このかけがえのない一瞬を、大切に歩もう


 にぎやかな勉強会を終え、十一月も最後の日。

 学校が終わった放課後。帰り道、もう冬ですねと息を吐きながら言えば。

「寒いわねぇ」

 いつもの上級生ではなく、眼帯をした紫色の上級生が、頷きました。

 武煉先輩と陽真先輩が修学旅行に行き、早最終日。これから夜に掛けての時間帯で帰ってくるそうな。

 その間、送り迎えの代わりにとやってきたのは武闘会で闘ったフィノア先輩。ハロウィンや文化祭で交流を持っているとは言えど、基本的に彼女がいるのは上級生男性陣がいるときのみで、こうしてしっかり話すというのはなかなかありません。
 この四日間で普段している意識干渉型の仕事や彼女自身の趣味、香水の作り方などなどたくさんのことを知れたのはとても良い機会でした。少し曇りがかった空の下、うちの男性陣の前をクリスティアと先輩とともに歩きながら四日間を思い返す。

「刹那ちゃんはマフラーまだしないのぉ?」
「寒くなーい…」
「あらぁ、うらやましぃ」

 真ん中にクリスティアを挟んだ先にいる彼女は、自分につけているマフラーに少し顔を埋めるようにしてはにかむ。

「髪のながぁい女の子がマフラーしてるのかわいいのにぃ」
「かわい?」
「後ろがふあっとしてかわいいでしょぉ?」

 聞かれたクリスティアはあまり想像がつかないのか、首を傾げてしまう。確かにうち髪を下ろしてるのってクリスティアだけですもんね。私も今つけてますが髪結んでふわっとしてませんし。でもかわいいのはとてもわかりますわフィノア先輩。

「先輩は自分でなさらないんです? 髪伸ばしたりとか」
「伸ばしてもいいんだけどチャクラムで切っちゃいそうなのよねぇ」

 あぁ、それは悲しい。

「あとは自分のより刹那ちゃんみたいなかぁわいい子の見てる方が好きぃ」
「とても同意ですフィノア先輩っ。刹那、明日からマフラーを!」
「うちに今マフラーはないが?」

 後ろの男が毎回私の願望を打ち砕くっ。きっと振り返って睨んでも、その男は何食わぬ顔のまま。何故そんな平然としているのっ。

「かわいい刹那のかわいい姿はいつ見れるんですかっ!」
「お前の記憶の中の刹那はいつからつけている」
「一月後半ですっ!」

 それも寒さに強くていらないっていう彼女にリアスが無理矢理つけるやつ!

「あと一ヶ月半も待てない……」

 兄さながらの絶望に打ちひしがれていると。

「フィノア、マフラーは男の人きゅんってする?」

 小さな声が隣から聞こえて、意識がそちらへ。クリスティアはのぞき込むようにしてフィノア先輩に首を傾げています。

「そりゃするでしょぉ? ふわふわもこもこのマフラーは冬のときめきアイテムよぉ」
「ときめき…!」

 にかっと笑ったフィノア先輩の言葉に、クリスティアの顔が輝いていく。これは勝利確信。ばっとレグナを見て。

「蓮、マフラーはっ!」
「こっから毛糸買って編んで三日」
「お願いします!」
「ついでに龍の分も作ろっか? お揃い」
「おそろい…!」

 リアスに聞いたもののクリスティアが反応して嬉しそうなのでこれは決定ですね。レグナも悟ったのか笑ってリアスの肩を叩く。本人もとくに異論はないのか何も言わず。私はフィノア先輩へ。

「ではかわいい刹那は来週の月曜日ですわ!」

 そう、言うと。飴を加えていた彼女は私にこてんと首を傾げて笑いました。

「来週からはあたしは送り迎えないわよぉ」

 と。

 それに、止まってしまう。けれど外の冷えで冷静になった頭でしっかり考えれば、その答えはすぐに出ました。

 今フィノア先輩は上級生の代わりとして来ています。彼らが帰ってくるのは今日。明日振り替えがあるそうなので今週はまだいらっしゃるとして。

 来週からは、いつも通り。フィノア先輩とは別々。

 あぁそっかと若干寂しくなったのもつかの間。

 待ってくださいね。

 別に一緒に来ても良いのでは??

 だって上級生は三人で仲良くしているじゃないですか。この四日間でお話聞いたところお休みの日も上級生みんなで遊ぶとおっしゃっていたんですよ。学校の方では授業や学年が違うから別行動が多いそうなんですけれども、登下校は関係ない。

「……ご一緒したらよいのでは??」

 こんな疑問が出るのも当然。けれど目の前の先輩は首を横に振る。

「あたしは別行動よぉ」
「どーしてー…?」

 歩きながら、クリスティアも少し寂しそうに尋ねます。全員が「何故」というような雰囲気で彼女を見守っていると。

「んー……」

 しばらく言うか言うまいかといったような雰囲気で悩んだ彼女は。

 我々の視線に耐えられなくなったのか、飴を咥えた口を開きました。

「あのカップルの中に独り身がいるの割と地獄じゃなぁい?」

 ちょっと待ちましょうか。

 歩いていた足止まりましたよ見ます? フィノア先輩見てください、歩みを進めていますが後ろを振り向いて。あなた以外の全員みんな止まってますよ。

 待ってくださいよ。

「フィノア先輩!? どういうことです!?」
「カップルって何!?」
「端から見たらカップルでしょぉ? まぁ実際はつきあってないし本人たちも相棒でーって言ってるけどぉ」

