未来へ続く物語の記憶 May-IV

 みおりたちとのあっという間な旅行が終わって、四人で過ごすゴールデンウィーク最後の日。

「クリス体調平気だった?」
「へいきだったー」
「リアスは?」
「だいじょうぶそう…」

 毎日じゃなくなったけどまだ続いてるレグナのチェックに答えて、ついでみたいに聞かれたリアス様を指さす。
 ソファに座ってる恋人様はなんか考えてるみたいだけど、旅行とか行った割にはいつもみたいに不安とかは出てなさそうで。

「帰ったときも前みたいに“生きてるー?”みたいなハグはしなかった…」
「なに、今回は愛してるーって?」
「そんな感じ…」

 昨日家についたときのこと思い出してちょっとほっぺが緩む。
 前だったらすっごいぎゅーってして、ひどいときは寝てるときも心臓に耳当ててわたしのこと抱きしめてたのに。

 昨日は、「楽しかったか」って聞かれて。うんって頷いたらそれはもう、こう、あまったるく「そうか」ってほほえんでくれて、よかったな、みたいにやさしく抱きしめてくださいまして。

「クリスお顔がにやけていますわ」
「♪」

 そのあともいっぱい話しながら、わたしたちなりの甘い夜を過ごしたんだもの。

「ほっぺがゆるんでしまう…」
「その緩みきったお顔もぜひ思い出に」
「あ、結構です…」

 カリナの言葉ですっと無表情に戻して。

 カルテにいろいろ書き終わったレグナがほほえんでくれたのに、わたしもほほえみ返す。

「回復も順調だねクリス」
「おかげさまで…」
「これならお薬の出番はありませんね」
「わーい…じゃあレグナのコレクションに加わるだけだね…」
「小瓶に詰めて飾っとくよ」

 なんて、嘘にちょっとほんとを混ぜた言葉に笑って、チェックが終わったからリアス様のとこに走ってく。

「終わったか」
「うんっ」

 手を広げてくれたリアス様のひざの上にぽすんって乗って、肩にうりうりすり寄る。こういうスキンシップならほとんど前みたいにすんなりできるようになったのがうれしくて、ほっぺがすごいゆるんだ。
 リアス様もすり寄ってくれて、一通りリアス様をたんのうしてからこっちに歩いてきたカリナとレグナの方に向いた。
 ここからはみんなであそぶ時間。

「今日どうしよっか」
「なにか映画でも見ます?」
「ホラー…? サスペンス…?」
「えっその二択なの」
「ちょうどこの前見ようねって言ってたのがその二つだった…」

 ね、ってリアス様を見上げたら。

「……」

 リアス様はこっちを見てる。

 けど、

「…?」

 いつもみたいにすぐには返事せずに、ただただわたしを見続けてるだけ。

「? なーにー」
「……」

 最近なんか考えごとみたいの多いなーって思いながら、返事のないリアス様をなでつつ待つ。

「リアス?」
「どうかしました?」
「……」

 レグナたちが声かけても、リアス様はなんか言おうかなーみたいに考えてるまま。

 これ大丈夫? ってカリナたちと目を合わせて、またリアス様を見て。
 リアス様の前でゆるく手を振ってあげた。

「リアス様ー…?」
「意識はある」
「じゃあなーに…」

 どーしたのって首をかしげれば、またちょっとだまって。
 わたしやカリナ、レグナを順番に見てく。


 みんなで首をかしげながら待ってたら。


「……その」


 小さく、口を開いて。




「俺と、付き合ってほしいんだが」



 なんてことをおっしゃいました。



 ちょっとシンキングタイムを要請したい。


「考えても…?」
「もちろん」

 うなずいてくれたのでカリナたちみたいに頭はよくないけど言われた言葉を考えてみる。


 つきあってほしいとな。
 なにに、じゃなくて「俺と」。

 なんとなくみんな見ながらだったからこれ全員に言ってることだよね?


