武闘会二次予選も残りあと三日。我々幼なじみはまだ全員出ていないということで、少しだけ緊張が増していく日々。
そんな日々の中での、最近の癒しは。
「龍がいじわる…」
「お前が思わせぶりなのが悪い」
我らがカップルの、ちょっとした進展話。
行動療法なるものを初めてから早三ヶ月ほど。どうやら今のところ問題もなく順調に進んでいるご様子。少々リアスがきつくなってきているようですが、何もできないときよりも穏やかな様子になっていっているのがわかります。
進展はと聞くと、願っていた甘い甘い展開がクリスティアの口からこぼれていく。他の人ならば砂を吐きたくなるようなものなんでしょうけれども、長年、何千という時一切そんな話を聞けなかった私たちにはちょっとしたご褒美で。
「よかったですね刹那」
こちらからかける声も自分で聞いて機嫌が良いとわかります。そんな私の言葉に幸せそうに頷くクリスティアを見て、さらに私の心は満たされました。
私がやっているわけじゃないけれど、もっともっと進まないかしら。キスができるようになったらどんな幸せな顔を見せてくれるんでしょう。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに報告してくれるのかしら。
服の裾を引っ張って、「あのね」って普段から小さな声をさらに小さくして。顔を赤くして。まぁ可愛い。
「……早くもっと可愛い刹那が見たいですわ……」
「華凜お前のその顔毎回やばい」
「失礼なことを言わないでくださいまし」
「浮かれて予選でケガとかしないようにね」
「それは龍に言うべきでしょう」
と、少しむくれて返したとき。
「「「!」」」
三人のスマホが鳴って浮かれた雰囲気が一度中断される。一度全員で目を見合わせてから、各々のスマホを開きました。
武闘会第二予選、十一月十三日の回。
スクロールした先の名前を見て。
「……」
どうしてこうもフラグを回収するんでしょうね? と。スマホを強く握りしめました。
♦
六時限目にとっている生け花の授業を全く心穏やかではない状態で受け、放課後。
賑わう演習場内。上級生、そして同級生で固まっている観覧席の一角。
「頼みますよ蓮」
「大丈夫だってば」
私は兄の肩を握りしめて懇願しています。
「あなたが頼りですからね!?」
「意識があれば華凜でも大丈夫じゃん」
「そうですけれどもっ!」
「後輩ちゃぁん」
お願いしますよと懲りずに何度も言っている中。
そっと肩に手を置かれて、体がびくつく。その声にまるで機械のようにギギギと音が付きそうな感じで振り向くと。
眼帯と咥えている飴が特徴の、フィノア先輩が。
「アナウンス、鳴ったわよぉ?」
「……そう、ですか」
「ペナルティはイヤでしょぉ。行きましょ?」
こてんと可愛らしく首を傾げる彼女に、顔がどんどんひきつっています。ちょっとレグナ背中押さないでくださいよ。頼みましたからね? 頼みましたよ?
心の中で再度頼んで。
「……参りましょうか」
珍しい私を見て同級生たちが心配そうな雰囲気を出す中。
アナウンスで呼ばれた本日のメンバーとして、フィノア先輩と共に観覧席を後にしました。
愛原華凜、戦場に行って参ります。
「後輩ちゃんと闘えるなんてラッキィ♪」
スタジアム中央付近に立ち、軽く体を伸ばしていく。両手を上にあげ左右に引っ張り、フィノア先輩の声を聞きながら、思うこと。
正直とても帰りたい。
本音を言うと本気で上級生のみなさんとは当たりたくなかった。だってあの体育館の見たでしょう? 武煉先輩たちのお話も聞いたでしょう?
平気で骨折ってくるんですよ??
お昼レグナが言った浮かれてケガどころではありません。
浮かれたら死にますわこんなの。
もちろん、もちろん戦場ではそんなこと関係ありませんわ。家族だろうが愛しい親友だろうが、戦いの場に立ったのであれば相手を伏すまで。その首を取りに行くまで。
けれども格上の、ましてや未知数そして平気で骨を折りに来るという方に恐怖心が何もないと言えば嘘になるんですよ。痛いんですよ骨折られるの。
だったら、まだ──。
《それでは、第二予選十一月十三日の回を始めます》
そうよねと心の声に同意し、アナウンスでストレッチはやめて前を向く。
視線の先には、片目でも楽しそうなことがよくわかるフィノア先輩。
何をしてくるかは全然わからないけれど。
深呼吸をして、切り替え。
とても帰りたいけれど敵前逃亡なんて情けないことは許さない。戦いの場に立ったなら、
全力で戦うのみ。
ふっと息を吐いて。
《はじめっ》
合図の声で、走り出す。
【リザルチメント】
右手に愛刀を召還し、走った勢いは殺さぬまま刃を振り上げる。私から逃げるように走り出したフィノア先輩に一気に距離を詰めて。
まずは一撃。思い切り刀を振り下ろしました。
武器を持たぬまま走っている彼女はひょいっと軽々飛び退く。すぐさま距離を詰めて斬撃を繰り返すも、彼女は飛び退いて逃げていくだけ。
「……」
確か予選中に見た彼女の武器はチャクラムのはず。意識干渉型で、なおかつ彼女は所持武器だと言っていたのだから魔術で生成はできない。なのに今その所持武器は持たず、逃げるだけ。
ただ単に今は出していないというのももちろんあれば、陽真先輩のように違う武器もという線もあります。もしくは武煉先輩のように武術をたしなんでいる線も。そうなれば近づけば投げられる可能性も高い。
なら魔術戦に持って行ってしまえばいいかしら。
時に刀を振り、時に彼女を追いながら。
頭に浮かぶのは策略と、上級生のこれまでの予選。
一貫して、彼らは比較的似たような戦略だった覚えがありましたわ。
第一予選は元から彼らに標的が来ていたことから攻めの姿勢。自らどんどん攻撃し、相手を出していく。
次いで第二予選の武煉先輩と陽真先輩。
彼らは最初、攻撃を受け流していたり、じっと機を伺っていたり。そうして相手が疲れてきたか、勝機を確信して油断したところで一気に叩く。
もしも彼女も同じような戦略になるのなら?
