未来へ続く物語の記憶 Second April-V

かごに入った野菜を洗いながら、鼻歌を歌う。それを聞いてたまっしろなもふもふはわたしの横にやってきた。

『ごきげんです氷河っ』
「うん…」
『何事ですかっ』

 いっしょに野菜を洗い始めてくれたユーアにお礼を言ってから。

「デート…♪」

 小さく、言うと。

『デー——』
「で、デートですか刹那ちゃんっ!!」

 目の前のゆきはからすごい勢いのリアクションが来てびっくりしてトマトを落としてしまった。

 授業が始まって二日目。火曜日の三・四時間目は一年生のときから取ってる料理の時間。去年と違うのは、いっしょのメンバー。一年のときはカリナとレグナといっしょだったけど、今年はゆきはとユーア。もちろんリアス様もいっしょで、四人で話しながら料理中。

 話題は、

「こ、今週ですか! 今日とか!」

 わたしがごきげんの理由である、リアス様とのデートの話。思いの外ゆきはの食いつきがすごい。

「雫来落ちつけ。手元を見ろ」
「見ていられないほど嬉しいんですっ……!」

 気持ちはうれしいんだけどほんとに手元見て欲しい。こっち見てうれしそうにしながらダダダって野菜切ってるけど。絶対手切るでしょそれ。

『放課後デートですかっ』
「んーん…」

 とりあえずゆきはの手がなくならないことを祈りながら、ユーアには首を横に振った。

「ぉ、お休みの日ですねっ!」
「おやすみというか…おやすみして行くというか…」
『救済補填でお休みとってどこか行くですか』
「うん…」
「ぇ、炎上くんも気軽に行きやすい平日ですね!」
「休日は混むしな」

 ねーってうなずきながら、洗い終わった野菜をかごに戻して。
 ユーアもかごに入れてくれたのを見てから、野菜切るのが担当のゆきはのとこに運ぶ。

「そ、それで刹那ちゃん」
「はぁい」

 あいかわらずこっち見ながら危なっかしく包丁で切ってるゆきはの近くにかごを置いて、ちょっと離れてゆきはを見上げた。

「デートはどこに行くんですか?」

 じれったそうに言うゆきは。ユーアもわたしを見上げて首を傾げてる。
 答えようと思って口を開こうとしたら。

「あ、ゅ、遊園地とか!」

 ゆきはがしゃべり始めてしまったので、口が開いたままになっちゃう。でも一回しゃべりだすとゆきはは止まらないので。

「去年の交流遠足の遊園地に、ぃ、行くとかですか? あとは静かなところと言えば……平日なら人も少ないしどこかで、ぉ、お茶もいいですよねっ! ゆっくりお買い物とか……あ、ぉ、お揃いの洋服を増やすとかっ!」

 まだしゃべるんだろうなって予想がついたので口は閉じて、ユーアと手でむける野菜の皮をむいてく。

「お二人なら図書館とかも、ぃ、行きそうですよねっ……! あ、でもこの街だと笑守人の方が図書館は大きいですね……。あとはゆっくり公園にお散歩とかっ!」
「残念だが全部ハズレだ」
「えぇっ!」

 じゃあどこですかって野菜切りながら言うゆきはに、今度こそ。

「びょーいん」

 見上げて、言えば。

 ゆきはがぴしって固まった。そしてよくわからないって顔で首をかしげる。

「びょ、びょう……?」

 うなずけば、ゆきはは今度炒め物してるリアス様を見た。それに、リアス様は気まずい顔をしながら。

「……刹那の病院だ」

 答えを、小さくこぼす。自分に言い聞かせるように「病院……?」って繰り返し始めたゆきはから、視線はユーアへ。

『病院ですか』
「そー。せんりとの賭けのやつー…」
『学校が怖く感じたらと聞いておりましたがっ』
「うん…最初はその予定だったんだけど…みんなともっと楽しんだり、みんなと安心して遊びたいから…」

