未来へ続く物語の記憶 Second April-I

 約束というものは、必ずしも果たせるわけではないものであると思う。

 たとえば結婚をしようという将来の誓い。
 たとえば、明日出掛けようという些細な約束。

 そして。

「終わらないわっ!!」

 たとえば学校で出る課題も教師との約束であり、ヒトはなかなかそれを果たすことができなかったりする。

 聞こえた声に目の前を見れば、ローテーブルを挟んだ向かいにいる道化は広げた冊子達の前に突っ伏していた。

「……あと何ページあるんだ」
「ご、五十ページくらいかしら……」
「新学期まであと三日…」
「炎上たちの家に来ないで自宅で課題をした方がいいんじゃないのか道化」
「祈童くんだって終わってないじゃない!」
「僕はすでに終わらせて今現在のこれは予習だ」
「裏切り者っ!!」

 本来笑守人では課題なんてほとんど出ないのだから、叫ぶ道化にいつもだったらもっと早くやっておけだとか自業自得だとか言うんだろうが。こいつだけでなく他の者も含めて、こうして課題に遅れが出ているのは自分達にも原因があると分かっているので。

「……気分転換に飲み物でも?」
「お願いしたいわっ! ココアを!」
「わかった」

 せめてもの気休めになればと提案し、救世主が現れたかのように顔を明るくする道化に笑って立ち上がり。

「祈童は」
「僕はコーヒーをいただきたい」
「砂糖…? ミルク…? お塩…?」
「最後のは入れてはいけないな氷河。ミルクだけ少し願いたいな!」
「あぁ」

 テーブルに置いてある二人のマグカップを取り、キッチンの方へと歩き出す。
 後ろでは少し遅れてから足音が聞こえた。それにそっと微笑んで歩いて行き、キッチンへ立つと。

「……!」

 控えめに、服の裾が引っ張られる。
 そちらをゆっくり見やれば。

「…」

 水色の頭が、下を向いて隣に立っていた。
 小さな恋人はときおり俺に蒼い瞳を覗かせてはまた下に視線を落とし。何度か繰り返しておずおずと見上げてくる。それに微笑んで、

「ん?」

 聞いてやると。

「…刹那も、ココア…」

 小さな小さな声で、こぼす。きっと前までならばその控えめな態度に気を遣ってしまっていたけれど。

「砂糖と塩どちらがいい」

 兄のような上級生にそれは咎められているので、変わらず冗談をこぼした。すると彼女はぱっと顔を上げ、変わらない様子で「砂糖で…!」と所望する。それに頷いて。

 そっと、水色の頭に手を伸ばした。

「っ!」

 一瞬びくついて足を遠ざけようとするけれど、構わずその頭に手を乗せる。肩が震えたことに心は痛いが気丈に振る舞って。

「持っていくから向こうで待ってろ」

 そう、言えば。

「…わかった」

 ほんの少しだけ怯えた色を見せながら頷いて、クリスティアは俺の手から逃れるようにリビングの方へと向かって行く。
 緊張が移って少しだけ震えた手を握りしめて。

「……」

 キッチンへと向き直り、その緊張を吐き出すかのように息を吐いた。

 陽真がクリスティアに声を掛けた日。
 事件が起きてから一週間、誰の呼びかけにも反応しなかったのが嘘のように恋人は陽真の言葉に反応して顔を上げた。

 そうして陽真と話して、俺達の前に現れたクリスティアは。

 「さよなら」をしたくなかったと、告げた。

 正直こちらとしては何があっても手離す気などまったくなかったので彼女の話すことは追い詰められた故の勘違いや思い込みも多々あったのだがそこは後々きちんとわからせるとして。

 さよならをしたくないと言う彼女に、陽真がどうしたいかを聞いた。

 彼女の言う、俺達がまったくもってする気のない「さよなら」をしないためにまた記憶を封じ込めるのか。
 それとも元々頑張りたかったそのトラウマを乗り越えることをまた頑張りたいのか。