 全員に「俺と付き合ってほしい」って言ってるんだよね?

 ちょっといろいろつっこみたいけどまずすっごい重要なこと聞いていい??


「…この約一万年、わたしはリアス様の恋人ではなかった…?」
「お前の飛躍した考えだけはこの一万年本当に理解できない」

 失礼すぎるでしょ。自分にも絶対原因あるじゃん。

 ねぇカリナもレグナも見えてるからねめっちゃお腹抱えて笑ってんの。


「思うじゃん、いきなり全員のこと見て“俺とつきあってほしい”なんて…。え、このヒトついに四人でおつきあいしたいのみたいな」
「お前くらいじゃないか」
「カリナー…」
「リアスの言い方ですと一瞬迷いましたわ」

 ほら、って不満げに見れば。


「俺はお前以外を愛する気はないしお前以外と恋仲になるつもりもないから安心しろ」


 さらっと最高な告白いただいたので今日は許すことにする。
 照れてほっぺがゆるみそうになったのを隠すようにリアス様に抱きついて。


「で? リアスはなにに付き合ってほしいの」

 冗談はそこまでにして、本題に入ったレグナの言葉に、抱きつきながらリアス様を見上げた。さっきまでと違って言おうかなーっていうのはなくて。リアス様はすぐに口を開く。


「……過保護の改善」
「……」
「……」
「…」


 ——え。


「え、リアスさまどうしたの…」
「リアス頭でも打った?」
「どうしたんですかそんないきなりご自分のアイデンティティーを捨てるような発言を」
「過保護なくなったらリアスさまはどうなるの…」
「お前ら覚えてろよ」

 いやわりとまじめなんだけども。

 わたわたしてるわたしたちとは反対に、リアス様は落ち着いてて。
 こっちもまじめなんだろうなって思って、首をかしげる。

「…どーしたの、急に」

 真剣な感じをカリナたちも受け取ったのか、ソファの前に集まって。リアス様の前で座る。

 その間にリアス様はちょっとだけ考えてるようにだまって、カリナたちがしっかり座ったら、また口を開いた。

「……いろいろとしてくれているだろう。周りが」
「まわり…」
「お前達ももちろん。俺とクリスティアが気兼ねなく遊べるように、と」

 遊ぶ場所ひとつとってもそうだって、リアス様はぽつぽつこぼす。

 人混みが怖いから、あそぶところはいつだって遊ぶヒトたち以外のヒトがいない場所に。もしくは魔術でわたしに結界が張れる場所に。危険なものもなし。事前に調べるのも必須。それもだいたい、リアス様が断らないようにみんながあらかじめ調べてくれる。
 最近は当たり前のように貸し切りとかしてくれてるけど、たまたまみんながそういうことをしやすい家庭ってだけで、簡単なことじゃない。

「……去年の夏、旅行に行ったときから今にかけて。思い返さずとも周りがいろいろとしてくれているのはわかっている」

 この前の事件のことも。

 みんなが助けてくれた。


「……その、多くの手助けに、ちゃんと応えたいと思う」

 何個も、何十個も準備をしなくても気兼ねなく遊べるように。


 そうして、



「……クリスティアの、お前達全員の。笑った顔が増えるように」


 頑張っていきたい。


 最後の方はとても小さな声だったけれど。静かな家だからはっきり聞こえた。

 頭の中でリアス様の言葉を繰り返しながら、カリナたちの声を聞く。


「……我々は、その空間でももちろん楽しんでおりますが……。でも、そうですね」
「リアスがそうしたいなら、いいんじゃない」

 ね、ってかけられた声にうなずいて。


 リアス様を見る。
 ちょっとだけ不安げな目には、ほほえんだ。


 そうして、口をゆっくり開いていって。


 もちろん賛成、なんて簡単な言葉じゃなく。
 しっかりとリアス様の言葉を聞いて思うことを、こぼしていく。


「…リアス様」
「……ん」
「クリスも、いっしょにがんばる」

 ちょっとだけ開いた紅い目の近くに、指をそえて。あぁそういえば去年もこのくらいの時期だったなぁなんて思い返す。でも去年とは、気持ちが違う。


「…行動療法…」
「……!」
「クリスも、がんばりたいって思うから…」

 たくさんのことを思い出した今だから。きっとこわいこともたくさんあるし、イヤって思うこともあると思うけれど。
 それでも、カリナにレグナ、それにがんばれってたくさん応援してくれて、たくさん解決策考えてくれるみんなに、応えたいから。


