ほんの少し気分が悪い。
レグナ達からの報告を聞かされてなのか、それとも日に日に多くなっている気がする人混みからなのか、もしくは両方なのかはわからない。
ただとりあえず。
「大丈夫か炎上」
「炎上君、お水飲む?」
『途中退場であればペナルティなどはないはずですわ。良ければ保健室に』
「……平気だ」
同級生からも心配されるほど顔に出ている自分が心底情けない。
江馬に報告に行ってくれたレグナとカリナが帰ってきて五限のときに話を聞き、だんだんと吐き気を催しながらの武闘会本戦三日目。本日は見慣れたポニーテールがスタジアムに立っている。
それをぼんやりと見つめながら、ただただ腕の中の冷たい体温に感謝してすり寄った。
『いくら調査でもムリしちゃだめだよー?』
「倒れる前には僕か波風に一言頼むぞ」
「そこまではしない……」
さすがにそこまで情けない姿は見せまいと心に誓って。
隣に立つ祈童やその奥にいる陽真とフィノアに目を向ける。
「……こっちの厄介事に付き合ってもらっているしな」
「他のヤツらの見るついでみてーなもんだけどな」
「僕も勉強にもなるし構わないさ」
「蜜乃せんせーにもお世話なってるしねぇ」
その世話というのは問題事かそれとも単に世話になったのか。その真意はひとまず置いておくとして。
「不審な輩の察知は任せろ炎上。人混みの中でというのはなかなか初めてだけれど、役に立つよ」
今回特に世話になるであろう祈童に改めて。
「……感謝する」
恐らく力ないであろう笑みで言えば、喜んでと笑われた。
「あたしたちも力になるわ! 何か来たら任せなさい!」
『ユーアも耳をもっとよくしとくですっ!』
『警備は任せろ旦那っ!』
「わ、私も……! お手伝いします!」
何かと力を貸してくれている同級生達にも礼を言って。
「…?」
件の標的であろう片割れに目を向ける。クリスティアは俺の視線に気づいて見上げて来た。蒼い瞳に多少迷いがないと言えば嘘になる。クリスティアが記憶消去を行うのはよほど興味がないことか、トリガーに関すること。これを言えばトリガーを押す可能性も出てくるということに怖さもある。
けれど、ここまで周りに協力をしてもらって彼女だけ何もというのも申し訳なさが募るわけで。
クリスティアの視線に合わせるようにひざまずけば、彼女はこちらを向いた。
「刹那」
「なぁにー」
少し冷たい両手を取って、優しく口を開く。
「少し協力してほしいことがあるんだ」
「うん…」
「この前俺が聞いたろう、変な視線がないかと」
「聞いた…」
「それの標的にお前か、もしかしたら華凜がなっているかもしれない」
「華凜…?」
「そう」
親友の名前を出せばヒーローの恋人はすぐさま反応し、その目が変わった。
「何かされると困るだろう」
「困る…」
「だから」
片手を離し、クリスティアの頬を滑り。
そっと頭を撫でる。
「何か怖い視線や気持ち悪い視線……そういうのを感じたら俺に教えてくれるか」
「視線…」
「感覚でもいい。何かお前にとって嫌なもの」
「…」
俺の言葉を完全に飲み込む前に。
「情報がなくて俺も、みんなも。困っているんだ」
「…」
「できるな?」
まるで子供に言い聞かせるように、条件を拾って言ってやれば。
ぱちぱちと目を瞬かせて、こくんと頷く。
「…わかった」
「いい子だ」
下手をしたら多少怖い思いをしてしまうけれど。終わればすぐ忘れさせてやれる。感謝を伝えるように抱きしめてやれば、すぐに冷たい体温は俺を抱きしめ返してきた。
《これより本戦三日目を始めます》
その体温を堪能する間もなく、合図が掛かる。クリスティアの背を叩いて体を離し、立ち上がって守るように後ろから抱きしめる。
「……いいの」
「緊急事態だ」
レグナの小さい言葉にはそう返し。
《はじめっ》
武煉が相手の小さなビーストに走っていくのを見ながら、意識は周りへと向けた。
向けたかったんだが。
「……なぁ」
「あー?」
あれから数十分。本戦ともなれば多少長くなってくる戦闘時間。
その中で。
「お前の相棒は中国雑伎団か?」
スタジアムで踊るように戦うポニーテールにどうしても意識が行ってしまう。
この数十分半端じゃなかったぞ。かわし方がアクロバティックだわそのアクロバティックなままで相手に近づいて裏拳やら相手を落とす系の技使うわ。その体のしなやかさからお前は中国雑伎団かと言いたくなるわ。
見ろお前の隣にいる双子。あと俺から祈童側に並ぶ同級生達。唖然としてる奴もいればから笑いしている奴もいるぞ。
けれども上級生からしてみれば当たり前のことのようで。
「あんなんカワイイもんだろ。なぁ?」
「むしろ今日はキレ悪いくらいなんじゃなぁい?」
「あらあら先輩方嘘でしょう?」
あれでキレが悪いと??
