未来へ続く物語の記憶 February-II

 二月二日、今月最初の金曜日。

 当日発表の武闘会。俺たち同級生上級生メンバーのうち本戦に勝ち上がったヒトで最初に選ばれたのは。

「龍がんばれー…」

 我らが王子・リアス。

 放課後の演習場スタジアム中央で、選ばれた親友の顔はちょっと不安げ。

 そりゃそうだよね。

「……ヒトすっごく多くない?」

 予選とは比べものにならないくらいヒトが多いので過保護のあいつは当然心配。一応俺の腕の中にクリスティア収めてますけども。警戒もしてますけども。俺もカリナもやっぱり不安は隠しきれない。
 カリナを挟んだ奥の陽真先輩に聞けば、ちょっと困ったように肩をすくめた。

「まぁ本戦ともなりゃあなぁ……決勝はもっとすげぇんじゃねぇの?」

 なぁ? って陽真先輩は隣に目を向ける。武煉先輩を挟んだ先にいるフィノア先輩は頷いて。

「そりゃあ毎年すごいわよぉ。去年は特にすごかったんじゃないかしらぁ。モニタールームまで解放されたもぉん」
「うわぁ龍死にそう」
「現段階で顔色悪いですものね」

 指をささなくてもわかるよ妹。今日はすぐ終わりそうだなこれは。

「決勝に知り合い出るなら行きたいんだけどね」
「ねー…」

 腕の中のクリスティアに言えば少女みたいな親友はこっちを向いて微笑む。今日はリアスだからご機嫌だねクリス。ちょっとお前の恋人死にそうだけどね。苦笑いをして頭を撫でれば、ちょっと離れたところにいる閃吏がひょっこり顔を柵から乗り出して上級生に聞く。

「えっと、モニタールームとかもやっぱ混みますか?」
「そうねぇ。去年の決勝、演習場向かうときにちらっと見たけどぉ、イスに座れない子たちもいたんじゃなかったかしらぁ」
「どこに行っても炎上は死にそうだね波風」
「あはは、そーね」
「動画配信とかすればいいんじゃないかしら! 家に帰らなきゃいけない生徒も見れるわ!」
「蜜乃ちゃんあたりに言やあオッケーしてくれっかね」

 隣の妹の目が輝いたからこれは直談判する気だな。

《それでは本戦第二回戦を始めます》

 そろそろ愛原家を潰すなよと願いながら、掛かったアナウンスにスタジアムへと目を落とす。

 今日の相手はヒト型ハーフ。

 手元に槍を出して構えたのを見て、リアスも短刀を構えた。

 そうして少し向かい合った後。

《はじめっ》

 合図のアナウンスで、互いに走り出す。

 金属音を奏でながら刃を合わせて、リアスが踏み込んで押していく。

『炎上クン頑張れー!』
『ファイトですー!』
『嬢ちゃんが見てるぞー!』

 ウリオスの声援に笑いそうになりながら。

「……」

 演習場内にいるほとんどのヒトがスタジアムに夢中になってる中。

 俺は少し周りを警戒。

 クリスティアの頭に乗せた両手にあごをついて、いかにもスタジアムを見ている風な雰囲気で後ろに意識を向ける。

 さすがに本戦中だからあんまり足音らしいのはないな。基本的に歓声ばっかり。若干ぴりっとするのは来るときに見た警備のヒトか。杜縁先生が手配してくれたやつ。
 今んところ耳に響くのはヒールっぽいこつこつした音くらいかな。すぐ止まったけど。

「……」

 話し声の方に意識向けてみても、だいたいが頑張れだとか分析とかそこら辺だな。なんかときおり「あの人かっこいいね」って声が聞こえるけど一旦置いとくか。いや置いとくか? そういう気持ちがあの変な視線になる的な? ならあれはやっぱリアスが標的かな。

「わっかんねー……」
「なにがー…」
「なーんも」

 上を見上げてきたクリスティアには笑って返して、目だけスタジアムに戻す。リアスはちょっと離れたとこに飛び退いてるところ。あいつ絶対今魔力練ってるだろ。炎舞滅永葬だけは撃つなよ相手死ぬからな。