 だから、病院行ってくるのって言えば。

『良き案だと思いますっ!』

 にこって笑って、うなずいてくれた。それにほほえみ返して。

『病院デートはいつですかっ』
「来週ー」

 いまだに「病院……」って繰り返してるゆきはは置いといて、野菜の皮むきを再開。

「来週の火曜に予約が取れたから行ってくる」
『では来週の今日はここにはいないとっ』
「そー」

 うなずいてユーアを見たら、ちょっとさみしそうにまゆが下がってる。それを見てわたしのまゆも下がった。

「さみし?」
『ちょっとだけです』
「わたしもさみし。ちょっと」

 お互いにうなずいて、少しだけ距離を詰めた。

『あとは雫来の制御ができそうにないのが不安ですっ』
「そっちの方が本音だろう」
「早く終わったら来るから…」
『お待ちしてるですっ』

 リアス様と二人でうなずいて。

 そのあとひらめいたってばかりに「ナースと医者のコスプレをして院内デートということですかっ!?」とか言い出したゆきはに。来週のユーアはほんとに大変そうってすごい同情した。

 ゆきはが暴走しながらもしっかりできたお昼ご飯を食べて、五、六時間目はこのメンバーに加えてレグナとゆい、エルアノとウリオスでとってる体育の試合の授業を楽しんで、夜。

「……」
「…」

 最近ずっとヒトがいたからちょっとだけ慣れない二人っきりの家の中。
 ソファに前より間隔を開けてリアス様と座る。

 お互いに本を広げて、読書の時間。

「……」
「…」

 わたしはその途中で、ちらっとリアス様の方を見る。

 足を組んで本を読んでるリアス様はかっこいい。わたしのせいだけどずっと落ち着いてリアス様のこと見れなかったから。どことなく久しぶりな感じがして。

「…」

 整った顔にみとれたり、心臓もちょっとドキドキしてる。

 文字を追ってる紅い目はきれい。ページをめくる指も。たまにコテッて首が倒れて揺れる髪も、きれい。

 ずっと見つめてたくなるっていうのはきっとこういうことだと思う。そのくらいかっこいい。

「……なんだ」
「!」

 ってずっと見てたら気づいたリアス様が気まずそうにこっちを見てしまった。

「なんでも…」
「……」

 それには本で顔を隠して誤魔化して。

「…」

 リアス様がまた本に戻ったかなっていうタイミングを見計らって、自分の本を下ろして目を落として。

「……」
「…」

 ふっと、息を吐く。

 リアス様を見てたいんじゃないんだって。
 やりたいことがあるんだって。

 頭に入ってこない文字を目で追って、またリアス様の方をちらっと見て。
 タイミングがわからなくて本に目を戻して、何行か見たらリアス様の手を見て。

 それを、ただただ繰り返す。

 でもタイミングはいまだにわからない。

 恋人と二人っきりの家の中。静かな読書の時間。

 そんな読書のときに、そっと恋人様に触れるタイミングが。

 来週にリアス様とのデートが決まった。病院だけども。
 でもどんな場所でも、リアス様と二人で出かけられるっていうのはうれしくて。

 それが決まった日に、心の中でそっと決めた。

 少しずつ触ったり触られたりがいろんなヒトのおかげでできるようになった最近。
 でもまだ自分からはためらってしまうことも多い。

 そこで。

 せっかくなら、そのデートのときに。
 なるべくためらわずに。前みたいにスキンシップをがんばろうと。

 いきなりぎゅっとするなんて言わないから。デートなのだから、せめて手だけは、前みたいにがんばりたい。
 こわいとかもなく、病院だけども、それまでの道、家までの道。楽しくリアス様と歩きたい。テレポートするぞとか言われたらショックだけどもそこは一旦置いといて。
 前に止まってた踏み出すのを、がんばろうと決めた。

