未来へ続く物語の記憶 December-III

 こつり、こつり。ヒールを鳴らす。

 数歩歩いては戻り、また数歩歩いては戻りを繰り返し、立ち止まって。

「うーーーん……」

 たくさんのおもちゃが並ぶお店の中。

 うなりながら、首を傾げてしまいました。

 日曜日。
 テストが終われば生物みな一段落して落ち着いて休日を過ごせるというもの。けれどわたしにとってはそうではなく。

 おそらくテストのときよりも悩み、考えています。

 理由はもちろんクリスティア。プレゼントも悩みますけれど、一番は。

「……今年のサンタはどうすればいいのかしら」

 彼女が愛してやまない、サンタさんからのプレゼント。

 彼女の今年のお願いはなんと「思い出」というアバウトなもの。思わず図書室で意味を調べてしまったくらい悩ましいものでした。

 いつもなら。

 もっと具体的な方がサンタさんもわかりやすいんじゃないかしらとか言って言いくるめていくけれど。

「……」

 テストの日。倒れるくらい頑張って、意識が飛ぶ寸前息も絶え絶えに言った言葉。

 ”みんなで悲しいの忘れられるくらい、楽しい思い出くれる?”

 そんなのを聞いてしまっては、叶えてあげないわけにはいかないでしょう。

 シャトルランを終えてリアスがクリスティアに付き添いに行ってからはレグナと二人でそれはもう考えに考え抜きましたわ。

 四人での思い出が欲しいクリスティア。おでかけはリアスが大変になってしまうから彼女からNG。

 となれば室内ですよね。

 いつもの「四人で遊びましょう」ならばゴールデンウイークのように異空間に行ったりもできますが、いかんせんサンタさんからのプレゼントとなるとそれは難しい。

 というわけで、ヒトが賑わう中、おもちゃならお任せ! というデパートにやってきたんですけれども。

「……どういうのがいいのかしら」

 いかんせん遊びはチェスやトランプで事足りていたので子供のはやりには少々疎く、悩んでしまっています。もう少しこちらも調べてくればよかったですね。
 ひとまず四人で遊べるものということでパーティーグッズのところでうろうろと歩き回る。

 人生を遊ぶボードゲームに数字や色を一致させて遊ぶカードゲーム……。
 楽しそうですけれどもいいのかしらこういう、言ってはなんだけれどありきたりなもので。

「いくつか買えばいいんです?」
「お悩みだね」
「えぇ、とても──」

 待って?

 今私どなたに返事しました?

 あれじゃないですよね、あの、お隣の方に声を掛けたのに私が返事をしてしまったということではないですよね。聞き覚えがあるっちゃあある声なので私ですよね?

 ぱっと、隣を見ると。

 見慣れたポニーテールの先輩。

「……武煉先輩」

 にっこり笑ったその人へまずは。

「……何故こちらにいらっしゃるんでしょう?」

 当然な疑問を投げかける。

 この人とのエンカウント率がおかしいんですもの。

「後をつけていらしたとか」
「まさか。元々デパートに来ていたんだよ。おもちゃ売場に入っていくのを見かけたんです」
「そこは後をつけたと」
「一周する予定だったんです」

 嘘か本当かわからない笑みでそう言って、武煉先輩は棚へと目を戻す。それにならって私も視線をおもちゃの方へ。

「たまには同級生とお逢いしたいですわ……」
「ふふ、こんな広い街じゃなかなか逢えませんよ」
「びっくりなエンカウント二回目を軽々記録したあなたが何をおっしゃってるんです?」

 本当に後をつけられてることを疑うレベル。

「他で街中で逢ったなんて蓮が雫来さんに一回逢ったくらいですわ。龍たちなんて学校以外で誰かと逢ったなんて聞いたことありませんよ」
「そもそも彼らは外に出ないじゃないか」
「そうですけれども」
「ところで悩んでいたようだけれど」
「いきなり話変えないでくださいます?」

 私の疑念が晴れていない。
 けれど隣の先輩はそんな私に構わず「刹那のですか」なんて聞くから頷くしかありませんわ。

「……彼女に贈るサンタさんからのプレゼントを」
「あぁ、思い出でしたね。ゲームにするのかい?」
「決めあぐねています。とりあえず”楽しい思い出”をご希望なので楽しめるゲームをと」

