大好きな親友に食べ物を渡すと、必ず言うことがある。
「カリナ半分する?」
嬉しそうにそう言うから、かわいくて。より喜ぶ、「半分」を選ぶ。
「お願いしますわ」
「♪」
頷けば、やはり心底嬉しそうに微笑んで。渡したお菓子を半分にして私に渡してくれた。
「はい…」
「ありがとうございます」
いただいた半分のお菓子を、口に含みながら。
ふと頭によぎるのは、そっくりだけど正反対の兄。
「……」
兄はどちらかというと一人が好きな印象がある。
もちろん、誰かといることも嫌いじゃないのも知っている。リアスを始めとして誰かといることが多いし、面倒見もいいからよくそばで見ていてくれる。
けれど単独行動も多くて、ふらっと一人、どこかへ行ってしまうことも多い。
本心はどうかはわからないけれど、どことなく一人が好きなんだろうなという印象があって。
血がつながっていながら、たまに。心の距離を感じることがあった。
「……」
その心の距離は、きっと隣でもぐもぐとおいしそうにお菓子をほおばっている親友にとってはあってないようなものなんでしょう。兄がこの場にいたら、私にしたように、彼女は兄にも半分こをする。
それもあってか少しだけ、ほかの人よりわかりあっているように見えた。
いいな、というのが正直な感想なのかもしれない。
クリスティアと同じじゃなくても、ほんの少しだけ。兄の心の壁みたいなものに、許されたら。
「……」
「…あそぶ?」
「……あそぶ前に、聞いても?」
黙っている私を見かねたクリスティアに聞かれて、私も質問を返した。それに、彼女はのほほんと「いーよー」と笑ってくれる。
それに、「ありがとうございます」と言ってから。
「……魔法の言葉の一つを、借りてもいいかしら」
「?」
「……仲良くなれる、半分この魔法を」
実際、私とクリスティアとの距離が縮まったのもこの半分こがあったからだと思うから。
その魔法を、少しでも借りれたら。
ちょっとだけ緊張をして、返答を待っていたら。
「…クリス、魔法使いじゃない…」
なんて言葉が返ってきてしまった。
ちょっと思っていた返答とは違いましたわ。
「びっくりしますわ」
「わたしもびっくり…。魔法使いみたいに言うんだもん…」
「そこまでは言っておりませんけれども」
あぁでも。
「……あながち間違えでもないのかもね」
「魔法使いじゃない…」
「押しますねそこ……」
だって。
「みんながやさしいだけ」
そう、大好きな親友は言った。
半分こに応じてくれること、あそんでくれること。
それはクリスティアが魔法を使っているんじゃなくて。
わたしたちがやさしいから、成立しているだけと。
この子はどこまで大人なんだろう。子供のようなのに、その考えにいつも驚かされるわ。
「……」
「でもね」
「はい」
驚いているのもほどほどに、クリスティアが口を開いたので耳を傾ける。
「カリナが使えば、魔法になるよ」
「私……?」
「カリナの笑顔があるから。ちゃんと魔法になるの」
だから、行っておいで。
そう、ポケットから何かを出しながら――ちょっと待ちましょうか。
「あなた何持ってるんですか」
「さっきもらったお菓子と同じお菓子…」
「あなたも持ってたんです?」
「先にカリナが持ってきて渡してくれたからそっち半分にしようかなって…」
「あなたと私で一個ずつで成立したのでは??」
わざわざ半分にすることもないでしょうよ今回は。この子本当にいろいろ驚かされる。
また驚いている中で、クリスティアは「でも」と言った。
「役に立ったでしょう…?」
「結果的にですわね……」
「結果、オーライ…おわりよければなんとやら…」
「そのことわざはリアスに教わってきなさいな」
「もう一個持ってるからリアスと半分こしながら教わってくる…」
あぁあとで死にそうな顔で集まるのかしら。何個持ってるのと言うより幼馴染の心配をしながら。
クリスティアの手にあるお菓子を受け取りつつ、立ち上がる。
「とりあえず、こちらはありがたくいただきますわ」
「うん…がんばってね」
「はいな」
「…」
では、と行こうとしたとき、小さな声が聞こえる。
それに、微笑んで。
「ありがとうございます、クリスティア」
後押しをしてくれた親友にお礼を言って。
部屋の中で薬草の本に溺れているであろう、兄のもとへ向かった。
『小さなヒーローは、きっと私だけの魔法使い』/カリナ
