春休みの最後となる木曜日。
いつものごとくカップルのお宅にお邪魔させていただき、今日は新学期前日ですし来訪者もありませんねと、少し久しぶりとなる四人の時間を過ごしていました。
四人でローテーブルを囲み、レグナが作ってくれたパンケーキを口に運びながら。
「とりあえず明日は私が早めに行きまして」
「んでリアスたちのクラス確認したら俺たちに連絡する感じで」
「あぁ」
話題は明日の新学期登校のこと。
様子見しながらどうするかとなっていた登校は、ひとまず閃吏くんが勝負を持ちかけたことで条件付きで登校をするという形にまとまりました。誰かしらが同じクラスであればそのまま登校、離れてしまうようであれば幻覚がしっかり収まってから。
クリスティアもそこの点はしっかりと理解してくださり、今は目の前のパンケーキに夢中。その微笑ましい光景を写真に収めることは忘れず。
「カリナは一旦戻ってくるんだったか」
「一応そのつもりですわ。テレポートがありますから」
「カリナいっしょ?」
「えぇ! 共に学校へ行きましょうねクリス!」
「妹のテンションの差が」
かわいく聞かれたらテンション上がるでしょうと目の前の男性陣を見る。けれど彼らは首を傾げるだけ。おかしいですね私だけかしら。そんなことないはず。
「美織さんや雪巴さんならわかってくれると思うんですよ」
「そこに男が入らないのが不思議だよな」
「カリナたち性別合ってる? 大丈夫?」
「あってますよ失礼ですね。逆にあなた方がそれでも男ですかと聞きたいですわ。ねぇクリス?」
「ねー?」
あ、これ絶対わかってないか聞いてない。でもかわいいからいいですわ。微笑んで。
ようやっと戻ってきた日常を心に刻んでいると、家にインターホンの音が響きました。
「ん?」
「宅配便ですか?」
「いや頼んだものはないはずだが」
どことなく覚えのあるやりとりをしながら、今回は四人で玄関へと向かっていく。クリスティアが先に歩いて行き、モニターを少し背伸びして見ると。
「はるまー」
顔をふわっとさせて、玄関へと走って——待ちなさいなお待ちになって。
「クリスっ、お約束があるでしょう!」
「!」
三人でダダダっと玄関へと走っていきながらクリスに呼びかける。それに珍しく反応し、クリスティアの足が止まりました。こちらを振り向き、うなずいて。
「…外出るときは、誰かといっしょ」
「そ。もうちょっとの間だけね。とりあえずリアスが出るから」
「俺か」
「あなたの家の来訪者でしょうよ」
「とか言いながら毎回一緒に来ているじゃないか」
「そうなんですけれども」
止まったクリスティアにほっと息をつき、話しながらリアスが扉を開けるのを見守る。
クリスティアをこちらに来させている間にモニターを見れば、来訪者は三人。
「フィノア先輩はちょっとお久しぶりですわね」
「意識干渉型の仕事がすげぇ入ってたって言ってたもんね。クリス回復し始めてからは初じゃない?」
「ぶれんもひさしぶりー…」
「陽真先輩よりかは回数少なめでしたね」
いや陽真先輩がかなりの頻度で来てるだけで武煉先輩の頻度が普通くらいなんでしょうけども。陽真先輩一日置きくらいに来てますし。
「クリスを可愛がっているのは知ってますが結構な高頻度ですわよね」
「ね。だいたいクリスの様子見に来るといる」
「なにオレの話?」
手を広げればおずおずと飛び込んできたクリスティアを抱きしめてあげると、声が聞こえたのでそちらに目を向けました。そこには本日来訪者の陽真先輩、武煉先輩、フィノア先輩の上級生たちが。
「こんにちは後輩さん方」
「やぁっと来れたわぁ。ひさしぶりぃ」
「りー…」
「刹那ちゃん元気ぃ?」
「げんきー」
のほほんと返すクリスティアにいつも通りと判断できたのか、フィノア先輩は嬉しそうに笑いました。それに我々も笑みをこぼし、リビングへとそろって歩いていく。
「アポなしですみません。提案があってね」
「提案、です?」
「そぉ。明日からの登校でねぇ」
「また急だな」
「さっき思いついたんだよ」
陽真先輩は少し申し訳なさそうにそう言って、先を歩いていた私とレグナの横を通り過ぎていきました。目的は私たちの前を行くクリスティアというのはわかったので、起こるであろうことに今度は苦笑い。
「よぉ刹那ぁ」
「!」
楽しそうに笑いながら言う陽真先輩に、クリスティアは反射的に嫌そうな顔をしました。けれど逃げたりはせず、迫ってくる陽真先輩に足を止めて。
「元気か」
伸ばされた手に身構えつつも、頭に乗ってきた手を受け入れました。
「…元気」
「ハッ、相変わらずイヤそうな」
「…」
「なに、まだ気持ちワリィの?」
「…そうじゃ、ないけど…」
「ケドなに」
「ちょっと、こわい…」
「そ」
「〜〜っ」
怖いと言われながら陽真先輩はクリスティアの頭をぐりぐりと撫でていく。相変わらず遠慮のないことと苦笑いをこぼしつつも、彼女の回復の速さは陽真先輩のその遠慮なさ故とも知っているので、とがめることなく足を進めました。
「刹那ちゃーんあたしもぉ」
「っ」
後ろでさらにフィノア先輩が迫っているのを聞きながら。
「……武煉先輩はやりませんのね」
隣にやってきたもう一人の上級生を見上げて聞く。その人はいつも通り笑って。
「こういうのは俺の担当ではないので」
先を行くリアスを追うようにリビングへ向かっていく武煉先輩の背を見送る。
