ホワイトデー
自習期間の放課後、裏庭にて

一日早いけどホワイトデーよ! 当日で渡せないのが悔しいわ……

仕方ないさ。テストの関係上、全員で集まれるのが今日か昨日だったのだから

そうだけどー!

テストと言や、今回内部テストは旦那たちだけだったな

だな。外部の客を呼んで練習試合だ

外部呼ぶ割には炎上君結構落ち着いてるよね。エシュトの体育館って一般よりも広いのに

……まぁ、不安がないわけでもないが

武闘会と違って接触がほぼないから。観覧席俺ら行かないし

外と違って結界張り放題ですしね

あぁ……

もう驚きはありませんね……

とりあえず! 今日はテストを忘れてホワイトデーパーティーよ!

おー
1st 結

家が和なので和菓子になるが

わぁ……! ね、ねりきり……! かわいいです!

氷河のクッキーを参考に。炎上の検閲用もあるぞ

いただく
2nd ティノ

ボクはアクセサリーだよ! 作った!

まぁ……ストラップですか

女性陣おそろいですわね

かわいー
3rd シオン

えっと、俺はマドレーヌ。作ったわけじゃないんだけど

ここおいしいって有名なところよね!

じゃあ、ぉ、おひとつ——

あ、ううん

?

一人一箱で

……比較的大きめのが四つ入っておりますが

?

シオン、ちょっと金銭感覚変なのよ。気にしないで

たしかお医者様の息子でしたね彼は……
4th ウリオス

オイラはバームクーヘンだ!

♩

……まさか1ホールとか言いませんよね

そこの坊ちゃんとはちげぇさ。一切れずつだぜ

ら、ラッピングかわいいです……!

ファンシーだわ!
5th ユーア

ユーアの番ですっ

ユーアのもふもふ券?

それはまた今度ですっ、ホワイトデーはキャンディですっ

きらきら……!

食べると味が変わるやつですっ

星みたいです……!

ありがとうございます

勉強のお供にいただきますね
6th リアス&レグナ

俺はカップケーキ

俺はホールケーキ作ってきた

じょ、女子力がすごいわ……

これは、か、華凜ちゃんたちが手伝ったとかじゃなく……?

兄たちのみで作っております

持ち帰りもできるよ

気遣いも抜け目ありませんわ……
7th 上級生

お、見っけ

やっほぉ

終わってしまったかい? ホワイトデー

男子がちょうど渡し終わりました

んじゃちょうどいいわな。女子整列ー、フィノア姉も

はぁい

オレと武煉からな

イエーイ♩

で、できれば、ご一緒に買ってきたエピソードも!

そっちが本命かな?

ほい刹那ちゃん

ありがとー。——!

どうした嬢ちゃん

♩、♩

あぁ——刹那の好きなところのクッキーだな

お、マジでー?

喜んでもらえて何よりですね

それにしても結構な喜びようねぇ

あー、それは……

お店が人気、街中、人混みなど彼があまり行きたくない条件を全て満たしておりまして

刹那にとっちゃご褒美でまれに買ってくれるレアものだから

オマエもうちょい緩和してやれよ、可哀想になってきたわ……

……悪いとは、思っては、いる
extra

ここで! 雪ちゃん、エルちゃん、あたしの三人からもあるわ!

バレンタインはもらったじゃないか

主に氷河さんと愛原さんにですわね

まぁ……我々は今回何も……

ぃ、いいんです! バレンタインのお返しなので!

せっかくだから手作りにしてみたの! 炎上くん、生チョコは食べれるかしら?

な、なんとか……

き、気が進まないと思って

検閲が軽減するよう、対策してまいりました

対策……?

作ってるときの動画を撮ったわ! 作ってる最中がわかればどうかしら!

その手があったか

目から鱗ですわね

軽減努力をしよう……
お菓子タイム

全員で集まれるのは今日で終わりかな?

次は二年生ですかっ

もしかしたら炎上くんたちのテスト見る時に集まれるかしら。あとは春休みね!

案外早かったわねぇ

先輩たちにもお世話になりました

いいえ

本当に世話になったななんだかんだ……

来年も誰かしらクラスが一緒になれるといいね

授業がかぶるのも楽しそうですわ

おっ、いい案だなそれ。勉強にもなんぜ

あたしは華凜ちゃんと舞踊をやりたいわ!

落ち着いて踊れなさそうだね

失礼な!!

