冬休みもあっという間に開けて一年最後の新学期。
新学期といえば始業式をやって解散して遊びに行ったり。
なんだけれども、俺たちエシュトの生徒はそうでなく。
「毎回思うけど一年は合同演習から始まるってのがすごいよね」
『ねー。よくある実力テストみたいな感じ?』
うわそんなテスト超いらない。
始業式を終えて、本日ペアのティノと笑いあいながらスタジアムに入っていく。
『波風クンよろしくねー!』
「おーよろしくー」
さりげなく目に入った観覧席のフィノア先輩含む上級生は見なかったことにして、スタジアムに立つ。
隣でカリナと閃吏も同じようにあいさつしてるのを横目で見ながら掛け声がかかるまでストレッチ。
首を回して手をぶらぶらさせて。
ついでに足首も回してもっかい首を一回り。
顔を上げた先には俺をまっすぐ見据えてるティノ。それに微笑んでやりながら頭の中では考える。
さてどうして行くか。
本人も言う足が遅いというのは目で見た。図体がでかい分スピードはたしかに劣る。背後取るのも懐に入るのもたぶん簡単。
ただその図体がでかい分簡単に姿勢を崩しにくいってのが難点。足を引っ掛けるにしてもなかなかしっかりしたお足なのでむずい。単に倒そうとしても体格差で無理。
背負い投げ——は自信ないけど候補としてはありか。
基本相手にしてるのが細っこい人たちだから意外とデータ少ないかもな。
行けるかね。
「波風、ティノペア準備っ」
まぁ頑張りますかと息をついて切り替えて。
「はじめっ!」
合図の声に千本を出して走り出す——って、
「お」
まじかこっち向かってくんの? 武器出してるとこ見たことないから一旦引くかと思ったのに。
予想外だけどどの道距離詰める予定だったし嬉しい誤算か。構わず走っていって、中央超えたあたりで右の千本を振りかぶった。
『っ、それっ!』
「っと」
近づいてきたティノ目掛けて切りこもうとしたら、振りかぶった状態から軌道を読んだティノが大きく踏み込んで腕を止めてくる。
読まれたのはいいんだけどやっぱ力強いな。押し返しが出来ないや。
「んじゃ左ね」
『ぅっ、じゃあこっちも!』
先に言っただけあってこっちもすかさず止めに入る。一回下がってもいいな。それかしゃがんで不意打ち狙っても——って待ってね。
やばい肉球めっっっちゃ気持ちいい。
今気づいたんだけど押し返すと地味にふにふにしててこれはやばい。クリスティアに後で言おう。癖になるなこれは。
驚きのふにふにさなんだけど。
バトルしなきゃなんないのにこれはやばい。
「ビーストってずるい……」
『えぇいきなりどうしたの』
「このふにふにやっばいんだけどすげぇ闘争心持ってかれる……」
『ほんとー? じゃあ新たな武器に追加しとくねっ』
「刹那には効果抜群かもよ」
なんて本人のいないところで弱点になりそうなことを言っておき。
そろそろ仕掛けるかと魔力を練ったところで。
『あ』
と、ティノが声を出した。
見てるのは俺の指先。
「え、何?」
『波風クン』
「はい」
『千本刃こぼれしてるよ』
「お、まじでー」
いやまじでじゃねぇわ。
待て待て俺視線千本見ないで。
いやつーかさ。
見えなくね??
このほっそい千本で刃こぼれなんて見えなくね??
「さすがにだまされないよ」
『ほんとだよー! ほら右手の真ん中のところ上から三センチのとこ!』
「細かすぎだろ」
言われたら気になるわ。
ティノがほらーっと言うので仕方なく右の真ん中を見る。えーと上から三センチあたり……。
あれ待って?
そもそも武器って魔力結晶に登録するじゃん。
呼び出したときって登録したときの状態になるじゃん?