 その念は届いたのかはわかんないけど。

【ミーティア】

 リアスは手を頭上に掲げて魔術を発動。ミーティアって確かあれじゃなかったっけ。

「あれって刹那に流れ星見せようってやつの魔術じゃなかった?」
「あーー、ありましたね。天体観測ブームが来たときのでお遊び用だったはずですけど」
「龍クン意外とお茶目だよな」
「ロ、ロマンティックかと……! 星観測は素敵なイベントです……!」
『ロマンティックかどうかは置いておきまして、お遊び用ということは戦闘向けではないんですか?』
「そうそう。家の中でも流れ星ができるーみたいなおもちゃあんじゃん。当時はそれ使わずにやっててー」

 当時見たときは、

「決してあんな隕石級のでかいものじゃなかったんだよ」

 すげぇな親友、それミーティアじゃなくてメテオだよ。お前の頭上に出現したでっけぇ岩みたいなやつに対戦相手もびっくりだよ。

「……波風、炎上はあれを」
「撃つ気じゃないかなー……」
「華凜、君の幼なじみのミーティアは戦闘向けでは」
「なかったはずなんですけれどもねー……」

 こっち見ようよ親友、俺たちほとんどが苦笑いだよ。魔術云々関係なくなるけどお前見て喜んでるのクリスティアくらいだよ。

『あっ、対戦相手サン出てくみたいだよ!』
「そりゃ出て行きたくもなるわよねぇ」

 ティノが指さした対戦相手のお方はわたわたしながらスタジアムの外へ走ってく。

「あれ撃つのかしら?」
「いやさすがの炎上も撃たないんじゃないか?」
「えっと、撃っちゃかわいそうじゃない?」
「ぉ、大けがどころじゃす、すまないかと……!」
『けど旦那、ぜんぜん魔術しまわねぇぜ』
『相手が完全に出るまで牽制のおつもりですっ』
『最後まで気を抜かないというのはさすがですね炎上さん』

 それを聞きながら、俺から区切った先の上級生と幼なじみは、半笑い。

「……蓮クン、アレさ」
「陽真先輩たちもわかった?」
「だんだん手が前に傾いていっていますわよね」

 あいつ確実に撃つ気だよね。

「全治三ヶ月あたりかな」
「粉砕骨折じゃなぁい?」
「再起、不能…?」

 すっげぇ俺からカリナ側のヒトたちから物騒な言葉しか聞こえてこない。

 その間にもどんどんリアスの手が傾いてく。若干ケガの考慮してゆっくりめなんだろうけども、相手は恐怖しかないよね。

 誰かも知らないけれど相手には申し訳ないなと心の中で合掌して。

 撃った瞬間に同級生たちが叫んだのに耳を抑えながら、メテオが落下していくのを見送った。

《勝者、炎上!》

 メテオが落下してスタジアムと双方の安全確認がされた後、アナウンスが掛かる。とりあえずびっくり案件はあったけども。

「りゅー勝ったー」
「今回はさすが、早かったですわね」
「陽真先輩たちと当たったときもこんな感じなんじゃない?」
「まぁ手っ取り早くってのには乗るケド?」
「負けるのはいただけないね」

 隣合った二人で近距離で見つめ合うとうちの女子が興奮するからやめてあげて。苦笑いをしてからスタジアムの方に目を戻す。ちょうどリアスもこっちを見てた。

「テレポートでもすっかな」
「どこか空けとくか?」
「んや、たぶん俺の後ろに──」

 言いながら祈童の方を見た瞬間。

 ぞわっと背筋に寒気が走る。

「華凜」
「はいな」

 リアスを呼ぶのはカリナに任せて、クリスティアを強く抱きしめてすぐさま俺はその寒気を感じた後ろへ目を向けた。閃吏あたりから「どうしたの」と声がかかるけれど、ひとまず置いとかせてもらって。見慣れた金髪がやってきたのを横目に入れて、クリスティアは解放してから音に集中した。

 歓声とは違ってこのあとどうするだとかの声が飛び交う。武闘会が終わったことで足音も増えた。

「……」

 それに混ざってしまったのかは、明確じゃないけれど。

「それっぽいのはいねーな」
「うん」

 一緒に探してくれてた陽真先輩たちに頷く。

「さすがにこうもヒトが多いと探せませんね。この前から後ろというのだけはわかるけれど」
「きょ、今日は私も感じました……!」
『わたくしもですわ』

 前回感じなかった二人がそう言ったので。

「道化たちは?」

 俺たちとは少し離れた道化やティノたちに聞く。

 けれど、祈童以外はみんな首を横に振った。

 それに苦笑いをこぼして、リアスを見る。

「こっち側かね」
「……かもな。刹那は」
「?」

 リアスがクリスティアに聞くと、彼女は話自体がいまいちわかっていないのか首を傾げた。それがすでに忘れたことなのか、ほんとに感じていないのかはちょっとわかんないけれど。

「……江馬先生とか杜縁先生に本格的に相談しますか」
「……そーね」

 妹に頷きながら、未だに感覚が残る背中をさする。

 今のところ上級生かうちの幼なじみ女子組かってところっぽいんだけど。

 それにしても妙に、今回嫉妬みたいな感じがしたような……?