バク転して相手の武器の短刀を蹴りあげそのまましゃがんで足払いする奴の??
「……えっと、炎上君、上級生と当たったら死なない?」
「自信が無いな」
今まで割と五分でやってきたけども。正直過去のデータも信用できなくなってきたが。
まるで遊んでいるようにも見える武煉の試合を眺めながら、閃吏には苦笑いで返した。
というか俺はこっちに気を取られている場合ではなくだな。
「周りに意識を向けたかったんだが」
「向けりゃぁいいじゃねぇか」
「お前の相棒にびっくりしすぎてそれどころじゃねぇわ」
「陽真先輩はいっつもあんな武煉先輩と戦ってるのよね!」
「そーそー、今年はドコで当たっかね」
「あたしと当たって戦えなぁいなんてのもあるかもよぉ?」
「ハッ、上等」
段々と闘争心で燃えてきている上級生に呆れた目線を寄越し。
だいぶそのびっくり人間のような動きにも見慣れたということで、再度後ろの方へ意識を向けた。
「今んとこ大丈夫っぽいけど」
「あぁ」
小声で言ってきたレグナには頷き、祈童の方にも目を向ける。奴も特に何か感じるというのはないようで首を小さく横に振った。
下を見てクリスティアも確認してみるも、恋人はびっくり人間さながらな動きの上級生に夢中。こいつは今ではそういうのに鈍感だから大丈夫だろうけども。
——と。
腕の中で小さな恋人がピクリと反応した。
「どうし——」
何か感じたかと声を発したと同時に。
スタジアムの方からダァンッと耳を抑えたくなるような音。
思わず目を向ければ。
飛び込んできたのは、スタジアムにいる上級生が相手を背負い投げした光景と。
「……地面をえぐるまで来たか」
その対戦相手が叩きつけられた衝撃でできた地面のひび割れで。
あいつそろそろ素手で地面割れるんじゃないのかと、終了のアナウンスがかかるのと同時に、口からそんな言葉がこぼれていた。
◆
「結局今日はとくに何も?」
武闘会本戦三日目を終え、二年の上級生と同級生の人型組で帰路につく。
前を歩く女子の後ろを男子で歩く中で、陽真を挟んだ隣にいる武煉の問いに頷いた。
「あんたが来るまで警戒もしていたが特に視線もなかった」
「僕も何も感じなかったな」
「気になる音もなかったし」
「うぅん……今日はいなかった、とか?」
「相手が巧妙だという線の方があるんじゃないかな。うまく内部か外部かわからないようにしているかもしれません」
「今んとこ龍クンたち四人までは絞れたって感じはしてっケド、ソレもぶっちゃけ合ってるかもわかんねぇしなぁ」
逆に俺達に向けているように仕向けて違う誰かを狙っている可能性もある。もしくは。
「本当に杞憂なだけか、だろうな」
「そういうのに敏感な俺とか祈童も感じてて?」
「まぁでも、結クンのがあるから可能性が割と確実性持ってるだけで、オレらだけだったら気にしすぎてただただそういう風に感じたってのもあるしな」
「長年の付き合いでお前の耳の正確性も知ってはいるが」
若干不服そうにしているレグナのフォローも忘れず言ってから。
「あくまでその可能性も無くは無いというだけだ。とくに俺は気にしすぎる自覚はある」
「で、でも華凜ちゃんや刹那ちゃんが狙われている可能性が今高いとして……普通に考えたら男性……どちらを狙っているんでしょう……?」
雫来の言葉に、長く共にいるレグナと共に目を見合わせる。
「……勇敢さを見ているなら刹那だろうな」
「企業の人っていうなら華凜なんだよね。心当たりは何件かあるし」
「それはあなたが勝手に敵視しているだけでしょう」
「華凜はそういうところ鈍感すぎると思うんだけど」
お前の妹「あなたにだけは言われたくない」という顔してるぞ。
「外部の人って江馬先生曰くお偉いさんなのよね? だったらやっぱり華凜ちゃんかなとは思うわよね」
「華凜、かわいいし…」
「まぁ、刹那の方が可愛いですわ!」
可愛いのは認めるが。
道化とクリスティアの言葉を受けて男性陣で心の中が一致したのか、揃ってカリナに目を向ける。
「単にカワイイっつったら確かに刹那ちゃんなんだろうけど」
「そういった面で狙うと言ったら申し訳ないことに氷河は少し外れるような気がするな」