「こわいこと…がんばろ?」


 いっしょに。


 笑ったら、リアス様も笑ったから。
 強く抱きしめられたあなたが「YES」って言っているのがわかる。

 リアス様を抱きしめ返しながら、カリナとレグナを見れば。


 二人も笑ってくれてるから、今度こそ。きっと大丈夫かなって思える。


 その二人に、一番にそのがんばった成果を見せられるように。



「…♪」


 今度こそ。


 わたしなりの「愛」を伝える手段を増やそうと、そっと心に決めて、目を閉じた。




『たとえどんなに、時間がかかったとしても。』/クリスティア




 ゴールデンウィークが明けて最初の授業。


「えっと、じゃあ今後は二人でいろいろ克服してくって感じなんだ」

 弓道の時間に、休み期間中で決まったことを共に授業をとっている閃吏と祈童にいち早く話し。閃吏の言葉に頷いた。

「これから多少、出かけるだなんだの声かけで手助けはもらうかもしれない」
「ついに男子だけで出かける日も来るのか炎上」
「だいぶまだ気が早いとは思うが」

 まぁいつかはなるんじゃないかと、柄にもなく未来のことを想像しながら祈童に返して。現在弓を射っているクリスティアを眺める。閃吏達も同様に弓を射っている生物達を見ながら。

「それにしてもなんか感動しちゃうね。一緒に遊びたいなって思ってくれて、こわいこととか克服しようとしてくれたりとか」
「僕は炎上の過保護はこのままだと思っていたしな」
「むしろ加速してくと思ってたよね。あの事件のあととか」
「あぁ——僕らが思ったよりはひどくはならなかったね。結界が四枚に増えたんだったか?」
「五枚だな」
「たまに思うけど氷河さん息苦しくないの、物理的に」
「別に密閉しているわけじゃないから大丈夫だ」

 ……多分。
 弓をひきながら腕を震わせているクリスティアに笑いそうになりつつ、結界の件はその内確認だけはしてみようかと心に決めて。今までレグナとしかあまりしてこなかった男子らしいというか友人らしい会話が弾んでいく。

「次のお出かけ目標は夏、だよね?」
「直近だとそうだよな炎上」
「……まぁ、そうなるな」

 確定が未だ抵抗があるので濁しながら頷いた。

「夏かぁ。いないわけじゃないけどなるべく生物が少ない場所ってあるかな」
「秘境とかどうだろう」
「ぶっ飛びすぎじゃないかな祈童君」
「いる生物は秘境に住んでるビーストくらいだから条件的にはいいんだろうがな。旅行じゃなくてそれはただの探索になるぞ祈童」
「場所によっては涼しいし悪くないとは思うんだけれどね」
「話としては悪くないが了承しにくい」
「そうか……」

 若干残念そうだな祈童。行きたかったのか。

「あ、夏ってその前にまだ予定微妙なんだっけ炎上君」
「結婚式だもんな炎上」
「何度も言うが義姉のだからな。俺のじゃない」

 数日前は言い方的に大変間違いを呼んだけども。
 義姉というのを強調して、残り一本の矢を構えるクリスティアを見続けながら、昨日になってやっと読んだエイリィの手紙を思い出して。