ってことは破壊されたとしてももっかい魔術練って呼び出せば元通りになるわけで。
つまりはそもそも使い古したものを登録してない限り、「刃こぼれ」って概念がないわけで。
あ、やべ。
「そもそも俺の刃こぼれなんてない状態じゃんっ!」
『隙ありっ!』
「おわっ」
言われた部分を凝視したことで生まれた隙に、ティノが思い切り押し返してくる。結局だまされてんじゃんか。つーか力強い強い待って待って踏ん張ってんだけど体めっちゃ後ろ下がるんですけどっ。
「ちっからつよっ……!」
『下手に叩くと骨折させちゃうくらいは強いよ!』
「まじかよ刹那と一緒じゃん」
すげぇあいつ耳そんなに良くないはずなのに後ろから超殺気。できれば交代のときには忘れていることを願って。
まずはこの状況の打開。
風で吹っ飛ばすとなると結構な力いるよな。五月のときのスゴロクでもアンデルセンとか吹き飛ばすってなったときにリアスが最大出力じゃ自分たちにも被害出る可能性あるって言ってたし。あいつらほどでかくはなくとも体重はたぶん内蔵とか筋肉詰まってる分重いはず。ってなるとやっぱ最大出力。タイミング間違えて壁に叩きつけられた場合はちょっと考えたくないから却下。ブラックホールもタイミング間違えるとやばいのでこれも却下。
眠らせる──は支えらんねぇな。この全体重はきっつい。今押さえてんのでさえきついのに。
弾き返すにも力も入れにくい状態。
「……!」
そんでもって敵さんは魔力を練っていらっしゃる。これじゃ直撃だな。
じゃあ、
『行くよー!』
「おっけ」
かけ声もくれたので俺も瞬時に魔力を練って。
【テレポート】
『【ライトニング!】──あ!」
向こうが魔術を打つ直前にテレポート。
一、二歩下がったところに飛べば俺のいたところには雷が落ちてた。あれ直撃してたらやばかったな。苦笑いをこぼしつつ、体制も立て直せたということで魔力を練りつつもっかいティノへ向かう。
目つぶしとけばこっちのもんかな。
そう、リュミエールを打とうとした直前。
「!!」
ティノが四つん這いになった。
身構えて踏み出した足で後ろに飛ぶ。
突進? じゃあ。
横に飛ぶために足を方向転換したら。
「、ぅわっ」
いきなりティノが咆哮を上げた。
待ってそれはまずい。
すかさず手で耳を塞ぐけど、戦闘中は耳の調整なんてしないからたいして変わんない。びりびりすげぇ音量で耳に入ってくる音に思わず顔をしかめる。
耳いってぇ。
「きっつ……!」
魔力練りたいけど集中できない。ゲートで一回逃げられれば楽なのに。
ただ体は言うこと聞かず、ただただ耳を押さえて耐えるしかできない。歯をかみしめてぎゅっと耳を握りしめた。
目はなんとか開けたまま、耐えていると。
「……!」
長く感じられた咆哮がふっと消える。痛い耳を押さえながらほっと息を吐けば。
『隙ありー!』
「、っと、わっ!?」
遠くから声が聞こえたはずなのにドンって衝撃が来て視界が揺らぐ。うわ耳も変で気持ち悪。
こみ上げる吐き気を押さえながら地面に倒れ込んで、すかさず上を向くと。
してやったり顔で俺の上に乗ってるティノ。
なんでこんな近くにいるんだよと思うも、耳やられたから感覚おかしくなってるんだよねとすぐ答えが出る。
すぐにでもテレポートして脱出──って待って待って待ってティノさん体重掛けるのはまずいな待て待て待て。
「内蔵出るっ……!」
『ボクそんな重くなーい!!』
「待ったまじで吐くって体重かけんなっ……!」
お前二メートルのクマってだいぶ体重あるからなっ。まだ遠くに聞こえる声もあって気持ち悪さだいぶ増すわ。
『波風クンが降参してくれたらどいてあげるよ?』
「誰が……」
『じゃあ体重かけてくねー』
「無理無理無理吐くって胃から出てはいけないものが出て行くって!」
これ俺が吐くかリタイアするかの一騎打ちじゃん。
どっちもぜってーイヤだわ。
こみ上げてくる吐き気をなんとか押さえて、魔力を練っていく。
『波風クン顔色悪い?』
「今もれなくまじで吐きそうだからっ」
『これ終わったら保健室行こうねー』
お前も一緒になっ。
心の中で叫んで、練り上げた魔力を発動させるためにティノの首に手を伸ばす。
『わっ?』
うわやばい超毛ふわふわ。
違うそうじゃなくって。
頑張れ俺の胃っ。
【睡陣!】
どうか倒れるのは向こうであれと願いながら、できれば使いたくなかった睡眠魔法を使えば。
『……? わ、わ……』
ティノは少ししてから俺の上でふらふらとし出す。
