
「木乃先輩、見た目華奢だし……えっと、大丈夫なんですか?」
「とーぜん」
「むしろ相手の方が可哀想なんじゃなぁい?」

 雫来さんと閃吏くんの心配そうな声はよそに、上級生のお二人方は何も心配していないご様子で、笑みの含んだ声で言いました。確かに武煉先輩が強いのなんてもう知っていますけれど。

 相手は背の高い先輩よりもさらに高く、体だって二、三倍近くあるビースト。加えて魔力持ち。さすがにきついのではと思ってしまう。

 スタジアムの中ではなかなか素早いゴリラさんが武煉先輩に迫っていき、その太い腕を振り下ろす。あらまぁ、スタジアムにひびが入っているじゃないですか。

『ウワァ、あんなの折れちゃうよー!』
『わたくしの対戦相手の方よりもさらにお力がすごい方ですわ……』
『あのもやしっ子ほんとに大丈夫なのかよアニキッ』

 口々に不安そうな声が上がるも、ちらっと見た陽真先輩とフィノア先輩は笑んだまま。ドオンと言う音がする度にクリスティアがびっくりしているのも視線におさめておきたいですが、その音の大きさに思わずスタジアムに目を戻してしまう。

 さっきよりひび増えているじゃないですか。むしろ穴開いてるじゃないですか。
 なにこれ第二予選怖い。

「せ、刹那が上がってこなくて本当によかったですわね龍……」
「本当にな……」
「武煉先輩見てるだけでも気が気じゃないのに刹那だったらもう俺吐きそう」
「むしろ吐くだろうな」

 私は吐くまでは行かないけれどそれでも心臓おかしくなってそう。想像しただけでもぞわっと背筋に悪寒が走り、腕をさすったところで。

「!」

 武煉先輩が動き出す。

「ちょ、ちょっと向かって行っちゃうの!? 無謀じゃないかしら!?」
「あの腕食らったらひとたまりもないじゃないか!」

 ビーストに走っていく先輩に、一年生組には緊張が走っていく。いくら死に至るようなケガは無しで、なおかつ多少時間があれば治せると言えど。

 その先を想像して、ぎゅっと無意識に柵を握った──

 瞬間。

 ダァンッ!! と、先ほどゴリラさんが地面に腕を叩きつけた音なんて可愛らしいくらいのすごい音を立てて。

 武煉先輩が、お相手を背負い投げ、を……

「待ってください背負い投げしちゃってますけれども!?」
「ソリャするだろうよ、アイツ得意だし」
「いやいやいや、あんな軽々投げる!? 武煉先輩の相手絶対重いでしょ!」
「す、スタジアムが、ぇ、えぐれてますけど……!!」
「あーんな勢いで投げられちゃったらねぇ? あれ背中逝ったかしらぁ」

 驚いている我々なんて気にもせず、上級生方はさも当然と言うようにスタジアムを眺めていらっしゃいます。え、これそんなふつうの光景なんです?

 あんな体格差があって、ましてや──。

 ヒューマンが能力者を、なんて。思ってしまうのはよくないことだとはわかっているけれど。

 確かにレグナたちとのときも軽々避けてはいましたけれど、まさかこんなあっさり相手を動けなくするなんて。

 先ほどの光景が信じられなくて、スタジアムへと目を戻す。しかしやっぱり光景は目にしたもののまま。お相手が背中からスタジアムに投げられており、武煉先輩が投げた状態のまま。
 呆けたようにそれを見ていると。

 武煉先輩は、倒していた体をゆっくり持ち上げる。

 投げたときに前に落ちてきていたポニーテールを後ろに戻すように頭を緩く振りながら顔を上げました。

「……」

 少し冷めたように見下ろす目、そして相手が動けないことを確認してふっと上がる口角。

 それに一瞬どきっとしてしまったのは、普段なかなか見ない光景だからでしょうか。

 そうよ。きっとそう。
 静まりかえった演習場の中で、何故か跳ねた心臓に言い聞かせていく。

 あのお方真面目そうだけれど普段どっちかと言うと不真面目じゃないですか。ほら女性遊びしているそうですし? 女の人に叩かれようがいつもの笑みを崩しませんし。基本的にほら、あの、いつも同じように笑んでいるからちょっと新鮮で。体育館でのときは、ね? あまりにもえげつないバトルにドン引いてしまいましてね? そんなことを思う暇もなかったといいますか。あれでも今びっくりしていたのにそんなことを思うのはおかしいかしら。いやいやいや。大丈夫、そう大丈夫よ。