 まるで兄のように優しく聞いた陽真に。

 クリスティアはひとまず、記憶を保持しトラウマを乗り越えることを選んだ。

 心配はあったがこちらとしては忘れられるという悲しみや今のところ不安もなくなるということで、その件についてはどちらかというとあっさり今後のことが決まった。

 クリスティアは無理のない程度に記憶を保持しトラウマの克服を目指す。
 俺達は昔のように距離は取らず、クリスティアがどうしても無理だというところ以外は今までと変わらずに接する。

 変わらずに接するおかげなのか、いざ触れるとなると緊張や恐怖はありつつも昔のようにゼロからではなく、さっきのようにクリスティアからも触れようとしてくれたり実際に触れることもできた。ついこの前まである程度進んでいた現状で完全にお預けをくらうことがなかったのが正直なところ幸いである。
 多少振り出しに近くなったとは言えクリスティア自身が頑張ろうと思うのならば昔より回復も早いだろう。今は俺達だけじゃなく同級生や、距離など関係ないと踏み込んでいく陽真もいる。
 陽真に関しては自分が踏み込めなかったところに簡単に踏み込まれたのが正直悔しいけれど。悔しいけれど、己がクリスティアの強さにいかに甘えていたかを知るきっかけにもなったし、負けぬようあの遠慮なさを見習うということで自分の中ではひとまず落ち着いた。

 まずは一旦解決したそれらよりも。

「…なーにー」

 目の前の問題の解決を早めることから。

 この一週間ほどでだいぶ取り戻して来た間延びした声が聞こえて振り返れば、クリスティアが映る。

 その少女のような恋人は。

 壁へ顔を向けて、首を傾げていた。

 当然そこには誰もいないし、この間誰もクリスティアを呼んではいない。

 まだ治まりはないかと息を吐き、飲み物を入れ終わったマグカップを持ってリビングへと向かう。

「刹那」
「…?」

 名前を呼ぶと、かろうじて反応はあるが壁から目を逸らすことはない。

「氷河、今日は何がいるんだ」
「?」
「可愛いビーストでもいたかしら!」
「…」

 同級生の声にはきょろきょろと周りを見回すだけ。道化と祈童に少々困ったように見上げられたのに笑って、先にカップをテーブルに置いてからクリスティアの目の前に回った。

「刹那」
「んー」
「俺はこっちだ」

 言いながら、正気に戻させるようにパンッと目の前で手を叩けば。

「!」

 びくりと肩を揺らして、何度か瞬きを繰り返す。

「……わかるか」
「りゅー」
「あぁ」

 俺を捉えたクリスティアはいつものようにふわふわと微笑んだ。それには優しく笑って、作ったココアを渡してやる。

「♪」
「なかなか治らないのねー」

 ココアに意識がいったクリスティアを見届けてから、床に座り直し道化の声に頷いた。

「基本的には一週間ほどで改善に向かうと波風は言っていたけれどね」
「ものがなかなか劇薬並だったからな。もう少し時間は掛かるだろう」

 テーブルに肘をつき、機嫌良さげにココアを飲むクリスティアを見る。

 記憶消去やスキンシップ減少よりも悩ましい、現在の問題。

 それは睡眠香の投与によって引き起こされている幻覚や幻聴、いわゆる「せん妄」と呼ばれる症状である。

 薬にはどんなものにも副作用というものがある。睡眠香は厳密には香水になるが、中に入っている成分は睡眠薬そのものなので当然副作用も出てくる。
 睡眠香は数秒で眠らせるため短い期間に複数回使用すれば多少の副作用は出るだろうと思ってはいたが。

 クリスティアの場合、やむを得ないとは言えかなりの摂取をしたので、その症状は一週間経っても治まりが悪い。

「元からの薬嫌いもあって中毒にならなかったのが幸いだが」
「問題は学校だね」

 祈童に頷いて、まだ残っている自分のコーヒーを口にする。

「クラス分けが一番の難関よねー。誰かしら一緒だったならいいのだけれど」
「蓮がその言葉を言わなくてよかったな」
「彼はフラグ回収者だからな。言った瞬間に氷河だけ違うクラスにというのもありえただろうね」