大きな目をゆったりと閉じていく中、申し訳ないけれどそっと胸を押せばぐらりと傾いたので、最後にもう一個。
【風神の加護】
ティノの頭の下に合わせて発動すれば、静かにティノは倒れていく。
自分も頭がぐらつく中で何とかコントロールをして、頭が地面に着くまで気は抜かない。
ゆっくりゆっくり、ケガしないようにそっと頭を地面に降ろして。
「……おわった……」
「勝者、波風!」
ぎりぎりの勝利の合図を聞き終わった直後に、俺もばたりとその場にぶっ倒れた。
『合同演習ティノvsレグナ』/レグナ
ブンブン振ってくる刃をひょいってかわしてく。
「あたんなーい…」
「ほんっとに身軽だ、ねっ!!」
「♪」
顔色悪そうなレグナを見送ってからゆいとの合同演習。始まってすぐにわたしの方に向かってきたゆいの日本刀は、一撃が重たそうだけどはるまみたいに早くないから軽々よけられる。
「っ」
「大振りなんだもん…」
「これでも早くはっ、なったよ!」
「モーションおっきいからそんな風に見えない…」
それに攻撃も単純。上から振り下ろして、下から振り上げて。次は左か右のどっちかから。そうしてまた上から。
これなら簡単によけられるもん。後ろに下がりながらひょいひょいかわしていって、方向を変えてまた後ろに下がってく。
「これならっどうだ!」
同じことずっと繰り返してたらゆいがおっきく踏み込んできた。刃は横から。
「♪」
じゃあわたしも、って地面をけり上げて。
ふわっとうしろに一回転。
「ほっ」
きちんと両手を横にのばしてポーズ。どう? って笑ったらゆいはほんの少しぽけっとして。
「っとに身軽なっ……!」
ものっすごく悔しそうにまた踏み込んできたからわたしもかわしてく。
「つかまえてごらんなさーい…」
「そういうのは炎上とやるべきじゃないかっ」
「逃げる前につかまるよね…」
すごい、ゆいがものすごく「あぁ……」ってなにかさとった顔してる。
じゃあすきができたってことで。
今度はわたしが思いっきりふところに踏み込んだ。
「っぅわ!」
「すきありー…」
ちょうど振り上げてたところに入り込んで、ぱっとしゃがむ。
そうして足をひっかけるために伸ばしたら。
「氷河待ってくれ折れる」
「超心外なんですけどっ…!」
むかつく言葉いただいたのでいつもより思いっきりなぎはらった。
でも読まれてたそれはゆいがジャンプしてかわされる。ぷくってほっぺふくらましてから、次。腕と軸にしてる足にぐって力入れて、こっちもジャンプ。
「なっ」
ジャンプして身動きできないゆいのちょっと上に飛び上がって。
「そぉい」
「うぐっ」
そのままゆいに向かってダイブ。バタンってゆいが背中から倒れていって、痛そうにしてるのは気にしない。
上に乗ったまま持ってる氷刃を、喉元に突きつけた。
「っ」
「おーわーり?」
なにもしてなかったら起きあがったときに吹き飛ばされちゃうけど、のどに刃持っていってたら動けない。
ゆいもどうすることもできないのかどんどん悔しそうな顔になっていって、
「……降参だ」
「♪」
「勝者っ、氷河!」
ゆいも審判も認めて、わたしの勝ち。それに口角を上げて、ゆいと見つめ合ったままその人が来るのを待つ。
「……なかなかこれは恐怖だね」
「もうちょっとー」
「終わりにしても良いじゃないか」
「龍が心配しちゃうから…」
もうちょっと、って首をかしげたら苦笑い。うん、うちの過保護がほんとにごめんなさい。
早く来てーって心の中で思いながら、
「刹那」
大好きな声が聞こえて、反射的にぱっと顔を上げたら。
大好きなヒトではないけれど最高なものが見えてしまった。
カリナたちと入れ替わりで入ってたところ。
ユーアとウリオスの試合。
なんと二人もふもふしながら押し合いしてるじゃないですか。なにこれ最高なんですけど。
「ゆいっ、ゆい見てあれっ」
「どうした氷──待て待て待て氷河それはいけない刃がっ刃が僕の首に進んできている」
「すごいの、あれかわいいのっ!」
「気持ちはわかった氷河、ちょっと落ち着こう落ち着いてその刃を収めよう」
「あっ、見て、見て! ユーアがっユーアがねこぱんちっ、ぺしって! やばい、やばいのっ」
「氷河僕の首もやばいんだ見てくれこっちをっお前興奮して揺れる度に刃が僕の首にサクサク当たってるんだっ!」
「首のけぞって見てっ」
「首のけぞったらもれなく刃が刺さってくるんだが!?」
「そんなことしないからっ」
「現に手前まで来ているからっ!」
「何しているんだお前達は……」