「不意打ちってびっくりするだけですよね!?」
「わぁびっくりしたわ!! そうかもしれないわね!?」

 勢いで美織さんに聞いてしまったけれど同意が返ってきたので大丈夫ということにしましょう。
 でも何ででしょうね、美織さんとは反対側にいるお兄さまがちょっと見れない。視線を感じるのは私だけかしら?

「どうした波風、怖い顔をして」

 気のせいじゃなかった。

 違うんですよほら、別にイケメンにときめくのは当然なことじゃないですか。心の中ででなくお口で言いなさいなという話なんですけれども。

「お兄さま、どうして怖い顔をしているのかしら?」
「そういうのはこっち見て言いなよ華凜」

 でしたら見れるような雰囲気を作ってくださいな。固まっている間にも勝者のアナウンスが流れていく。あぁ、あのまま武煉先輩勝ったんですねおめでとうございます。
 こちらは今から勝負かもしれません。

 いやちょっと待ってください?

 別にほら、一瞬どきっとしただけじゃないですか。私なんも非はありませんよね?

 そうですよ。思ったら変な自信が湧いて、レグナをぱっと振り返る。

「ちょっとほら、イケメンにドキっとしただけですよ! 美織さんもしましたよね!?」
「ごめんなさい、全然しなかったわ!」

 空気を読んでっ。
 これはいけない。

「刹那もほら! 武煉先輩の普段見ないお顔ちょっとときめきましたよね!」
「龍の方がときめくー…」
「通常運転ありがとうございます。雫来さん!」
「こ、怖いです……」
「ごめんなさいっ、エルアノさんはっ」
『尊敬の念は感じましたわ』