「刹那は女の子らしい、華凜は女性らしいという感じでですよね」
「武煉先輩セクハラ?」
「あはは蓮、なぜ俺だけなのかな?」
武煉に警戒を滲ませたレグナを咎めるように肘で小突きながら。
「まぁ一般的に狙うのであれば華凜だとは思うが」
「みんなしてわたしに女の魅力がないって…?」
女の魅力より子供の魅力は満載すぎると思う。
口にしまいとは思いつつもふいっと目線を外した瞬間。
「あ、あくまでそれは過去の一般的な話かと!!」
声を上げたのは雫来。なんだと驚きながら男子でそちらを見やれば、クリスティア以外の女子全員が心外と言ったような目でこちらを見ていた。
「えっと、雫来さん過去のって?」
「もちろん男性は女性特有のものに、ひ、惹かれやすいというのはあります! 乙女ゲーでもギャルゲーでも豊満なお体の子が、た、確かに多いです!」
「でも需要は変わってきてるのよ!」
「そうです、今はですね!」
打ち合わせでもしていたんじゃないかと思うくらい息のあった連携で言い、クリスティアを指さして。
「「「小柄で小学生みたいな子を好きな人もたくさんいるんです!!」」」
おそらくここで男子全員の思ったことは同じだろう。
それはロリコンというものでは???
熱意に圧されてかはたまた言う気がないのか、それぞれだろうが一歩引いた目で女子を見る俺達など気にせず女子は続ける。
「わ、私なら華凜ちゃんみたいな子ももちろん行きたいですが、せ、刹那ちゃんみたいな子もしっかり攻略したいです!」
「むしろ刹那ちゃんにまっしぐらよ!」
「奇遇ですわお二人共、この子以外ありえませんわ!」
そこの女子組、クリスティアに大変興味を持っているようだが本人は興味ないのかこっちに来たぞ。俺に抱きついて「あそぼー」と呑気に言っているぞ。見えていないだろうが。
とりあえず。
「……炎上、恐らくお前の思っていることはみな同じだと思うぞ」
「……だろうな」
はしゃぎ続ける女子組を遠い目で見ながら。
まだ見ぬ視線の奴よりもこいつらに警戒しなければならないのではないかと、恐らく男子全員で心に誓った。
『本戦武煉』/リアス
リアス様たちが探してる視線は、「感じたら教えろ」って言われた日から結局感じないまま第一回の本戦も残り二つになって。
「ここで陽真とかありえないんですけどぉっ!!」
今日出番のフィノアが、珍しく声を上げてる。
「去年腕だっけか?」
「陽真が腕だったね。フィノア先輩はあばら折らなかったっけ」
「本戦にもなると骨折れること多くなっから誰がとかわかんねーな」
「あんたらくらいだろう話を聞いている限り骨を折っているのは……」
はるまたちの物騒な話は聞かなかったことにして、悔しそうに柵に捕まりながら叫んでるフィノアにユーアと一緒に近づいていって。
「はるまと戦うの、いや…?」
そう、聞いたら。
ぱっとこっちを向いて、首を振る。
「違うのよ」
『ちがうですか』
「ここであたしが勝ったらあとあと面倒なの」
「めんどう…」
「陽真は陽真で武煉と戦いたかったって言うわ逆もまたしかりぃ」
「おいおいフィノアちゃん、オレが負けるコト確定なの?」
「あたしとしては順当にあんたらと戦わずに決勝に行って文句も言われず心おきなく優勝する気だったのよぉ」
「おや、俺も決勝で負けることになっているのかな」
「武煉クン、オレに勝つって?」
「当然」
「…いらない心配だったね…」
『上級生方は血気盛んですっ』
だんだん闘争心に火がついてほっといたらこのままバトルしそうな三人に、ユーアと二人で困ったねーって笑う。なんとなくフィノアが一歩踏み出した瞬間に、あったかい手がおなかにまわってきて体が引っ張られた。
「なーにー…」
「危ないから離れていろ」
「止めるという選択肢はないんだな炎上よ」
「止める気すらねぇわ」
普段のレグナのこと言えないねっていうのはおでこ叩かれそうだから黙っといて。
「先輩方、行かなければ失格扱いになるのではなくて?」
『のちのち戦えるチャンスをここで潰すのはもったいないですわ』
うちのお嬢様組が間に割って入ってくれて。我に返ったっぽい三人はちょっと納得行かなそうだけどうなずいて、フィノアとはるまが歩き出した。
「とりあえず行ってくるわ」