指さしながら感動を伝えてたら、後ろからおなかに手が回ってきてぐいって引っ張られる。前に夢中だけど引っ張られたのはわかって、それから逃げようとした。
「まだ終わってないのっ」
「炎上頼む痛い頼むから痛い」
「刹那」
大好きな声がもっかい聞こえて、もふもふな二匹からぱっと後ろに振り向く。
目の前には大好きなヒト。
自然と口角が上がって、
「もふもふ…」
「残念ながら俺はもふもふではないからな。終わりだ」
言われたとたんにすとんと力が抜けた。
「おわり?」
「終わり。俺とエルアノの番」
ぱちぱちまばたきしてから、言葉を飲み込んで。
「おわり…」
魔力を解除して、氷刃を消す。下に目を向けたらゆいがとってもほっとした顔してた。
「だいじょーぶ?」
「基本的には大丈夫だったんだが氷河の最後の大興奮でやばかったね」
そうだよそれ。
「そうもふもふ見て…」
「炎上、僕は氷河とどう意思疎通をしたらいいのかよくわからなくなってきたよ」
「安心しろ、長年いる俺でもときどきわからん」
「話はちゃんと繋がってる…」
ねぇどこがって顔しないで。ちゃんとつながってるじゃん。
というかそんなことより。
ゆいの上からどかされながらまた前を見る。
そこには天国。
もふもふ二匹がまだぺしぺししながら戦ってるじゃないですか。
「ねぇあれ最高じゃない…?」
指をさせば今度は二人とも見てくれる。二人とも口ゆるみそうになってるよ。ゆるめていいんだよ。
「本能のままに口をゆるめてごらんなさい…」
「そういう氷河も緩めてみたらいいじゃないか」
「今ゆるっゆるですけれども…」
わぁゆい、うそだろって顔しないで。地味に傷つく。
『炎上さん』
「ん」
ぷくってほっぺふくらませながらまたもふもふ天国見てたら、エルアノの声が後ろで聞こえる。
あ、待ってやばいちょっとあの押し合いなにあれ。
あっ、あっ、やばい。
「見てあれやばいしりもち、ユーアしりもちっ」
「氷河気持ちはわかった、とりあえず交代だ」
「写真とりたいっ」
「氷河ー移動だぞー」
「待って待ってあと十秒っ」
「炎上」
「好きにしろ」
後ろでほらってリアス様が言ったから、反射的にリアス様がいる方を見た。足元のエルアノから視線をあげてったら、あっちって言うみたいに指さしてる。
それを、追うと。
なんと試験官のヒトもユーアとウリオスのところガン見じゃないですか。見るよねあれ。わかる。
『ちなみに試験官だけでなく他のスペースの方々も見ておりますわ』
「わ、本当だ」
「もふもふは世界を救う…」
「バカなこと言っていないで目に焼き付けたら早めに移動しろよ」
「ちょっとあれをバカのことって言うのはよくない…」
「俺はあれではなくお前の発言をバカなことと言っただけだからな」
それはそれで大変心外なんですけど。
「あとで覚えておいて…」
「安心しろ、俺はお前に関することは忘れない」
「それはよいこと…」
「仕置きをしたいなら移動して向こうで作戦でも練ってろ」
「んっ」
頭ぽふってなでられて、うれしくなって口角あげながらうなずく。冗談で言ったお仕置きは置いといて、リアス様に言われるがままに歩き出した。
「ゆい、行こー」
「うん」
「祈童、出口付近まで行けば蓮か華凜がいる」
「わかった」
後ろで「お願いしますね」ってエルアノがあいさつしてるのを聞きながら、目はもふもふ天国へ。やばいあれさっきからやばいしか言ってないけどほんとにあれはやばい。
「あの押し合いやばくない…?」
「僕はさっきの尻餅が良いと思うけれど」
「あれも最高…。おしり着いたときにもふって効果音聞こえるよね…」
「残念だがそれは聞こえないな?」
「えぇ…?」
たぶんゆいも向こう見ながら、二人でゆったり出口の方に歩いてく。あっ、ウリオスがっ。
「あれなに羊パンチ…?」
「対抗してユーアも猫パンチし出したぞ」
「ウリオスも負けてない…」
二匹で交互にパンチしてってるなにあれ最高なんですけど。
「かわいい…一生見てられる…」
「氷河見ろ」
「見てる…」
「そうだなすまない、ただしっかり見ろ、あの二匹のパンチのタイミング」
「タイミング…?」
言われた通り二匹の手をじっと見る。
お互い交互にパンチしてたのが、たまたまユーアが連続でパンチモーションに入って。
向かい合った手を上げて、二匹ともそれをそのまま振り下ろしたら。
なんとタイミングが合いすぎてハイタッチになったじゃないですか。
静まりかえった演習場の中でさりげなく「ッパァン」みたいに鳴ったじゃないですか。
天国ですか??