 惜しいっ。

「フィノア先輩、後輩のご活躍は!」
「あの顔ほんっとむかつくぅ」

 どうしてみんなして思い通りの言葉を言ってくれないのっ。
 心の机をダンっと叩き。レグナへと向き直る。お兄さまはにっこり笑ったまま。

「ときめいちゃった?」

 かわいく言っても怖いだけですわお兄さま。
 けれどもう逃げ場がないのも事実。

「お、おきれいな顔なのでときめきは、しましたわ……」
「華凜の好みの系統だもんね?」
「ちょっと人の好み暴露しないでくださる?」

 確かにきれい系好きですよ。昔愛したお方も系統一緒ですよ見事に。

「でもほら、別にそれがイコール好きというわけではありませんわ」
「そこから始まる恋もあるのだと思うのだけれど!」
「道化今は黙っていようか」

 ナイスです祈童くん。
 お礼は後にして、まずはレグナへ。

「それに、お──」

 けれど言おうとしたところで、止まってしまった。

 これは。

 女遊びについては秘密だということを思い出して。

 夏休みにクリスティアを危機から守ってくれることなどで交渉をしたじゃないですか。女遊びのことはまだ黙っておいてと。たしか──

 そうよ。

 武煉先輩はお兄さまがちょっと気になっているから黙っていてほしいと。

 今本人にバレてしまっては気まずくなってしまう。

 けれど言い出した言葉は取り消せない。

「”お”、何?」

 さぁ言おうかとまるで言う言葉がわかっているかのような兄から目をそらして、新たな言葉を探しスタジアムへ。

 そこには医療班に搬送されていったビーストさんを見送り、ちょうどこちらを向いた武煉先輩が。

 その武煉先輩は笑い、始まる前と同じように緩く拳を作って振った。

 先にはもちろん、と兄の少し先の陽真先輩へと向ければ、当然と言うように拳を振り返す先輩。恋人ですね、よしっ。

「お兄さま、ときめいたところで、万が一、億が一武煉先輩に惚れてしまったところで、私に勝ち目はありませんわ」

 きょとんとした兄に、畳みかけ。

「武煉先輩にはゾッコンのお方がいるじゃないですか!」

 そう、言ってしまえば。

 誰もが納得できたご様子。それは兄もそう。

「……まぁそれは確かに?」

 思い当たる節がありすぎるのでしょう、少々不満げではありつつ身を引いてくださいました。何を期待しているのお兄さま。
 けれどそちらは言わず、全力で頷く。

「そうでしょう! 勝ち目のない恋愛はする気はないというのも知っていますでしょう? 大丈夫ですわ!」
「ま、それもそーね」

 とりあえず奥の上級生方、そしてリアスが複雑そうな顔をしていますがその真意は今は重要ではないと見なかったことにして。

 兄に再びそうでしょうと頷き、最後に。

「それに私はどんなことがあってもお兄さまが一番ですわ!」

 そう、言いながら腕を絡めれば。

「知ってるよ」

 若干照れの混じった声で、あきらめの溜め息をつきながら言ったので。

 心の中でガッツポーズをし、退場する武煉先輩を見送りました。

『そうして今日も、兄の恋人的振る舞いが加速する』/カリナ


「♪」

 腕の中の恋人は最近機嫌が良い。

 普段ならばその対象が俺なのでこちらも機嫌が良くなるのだけれど。

《武闘会第二予選、十月十日の回を始めます》

「……」

 彼女のご機嫌の理由が視線の先のメッシュ頭ということがわかって、若干複雑である。後ろから恋人を抱きしめる力が普段より強くなっていると思うのはきっと気のせいじゃない。

『旦那、嬢ちゃんの服に指食い込んでんぜ。今日は不安がでけぇ日かい?』
「……そういうことにしておいてくれ」

 現に隣で柵に上っているウリオスにそう指摘されるし。さすがにこれ以上力が入ってしまうのはクリスティアに悪いので緩く息を吐いて指の力まで抜いていく。

「♪」

 その瞬間恋人はもう少しだけ体を前に乗り出した。そんなにも嬉しいか。

「……何故こうも陽真に懐いているんだろうな」
「わかんないじゃん龍、雫来目当てかもよ?」

 ウリオスと反対側の隣にいるレグナの差した指の先には、でかい帽子が特徴の雫来。本日の陽真の対戦相手である。確かにその可能性もあるんだろうけれども。

「刹那がまっすぐ陽真を見ている時点でだいぶ可能性は低いだろうな」

 何故こうも懐いているのか。まったくわからんがあまりの懐きように複雑でから笑いしか出てこない。

 視線の先の知り合い二人がストレッチをしている中で、レグナとカリナを挟んだ先にいる武煉も笑う。

「刹那は本当に陽真が大好きですよね。俺は眼中にないようでおもしろいよ」

 そこを面白いと取るのがまた不思議な感性だが今は置いておいて。若干申し訳ないとも思いつつ、本当になとクリスティアの頭を撫でる。

「そんなに惹かれるものがあるか? あいつに」
「?」

 問いには不思議そうな顔が返ってくるだけ。本人も無自覚なのか。まぁ”懐かしい”と感じるだけ恋愛感情ではないだろうと納得と安心をし、首を振った。

《双方、構え》
「!」

 その直後にアナウンスが流れ、クリスティアの意識はまた陽真達の方へ。首を振りつつもやはりそんなに好きかと喉から出掛かってしまうのはしょうがない。
 左右の奴らがこちらを向いて楽しそうな雰囲気を出しているのが少々気になるが今はスルーして。