ふふっ、でも楽しそうですわね

来年は先輩だな刹那ちゃん

んっ

食うの早ぇ……

オマエはお姉さんになれっかね

おまかせあれ……

ま、なんか困ったら二年になっても来いよ

うんっ

テスト頑張ろうねー!

まずは炎上たちのテストで逢うのが目標だな

早く終わらせてきてね、祈童くん!

任せろ!

? 視線が……

——!

……

! 広人さん……

あらあら〜、ほんとにいましたね〜

蜜乃ちゃーん……

なんでここに……

生徒たちからの目撃情報だ。とある不良共が、屋上の方へ行ったと聞いてな

みなさんでお勉強しているならまだしも、お菓子パーティーとなったら見過ごせませんね〜

ちゃぁんと勉強してるっ!

そうっ、ほら、菓子のな!?

味の勉強や装飾の勉強をしてたんですよっ

お前ら全員そういう方面に行く生物じゃないだろっ!!

それではそこにまずは正座していきましょう〜

これは上級生に言い含められたという言い訳は

聞きませんね〜

この状況でそれを言える度胸だけは褒めてやろう、座れ
恋人の記憶消去に小さな謎が出始めてから約四ヶ月。
疑問が増えたり、考え方を改める必要があると発見したり、様々なことがわかった四ヶ月だと思う。
その四ヶ月間。
「……」
俺はただただそれを見つけただけで、いっさい何も行動を起こしていない。
「リアス様ー」
「うん?」
本日の学校を終えて夜、恋人と過ごす時間。
小さな恋人は何かを手に持ってソファに座る俺の膝へとちょこんと乗ってくる。ご機嫌そうなふわふわとした雰囲気に顔を綻ばせながら背を支えてやり、彼女の言葉を待った。
「ホワイトデー…」
「あぁ」
「バレンタインのお返しー…」
そう言って俺に渡してきたのは。
今年に入って四人で育てた、白いアネモネの花。
色の言葉は「期待」と「真実」。花自体の言葉は、
”あなたを愛しています”。
カリナがクリスティアのため、そして恐らくは俺の為にも選んでくれた花。普段なら、嬉しさで顔に出はしなくとも舞い上がっていただろう。別に今舞い上がっていないわけでもないけれど。
嬉しさだってある。けれど半分ほど。
己の情けなさが自分を襲ってくる。
彼女は口では言えない愛の言葉を自分なりに頑張って、こうして花に想いを乗せて伝えてくれているのに。
恋人だけじゃない。
周りの奴らだって、俺達に合わせていろんなことをしてくれているのに。昨日の道化達のように、俺が苦手な物を食べなくて済むように動画で製造過程を撮ってきたり。楽しめるように人混みや怪我がないようなことをしてくれたり。
それなのに自分は忘れられるかもしれないという、あくまで可能性の恐れでこの四ヶ月何も進めていない。
本当に情けないと思う。
「……」
「リアス様ー…?」
花を見つめていれば、クリスティアがひょこりとのぞき込んでくる。思ったような反応でなくて心配になったんだろう、その目はほんの少し不安げで。
「…足りない?」
大人な彼女に気まで使わせてしまう始末。もしもこれを自分が客観的に見れたなら、その場で自分を殴りたくなるくらい情けなかった。
ぐっと歯を噛みしめて、首を横に振る。
「……十分足りている」
「…」
小さくこぼせば、視界から少女の顔が消えていった。
花を見つめたままでいると、今度は彼女の手が動く。
俺にアネモネを持たせて、片手では俺の手を握って。
頭部に冷たさが来たのでもう一方が俺の頭に触れたとわかった。
「大丈夫」と聞かれるように優しく撫でて来る手。それに頷いて、花を潰さないよう気をつけながらゆったりと体をクリスティアへ傾けていった。
肩に額を預けて、撫でてくる手を受け入れる。
「……」
「…」
俺に少し体重を掛けてくるクリスティアは、特に何か聞いてくるでもない。ただただ優しく、俺を撫で続けるだけ。
きっとこのまま何も言わなくてもクリスティアは許すんだろう。「もう大丈夫?」と微笑んで聞いてきて、頷けばただただ「そっか」と言う。俺が「もう少し」と言えば「わかった」と受け入れるんだろう。
甘えすぎだなと、思わず自嘲してしまった。
いつだってクリスティアは一歩大人で、大事なときは必ず空気を読んで。相手に合わせて行動する。