「結婚式は七月に行うそうだ。俺達が夏休みに入って少ししてから。なんで夏休みに入ってすぐからいない」
「テスト日によってはなかなかハードなスケジュールだな」
「まぁその分八月は去年よりかは落ち着いているんじゃないか。交流武術会も出ないだろうし」
「二年からは自由だもんね。それまでに後輩ができてたら行ってもいいなぁとは思うんだけど」
「僕らじゃ難しいかもな!」

 陽真と武煉と交流を持っているからある意味不良の集団だしな。まぁその分下手に近づかれなくて大助かりだが。三人でから笑いをして。

「ん」
「♪」

 出番が終わったクリスティアが駆けて来たので、手を広げる。

「うっ」
「おわったー」

 相変わらずの勢いに若干低い声でうめきながらクリスティアを腕の中に迎え入れた。いつも通りに戻って来てくれたのは大変嬉しいことなんだがもう少し打撃力を落として欲しい。どうせ「か弱い女の子」だとか言うから今は言わないけども。

「お疲れ」
「お疲れ様氷河さん」
「お疲れ氷河、あとは授業が終わるのを待つばかりだな」

 時計を確認すれば残り三十分。クリスティア以外は始めの方で終わっていたので、祈童の言うとおり授業が終わるのを待つばかり。

「三人でたのしいお話?」
「夏に遊ぶのは八月だねーって、ね」
「♪」
「その遊ぶのと、あとは結婚式までにもう少し慣れていたらいいねと話してたぞ」

 そんな風に話していた覚えが一切ないんだが。遅かれ早かれそうなるだろうからひとまず置いておいて。

「身内といえども祝い事となればヒトが多いしな炎上」
「まぁな……移動もあるしな」
「あ、そこはテレポートじゃないんだ?」

 国内ならわかるが国外なので密入国扱いだな。
 実家が外国というのはまだ言っていないので今は伏せておいて。

「……それをやるとその、なんだ。場所を弁えないと結婚式どころじゃない騒ぎに、な。なるだろうから」
「そっか……パッと現れるもんね」
「たまたまヒトがいたなんてあったらそれは炎上たちにも危ないな。ぶつかって事故にもなりかねん」
「じゃあやっぱり、当面の目標は結婚式に向けてのヒト慣れかな?」

 二人に頷き、髪の毛をいじり始めるクリスティアを前が見えないからと膝に乗せた。対面に座らせると顔をむくれさせるが頬を摘んで空気を抜く。それに笑ってやりながら。

「その当面の生物慣れのためにだな」
「ん?」

 主に閃吏の方を向いて。

「こう、ヒトがあまり入らないようなデートスポットを知っていれば教えてもらえると助かるんだが」
「なんで俺見て言うのかな炎上君」
「せんりそういうのよく知ってる…みおりが“デートのことならシオンがよく知ってるわ!”って…」
「声真似うまいな氷河」
「わぁい…」

 笑い合っているクリスティアと祈童をよそに、閃吏を見て。

「……中学時代は結構な人数と付き合っていたんだろう?」
「誤解だよっ!! あれは美織ちゃんが盛っただけでっ!! っていうかそもそも本気じゃなくてっ——」
「あそびだったのねせんりっ…」
「ひどいわ! 僕は本気だったのに!」
「弄ばれた」
「なんでこういうときに限って炎上君もノリいいのっ!!」
「うちのトラブルメーカーの賜物だろうな……閃吏、気持ちはわかるがその“あぁ……”って顔はあいつには見せるなよ。社会的に殺されるから」
「物騒すぎでしょ愛原さん。どこ目指してんの」
「当人曰く花屋だそうだが」
「あれだろ、花に盗聴器とかカメラ仕込んでおくんだろ?」
「エルアノ呼ばなきゃ……」
「エルアノさん常に待機だね」