《始めっ》

 合図と同時に展開された吹雪の方に意識を──

 向けたかった。

「…」

 雫来の吹雪でスタジアムが覆われた直後。腕の中の恋人の雰囲気が変わって即座に意識がそちらに向いてしまった。

 顔を見なくても醸し出している雰囲気でよくわかる。

 大変残念がっている。

 吹雪でまったく見えないもんな。なんならモニターも見たがそこにも陽真は映っていなかったもんな。

 そんなに好きか陽真が。

 顔に思いが出ていたんだろうか。

「……なんだっけ? 恋愛的に好きになったら譲るんだっけ?」
「今そこの話題持ち出してくるんじゃねぇよ……」

 
 以前何回かレグナに言った言葉を今持ち出されて、心の中で舌打ちをした。

 言葉では譲るだなんだと言えたけれど。

 こうも他人に懐いているのは初めてといっても言いほどで。

 陽真に向いているクリスティアを見て落ち着かないこの気持ちは焦りか。

 俺が名前を呼べばこちらを向くのも知っている。俺に好意が向いているのも知っている。最近はとくに。少しずつ体だって許してくれていて……

 あぁ、だからなのか。

「独占欲とは恐ろしいな……」
「なーにー…」
「えっと、炎上君が氷河さんにゾッコンだねってお話だよ」
「? 照れるー」

 声が全然照れていないが。まぁ照れてくれているだけ全然平気なのだろうと何回目かわからない納得をしたとき。

「そぉんな独占欲が恐ろしい後輩くんにぃ、フィノアちゃんがイイコト教えてあ・げ・る♡」
「耳元で甘ったるい声出さないでくれ、寒気がした」
「あんた切り刻むわよぉ」

 背後にやってきたらしい夢ヶ崎が背中に鋭利な何かを当ててきたことに無意識に姿勢を正し。

「それで、イイコトってなんです?」

 カリナの問いには武煉が先に答えた。

「陽真を恋愛的に好きかどうか知る方法、だよ」
「紫電先輩を好きになると何かあるのかしら!」

 興味津々な道化に、夢ヶ崎が「そー」と声で頷く。とりあえず背中に当てているものをしまってほしい。

 けれどそれは一瞬で気にならなくなった。

「あいつのこと恋愛的に好きになる子はぁ、みぃんな体調崩しちゃうのよぉ」

 のんびりといつもの調子で言われた言葉に、ぴたりと体が止まる。

 なんて言った?

 体調を?

「おいどういうことだ」
「ちょぉっとあんた切れる切れる」
「先にしまえ」

 勢いで振り向いた先には声と同じくいつも通りの夢ヶ崎。後ろに当てていたものは彼女の武器らしいチャクラムで地味に背中が痛いが置いておき。

 そんなことより重要なことがある。

「体調が悪くなるとは?」
「その通りだけどぉ?」
『紫電先輩を好きになってしまうと体調を崩してしまう、と……具体的にはどんななんです?』
『病んじゃう感じなのー?』
「いろいろあったわよねぇ? ぶれーん」
「かわいらしいああいうヤンデレじゃなく本気の心の病みを抱えた子もいれば、事故が多くなっただとかケガが増えたとか……すごかったですよ」
「……炎上、顔色が優れなくなってきているが」
「そうなるだろう……」

 なんつーオプションのついた上級生と仲良くなってしまったのか。
 今五月に戻って全力で交渉を断るよう説得したい。あぁ、けれどそれはそれで人の殺到とかの面で俺が死ぬのか。どちらにしても死にそうじゃないか。

「ま、安心しなさいな」

 が、夢ヶ崎はパンっと背中を叩いて丸くなりかけた俺の姿勢を正す。睨んでも頭一つ分低いその女は動じもせず笑った。

「言ったでしょぉ? 陽真のことを恋愛的に好きになったら体調崩すってぇ。単に好いてるだけならだぁいじょうぶよ。だめならあたしがまずここにいないからぁ」
「それはまぁ、そうだが……」
「それに刹那は恋愛的にというか、兄のように好いているようだしね。大丈夫ですよ」
「……」

 確かに兄妹のようだと言われれば頷ける。若干、ずっと兄のように接してもきたのである意味複雑でもあるが。

 とりあえず。

「刹那」
「?」

 名を呼べば、恋人は不思議そうに俺に向いた。そのかわいらしい頬に手をすべらせて。

「間違っても陽真だけは好きになるなよ」
「意味わかんない…」

 珍しく心底謎だという顔をいただいてしまった。そうして、

「…♪」

 彼女は体もこちらに向けて、するりと俺の背中に手を回してくる。

 まるで、自分以外好きになんてならないと伝えてくるように。

「……」

 それに顔がにやけてしまいそうなのはなんとか耐えるも、周りが耐え切れていないと言うようにこちらを見る。こいつらと過ごすようになってから情けない姿ばかり見せているような気がするな。レグナとカリナだけならまだいつもどおりと耐えられるのに。

