梅雨のくせにこの日ばかりは晴れた体育祭当日。
少し薄暗い演習場の中。多くの種族が集まり、実行委員である杜縁の話を聞きながら、思う。
「今年の賞品ってなんなのかしら!」
『やっぱり毎年変わるのー?』
「そうねぇ。まぁコンセプトが似たり寄ったりのこともあるけどぉ。一応優勝賞品だしねぇ」
まさか自分達が「今年の優勝賞品はなんだ」という話をするとは。
というかお前らもう少し声小さくできないのか。
「……杜縁の声が全く聞こえないんだが」
「おや、律義だね龍。こういうのは別に聞かなくてもいいんですよ」
この見た目優等生の不良め。
隣のクリスティアも話は聞かないし。こいつは別にいつも通りだがいいが。
一番問題は反対側の隣だと思う。
そっとそちらへ目を向ければ。
「あ、やっべミスった」
「そこは、ぃ、痛手ですね……!」
薄暗い中で悠々とソシャゲをしているレグナと雫来。
「雫来も随分不良の仲間入りしたな……」
「ぇ、そ、そうですかね!?」
「説明の中ゲームしてりゃあそう思うだろう……」
「波風は不良の仲間入りじゃないのか炎上」
「こいつはもとから不良気質だろ。手癖が悪いし」
「見た目不良の龍に言われたくありませーん」
なんて、なんだかんだ喋って。
さりげなく俺の髪に今年の色である黄色のリボンをつけてこようとするのをなんとか阻止していれば。
「以上、各演目についての簡単な説明は以上だ。それぞれの演目時に説明されるものをきちんと聞くように」
去年はしっかり聞いていたはずの杜縁の説明を一切聞くことがなかった。
いや二年目だしある程度はわかっているからいいんだが。
そっと斜め後ろを振り返り。
「……ほとんど聞こえてなかったと思うが平気か」
「……」
今年初である後輩・ルクと誓真に問う。
まったく表情を動かさないルクから、蛇のイリスと誓真に目を移すと。
『せ、先輩と一緒のコトも多いからっ……! ソコで聞くねっ!!』
若干焦ったようなイリスとそう言う誓真。
「騒がしくてすまないな……」
ルクが首を横に振るがやはり申し訳なさは募る。確か初回の保護走はルクも同じだし説明しながら行くかと決めて。
「ㇽックンにはヤサシーじゃねぇの弟分?」
杜縁が去年同様優勝賞品について語っている中、真後ろから乗せられた体重に思わず舌打ちが出た。
「重い」
「気にすんなって」
気にするわ。ぐっと押しのけて、問いに答えるため半ば睨むように陽真を振り返る。
「別にルクにだけではないが。優しくもなるだろう」
『珍しいですっ』
『結構気にかけてんもんなぁ旦那』
そりゃあ、
「歩けば遠のかれ座れば周りが二つ三つ席を空けるくらいの不良グループに半ば巻き込んだようなものだしな」
どちらかというとそういうタイプではないのだから申し訳なくもなるわ。
「えっと……正直もっとまともな友達できたとは思うよね」
閃吏お前その一言で全員今敵に回したぞ。
全員目が据わったぞ。憐れな閃吏には心の中で同情して。
『けれどお話を聞いた限り、炎上さんたちとの出逢いが一番誓真さんたちにとってまともだったかもしれませんわ』
「そうですよ、もしかしたらあのまま孤立で学園生活を送っていたかもしれませんわ」
口がうまいお嬢様ペアに同意し。
《それでは諸君、今年もケガのないよう全力で励むように》
結局一切聞くことのなかった杜縁の締めの言葉で、話は切り上げスタジアムに目を向けた。
杜縁が移動したのと同時に、スタジアムのモニターには「9:30 100m保護走」の文字を見て、出場メンバーが先に立ち上がる。
「黄色の出番は俺とルクと閃吏で」
「赤は僕と愛原だな」
「青はあたしとウリオスねぇ」
去年と比べて本当に大所帯だな。そしてこちらが大所帯ということは。