それならば、と。
「あらぁ?」
詰めていた距離を離し、立ち止まる。
「追いかけっこはおしまいかしらぁ」
「あいにくあまり体力がある方ではありませんので」
言いながら、魔術を練る。
「今度は私の魔術と追いかけっこをしていただきましょうと思いまして」
詠唱なく、頭上に展開したのは桜の刃たち。
一瞬頭上を見た彼女はさらに楽しそうな顔に変わる。それに構わず。
【桜の雨】
合図をかけて、彼女に桜の雨を降らせていく。
けれど速度をいつもより遅くしているので、フィノア先輩はまた軽々と避けていきました。
その進行を妨害するようにまた魔力を練っていく。
【華乱睡塵槍!】
八つほど前面に槍を展開し、放った。
「おっとぉ」
まっすぐ彼女が行きそうな場所に向かっていくと、フィノア先輩は跳躍したり側転したりしながらひょいひょいかわしていく。なんて身軽な。誘導として速度は緩めにしているとは言えど、この数では武器ではじいたりもするでしょうに。
「上級生は恐ろしいですわね」
「ふふっ、光栄だわぁ」
笑いながらすべてをかわし、彼女はさらに距離をとるように走り出す。その、数歩進んだところで。
もうふたつ。
風と桜を混ぜて、
【桜吹雪】
「!」
ぶわっと、小さな竜巻を起こす風をいくつか展開。周りには桜の刃。
「触れると切れてしまうのでお気をつけくださいな」
少しずつ大きくなっていく竜巻に消えていく先輩は、ふっとほほえんでいます。その笑みが何を意味するかなんてわからないけれど、警戒だけは十分に。
愛刀を構え、限界まで大きくなった桜吹雪の竜巻を前に腰を沈めた。
直後。
「……!」
風の音の中で、ちゃきりと刃の音。
──来る。
そう思った瞬間に飛んできたのは、二対のチャクラム。
「っ」
勢いよく飛んできたそれの一つを弾く。もう一つは刃をまっすぐにした瞬間、輪投げでもしたのかと言いたくなるくらいきれいに刃にイン。ナイスとでも言ってあげましょうかしら。それはあとにしましょうか。
とりあえずこれで武器は彼女からなくなったも同然。この大きさと重さなら彼女の背に入るのはこの二対が限界。
さぁ、そろそろ。
締めに入りましょうかと愛刀からチャクラムを抜こうと手に持ったら。
「!」
クンッと引っ張られる感覚。何、と手に持ったチャクラムを見ると。
持ち手となっている部分から、うっすらと見える線。これは、
「ワイヤー……!」
直後、引っ張られる感覚が強くなる。まずいと手を離せば、
「あらぁ、離しちゃった?」
桜吹雪の中から引っ張られるようにしてフィノア先輩が出てきました。手を離したのに何故まだ引っ張られて──気づいて後ろを見たら、スタジアムの周りにそびえ立つ柱に彼女のチャクラムが引っかかっています。
まさか弾いたものから計算済みだった? そうゾッとしてしまうのも仕方ないくらいきれいに引っかかっているじゃないですか。
それを跳んでいるさなか、慣れたように引っ張って柱からワイヤーを取り除く。ワイヤーは彼女の腕に収まっていき、チャクラムも彼女の手の中へ。引っ張られるものがなくなった先輩はトンッとスタジアム中央へ降り立ち。
「!」
思い切り踏み込み、私と距離を縮めてきました。
瞬時に愛刀を盾にすれば、キンッと金属音を奏でて刃が交わる。
「ざぁんねん、仕留める機会を伺ってたみたいなのにねぇ?」
「っ……」
「あのまま桜吹雪で出すのも一個の手だったかしらぁ?」
「そう、ですわねっ……!」
ふふっと笑うフィノア先輩がどんどん力を増して刃を押してくる。ぐぐぐっと押されて、一歩足が後ろに下がりました。
「ちょぉっとだけ甘かったわねぇ。誘導でも全力だったならあそこで出てたかもしれないのにぃ」
「っ、肝に銘じて、おきますわ……!」
「それじゃあ、次回に期待してるわね」
「!」
キンッと刃を弾かれて、後ろにまた数歩下がる。体制を整える間はないまま。
フィノア先輩が距離を詰め、チャクラムを振りかざした。
──来た。
「今回にも、期待してくださいな」
その彼女の前に手をかざし。
出したのは、桜吹雪と同時に練っていたもうひとつの魔力。
まずいと下がってももう遅い。
「少しだけ、お別れですわ」
光の球に魔力をどんどん注いでいき、大きく、そして輝かせていく。
至近距離であればあるほど、効果は高い。
【リュミエール】
彼女が背を向ける直前。
一気に巨大化させて、スタジアム内を光に包みました。
「……」
術者に害はないとは言えど、まぶしすぎれば反射的に目をつぶってしまう。
頃合いを見て、目をゆっくり開きました。
いつも通りの演習場。慣れてきた目で周りを見渡すと。
「!」
地面に、倒れているフィノア先輩──って。
え?