 でも生物いきなりというのはなかなか難しくて。

 家に二人っきりになるようになった今、こうして触れようと思ってるんですけども。

「…」
「……」

 今までどうやって行ってた? ってくらいそこの一歩が踏み出せない。
 リアス様の手にそっと自分の手を重ねたいのに腕が伸びていかない。

「…」

 つい一ヶ月前はお構いなしに飛び込んでたのに。勇者だなわたし。過去の勇者クリスティア、今こそわたしに力を貸してほしい。

 そう願っても、頭の中の勇者クリスティアは「がんばってー」ってのほほんと言うだけ。ちがうじゃんそうじゃないじゃんっ。

「…」

 もういいよがんばるからっ。勇者クリスティアには帰ってもらって、もっかいリアス様の方を見る。

 狙いは手。

 その手にこう、そっと。そっと自分の手を重ねたい。

 よくあるじゃん、恋愛もの見てる恋人たちが、ムードにのまれてそっと手を重ねるっていうのが。
 恋愛もの見てる恋人たちが。

「…」

 恋愛もの見てる恋人たちが?

 うん、うんあるよそういうの。よく聞くよ。
 でもあれってなんか一緒のもの見てなかったっけ。そうたとえば目の前の四角いテレビに映るのをいっしょに…。

 もしやわたしが今やろうとしているのは恋愛映画を見てる恋人たちがやるものでは??

 読書のときとかって絶対やんないよねこれ。
 一応わたしの読んでるもの恋愛ものだよ。なんかこう、今後の勉強になるかなと思って最近読んでるよ。
 でもリアス様のやつって思いっきりミステリーじゃないですか。
 わたしが「ときめいた」ってそっと手を重ねたときリアス様の方がもしも誰か死ぬシーンだったらタイミング的に「次は俺か」ってなるやつじゃん。

 進展どころではないのでは??

 しまったミスってしまった。これは計画を練り直さなきゃいけないかもしれない。明日から映画にするべきか。誰か恋愛映画のおすすめ知ってるヒトいないかな。明日授業かぶってる子はみおりとかせんりだ。あとはカリナにも聞いて…。

 なんて、明日のことを考え始めたとき。

「…!」

 手の甲に、あったかいのが触れた。考えてたのもあって思い切りびっくりして。

 あったかい手がある、隣を見る。

 そこにはなんとも言えない顔してるリアス様が。

「ぇ、あ、の…」
「さっきからずっと俺の方というか、手ばかり見るから」

 繋ぎたいのかと。

 言いながら甲に触れてたリアス様の手がわたしの手を握る。

 どきどきしてるのはさっきびっくりしたのが残ってるからか、それともいきなりのときめきシーン再現にときめいたからか。

 たぶん両方だけども。

 うれしさもあるのに、心の中ではなぜか先を越された悔しさが出てくる。

「…」
「クリスティア?」
「…、は」
「ん?」

 のぞき込んでくるリアス様を、きっとにらんで。

「次はクリスがときめかせるからっ!!」

 驚いてるリアス様に構わず、謎の宣戦布告をして。

 自分の中で、デートの日の決意をさらに強くした。

『来週火曜はデートの日』/クリスティア

 


来週火曜はリアクリデート、リアス様トキメキ大作戦!

クリスティア
クリスティア

Q.男のヒトをときめかせるのはどうしたらいい?

side 双子クラス

 

美織
美織

ときめきってことだけれど。まず男のヒトってどういうのにときめくのかしら

 

結

僕らに聞いているのか?

 

カリナ
カリナ

あなた方が自分を男性だと思っているのならそうですわね

 

結

ときめきか……

 

雪巴
雪巴

こう、どきっとするような!