 本人が望んだものではないとわかっていつつも今だけはいないことに感謝をして。

「やはり四月は休学の形を取るのか?」

 祈童の声に、件の当事者である隣の恋人に目を移した。

 ココアに満足したのか、目の前に広げている自由帳に夢中のクリスティア。
 現在通常通りの彼女に、どうするかは本当に悩む。

「幻覚症状が収まってからとは思うが」
「炎上くんが隣にいるのに遠くに炎上くんがいた! とかってなったら危ないものね」
「走ってしまうだろうね。僕らが見ていた限りはなかったが、確か紫電先輩のことは一瞬違う誰かと間違えたんだろう?」
「あぁ」
「ほんの少しずつ減ってるって言っても怖いわよね」

 道化に頷き、クリスティアへと手を伸ばした。
 気配を察したのか蒼い瞳はこちらを向き、ほんの少し身構える。けれど止めずに水色の小さな頭に手を乗せた。強張りはありつつも受け入れてくれた恋人の頭を優しく撫でる。

「……仕方ないとは言え、今楽しいであろう学校に行かせられないのもな」

 授業の遅れは正直俺としてはどうでもいい。
 どの道大人になることのできない自分達。元より知識もあるので数ヶ月くらい授業に出なくとも困りはしない。

 けれど今の学園生活。
 少なからず昔より、恋人は友人も増えて楽しいんだろうと思う。現にこうやって誰かが遊びに来るというのも毎日楽しみにしていた。
 明日はユーアが来るんだとか、今度は陽真だとか、最近増えた眠らない日は延々とそんな話をしている。

 まだ行けるかわからない学園も。

 誰と同じクラスになるかだとか、今年は一緒がいいねだとか。
 毎日のように楽しみだと笑う彼女に、「しばらくは行かない」と言うのが憚られた。
 こうして話題には出すけれど、未だに「行かない」という一歩が踏み出せない。

 前ならば自分の過保護でそれを即断していたのに。

 それが変わりつつあるのは幼なじみによる荒療治か、それとも作った距離などお構いなしに踏み込んだ上級生に自分が負けたくないからか。その真意は今は見なかったことにして。

「学校…」
「ん?」

 そっと見上げてきた恋人の頭を撫でながら、首を傾げる。
 ここ最近でついた何度か視線をさまよわせる癖のあと、クリスティアはまた俺を見上げて。

「おやすみ、する…?」

 小さくこぼす。

 隠してはいるんだろうがその目には残念そうな色が滲んでいた。

「……」

 いつもなら「そうだな」と頷いているんだろう。

 けれどどうしても、少しでも今を楽しんで欲しいという思いの方が勝って。

 口が、動く。

「……この数日でもう少し落ち着けば、行こうとは思う」

 いつもの約束とは言えない条件のような言葉だけど。本人はそれで十分だったのか、すぐにぱっと顔を明るくした。

 そういう顔をするから甘くなるんだろうなと思いつつ。

 ひとまず、もう少し様子見を見てから本当に決めるとして。

 目の前で「炎上の成長を報告だ」と祈童が出したスマホを取り上げるべく、クリスティアから手を離して立ち上がった。

『約束とは必ずしも叶えられるものではない。けれど叶ったときは、思いもよらぬことが起きるものである』/リアス


 ソファの上で対面するように小さい親友を座らせる。自分の前に日々追加されてく彼女の症状を記した冊子を置いて、手元には食べ物やら文房具やらを持った。
 それを、クリスティアにひとつずつ見せていく。