「奇跡のハイタッチ…」
「氷河、僕は今腹筋がやばい」
「わたしは表情筋がやばい…かわいすぎる最高…」
「もう一回見たいねあれは」
「わかる…龍にも見せてあげたい…」
たぶん見てないよねってリアス様の方を見る。
あ、後ろ姿だけど肩震えてるな?? 奥のエルアノも羽で口元隠してるな? しっかり見てたね最高だったね。
「みんなしっかり見てた…」
「今審判も釘付けだから演習自体止まってしまったな」
「やっぱりもふもふは世界を救うよ…」
「あのもふもふに埋もれればどんな悪者でも改心というわけだね」
それは改心せざるを得ない。
「わたしが悪者になったらユーアかウリオスつれてきて…」
「炎上はいいのか」
「龍もふもふしてない…飛び込むけど…」
「改心はしないと?」
「その前に龍だったら進んでわたし側につくよね…」
「あぁ……もれなく愛原も行くね」
「蓮は誘ったら”おもしろそー”って来そう」
「お前たち四人では世界が危機だな」
「わたしがやめるって言えばたぶんやめるから崩壊する前にもふもふつれてきて…」
「全国のもふもふ種族を集めよう」
二人でユーアとウリオス見ながら笑って。
「あっ奇跡のハイタッチ二回目っ」
「まじかスマホ持ってくれば良かったな」
奇跡のハイタッチ第二回をガン見しながらスタジアムを出て、ゆったりした歩きでカリナかレグナがいる出口に向かった。
『クリスvs結』/クリスティア
クリスティアが好きそうな毛物バトルは最終的に時間制限まで続き。
「……始めるか」
『えぇ、そろそろ』
結局演習場内の全員で見てしまっていて、二匹が退場したことでやっと視線をそれぞれの対戦相手へと戻した。魔力を練って短刀を出し、左手で遊びながら前を見据える。
「だいぶ待たせて悪かったな」
『いいえ、教えてもらう身ですから。機会をいただけただけでも光栄ですわ』
エルアノとの演習。教習も兼ねてやりたいとのことだったので、先月のクリスマスやら誕生日やらで忙しいときは遠慮させてもらい、本日に。こちらの都合で遅らせてもらったのに謙虚に返してきたエルアノには礼を言い。
「炎上、エルアノペア始めっ」
ようやっとこちらに顔を戻した審判のかけ声で、エルアノが羽ばたいた。
地面から俺と同じくらいの高さまで飛び、ぐるりと周りを大きく回るように飛び始める。
スピードはクリスティアと五分あたりだったか。まともに追っても追いつけはしないのでその場で短刀をいじりながら待機することを決め、視線だけはエルアノ追う。
ぐるぐると相手を惑わすように回っていき、頃合いを見て後方あたりで気配が止まったと同時に魔力を感じた。
【フレアバースト】
振り向けば、詠唱と同時に武闘会で撃ったものよりかは小さい火の玉がひとつ飛んでくる。そうして撃ったと同時にエルアノは羽ばたき、また相手を惑わすようにぐるぐると周り始めた。
「……」
なかなか素早い火の玉は体重移動で避けて、まだエルアノの様子見。
向こうはしばらく周りを回って、また後方で止まった。再び振り返れば魔術を撃つ準備中。
「止まっていると的になるぞ」
左手で遊んでいた短刀をエルアノに当たらないぎりぎりのところへ投げつけた。
『っ』
本人はそれで集中がとぎれるのか、魔力の流れが切れてまた羽ばたき始める。そうしてぐるりと何度か回って。
また後方へ。
その後魔力がまた練られていく。
あぁこれはなかなか。
「典型的な教科書通りの動きだな」
振り返り、慌ててその場から離れようとしたエルアノの元へ行くため、魔力を練る。視線の向きは左。集中がとぎれたのか魔力が練る感覚も切れている。
息を吐いて、ひとまずぶつからないように。
彼女のスピードから逆算してそこへテレポートで飛べば。
『っ!』