 なんて、あるかもわからない未来に笑ってから当初の話題へ。

「話を戻しても?」
「できれば戻して欲しくなかった」
「閃吏、お前の黒歴史が炎上たちに役立つかもしれないんだぞ」
「勝手に黒歴史にしないでくれない!?」

 表情を見た限り黒歴史だと思うんだが当人が否定するのできれいな歴史ということにしておいて。

「恋愛どうこう関係なく。休みの日とか外に出ているんだろう? 頻繁に規制線の許可も取ってユーアとも出かけているんだったか」
「そういうの知ってるのは愛原さんが調べたからでいいのかな」
「残念だったな、密告者は俺の膝に座っているかわいい恋人だ」
「氷河さんなんで知ってるの!」
「ユーアが教えてくれる…“この前せんりとおでかけしたですっ”って…」
「氷河ものまねのレパートリー多いな」
「高めの声は結構いける…たぶんゆきはとみおりのハイテンションもできる…」
「まじかやってくれ」
「やらんでいい」

 可愛い恋人の額だけ小突いておいて。

 動向を知られていたことに大変顔を真っ赤にしている閃吏に。

「……差し支えなければおすすめの場所とかを教えてもらっても?」
「うん……うん、それはもちろん……」
「あと閃吏」
「はぁい……」

 ついには顔を覆ってしまった閃吏に、おそらくとどめの一言。


「俺達と交流を持った時点でプライバシーは皆無になることは念頭に置いておいたほうがいいと思う」


 それを、聞いて。



 なんの慰めにもならないと閃吏がツッコミを入れたのと、チャイムが鳴ったのは同時だった。






『弓道回』/リアス




 画面の中のキャラクターを動かしながら、目の前の子と交互に口も動かす。

「な、波風くんたちも夏休みは結婚式、ぃ、行くんですよね」
「そうそう。龍の義姉さんだから知り合いだし、向こうもよかったらって」
「夏休み、最初の方はそうなると、み、みなさんいないんですよね……ちょ、ちょっと寂しい感じがします」
「その分八月遊ぶんでしょ」
「そうですけど……」

 金曜日の休講時間の学食堂。
 二年になって授業が変わってからこの曜日は一限から四限まで雫来とまったく同じ時間割で、二限の休講時間はこうやって雫来とゲームをしながら話すのが習慣になってた。
 雫来の勧めで始めたソシャゲの協力プレイで彼女のサポートをしてクエストを進んでいく。

「な、夏って二年の見回りも始まりますよね……予定合いますか?」
「えーどうだったっけ……」

 二人してコマンド入力だけは怠らずに口を動かしながら、頭の中で予定を確認。

 基本的に二年の演習とか見回りは一年の次に順番が回ってくるので、今年の見回りは雫来が言った通り夏休みあたりから。で、一組から回ってくじゃん? 今年は俺とカリナが三組で、そっからリアスとクリスの四組、ウリオスとユーアの五組で……

「あれ俺ら夏休みかぶんないんじゃない」
「あっ、えっほんとですか」
「たぶん」

 一クラス約四十人の二人ペア、二十日で一組だから……

「……九月あたり?」
「ちょ、ちょうど文化祭ですね」
「うわ行事って人数増やすんじゃなかったっけ……」
「な、波風くんなんかは駆り出されそうですね」
「雫来道ずれにしとくよ」
「最低なこと企ててます、って、か、華凜ちゃんに言っておきますね」
「大丈夫だよ雫来、あの妹はもれなくみんな道ずれにするから」
「きょ、兄妹そろって……!」

 絶対笑顔で「じゃあみなさんでやりましょうか」って言うタイプだから。
 目は画面に落としながら笑って。

 画面がクエストクリアの変わったのを見て、いったん食堂のテーブルにスマホを置いた。

「ぁ、ありがとうございます……! このクエストちょっと詰まってたので、た、助かりました」
「雫来のタイプ相性悪かったもんね」
「そうなんですよ……。職業変えようかとも思ったんだけど、く、クエスト開催期間中に育てきれなさそうで」
「やってみるとこのゲーム結構育成大変だったもんなぁ」