 ただ、まぁ。

 並ぶおもちゃをざっと見て、ため息をついた。

「なかなかこれだと思う物がないんです」
「彼女ならなんでも喜ぶんじゃないのかな」
「そうでしょうけれども」

 せっかくなら、彼女に最高のクリスマスを贈りたい。

「楽しいと、終始笑顔でいれるような、そんなクリスマスを贈りたいんです」

 彼女が言うように、悲しいことなど忘れて。
 それだけに夢中になれるようなもの。

 そっと目の前のおもちゃを指でたどりながら、こぼせば。

「終始笑顔でいられるかどうかはわからないけれど」

 隣から声が落ちてきて、見上げる。

 先輩は顎に手を添えて、少し考えているような様子からこちらを見て。

「最後に笑顔になって楽しめるものならあると思うよ」

 笑っていう言葉に、首を傾げたら。

「こっちです」
「え、ちょっと」

 有無も言わさず手を引かれ、歩き出す。

 え、ていうか手。
 おててを離して欲しい。

「あの、手を」
「人混みではぐれないようにね」
「あなたの女遊びがなければとてもときめきました」
「褒め言葉をありがとう」
「いや褒めてないんですけれども」

 ていうか本当に離して欲しいんですけれども。これお兄さまに見られたらとてもやばい。武煉先輩が。

 いませんよね? お兄さまいませんよね?

 今クリスティアのパーティードレス作ってますから来てませんよね?? 不可抗力ですがお願いなのでこの場面みないでくださいよお兄さま。レグナじゃないからフラグ立ちませんよね大丈夫ですよね。

 なんて必死に周りを見ながら歩いていけば。

「きゃっ」
「あぁ、ごめん」

 いきなり武煉先輩が立ち止まる。思わず鼻ぶつけちゃいましたわ。
 さすりながら手を自分側に引っ張り、さりげなく武煉先輩から逃れて。

「ここですよ」

 案内された場所を見て、先輩から説明を聞けば。

 あぁ確かにこれはいいかもしれないと、想像して顔がほころびました。

 ♦

「ありがとうございます武煉先輩」
「いいえ」

 あのあと、いくつか種類のある”それ”を一通り吟味し、メモをして。

「買わなくて良かったのかい?」
「えぇ」

 おもちゃ売場を出た私の手には、何もありません。
 いくらか出したのになんてちょっと律儀な先輩には首を振りました。

「ひとまずはうちのサンタ軍団に共有せねばなりませんので」
「特に龍に、かな」
「えぇ。お話を聞いた限り大丈夫そうですが、一応最終確認を」

 レグナに言えばさりげなく共有してくれるでしょう。帰ったらお兄さまにご報告ですね。このまま波風家に向かうとして。

 一度時計を見ると、時刻は二時ちょうど。

「私はこのまま蓮の家に行こうかと思っているんですが」
「じゃあここでお別れですね」

 あらなんとなく「じゃあ俺も」と言うと思ったのに。いや来てもどうこうできるわけではないんですけれども。

 ちょっと驚いていたら。

「武煉~」

 甘ったるい声が聞こえて、武煉先輩とそちらを向きました。

 目の先にはまぁ二十代半ばくらいのちょっとグラマラスな女性が。女性が??

 おや?

「終わったの~?」
「はい、今行きます」

 今行きます?

 待ちましょうか。

 がしっと武煉先輩の腕を掴んで。

「ちょ、ちょっと武煉先輩!?」
「おや、離れたくないんですか華凜」
「お戯れのお言葉はいりませんわ、それよりもっ!」

 あのお方っと目でちらっと見れば武煉先輩はきょとんとした顔。

 いやいやいや。

「お姉さまを待たせてるなら早く言ってくださいよっ」
「姉?」
「私めちゃくちゃ悩んでたじゃないですかっ」

 一時間くらいたぶんあなたとお話ししてましたよ?? その間お姉さまお待たせしてたってことでしょう。失礼をしてしまったにもほどがある。

「謝りたいんですけれども」
「華凜」
「はい!?」

 焦っている私と相反して落ち着いている武煉先輩が、口を開きました。

「俺に姉はいませんよ」

 ではあのお姉さまは実はお兄さま??

 違う。

 もっとあるでしょすぐ思い至る人物がっ。

 見た目ものすごくお若いですけれども。

「えぇと、お母様、です?」

 これはご挨拶の流れでしょうか。いやなんの?