「……ならどんなことが担当なのかしら」
「女関係なら担当かと思ったけどね」
お兄様トゲがありますわ。これはいけないとすぐさま笑ってレグナの背を押し。
後ろでクリスティアに構い倒している上級生にも声をかけて、改めてリビングへと向かいました。
そうしてリビングにて落ち着いてしばらく。
「ぉ、泊まり、です?」
武煉先輩から言われた言葉に声を裏返しまう。
けれど目の前の上級生はいつも通りの笑みのまま。紅茶を優雅にすすって頷きました。
「泊まるのは別に陽真だけでもいいんだけれど……とりあえず、誰かしら泊まらせてくれればなと思ってね」
「今日か?」
「そ、今日。明日に備えて、な」
「お泊りー?」
「おー」
待ってクリスティアこれはしっかりお話聞かないといけませんから。嬉しそうなお顔なさらないで。決定事項になってしまうから。
クリスティアがイエスを出す前に。
「な、何故、でしょう……?」
手を上げて、聞けば。
待ってましたとばかりに武煉先輩が口を開きました。
どうしましょうもう決定事項になる気しかしませんわ。けれど止める暇もないので身構えて聞く体制を保つ。
「当然、刹那の回復のためですよ」
言われた言葉に、少し気が緩み。肩の力を抜いて武煉先輩の続きを聞きました。
「シオンから聞きましたよ。刹那と少し勝負になって、登校することにしたんだとか」
ひとまず同級生たちとそんな頻繁に連絡とっているんですかというのは置いておきまして。
「そう、ですわね」
「その登校時に人手が多いといいかなと思いまして。庭に出ているのは何回か見たけれど、完全に家の外というのは久しぶりだろう?」
「そうだな」
「この春休みで来訪者が多かっただろうから、多少多人数に耐性はできたとは言えど。比べ物にならない人の量でパニックになりかねませんから。道中何があってもいいように家から一緒に行こうかと思ってね」
「まさかテレポートで学園行こうと思ってたとか言わねぇよな?」
視野には入れてましたというのは飲み込んでおきましょうか。
レグナとリアスとそろって苦笑いしてしまったのですでにばれてそうですけれども。
「本当なら安全な学園に一発で行ければいいんだろうけれど。いざ刹那がパニックに陥ったとき、テレポートが使えない可能性も高いので。それはひとまず帰るときに使うということで、行きは慣れさせるのも兼ねていつも通り徒歩で学園に向かいましょう」
「それで武煉先輩たちが泊まるのは?」
「ここから待ち合わせのところも結構距離があるだろう? そこまでで何かあったら困るかなと思ってね。家から一緒に行ければと」
「ほんとなら朝一で来れればいいんだけどぉ。あたしたちはあんたたちと違ってテレポートはないしぃ。あんたらが早めに家出るのも考えるとなかなかな早起きになっちゃうのよねぇ」
「だから泊まって朝から共に行動をしたいと」
リアスの声に、武煉先輩たちがうなずく。
内容を聞くとただただ「確かに」と思うことばかり。
でも我々の中には「けれど」という声も上がってくる。
「お気持ちはありがたいのですが……ここまで面倒を見てもらってさらにというのは申し訳ありませんわ」
「ソレは気にしねぇケド? 乗りかかった船だろ」
「いやそうかもしんないけども……」
ねぇ? とレグナに見られて、私も困ったようにうなずく。ただ先輩たちは気にしてないのか、さらに提案を続けていく。
「あ、ついでに言うとシオンクンとの勝負期間中は泊まるつもりだから」
「は!?」
「モチロン、オッケーがもらえりゃの話」
「あたしたちじゃなくても美織とか雪巴に頼んでもいいしぃ」
あぁあの子たちならば「喜んで!」というのが目に見える。いやそうでなく。
「いえだからこれ以上は——」
あまりご迷惑はと、言いかけたときでした。
「考えてみてください華凜」
「はいな?」
武煉先輩が言葉を被せてきたので、思わず返事をしてしまう。しまったと思いつつももう遅い。武煉先輩は笑って口を開きました。
「万が一です。刹那がパニックに陥った場合」
「はい」
「君たちがパニックに引っ張られない保証はありますか?」
「そりゃあ……」
ありますよと言おうと思ったのに、武煉先輩は言わせてくれない。
「普段なら間違いなくそうでしょう。とくに蓮。短いとも長いとも言えない付き合いですが、おそらく君が一番冷静に見れると思うけれど」
「うん」
「ここ最近の刹那のことで少々君たちも不安定だったろう? 心配に加えて睡眠不足、多少改善はしてきたとは言えど今現在もあまり気は抜けない状態」
「……」
「そういうときは不測の事態にとても弱くてね。とくに龍と華凜。止まってしまう可能性が高いんじゃないかな」
図星に顔をそらすしかできませんわ。
「仮に刹那がパニックに陥り、龍と華凜が止まった場合。止めに入るのは蓮一人。けれど刹那は元々すばしっこいからなかなか一人で捉えるには苦労してしまうね」
「そう、ですわね」
「その通りデスネ……」
どうしましょうどんどん逃げ場がなくなっていますわ。心なしか崖に追いやられている気分。
「そんな中で道路に飛び出したらなんてあったらどうするんだい?」
やめてくださいよ想像して幼なじみ三人で一斉に腕さすったじゃないですか。その揃った行動に笑ってから、武煉先輩はいつもの読めない瞳で私たちを見る。
「では最悪の事態も想定できたということで、交渉に参りましょうか、後輩さん方」