おまけ
カリナ「レーグーナ」
レグナ「んー?」
カリナ「お菓子、半分こしましょう」
レグナ「なに、クリスの真似?」
カリナ「クリスから伝授された魔法です」
レグナ「なにそれ」
笑いながら食べてくれました。
そして数百年後。
カリナ「……兄のスキンシップが恋人のようになっているんですが」
クリスティア「仲良しの魔法、効いてよかったね」
カリナ「方向性合ってます??」
いけない方向に行きそうで不安。
三月二十七日は、結構いろんな記念が重なる日だと思う。
四人で出逢った日。
四人で、死んだ日。
繰り返すことを決めた日。
再び四人で歩いていくことを決めた日。
あとは――。
「あら」
何度も繰り返してきた、三月二十七日。
けれど消滅日じゃない今日は、妹は元気に動いている。
今日も笑顔を絶やさず紅茶を淹れてくれる妹の背に、頭を預けた。
「どちら様かしら」
「……わかってるくせに」
「とりあえずリアスではないことは絶対わかりますわ」
あの男はやりませんもの。
そう笑う妹の揺れを心地よく感じながら。
「あらあら」
細い体を、少し強く抱きしめる。
「お湯がこぼれますわよ」
「別に感じないんで」
「あなたが切れるのは痛覚でしょうよ。熱さは無理でしょうに」
「熱さも痛みも一緒じゃなかったっけ」
「それ確かかゆみと痛みじゃありませんでした?」
「そうだっけね」
軽く流しながら、あたたかい体温を堪能して。
目を閉じて、暗闇に堕ちる。
そうしたら、この日は感じづらいはずの痛みが、心臓の後ろから出てきた気がした。
三月二十七日。
たくさんの記念日が重なる日。
出逢い、死に。
決意し、また出逢う。
再び歩き始めた、そんな大切な日。
そして忘れちゃいけない。
俺が、カリナを殺そうとした日。
あのときはきっと精一杯だった。
誰もがわかるくらい、全員がいっぱいいっぱいだった日々。
きっとカリナも、リアスもクリスティアも、これを話せば「そのくらい気持ちがいっぱいいっぱいだった」と許してくれるんだろう。
けれど、自分じゃ当然許せない。
追い詰めていくほどに、戒めとして残した傷跡が痛んだ気がした。
それを甘んじて受けながら。
愛する妹を、抱きしめる。
「……カリナ」
「はいな」
ほんの少しだけ、泣きそうだけど。それは気づかせないようにして。
「ごめんね」
妹が言えない謝罪の言葉。それを俺が言うのはずるいのだけど。
今日だけ、その日のことだけ。
そこだけ自分に言い訳をして、ぽつりと謝れば。
「なんのことでしょう」
知っているくせに、妹は明るく言った。
俺も、妹はそれについて知らないふりをしてくれるのを知っているから、笑って。
「何でもない。愛してるよカリナ」
「私もですわ、レグナ」
今度は通じる愛の言葉を、めいっぱい気持ちを込めて抱きしめながら言って。
妹が用意してくれる紅茶の完成を待った。
『いつかこの許されない日々がまた望みを絶つとしても、君と隣を歩く未来を望みたい』/レグナ
恋人がその日に桜のシールを貼ることに、疑問しかなかった。
「……」
「♪」
まるで「記念日」と言うように。
三月になれば、嬉々としてシールを手に取り、二十七日に貼る。
毎年、毎年。
シールがなければ手書きで。
目についたペンで日付を囲う。
「……」
「♪」
今年もシールを貼り終えた恋人は、満足そうにカレンダーを棚に戻した。
それを、見て。
「……毎年嬉しそうだなお前は」
「うんっ」
声をかけてやれば、嬉しそうで。
ぱっとこちらを振り返った恋人は、声だけでなく顔も嬉しそうにして、俺のもとへ駆けてくる。
読んでいた本はどかして、勢いのまま俺の膝に飛び乗ってきたクリスティアを受け入れた。
「俺にはよくわからん」
「なんでー」
ご機嫌に俺に抱き着いてくるクリスティアに、見えないとわかっていながらも、わけがわからないという雰囲気を隠さず。
「記念日になるのかその日は」
そう、こぼせば。
少しだけ冷えた体温は一度離れていく。名残惜しく感じるのもつかの間。目に映ったのは、心底不思議そうな少女の顔。
その少女はこてんと首を横に倒し。
「記念日…」
さも当然と言うように言った。
それにはただ、そうか、としか返せず。
再び少し冷えた体温を抱きしめる。
「♪」
ご機嫌に俺の背に手をまわしてきた恋人を堪能しながら思うのは、やはり疑問。
記念日か?