「そんなにわかりやすいか俺は……」
「えっと、表情にはあんまり出ないんだけど、嬉しそうだなーとは伝わる、かな?」
「丁寧な説明どうも」

 羞恥しかねぇわ。

 それから逃れるように、未だ吹雪の中でバトルが行われているであろうスタジアムへと意識を戻す。

 外から見ても真っ白で中が見えない吹雪のドーム。

「あのドーム、中から見たらもっと周りは見えないだろうな」
「龍、お話を逸らしたいんでしょうけれど若干頬が赤くなっていますわ」
「よけいなことを言う口は今は塞いでおいてもらおうか?」

 せっかく逸らしたのに戻してんじゃねぇよ。言われてなお体熱くなるわばかじゃないのか。その体温を楽しむかのようにクリスティアが密着してくるから嬉しさでさらに体温が上がる気がした。気づかないフリをして、意識をなんとかスタジアムの方に集中させる。
 それにようやっと、周りもスタジアムへ意識を向けたのがわかった。

「けどこうも見えないとどうなってるかわかんないわよね」
『お二人方はたぶんまだ動いてないですっ』
「あらぁ、ユーアは中見えるのぉ?」
『動いてる音が聞こえないですっ』

 足下に目を向けるとユーアがぴこぴこと耳を動かしている。キャットウルフだけあって耳がいいのか。音と聞いてぱっと隣を見れば、親友はユーアの言葉を肯定するように頷いた。

「この距離なら龍も動いてないのわかってたと思ったけど」
「俺はお前のようにコントロールできるわけじゃないからな。こうも人が集まったら無数の足音と話し声しかわからん」
「それでも十分だと思うのは僕だけか?」
『大丈夫です祈童さん、わたくしたちもそう思っていますわ』
「うちの男性陣の耳は本当にやばいのでお気をつけた方がいいですよ」

 カリナが言うが、俺とレグナは同時に「何を」と首を傾げるだけ。お前呆れたような顔してんじゃねぇよ。言っておくがレグナの耳がよくなったのはお前が原因だからな。

 なんて目で会話してカリナが「は?」と顔で言ったところで。

「動いた」

 レグナがこぼした声に、全員でスタジアムに向いた。
 よくよく目を凝らしてみれば、なんとなくの影が見える。

「どっちが動いたのかしら」
『なんか細いから雫来さん、っぽい? ユーアくんそういうのはわかる?』
『軽い足音なので女性っぽくはあるですっ』
「たぶん雫来じゃないかな。自分のテリトリー内だし」

 レグナ達の言葉を聞きながら、うっすらと見える影に意識を集中していく。中心にぽつんと立つ奴はじっとしたまま。動いている感じにも見えないからただただ立っているんだろう。
 その周りを、先ほど動き出した影が円を描くように動いている。恐らく走って。機をうかがっているのか、それとも陽真であろうじっと立っているそいつに近づけないのか。