交渉と言いながらも我々に拒否権などないというのは明白。ただただ苦笑いで武煉先輩を見る。
「起こるかはわかりませんがその“万が一”のために動ける人間を確保するか、確保せず挑むか」
頭のいい君たちならどうするかわかるよね、と言いたげに首を傾げられて。
最後に、クリスティアを見る。
「?」
本人は床に座った陽真先輩と、彼が持ってきた毛糸でいつのまにかあやとりをしている。
のほほんと楽しそうにしている彼女に、万が一が。
万が一が起こったら。
せっかく楽しい日常が戻ってきたのに逆戻りしてしまう。それだけは絶対にいただけない。
ただでさえ、最後の三ヶ月はその「楽しい」を制限させてしまうのに。
そこはレグナたちにも言わないけれど。
三人で頷き、諦めたようにソファに座る武煉先輩とフィノア先輩に向き直る。
そうして、息を吐いて。
「よ、よろしくお願いしますわ……」
さらに迷惑をかけるとわかっていながらも、その提案にうなずきました。
『今日から楽しいお泊り会。すべては愛する親友の日常を取り戻すため』/カリナ
二週間とちょっと前に、とってもこわいことが起きた。
いろんなことを思い出して、いろんなことがこわくなって。またたくさん時間をかけて、たくさん迷惑をかけていくんだと思ってた。
でもそれは、たったの二週間くらいで「もしかしたらそんなことないんじゃないかな」って思えるようになった。
周りのヒトたちは変わらずに接してくれて、変わらない距離でいてくれて。
「それじゃあ」
「刹那とのお風呂権をかけましてっ」
「じゃぁんけーん」
二週間前とかここ最近のなんてうそなんじゃないかなと思うくらい、わたしの周りは通常運転です。
カリナとかもう絶好調だよね。わたしとのお風呂権賭けたじゃんけんにめちゃくちゃ全力だよね。
ほいっと、リアス様、レグナ、カリナとフィノアの四人でやってるじゃんけんに思わずあきれた目を向けるしかないんですけど。
「この二週間をいろんな意味で忘れそう…」
「ソレはソレでいいコトなんじゃねーの?」
「楽しさで上書きされて回復が早まるのはいいことだよ」
はるまたちが泊まるって決まって、みんなが荷物を持ち寄って少し落ち着いた夕方。リビングの中心で繰り広げられてる、あいこが続くじゃんけんをはるまとぶれんとソファに座って見守る。
「一応聞くけど二人はあのじゃんけん入んないんだね…」
「入ってほしーの?」
「聞いてみただけで絶対“うん”なんて言わないけども…」
「俺としては蓮も全力なのが驚きですけどね」
「いつもはこの年齢で入るのはって言う…今はほら、心配プラスわたしの症状のデータが欲しいから…」
「蓮クンだけいろんな意味で下心やべーな」
そこは今後のカリナのデータに役立つんだろうから気にはしないけども。
「…!」
三人でじゃんけん組の全力具合にあきれた目線を送ってたら。
「どうしていっつもあなたばっかり!!」
「先輩に譲るとこじゃないのぉ?」
「今日くらい代わってよ」
「勝負で決めたんだから文句を言うな」
ちょうどじゃんけんの結果が出たみたい。勝者はリアス様。
「結局いつもどおり…」
「オマエたしか龍クンと毎日風呂入ってんだっけか」
「そう…」
「かわいい恋人とは本当にずっと一緒にいたいタイプなんだね彼は」
「いや溺れるか心配だから…」
ねぇ二人ともあわれんだ目向けてこないで。悲しくなる。
ふてくされたようにほっぺをふくらませてぎゅっとひざを抱えると。
ぽふっと、頭に手が置かれた。
一瞬びくっと体が反応してそっちを見るけれど、伸ばしてきたはるまは気にしてないみたいで楽しそうに笑って頭をぐりぐりなでる。
「…なぁに」
「悲しそうなカワイイ後輩の慰め?」
「いらない…」
ちょっとまだこわいから、逃れようとするのに。
「遠慮すんなって」
「してないっ…!」
そのヒトは逆に近づいてきてもっとぐりぐり頭をなでてきた。
こうなると気が済むまでやめないっていうのは、この一週間で嫌と言うほど知ったから。こわいけど少しの間だけ大人しくなでられ続けた。
この二週間では、いろんなことが一気に変わった。
いろんなことを思い出して、わたしはまたヒトに触ったり触られたりがこわくなった。
自分から触ろうと思うと手がふるえたりするし、前と違って触れるのに時間もかかるようになった。触れられるときは体がびくってなるし、逃げちゃうこともある。
あとは、ときどき変なものが見えたり声が聞こえたり。ぼんやりしてるから「だーれ」って聞かれてもわからないけれど。回数は減ったけど、そういうのがあるのも変わったこと。
あと、周りの変わったことは。
「…もういーじゃん…」
「オレが今撫でたい気分」
一番は、はるま。
みんな変わらずに接してくれるし、はるまも基本的にはいつも通りなのだけど。こうして頭をなでてきたり触ってきたりっていうのがすごい多くなった。
「もうやぁだ」
「なんで」
やだって言うと理由を絶対聞くし。
「…こわいから」
「んじゃもうちょいな」
ちゃんと理由を言っても、すぐやめてくれることはほとんどない。
このヒトのおかげで昔より触れたり触れられたりに抵抗少なくなる期間が短くなってるのはわかっているけれど。
「お」
「もう、やっ!」
なで続けられるとどうしても“このヒトじゃない”ってなって、はるまの気が済む前にその手から逃れて走り出す。