「これなーんだ」
「ペーン」
「こっちは?」
「リンゴー」
「刹那さん誕生日は?」
「十二月の二十四ー…」
「じゃあこれなんだ」
「ノート…」

 答えを聞いていきながら、目の前に広げてある冊子の項目に○をつけていく。

「昨日の晩ご飯は?」
「ドリア!」

 輝かしい笑顔いただきました。後ろでぱしゃっとシャッター音が鳴ったのはいつものことなのでスルーしておいて。
 晩ご飯の項目にも○をつける。

 ペンを置いてから、今度はクリスティアに手を見せた。人差し指を見せて、

「これ何本?」
「いっぽーん」

 次は両手を広げて、

「こっちは」
「じゅうー」

 間延びした声に癒されながら「正解」と笑って、冊子へと目を落とす。その冊子の上に一つの手が。

「閃吏ちょっとびびった」
「あ、ごめん。誰か記録しておいた方がスムーズかなって」
「んじゃお願いしようかな」
「任せて」

 本日の来訪者の一人、閃吏が冊子を持っていったのにお礼を言ってからまたクリスティアに向き直った。
 ずっとこっちを向いている少女のような親友に、右の小指を立てる。

「これはどっちの手の何の指?」
「右の小指…」
「刹那、龍の血液型は?」
「りゅー?」
「龍」
「AB型ー」

 閃吏が記録してくれてる音を聞きつつ、クリスティアに頷く。

「記憶とかそういうのはやっぱ大丈夫そうかなぁ」
「学校行っていい…?」
「いや昨日今日でそんなすぐオッケーかは言えないけども」

 クリスさんそんな悲しそうな顔しないで。俺だって行かせてやりたいって。

 ただ、と。

「…!」
「お」

 ちょうどなタイミングで発生したそれに、これだけがどうしたものかとソファに後ろ手をつく。

「なーにー」

 クリスティアは誰もいない方向を見て、かわいらしい声で言って首を傾げた。

「やはりこれが問題ですわね」
『嬢ちゃん今日は何が見えてんでい』
「…?」

 ウリオスに呼びかけられて、クリスティアはきょろきょろと周りを見渡す。

「閃吏カルテちょうだい」
「あ、うん」

 閃吏からカルテをもらって、チェック項目の下に作っておいた幻覚症状の欄に今の状況を書いていく。

 まず幻聴。誰かに呼びかけられてそっちを向くのは変わらず。

「刹那ー」
「…?」

 この症状が出てる間、一応周りの声も聞こえてはいるらしい。呼び掛ければ今やさっきみたいにきょろきょろと視線を動かす。ただ誰が呼んでいるというのかはわからないらしい。

 あとは幻覚。呼ばれたらしい方向をじっと見るのもまだ変わらない。

「刹那、その人だーれ」
「…?」

 聞いてもまたきょろきょろして首を傾げて、そこを見るだけ。

 答えは返ってこない。

 幻覚症状のところに返答なしと書いて、クリスティアを見守る。

「…」

 じっとさせているとただただそこを見つめているクリスティア。動く気配とかはまったくない。

「誰が見えてるんだろうね氷河さん」
『幻覚終わっても基本が“わかんなーい”だもんねー』
「とりあえず俺たちみたいな知り合いではないとは思うんだけども」

 ティノや閃吏に答えつつ、時計を確認してまたクリスティアへ視線を戻す。

「俺達のような奴だったら一目散だろうからな」
「触られるのが嫌という状況でも近づいては行きますものね」
「ただたまに手振ったりとかしてるからなんとも言えない」
「え、手も振るの?」
「あったあった。ウリオス見なかったけ」
『見たぜっ! 陽真の兄貴や武煉の坊ちゃんと一緒のときだな!』

 たしか三、四日前あたりだったはずとカルテをめくっていく。

 お、あった。

「えーと、“刹那、可愛いものでも見つけたのか嬉しそうに手を振った”って書いてた」
『毎回氷河サンが見えてるのって違うのかな?』
「反応的には違うと見ているんだよな?」
「微々たる違いだけど」

 パラパラめくって、書かれてるクリスティアの反応を見ていく。

 嬉しそうにしていたり、ただただ無表情で見ていたり。日によって反応はちょっとずつ違う。
 ちなみに今日は無表情——お。

 ちょうど目を上げたところで、クリスティアがこっちを向く。どうやら幻覚症状は終わったらしい。

「刹那」
「なーにー」

 反応もあり。
 時計を見れば症状が起きてる時間は約五分。それを記録してからまたカルテを遡っていった。

「時間は着実に減ってはいるかな」
「わ、本当? 回数も減ってるってたしか美織ちゃん言ってたけど」
「当初よりはかなり減っているな。今は一日に二、三回程度になっている」
「このペースなら今月中には回復しますかね」
「たぶんねー。夜だけまだ少し長いのがちょっと心配なくらいかな」
「じゃあ学校、行ける…?」
「だから刹那さん、昨日今日での判断はさすがにむずいって。正直悩みどころだけども」
『旦那もそうだが、行かねーってならないのが珍しいな兄貴』
「んー」