 

レグナ
レグナ

好きな子が自分の作った服着たらどきっとするけど

 

カリナ
カリナ

あなたのはときめくんじゃなくて興奮するんでしょうよ

 

結

波風の性癖は置いておいて

 

レグナ
レグナ

趣味だよ

 

結

もっとだめだろ。ひとまず置いておいて。一般的かもしれないけれど、学校でしか逢わないのなら私服はときめくかもね

 

美織
美織

でも二人はいっつも一緒なのよね

 

結

そうなんだよ。難しいな

 

レグナ
レグナ

女子組の方が浮かんだりして。女子がやろうと思ってること出してってときめくか答えていくのは? 参考になるんじゃない

 

美織
美織

それだわ!

 

カリナ
カリナ

まずは……刹那が頑張ろうとしている、ふいに手を繋ぐ、ですかね

 

結

状況が状況だから仕方ないけれど……

 

レグナ
レグナ

まぁ普段だったら男から行きたいよね。でもどきっとはするかな

 

雪巴
雪巴

た、たしか刹那ちゃんにはまだ内緒ですけど……か、カフェに行くんですよね。あーんしてくれたりとか!

 

美織
美織

わぁかわいいわ!

 

カリナ
カリナ

日常ですわね

 

レグナ
レグナ

主にリアスからだけど

 

美織
美織

ハプニングで女の子がよろけちゃってっていうのはどうかしら! 女の子もときめくけれど、普段見えないところから見てどきっとするわ!

 

レグナ
レグナ

あー、……

 

レグナ
レグナ

よろけ具合によってはリアスの骨が逝くな……

 

カリナ
カリナ

前科ありましたわクリスティア……

 

雪巴
雪巴

な、なかなか難しい、ですね……

 

結

逆ならいくらでもあるんだけれどね

 

美織
美織

そうよねー。それこそよろけた女の子を男の子が支えてどきっみたいな!

 

雪巴
雪巴

——ハッ、実は女の子の靴のヒールが折れてしまっていて……?

 

カリナ
カリナ

——ハッ、男の子が移動のために……?

 

美織
美織

彼女を抱っこよ!!

 

雪巴
雪巴

す、素敵です!!

 

結

今日も絶好調だな女子組は

 

レグナ
レグナ

俺もうクラス替えしてー……耳いったい

 

結

始まったばかりだ、頑張ろうな

 

side リアクリクラス

 

クリスティア
クリスティア

あるー…?

 

ティノ
ティノ

ときめきかぁ

 

エルアノ
エルアノ

一般的には普段と違うお洋服にときめくと聞きますが……お二人の場合、普段と違うお洋服は難しいですよね

 

クリスティア
クリスティア

いっつもいっしょ

 

エルアノ
エルアノ

そうしたら、小物や髪型に変化をつけるというのはいかがでしょうか

 

クリスティア
クリスティア

どきっとする?

 

ティノ
ティノ

そりゃするよー! あ! なんならアクセ作る!?

 

クリスティア
クリスティア

 

エルアノ
エルアノ

図書館でそういうものを調べてみましょうか

 

クリスティア
クリスティア

うんっ

 

リアス
リアス

……仕方ないのはわかるんだが、本人がいていいのかこの話題は

 

シオン
シオン

う、うーん……相変わらずプライバシー皆無だね……

 

ウリオスとユーアにも聞いてみました

 

クリスティア
クリスティア

ユーアとウリオスはどんなのにどきっとする?

 

ウリオス
ウリオス

そりゃあデートで一緒にいるだけでなにもしなくてもドキドキよ! 安心しな!

 

シオン
シオン

男前……

 

クリスティア
クリスティア

ユーアは?

 

ユーア
ユーア

……。髪をかきあげる仕草とかはどきっとするですっ!

 

クリスティア
クリスティア

! やってみる!