 なんてわけのわからないことを考えていたら。

 いつも通りの笑みで、彼は告げた。

「俺は家族とは絶縁状態なので。彼女は今の遊び相手です」

 あまりにもあっけらかんとしすぎていて、言葉の理解が遅れました。

 後半の言葉は一度目でも見ているのでいいでしょう、置いておきまして。

 前半。

 絶縁、と。

「え……」
「ちょうど別行動を取っていたんですよ、気になさらず」

 けれど聞くことはできぬまま、武煉先輩は私の腕からするりと抜けてお姉さまの元へと歩いていく。

「お待たせしました」
「話してた後輩~?」
「えぇ、大事な親友へのプレゼントを悩んでいたのでアドバイスを」
「変なものじゃないだろうね~」
「まともなものですよ」

 笑いながら隣へ行って。自然な流れで腰に手を添える。まぁなんてスマートな。そう、少し現実から離れて思ってしまう。

 ぼうっと見ていれば、武煉先輩はこちらを向いて。

「華凜」
「は、い」
「また学校で。何か悩んだら言ってください」

 いつも通りすぎるその言葉に。

「わ、かり、ましたわ」

 ただただ、私もそうとしか返せなくて。

 陽真先輩のプレゼントどうするんだとか、自分のはどうしたいんだとか、歩き出したお二人の話を聞き流しながらその背を見つめる。

 ぼんやりと、揺れるポニーテールの背中はやっぱりいつも通り。

「……どうして男性ってそんなふつうにしていられるんでしょうね」

 私がもし、レグナに絶縁だなんて言われたら。

 私はきっと、生きてなんていけないわ。

 小さく呟いた言葉は人混みに隠して。

 何をしたかったのか、いつの間にか伸ばしかけていた手を引っ込めて。

 心の中に浮かんだ大好きなヒトに向かって、歩き出した。

『カリナサンタのお買い物』/カリナ


 クリスマスも、自分の誕生日も近づいてく。

 わくわくして、どきどきで。

「んっ…」

 今はそれに、ちょっとだけふわふわも混じってる。

「平気か」
「へーき…」

 もう当たり前になった行動療法。自分が浮かれてるからか、前よりもっと進んでもなんか大丈夫で。

 わたしの座ったベッドの下で、王子様みたいにひざまづいてるリアス様の唇が肩くらいまで来ても、こわくない。

 ふわふわしてて、気持ちいい。

 そっとリアス様を見たら、もう目と鼻の先。ちょっとだけ近づければそのままキスできちゃいそうな、そんな距離。

 でも、まだ唇にはなにも落ちてこなくて。

「ん…」

 呪術に沿ってくみたいに左の腕に降りてく。
 ちゅって、かわいい音が部屋に響いて、体がぴくって跳ねた。

「妙に反応するようになったな」
「んぅ…」

 そのたびにリアス様がうれしそうな声で言うから、わたしもうれしい。気持ちいい中でリアス様をぼんやりながめてく。

 唇が下がっていって、指先に「愛してる」って言うみたいに深くキスをして。

 そっと、今度は右手があったかい手に包まれた。

「……もう少し進んでも?」

 不安そうな紅い目に、答えなんて決まってる。

「ん…」

 もっと、もっと。早く進みたくて、早く唇に来てほしくて、うなずいた。それにリアス様が安心した顔になってから。

「んっ」

 左手にしてきたのと同じ、やさしくやさしく、中指からキスを落としてく。
 爪の先に触れて、指のおなかの部分にちゅってキスをして。

「っは……」
「っ」

 たまにかかるあったかい息に、背中がぞくっとした。

 こくってのどがなったのは、音が近かったからきっとわたし。

 中指の第一関節まできて、また少し戻って。なんだかもどかしいそれにひざがちょっとだけすりあう。

「クリスティア」
「ん…」

 甘く呼ばれた名前に、返事をしたら。

「お前そろそろどうするんだ」

 なんて言われて。ふわふわした頭じゃなくてもきっとそうなるくらい、こてんと首をかしげた。

「なに、を…」
「俺からの誕生日プレゼント」

 えっまさかのここでそれ聞いてくるの?