行き先は、もちろん大好きなヒト。
「!」
でも触れる前に反射的に目の前で止まって、体が行くか行かまいか悩む。顔を見上げれば不思議そうな顔。
早くこのヒトになでてほしいけどちょっとこわい。でもなでてほしい。
何度か踏み出そうとして、止まってを繰り返してたら。
「行くなら行けって」
「わっ!?」
「っと」
いきなり背中を押されて、目の前の大好きなヒトに飛び込んだ。
受け止めてくれたヒトを見上げれば、驚いた紅い瞳。まだ残るこわさに安心が出てき始めて、こわばってた体がゆるんだところで。
まず背中を押したヒトを恨めしげに見た。
「…いきなり押さないで…」
「カワイイ後輩の後押しだろ?」
ほっぺをふくらませて言うけれど、はるまは楽しそうに笑うだけ。そうしてぶれんがいるソファに戻っていく。それをずっと恨めしげににらんでから。
あったかい大好きなヒトに、目を戻した。
見上げるとちょっと不思議そうな顔してるそのヒトは、どうしたって目で聞いてくる。それに、何回か見上げたり胸元に視線を戻したりすること数回。
言葉では恥ずかしくて、ちょっとこわいけれどぎゅっとリアス様に抱きつく。後ろに回ってきた腕に体がびくってなったけど、やさしく抱きしめられたのにすぐ落ち着いて。
「…」
“また”、かなってそっと顔をあげれば。
「ん?」
リアス様は、よくわかるくらいうれしそうにほほえんでた。
わたしの周りで変わったことの、二つ目。
触れたり、リアス様が触ろうとしたのを受け入れると、リアス様は前よりもっとうれしそうな顔になるようになった。あんまりそういうの顔に出すヒトじゃなかったのに。目元がゆるんで、心の底からうれしいっていうのが伝わってきて。
それもあってか。
「…」
昔はすごく辛くて触るのにも時間がかかって、ずっとずっと震える期間が長かったのに。
今は、ふるえる時間が短くなって。
あったかい体温に、すぐ体の力を抜くことができた。
『クリスとお風呂決定戦』/クリスティア
上級生が泊まることとなった新学期前日。
クリスティアとリアスから順にそれぞれお風呂に入っていき、リアスとレグナが作った夕食を食べ。
レグナがこの家に置いているゲームをしてしばらくし、寝るには良い頃合いとなった夜十時。
せっかく泊まりになったならばとリビングで雑魚寝なるものをすることにし、七組の布団を敷きまして。
「それではっ!」
「刹那ちゃんの隣をかけてぇ」
「ジャーンケーン」
夜にも関わらず、我々はハイテンションでじゃんけんをしております。
今回はリアスと陽真先輩が入れ替わって、並べた布団のひとつの上で、クリスティアとリアス、武煉先輩が呆れたように我々を見てる中。
「あいこでぇ」
「しょっ」
クリスティアの残っている隣を賭けて、勝者になるため手を出す。
「こういうのはせっかく泊まりに来てくれた先輩たちに譲るんじゃないのぉ?」
「勝負事は譲らない性分ですの」
またあいことなり、陽真先輩の合図で手を出した。
「先輩たちが譲ってくれればいいじゃん」
「オマエらこそ普段から一緒なんだから今日くらいいいんじゃねぇの?」
「陽真先輩先程は譲ってくれたじゃないですか」
「いや風呂はマズイだろ風呂は」
確かに「入る」と言われてもびっくりしますけれども。踏み込みが過度すぎて止めると思いますけども。
「風呂はまずいならどこまでならオッケーなの? 陽真先輩的に」
「えぇ……? それ女の話? 刹那の話?」
「刹那か女性かで回答変わるんです??」
「わたしも女なんですけど…」
あ、後ろで殺気が。
だいぶ絶好調になってきましたねと冷や汗をかきながら彼女に笑って。
「あ」
出した手を見て、声も出る。
今私が出したのはパー。周りを見ると陽真先輩とレグナもパー。
目の前に立つ先輩の手を見れば。
「あたしの勝ちぃ♪」
チョキを出していた先輩は、そのままご満悦そうにピースサインをしてくださり。
「また負けましたわっ!」
あいこが続いていたじゃんけんに終わりが訪れ、悔しさに軽く地団駄を踏んでしまう。相反してフィノア先輩は楽しげにクリスティアのところへ駆けて行きました。
「刹那ちゃーん、今日はフィノアねぇさんと寝ましょぉ」
「はーい…」
「それでは私は刹那の対面で寝ます……」
「そうなりゃまたジャンケンだろ華凜ちゃん」
「嘘でしょう?」
どれだけクリスティアの周り人気なの。狙ってる私も人のこと言えないけれども。
「また死闘ですか……」
「いや刹那の上に陽真と華凜が来るようにすれば解決するでしょう」
「刹那のかわいい姿を拝める場所を半分こなんてできませんわ……」
「ときには妥協も必要ですよ華凜」
「人には妥協ができないところもあるものです」
「馬鹿なことを言っていないでさっさと場所を決めろ場所を」
バカなことだなんて心外な。
言ってきたリアスを睨むもその男は意に介さず四組並べている布団の端へ歩いていく。それを見届けてから、陽真先輩を見上げて。
「我々は本当にどうしましょうか」
「まぁさっきのはジョーダンにして」
「どこが冗談? 刹那の隣に行きたいところから?」
「んやそこはホンキ」
この方クリスティアのことどう思っているのかが地味に気になる発言ですわね。とりあえず一旦置いておきまして。
「刹那ちゃんの対面になるのにジャンケンするっつートコ。武煉の言う通り場所分けて並ぼうぜ」