いつの間にかそれに甘えて、一歩踏み出すことをしなくなっていたかもしれない。
「……」
クリスティアはいつだって頑張って愛を伝えようとしてくれているのに。
恋人の肩越しに、もらったアネモネに目を落とす。
何よりも言いたかったであろう愛の言葉。けれど一度も言うことができないその言葉。
それを、彼女はどんな思いで物に託すんだろうか。
本来は伝える手段であった愛の行為も、忘れてしまったとは言えどできなくなって。
一般的な”愛を伝えるという行為”を奪われてしまった小さな恋人は、どんな思いで。
この一輪を、俺に渡したんだろう。
どうか届くようにと願う傍らで、自分の口で言えないことを悔やんでいることを、誰よりも知っている。
それでも小さなヒーローは自分なりに立ち向かっていく。
いつだってたった、独りで。
「……」
「?」
けれどいつもその辛さも、戦っている姿も見せることはなくて。
こうして体を少し離して見れば、一瞬不思議そうな顔をしてから。
「♪」
俺を捉えて、ただただ幸せそうに微笑んで抱きついてくる。小さな幸せを噛みしめるかのように。
たくさんの記憶を覚えていたいからと氷魔術だけに特化して冷たくなってしまった、小さな少女の体を抱きしめる。
この愛しい少女に、返せるもの。
ひとつは、言葉。
「クリスティア」
「ん」
強く強くクリスティアを抱きしめて。
「俺も愛している」
花の返事を贈る。
顔を見なくても微笑んでくれているんだろうというのは、彼女からの抱きしめる力が強くなったことでよくわかった。
そしてもう一つの、返せるもの。
「…!」
そっと離れて、体を少し持ち上げてやる。
「なーにー…」
「膝立ち」
「?」
首を傾げながらもクリスティアは言われたとおりに膝立ちをして、俺の肩に手を置いた。
少し見上げる形になるクリスティア。その少女の目を見てから、花を持っていない右手でクリスティアの左手を掬う。
冷え切った指先に、近づいて。
「っ?」
そっと、口づけを落とした。
びくついたのを見て一度見上げれば、怖さはないんだろうが驚いてはいる様子。
「な、に…」
「……」
戸惑った声に、また手に目を落として。
「お返し」
こぼして、手の甲にキスをする。
「ホワイト、デー…?」
「いろいろ」
「いろいろ…っ」
行動療法をするときと同じ手順で、腕に上がっていき。彼女が落ちないように支えながら二の腕や肩に唇を落としていく。
「、んっ」
いつもより気持ち早めに左の肩まで行き。
「右」
「んぅ」
そっと差し出してきた右の指先に、リップ音を立てながらキスをする。ちらりと見上げた先のクリスティアに恐怖はなさそうだった。
やはり下からなら平気なのかと確認しつつ、手の甲や腕へと上がっていく。
上がっていく最中で、少しだけ心拍数が上がっている気がした。
緊張と、恐怖。
一気に踏み越えるわけじゃないと頭の中で言い聞かせながらも、そこを越えることにどうしても緊張してしまう。
さっきまでは早いペースだったのが、二の腕まで来る頃にはゆったりとしたものに変わっていた。
「っ、ん」
「……」
ほんの少しでも超えたら忘れられるんじゃないか。
また拒絶をされてしまったら。
いろんな意味のスタート地点に行ってしまったら。
頭の中がうるさくて、怖くて。肩に唇が触れたところで止まってしまう。
「りあすさまー…?」
「……」
震えそうになる体をなんとか抑えて、一度彼女の肩に埋もれた。
「今日、おしまい…?」
「……」
そっと頭を撫でてきた恋人に、頷きたくなる。
けれど体に力を入れたとき、手の中にある花の感覚がそれを阻んだ。
暗い視界の中で、幸せそうにその花を渡してくるクリスティアを思い出す。
言葉にも行動にもできない「愛してる」を精一杯伝えてきたクリスティア。
残酷な真実に、もうなくなった淡い期待に、足を引きたくはなるけれど。
愛の後悔ばかりの少女が少しでも、彼女の願う愛の行為ができるならと。
「!」
ぱっと、体を離した。
「リアスー…?」
意を決して見上げれば、きょとんとした蒼い瞳が俺を見下ろしている。
一度息を吐いてから少女をしっかりと見つめた。
間違えないように。彼女が嫌なものにならないように、頭の中で反復して。