「む、ムードがない…!」
「お前のプレゼントの猶予もない」

 うまい切り返しなんて求めてないっ。

 むっとにらむけれど。

 いたずらっぽく笑って、また中指にキスを落とす。

「っ、こんな、状態でっ…!」
「この方が良い案浮かぶんじゃないか」
「ひゃっ」

 うそ、って言おうとしたら、指をなめられて体がまた跳ねる。

「欲しいもの、何かないのか」
「そんなこと、言われても…!」

 こんな状態で思い浮かぶかっ。

 指の間を吸われて、押しつけるようにキスされて。頭の中は、さっきよりもふわふわ。

「考えても浮かばないなら無意識に聞いた方が早そうだ」
「んんっ」

 甘い声に、やさしいキスに。だんだんわけわかんなくなってくる。

 見上げてきた紅い目に、心臓がどきっとしたのだけはよくわかった。

「クリスティア」

 甘く、呼ばれて。

 ギシって、ベッドが鳴る。

 そっと、リアス様の手がほっぺにそえられて、見上げられた状態はそのままだけど、紅い目が近づく。
 手が触れてない方のほっぺがすりあって、あったかい体温に抱きしめられた。

 そうして、耳元で。

 あまく、あまく。

「今一番欲しい物は?」

 そう、聞かれた。

 ただやっぱり、すぐには思い浮かばない。ずっとずっと、もらってきたから。

 あ、でも──。

 こんなふわふわな状態だからかな。ふっと、思い出した。

 なにもないときの、解決策。

 あなたに贈りそこねたもの。

「あった…」
「うん?」
「欲しいもの…」

 なんだ、って、甘ったるい声に。

 ちょっとだけ体を離して、ほころぶ。

 そうして、くいってリアス様のすそをひっぱった。

「クリスティア?」
「これ…」
「は……」

 未だにきょとんとしてる、リアス様。

 あのね。

「物はいらないの…」
「あぁ」
「だから」

 リアス様を、ちょーだい。

 そう、七月のカリナの案をこぼしたら。

 なんということでしょう。

 ほんの少しだけ止まった後、紅い目はめずらしくとっても大きく見開いて。

「お前はほんとにっ……!」

 大変悔しそうな声で、強く強く抱きしめられた。

 え、わたしなんか変なこと言った??

 けれどそれはなんとなく聞ける雰囲気じゃなく。

 しばらくの間、悔しそうに深く深くため息を吐くリアス様の腕の中で、恋人様が落ち着くのを待つことになりました。

『あなたが欲しいな』/クリスティア


 恋人は確かに予測ができない。

 割と「今ここでか」というタイミングで雰囲気をぶち壊すようなことも言う。もちろん何千年という付き合いで慣れてしまっているので、そこも含めて愛している。

 そしてそれは今回もそうなんだろうと思っていた。

 クリスマスと誕生日に彼女に贈るもの。彼女の口から「欲しい」というものはどうせいつものぬいぐるみだのあのお菓子がいいだの、雰囲気にそぐわないものだろうと思っていて。

「手を出せない恋人から”あなたが欲しい”と言われた時の俺の心情を述べよ」

 まさかの展開に心が追いつかず。

 自習期間、彼女が愛するもふもふビースト組にクリスティアの相手をしてもらい、残ったヒト型組にそう言ったのだが。

 何故全員目をそらすんだろうな?
 こっちを向けこっちを。

 俺も逆の立場ならばそうなるけれども。

 静かな図書室のさらに静かな二階の奥。俺の問いによってこのテーブルがさらに音が無くなってしまった。
 聞こえるのは、クリスティアやユーア達によるサンタ談義のみ。

 頼むから誰か口を開いて欲しい。

 じっと全員で黙ること数分。

 その沈黙を破るかのように手を挙げたのは、隣の祈童。

「炎上、先に確認をしても?」
「どうぞ」

 促せば、少々気まずそうに。

「……第一に手を出せない理由は炎上が奥手故か、それとも氷河の問題か?」

 どことなく気を使ってオブラートに包まれた気がする。
 ひとまずその気遣いに感謝して、溜息を吐き。

「それは——」

 口を開きかけたところで。

「オレらもその件いーれーて?」

 ずしっと肩に重みと、聞き慣れた声。反射的に面倒くさそうな顔になり、その方向を向けば。

「はるまー」
「おーよ」
「こんにちは」
「やっほぉ」

 自習期間だからか、珍しく三人揃っている上級生組。
 彼らを捉えたクリスティアが一目散にはるまへと走っていく。

 できればクリスティアには聞かれたくないことなんだが。言い淀んでいると、気づいたのか陽真がにっと笑った。

「刹那ちゃん、サンタのプレゼント決まったって?」
「そー」
「靴下用意しなきゃなー」
「大きさわかんない…」
「んじゃ向こう行ってみんなで予想すっか」

 そう言って、頷いたクリスティアと共に陽真がビースト組の方へと歩いていく。

 恋人達を見送ってから、武煉と夢ヶ崎が目を戻し。

「で、彼女に手を出せない理由はなんなのかな」
「おねーさんたちに言ってごらんなさぁい」

 本題へと戻したので。

 それぞれの気遣いにまた感謝しつつ、息を吐き。

 ぽつりぽつりとこぼしていった。

 大元は、クリスティアが恥ずかしがって拒んでいるところを無理強いするのが嫌だからと先延ばしにしていたこと。
 その先延ばしをした結果、とあることがきっかけで恋愛スキンシップにトラウマを持ちできなくなったこと。