 気のせいかとも思いつつ、今度リアスにも共有しようと。

 クリスティアが昔よく言っていた「気持ち悪い」感覚から逃れるように、緩く首を振った。

『リアス本戦・視線感じたレグナ』/レグナ


 愛しい恋人の手に口付ける。

「っ」

 自分の唇が触れる度に、どんどん反応が敏感になっているのが可愛らしい。

「んっ」

 甘ったるい声も心地いい。
 左手から始まって、最近ではもう当たり前になった右手も少しずつ口付けていって。
 手の甲から腕へ突入し、また一つ口付けを落とす。

「り、ぁす」
「うん?」
「っ」
「きついか」

 見上げて聞けば、ふるふると首を必死に横へ振る恋人。目だけで強請るように見つめられて、喉がこくりと動いた。

 ふっと息を吐いて平常心を保ち、ひとまずきつくはないということで進めていく。

「んっ」

 ただ。

「ふ、…っ」

 口付けを落とす度に揺れる体が本当に目に毒である。いろんな意味で大丈夫なのかと心配したくなるほど。

 様子を見てみても彼女自身が言っている通り怖さはないようだけれども。

「っ、んぅ」

 甘ったるい声にこちらが気が気じゃない。

「……お前本当に平気か?」
「ふぁ?」

 待てお前そのとろけきった顔で俺を見るな。呼んだ俺が悪いけども。

 平常心。

 再度ふっと息を吐いて。

「……声が妙に上がる」
「…」

 小さく呟いた声を拾った恋人は、こてんと首を傾げながら考えている様子。

 そうして数秒、ふわっとほころんだ。

「なんか、きもち?」

 こいつ男のツボ知りすぎてないか??

 一瞬本能で浮かしかけた腰はなんとか踏みとどまり、立ち上がるために力が入った足の力を抜く。

 気持ちはわかるが早ってはいけない。

 一回でも間違えれば忘却エンド。もしくは拒絶。

 それだけは絶対に頂けない。

 最近脳内にゲームの選択肢が頻繁に浮かぶようになったのはもう一人のゲーマー友人の影響か。

 今回は勝手に決められることはないことに安堵だけして、するりと腕を離す。

「りあすー…?」
「一旦今日はここまでで頼む……」

 情けない自分の口元を覆い、見上げて告げれば。

 少女のような恋人はぱちぱちと瞬きをして、こてんと首を傾げた。未だに夢見心地なのか、よくわかっていない様子。

 小悪魔的なのにそれすらも愛おしいのは恋人故か。それとも自分がただ甘いだけなのか。相変わらず答えは出ない。
 ひとまず出ている答えは、これ以上はやばいというものだけで。

「今日はここまで」
「ん…」
「抑えがききそうにない」

 そう言えば、さっきとはまた違った意味で顔が赤くなる小さな恋人。恥ずかしそうに視線を逸らした彼女に、いっそこのままできればと思うのは何回目だろうかと軽く溜息を吐いてしまった。

 それを聞き逃さないクリスティアは、すぐにぱっと顔を俺に向け、手を伸ばしてくる。

 まるで「ごめん」というように、今度は眉を下げて。

 しまったと思いつつも、最近徐々に他の問題も上がってきたことで。

「ん」
「…」

 今回は否定をするでもなく、ただただその冷たい体温を受け入れた。
 うりうりと首元に擦り寄ってくる恋人を抱きしめ、背中を緩く叩きながら、思考はつい先日浮上した問題点へ。

 俺の抑えがきかないこともある意味問題点だが、どうしても気になる。

 レグナが感じた寒気。

 それに嫉妬のようなものを感じた、と。

 カリナや陽真、あとは今回視線を感じた雫来達に話は聞いたものの、視線を感じただけでレグナのように「嫉妬」のような明確な感じではなかったと。
 元々は上級生達への私怨だとかもいろいろ考えたが。