「んじゃオレらはどっか校庭で待機、な」
『応援してるですっ』
『炎上クン、閃吏クン、ルククン、がんばってね~!』
『ご武運をお祈りしていますわ』
「おっきな声で応援してるからね!」
『ルクっ、ちゃんと先輩についていくんだよっ!? 迷子になんないでね!?』
「何かあったら呼んでくださいね後輩さん。もちろん先輩も」
「ケガあったら診るだけ診てあげるね」
「が、がんばってくださいね!」
待機組も大所帯だよな。立ち上がった俺達よりも先に歩き出すメンバーを見送って。
「……お前も待機だろう」
残って俺を見上げている小さな恋人を見る。
去年と同じくカチューシャのようにリボンを巻いている少女はだいぶなくなってきた目をうろうろさせる癖を数回やって。
―やっ、て。
「っ!?」
なんと俺に飛び込んできたじゃないか。あっぶねぇな思わず倒れるところだったわ。
なんとかすんでのところで足を踏ん張り、クリスティアを抱きとめる。
「どうした」
そうして声をかければ。
少女は大変嬉しそうな顔で、俺を見上げて。
「…がんばって」
語尾にハートマークでもつけていそうなくらい甘ったるい声でそう言って。
「刹那ぁ、置いてくぞー」
「はぁい」
陽真に呼ばれた彼女は何事もなかったかのように俺のもとから離れていった。
その背を見届けて。
ぽんっと、肩に手を置かれる。
「よかったじゃないか炎上」
「あの子、今年は”龍と一緒なんだ”とこっそり楽しみにしていたんですよ」
「一緒の組だから応援し放題よねぇ」
「あは、炎上君顔紅いね」
「先輩……よかったね……」
最終的にはルクにも言われ、体が熱くなるのを感じる。後ろにいる奴らの顔なんて見なくても全員にやついているのがわかって。
「お前ら当たったら覚えてろよっ……!」
嬉しさと恥ずかしさに歯をかみしめて、集合場所へと急いだ。
道中、平静を取り繕ってルクにはくじ引きで走る順番やメンバーが決まるということを話し、校庭のクラス棟側にある保護走の集合場所へ行き。夢ヶ﨑がいるからかは知らんが若干周りに距離を取られながらもくじを引いて、それぞれのレーンへと歩いていけば。
「よろしく頼むぞ炎上」
「こちらこそ」
今回同じ走者となったのは祈童。一番目とまさかの最初になり。
「初の演目ですしできればもう少し様子見できる後方がよかったですよね」
二番目になったカリナに、頷いた。
去年百メートル走は出たが今年は総距離だのなんだのわけが違う。全員初なのは同じだが後ろがよかったのは本音である。
「蛇璃亜と閃吏あたりが妥当か、八番目」
「フィノア先輩とウリオスくんの五番目あたりからならよさそうじゃないです? 意外と後ろだと見えませんもの」
「刹那ならどこでも見えなさそうだがな」
「言ってやるなよ炎上、飛んでくるぞ」
正直若干殺気を感じる。
気のせいだろうとぞっとする背をごまかすように腕をさすって。
順番もすぐだからと、出場確認のときに渡された測定器を両方の靴に取り付けた。
「靴の内側に付ければいいんだったね」
「あぁ」
「これで総距離の測定ができるというのがすごいですよねぇ」
「科学の進歩は止まらないね」
なんて関心をしながら、思い切り走るつもりもないが一応取れないようにとしっかりその測定器をつければ。
《これより、百メートル保護走の説明を開始します》
選手も無事全員集まったらしく、教師が壇上に上がって言ったので目を向ける。
《今年の保護走は例年の捕縛走とはまったく異なった形になります。まず走者には一人一つ、保護対象であるこのAIロボが与えられます》
そう言って指をさしたのは丸い箱型の機械。ローラーで走行するタイプで、高さはクリスティアより少し小さいくらいの――いやでかくないか??