 ついでに現在そのトラウマを克服するための行動療法中で。

「その行動療法中の、こちらの理性がギリギリなところで”あなたが欲しい”と言われたわけだ」

 やめろ全員でそんな同情の目を向けるな。

 逃れるように目を逸らし、また溜息を吐く。

「あの状況で普通ならその回答になるのは頷けるんだが」
「刹那のびっくり発言に慣れてるからそんな風に返ってくるとは思わなかったよね」

 レグナの苦笑いな声に頷いた。

 テーブルに肘をつき、その同情の目に刺され続けること数分。

「とりあえず、あなたの心情は置いておきましてですね」

 一番最初に話を切りかえてくれたのはカリナだった。

「問題は龍が欲しいと言ったあの子に何をあげるかですわ」
「それだよね。今までの刹那から行けば、単に龍との時間とか思い出なんだろうけど」

 切り替わった話題に視線を同級生達に戻す。

 全員がその件について考えてくれているようで、口々に彼らなりの解決策をこぼしていった。

「えっと、物語的にはやっぱり、一歩進んでみるとか、かな?」
「ついに大人の階段を登るのね!」
「道化、今は氷河に聞かれてはまずいんだからもう少し声を抑えてやれ。まぁ僕としても普通に考えれば進む、かな」
「俺もそう言われたら進みますね。というよりよくそこで我慢できましたね龍」
「あんたみたいな節操なしとは違うんでしょうよぉ」

 夢ヶ崎の言葉でレグナの目が変わったぞ。親友、気持ちはわかるが一旦こっちを一緒に解決して欲しい。
 願いが届いたのが睨みをきかせるだけで済んだことにほっと息を吐き。

 大半が「進む」ということを口にする中で。

「わ、私は様子見でもいいかと……!」

 雫来が、控えめながらも意思の強い声で言ったので、全員で目を向けた。

「雫来的には、龍がこのまま手を出さずにという方を押すんですか?」
「ぃ、いいえ木乃先輩、あくまで、ょ、様子見です……!」

 様子見? と全員で首を傾げた途端。

 ぎらっと雫来の目が光ったような気がした。

 そうして控えめ見た目とは裏腹に、言葉を紡いでいく。

「こ、こういうイベントというのはとても大事です……! 相手はトラウマ持ち、となれば選択肢ひとつで今後のルートが、か、変わってしまうもの。運が良ければハッピーエンドで素敵ですが、一歩間違えればバッドエンドまっしぐら。そして今この状況では、せ、刹那ちゃんがどういう風に炎上くんを欲しいと思っているかわかりません……。もう少し選択肢を選ぶための情報を集めるために、彼女の様子を見るべきかと……!」

 どことなく昔を思い出すようなマシンガンで一息に言い、どうでしょうと俺を見るので勢いに押されそうだなと頷いてしまう。

 いや冷静になって考えてみても雫来の案が一番妥当なんだけれども。

 正直少し進んでしまいたいと思うのは男故の欲か。

 いけないとはわかっていつつ、そっと手を挙げて。

「雫来」
「ど、どうぞ!」
「その選択肢を、恋人との仲をほんの少しだけでも進めるという方向に持っていくことは?」
「せ、刹那ちゃんのトラウマ具合によるかと……!」
「トラウマ具合……」

 思い返す中で、今度は祈童を挟んだ隣にいる閃吏が問うてくる。

「えと、でも氷河さんさ、行動療法的には順調なんでしょ?」
「それはもう」

 怖いくらいに。

「むしろ今までの怯え具合がなんだったのか拍子抜けするくらい順調に進んでいる」

 そう、それも引っかかるのが正直なところ。
 進めるならこのクリスマスで浮かれているところで少しでも進みたい。

 けれど五月のように、拒絶される可能性だって大いにある。今はそんな面影は見えないが。

「どこでどうスイッチが入るのかわからないから正直どうすればいいかがいまいちわからん」
「長年一緒にいるのにぃ?」
「刹那のトラウマを引き起こさないように俺たち全員で話題も出さなかったしなぁ」
「龍も許された範囲から踏み込むこともしませんでしたわ」