 冊子になってるカルテを閉じて前に置き、またソファに後ろ手をついた。

「幻覚が確かに懸念ではあるけど。家にいて悪化にならないかの方がちょい心配かな」

 今はまだ始まってないから平気だけど、学校が始まったら「行きたいのに行けない」が少しずつストレスになりかねない。
 元々我慢強い子だからなお心配。

「学校行けた、みんなと一緒で楽しい! が回復に拍車をかけてくれそうっていうのと」
「道化が言っていた幻覚に向かって走り出す可能性を天秤に掛けて悩むよな」
「その通り」

 今のところ幻覚が見えてもじっとしているので大丈夫そうっちゃ大丈夫そうなんだけども。

「突然走り出すのは慣れてんだけどね」
「その走り出す場所が悩みどころですものね。見えないものが見えるわけですから」
「えっと、階段の奥に見えた、とか……?」
「閃吏それ以上は想像したくないからストップ」

 俺らが閉じこもるわ。

 ただやっぱり「行かない」がストレスになって悪化も困る。せっかくいいところまで来てるのに。

 きょとんとしている話の中心のクリスティアに、悩んでいたことをこぼした。

「刹那さ」
「なーにー」
「学校行きやすくするために、治療薬飲んでみる?」

 聞いた途端にものすっごい眉ひそめられてしまった。なにお前そんな顔できたの? この長い付き合いで初めて見たよそんな嫌そうな顔。
 そして彼女は口には出さないけど「嫌だ」と意思表示をするように、ソファに座らせているドでかいぬいぐるみに埋もれていく。

「薬嫌いなのは知ってるけども」
「蓮が作ったのなら飲む…」
「お前昔そう言って作ってやったら見事に吐き出したじゃん」
「あれは苦かった…」
「甘くしたわ」

 どんだけシロップ入れたか。
 今はそうでなく。

「このご時世では作れないので病院行って処方してもらわないと無理です」
「…」
「刹那ー」

 呼んでもクリスティアはぬいぐるみのお腹に埋もれるばかり。そのぬいぐるみの名前なんだったか。

「ほらじろーもそういう風にしてみればって」
「これはたろー…」

 しまったミスった。クリスがもっとぬいぐるみに埋もれてしまった。

『治療薬は必須なんですかい?』

 嫌だと言うようにぬいぐるみに埋もれるクリスティアに苦笑いをこぼして、ウリオスには曖昧に首を傾げた。

「必須ってわけじゃないんだけども……一応ね、一週間以上症状が続くならそういう治療も視野にいれてこうっていう」

 まぁ本人がここまで拒絶してると効くもんも効かないわけだけども。

「えっと……氷河さんのこの症状って」
「一週間は越えましたわ」
「なのでその治療も視野に入れてかなきゃいけないわけ」
『波風クンはお薬出せないの? お医者サンみたいなことしてるのに』
「いや俺別に資格もってるわけじゃないんで……」

 そもそも年齢的に資格取れないし。って今は来ない未来に空笑いしている場合ではなく。

「できれば作ってもやりたいけどそれだとやばいくらい時間かかるんだよ刹那」
「…」
「別に万が一ってだけだから飲まなくもいいんだけど。その万が一のために薬持っておきたいの」
「…」
「一回病院行かない?」

 そう、聞いてはみるけれど。

「…」

 病院も嫌いな彼女はまたぬいぐるみに深く埋もれてしまった。どうしたもんかとカリナを見るも、考えてくれているけれど妙案は出ない様子。リアスも苦笑い。

「刹那さーん」

 呼び掛けても「行く」なんて言わないのはわかっていつつ、どうにかできないかとクリスティアを呼んでしまう。
 ただやっぱり、小さい親友は呼びかける度にぬいぐるみに埋もれるだけ。