「今年はどこにしようかしらぁ」
「再起不能なのだけはやめてくんね?」
「負けるなら別に構わないでしょぉ?」
なんて、またそこですぐにやり合いそうに闘争心むき出しの二人を見送る。二人が出て来るまでひまになったから、リアス様の方を向いてボタンをいじり始めた。
「夢ヶ崎先輩も結構血の気多いのねー。紫電先輩たちだけかと思ったわ!」
「確か先輩の家系って……えーっと、夢使いで睡眠手伝う仕事とかもしてたよね。おっとりしたしゃべりもあるし俺もちょっとびっくりしたな」
「あはは、そんなことないですよ。確かに人助けもするけれど、あの人こそ笑顔でヒトを狩るからね」
「ちなみにその餌食になったことはあるんですの?」
「それはもう」
はるまと一緒にねっていうのを聞きながら、ぷちぷち下から一個ずつボタンを外してく。おなかのとこまで行けば中の黒いタンクトップが見えてきた。
「刹那」
「はぁい」
「お前は何故俺のワイシャツを脱がしにかかっているんだろうな?」
なぜって言われたらそんなのもう。
「そこにボタンがあったから…」
『旦那を山みてぇに』
「だ、大胆ですね刹那ちゃん……!」
「大胆なのは結構だがそういうことは家でやれ」
『炎上クンそれこそだいたーん』
「これはおいしいイベント発生だわゆきちゃん!」
「そ、そうですね美織ちゃん……! ぜひ観覧許可を!」
「誰がやるか。お前もそろそろ外すのをやめろ公衆の面前だ」
みんなが話してるのも構わず外してたら、さすがに胸元の下らへんで止められちゃった。ただ今回はヒマつぶしに外してただけなのでほっぺふくらませたりはしないで、おとなしくまたボタンをかけてく。
上から一個ずつ……
「刹那ボタン一個ずつかけ違えてる」
「ボタンって外すの簡単なくせに逆は難しいよね…」
「だったらやるな……」
おとがめの頭うりうりをいただいて、わたしが奮闘してたボタンのとこにリアス様の手がやってくる。
《これより本戦第七回戦を始めます》
そのときちょうどアナウンスもかかったから、選手交代ってことでリアス様に敬礼してから前を向いた。
もれなくもっかい頭うりうりされたけど、やさしいからちょっとほっぺほころばせて、スタジアムの上でもうすでに走り出しそうな二人に目を向ける。
どっちが勝つのかな。どっちも勝って欲しいな。バトルだからどっちかしか勝てないんだろうけど。
《双方、構え》
アナウンスで、スタジアムの二人が構える。ちょうどリアス様もボタンかけ終わったのか、後ろからあったかい体温に抱きしめられた。首に回ってきた腕に手を添えて。
《はじめっ》
走り出した二人を——ってうわぉ。
《そらっ!》
《あまぁいっ!》
はるま思いっきり走ってって思いっきり大剣振り下ろしたじゃないですか。フィノアかわしたけど地面えぐれてるよ。
『相変わらずすごい力ですのね』
『食らったらひとたまりもねぇな』
『骨折れるじゃすまないですっ』
すごい音たてながら地面えぐってて、その音だけ聞くと大剣は重そうなのに。はるまは片手で軽々振り回してフィノアに追撃かましてく。
横に振り払って、踏み込んだら両手で持った大剣を下から振り上げて、今度はそのまま振り下ろしてまた地面えぐって。
「じ、地面に穴が、ぃ、いっぱいあいていきます、ね……」
「開けてる陽真先輩もすごいけど軽々かわしてるフィノア先輩もすごいよね」
「ねー…」
飛び退いたり横にずれたりしながらふわふわかわしてる。
そうしてかわしてくけど。
「あっ!!」
穴が増えてった地面で、どんどん足を着く場所も限られていって。たまたまフィノアが着いたところは穴のところ。足場が悪いからフィノアはそのままバランスを崩した。
「わっ、夢ヶ崎先輩危ないっ!」
せんりが叫んで、わたしたちもちょっと身を乗り出した。
瞬間。
「わぁ…」
なんとフィノア。
チャクラムに着けてあるワイヤー引っ張り出して振り下ろしてきた大剣しのいだじゃないですか。
うそでしょ??
「……僕らはこれはどちらに驚くべきなんだろうな?」
『あのギリギリで防いだ反射神経もさすがですが』
「地面を抉ってきた一撃をワイヤー一本で防ぐというのはなかなかですわね……」
超合金かな??