「私は冗談ではありませんでしたが」
「華凜ちゃん目がマジ」
「本気ですもの」
まぁでも、と。
「並びになるのであれば刹那の前はお断りしますわ」
笑顔で言えば、武煉先輩と陽真先輩はきょとんとしました。それに、後ろのレグナに手をかざして。
「信頼しておりますが、男性と並んで寝るのは兄がとても心配してしまうので」
「おい蓮クン心配なんて顔してねぇぞ」
「真顔で目見開いて圧がすごいんですが」
「心配していらっしゃる顔です」
「明らかに牽制してる顔じゃね」
否定はしません。
あながち間違えではない答えをなかったことにするかのように咳払いをして。
「というわけで、私はフィノア先輩のお隣失礼しますわ」
「あら、いらっしゃぁい」
「んじゃ俺華凜の前ね」
「じゃあ刹那ちゃんの前もらい」
「俺は陽真の隣で」
四組のリアスとは反対側の端に決めたことで、眠る場所があっという間に決まり。
「消すぞ電気」
「おー」
全員が布団に入ったところでかけてきたリアスの声に頷き、リビングが暗くなりました。
と言ってもすぐ眠れるわけではなく。
「しんせーん…」
「刹那ちゃん全然新鮮そうな顔してないわぁ」
この短い期間で当たり前になった、クリスティアが眠るまで起きているという習慣もあり。
暗い中でも話は続いていきます。枕にうつ伏せれば、ほかの方たちも同じようにうつ伏せたり肘をついたりして視線はクリスティアへ。
「あっという間に明日から二年生ねぇ」
「ねー…」
「オマエはお姉さんになれっかね」
「わたしは今でもみんなのおねえさん…」
「君はみんなの妹の方が合っているんじゃないかな」
「魂年齢的にはおねえさんだもーん…」
いや魂年齢的にはおばあちゃんとかそこらへんでは。言いませんが。
「刹那ちゃんは学年変えてなんか変えんのぉ?」
「? 変える…?」
「結構いんのよぉ。とくに被服系かしら。学年変わって心機一転ってことでぇ、制服変わったりする子」
「ウチ服装自由だしな。毎日変えんのめんどくせぇからって制服っぽくしてるヤツらほとんどだケド」
「それでも学年変わると服装が変わる子もいますよ。ネクタイだったり、髪型とかね」
「なんか変えたりしないのぉ?」
言われて、全員で考える。
けれど答えはすぐにNoと出ました。そもそもそういうことを考えている余裕がありませんでしたわ。
「……我々はとくに予定は」
「ないな」
「こっから変える? 俺と龍は別にいいけど。刹那と華凜とか」
「刹那のお洋服変えるのは大賛成ですわ」
「せっかくなら華凜ちゃんも変えりゃいいじゃん。ワイシャツそのままで羽織るもの変えるだけでもちげーよ」
「華凜も変える…?」
「刹那が喜んでくれるのであればいくらでも変えましょうっ」
「♪」
嬉しそうにクリスティアが足をパタパタとさせたので新学期から服装を変えることを決定し。
「蓮服えらんでー」
「おっけー」
声を聞きながら姿勢を横向きに。
「明日から変えるのか」
「それでもいいんじゃないかな。とりあえずという形でもね」
「じゃあ明日もぉっと早起きしなきゃなんじゃないのぉ?」
「早く起きんなら早く寝ねぇとな刹那ちゃん?」
「龍にかぁわいい姿見せらんなくなっちゃうわよぉ」
「!」
フィノア先輩の言葉に、もぞもぞと布団を動かす音が聞こえ、クリスティアが布団をかぶったのだと知る。今きっと一生懸命目をつぶっているのだろうと想像して、勝手に笑みがこぼれました。
「刹那ちゃん寝るぅ?」
「寝る…がんばる…」
「明日、かわいい姿私にも見せてくださいね刹那」
「うんっ」
その声にさらに口角を上げて。
珍しく早めに眠気の混ざってきているクリスティアの声を聞きながら。
明日が楽しみですねと、レグナに微笑んだ。
微笑んだのはよかったんですけれども。
「一緒に行けないとはどういうことなのっ!」
朝。先輩からの提案に私ははしたなく声を上げてしまっている。それを見たリアスは呆れた様子で私の前に紅茶を置きました。
あのあとクリスティアが眠ったことでそれぞれが眠りにつき。
朝、それぞれの寝起きを見ることや寝起き特有のできごとを期待するのもほどほどに。私はクラス確認もあるし、昨日クリスと約束した心機一転の制服変えもありますしということでいち早く準備をし始めたところで。
武煉先輩たちに、言われました。
クラス確認後、こちらに戻っては来ずにエシュト学園で待機をしていてほしい、と。
「華凜ちゃんがいるっつったら刹那ちゃんもガンバれっかなと思うからさ」
「初日で一緒に登校させてあげられないのは申し訳ないんですけれど」
「あんたらの中で誰か一人、待機してて欲しいのよぉ」
「それが私と……」
理由としては納得できることなんですけども。
かわいい姿をしばらく拝めないという悲しさが襲ってきますわ。
「うぅ……せめて服装を見てから行きたいです……」
「自分の服も決めてってなると時間的に無理でしょ。華凜もお楽しみってことでいいじゃん」
「そうですけども……」
「言うの遅かったなこりゃ……ワリー」
「いいえ……未だ気持ちが追いついていないだけです」
落ち着かせるように紅茶を飲み、寝起きで布団の上でぼうっとしているクリスティアを見る。
「寝起きもかわいいです刹那……」
「通常運転ですね華凜」
「んじゃクラス確認と連絡頼むぜ華凜ちゃん」
おかしい最近私の扱いものすごい雑じゃないです?