 比較的クリスティアと似てそういうのに敏感なレグナがそれを感じたということは、どちらかというと恋愛ごとだとかで考えてもいい。
 対象は未だに不明。レグナがたまたま嫉妬の念を敏感に察知しただけで、向けられたのは別の者かも知れない。

 ただまぁ、

「……」
「…?」

 身を離してこてんと首を傾げたこの恋人が多少可能性が高いと踏んでもいいとは思う。
 体育祭や文化祭で彼女のヒーローっぽさは好感度を上げているのだから。外部の奴らは確かにしっかり見ているわけではないだろうが、陽真達が言っていたようにモニターがあるのだからいくらでも見れるだろう。

 行動療法の件でただでさえ問題は山積みなのに、そちらの警戒も怠れない。

「りあすさまー…?」

 黙ったままの俺に首を傾げたクリスティアの目元をくすぐってやれば、くすぐったそうに身をよじる。
 そうして蒼い瞳で俺を見て、愛してると言うように抱きついてくる。

 それだけで多少の心労は落ちていくけれど、不安が拭えないのも確かで。

「……いっそまた閉じ込めた方が楽かもな」

 思わず、こぼれてしまう。

 それをどう受けとったのか、真意まではわからないけれど。

「…りあすがそうしたいなら、いい…」

 こういう場面で大人な彼女は、どこまでも俺の求めた答えを言う。相変わらず成長しない自分に自嘲しながら、彼女には首を横に振った。

「冗談だ」
「リアス様の冗談は冗談に聞こえない…」
「人のことは言えないだろう……」

 ほとんど表情の変化もないくせに。

 そう頬をつねってやれば、不服そうに俺の頬をお返しと言わんばかりに引っ張ってくる。子供のような恋人が愛し──待て待て待とうかクリスティア。

「お前その力加減はやばい」
「か弱い女の子のかわいいつねり方…」
「どこがだ──待て両方はやめろ俺の頬が死ぬっ」
「じゃあ離して…」
「お前が先に離せ」
「リアス様のも地味に痛いんですけどっ…」
「俺のは正当防衛だ」
「クリスのも正当防衛…」
「クリスのは明らかに過剰防衛だろう」

 互いに頬を引っ張り合いながら睨みあうこと、数秒。

 ふっと同時に頬から手を離した。

 普通ならこれで終わりとなるが俺達の場合はそうでなく。

「とりあえず風呂行ったら覚えておけよ」
「痛くて眠れなくしてあげる…」

 一次休戦というだけで、互いに納得するまでやめる気はもっぱらない。ひとまず九時という、時間も時間ということで風呂に入る準備だけをし出す。

「今日こそはか弱い女の子って認めさせる…」
「そろそろ諦めたらどうだ」
「こんな小柄な女の子がか弱くないなんてないっ…」
「小柄だけは認めるんだがな……」

 手を振り上げるな下ろせ。

 とがめるように額を小突いてやり、先に着替えを持って風呂を貯めるため浴場へ向かう。その間にもクリスティアは俺の後ろからべしべし背中を叩いてきた。

「お前風呂のあとのアイス無しにするぞ」
「食べ物はずるいっ…!」
「食いしん坊は大変だな」

 他人事のように笑って、たどり着いた浴場に着替えを置き、風呂場に入って湯を開ける。今度はご機嫌を取るかのように腰に抱きついてきたクリスティアの頭を撫でてやりながらまた歩き出した。恋人は未だご機嫌取りで俺の腰に抱きつき、若干体重を掛けてくる。

「重い」
「クリス体重軽い」
「クリスの体重が軽いのは知っているが歩くときに重心掛けるな。歩きづらい」
「アイス」
「アイスは俺に勝ったらな」
「ずるいっ」
「ずるくない」
「物理なら勝てるのに…」