この日が。
そう、疑問に思わざるを得ない。
三月二十七日。
四人で、正確には俺達三人とクリスティアが出逢った日。
確かにそこでクリスティアに助けられ、出逢ったからこそ、恋に落ち。今こうして恋人としていられている。
まぁ出逢った記念日として考えてもいいんだろう。
それが、その日に何も重なっていなければ。
その日、確かに出逢った。すべてが始まった日だ。
ただ同時に。
その日は、終わりの日でもある。
すべてを失った日。
お前を守れなかった日。
俺にとっては――。
「……終わりの始まりとはよく言うものだな」
「?」
「何でもない」
何度も出逢う。けれど、何度も失う。
終わりよければすべてよしの、逆みたいなものだ。
終わりがひどすぎて。
俺にはこの日が記念日だとは到底思えない。
それなのに。
「……」
それなのにお前は、記念日というのか。
何度も俺に見殺しされるこの日が。
守ると約束したのに、守ることもできない、情けない俺に見殺しにされるこの日が。
己の情けなさに、いつの間にか手に力が入っていて。服を強くつかんでいる。
緩めたいけれど、何故か緩められぬまま。
「……」
逆に強く、抱きしめた。
「…」
けれど苦しいはずなのに、恋人はその強さには何も言わず。
「!」
ただただ、俺の髪を優しくすく。
「……なんだ」
「なんも…」
嘘つけ、と言う前に、小さな体が息を吸ったので言葉を止める。
「ただね」
「……」
「いつかリアスにも、記念日になればいいなって思う…」
「……」
今は無理でも。
そうこぼす彼女の手を受け入れながら、
「……そう思えるには」
あと何度。
「あと何回、繰り返せばいいだろうな」
お前が死んでいく姿をいればいいんだろう。
果てしなく感じる旅に、そう呟いて。
「…」
「……」
あと少しだと言うように髪をすき続ける恋人を、より一層強く抱きしめた。
『出逢わなければ、君が死ぬことはなかった』/リアス
カレンダーを見て、その日が近づいてくるのを見る。
みんなで出逢った日。
悲しいことがあった日。
でも、
「記念日、来るね…」
「お前のその感覚は本当によくわからないな……」
カレンダーを見ながらつぶやいたら、リアスが少しあきれ気味に言った。
失礼じゃない?
三月二十七日だよ?