 負担が掛かるなら飲ませない方がやっぱいい。嫌々飲ませても効果は出づらいのはわかってる。
 ただ万が一のものは欲しいと思ってしまう。

 悪化したとき少しでも早く回復に迎えるような手助けになるもの。あれば安心感も違う。
 ただ俺は医者じゃないので勝手に薬をどっかから持ってくるとかはできないので。そうなると彼女が嫌いな病院に一度は行ってもらわなければならない。

 ただ本人はこの通り大変嫌がっている。それを連れていくのも心苦しい。
 どうする。

 頑張って頭を回転させているところで。

「氷河さん」

 閃吏が、ソファの下からクリスティアを覗き込んだ。
 呼び掛けにクリスティアは閃吏を向く。

「…なーに」
「俺と勝負しよっか」
「?」

 突然の言葉に、クリスティアも、そして俺たちも首を傾げた。けれどきょとんとした雰囲気は気にせず、閃吏は笑う。

「勝負…」
「そう、勝負。氷河さんは病院行きたくないよね」
「うん…」
「でも俺たちは万が一のときのために、氷河さんを助けられるかもしれない薬が欲しいんだ」

 わかってくれる? と幼い子に話しかけるように言うと、クリスティアは小さく頷いた。

「ただやっぱり無理やりも俺たちだって嫌だから、公平に勝負はどうかなって」
「…」
「勝負期間は始業から来週いっぱいの授業決め期間。少しずつ外に出るのも必要だからちょっとは学校行けると思うんだ」
「…」
「で、学校に通って。氷河さんがたくさん楽しめたなら氷河さんの勝ち」
「楽しめなかったら…?」
「楽しめなかったらっていうよりは、怖かったり、まだおうちにいたいなってなったら。学校を楽しく通えるような手助けとして、お薬もらいに病院に行く。どうかな」
「…」

 閃吏を見ながらぬいぐるみに抱きついているクリスティアの目にはちょっと迷いが生まれてる。
 そんなクリスティアに、閃吏がダメ押しと言わんばかりに口を開いた。

「ちゃんと勝ったご褒美もあるよ」
「ごほうび…」
「うん。氷河さんが勝ったらね」

 閃吏はリアスを見て。

「リハビリも兼ねて、氷河さんが好きなお菓子のあるカフェにデートに連れてってくれるって」

 なんて、言えば。

「……は!?」
「…!」

 リアスは驚きクリスの目に光が宿る。

 デートというものはリアスの過保護によってクリスティアはほとんど行けない。普段は「大丈夫」と言うけれど、やっぱり行きたさはあるようで。

「…」

 ほんと? と期待がこもった目でリアスを見た。

「もちろんヒトがなるべく少ないときになっちゃうけど。あそこ、普段混んでるけど実は貸し切りに近いくらいヒトがいない、穴場の時間あったりするんだよ」
「…!」

 閃吏言葉巧みすぎない?
 クリスティアが反応しそうな言葉ぽんぽん出てくるんだけど。

 思わず顔が苦笑いになりかけている間にも、閃吏は巧みにクリスティアの興味をそそるようなワードを言っている。
 これはもうだめだろうと、カリナやティノ、ウリオスと一緒にリアスを振り返れば。

「……」

 かわいい恋人に心揺らいで手で顔を覆っている親友が。

 そんな親友に、

「ね、炎上君?」

 追い討ちをかけるように同意を求めると。

 ここ最近のこともあってか、

「……か、考えておく」

 いつもの約束とは言えない言葉だけど、珍しくすんなりお言葉いただきました。クリスティアすっげぇ嬉しそうだよ。今見えてなくてよかったね親友。この顔見たらお前絶対「行く」って言うから。カリナが写真撮ってるからあとで行くだろうけども。

「じゃあ勝負だね氷河さん」
「がんばる…」

 まぁ互いにリハビリになるのは確かなので、今回は「ちょっとそれは」とも双子そろって言わず。

 嬉しそうなクリスティアに視線を戻しながら。

 最近は周りの方が自分たちの扱いに慣れ始めているなと、こっそり苦笑いをこぼした。

『クリス幻覚チェック』/レグナ