 

結

……意外と男らしい回答するんだなユーア……


 隣に座る男を見て、毎回思う。

「……何かありまして?」
「……」

 何故私は。

「……何故気づく」

 この無表情な男のことに関していつもいつも変なところで気付くのかしら。

 クリスティアとリアスのデートが明後日に迫った日曜日。クリスティアの体調チェックも兼ねてカップル宅へお邪魔させていただき。

「クリスここ数日幻覚ないじゃん」
「わーい」
「これなら火曜も俺らいなくても大丈夫そうだね」
「デートできる?」
「できるできる」

 クリスティアのデート楽しみパワーなのか、レグナの言う通りクリスティアは絶好調。このまま症状も収束していくのではないかと思うほど。

 なんですけれども。

「……クリスティアと反比例してあなたが最近考え込んでいるように見えるのは気のせいでしょうか」
「……」

 少し離れたところで共に見守っている幼馴染みの男の方が問題ありそうなんですが。

「……」
「……」

 ちょっと返事しなさいよ気のせいじゃないみたいじゃないですか。

「気のせいじゃない感じです?」
「……お前は何故俺のことはそうも気づくんだろうな」
「私だってクリスティアのことで気付きたいですよ」
「クリスティアに関しては気味が悪い方向で気づいているじゃないか」
「安心しました、絶好調ですね」

 なんて、レグナによる診察の続きを見ながら冗談をこぼし。

 今のままではいけないでしょうとため息をついて、口を開く。

「私でよければ聞きますけれども」
「今日は優しいな」
「いつも優しいでしょう? どこがと言ったらその口裂きますからね」
「優しさのかけらもなかった」
「台所からナイフお借りしますね」
「お前の方が絶好調だな」

 笑って、再度の冗談もほどほどにソファに背中を預け。

「では緊張がほぐれたところで本題に参りましょうか。何をお悩みで?」
「……」
「クリスティアをついに私にお渡ししてくださる決心でもつきました?」
「馬鹿じゃないのか」
「あなたが言わないからこちらが当てに行っているんでしょうよ」
「的外れにもほどがある」

 失礼な。

 ぷくっと頬を膨らませて睨んでから、レグナの問診に可愛らしく答えているクリスティアへ目を戻す。
 未だ口を開かないらしい幼なじみにはため息を吐いて。

「別に話すお相手は私でなくとも結構ですけども」
「……」
「せっかくクリスティアが楽しみにしているんですよ。あなたがもやもやとしていたらクリスだって楽しめませんわ」

 それに、と。

 今よりも声を潜めて。

「サプライズ、するんでしょう?」
「……」

 閃吏くんとの賭けであったカフェデート。クリスティア本人は自ら賭けを降参したと思っているので未だに病院に行くだけと思っているけれど。今までずっと頑張ってきていたし、そのカフェは貸し切り予約などもできるということでクリスティアに内緒でデートに組み込んだのは先週の話。

「もちろんクリスの体調がよければですが。もしかしてそれの不安でもやもやしてます?」
「……」
「話やすいならば陽真先輩とかでも呼びましょうか」

 リアスをそっと伺いながら言えば。

「……いや」

 緩やかに首を横に振って——って待ってくださいすごい嫌そうというかそんな複雑そうな顔します?

「あなたそんなに顔に出るタイプでしたっけ」
「そんなに顔に出ていたか?」
「とても複雑そうなお顔に」
「……」

 苦笑いをしたということで大当たりですね。ん? ということは。

「……陽真先輩関連でもやっとしていると?」
「……それだけでもないが」
「関わってはいると」
「……」
「……」
「……」

 そういうことですよね、と。
 じっと見つめていれば。

「……話すから陽真達には言うな」

 観念したようにため息をつきました。リアスの言葉にはひとまず頷いて、またクリスティアの方へと目を戻す
おそらく聞こえているであろうレグナがクリスティアの気を引いてくださっている間に。

「で、なにをそこまでもやもやと?」
「……」

 ローテーブルに置いてある紅茶に手を伸ばして、聞けば。

 少々の沈黙の後。

「……明後日、俺じゃない方が喜ぶのではないかと」

 あまりにも想定外な答えが返ってきてしまって伸ばした手が止まったじゃないですか。

 なんて?

「え、リアスなんて?」
「クリスティアとの出かけ、相手は俺じゃない方がいいんじゃないかと」

 この男本気で言ってます?