 レベルアップでもらえるポイントを割り振ってく、ソシャゲにしては結構細かい感じのゲーム。今日雫来と行ったクエストはちょっと難易度高めのところだし、本人の言う通り職業変えてたらクリアはちょっときつかったかもしれない。

「お役に立てたならよかったよ」
「ぉ、お礼に波風くんの行きたいクエストに行きましょう!」
「まじでー助かる」

 食堂にかかってる時計を見れば本来授業が終わる時間まであと二十分ほど。一クエストは余裕で行けそうかな。

「んじゃこの前詰まったって言ったとこのさ」
「さ、採掘メインのとこですよね」
「そうそう、ボスがちょっと強めのとこの」

 ゲーム内で協力プレイの部屋を作って雫来を招待。自分の装備を少しだけ変えて、画面の「準備OK!」のボタンを押した。

「じゅ、準備おっけーです」
「んじゃお願いします」
「お任せくださいっ!」

 すぐさま雫来のキャラクターの上にも「準備OK!」のアイコンが出たので、出撃ボタンを押してクエスト開始。
 目的である採掘場所に行きながら、いつも通り何気ない会話へ。

「そ、そう言えば炎上くんたち」
「んー?」
「お互いに、こう、いろいろ克服の道に行こうとしているとか」
「そうそう。過保護とトラウマの克服ね」

 過保護を治したいって言い出したのにびっくりしたのがもう一週間近く前か。
 早いなーなんて思いながらキャラクターを操作してく。

「刹那の方は今まで通りの行動療法の再開にして、龍の方は少しずつ外に出てみようかっていう。たぶん雫来とかにもいい場所知らないかとか聞くと思う」
「そ、それなんですけど……お話聞いたときにちょっと思いついて」
「まじで、なに?」
「ぉ、おやすみの日に、波風くんたちのおうちに行くことから始めてみるのは、ど、どうかなと」
「うち?」
「あ、もちろん華凜ちゃん宅でも、なんならその、刹那ちゃんたちの家から近い……閃吏くんあたりでしょうか、そこのおうちまで行ってみる、というような」

 雫来は案を出すとだいたい喋りきるまでノンストップというのは短い付き合いで知っているので、黙ってキャラの操作を続ける。

「刹那ちゃんが、ぇ、笑守人に登校したときのことを思い出して……。華凜ちゃんや知ってる人がいる、というのが刹那ちゃんの頑張りに、つ、繋がっていたので、それの応用みたいな感じですね。さ、最初から知らない場所に行くよりは、知ってる家とか、知り合いがいるところに歩いて、ぃ、行ってみるのはどうかなって」
「あー……」

 それはすげぇいい案かもしれない。うちとかカリナの家は歩くと多少遠くはあるけど、行き方によってはほんとに人通りないとこも選べるし。なんなら知り合いの家の敷地内もしくは部屋の中ならテレポートで帰っても怪しまれないし。