 おい聞こえてるからな。

「か弱くない自覚があるじゃないか」
「か弱いけどみんなのヒーローは悪に立ち向かう…」
「誰が悪だって?」

 リビングに戻る途中で口を掴んでやれば、俺だというように腕をべしべしまた叩いて来やがった。負けじと口を掴む力を強め、互いに半笑いで睨み合う。

「恋人のかわいい口ふさぐのはリアス様だけっ」
「可愛いのは認めるが時折この口が可愛くねぇんだよ」
「こども」
「ヒトのこと言えねぇだろうが」

 そう言うと口を塞いでいる俺の手をずらすクリスティア。なんだ反論かと思えば。

 さりげなく歯が見えるじゃないか。

 やめろお前その力でいったら骨砕けるわ。

 即座に手を引っこ抜き、その手で恋人の頭を押さえる。

「お前そろそろ自分の瞬間攻撃力だけは認めろっ!」
「なんで噛むと思ったのっ、キスするかもしれないじゃんっ」
「キスするときに歯を見せる奴があるかっ!」

 リビングに戻らずその場でじゃれ合いつつ、彼女のたくましさにも溜息が出る。ここまでたくましいと時々俺の過保護なんて必要ないよなと実感させられるほど。

 むしろ。

 力を弱め、クリスティアを見る。突然終わったじゃれ合いにクリスティアは俺を見上げ首を傾げた。

 その少女のような恋人に。

「……今俺達がどうしようかと考えている輩はお前が簡単に殺しそうだな……」
「意味わかんないんですけど…」

 遠い目で言えば、唐突すぎる言葉に彼女から若干同情の目を向けられた。

 ティノが言う話し合いもこのたくましさがあれば乗り越えていけるのではないかと、ほんの少し進むことに気持ちが傾いて。

 ひとまずもう少し考えて行動に移すかと、心配そうに俺に手を伸ばしてきた恋人を腕に閉じこめた。

『二月の行動療法①』/リアス


 週明けの月曜日のお昼休み。本日はカップルとは離れ、裏庭ではなく職員室へと歩いていると、スマホが鳴りました。もう当たり前になってきたその対戦者通知を開いて見て。

「……どうしましょうか」

 見知った文字に、隣を歩く兄へ困ったように微笑みました。

「あら〜」

 ひとまず観覧は過保護本人が決めるでしょうと一旦置いておくことにし、レグナと共に職員室へ。

 広い室内を見回し目的のヒトへと向かっていけば、我が担任江馬先生はにっこりと笑い。

「ちょうどよかったです~」

 そう言って私たち双子を手招き。ちょうどよかったとは何かしらと一度兄と目を見合わせてから先生のテーブルへ行きました。

「えぇと江馬先生、ちょうどよかったとは……」
「視線や寒気の件であなた方にいろいろお話ししたいことがありまして~」

 また兄と顔を見合わせてから、江馬先生へ。

「我々もそのご報告をしに参りましたわ」
「金曜日の件なんですけど」
「そちらも踏まえてですね~。先に陽真や武煉から報告が上がっているのですが~、波風くんに至っては寒気も感じたと」

 あのお方たちもう報告いってたんですか。相変わらず早いと驚きつつ江馬先生に頷くと彼女は一度腕時計を確認。

「それでは~。まずあなた方は移動にテレポート使えますよね~」
「えっ、はいな?」
「でしたらお昼休み五分前まで行けますね~。今からざーっと三十分」

 近くにあったイスを二脚引き寄せ、私たちに座ることを促したのでお言葉に甘えて座ると。

「え」
「え、なにこれ」

 どさっと、我々双子の膝には紙の束が。まっしろい表紙の束にわけもわからず江馬先生を見れば。

「十五分で一通り説明をしますので、ご質問はその後にお願いしますね~」

 同じ資料らしきものを顔の隣に掲げて笑いました。

 有無を言わせず始まった説明会の内容は、我々が感じた武闘会での視線のこと。武煉先輩たちから報告を受けてからここまで江馬先生の方で調べていてくださったと。

 調べてくださったのは大変ありがたいんですけれども。

「内部、外部の可能性はまだどちらかというのは絞れていなくてですね~。この武闘会に紛れてというのもありますので~」

 江馬先生がご用意した資料がたいっへん詳しすぎて双子そろって引き笑いなんですね?? 江馬先生のお話に集中できないくらい詳細すぎるんですね??