「もう少し丁寧に扱ってくださってもよいのですよ」
「彼女への全力の愛に丁寧に対応していたらキリがなくてね」
「武煉先輩、朝だからか辛辣じゃないです?」
寝起きもかなり悪そうでしたよね。
思わぬ方向から来たヒットする言葉に胸をさすりながら、紅茶を飲み切り。
「ご馳走様でしたわ」
「あぁ」
一足お先にいただいていた朝食の食器と一緒にリアスへ渡してから、頭をきりかえて。
身なりを整えてクリスティアの元へ歩いていき、まだ少し寝ぼけているクリスティアの前にしゃがみました。
「刹那」
「なーにー…」
ふわふわと嬉しそうに微笑む彼女に笑ってから、手を伸ばす。一瞬引きそうになったけれど構わず頭へと手を乗せれば、目を細めて受け入れてくれました。
そんな彼女の頭を撫でながら、微笑んで口を開く。
「刹那、私はこれから学校に先に行きますね」
「うん…」
「最初は帰ってくる予定でしたが、私は向こうに残って待つことにしました」
瞬間、クリスティアは私を見上げた。そうして言葉を理解して、眉を下げてしまう。
「いっしょは、行かない…?」
「えぇ」
元より「一緒に行こうね」とここ最近で話していた分、少しショックも大きいようで。クリスティアの目はどんどん悲しそうになっていく。
それに負けないようにしながら、口角を上げて。
「待ってますわ刹那」
「…?」
「あなたがかわいらしい格好で、私のところに来てくれるのを向こうで待っています」
だから。
「とびきりかわいいお姿にしてもらって、笑顔で登校してきてくださいね」
待っていますから。
そう、言えば。
「…」
悲しそうだった顔は、少しずつ強い目に変わっていき。
「…わかった」
こくり、頷きました。それに私も頷いて。
「それでは私は一足先に行きますわ」
彼女から手を離し、魔力を練っていく。
一度後ろの兄と幼なじみ、上級生を見て。
「大事な親友のことをお願いしますね」
言えば、任せてというように彼らは微笑む。それを確認してから、最後にまたクリスティアを見ました。
「刹那」
「ん」
にっこりと笑って。
「また逢いましょう」
あなたが楽しみにしていた学園で。
消えていく視界の中、クリスティアが笑ったのをしっかり見てから。
私は一足先に、その場を後にした。
『寝る場所決定戦』/カリナ
カリナが先に学校に行ったあと、リアス様とレグナにたくさんかわいくおめかししてもらって。
「龍クンと刹那ちゃんで一緒なのはよかったわな」
「願ったり叶ったりぃ♪ 龍も安心ねぇ」
「君のクラスにはシオンやエルアノ……ティノも。しっかりものが結構揃ったね」
「あぁ」
「逆に俺と華凜のクラスには祈童と道化、雫来ですっげぇ騒がしいの揃ったわ……」
カリナから連絡が来て、無事わたしとリアス様が同じクラスだったってことで。
「刹那気分は?」
「へーき…」
七時三十分。普段家を出る時間よりも早く、玄関に向かった。
久しぶりのくつをはいて、最後にもう一回身なりを整えてから、先にくつをはいてドアの外に出てるみんなを見た。
「んじゃ行くか、刹那ちゃん?」
「うん…」
「今からゆぅっくり行くからねぇ」
「気分が優れなくなったら誰でもいいので伝えること。守れるね」
「はぁい…」
うなずいて、すぐそばに立つリアス様を見上げた。
そのヒトはわたしにほほえんで手を差し出してくる。
「華凜に逢いに行くか」
その手に、また少し時間をかけながら。
「…うん」
自分の手をそっと置けば、ゆっくり握られる。ちょっとだけびくっと体が反応したけど、息を吐いて落ち着かせて。にぎられた手を、わたしもにぎり返した。
そのまま少しだけ、こわさから安心に変わるまで待ってもらって。
あったかい手に、ほっと息をついたところで。
「…行く」
「あぁ」
うなずいて、わたしはひさしぶりに家の外へと一歩踏み出していった。
「…」
一歩外に出ていけば、家とはちがうあったかい空気を感じる。
息をちゃんと吸いながらゆっくり歩いて行って、この二週間出ることのなかった門の外に一歩踏み出した。
そこで一旦みんながストップ。
「んじゃちょっと外慣れな」
「うん…」
あらかじめ言われてたことにうなずいて、わたしも止まって周りを見回した。
登校までの決まりごと。
体調悪くなったら言うこと。
ゆっくり歩いていくこと。
リアス様の手を離さないこと。
あとは、今みたいに。ところどころの地点で一旦止まって、大丈夫そうなら進むこと。
第一関門はこの門の外。
「ベランダまでは出てたのよねぇ」
「うん。だから外の空気とかはたぶん平気だと思う」
ね、ってレグナに言われて、うなずいた。
「靴を履いて外に出るというのが久しぶりだな」
「何か感覚は違いますか?」
「感覚…」
聞かれて、きょろきょろ周りを見ながら確認してみる。
この二週間と違ってちゃんとはいたくつ。
しっかり整えた身なり。
みんなに見守られながらだけど、二週間の間の見守られ方とは違って、ちゃんといっしょに歩けてる。
「…」
感覚、っていうとまたちがうかもしれないけれど。
「…うれし」
こうやってみんなといっしょに外出れること。
そう言ったら、みんなうれしそうに笑ってくれて。わたしももっとうれしくなった。
「これならちょっとずつ歩いて行ってみるぅ?」
「その方がよさそうですね。刹那の顔が今か今かと待っていますから」