なんで、倒れているの。
ぐったりと倒れている彼女に、さっと血の気が引いていく。
リュミエールは目くらまし用。使えばただただ目がしばらく見えなくなるだけ。確かに強くなれば強くなるほど効果は高いです。けれども別に倒れるほどのものじゃない。
まさか光に弱いヒトだった? 光に誘発されて何かこう、今みたいに倒れてしまうとか発作が出てしまうとか。
まずい。
少し離れたところで倒れているフィノア先輩に走っていく。
倒れた衝撃で頭を打ったとかがなければひとまずいい。完全に機能が失われたとかでなければ魔術で回復はできる。声をかけて、緩く揺すって──いやあまり動かさない方がいいのかしら。
「フィノア先輩?」
倒れている彼女の傍にしゃがんで、肩を少しだけ強めに叩く。けれどこちらに見えている右目側は瞳が閉じたままで動かない。
上を向かせた方がいいでしょうか。心肺は? 先に医療班を──
呼ぼうとして周りを見てしまって。それに気づかなかった。
「っ!?」
突然腹部に衝撃。次いで足や背中にも痛み。自分が蹴飛ばされたと知ったのは、
「いったぁい……」
声が聞こえて見た先にいる、蹴ったモーションのまま頭をさすっているフィノア先輩を捉えてから。
痛みをこらえながら起きあがってみるも、状況には理解できていない。
無事だった、そのことはいいでしょう。無事で何よりです。けれど無事だったのならば。
「どう、して……」
「?」
どうして、見えているの?
彼女の瞳はまっすぐ私を捉えて、こちらに向かって来ている。蹴ったことも含めてしっかり見えているんでしょう。
どうして。
あのリュミエールの強さならまだあと十分くらいは目が潰れていたはず。仮に目を閉じても効果時間が減少されるだけ。それにしても復活が早すぎる。完全に下に伏しているとかじゃなければ──
立ち上がる前にフィノア先輩は私の前にたどり着き、しゃがむ。
「弱点は強力な武器にもなる、ってねぇ」
「……?」
にかっと楽しげに笑った彼女は、トン、トンっと。
眼帯を、指さして。
すべてがわかりました。
意識干渉型には、魂と肉体を切り離すためのゲートと呼ばれる魔法陣が体のどこかにある。そのゲートで魂を体から切り離してから初めて、純血種である彼女たちは魔術を使えます。
けれど肉体から魂を切り離すということは入れ物が空っぽになること。空っぽになってしまった体は当然その間動きを止める。完全に無防備な状態。
人前でそんな何もできない状態をさらせば、好きにしてくれと言っているようなもの。
仕事中に殺されたりというのがないように、意識干渉型のヒトたちは誰もいないところか、体がある相手ではそのヒトの意識を完全に沈めた状態でゲートを使うと聞いたことがあります。
意識干渉型にとって、そのゲートを使うことは弱点でもあり、ある意味命がけの行為。
それを、
「ゲートを、不意打ちに、使ったと……?」
「せいかぁい。起きてたらトントンって叩かれちゃうと反応しちゃうこともあるでしょぉ?」
だから抜けといたのぉと、相も変わらず軽々と言ってのける彼女に思わず笑いが出てしまう。けれども笑ってなんていられない。ここから打開策を。
このまま魔術を練って一回距離をとりますか。テレポートでも風魔術でもいい。ひとまずそれまでの時間稼ぎを。
「……こうなったら、前の睡眠香で寝かせて終わりです?」
そっと準備をしながら尋ねれば、彼女はにっこりと笑って。
チャクラムの片方を、私の後ろ側にくるりと一度回した。
「そぉんなかわいいことしないわよぉ」
もう片方は逆から回して、
、待って?