思った通り、彼女の一歩目の前にやってこれた。不意打ちに驚いたエルアノは急いで後ろへ下がる。それを追うように一歩踏み込み、魔術を展開。
「エルアノ」
本気でとはしないが、きちんと声かけも忘れずに。
下がっていくエルアノがちゃんと止まれる場所で。
「それ以上行けば刺さる」
『っ!?』
声をかければびたっとエルアノは反射的に止まった。驚いて俺から目を離せていないエルアノに、確認を促すよう彼女の後ろを指さす。
俺の指示通り、ゆっくりと後ろに向けば。
『……な、んですの』
先ほど展開させた刃の数々が、あと数ミリでエルアノを貫こうとしていた。再びこちらを向いたエルアノには一般的になるような恐怖心はなさそうで、別の感情が彼女を支配している様子。
ここからどうすればいい、と。
それを表すようにエルアノの目は右往左往し、どこに行けばいいのか、このあとどう動けばいいのか迷っているようだった。
手元に再び短刀を出して。
「教科書にはこんなこと書いてないだろう」
言えば、エルアノの意識はこちらに向く。そんな彼女に問うた。
「戦術の基礎は?」
一瞬驚いた顔の後。
『……相手の不意を打つため背後へ。相手の周りを動き回り錯乱させて隙をつくのが効果的。動き回ることで相手から捉えられることも免れられ、戦況を有利に支配できる、と』
すらすらと述べたのはやはり教科書通りのこと。
「間違ってはいない」
そう、間違っては。
「戦闘をするのであれば相手の背後は基本。後ろに目はないのだからな。突然襲撃されれば何もできずに攻撃を受けることだってある」
故に。
「だからこそ一番警戒を持つ場所でもある」
『……!』
「ましてや対一にもなれば背後に回った瞬間に警戒度はマックスだろうよ。目の前の戦闘に熱中しただとか、最後の不意打ちにというときくらいしかおすすめはしない」
次。
「相手の周りを動き回るのはまぁ得策とは言える。相手から捉えられるのも免れられるのも確かにそうだ。お前のスピードなら翻弄も可能だろう。だが一方向に行きすぎ高さも一定で逆に動きが読める」
『……』
「せめてランダムに動くだとか、お前でしか狙えないような頭上から行くだとか、もう少し方向を変えた方がいい」
最後。
「あとは魔術に集中しすぎだな」
『改善点ばかりですわね……』
「物持ちがいい分目立つんだ」
スピードも魔術の強さも、さすが金糸雀の一族かと言えるほどポテンシャルはあるのに。
「相手を本当の意味で翻弄できれば小柄だろうが打撃力がなかろうが勝てるものだと俺は思っている」
『氷河さんのような方、ですか』
「あいつは打撃力が一級品だから数にいれんでいい」
おい今どっかしらでメキッて音聞こえたぞ。そういうところだそういうところ。
ひとまずなかったことにするため咳払いをして。
エルアノを見据える。
「とどめの一手のために相手の意識をどこまで逸らせるか。それだけで変わるんじゃないか」
こういう風に。
笑んで、納得した顔のエルアノの前に。
一歩大きく踏み込んだ。
『っ!!』
首元に刃を突きつけてやればひくりと喉がひきつる。
「話に夢中で戦闘中だということを忘れていただろう?」
『っ、ただ、指摘をしてくださっているだけかとっ……!』
「詰めが甘い。戦場に立ったなら相手か自分が死ぬまで油断はするな」
ヒトのことは言えないけれど。
自嘲し、さらに刃をエルアノの喉に突きつける。
さて、と。
「ここからの打開策は」
聞けば、エルアノは再び考えるため視線を右往左往させる。
喉元に刃、後ろに下がっても刃というなかなか絶望的な状態でも恐怖に支配されず考えられるのはなかなかだと思う。そこは後でほめてやるとして。
「残り五秒で刺さるぞ」
戦場じゃこんな考える時間も与えられはしないので。また少し刃を進め、促す。
「五」
残された時間の中でも考える彼女の視線は左へ。