「…?」
そっと、手を伸ばす。
「大丈夫?」
「あぁ」
答えながら、手は。
クリスティアの口を、覆った。
蒼い瞳はぱちぱちと瞬きを繰り返す。それに、ただただ問うた。
「近づいても?」
「? ん」
不思議そうながらも了承したクリスティアに、腰を上げていく。
未だ何がなんなのかわかっていない彼女に逐一確認するのは忘れない。
「この距離は」
首を傾げたので問題ないと判断して距離を縮めた。
「ここは」
「?」
下から少しずつ近づいていくも、恐怖はなく。
だんだんと距離が縮まっていく。
クリスティアはいつも通りのスキンシップだと思っているんだろう。行動療法を続けるとも言っていない。彼女にとって不思議なのはただ口を覆うように置かれた手だけ。
その手をどかしてしまいたい衝動は、見なかったフリをして。
クリスティアの腰を支えて、落ちないようにしながら。
彼女の唇があるであろう自分の手の甲に、下から口づけをした。
手のひら一枚越しで直接的ではないものの、今までで一番近い距離のキス。
自分ではキスのつもりでしているので心臓はかなり痛い。ただ今はそれに構っている暇はない。
クリスティアの、反応は。
「…」
「……」
まだいまいち状況が掴めていないのか、きょとんとした顔をしている。
それに、緊張の息を吐いて。
「これならできそうか」
「…?」
見下ろしてきた蒼い瞳に。
「口づけ」
手のひら越しに、言えば。
「…っ!? ぇっ、キッ、す…!?」
ようやっと理解した少女は、目を見開いて顔を真っ赤にし身を離す。
──身を離す?
「、ぇ、わっ、っわ」
「ばか待てっ!」
膝立ちというアンバランスな状態で身を離せば当然後ろに傾いていくわけで。
恐怖や緊張など吹っ飛び、真っ赤なクリスティアに手を伸ばした。
が。
「っ!」
腰を上げていたアンバランスの状態で、腕を掴んだのではなく腰に手を回してしまったので、自分の体も傾いていく。
目線の先にはローテーブル。抱えて落ちようがなんだろうがどちらかの怪我は確定。
さすがにさっきのキスもどきのあとでそれはいろんな意味でのトラウマものだろ。どこか冷静にツッコミながら、瞬時に魔力を練った。
【水涙月】
クリスティアを抱きしめて、自分が下になるように回転しながら魔術を形にする。
直後。
「っ」
「…っ」
跳ねるような柔らかい感覚に、飛び込んだ。
「平気か」
「ん」
跳ねる感覚が収まってきたのを見計らって腕の中のクリスティアに尋ねれば、小さな少女は俺を見上げてこくりと頷く。それに安堵の息を吐いて、下のウォーターベッドに沈もうとしたとき。
「ん?」
クリスティアが俺の上によじ登ってくる。お前本当にそういう無防備なところ直せよと言おうとしたのもつかの間。
クリスティアの指が、俺の唇に触れた。
何だと彼女を見れば。
ほんの少し、恥ずかしそうにして。
「こっちも、へいき…」
小さな小さな声で、そうこぼし。
「は……」
俺が呆けている間に少女は俺の上からキッチンへと去っていく。そのあとを追うこともできないまま、ただただ言葉を頭の中で反復した。
平気だと、まだ一枚越しではあるもののキスに近いものが。
首や頬に直接は少し抵抗があるだろうかと思って一種の賭けでやってみたが。
間違えていなかったのだろうか。
平気だということは覚えていて、拒絶もなくて、忘れることも、ないと。
ゆっくりと頭の中で理解し。
顔を、覆う。
「はーー……」
今になって震え始めた体に叱咤といい聞かせをする。
根本の治療じゃない、まだこれから先がある。
今の状況じゃ間違えたら終わりなのは変わらない。
そう、言い聞かせながらも。
「……」
安堵の奥から這い上がってきた喜びと愛おしさに、ほんの少しだけ、身をゆだねた。
『キスもどき』/リアス
親友が飲み物を口に含んでるときの反応が大好きだ。
普段無表情でわかりづらいやつだけど、そのときだけは嘘も言えずに本音を出すから。
なので隣に座る親友がペットボトルを傾けた瞬間に。
「刹那となんか進んだの」
「ごほっ」