それを、緩く、引っ張ったら。
ひやりと、首に細い何かが、来るじゃないですか。
知ってる。
チャクラムについていた、ワイヤー。
「──!」
「動かない方がいいわよぉ、取れちゃうから」
言いながら、強くはないけれどしっかりピンと糸を張る。
「ちゃぁんと言うこと言ったら、解いてあげる♪」
”降参する”と。
言えば、解放される。この、生きるか死ぬかの恐怖から。
けれどそんな恐怖を作り出したのも、元は私が油断をしたから。
倒れたところで油断せず追撃をかましていればこんな風にはならなかった。
もっと、もっと。
あぁ、むかつく。
甘くて弱い自分に。
ふっと力を抜いて、首を前に垂らす。うつむいた先でそっと目を閉じて、数回深呼吸。
大丈夫。
腕の一本や二本は、直すまで痛みが続くから嫌だけれど。
首なんて、一瞬だわ。
「フィノア先輩」
「はぁいー」
ぱっと、顔を上げて。
「自分にむかついたので、一撃食らってくださる?」
は? という顔をしたのに構わず。
そして勢いをつけるために身を引いたとき、首に痛みが走ったのも気にせず。
「ちょっ……!?」
片足を思い切り引いて。
「っ!!」
「っぅあ!?」
先ほどされたのをそっくりそのまま返すように、思い切り腹部を蹴飛ばした。
ズザザザっと遠のいていく彼女を追って、緩くなってもまだ首にまとわりついているワイヤーはそのままに、愛刀を握りしめて。
跳ぶ。
直後、ダァンと音を立てて。
「っ……!」
フィノア先輩の目の真横の地面に愛刀を突き刺し、彼女は地面に押しつける。
「……首なら取られ慣れていますの」
ぐぐっと、首を押さえている腕に力を入れていく。苦しそうな顔は気にしない。
「いざとなれば、いくらでも差し上げますわ」
恐らくこれ以上進めれば堕ちる。そしたら場外へ──
さらに力を入れたとき。
目の前のヒトが、笑った。
「たぁのし♪」
それに一瞬だけ力だが抜けてしまったのは、仕方ないと自分に甘くする。
こんな堕ちる寸前で楽しいなんて、このヒトそっち? なんて思考が通常に戻りかけたのは、なんとか制すけれど。力が抜けてしまったのは事実。
「! っ」
その隙に今度は横から思い切り蹴られ、バランスを崩す。倒れてしまうけれどすぐさま起きあがって。
目の前に、香水があるのに気づきました。
払おうとした手は、重い。
「あんまり仕事以外でこれで寝かせるって好きじゃないんだけどぉ」
「っ」
「そろそろあんたの方がやばいから、ちょぉっと寝なさいな」
「……?」
やばい?
何を言っているの。
「必要なさそうだけど、一応ね」
わけもわからず動き出そうとした足は動かない。
私は目の前の香水が吹きかけられるのを、ただ見ているだけ。
体が傾いていく。
そんな即効性があるのね、と。今度リアスたちに体験談を言おうとしたけれど。
「よい夢を、華凜ちゃん?」
声の中で閉じていく目で、最後に見た。
自分が辿ってきた真っ赤な道筋に。
こんな中で良い夢なんて見られませんわと、笑って瞳を閉じた。
『けれどもしも見れるのなら、私は”あなた”の夢を見たい』/カリナ
武闘会予選最終日。
目の前の奴を見て、ただただテンションは下がる。
《これより、武闘会予選最終日の回を始めます》
緩くストレッチをしながら、口から出るのはため息だけ。
けれども親友は、紅い目を楽しそうにゆがませて笑った。
「今日こそは勇者になれそうか?」
その、言葉に。
「……ドーデショーネ」
腕を引っ張りながら、から笑いで返した。
うん。
うん、昨日のメンバーが出た時点で俺とリアスだってわかったよ? なんでこう運命はいろいろ俺に絶望与えるかな。
カリナに「浮かれてケガしないようにね」って言ったのがまさかの自分にも返ってきたじゃん。
「ケガどころとかもう命日だよね」
「お前毎回そう言う割には生きて帰っているじゃないか」
「演習っていう名目があるからじゃん」
なかったらマジで死んでるわ。
しかも今日さぁ。
絶対リアスの方も本気じゃん? いや別に毎回手を抜いてるとかじゃないんだけど。
その笑ってる顔に本気がすげぇわき出てきてるんですよ。原因なんてわかってるよね。
ちらっと右に視線を向けた先。最近俺たちが集まってる観覧席の一角。
カリナと祈童に挟まれるようにしてこっちを嬉々として見ているクリスティア。
あいつのところにさっさと帰りたいもんね。俺も同感だけれど。
「……早く帰りたいがために間違って殺さないでよ」
「心臓貫かなきゃとりあえず生きるだろ、安心しろ」
なんなのその瀕死確定宣言。
うわぁ超やりたくない。普段ならいいのにこういうときは特に。
《双方、構え》
けれど時間は流れていくもので、もう開始の合図。
「あーーー、もう」
「さっさとスイッチ入れろ」
「はいはい」
ストレッチを終えて、いったん思いっきり脱力してしゃがむ。暗い視界の中で目を閉じて。何回か深呼吸して。
ふっと、目を開けた。
真っ暗な闇の中、心は落ち着く。
よし。
ぐっと足に力を入れて立ち上がり、前を見据えた。
「とりあえず、早く終わらせたいのは同感だし。今日は頑張ろっかな」
「楽しみにしている」
互いに笑って。
《はじめっ》
【ディストレス】
【デスペア】
合図の声にリアスは銃、俺は千本と、それぞれ一番愛用してる武器を取りだし走り出す。
俺は標的のリアスに向かって。リアスはその俺から逃げるように後退していく。たどり着くまでにやってくるのは銃弾の嵐。