「わたしそんな顔出てた…?」
あ、みんなそろってうなずいてしまった。
最近そんなにわかりやすいかな、って空いてる手でほっぺを押さえる。そんなに口角は上がってる気がしない。
「…龍が最近顔に出やすいのはわかるけど…」
「お前も同じくらい顔に出ているぞ。とくに不快なとき」
申し訳なさしか出てこないんですけど。
若干まゆげが下がったところで、すぐリアス様からまた声が落ちてきた。
「……俺としては新鮮で楽しいが」
「不快な顔が…?」
それはいかに。
けれどリアス様はすぐに首を横に振って。
「お前の顔が変わるのが、だ。前よりわかりやすくて助かるのもある」
「…」
少し複雑なのは変わらないけれど。
助かってるなら、リアス様が楽しいならいいのかなって今は納得して。
「そう…」
「行くぞ」
「はぁい…」
リアス様にやさしく手を引かれながら、ゆっくりと久しぶりの道を歩き始めた。
こつり、こつり。ゆっくりかかとを鳴らしながら歩いてく。
「…」
空を見上げて、並んでる電柱とか自販機を見て。
元々通学路はリアス様の過保護もあって人気がないところを歩いていくけれど、朝早くだからか今はなおさらヒトがいない。
「静か…」
「刹那気分悪いとかは大丈夫?」
レグナに聞かれて、ヒトもいないからその場で一回止まって。自分の体調をたしかめてみる。
「…」
くらくらもしない。ぼんやりも今のところ大丈夫。疲れたりもしてないし、こわいのもない。
——うん。
「へいき…」
「結構平気なもんねぇ。だいぶ歩いてきたのにぃ」
「体力もあまり落ちていませんね」
「陽真先輩がことあるごとにベランダ連れ出して走り回ってたもんね」
「いやー刹那ちゃん早ぇのなんの」
「本人達は楽しんでいたが見ていたこっちは死にそうだったからな」
恨めしげに見られて、思わず視線をそらして舌を出す。
「もうしわけないとは、おもってます…」
「……おかげでここまで来れているから今となっては構わないが」
「そう考えるとオレすごくね? 天才じゃん」
「すごいのは認めるけどもうちょい俺たちの心臓に優しくしてほしい。ほんとに」
「刹那がやめようと言っても全然聞かなかったね陽真」
この二週間のみんなの死にそうな顔思い返してすごい心が痛い。
じとってみんなに見られて、はるまといっしょにだんだん居心地が悪くなって。
「ま、ホラおかげでココまで来れたじゃんか」
「そう、終わりよければすべてよし…!」
「いやまだ終わってないから」
「行こうみんな…」
「華凜ちゃん待ってんぜ」
「なんなんだお前らのその息の合ったやりとりは……」
リアス様に呆れられながら、きっとこの二週間のたまものだよってことにしておいて。
「んじゃこっから本番行くか」
「うんっ…」
はるまにうなずいて。
通学路の最後に待ち受けてる、学園前の横断歩道に歩き出した。
「…」
リアス様の手をしっかりにぎって少しずつ進んでいけば、車の走る音が聞こえて来た。
静かなところは慣れてたけど、車があるところとか広い場所はちょっと久しぶりになる。ほんの少し緊張しながら、しっかり息を吸って。
「行けるか」
「…うん」
おっきな横断歩道が待ってる通路の前で、リアス様にうなずいて。
一歩ずつ、そこに向かっていけば。
「…」
今までのところとは全然ちがう雰囲気が、広がってた。
目の前でたくさんの車が走ってる。
八時すぎたっていうのと、学園前っていうのもあって、交差点にはエシュトの生徒が並んでた。
視界が広い。
「…」
なんだろう。
音の聞こえ方とかも、全部ちがう。
「結構ヒト出てきてんな」
「中はもっとすごいかもしれないね」
ずっとはっきり聞こえてたみんなの声が、少し遠い。
「華凜どこらへんいるかな」
「校門前で待ってるって言ってなかったぁ?」
「逢えたら道化たちも待機していると」
なんて言うんだろう、いろんな音が混ざって、
なんか、ちょっと。
「っ…」
気づいたとたんに、心臓がどきどきしてくる。
喉元が気持ち悪い。
さっきまでなかったのに、周りを見回したらちょっとくらってする。
「りぅ」
「……!」
思わずリアス様の手を強くにぎって、見上げた。
どんな顔してたんだろう。少しだけぼんやりしてる紅い目が真剣なのに変わって。いつもなら手ぎゅってしたら「折れる」とか言うのに、そんなこと言わずにわたしの前にしゃがんだ。
「気分悪いか」
「…」
小さく、うなずく。
「刹那くらくらする? 気持ち悪い?」
「す、こし…?」
気持ち悪さもあるけど、どっちかっていうと心臓の方がバクバクしてて。その音でみんなの声が聞こえづらい。
「刹那ちょっと手貸してね」
「…っ」
空いてる手首触れて、もっと心臓の音がおっきくなった気がした。
「脈早いね」
「一旦その道戻るかい? 落ち着いたら行くでもいいし、テレポートで戻ってもいい」
「刹那ちゃん、ちょぉっと動ける?」
だんだん遠くに聞こえ始めてる声に、あいまいに首を動かす。うなずいたのかも首横に振ったのかもわかんない。見上げたみんなは少し困った顔に見えた。わたし首横に振ったのかな。
どうしよう。気分悪いのに気づいちゃったからか、だんだん悪化してる感じしてきた。
目の前、ちょっとくらい。
手の先とかも冷たくなってる気がする。リアス様、今手つないでる?