そう言ってやれば、やっぱり図星らしく親友はむせた。本は広げていないとは言えどここは図書室なので、なんとか吐き出すのはこらえたらしい。前に座るユーアとか閃吏が「大丈夫!?」って心配してる中で、俺だけはこっちを睨んできた親友にしてやったり顔。
「……お前な」
「刹那がここ最近ご機嫌だったからなんか進んだんだろうと思って」
少し離れたところで同級生の女子と妹に囲まれているクリスティアを指さす。
プチ女子会を行っているクリスティアの顔はやっぱりどこかご機嫌、というか幸せそうで。
リアスを見れば、諦めたかのようにため息を吐いて頷いた。それに反応したのはリアスの隣にいるティノ。
『炎上クンほんとっ!? 氷河サンと遂に!?』
「頼むから声を抑えてくれないか」
「安心しろ炎上! この二階の奥なら結構騒いでも大丈夫だ!」
「そういう問題ではなくてだな。あと進んだとは言ったがお前らの思っているようなことじゃないからな」
苦笑いの親友に内心で笑っておいてやる。今日上級生の先輩がいないのが残念だったな。陽真先輩と武煉先輩はテストだし、フィノア先輩は仕事。いたら絶対おもしろかったのに。
「蓮」
「待って俺何も言ってないんだけど」
「顔に”上級生がいたら楽しそう”と書いている」
「否定はしない」
怖くない睨みには笑って返して。
「えっと、それで炎上君」
おずおずと手をあげた閃吏に目を向けた。
隣に座ってたはずのユーアを抱きしめるようにかかえたそいつの顔は、ちょっとどきどきしてるような感じ。
「……何だ」
「ど、どこまで、進んだの」
『ボクも気になるー!』
テンションが上がり始めてる周りにリアスはすっごいめんどくさそうな顔をしたけれど、律儀な親友は深くため息を吐いて。
「……手のひら越しのキスまで」
そう言った瞬間にティノと祈童は口笛を鳴らし、閃吏は顔を赤くしてユーアを抱きしめた。
ここは女子会かな??
「そ、それで!」
「それでとは?」
『氷河は大丈夫でしたかっ』
「あぁ──」
親友に目を向ければ。
「別に嫌がっている様子も、なく……」
思い出しているのか、だんだんと言葉が詰まって顔が地味に紅くなって行っている気がする。うわやばい俺まで顔熱くなってきたかも。最終的にリアスは手で顔を覆って。
「……大丈夫だった」
耳を紅くしてうつむいてしまった。それに俺たちも紅くなってしまっているのは言うまでもない。
男だけどかわいらしい反応をしている親友の背を、よかったねと言うようにさすっておいた。
沈黙してしまったことで少し大きく聞こえてくる女子たちの声を、火照りをさましがてら聞く。向こうはさっきから春休みどうするだとかの話でクリス自身からこの話はしてないらしい。土日あたりにでも一番にカリナだけに伝えるかな。妹の反応が目に見える。俺からは黙っておくことにして。
『お話し合いしたのー?』
「上から行くのは試してみたのか?」
だいぶ火照りはなくなったので、同じく火照りがなくなってきたらしい祈童やティノたちの声に男子会に目を向けた。
「いや……とりあえず下から、構えさせないように話し合いも特に」
『これからもそのスタンスで行くですかっ』
「あいつが何かしら思い出すのなら変わってくるが……しばらくは様子見になるな。話し合いは上からも大丈夫になってから」
「えっと、話聞いてるとなんか上からでも結構大丈夫そうだよね」
「でも一回龍怖がられてるからなぁ。手のひら越しも越えてできるようになってからの方が無難なんじゃない」
『じゃあ道のりはまだちょっと長いかもねー』
「けれど先は見えているね。よかったじゃないか炎上」
「……おかげさまで」
優しく微笑んだ親友に俺たちも笑う。
話に一段落ついたところで全員が近くの本に手を伸ばし始めた。
ぱらぱらとページをめくりながら、最初に口を開いたのは閃吏。
「今のペースで行ったら四ヶ月くらい?」
『何がー?』
「えっと、行動療法。始めて四、五ヶ月?」
「いや、始めたのは八月末だ。七ヶ月くらいか」
「そっかぁ。じゃあ同じくらい掛かると見て……」
考えてるような閃吏の声に、顔を上げる。全員で閃吏を見ていると、思考タイムは終わったのかふわっと笑った。
「来年のハロウィンくらいにはところ構わずキスしてる二人が見れるわけだね」