『もうちっとはっきり見てぇなこりゃ』
「華凜ちゃん、こういうときに見れるようなカメラはないのかしら」
「あらあら、恐らくなにも映してくれませんよ?」

 それは刹那しか映す気がないという意味なのか、それともカメラが意味をなさないほどの吹雪なのか。その真意は聞かないでおいた方がよさそうな気がする。

「お、言った傍から少し吹雪が晴れているぞ」
『そろそろ雫来さんの攻撃タイムでしょう』

 祈童とエルアノの言うとおり、スタジアムを覆っている吹雪が少しだけ晴れた。
 まだ目を凝らさないと捉えられないが、先ほどと違って色やなんとなくの状態が見て取れる。

 真ん中に立っているのは、

「はるまー…」

 やはり陽真。捉えた恋人は嬉しそうに柵に身を乗り出すが、俺達はそんな嬉しそうな声を出せそうにはない。

 クリスティアを支えながら見るスタジアムの中央。大剣を地面に突き刺しながらもまるで何も起きていないかのようにまっすぐ立っている陽真は。

 ただただ、目を閉じていた。いつもの陽気な雰囲気が嘘のように静かに。

 なびく髪とネックレス、パーカーの帽子が猛吹雪の中にいると教えてくれているが、本人はぴくりとも動いていなかった。

 その周りを機を伺うかのように走っている雫来は、そんな陽真にどこか手を出せないような雰囲気を出している。

『あれは魔術で立ってるですか』
「陽真は何も使っていませんよ。ただ立っているだけです」

 息を飲む俺達と裏腹に上級生は楽しそうな雰囲気でいるだけ。あれが当然なのか。変なオプションといい本当になんつー奴らと交流を持ったものか。

 苦笑いをしながら、吹雪の中走り回る雫来と立っている陽真を見守ること数分。

「!」

 ずっと走っていた雫来が動く。
 一定の距離を保っていた雫来は今だと思ったのか、陽真に向かって走り出した。

 陽真はそれでもずっと目を閉じたまま。

『雫来さんガンバレー!』
『行けー!』

 好機と取った同級生達は応援の声をかけるが。

 こちらにいる上級生の雰囲気が変わらず楽しそうで、勝機ではないとわかってしまった。

 そんなことなど知らず応援の中で陽真に向かっていく雫来。位置的には背後から。誰だって視界が悪い中、しかも吹雪という風の音がすごい中。相手の場所を特定なんてできないだろう。

 けれど目の前のメッシュ頭は。

 静かに、大剣を上げた。

《、ぇ……》

 雫来がいる背後に向かって。

 捉えた雫来はぴたりと体を止める。それと同時に、隣の声もぴたりと止んだ。

 大剣の切っ先は雫来のぴったり首元の高さ。あと一歩か二歩でも進んでいれば刺さっていただろう。思わぬ事態に止まったまま動かない雫来に、ようやっと。陽真の楽しそうな声が聞こえた。

《ザンネン、雪ちゃん?》

 そうして陽真は、手に持っていた大剣から手を離す。そちらに意識が向いて、こちらから見ていた俺達も陽真の次の行動に反応が遅れた。

 カランと音が鳴ったときにはすでに遅い。

《っ、きゃあっ!!》

 即座に雫来の横へと行った陽真は足を引っかけて雫来を転ばせて、彼女をまたぐように立つ。

《【ランス】》

 その手には槍の刃の反対側の柄に鎌のような刃をつけた槍を。

 それを容赦なく、自分の眼下にいる雫来の顔の横に突き刺した。

 思わず雫来の体もひきつるが、かまわず。

《んじゃ言うコト言ってみっか?》

 なんて、楽しげに言えば。

 あまりの狂気に恐れをなしたのか。

《こ、降参、です……》

 緩く手を上げながら言う雫来の声は震えていて。

 あれだけ視界を覆っていた吹雪は、いつの間にか晴れていた。

「よ、容赦がないな紫電先輩……」
「お、俺たち、あんな人に交流武術会とかでアドバイスもらってたの……?」
『そりゃ的確だよね……』

 静まりかえっていた演習場が騒ぎを取り戻していく中。同級生達は身を縮こませながら柵にすがりつき。

「♪」

 目の前の恋人は、ようやっと陽真の勇士が見れたようでご機嫌である。勝者のアナウンスが流れる中、そんなご機嫌なクリスティアの頭を撫でて。

 本戦に勝ち残った場合あんなのと戦うのかと言おうと隣を見れば、口が止まった。

 カリナの先にいた武煉がいない。

「武煉はどうした」
「あいつなら勝敗つく前にお迎えに行ったけどぉ?」

 唯一その動向を見る余裕があった夢ヶ崎は、咥えた飴をもごもごさせながら言う。

「ご執心なこって……」
「ま、去年武煉は陽真に負けてるしねぇ。楽しみと闘争心で燃えちゃうのよ」
「それでお迎えに行くんです?」
「半分はそれ、もう半分はただただ大好きだからぁ」