 下手したら忘れられてしまうから、というのは秘めて。

「なのでこういった場合、どうすればいいのかお手上げ状態だ」

 進んでいいのか否か。もちろんこんなこと、本人にしかわからないのも理解しているけれど。

「……本人はトラウマのことすら忘れているのだから、大丈夫かと聞けば当然大丈夫と返ってくる」

 こぼした言葉に驚いた顔を見せたのは、あまり記憶関連で接してこなかった閃吏、道化、雫来。
 そしてこの言葉で当然出てくるものと言えば。

「忘れてるなら、進んでも問題ないんじゃないかしら? そんな簡単じゃないから悩んでいるのだと思うのだけど」
「そうだな、簡単じゃないから悩んでいる」

 もうこれは話すかと、レグナとカリナに目を向けて。

 二人が頷いたのを見て、軽く息を吐いてから。

 またぽつりぽつり、クリスティアへ聞こえないようにこぼしていった。

 愛しい恋人の記憶は、少し特殊である。

 記憶を司る海馬が発達している故に異常なまでの記憶能力もいうのもひとつ。

 そしてもうひとつは。

 彼女の中で、記憶の選別ができること。

「ストレス性の記憶障害があるだろう。あれはそのストレスに耐えきれず記憶が飛ぶパターンだが、刹那の場合は自分に負荷であろうものを選んでそれを自分で封じ込める特殊なタイプで」
「あの子はそのトラウマを自分で封じ込めたってことぉ?」
「そうなる」

 医学に関しては親友の方が詳しいので、続きを促すようにレグナを見れば、わかっていたように口を開いた。

「ただ記憶喪失って、脳から無くなるだけで実は完全にその体から抜けるわけじゃないんだよね。よくあるでしょ、体が覚えてるってやつ」
「えぇと、スポーツ選手が記憶忘れても、喪失前みたいに走れる、とか?」
「そ。それは刹那も同じ」
「幸い怖い現場を見たというだけで体になにかされるとかはありませんでしたけれど、恐怖は植え付けられてしまったようで」
「な、何かで反応する、ってこと、ですね……」
「つまり刹那が文化祭のことや武闘会のことを覚えてなかったのも、彼女が封じ込めたと」

 頷けば、このテーブルにいる全員が一度黙る。

 心に走るのは、少しの不安。

 せっかく彼女に友人が出来てきたのに、これで離れてしまうのだろうか。

 自分や幼なじみがいればきっと彼女は気にしないのだろうけども、心は痛い。
 ただ、比較的長く交流も持った上に実際に彼女の記憶の異変を何回か見た者もいて、もしこれからも交流があるのならば、この情報は必要不可欠で。

 どうか遠ざかるようなことはないようにと祈った矢先に、隣から声が聞こえた。

「氷河のトラウマ発動に、なにか条件があるんじゃないか?」

 予想もしていなかった返答に思わず幼なじみ全員でそちらを見て固まる。

 そんな俺達を見て、祈童も少々きょとんとした顔。

「僕はなにか変なことでも」
「い、いや、そういうわけではないんだが……」

 いかんせん「そうだったのか」も何もないから拍子抜けしてしまった。

 けれど驚いていたのは俺達三人だけだったようで。
 周りに目を向ければ、他のメンバーも祈童の言葉に納得している様子。

 待って欲しいんだが。

「すまないんだが」
「どうした炎上」
「ここのお方たち、あっさり状況理解しすぎじゃありません?」
「もっとこう、あるじゃん、なんかこう、そんな体質だったのーとか、俺たちのことも忘れちゃうのーとか、いろいろ」

 俺についで双子が言葉を紡いでいくも、目の前の彼らは何を言っているんだという顔。
 いや俺達がそんな顔をしたいんだが。

 しかしそれを言う間もなく、彼らは口を揃えて言った。

「「炎上(くん)/龍の過保護度合いに比べれば全然」」

 果たしてこれは喜んでいいところなのか。

「そこの双子、堪えているならいっそ吹き出した方が楽だと思うが?」
「ふ、ふふっ……そんな、幼なじみのわけあり過保護のことをっ……、ねぇ?」
「笑えないよ、ふはっ」
「堪えきれず笑っているじゃないか……」