「弾数無限は卑怯でしょっ」
「戦場に卑怯も何もあるか」
飛んでくる弾を弾いたりかわしたりしながら距離を詰めていく。さすが弾は魔力で生成するだけあってリロードもないし延々と打ち続けられるな。
【アサルト】
しかも銃器追加ですか。
リアスの周りには円を描くように八つの魔法陣。そこからライフルが顔を出してくる。
「楽しそうに見えて余裕はないねやっぱ」
「そりゃあな。お前に刹那の守りを頼もうと思っていたのに」
「華凜じゃ不満だって?」
「男手がある方がいいと思っただけだ。今日は珍しく隣に祈童がいてくれているみたいだが」
「道化とかが隣のイメージだもんね、っと!」
話してる間にもディストレスとアサルトから雨みたいにやってくる銃撃。これはちょっとそろそろ避ける隙間なくなってきたな。
とりあえず威力はそんなに強いものたちじゃないので、詠唱はなしで。
【風神の加護】
自分の周りに風の防御壁を展開して、一直線に進んでく。これ以上は弾かれると思ったのか、リアスはすぐに銃器は解除。
【ダガー】
この状態は魔術系は全般的に弾くと知ってるので、いつものお得意の短刀を出す。走っていって、いつもみたいに勢いよく刃を合わせた。
ぐぐぐっと押してくる力はいつもより強い。
「さっさと終わらせたいなら引いてくれると助かるんだが?」
「それはなしでしょ。お前だって逆の立場ならNO出すくせに。俺がぱぱっと終わらせてあげようか?」
「勇者の闇堕ち宣言か」
「そう言われると厨二っぽい」
おい親友、「あながち間違いじゃないじゃないか」みたいな顔しないでくんない? 俺そんなことないでしょ。けれども顔で訴えてみるも、リアスは自分の思ったことを訂正してくれない。
「今日は遠慮なく魔術が撃てそう」
「今日に限っては大変迷惑だ」
「テンション下げてんのはお前だろうよ」
と、いうわけで。
「っ」
思い切り弾いて、距離を取る。右手だけ千本を解除して、パチンと指を鳴らした。
【闇蛇】
詠唱と共に現れたのは、黒が強い紫の大蛇。俺のテンションが共有されてるので、足止めで使う風蛇よりもちょっと目つきは悪い。
「相変わらず蛇好きだなお前……」
「かわいいじゃん」
「あいにく俺とお前のかわいいは違うんでな」
クリスティアなら共感してくれんのに。まぁいいやと、闇蛇に魔力で指示を出す。
そいつは俺の身長の二倍くらいあるけれど動きが早く。再度パチンと指を鳴らせば、開いていたリアスと闇蛇の距離が一気に縮まった。その勢いのまま、闇蛇はリアスに食らいつくように地面にダイブする。
「っ」
「惜しい」
笑いながらも、もう一個準備。リアスが逃げていく方向にいくつか魔術を展開。普段なら気づくだろうけど、今日はどうかな。
走りながら闇蛇に応戦しているリアスが、数歩足をついたところで。
【ゲート】
「!!」
足が着いた地面に、ぽっかりとした穴。真っ黒なそれは、闇への入り口。
落ちちゃえばこっちのもん。
しまったって顔しながらそこに落ちていくリアスに口角を上げて、リアスが完全に穴に入っていったのを見計らってゲートを閉じた。ついでに闇蛇ももうお役目達成ってことでしまって。
あとは転送で外に出しちゃえば──
そう、魔力を練ったときに。
ひやり、首に刃の気配がした。
見なくたってわかる。
「……嘘じゃん龍」
「言っただろう、早めにさっさと終わらせたいと」
「言ったけども」
まさか俺が解除しないと出れないゲートから出てくるなんて思わないよ。考えられるとしたら完全に閉じる前にテレポートか。でも今は「なんで」を考えるよりも先にやること。思考を一気に切って、状況確認。
まだ後ろからだけ。前には何もない。
少しでも動いたら多少首にダメージは入るだろうけど、まだ行ける。
左手に残った千本を握りしめて。
一歩、踏み出す。
「俺が何も仕込んでいないと思うなよ?」
直後聞こえた声に、今度は俺がしまったと思うけれど。
俺の方は、一瞬遅かった。
【水涙月】
踏み込んだところからぶわりと水が発生する。いつもなら衝撃緩和に使う水の球体に、今回は体が吸い込まれていった。
「っ、ぅ」
水の中に入って数秒。準備もしていなかったから息は苦しい。とりあえずテレポートを──。
「!」
そう思った瞬間、パチンっと泡が弾けるように水無月が解かれた。浮いていた体が地面に落ちて、ちょっと痛みが走る。
その痛みで止まってることが命取りなのに。頭ではわかっているのに体の反応は鈍い。
起きあがれと命令を下している間に、また後ろから声。
「久々に闇魔術と闘えて楽しかったぞ」
また今度な。優しげに言う言葉が悔しい。ぎりっと歯を噛みしめて。
【水漣】
上からしたたる大粒の雫に、体が場外に流されていった。
《最終戦勝者、炎上龍。これにて武闘会第二予選を終了します。次回本戦までゆっくり体をお休めください。繰り返します──》
アナウンスがなる中、水に飲まれてだるい体を場外に投げ出してぼんやり上を見上げる。
起きたいんだけど体おっもい。
「おい起きろ」
「龍さんできれば動けるだけの体力残して負けさせてくんない?」
俺を上からのぞき込むようにやってきた親友にそう言ってみるけれど。すぐさま首は横に振られた。
「体力残したら残した分だけ刃向かって来るじゃないかお前達双子は」
「そーかもしれないんですけどー」