 アミューズメントパークの資料も彼女がご用意したというのは頷けますわ。

 まず視線を感じた日付と、だいたいの時間帯から始まり。

 その日の外部・内部観覧参加数、我々が視線を感じたときのおおよその位置やその日感じたメンバー、果てには。

「ここの資料を見てほしいんですけれども~、だいたいのヒトが毎日観覧の参加をしていまして~、その視線を感じたという日に限っていらっしゃってるという方がいないんですね~」

 その視線を感じた初日に参加した人が他の視線を感じた日にも参加しているか否かなどのデータも出していらっしゃる。一応個人情報ということで名前はふせていらっしゃるんですけれども。

「あとは次のページですね~」
「はいな……」
「えーーと……アンケート?」

 現在約十分、言われるがままにページをめくり、ある意味パンクしそうなくらいの情報を脳に飲み込み、またページをめくる。
 目に飛び込んできたのは、武闘会予選が終わって少ししてから行われたアンケート。

「アンケートにありましたよね~、不審なものを見かけたか~とか~、あとはそれ以外に気になったことを~という項目が~。愛原さんたちや~、あとは祈童の子ですね~。あなた方と共に行動されている方々の一部だけがその視線を感じたと言っているんですね~」
「他のヒトはいなかったってこと?」
「はい~。この時期は二、三年生による見回り強化もしておりますが~、不審そうな方々は見あたらなかったと~」
「それはつまり……我々の思い過ごしのような……?」
「たったひとりの証言であればそれも疑いますが~、そういったものに敏感な方々が何回もとなると~」

 双子そろって何回目かわからないけれど視線を合わせる。鏡合わせのような兄は、きっと私も同じなのでしょう苦笑い。

 つまり我々の中の誰かが標的だと。

「しかもその中でですね~」

 江馬先生に視線を戻せば、彼女は困ったように笑っています。いやな予感しかしませんよね。

「恐らくはという推測で申し訳ないのですが~、炎上・愛原・氷河・波風四人のどなたかというのに絞れているんです~」

 予想の答えに顔を覆ってしまったのは私の方。そして殺気が出てきたのは兄の方。抑えてくださいお兄さま。

「もちろん推測ですので確定ではありません~。ただですね~」

 ページをめくる音が聞こえて覆っていた手を顔から外し、私もページをめくる。

 そこには実験結果とのタイトル。

「お話を聞いたときはこの学園の問題児である陽真や武煉、フィノアの線を疑ったんですね~。そこで彼らにはお話を聞いた次の日から毎日違った場所で、そして滞在メンバーも少し変えつつ配置してもらったんです~」

 けれど、と。

「あなた方がいないところでは一切その視線のようなものも感じなかったとの報告を受けておりますね~。また念のために~、そういった不審な魂に敏感な祈童の子にも独自に依頼して~来れるときに確認をとお願いしていたのですが~」
「……そちらもなかったと?」
「あなた方と共にいるとき以外は、ですね~」

 一年最後の最後で大変な面倒ごとですか。もうから笑いしか出ませんわ。今リアスがいなくてよかった。あとあと報告はするけれど卒倒しそう。

「ひとまずの説明はこのくらいですが、ご質問はありますか~?」

 幼なじみの顔色が変わっていくのを思い浮かべながら、ぱらぱらと資料をめくっていく。質問を考えている中で、先に質問をしたのは兄。

「先生?」
「はい~」
「俺たち四人に絞れてるかもーって話でさ、もう少しメンバーって絞れてたりはしない?」

 あぁ確かにそれがもう少し絞れれば動きやすいかもしれません。資料から江馬先生に視線を移せば、彼女は「んー」と指を口元に添えて悩み、私たちに笑う。

「データの統計からいったかなりの憶測でもよいですか~?」
「もちろん」
「そうですね~」

 ぱらぱらと江馬先生は資料をめくり、途中でぴたりと止めた。

「あなた方が視線を感じたというのは昨日も含めて四回。そのうち男性陣が離れていることがあるのが二回……半々ではありますが~、視線を感じたというところでは必ず女性陣がいらっしゃるんですね~」
「……私か刹那かと?」
「そうですね~。ここは本当に半々かと思います~」

 首を傾げれば、江馬先生はまず一つ目、と人差し指を立てました。

「愛原さんの可能性について~。武闘会の外部観覧ですが~、外部から来ると言っても文化祭のように一般参加ではないんですね~。基本が護衛など将来的に共に仕事がしたいという気持ちで来る企業さんがほとんどなんです~。そう考えると~、愛原家のご息女であり、企業の方とも交流のある愛原さんに目が向きそうなんですね~」

 二つ目、と中指を立て。

「次に氷河さんの可能性について~。愛原さんのように交流を持たない彼女は一見外れそうな感じがしますが~、文化祭での一見もありますし~、何より波風くんが感じた嫉妬のようなものが気になるんですね~。嫉妬のようなもの”だけ”を考えた場合は~、波風くんに気があって~というのも考えられますが~、文化祭の件、また視線の先に必ず女性陣がいたというのを考えると氷河さんの可能性も高くなってきます~。この可能性を踏まえてできれば~、不安の種は早々に摘んでおきたいので調査のご協力をお願いしたいんですね~」