 そこから糸が切れたように笑い出した斜め前の双子は置いておいて。
 本当に大丈夫なのかと同級生達を見やる。合ったのは、やはり平然とした目達。

「えと、氷河さんのも驚きはしたけど、炎上君で慣れちゃってるっていうか……」
「僕や木乃先輩は実際に見ているしな。道化もだろ?」
「言われてみれば違和感のようなものはあったわ! 祈童くんたちみたいに確信みたいなものではないけれど!」
「あたしは別に仕事柄色んな子見るしねぇ」
「と、とくにハーフ組は、家にも色んな人が、ぃ、いるので……とくに大丈夫かと……!」
「というわけだよ龍」
「……受け入れてくれて感謝する」

 安堵の息をつき、祈童の「で」という声に双子もようやっと笑いを収める。

「話を戻すけど、僕としては発動条件のようなものがあると思うんだが」
「発動条件……」
「あんたの話聞く限りぃ、今んとこは平気なんでしょぉ? ダメだったときがあるならそこと比較してみなさいよぉ」

 夢ヶ崎に言われて、考えてみる。

 が、

「!」
「…」

 ずぽっと腕から何かが入り込んできて思考が止まる。この仕草はよく知っている。
 犯人の方向へ目を見やると。

「刹那」
「あーそーぼ」

 どうやらそろそろ飽きてしまったらしい恋人がほんの少し寂しげに俺を見上げていた。
 ついで、陽真やずっと相手をしてくれていたユーア達もこちらへやってくる。

「ワリー、何回か止めたんだけどよ」
『だんだんしょんぼりしていってしまったですっ』
『最終的に駆け出してしまいまして……』
『氷河さん、炎上クンのこと大好きなんだねー!』
『後半ずっと旦那のことしか言ってなかったぜ』
「悪い……」

 申し訳なさと照れを感じながら、俺の膝の上へ上がってきたクリスティアを抱きしめてやる。外じゃなかなかこんなことしないのに、クリスティアもぎゅうっと俺に抱きついてきた。その背を緩く叩いてやりながら時計を見て。

「もう話は終わった。時間もいいし帰るか」

 そう言えば、こくんと頷き、さらに抱きつく力を強められる。これは家で構い倒さねばならないなと苦笑いをこぼし、ひとまず話を聞いてくれた同級生と二人の先輩へ。

「いろいろ助かった、感謝する」
「あれで大丈夫だったのかしら!」
「十分だ。意見を聞けただけでもありがたい。いろいろ試してみる」

 そして今度はビースト組と陽真に目を向けて。

「相手をしてくれたこと、礼を言う」
『楽しかったですっ』
『炎上さんとの貴重なお話をお聞きできましたわ』

 クリスティア、何を話した。
 恐らく帰ったら勝手に話してくるだろうけども。

 苦笑いをして、再度全員に礼を言い、クリスティアを降ろして立ち上がる。腰に抱きついてきた彼女の頭を撫でてやりながら。

「暇させてもらうが」
「気ーつけてな」
「俺たちはもう少しここにいます」
「えっと、炎上君たちは抜けちゃうけど……みんなで遊ぶ日の持ち物とかあればちょっと話し合う?」
「ぃ、いいと思います……!」

 となるとこちらは残るかと双子へ目を向ければ。頷いたので肯定ととり、頷き返す。

「何かあったら連絡頼む」
「おっけ」
「また明日ですわ刹那」
「ばいばーい…」

 挨拶を交わして、少し離れてから魔力を練った。いち早く帰った方が恋人の機嫌をとる時間も増える。
 同様に魔力を練り始めた恋人を確認しながら。

 テレポートするまでの短い時間で考えるのは、祈童が言った言葉。

 彼女のトラウマの発動条件。

 クリスティアほど記憶能力は高くないが、ざっとトラウマ関連のことを思い浮かべていく。
 拒絶をした五月、八月の海での出来事、ここ最近の行動療法。

 一番最初、トラウマを植え付けられた近辺の態度。

「……」

 あぁ、そう言われてみると。

 ここ最近は、”彼女の目線の下から”、事を行っている気がする。

 確証はまだないけれど。

 もし当たっているのなら、しばらくそれで様子を見てみるかと。

 体が消えゆく中で、決めた。

『クリスのトリガー見つかりそう』/リアス


「”あなたが欲しい”と言われたら、何をあげます?」

 無事に冬休みに突入した本日。
 明後日に控えてるクリスティアの誕生日に渡す衣装のチェックをしていたら、いつものごとくアポ無しで部屋の奥に入り込んできた妹に聞かれた。