「とりあえず連れてってやるから、手」
「今回は優しいじゃん」
「問答をしている間も惜しい」
だったらほんとに歩く体力残してくださいまじで。どうせ言っても同じ言葉が返ってくるのはわかってるので言わないけど。
早く、と言うように差し出された手を、あまり力の入らない手で握る。ぐいっと引っ張られて、腕を肩に回してまた足を引きずられながら歩き出した。
「次はぜってー勝つわ……」
「楽しみにしている。刹那絡みがなければ俺も苦戦したが」
「お前刹那絡むと弱くなるのか強くなるのかどっちなのさ……」
答えはどっちもなんだろうけども。
さすがに実戦演習がある中で負けっぱなしも嫌なので。
「……来年リベンジ」
「あぁ」
こっそり親友にだけ誓って、通路の方へと歩いていった。
『いつかは本当の勇者になれるだろうか』/レグナ
恋人様の勇姿を見て、口角は自然と上がる。
「♪」
「さすが炎上くんねー」
『勉強になりますわ』
第二予選最後の時間はごほうびだった。できればもうちょっと見たかったけど、レグナも対戦だったからしょうがないって納得して。
「刹那、お迎え行きます?」
「うんっ…」
隣のカリナにうなずいて、柵から離れる。
下に行ったらお疲れさまってぎゅってしてあげるんだ。
あとはおめでとうも。本人喜んでるかわかんないけど。でもおめでたいことなのはたしかだし。
「…今日のごはん、豪華にしてみようかな」
「あは、いいね。炎上君喜びそう」
「まぁだいたい包丁を持つのは龍なんですけれども」
「祝いの意味はあるのか……」
隣にいたゆいが苦笑いの声で言ったのに笑って。
じゃあ行きますか、って振り向いたときだった。
「っ!?」
ぱっと何かと視線がぶつかって、体が、ぞわってする。
びっくりして、ちょっと気持ち悪いそれに。思わず足が止まった。
「? 刹那ちゃん? 行かないの?」
「…」
下を向いた中ではみおりの不思議そうな声。でも、きょろきょろしてるときに見えた左右のカリナとゆい、あとはイスに座ってる上級生たちは気づいたみたいで、どことなく警戒してる雰囲気。
「…今の、なぁに…?」
「この前も感じた視線ですわね」
「龍が言ってた、変なの…」
「さすがにこれだけヒトがいると、相変わらずこの中の誰かなのかたまたまなのかはわからないね」
ゆいの言葉に、こくんと小さくうなずきながら。
ちょっとだけ、疑問。
ぐーぜん?
だって、リアス様たちは一回感じてた。ここに来る生徒たちは、みんな毎回座る場所は違うけど。
わたしたちの場所は、いつも変わってない。
そしたらなんか。
「なんか…この中に目的のヒトが、いそう…?」
「二回目ともなるとそう考えるのが自然ですね」
さすがにレグナたちじゃないから誰っていうのはわからないけれど。
こういうことは、リアス様が心配すること。たとえ目的がわたしじゃなくても。
だからリアス様が安心できるヒトと一緒に──
ってちょっと待って?
リアス様が安心できるヒトって言ったらレグナじゃないですか。
今レグナいないじゃないですか。
これはリアス様さらに心配になってしまうのでは??
今からリアス様のとこに行くとしても一人じゃダメだし、誰かと一緒じゃないと顔色悪くなっちゃうよね。
「…」
どうしようって、周りを見てみる。
見るのは、仲良くなった男のヒトたち。
女の子だったら、いざっていうとき危ないから。相手のヒトがもし男のヒトだったら力負けしちゃうかもしれないし、ましてや大人数とかだったもっと危ない。
それはリアス様も同じこと考えると思う。だからいつも、大事なときにはレグナに任せる。
でも今はレグナはいなくて、だけどこう、リアス様がひとまずほっとできそうなヒト。
ゆい、は気づいてくれてるから、ちょっと安心? でも、まだうまく闘えないって言ってた。せんりたちもそう。
じゃあ、って。前を見る。
一歩踏み出しながら、息を吸って。
「はるまっ」
目的のヒトへ。
そのヒトは警戒してたこわい顔から、一気にやさしい顔に変わってわたしを見た。
「おうよ」
「ちょっとだけ、お願い…」
「うん?」
ペンダントを揺らしながら座ってるひざにひじをついて、わたしを見上げるようにして笑う。
「龍のとこ、行きたいの…でも、一人も…華凜だけも、危ないから…」
「ん」
「一緒、いい…?」
こてんと首をかしげて、自然と手を差し伸ばした。
目の前のヒトはやさしげな笑いはそのままに、わたしに手を伸ばす。
そっと、手を重ねて。
「お姫サマの仰せのままに?」
今度は楽しげに笑いながら、立ち上がった。それにわたしの口角もまた上がっていく。
「ありがと…」
「ま、これも同盟のうちってコト、な。対価は龍クンにお願いしといてくれや」
「うん…」
はるまにうなずいてから、カリナの方に向く。ちょっとだけ不思議そうな顔には首を傾げて。
「華凜、行こ…?」
「え、えぇ」
「それじゃあ俺も行こうかな」
「オメーは誘われてねぇだろうが」
「つれないな陽真、男手は多い方がいいだろう?」
はいはいって受け流してるはるまに心の中ではぜひって思いながら、カリナが歩き出したのを見て、はるまの手を引いて歩き出す。
もっかい周りを見てみるけど、さっきの気持ち悪い視線はもうない。
なんだったんだろって思いながら、頭の中ではふわふわと何かが舞う。
シルエットでしか見えないその子は、わたしに聞いた。
──いる? いらない?