 どうでしょうと首を傾げた江馬先生に、レグナと目を見合わせる。

 できればあまり危険なこと──リアスの過保護が加速しそうなことに足を踏み入れたくはない。

 けれど江馬先生の言うとおり早々に摘んでおかないと逆にもっと、というのはあり得る話。リアスもそれはごめんでしょう。それに断ったとしても強制観覧はあと数日残っているので観覧はしなければ行けない。となればその視線と合うこともあるはず。

 共に頷いて、江馬先生を見ました。

「我々にできることがあれば、になりますが」
「ありがとうございます~! 調査と言ってもしばらくはいつものように観覧をお願いするだけですので~」
「それを報告すればいいんだよね?」
「はい~」

 決まったところで、江馬先生は私たちを真剣な瞳になりました。

「いつも通りの観覧をお願いする理由は二つ。現段階で相手がどんな者か、人数、性別などなどすべてが不明瞭になります~。下手に調査で動くと予期せぬ事態ということがあるので、それを回避するのがまず一つ目ですね~。もう一つは、動くことで相手に怪しまれ、結果的に取り逃がしというのを避けるためになります~。特定が少しでも進むまで怖いとは思うのですが外部観覧もそのままにさせてもらいます~。内部調査の準備も進めていますので~その間はあなた方と親しい方のみの情報共有で尾根が死しますね」

 頷けば、江馬先生はその瞳のまま笑う。

「では調査にあたって気をつけてほしいことを申し上げます~。まずは女性は一人にならないこと。勝手に囮というのも現段階ではやめておいてください~。二つ目は都度報告を。些細なことでも構いませんので~」

 最後に。

「なるべくでいいです~。祈童の子を女性陣の近くに置いておいてあげてください~」

 それにきょとんとして、江馬先生に首を傾げました。

「祈童の子って……先ほども言ってらっしゃった祈童くんのこと、ですわよね?」
「はい~。この件が始まったときから独自に依頼しているので~、自然と武闘会では隣にいることがあったと思うのですが~」

 そういえばリアスとレグナ戦のときは珍しくクリスティアの隣にいたような。

「祈童家の方はセイレン様ととても魂が近しいことから~、こと悪い者にはとても敏感なんですね~。特に今年入学した祈童の子はかなり敏感だそうで~。悪い方が現れれば危険察知として働いてくれると思います~。人混みの中に行くときはお願いすると良いでしょう~」
「わ、かりましたわ」
「俺たちからも改めて頼んでみます」
「お願いしますね~。距離が遠くなければ彼が悪い気を追えるので~」

 祈童くんすごすぎでは??

 改めてきちんとお願いしなければと心に決め。

「ではこれにて終わりにしましょうか~」

 江馬先生が時計を見て言ったので、室内の時計を見ればお昼休み終了十分前。

「何か質問は大丈夫ですか~?」

 聞かれて頭の中を探ってみるけれど、とりあえず今は出ないということで。

「ひとまずは大丈夫ですわ」
「またなんかあったら聞きにきます」
「了解しました~よろしくお願いします~」

 資料を返し、江馬先生に一度礼をしてから職員室をあとにしました。

 廊下を歩いていき、授業棟へと向かいながらこれからのことを兄と話す。

「私とカップル組は五限はお休みなので」
「報告お願いね」
「お任せくださいな。みなさまには後ほど共有ということで」
「おっけ」

 調査に入ることより先に難関はまずあのリアスですね。強制観覧があるので拒否権はありませんけれども。

「……大丈夫かしら」
「どの大丈夫?」

 どの。

 どの?

 リアスが卒倒しないか。それももちろん心配ですわね。

 あとは危険が及ばないか。それも心配ですわ。

 けれどぶわっと浮かび上がってきたのは。

「……調査ということで刹那がヒーロー蹴りをしに突撃しないかが大変心配ですわ」

 そうから笑いで言って兄を見れば、想像した兄も遠い目をして笑った。

 まぁまずは先のことよりも目の前のことをいうことで。

 幼なじみが不安にならないよう頑張りますかと、意気込んで前を見据えました。

『江馬先生に相談だ!』/カリナ