「四」
今度は右へ。
「三」
下に行き。
「二」
ぎゅっと目をつぶって。
「一」
意を決したように。
『降参、ですわ』
ぽつりとこぼれた声に、審判を見れば。
「勝者、炎上!」
終了の合図をもらったのでようやっとエルアノを解放する。いつもなら相手は地面にへたりこむが、エルアノは行儀良く俺の目の前で羽ばたき、頭を垂れた。
『感謝しますわ炎上さん。とても勉強になりました』
「お前のそういう怖じ気付かないところはすごいと思うぞ」
『お褒めに与り光栄ですわ』
笑って、震えもなにもなく。退場するためいつも通り羽ばたいていく。その後ろ姿を追って行った。
隣へと着けば。
『今度はアクションものの映画を……いえ戦争ものの方が動きはわかるでしょうか……』
早速次のためなのか、ぶつぶつと勉強のものを考えていた。
「……勉強熱心だな」
『いざというとき何もできないのでは金糸雀の名に恥じてしまいます。どんなときでも完璧にこなせなくては』
「……完璧、な」
これは真っ先に死ぬタイプだなと、今まで戦場を見てきて思う。
再び何を見るかだとか図書館に行こうかだとか呟き始めたエルアノへ。
「物事は教科書通りには進まないからな」
言えば、驚いたようにこちらを見た。それに呆れた顔になってしまう。
「……まさかすべてのことに答えが一つだけだとでも?」
『そう、いうわけでは、ありませんが……』
「実戦なんて特にそうだろう。戦闘だけじゃない、単なる運動だとかそれこそ料理だとか」
『家では勉強尽くしだったもので、あまり実践というのはありませんわ』
なるほどそれはここまで凝り固まるわけだ。
から笑いして、前を向く。
ふと目に留まったのは、いつだって教科書通りにはなってくれない愛しい恋人。
「……少し」
『はい?』
「少し刹那と行動を共にしたらどうだ」
笑守人は授業が分かれているのでずっとというのはできないけれども。
「お前の凝り固まった考えを柔らかくしてくれる」
言いながら散々柔らかくさせられた過去を思い返して半笑いになってしまった。
『……お顔を見る限り、氷河さんに柔らかくされたと?』
「それはもう」
自由だわ言うことは聞かねぇわ、教本にあるものを作れと言えば自分の中で改造して「こんなもの作ってみた」と言い出すわ、テストの回答だってお前教科書丸暗記しろと言っただろと言いたくなるほど雰囲気回答になってるわ、他にも数知れず。
「……知識だ何だというのは俺や蓮、華凜あたりが確かに妥当なんだろうがな」
自分でも認めるほど知識はある方だとも思う。長年生きても来たし、生き抜くため、守るため。
「散々勉強もしてきた。だからこそ考えは凝り固まる」
あれはあぁではないといけない、これはこうしないといけないと。
「知識はもちろん必要だ。知らなければ対処できないことも多々ある」
けれど。
「知識を使うにはある程度柔軟性も必要だと、あいつといると思う」
その得た知識を使って「どうしていくか」。
「お前も知識はある。ただその”どう使うか”が足りない。知るには机の前に座っているだけじゃ学べない」
『……』
「お前の気が向いたときにでも構ってやってくれればいい。あいつ毛並みのきれいなビースト好きだからな」
ときおり虚しくなるほどに。段々あいつに腹立ってきたな。今日の行動療法で少し発散してもいいだろうか。
なんて若干邪な考えに行きかけたところで、隣のオレンジ色が頷いた。
『わかりました。勉強させていただきます』
「勉強の考えで行くと消耗するぞ。遊び感覚で行ってやれ」
『頑張りますわ』
人一倍の向上心に関心し。
「りゅー」
「うぐっ」
本日も言うことを聞かず突撃してきた愛しい恋人への長年の仕返しはどうしてやろうかと。
そっと心の中で笑んだ。
『リアスvsエルアノ』/リアス