さっきの気持ち悪いもの。
真っ黒なのに笑ってるようなその子に、わたしはいつも通り。
「…いらない」
小さく小さく、答えて。
暗い廊下の中、大好きなリアス様の元へ、歩いて行った。
『記憶は水に流れていく。その流れていった記憶は、どこにたどり着くんだろう』/クリスティア
濃密に感じられる武闘会予選が終わった金曜日の昼休み。
期間中よりも静かになった廊下を抜けていき、クリスティアや双子と共に本日は裏庭をスルーして。
「……不快な視線か」
二階にある職員室へ訪れていた。
武闘会の第二予選に感じたものを杜縁へと話せば、イスに寄りかかって腕を組む。
「明確な場所まではわからないとしても、確かにその視線はお前たちの大半が感じたと」
「あぁ」
「愛原に炎上、波風……そして祈童に陽真、フィノア、武煉……基本的にはそういったものに過敏な者たちだな」
名を羅列し一度考えるように黙ってから、杜縁は頷いた。
「わかった。こちらの教師陣でも共有しておこう。ひとまずは笑守人に来訪する者に対する警備の厳重化で手を打っておく」
「ありがとうございます。お願いいたしますわ」
「こちらこそ情報を感謝する。文化祭のように常に我々教師が徘徊しているわけでもないし、そういった視線は向けられた当人たちでしかわからないことも多いだろう。また何かあったらすぐに連絡を。俺だけでなく江馬や一年教師、誰でもいい」
「わかりました」
レグナが頷き、それじゃあ行くかと踵を返しかけたとき。
「──ところで」
「…?」
声をかけられ、足を止めた。
振り向くと、杜縁の視線はクリスティアへ向いている。
「その不快な視線を感じた者の中に氷河がいなかったが。お前は何も?」
一瞬その問いに、「いや」と声を出しかけたけれど。
仮に「感じた」と言ってもならば何故名前に羅列がないのかという疑問も想定できて。
「…わかんなかった」
クリスティアの答えに「そうか」と返した杜縁に、申し訳なさはありつつも。
深くは言わず、その場を後にした。
『いよいよ来週ですっ』
「えっと、楽しみだね」
「結局場所はどうするんです?」
「できればお前や蓮の家にしたいんだが?」
職員室から帰って授業を受け、放課後。最近では迎えも閃吏やユーアと共に行くようになり、隣の教室までに行く一般よりは少し長めの距離の中。
昨日より話題は武闘会予選のことから、来週に執り行われる勉強会になっている。
今月頭に道化が提案したもの。ひとまず武闘会予選が終わってからということと日程は決まっていたものの、予選になんだかんだ熱中していたためそれ以外はいっさい決まっておらず。
こうした学校帰りや、夜にグループメサージュで案を出している。
まぁ案と言っても。
「美織ちゃん的にはぜひ炎上君たちの家で! って笑顔で言ってるけど……」
「……」
相変わらず俺に拒否権はなさそうなんだが。
「……うちじゃ全員は狭いだろう……」
『ユーアたちは小柄ですので大丈夫ですっ。ウリオスもエルアノも小さいですっ』
「いやそうだが。ヒト型八人とそれに匹敵するティノでなかなかの大所帯じゃないか。」
「けれど狭いとか言いつつあそこの家広いじゃないですか。余裕で入りません?」
「何故お前はこういうとき味方になってくれないんだろうな?」
「味方でいなければならない理由もありませんので」
そうだけれども。たまにはこっち側に回って阻止してくれてもいいじゃないかと思ってしまう。
「そ、そんなにダメかな?」
「お前くらいだよなそうやって気遣ってくれるのは」
「私だって気遣いあるじゃないですか」
「どこがだ」
俺のプライドも何もかも平気で砕いてくるくせに。言うと絶対に「進んで砕くでしょうよ」と返ってくるので言わないけれども。ダメかなと子犬のように眉を下げている閃吏へ。
「……ダメではないが大人数になることで狭くなることが気がかりだ。テーブルとかが」
「あ、そしたらミニテーブル持ってくのはどう?」
味方だと思ったらそうでもなかったなこいつ。来る気満々じゃないか。もうどうにでもなれと、溜息を吐いた。
「好きにしてくれ……」
『持ってこれるですかっ』
「うん、たぶん」
「もしよければ私か蓮が持って行きましょう。車もありますので」
「そろそろ執事使いの荒さをどうにかしてやれ」
「進んでお手伝いをと言ってくるので大丈夫ですわ」
「さいで……」
なんとなく笑顔で付き従っているのが見えて、苦笑いをこぼしたとき。
「とりあえず龍クンに言っといてくれりゃいいわ」
陽真の声が聞こえて、横に向けていた視線を前へ戻す。
教室に入っているので姿はしっかり見えないが、見慣れた紫色のパーカーが下にあるのでしゃがんでいるのだろうと予想が付く。何だとカリナ達と目を合わせ、足早に向かえば。
「おや、おかえり後輩さん方」
ドアの方を向いている立ったままの武煉と。
「おー」
案の定しゃがんでいた陽真。
その陽真の前には。
「…!」
きょとんとしたクリスティアと苦笑いの蓮。
陽真の視線を追ったクリスティアは俺を捉えてぱっと顔を明るくし、すぐさま俺の元へ駆け寄ってくる。
結構な勢いのそれをしゃがんで抱きとめ、視線は反対に立ち上がった陽真へ。
「……何かあったか」
「んや、ちょいと武闘会の件で報告、な。広人クンにはもう言ってあったみたいだケド」