「大事な日…」
「それは認める」
「そしたら記念日じゃない…?」
「何度も言うが記念とは言いづらくないか……?」
ちょっとほんとにわけわかんないみたいな顔しないでよ。
カレンダーは置いて、少しだけほっぺふくらませながら。ソファで読書してるリアスに近づいて行って、ひざに乗っかる。
「不服そうだな」
「認識の、ちがいが出てる…」
「そりゃ受け取り方が違うんだから認識も違うだろうよ」
不服そうなわたしに笑いながら、リアスは本を置いて。支えるように、でもどこか甘く。わたしの腰に手をまわした。
「今そういうふんいきじゃない…そういうのはのーせんきゅー…」
「お前から膝に乗ってきてそれはない」
「うそでしょ…」
暴君め。
どうせ心の中で言ってるのわかってるだろうから。
「暴君…」
「おそらく心の中でも言っているだろうが言葉違くないか」
「俺様…」
「これがお前から膝に乗ってきたわけじゃなかったなら認めてやる」
「わたしにそういう意思はない…」
「そろそろお前が俺に恋愛感情を抱いてくれているのかが本気で心配になってくるなその言い方は」
抱いてますけども。
違うじゃん、そうじゃないじゃん。
「まじめな話じゃん…」
「知っているが」
「知ってるならこんな甘く腰に手をまわしたりしない…」
「恋人が膝に来てくれたならまじめな話だろうとなんだろうと触り方は甘くなるだろ」
「意味わかんなくない…?」
「それは男ならではだろうな」
「あわよくば…?」
「あいにくそれを狙うほど落ちぶれちゃいない」
言いながら、甘く回してきた手はわたしを引き寄せる。
そうして、肩にもたれて。
「で?」
甘いような、少し低い声で先を促された。
それはずるくない??
「ずるい…」
「何が」
「無自覚でそんなかっこいいのずるくない?」
「記念日がどうたらみたいな話だったか」
「こいついつも通りだなっていうみたいにスルーしないでくれます…?」
たしかに通常運転ですけども。
でもそっちのかっこいい話題には戻してくれなくて。
また「それで?」って聞くみたいに、リアスは肩にすりよる。ほんの少しだけ、金の髪がくすぐったい。
ちらっと見える横顔はかっこいいけど。
なんとなく、どきどきはしない。
別にときめいてないとかじゃなくて。
「…記念日、だと思うよ」
「……あぁ」
手が、声が。悲しそうだから。
「……やっぱりお前くらいじゃないか、そう言えるのは」
小さくこぼれた音は、わたしを見下してるとかじゃない。
「……俺はお前ほど、そう強くはない」
強く抱きしめられて、吐き出された音は、ただただ後悔ばかりが詰まってた。
あの日、わたしを守れなかったこと。
その先もずっと、目の前で。悲しい姿でただ死んでいくわたしのことを見送り続ける人生。
見送るたびに、あなたは何度も何度も後悔して、また努力をして。
そうしてまた、深い悲しみに心で泣いていく。
「…」
あなたは強くないというけれど。
わたしはやっぱり、あなたが強いと思う。
目の前で大切な人が死んでしまう。
記憶も残って、たまにフラッシュバックする。その記憶は消えることなく、思い出というように増えていく。
その悲しい思い出とともに歩き続けるあなたは、その悲しさを見せないあなたは。本当に強いと思う。
ただきっと、これを言っても「そうじゃない」って言うから。
「…悲しいことも、いっぱいあったよ」
「……」
あなたのその悲しみが、背負う荷物が、少しでも軽く、どうか半分になりますように。
「…でも、みんなと出逢えた、大切な記念日」
それにね――。
その先は、はっきりとは言わないけれど。
「悲しかった分、みんなと逢えた」
「……」
「望んだ形じゃなくても」
四人で歩けてる。
あの日の続きみたいな、夢みたいな日々を。
だから。
「だから、記念日でもあるよ」
そう、頭をなでながら言ったら。
いつの間にか服をつかむように抱きしめられていた手は、緩んで。優しく抱きしめられる。
「……お前がそう思うなら、もうそれでいい」
諦めのような、けれどどこか願うような声が聞こえて。そっと口角が上がる。
そうして、「そう思っていいんだよ」って許すように。
ずっと自分を責め続けているあなたの髪を、優しくなでた。
『あなたに出逢ったから、わたしは”あの日”まで生きれた』/クリスティア