「予選の時、もし華凜あのまま彼女のワイヤーを引っ張っていたら大変でしたね」
「うわぁ考えたくもないわ」
わたしも考えたくない。幼なじみ全員でぞっとした体をさすった。
「で、でも防いだはいいんですけど……あれだと夢ヶ崎先輩、ぉ、押されていくのでは……」
幼なじみでちょっと寄り添いながら見たスタジアムは、さっきまでガンガン音が鳴ってたのにフィノアが攻撃を防いだことで静か。今度は遠くで聞こえるか聞こえないかくらいのギリギリって音が鳴ってて、フィノアはしゃがんで、はるまが上から押さえつけるように大剣を押し進めてる。
『だんだん力負けしそうですっ』
「えっと、避けた場所が悪かった感じ、ですか?」
せんりがちょっと身を乗り出してぶれんに聞いたのが見えて、わたしたちもそろってぶれんを見た。
当のぶれんは、
「そんなことありませんよ」
いつもみたいに笑って。
「ここからが本番ですから」
言われた言葉に、みんなで止まる。
本番とは??
ここから? きっといろんな思いがかけ巡ってるんだろうけど。
その答えは、すぐに出た。
《がら空きっ♪》
楽しそうな声が聞こえて、みんなでぱっとスタジアムを見る。しゃがんで耐えてたフィノアは——
片方に体重かけてそのまま足蹴りしたじゃないですか。
しかも片足でバランス悪いはずなのに結構な「ガスッ」って音聞こえたじゃないですか。
《ってぇ!》
《甘いっつってんでしょぉ》
ずっと押さえてたはるまは痛みで大剣を引く。
「あれ絶対すねあたり行ったよね…」
「ここからだと見えづらいけど陽真先輩が押さえているところ的にそうですわね……」
うわぁ痛そう。思わず顔が引きつっちゃったよ。
でもフィノアは止まらない。
《いっくわよぉ》
今までのお返しって言うみたいに痛がってるはるまに走っていって、そのままお腹に回し蹴り。
それだけじゃなくて、腕とか足も蹴ったり殴ったり。
最終的には。
「うわぁあれは痛いわっ!!」
かかとで足を思いっきりガンッて踏みつけていらっしゃる。それと同時に後ろのリアス様と隣のレグナがびくついたので、そっと顔をあげて。
「…もしや…?」
「……折ったな」
「……折ったわ」
うわぁフィノアどんだけ。今ここで楽しそうにしてるのぶれんだけだよ。
あと本人たちもか。はるまよくその折れた状態で走れるね、足痛くないの?
って待って待って待ってフィノアのお腹蹴ったよそのまま踏み倒して腕っ、腕が。
戦場じゃ容赦なくっていうのは当たり前のこと。自分たちでやるときはなんか当たり前にやってたしわかってるのだけど。冷静なときにああやってヒトがやってるの見るのこわいよ笑顔だからなおさらこわいよ。
思わずリアス様の方向いて抱きついてしまった。
「えーーーーとこれは……木乃先輩とどっちが戦うときもこんな感じ、なのかしら?」
ぎゅってしてもらってる中聞こえたみおりの声にぶれんの方をそっと見れば、また笑顔で。
「今年はまだ優しい方じゃないかな」
みんなの血の気が引くお答えいただきました。年上こわい。
《フィノアちゃんもう終わりかよ?》
《じょおだぁんっ!》
暗い中で楽しそうなはるまたちの声を聞く。もりぶち先生もやめてっていうはずだよこれはこわい。
いつもだったら思わないけど。
「…なんでエシュトって強制で見なきゃいけないとかいろいろあるんだろうね…」
「トラウマものだよな」
リアス様にうなずいて。
二人の楽しそうな声とときたま「ボキッ」ていういやなBGMを聞きながら、早く終わってとリアス様のあったかい体温に埋もれた。
ちなみにバトルが終わったのはその三十分あとで。
「イッテー」
「ありえないんですけどぉ」
二人ともボロボロで、フィノアが一時的とは言えど物理的に立てなくなったからはるまの勝利で終わり。
「やべぇな新記録じゃね?」
「次回の本戦までにどうにかしておきなよ陽真」
「おーよ」
「……いい加減にしてくれお前ら……」
結局はるまもフィノアも何ヶ所も折れたりしてて、2 二人を抱えてやってきたもりぶち先生はちょっと半泣きでとても顔色が悪かったです。
『もう視線とかそれどころの話じゃなかった』/クリスティア