杜縁にということは視線のことかと理解して、立ち上がる。
「蜜乃ちゃんあたりにもいろいろ聞いてみて、ま、何もなかったぜっつー報告。過保護の対象が一番気ぃつけられりゃいいかなと思って報告ついでに注意もと思ったら」
予想できる回答に、そもそも俺にも返ってきた回答に。
「……悪い」
ただただそれしか返せない。けれど陽真達は特段気にする様子でもなく。俺達の方へ歩み寄ってくる。
「別にいーケドよ。ただまぁ」
「特に気をつけるようにというときにはちょっと困ってしまうかもね」
小声で言われて、俺の腕に収まっているクリスティアを見る。視線に気づいて見上げてきた彼女は、いつものようにこてんと首を傾げた。
そんな彼女の頭を撫でて、彼らが言うことに心の中で頷く。
確かに、その不快な視線がクリスティア目的だった場合のとき。本人が気をつけられないのは困る。そして周りに警戒してもらっているのも申し訳ない。
特に陽真達は交流も長いだろうしと、いつの間にか当たり前に感じているそれに少し苦笑いをして。
「……後々話す」
「おっけ。本人に聞かれたくねぇなら本戦中でもいいぜ」
「準決勝か決勝まで上がれればどちらかとは話せるだろうしね」
どちらかがそこまで行くのは決定なのかと笑い、頷く。
「折を見て」
「りょーかい。んじゃオレらは今日は行くわ」
「あら、珍しいんですのね」
「えっと、一緒じゃなくていいんですか?」
カリナ達の問いに、二人揃って鞄を探り。
あるものを出して、笑う。
「水曜にできなかった分今日やんだとよ」
「体育館にいるので、何かあったら連絡を入れるなり来るなりしてくださいね」
そう、ひらりと揺らした彼らの手の中にあるのは。
修学旅行、旅のしおりと書かれた冊子だった。
「来年は修学旅行になるのねー」
「だ、第二予選進出組はちょっと、ばたばたですね……」
「進出しても早めに終われるなら良いかもしれないですね」
「月末だっけ…龍たちみたいにラストだと、ちょっと休まらない…」
いつもの帰路を道化、祈童、閃吏と連絡を取って合流した雫来の八人で歩いていく。本当ならばユーア達もいれたらよかったが、規制線の関係上仕方あるまいと、前を歩く女子組を見ながら。
「……せっかくならば計画を練っていこうということでこのメンバーなんじゃなかったのか?」
前の彼女らの話題が変わっていることに、そうこぼさずにはいられない。
「ま、まぁやっぱりほら、修学旅行って一大イベントじゃない?」
「来年だがな」
「女子には準備が大変なのだよ炎上」
「だめだよ祈童、龍にそういう一般的なことは通用しないから」
「お前よりかは比較的一般寄りだと思うんだが?」
「遠足行くことを本人に言わず荷物は完璧に準備してたやつのどこが一般だって?」
「俺が楽しみにしていたような言い方やめろ」
ほらそういう風に言うから閃吏が「えっ」て顔しているじゃないか。祈童なんか温かい目で見て来るじゃないか。違うそうじゃない。
けれど約束が苦手だからなんて言うこともできず、半ば認めるような形にはなるが「とりあえず」と思い切り話題を逸らした。
「来週の土曜日の午後に、ということ以外の項目を決めていかないか」
「あとは龍が頷くだけでしょ?」
「俺達の家でというのはお前らの中では決定なんだな?」
「とくに道化と雫来が”ぜひ炎上くんの家で!”と譲らなくてね。まぁ僕らも異論はないんだが」
「異論を出してくれ頼むから」
溜息を吐けば、隣の祈童がじっと俺を見た。
「……何だ」
「いや、乗り気じゃないところを見て少しな」
顎に手を添えて、祈童は笑って。
「もしや見せられないものがあるのかなと」
「えっと、男の子特有な感じの?」
「ねぇよそんなもんは」
おい雫来と道化、何故このタイミングでこちらを向いた。ねぇよ。
「ほんとにないのかしら!」
「道化頼む今だけはボリュームを下げてほしい」
お前の声はなかなか通る。けれど彼女は止まらない。
「まだそういうことできていないんでしょ!?」
「そのワードはこの道路で言ってはいけないんじゃないか」
だいぶオブラートだけれども。発想力豊かな高校生にはなかなか危ないだろうそれ。
「見つかったときの、ぃ、イベントとか……!」
ほらこういうのが反応する。おいそこの幼なじみ、体震えているのわかっているからな。そもそもクリスティア、この疑惑は半分くらいお前も責任あるからな?
しかし言っては少々重荷にもなってしまうのでぐっと口を噛みしめた。それを黒だと思ったのか、道化と雫来がはしゃぐ。
「雪ちゃん、これは家宅捜索だわ!」
「そ、そうですね美織ちゃん……! お友達が家に行ったら発生してほしいイベントが今まさに!」
「おいあの女子組どうにかならないのか」
「えっと、美織ちゃんは無理じゃないかな……」
「雫来も無理でしょ。スイッチ入ると止まらない止まらない」
友人達に助けは無理だと背中を押され。
痛くなり始めた頭を押さえて、溜息を吐き。
とりあえず、と。
「勉強会についてさっさと予定を決めさせてくれ……」
こうも女に弱いのは長年の付き合いで弱くさせられた奴らがいるからか。真意はわからないけれども。
メインではしゃいでいる二人を見ながら楽しそうにしている幼なじみの女子達を見て。
結局道化と雫来を咎めることはせずに、そう言うしかできなかった。
『君に笑っていてほしいから』/リアス