 ほら、と指を差された先。雫来を起こした陽真はある一方の出口を見て。

 拳を緩く振るうという、見慣れた合図をする。

 恋人か。なんなんだお前らは。どんだけ通じ合っているんだ。

 陽真も心なしか嬉しそうだし。これはもう、若干心配もしていたが。

「……武煉だけでなく、陽真もあそこまでゾッコンなら好きになろうとも思わないか」
「わたしはあの二人で見てるのが最高なの…」
「さいで……」

 恋人からも安心しろという言葉を受け取ったので。

 ようやっと心から安心するも。

「──!」

 一瞬後ろから感じた変な視線に、体に緊張が走る。

「……蓮」
「俺から見て五時の方向」
「……」

 いきなり振り向くことはせず、レグナの斜め右後ろ側をゆっくり見ていく。

 けれど先ほどの視線もなく、とくにこちらを見ているような奴もいない。

 レグナが言う位置だとちょうどスタジアムを見るために俺達は視界に入る。

 ……陽真か誰かを見るときにたまたま視界に入っただけか。

 なんにしても。

「注意しとくよ」
「あぁ」

 人が出入りする以上、注意を怠るべきではないと。

 ほんの少し、クリスティアを抱きしめる力を強くした。

『もれなく周りから”嫉妬か”と見られたが、今度こそ不安だと主張した』/リアス


 はるまとゆきはのバトルが終わった日の夜。

「…視線?」

 お風呂から上がった洗面所。ゴーってドライヤーの音の中から聞こえる大好きなヒトの声に、首をかしげた。
 後ろに立ってわたしの髪を乾かしてるリアス様は、いつもよりちょっと大きな声で「あぁ」ってうなずく。

「変な視線とか感じなかったか」
「へんな視線…」

 やさしく髪を引っ張られる中で今日のことを思い返してみた。

 今日は、はるまとゆきはがバトルしてて、はるまが勝って。リアス様が最近ずっとぎゅってしてくれてて幸せで。

 そんなところに、変な視線…?

「…とくに、気にならなかった…」
「……そうか」
「そんなのよりリアス様の視線感じてるのに忙しい…」
「そりゃどうも」

 あ、声がまた苦笑い。わたしなりに大好きを伝えてるのに、本人にはちょっと微妙な気持ちらしくて納得行かない。ぷくってほっぺ膨らましたら、カチッてドライヤーの電源切る音が聞こえてから、ほっぺに手が回ってきた。

「勘違いだったなら別にいいんだ」

 言いながら、いつもみたいに空気を抜かれて。後ろからあったかい体温に抱きしめられる。それに後ろに体重をかけて、うりうり頭をこすりつけた。
 そんなわたしの乾かしたての髪をいじりながら、声はちょっとだけ心配そうな声。

「外部の出入りも多いし、俺のいつもの気にしすぎかもしれない」
「ん…」

 頭にキスするみたいにほっぺをこすりつけられて、胸がきゅうってなる。心配そうなのに行動は甘くて、いつもみたいに「大丈夫」って抱きしめたいのに、今日はされるがまま。

「武闘会中、俺がいないときはレグナの傍にいろよ」

 おなかに手が回ってきて、後ろから抱きしめられて。首元にすりってこする感覚が来て、すぐに息を吸う音。普段してるはずなのに、最近それが甘ったるく感じるのは行動療法のせいなのかな。
 抱きしめてる手がちょっと上に上がっただけで、肩が跳ねちゃう。耳元に上がってきたこする感覚が、

「っ、ね、くすぐ、ったい…」
「くすぐってるわけじゃないんだが?」
「んっ」

 耳のすぐ傍で聞こえた甘い声に、また体が跳ねて。

「……真剣な話の最中なんだが。感じ入られても困る」

 そんな低い声に、お風呂上がりってだけじゃない、ぶわって体温が上がる感覚。

「だ、ったら、もっとふつうにっ…!」
「話しているだろう? いつも通りだ」
「どこがっ…」

 って言ってみるけどよくよく考えたらいつも通りだっ。
 リアス様寝る前はこんな感じで話すし、なんなら朝でも話すし、お休みの日も──あ、二人きりのときだいたいいつもこんな話し方するんだった。

 わかればわかるほど、恥ずかしさで体温が上がってく。

 なんか、はしたない子みたい。

「続きを話しても?」

 甘く低い声に、背中の、ちょっと下あたりがゾクってする。イヤな感じじゃなくて、でもなんか、変な感じ。

「クリスティア」
「っ、ふ、ふつうにっ、つづきっ!」
「ふつうなんだが」
「あまいのっ…」

 やめて「ん?」ってやさしく聞かないでっ。

 耐えきれなくて、たぶんまっかなのはわかってるけど、そっとリアス様を振り返って。

「しゅ、集中、できない…」

 そう、言ったら。

 ほんのちょっと上のところに、大変楽しそうなお顔のリアス様が。

 あなた楽しんでますね???