「……本気で言ってます?」
「今心の声と同じこと言ってるだろ」
「言いたくもなりますよ。嘘でしょうリアスまさか本気ですか?」
「俺は結構真剣に考えているんだが」

 手を伸ばしたままの状態でリアスを見ると。

 あ、本気ですねそのお顔。ものすごく真剣に悩んでるときの顔ですよね。ぱっと見無表情に見えますけど。なんで私この男のことこんなにわかるのかしら。付き合いが長いせいですわ。なんて逸れたい思考には喝を入れて、紅茶をしっかり手にとり、ソファに再び背中を沈める。

「……ちなみにそのお相手は」
「お前達はもちろん」
「……陽真先輩達の方が良いかも、と?」

 そっと横目で見れば。

 この男頷きやがりました。

 え、嘘でしょうリアス。本当に?

「私の知っている“クリスティアは俺を想っていて当然”みたいなあなたはどこにやったんですか」
「お前そんな風に俺のこと見ていたのか」
「そうなるでしょうよ。あなた去年の四月覚えてますか? ナンパされようが声かけられようがそこはどうでもいいと」
「……言ったな」
「一万年近くの考えがこの一年で見事に変わりましたね」

 笑ってあげて。

「……心境の変化は環境の変化からかしら」
「……変わるだろう、ここまで交流もあれば」
「そうですね」

 この一年だけでなく、この数千年。頭の中で思い返していく。

 今まで。
 永く長く生きてきたけれど、こんな風に心の距離を踏み込まれていくなんてありませんでした。
 どうせ十八の年齢で一度この世を去る身。その先にはどうしても共には行けない。

 だからか、交流はあっても深く交わった生物なんてほとんどいなくて。数千年生きてきたくせにきっと数える程度しかいない。
 それが、今世になって。

「こんなに楽しく、何も気にせず交流をしていたのなんて初めてですわ」
「気付いたら結構近い距離にいたな」

 その分きっと、別れは惜しい。あと二年後ですねと心の中で寂しく思いながら。

 今はその寂しさではなく、彼の本題へ。

「それで思いの外いろんな方が……主に陽真先輩が近い距離に来て焦っていると」
「今のしんみりとした空気のまま話を終わらせたかった」
「今終わったらまたずるずると考えるんでしょうよ。いいから吐き出しなさいな」
「お前もこの一年で変わったな」
「そうですか?」
「自分の中でしっかり考えられるならそれでいいというタイプだった」

 言われて、あぁ確かにと紅茶を口に含む。
 吐き出したいと思うなら吐き出せばいいんじゃないですかというような。

 それが変わったのは。

「クリス暇つぶしの本決まったの?」
「決まったー」

 のほほんと楽しそうに話している、小さな親友の一件があってから。

 きっと話したかったのに話せなかった小さなヒーロー。その環境を作ったのは、気を使いすぎた私たち。間違いではなかったのだとは思う。けれどあの子に対しては正解ではなくて。

「……次は後悔しないように、お話を無理やりでも聞き出そうと思ったんですよ」
「……」
「うちはなかなかため込む方が多いので」

 愛する兄もそう。

 だから、

「あなたで練習をしたいなと」
「いい空気が台無しだな」
「和ませているんです。では本題に戻りましょう」
「お前と話すと本題からよく逸れるな」
「その原因の九割ほどはあなたなんですけどもね?」

 そのお叱りはまた今度にして。

「要は自分より他の方がお似合いなんじゃないかというところですか」
「……似合いとかではないが……。最近は自分より周りの方があいつをわかっている気がする」
「そうですか?」