 ——うん。

「それ採用していい?」
「も、もちろんです!」
「ありがと雫来、龍も頑張れそう」

 お礼に今度またなんかクエスト付き合おう。いや普段から付き合ってるのでたいして礼にもならないんだけど。何かしらで礼を——。


 あ。


「話変わる」
「ど、どうぞ!」
「ゲームの件でさ」
「は、はい」
「今朝手紙が届いて」
「ゲーム内にですか?」

 あ、思い出したまんま口走ったら俺でもよくわかんないこと言ってるわ。
 目の前に現れた俺の詰まってたボスに攻撃をしつつ、頭の中を整理して。

「前に新作のゲームチェックの話したじゃん」
「あ、はい!」
「それの件聞いてみてて」

 結局ゴールデンウィーク中に逢うことはなかった製作者のアシリアさんに。ゲームのお礼も兼ねて手紙を送って。

「一緒にちょっとチェックみたいにしてもいいかーって聞いて、この前返事が来てさ」
「はいっ」

 雫来のおかげで簡単に倒せたことに微笑みながら、顔を上げて。


「ネットとかで口外しなければ、っていう条件つくけど。一緒にぜひやってくれってさ」


 良い報告に笑んだまま、言えば。


「ほ、本当ですかっ!!」

 わぁすっげぇでけぇ声返ってきた。若干痛くなった耳を押さえつつ頷いて。
 画面に目を落として、ボス突破で解放された最後の採掘場にキャラを動かしてく。

「いろんな意見欲しいらしいし。もう一人くらい一般の人からってことで、一緒にどうぞって」
「わぁ……! 夢のようですっ!!」
「ってももう一個条件、俺が管理してるとこでじゃないとだめだけど。もらったデータを雫来に渡したりとかはできないし、たぶん雫来が思ってるよりかは自由にいつでもってわけじゃないと思う」
「プレイさせてもらえるだけで、ぁ、ありがいですっ!」

 見なくても目輝かせてんだろうなぁ。想像できる顔に笑いをこぼしながら、目当てのものを採掘して。

「それでさ」

 ぽろっと、



「よかったらうち来る?」



 言葉が口からこぼれた。


 こぼれた言葉は自分で聞いただけだと別になんも違和感はなく。クエストクリアの画面を見ながら雫来の返答を待って。



「……ぇ」


 その雫来の返答が、すごいきょとんとしたような声で。

 そこで始めて自分の言葉を振り返った。



 俺今なんて言った?



 “よかったらうち来る?”って?


 いや、うん、いや別に、こう、変な意味じゃ全然ないんだけども。ていうか俺の管理下でじゃないとゲームさせてあげられないからどの道うちに来るとかになっちゃんだけど。あ、でも俺が見てるだけなら雫来んちとかリアスとかの家でもいいのか。
 ていうか“うち来ない?”って。


 現代女子にこれはいけないのでは??


 だってほら、雫来の顔もびっくりしてんじゃん。動かないじゃん。

 ほら、こう、別に一人暮らしじゃないけどさ。男の家に女の子呼ぶのってどうなのってことだよね? いやなんもしねぇけど。一切そういう気持ちないけど。こう、世間体、的な? え、これって何が正解だったカリナの家にどうかなみたいな?? それか。


「雫来あの——」
「い、いいんですか!」
「わぉ食いついちゃうの」

 あまりの驚きに素直な言葉が口から出ちゃったよ。

 そんなの気にしてないのか雫来さっきと違ってめっちゃ顔キラキラしてんじゃん。え、心配ご無用だった?


「な、波風くんの家っていったらあれですよね、ゲームとかもいっぱいあるんですよね!」
「そ、そうね」
「本とかも!」
「たぶん。龍のとこにある本より雫来に合うのあるんじゃない」
「わぁ、ぜひ!!」

 ごめん誘っておいてあれだけもうちょい男の家に行くことへの危機感持った方がいいと思う。

 大興奮な雫来にそっと手をあげて。

「し、雫来さん」
「はいっ!」
「誘っといてなんだけどさ、抵抗ないの」

 男の家だけども。

 小さな声で言えば。



 なんということでしょう、目の前の大きな帽子は不思議そうに首を傾げてしまった。


 嘘じゃん。


「た、確かに男性のおうちですけど……」

 苦笑いをしていれば、雫来はぱっと無邪気に笑った。


「波風くんはそんな、変なことしない人だってわかっているので!」


 これ仮に俺が雫来のこと好きだったらすっげぇへこむやつ。脈なし決定ですね。
 別にその方が気軽にゲームできるからいいんだけども。


 とりあえず。

「……それ、好きな人にだけは言わないであげなよ」
「? わかり、ました?」


 雫来のこと恋愛対象じゃなくてよかったと、また苦笑いをこぼして。
 チャイムの音に、二人で席を立った。





『昔と重なった笑顔に、ほんの少し残念な思いが浮かんだ気がしたのは、きっと“気がした”だけ』/レグナ