その言葉にリアスは固まり俺は吹き出し、ユーアと祈童、ティノはぱっと顔を明るくする。
「今年のハロウィンもすごかったからね! 来年くらいにはそうなるか!」
『また道化サンにけしかけてもらわなきゃ!』
『わからないですっ、もしかしたら自ら行くかもですっ』
「二人きりならわかるが人前でやるかっ」
待ったリアス聞き捨てならない。
「やるでしょお前、人前でキスくらい」
「人前ですでにやったような言い方をしないでくれ」
やべ、祈童たちが「まさか……?」みたいな顔してるわ。違う違うそうじゃない。
「そういうんじゃなくて」
『ハプニングであったとかですかっ』
「俺たちにそういうのはないんだけども」
「その言い方だと愛原と氷河にはあったような言い方だぞ波風」
「あは、愛原さんだったらそれこそ自ら行きそうだよね」
うちの妹の扱いが最近雑。
行きそうだけども。リアスとクリスティアが進んでないから抑えてるだけじゃねとか思うけども。だから違くって。
「キスじゃなくハグの方で」
「何かあったか」
「まさにさっきお前が言ったことを昔にも言ってたんだよ」
そう言っても、リアスはよくわからんって顔。ほんとに? あぁでも今みたいに普通にハグしたりする年数の方が長いからそっか。
「いつ」
「刹那に聞けば一発なんだけど。俺も時期はおぼろげ」
『炎上たちがおいくつのときですかっ』
「とりあえずむかーしむかしとだけ言っておくね」
天使だから長生きだってのは知ってるとは思うけども。それは追々にしておいて。
「つきあい始めたときの話」
「ほう」
「ハグとかすんのーって話をして」
「炎上君が人前ではしないって言って?」
「そう。その一年だか二年後くらいかな。今のスタイルに」
百歩譲って手を繋ぐのはありとしよう。
「もう当たり前になってたんだろうね。俺らといるときにふっつーに刹那だっこするわ膝に乗せるわハグするわ」
他にもいつものおでこ合わせるやつとか数知れず。
「だから閃吏」
「うん」
「このまま順調に進めばお前の予想は当たるかもしれない」
「もう俺を殺せ……」
テンションが上がっている同級生の中で親友だけが一人恥ずかしさでテーブルに伏してしまった。
少し前ならみんなで「炎上君大丈夫?」なんて言っていたんだろうけれど、慣れてしまった同級生は強く。
「ならばみんなで賭けるか!」
突っ伏している親友にさらに追い打ちを掛けていらっしゃる。おもしろいから止めないけど。
『いつキスできるかですかっ』
「えっとこの話の感じだと人前で、かな?」
「閃吏が秋か」
「うん、今三月だから、七ヶ月後で十月末かな」
『ユーアは十一月にするですっ』
『じゃあボクは話し合いとかができてお互いにちょっと早まって八月くらい!』
「んじゃ俺は今までのペース見て三年の春かな」
「なら僕は卒業後かな」
一瞬手がぴくりと動いたけれど、気づかなかったフリ。
「祈童君だいぶ先だね」
「波風の話を聞く限り、事ができてから一、二年は掛かるみたいだしな。人前でなら大学あたりが妥当かなと」
「……卒業して学校変わってなければ見れるんじゃない」
いなくなるということは伏せて、親友を見ながらそう言う。
いつもの無表情になってしまっている親友からは思いは読みとれないけれど。
切り替えるようにため息を吐いたのだけは、わかった。
「……誰かしらが当たるといいな」
珍しく願いのようなことを言って、おもむろに立ち上がる。どうしたのって声を掛ける間もなく、口を開いた。
「とりあえず」
その声には圧がこもっていらっしゃる。無意識に全員で姿勢を正して、リアスを見れば。
「頑張って克服しようとしている恋人に、お前の同級生がおもしろ半分で賭けをしていると言ってこなければな」
待った。
歩き出すリアスに全員ガタッといすを蹴り、近い俺とティノでリアスにしがみつく。
「待った炎上君!!」
『落ち着くですっ!』
『今ここで氷河サンに言ったら愛原サンまで牙を向くよっ!!』
「骨陥没コースか社会的死亡コースじゃん!!」
「僕らの未来がなくなるっ!!」
「知るか、恨むなら自分の発言を恨め」
今とんでもなく全員で後悔してるけどもっ!!
「一回座ろう龍!」
「そうだよ飲み物飲もう!」
「断る。というか止めても無駄だ」