 あまりピンと来ず。紅茶を置いてリアスを見れば、頷きました。

「どうやったら喜ぶだとか、接し方だとか。トラウマや病状の回復だってあいつらがいるおかげで異常に早いだろう」
「早いのは認めますけども」
「……それに」

 言い始めたらポロポロと溢れてくるのか、リアスはクリスティアを見つめたまま。

「……俺は、悪くしか言えなかった」

 彼女のせいで事件が起きたというような言い方しか。

 守りたいはずの愛しい恋人を、悪く言ってしまったと。

 小さな声で、ぽつりとこぼす。

「誇るべき行動だと獅粋に言われて頭が殴られた感じがした」
「……」
「……そんな風にしか言えない自分が、いいのかと。……傍にいて」

 だんだんと小さくなって、最後はもう耳をすましても聞こえづらかった。

 けれどしっかりと聞こえていた言葉たちを、頭の中で何度も反復していく。

 たくさんの言葉が浮かんだ。叱咤、労い。大丈夫ですよという根拠のない励まし。ただ、どれもピンとは来ませんでした。
 これだと思えたのは、最後に浮かんだ“それ”だけ。

 口を開きかけた瞬間に、あぁやっぱり私も変わったかもしれないなと心の中で思う。

 前だったなら、ここで私がいろんなことを言ってリアスも納得をしていたけれど。

 私の答えはクリスティアの答えではないと、ついこの前知ったから。

「気になるなら聞きましょう」

 もうすれ違いも、思い違いもごめんだと、言葉を出せば。

「……はっ!?」

 理解が及ばなかったのかリアスは素っ頓狂な声をあげました。それに構わず、その声にこちらを向いたクリスティアを呼ぶ。

「クリスー」
「おい待てカリナ」
「なーにー」
「お聞きしたいことが」
「カリナばか待て待ってくれ」
「あなたに自分で聞きなさいと言ったら数百年くらいかかりそうなので」

 あ、ぐっと黙りましたわ。図星ですか。心の中で再び笑って。
 とことこと歩いてきて、私の目の前に立つクリスティアへ。

「ちょっと真面目なお話です」
「まじめ?」
「そう、真剣なお話ですわ」
「…」

 その隣にしゃがんだレグナは微笑んでいたので、きっと結果は大丈夫でしょうと確信がありました。もちろん私はまだクリスティアの答えを知らないから確信してはいけないけれど。