「途中からわざとっ…!」
「最近恋人が良い反応をしてくれるから調子に乗ってしまうな」
「最低っ…!」
「知っている」

 そんな最低なリアス様から逃れようとおなかに回ってる手をべしべし叩いてみるけれど。意味なんかなくて、逆にぐいって引っ張られてもっと強く抱きしめられる。
 また首元にすりよるような甘い感覚。

 でも後ろから聞こえてくる声は、さっきまでと違って真剣な声。

「……過保護な不安も、少し減った」
「…」
「恋人らしいことがどうこうではないが、新鮮な顔が見れて楽しいんだろうな」

 なんて、言われてしまったら。

「…そう…」

 安心の方が勝って、さっきまでのいたずらなんて許すしかなくて。叩いてた手で、今度はそのあったかい腕を撫でてあげる。

「…がんばれてる?」
「……怖いくらいに」
「…うん」

 わたしもあなたとのスキンシップができてきていて、少し怖い。
 でも、まだちゃんとできてるわけじゃないから。

「…まだ、がんばるの…いい?」
「無理しなければいい」
「ん…」

 後ろから強く抱きしめられて、あったかい温度に目がとろってなってくる。

 後ろからすりよってくるリアス様も、どことなくゆったりしてた。

「…ねむい」
「……あぁ」

 声も珍しくねむたそう。

 もうちょっと、このままでいたいけど。

「…ね」
「うん?」

 そっと、腕をなでながら。

「つづき、ベッドで…」

 そう言ってしまったら。

「わっ!?」

 ばっと、リアス様が体を離した。なにごと??

「な、に…」
「お前ほんとにそういう……」

 頭抱えちゃったよ。あ、でもちらっと見えるほっぺが紅い。え、何故紅い??

「なんで照れてるの…」
「お前のせいだろう……この小悪魔め……」
「失礼な、わたしは天使…」
「種族のことを言っているのではなく」

 ついにはしゃがみこんでしまったリアス様に合わせてしゃがんでみる。顔は上げてくれないけれど、耳がまっか。

 これはちょっとさっきの仕返しできるのでは? なんていたずら心が芽生えてしまうのは恋人様のこういうところがかわいすぎるからだと思う。

 そっと、肩に手を置いて。

 耳元で、できるかわかんないけれど意識して、なるべく甘い声で。

「りーあーす」
「っ!!」

 名前をつぶやいたら、体がびっくりするくらい跳ねて距離をとられた。驚いてこっちを向いた顔は。

「まっか…♪」
「おっまえなっ……!」

 楽しくなってしまって、距離をとったリアス様に四つんばいで近づいていく。リアス様も下がっていくけれど、すぐに壁。逃げ場がないとわかったリアス様にほっぺをゆるませて、そっと首に手を回した。

「ねないの…?」
「目が覚めたわ……」
「ふつうに言っただけなのに…」

 前から肩にもたれて、ちょっとゆっくりすりすりしてみる。こくって喉が鳴る音は、最近よく聞いてる気がする。
 でもさっき、ふつうに言ったのは本当だもん。

「ぎゅってしてたいけど、ここじゃどのみち移動しなきゃだから…ベッドに移動してぎゅーってするの続きしよ、って…」
「最初からそう言え」
「あの流れならそうなる…」

 そう言うと、

「むぐっ?」

 がしっていきなりほっぺをつかまれた。え、つかまれた??

 いつもの空気抜くようなやさしい感じじゃなくて、あ、待ってだんだんぐぐぐって力入ってる気がする。

 そっと、リアス様を見たら。

 口が笑ってるのに目が笑ってない。

「……クリスティア」
「ふぁい…」
「お前が言葉足らずなのも知っている。なんなら俺はそこも含めてお前を大層愛している」

 突然の告白ありがとうございます。でもなんでだろう、体温が下がっていってる気がするのは。こくって喉が鳴る音は今度は自分から聞こえた。

「が、長年お預けを食らい続けた俺は最近進み始めたことで歯止めが利きにくい」
「…」
「そろそろ思わせぶりな行動は控えろよ?」

 何かあっても責任はとらない、と。

 大好きな顔なのにちょっと怖く見える顔に。

「…き、をつけ、ます…」

 そもそもあなたが最初いたずらをしなければ今日はこうならなかったのではという言葉は、頑張って飲み込んだ。

『いつだってわたしたちはお互い様』/クリスティア