リアスが指をさしたので見れば。
「りゅー」
小さなヒーローもとい今は悪魔の少女が駆けてきていらっしゃる。
それに一瞬気を取られたのを見逃さず、リアスは俺とティノの腕から離れていき、クリスティアに近づいてその小さな体を抱き上げた。
「話は終わったか」
「みんなであそぼーって」
「そうか」
「そっちはー」
クリスの言葉に全員の肩がびくつく。こっちを見てそれを捉えたリアスは楽しそうに笑ってから口を開いた。
身構えた瞬間。
「同じだ」
思ったものと違う言葉が聞こえて、肩の力が抜ける。目の先のリアスは穏やかにクリスティアに笑いかけてた。
「おなじ」
「春休みにでも遊ぼうと」
「あそぶ?」
「予定が合えばな」
いつもの曖昧な約束をしたリアスに、クリスティアは嬉しそうに抱きつく。その抱きつかれたまま、リアスはこっちにまた顔を向けて。
ゆっくり口を動かした。
言い終えてから、リアスは俺たちに背を向けて女子組の方へ。
その背を見届けて、
「貸しひとつ、だってさ」
「この場合氷河への菓子をひとつなのか」
「それとも炎上君にほんとに貸しひとつ?」
『氷河サンにお菓子上げれば炎上クンも喜ぶよね』
『ホワイトデー第二弾行くです』
なんてバカなことを言いながらも、とりあえずその方向で行こうかと。
遊ぶ日とは別に予定を合わせるべく、全員でいすに座り直した。
『テスト前男子会』/レグナ
もうちょっとでテストが来る日曜日、カリナとレグナがいつも通り遊びに来た。
「いらっしゃい…」
「お邪魔しますわクリス」
「うん…」
リアス様と一緒にお出迎えして、いつもならすぐにカリナの手を引いてリビングに行くけれど。
「あら」
今日はカリナの前に立つ。
「どうしました」
「…」
優しく笑ってわたしの視線に合わせてしゃがんでくれるカリナに、ちょっとほほえみながら。
「おはなし…」
「お話」
「ふたりで」
そう、言えば。
カリナはうれしそうな顔をしてばっとリアス様を見た。
「お誘いですわ!」
「誘いだな」
「よろしいです!?」
「よろしいです」
リアス様からもオッケーをもらったカリナはうれしそうな顔のまま今度はわたしを見る。それに笑いそうになるのはこらえて、いつもどおりカリナの手をとった。
「いこ…?」
「どこまででもついていきますわ!」
「許すのは俺達の部屋までだからな」
「距離みじかっ」
レグナのツッコミに笑って、カリナの手を引いてみんなでリビングに歩き出す。
後ろでご機嫌そうに鼻歌を歌ってるカリナに、どんな反応するかなってわくわくしながら、キッチンを越えてわたしとカリナはそのままメインの部屋の前へ。
「ちょっとだけお話ししてくる…」
「男子禁制ですわ」
「クリス、なんか変なことあったらすぐ呼びなよ」
「レグナと助けに行くからな」
「失礼なっ」
「ていうかどうせ聞こえてるじゃん…」
「俺はこういうときは聞かないよ」
「レグナは紳士だもんね…」
「俺だって紳士だろう、いつも聞いてここぞというときに助けるじゃないか」
ヒトはそれをストーカーと言います。
「恋人だから許されるよね…」
「よかったですねリアス、クリスが恋人で」
「お前だったら恋人でも通報するだろうな」
「私じゃなくてもするでしょうよ」
なんて話にまた笑ってから、そっとドアノブを回す。
「とりあえず一回話してくる…」
「今日ばかりは良い耳は抑えてくださいねリアス」
「大事な話に聞き耳を立てるほど野暮じゃない」
そこの真偽はちょっとまた今度ということにしておいて。
「その間にリアスのストーカーの審議やっとくよ」
レグナの冗談にうなずいておいて、カリナと部屋に入っていった。
「飲み物はー…?」
「大丈夫ですわ」
二人で手を繋いだままベッドに歩いていって、ぽすんって勢いをつけながら座る。
ちょっとだけ黙ったあと、カリナがこっちに体を向けたのでわたしもカリナの方を向いた。
「それで、お話とはなんでしょう」
「うん…」
さぁ話すぞと思いながらも。
ほんのちょっと、緊張してるかも。
心なしか体温上がってる気がする。
一回軽く深呼吸しよう。
吸って──
「私への告白でしたらいつでも受け付けますわ」