 リアスがいろいろと思い違いをしているのだけは、見てきてわかるので。観念して顔を手で覆ったリアスには頑張ってもらうとして。

「リアスが悩んでいるんですよ」
「なやみ…」
「はいな。明後日のデート、自分でいいのかなと」

 いまいち理解ができないクリスティアはこてんと首を横に傾げました。わかりますわクリスティア、意味わかりませんよね。

「他にも、あなたの隣に立つのは自分でいいかなとか」
「…」
「ちょっと悩んでいるんですね」
「なんでー…」
「そうですねぇ……」

 一番は、

「一番はあなたを悪く言ってしまったことが、ずっと心に残っているからですかね」
「悪く…」
「獅粋先生と話したんでしょクリス。そのときのこと」
「…」

 レグナに言われて、クリスティアは少々記憶探りタイム。探し物はすぐに見つかったのか、ぱっと顔を上げました。
 私を見て頷き。

 彼女の視線はリアスへ。

 当の本人はいたたまれないのか、顔から手は離れましたが視線が定まってません。エールを送るように腕を叩いてあげて、その視線をクリスティアへと向けさせる。

「…気にしてない」
「……俺は気にしている」
「…」
「……してはいけないことを、したと」

 その言葉にクリスティアはまた首を傾げ。
 言葉か、リアスにとっての正解を探しているのか。腕を組んだりしながら考え始めました。

「……」
「…」

 そうして数分。

 何かを見つけたクリスティアが、リアスへと近づいていく。

 ヒーロータイムからか躊躇いなく彼女はリアスの膝へとまたがり、紅い目としっかり向き合いました。見守っていれば、クリスティアが小さな口をそっと開く。

「リアス様の言ったこと」
「……」
「わたしは間違えとは思わない」
「……!」
「エシュトにはきっとほこり。でも助け方だってもっとあったかもしれない」

 誰かを呼ぶとか、それこそ陽真先輩と一緒に行くとか。

「わたしが行かなかったらティノもはるまもけがしなかった。ユーアもこわい思いしなかった。だからリアス様の言ったことも、間違えじゃない」
「……」

 それでも後悔が止まないリアスに。

 クリスティアはまた、「それに、」と口を開いて。

「わたしだって、みんなのこと悪く言った」

 全く覚えのないことを言ったので、全員でクリスティアをきょとんと見てしまう。

「え、いつです?」
「悪く言ったことあった?」
「この前…はるまに背中押してもらった日…」
「陽真に……?」

 全員で思い返してみるも、誰一人心当たりはない。首を傾げれば、クリスティアは申し訳なさそうに眉を下げました。

「ゆった」
「悪く、です?」

 うなずいて。

「記憶を消したのは、みんなが距離とったからって…」
「……」
「みんなのせいみたいにした」
「そんなこと……」
「ごめんなさい」

 こてんと小さく頭を下げるクリスティア。大丈夫ですよと言えばいいのか、気にしてませんと言えばいいのか。いやほんとにまったく気にしてなかったんですけども。

 全員で悩んでいると。

 頭を下げていたクリスティアが顔を上げ、リアスを見ました。

「だからね」
「うん?」
「リアス様がいいなら」

 おあいこに、しませんか。

 小さな声で、告げる。

「……あいこ」

 リアスの反復に頷いて。

「クリスも悪くゆったと思った。リアス様も悪くゆったと思った。いっしょでしょう?」
「……まぁ」
「カリナとレグナは別のでちゃんとごめんなさいする…。わたしとリアス様は、これでおあいこ」

 そう言って、クリスティアはリアスに抱きついて。

「クリスはリアスといっしょがいい。デートもいっしょ。ほかのヒトじゃやだ。リアスがいるからたくさんがんばれる」

 だから、

「これからもいっしょがよくて、なにかあっても今みたいにおあいこにして。これからも、」

 たくさんいっしょにあそぼ?

 だんだんとクリスティアが不安になってきたのか。ゆるく体を離してリアスを見上げる蒼い瞳には涙がたまっていました。その背をさすってあげて、リアスを見れば。

 こちらもずっとあった不安がようやっと緩められたのか、若干目が潤んでいるリアスが。なんとか堪えていますが、瞬きすれば落ちてしまいそう。

「……泣いてもいいんですよリアス」
「誰が泣くか」
「写真に撮っておこっかクリス。また泣き顔見たい発作のときに見れるよ」
「ぜひ…」
「やめろ」

 カメラを同時に構えた我々双子から逃げるようにリアスはクリスティアの肩に顔を埋める。

 そうして深くため息をついて。

「……自分が情けない」
「そーお…?」
「そう」

 頷いたリアスに、クリスティアが私を見ました。お願いというような目をしていたので、ひとまず頷き。

「情けないとは思わないし…わたしは、」

 そこまで言ったところで、言いたいことに気づいたので。
 再度こちらを見たクリスティアにお任せあれと胸に手を置く。笑ったクリスティアに微笑んで。

「わたしは、今のリアスの方が」
「好きですって、リアス様♪」
「愛してるって、リアス様」

 彼女の言葉を継いで言えば、レグナも楽しそうに言う。それにばっと顔を上げて私たちを睨むリアス。

「お前ら覚えてろよっ……」
「まぁ怖い」
「せっかくクリスティアの想いちゃんと伝えたのに」
「茶化してる感じがした」
「真剣ですわ。ねぇクリス?」
「ねー」

 嬉しそうに微笑んだクリスティアはリアスを見上げる。
 珍しく、紅い目よろしく顔を真っ赤にしたリアスは。

 どことなく、不安が抜けたような顔をしていて。

 それを見て。

 レグナと顔を見合わせて、もう大丈夫ですねとこっそり笑い合いました。

『おあいこにしよう』/カリナ