 その前に。

「……ここは立ち入り禁止なんだけど?」
「まぁ怖い」

 なんて、怖いとも思ってないくせにそう言って肩を竦めるカリナ。
 それに俺も慣れてるからため息をついて、裁縫道具の他に瓶や本が散らかってるテーブルを片す。

「お茶でも入れましょうか」
「うん」

 ほんの少しだけ薬品くさいそこから衣装と裁縫道具だけ持ってきて、先に出たカリナを追って奥の部屋から出た。
 本棚で隠れるようになってるそこは、魔術で棚を動かして扉を閉めて。

「で? クリスティアの質問?」

 予め持ってきてたらしいティーカップに紅茶を注いでるカリナに改めて聞いた。ベッドに座って最終チェックを再開したところで、肯定が返ってくる。

「みなさんで意見は出しましたけれど……結局何をあげるかとかは決まりませんでしたので」
「あの日以降はクリスがべったりだったからなぁ」

 どこ行くのだとかあそぼだとか、クリスマスで浮かれてるとこでリアスが離れるのが嫌だったのか。みんなでの意見交換会以降は珍しくリアスにべったりだったクリスティア。家じゃ当たり前だけど外じゃめったにない。
 思い返して苦笑いをしながら、腰の部分のゴムをチェック。うん、大丈夫かな。

「でも俺に聞いても仕方なくない?」
「そうなんですけれども、あなただったらどんな答えにするのかなと思いまして」
「ちなみにカリナは?」
「お相手で返答が変わりますがどなたになさいましょうか」

 クリスティアなら「喜んで!」って自分を捧げるのが見えるので。
 ヒラッと最後にほつれとかがないか服を広げて。

「ぱっと心に浮かんだ人」

 そう言って、ちらっとカリナを見れば。

 大変複雑そうな顔が俺を見ていらっしゃる。

 お前は誰を想像したのかな??

 その目線の先となんとなくの表情で理解出来たけども。

「……ごめんカリナ、俺近親相姦にはちょっと興味無いんだよね」
「そこはやはり双子でしたね、私もですわ」

 とりあえずお互いに気がないということを最終確認できたところで、仕切り直すようにカリナが咳をする。

「ここは男性陣のご意見を聞くのがベストでは?」
「えぇー?」
「好きな子に”あなたが欲しい”と言われたときの男の人の心情を」
「何をあげるかから議題が変わってるけど」

 それも踏まえてだろうけども。

 とりあえず衣装はもう大丈夫ということで丁寧に畳み、ベッドの端へ。

 ひと段落ついて両手を後ろにつき、考えてみる。

 好きな子に”あなたが欲しい”って言われたときにあげるもの、ねぇ……。

 え、これ長年好きな人がいない俺に聞くの??

「カリナさん参考にならなさそう」
「思うままにお答えください」

 拒否権がない。

「……とりあえず、これってクリスティアと同じ条件?」
「いいえ、一般論で大丈夫です」

 一般論で。

 となればまぁ。

「え、GOサインじゃね?」
「なんのとはあえて聞きませんわ」
「なに、お気に召さない回答だった?」
「他の男性陣もほぼほぼみな同じ回答だったので、男の人はやはりそうなのかしらと思っただけです」
「わざわざ全員聞いてきたの」
「切羽詰まっているであろう幼なじみの力になるかと思いまして」
「やっさしー」
「茶化さないでくださいな」
「普段いがみあってる割にこういうときには気にかけてあげてるってなるとそう言いたくもなるでしょ」
「勘違いしているようですが私は結果的にクリスティアの為になって欲しいんです」
「そういうことにしとくよ」

 未だ納得の行ってないカリナには肩を竦めてはぐらかして。

「ま、でも普通の男なら”あなたが欲しい”なんて言われたら完全なGOサインだと思うよ」

 普通の男なら、ね。

 そう意味ありげにカリナに笑ってやれば。

 カリナは何回かぱちぱち目を瞬かせてから、笑って息を吐く。

「杞憂でしたわ」
「そ。ってなわけでクリスティアのバースデーケーキのデザイン決め付き合ってくんない?」
「もちろんですとも!」

 クリスティアの話題になった瞬間ぱっと顔を輝かせた妹に笑って。

 万が一クリスが来たときに気づかれないように、さっきの部屋に置いてあるデザイン案の紙を取りに立ち上がる。

 魔術で隠されたその部屋のロックを解除して、目的のものを確認しながら。

 さてあの親友はどんな答えを出すんだろうかと。

 クリスティアから話を聞くのを楽しみにするとして、カリナの元へ戻って行った。

『あなたが欲しいはGOサイン』/レグナ