いつも通りのカリナに思わず吐いた息がため息になってしまった。
「どうしてため息になるのかしら」
「カリナ、オープンになったなぁって…」
「あなたが緊張しているようだからほぐすために冗談言ったんでしょうよ」
「普段から言ってるからもう冗談に聞こえないよね…」
おかげで緊張は解けたけども。地味に感謝できない。
とりあえずさっきのはなかったことにして、姿勢を正した。
「よろしいですか…」
「よろしいですわ」
おだやかにわたしを見るカリナに、一瞬また緊張が返ってきた気がしたけど見なかったフリをして、
「…あの」
「はいな」
「…」
小さく、紡ぐ。
「…リアス、さまと…その…てのひら、ごしに…キス、できた…」
思った以上にすんなり言葉は出なかったけど、カリナの目をまっすぐ見て、言えば。
「……」
ゆっくり言葉を理解していった親友の顔が、どんどん明るくなってく。
「……本当?」
「てのひら、ごし…だけど…」
「でも、キスみたいに、できたの」
思い出すと体が熱くなってくるけど、それに負けないようにうなずく。
「行動療法にも…入れてる…手のひら越し…」
「そう……」
うれしそうに、安心したように笑って、小さくカリナはこぼして。
次の瞬間。
「よかったですわクリス!!」
「わぁー…」
今の静かな雰囲気どこに行ったのってくらい思いっきり抱きついてきた。勢いすごすぎて後ろに倒れちゃったよ。よかった後ろベッドで。
「見届けて来てこの一万年、ようやっと!」
「カリナ落ち着いて…まだ手のひら越し…ちゃんとできてない…」
「ようやっとリアスが一歩!」
あ、聞いてないなこれ。
「カリナー…」
「涙が出そうです……」
「うん、カリナ、喜んでくれるんだろうなと思ったけどそこまでは想定外…」
ちょっとぐすって聞こえたんだけどほんとに泣いてるの?
「カリナ気が早い…」
「気が遠くなるほどの時間見届けていればなりますわ…」
「だからまだしてないって…」
やっとスタート地点立ったかなくらいだって。
でもカリナはすごくうれしいらしくて、ベッドに寝転がったままわたしを強く強く抱きしめてくれる。その頭をなでながら。
「…あのね」
「はいな」
今日は向こうの二人には聞かれてないので、リアス様にもまだ内緒のことを。
「一週間、同じことするの…」
「行動療法ですか」
「そう…」
私の胸に顔をうずめてたカリナが上がってきて、二人してベッドに横たわる。顔を近くして、こそこそ話をするみたいに小さな声。
「一週間同じことして、大丈夫そうなら次に進むの…」
「今はリアスから手のひら越しにキスをしていて、一週間後に次のステップにいくと?」
「さすがカリナ…よくわかってる…」
「お任せくださいな」
ちょっとときどきそれ怖くなるけども今はありがたい。
「それでね」
「はい」
カリナの手をぎゅっとにぎりながら。
「一週間…来週の水曜日なの」
「……」
来週になって、大丈夫なら。
「次、わたしから、がんばりたい…」
まだ、手のひら越しからは抜け出せないかもしれないけれど。
あなたのことを愛していると、少しでも多く伝えられるように。
「…がんばり、たい…」
いつの間にか強い力でにぎってたカリナの手が、わたしの手をにぎり返す。そうして、昔みたいに穏やかな声で。
「……頑張りなさいな」
やさしくやさしく、笑ってくれた。それにわたしもうれしくなって、ほほえんでうなずく。
「ありがとカリナ…」
「とんでもないですわ。いつだって応援しています」
「うんっ…」
「必要ならあの男にけしかけますので言ってくださいね」
「最後台無しすぎる…」
なんて二人で小さく笑いあって。
がんばってって伝えるみたいに抱きしめてくれたカリナの胸に埋まる。
心の中で想うのは、大好きなヒト。
あと三日。
三日したら。
勇気を出して、できなかったことをがんばるんだ。もっとこの先、お互いに進めるように。
きっとリアス様はびっくりして、少し照れるんだと思う。そうして愛してるっていうみたいに抱きしめてくれる。
早く来ないかなって祈りながら。
もう少しだけ、勇気をもらうために。
親友の腕の中で、目を閉じた。
『わたしは後悔の天使。背負った罪は、”愛の後悔”』/クリスティア