 なんとか四人で追いつき、彼女を見やる。私から見るとお顔が眼帯で隠れてしまっているのでしっかりした表情は見れませんが。

 なんとなく、先ほどの穏やかな雰囲気とはちょっと違うのがわかります。呆れというような感じでしょうか。
 そんな彼女は何も言わない私たちにぽつぽつとこぼしていく。

「距離は近いわお互いが一番だわ隙あらばべたべたいちゃいちゃ二人して……」
「いちゃいちゃ…?」
「武煉がとくに陽真の髪触ったりとかしてんのよぉ」

 なにそのカップル。
 ちょっとテンションが上がってしまった。心がそわっとしたのを抑えながら、続くフィノア先輩の言葉に耳を傾ける。

「誰といても電話があったら飛んでくでしょぉ?」
「お互いに?」
「そぉ。そんでお互い時間が合えばすーぐ泊まりに行ってるしぃ。男二人でカップル御用達の店も行けるし……今回の修学旅行だってクラス違うのに一緒にいるでしょぉ?」

 ほらと見せてきたスマホには、バスの中で楽しそうにカメラに向かって笑っている上級生お二人。あれバスの中って基本的にクラス単位じゃありませんでしたっけ。え、行動が一緒というのだけでなくバスの中まで?? よく許されましたねこれ。

「あとはぁ……」
「まだあるのか……」
「あら、言い出したらきりがないわよぉ」

 この時点でもう本当にごちそうさまと言いたいレベルなんですけれども。まだあります? どうぞお願いしますわ。クリスティアもテンション上がってきてますよねわかってますからね。
 若干後ろの二人の視線が我々二人を呆れた目で見ているような気がしますが気にしない方向で行きましょう。あなた方やってくれないじゃないですかこういうの。

「バイクで二人乗りとか当たり前なのよねぇ」

 ほらこういうの。こういうのっ。

「ふ、二人乗りしてるんです?」
「そぉ。主に武煉が後ろに乗ってくのよねぇ。お互い免許一緒に取ってて二人ともバイクも持ってるのに」

 それは「君と一緒がいいな」ということですよねわかります。
 ぜひ拝みたい。もう隠せないくらいテンションが上がっている中。

「バイクの二人乗りはお休みの日にあそべば見れる…?」

 クリスティアが踏み込んだ質問を。何を言っているのありがとうございます。答えを促すようにフィノア先輩を見れば。

「見れるんじゃなぁい? あいつら基本的に途中移動がなければバイク使って来るからぁ」

 と、言うことは。
 自然とクリスティアと目が合いました。

 これは夏のアミューズメントパークもバイクだったのでは??

 えっそれなら見たかったどうして言ってくれないの二人とも。どうして私たちその時点でフィノア先輩と知り合ってなかったの。すごい見たかった地団駄踏みたい。

「ま、そういういちゃいちゃで胸一杯おなか一杯なのよねぇ」
「ごほうびなのに…」

 ちょっとクリスティア口から言葉がこぼれてますよ。ぱっと口塞ぎましたけれどそれ全員聞こえてますよ何言ってるの。
 フィノア先輩何で納得した顔したんです? あぁって何??

「あたしもそういうの自体は好きで平気なんだけどぉ」

 何故かBLが好きということが彼女の中で確定してしまった。いや好きですけれども。好きですよ最近また新しい沼はまりましたよ。
 とりあえず自分のことは置いておきまして。「けど」とおっしゃる先輩の続きの言葉を待つ。困ったように笑った彼女は。

「ちょぉっともう見てられないのよねぇ」

 なんて贅沢な悩み。だんだんリアスたちの視線が痛くなっていますが気にしない方向で頑張りたい。

「好きならそのシチュエーションは最高なのでは……?」
「……華凜ちゃん」
「はいな」

 突然真剣な顔で名前を呼ばれ、思わず姿勢を正す。

「もちろんくっついた後のいちゃいちゃも可愛いのよ」
「そうですわね」
「でもね」
「はい」

 まっすぐこちらを見た彼女の。

「あいつら別にくっついてるわけじゃないのよ」

 そんな言葉に、首を傾げてしまう。

「えぇと……」
「いい? あいつらのいちゃいちゃはぁ、もうカップルもんなの。ふつうのカップルよりカップルなのねぇ?」
「そうね…」
「くっついてるならもういいのよ、いくらでもやってって言いたくなるのよぉ。でもね?」
「はいな」
「くっついてないともういっそくっつけよってなるのよ」

 わかる。

「地団駄踏みたくなるのよぉわかる? なんでそこはくっついてないのよって」
「もういいじゃないですかカップルで! ってなるあれですよね」
「そうよマンガなら受けがその異常さに気づいて意識し始めて恋になるあれよ」
「それが二人には、ない…?」

 ちょっと恋が始まらないじゃないですか。

 どうするの。大問題じゃないですか。

「これは会議が必要では?」
「ちょっとそっちにもっとこういうの詳しい子いなぁい?」
「びーえるかはわかんないけど、本を読むのはゆきは…」
「雪ちゃん連れてぇ、もうせっかくなら女子全員で会議よ会議」

 そうですよね、と頷いたところで。

 先ほどから視線が痛い男性陣の方へ三人揃ってばっと振り返る。気まずいお顔をなさらないで。
 それではそんな彼らに参りましょう。せーのっ

「「「女子会をっ!!」」」
「無計画なものは却下だ」

 一蹴したリアスに三人揃って地団駄を踏むも。

 冷静になって「計画をきちんと立てればいいのでは」と気づくのは、あともう少し先。

『ちなみにマフラーは次の日に仕上がってきました』/カリナ