動かなきゃいけないんだっけ。あれ、でもどこに。
こういうとき、深呼吸すればいいって、レグナが前に言ってた。呼吸。
「…?」
吸ってる? 今、吐いてる?
——あ。
もしかして今、相当やばいのかもしれない。
気づくたびに、どんどん心臓の音がおっきく聞こえて。
声も遠くなってきて、どうしようって。
思ったときだった。
「っ!?」
いきなり、背中を強く叩かれる。それにびっくりして、一瞬視界がぱっと元に戻った。
映ったのはリアス様たちの驚いた顔。でもわたしを見てなくて、みんな視線はわたしの隣にいってるみたい。
なに、って隣を見たら。
「ホラしっかり」
はるまが、わたしの隣にしゃがんでる。見上げてくる目はいつも通りの楽しそうな感じ。あまりのいつも通りさにびっくりしたからか現実に引き戻されて。
「…はっ、っ、はぁ」
初めて、自分の息が乱れてるのを知った。
苦しくなってる胸をぎゅっとつかめば、はるまはさっきと違ってやさしく背中をトン、って叩いてくる。
「深呼吸」
「っ、、…」
「吐いてみ息」
「、ふっ、…」
言われるままに息を吐いて、吸って。
「もっかい」
「…」
また吐いて、吸う。
「もーちょい深く」
「…?」
「ほれ吐いてみ、はーって」
途中からはるまといっしょに吐いて、吸って。
何回か繰り返していくと。
「…」
「声聞こえっかな」
「…」
ちょっとまだどきどきしてるけど、さっきより周りの声が聞こえるようになって、視界もはっきりしてきて。はるまの声にうなずいた。
それにはるまもうなずいて、リアス様がするみたいに背中をトン、トンって叩きながら口を開く。
「なぁ」
「…」
「華凜ちゃんに逢いに行くんだろ」
「…!」
やさしく笑いながら、それだけ。
それだけ言って、ただただはるまはわたしを見つめる。
帰る? とも、大丈夫? とも聞いてこない。
はるまはずっと、わたしがうなずくのを待ってるみたいだった。
「…かりん」
小さくこぼせば、ペンダントを揺らしながら軽くうなずいて。またトン、って背中を叩く。
どうするのって感じじゃなくて、背中を押すような感じで。
じっと見つめてたら、はるまがまた口を開いた。
「華凜ちゃんにカワイイ格好見せる約束したもんな」
「…」
「龍クンと蓮クンにめいっぱいオシャレしてもらっただろ」
「…うん」
「喜ぶ顔見たくねぇの?」
いつのまにかはっきり聞こえるようになった声に、自然と声が出た。
「見たい…」
言えば、はるまは笑って立ち上がる。
「おっし、じゃあ行くか」
「え、一回戻ったりした方がよくない?」
「戻るのは一回進みきったあと、な。とりあえずもう少し進んでみようぜ」
な、って。背中を押されて、前を見る。
「刹那」
「…」
目の前には、心配そうな紅い目。はっきり見えるようになった顔を、しっかり見て。
感じるようになったあったかい手をぎゅっとにぎって、うなずいた。
「だいじょうぶ」
「……」
少しだけ見つめ合った後。
「……わかった」
リアス様はうなずいて、立ち上がる。リアス様が隣に立ったことで、目の前には横断歩道が広がった。信号が変わるのを待つヒトたちも来たときより多い。
「…」
でもさっきと違ってこわい思いはなくて。
「…あ」
校門前に、来た時は見えなかったカリナの姿が見えた。
まだ遠いから顔まではしっかり見えないけれど。たぶん心配そうな顔してる。
「喜ばせてやんねぇとな」
「…うん」
はるまにうなずいて、前を、カリナをしっかり見た。
一年生のときとはちがう、リアス様とおそろいのパーカー。前にカリナが「すごくかわいい」ってほめてくれたやつ。髪は下ろしてる方が好きって言ってたから髪はいつもどおり下ろして。きっと行ったら「よくがんばったね」って抱きしめてくれるから、ぎゅってしたときにいい匂いするように、今日だけ流さないトリートメントつけてもらった。
くつは学校の指定のだから変えられないけど、靴下もかわいいやつ。手もちょっとだけ実はおしゃれさせてもらった。
考えるのは、カリナたちの喜ぶ顔だけ。
意識するのは周りじゃなくて、カリナと。大好きなヒトのあったかい手。
信号が変わるまで何回も何回もカリナの喜ぶ顔を想像して、リアス様のあったかい手を意識して。少しだけまたどきどきしてきた心臓に気づかないフリをする。
「背中押してやろうか刹那ちゃん」
「…平気だもん」
見計ったように声をかけてきたはるまに返しながら、信号が変わるのを待つ。
「なんなら手繋いでやるケド?」
「龍の手があるから平気…」
楽しそうなはるまの顔を見上げたら、つながれてる手がぎゅっとされた。
そっちを見たら、リアス様はちょっとうれしそうな顔でわたしを見てる。
奥にいるレグナも、安心したような顔してた。
それに、肩の力も抜けて。
「行くわよぉ」
さっきと違ってほほえんで、フィノアの声にまた前を見た。
「行くか」
「うんっ」
リアス様の声にうなずいて。
大好きな親友がいるその場所へ、一歩。
足を踏み出した。
『クリスティア登校』/クリスティア
クリスティア登校後

来れたー

まぁ刹那っ! よかったです、それにとってもかわいいですわ! お洋服もですし、隅から隅まで……! 爪までかわいくしてるんですのね! あと今日洗い流さないトリートメントしてます? この前買ったやつですよね!

華凜ちゃん、気づき方ストーカーだから

ここまで行くと恐怖を感じるね