「あれを僕らが追いかけるのか??」
「追いかけられるのではなく、です??」
「追いかける、らしいな……」
嘘だろうと思いながらも視線を一度教師へと戻す。
《彼らはこの百メートル走のトラック内を縦横無尽に駆け巡ります。AI搭載ということで覚えた担当の走者からは逃げようとし、さらに下手に搭載のカメラ内に映ると動きを学習しなお捕まえるのが難しくなります。そんな彼らを総距離百メートル以内で保護し、ゴールまで連れて行ってもらいます》
「なぁ、波風曰く無理ゲーじゃないか」
「もうこの体育祭企画した方、いつなんどきもとかじゃなくて生徒の限界確かめて楽しみたいだけですよね」
わかる。
《総距離の測定は先ほど各走者にお渡しした測定器にて行います。こちらはスタートと同時に強制的にスイッチが入り、地面に立っていると計測をします。歩き、または走ったときに両足に設置した測定器の距離を測定して、最終的に総距離を出すものになっています。一歩踏み出したときに一メートルならば百歩歩けばそこの時点で失格となります》
一呼吸おいて、教師は俺達を見回す。
《最後に、競うのはタイムです。どんなに走ろうが走らなかろうが、早かったものが勝ち。これをお忘れなきように》
どことなく引っかかる言い方に、三人ピクリと反応する。ほかの奴らでもいたんだろう。教師は意味ありげに笑った。
《以上、百メートル保護走の説明を終了します。自身の能力を生かし、頑張ってください。それでは始めます。第一走者、前へ》
「じっくりお勉強させていただきますわ」
二番目で見る機会があるカリナは睨んでやって、言われた通り祈童やほかの走者と共に前に出る。ただ今回はすぐさまスタート、というわけではなく。
各生物の前に、AI搭載のロボが置かれた。俺のは水色か。
じっと見つめあい、小さく聞こえる機械音、おそらく認識の音であろうを聞きながら。
「……本当に刹那を思い出すくらいのサイズ感だな」
「名前を呼べば来てくれるんじゃないか炎上」
「そうすると本人が来そうだ」
大歓迎ではあるが。
互いに笑い、前を見る。
「要はこれは頭を使えということだよね」
「そういうことだろうな」
測定器の認識は”地面に足をついたとき”のみ。
そして総距離は百メートル以内という規定があるくせに結果にはその距離は関係はなく、誰が速くゴールへたどり着けるか。
能力を持たないヒューマンにも考慮されているこの演目。
祈童の言う通り、要は頭を使えということ。
「これは閃吏あたりが輝きそうだな」
「木乃先輩がいても面白かったね」
それはわかるかもしれない。
なんとなくあいつはロボの上を次から次へと飛び乗っていきそうな気がする。
なんて想像して、また笑い。
《それでは走者、用意》
ロボの認識が終わったのか、そいつらが動き出したのと同時にアナウンスがかかる。
今回は走り出す気はないので、魔力を練って。
《スタート!》
銃声の合図とともに、
【天使の羽】
天使の翼を出して、飛べば。
「っ!?」
腰をガシッと捕まれ、普段飛ぶ時とはまったく違う感覚が。
原因なんて見なくてもわかるが。
「祈童……」
「頭を使う、だろ?」
腰に抱き着いて俺と共に空へと飛ぶ元凶、祈童は悪びれもなく笑った。
「ヒューマンの僕らならこう考えるのが自然じゃないか」
「他の奴でもいいだろう。あそこにチーターだとか鷲だとかいるじゃないか」
「不良グループの僕を乗せる勇者がいると??」
いないよな、知ってた。
から笑いをして、ひとまず目標である水色のロボへと飛んでいく。
「僕のは緑なんだ炎上」
「知るか、俺は行く気はないからな」
「そう言って律義に寄ってくれるというのを知っているぞ僕は」
そう祈童はわかったように俺を見上げて笑う。それに俺も笑ってやった。
「……そうだな」
それが、
「こういう戦いじゃなければ律義に運んだろうよ」
笑みを携えたまま短刀を左手へと出す。その瞬間に祈童の顔が一気に変わった。
「……炎上、まさか」
「さすがに斬りはしないが?」
「待ってくれ斬りはしないとか言いながらなんで短刀近づけてっ――待て待て待ってくれ落ちるだろ!!」
「落ちてくれると大変ありがたい。お前案外重いぞ」
「そりゃ一般的な男だしなっ!? 氷河ばかり抱えてるお前にはほかの全員誰でも重いだろっ!!」
騒ぎながらも手を離さないのはさすがだな。
もう少し低く飛んで振り落とすか。それならケガもあるまい。
「俺と同じチームなら運んでやったのにな。残念だ」
「ま、ったくもって、残念な声していないぞっ!? ばか待て揺れるなっ!!!」
地上から二、三メートルくらいのところまで降りて行って、加速して前に行ったり後ろに下がったりを繰り返す。しかし祈童はこれでも落ちない。
「お前案外タフだな……」
「よ、喜ばしい限りだよ……!」
「運が良ければお前のも確保できるんじゃないか、頑張れよ」
「この状況でかっ!!」
変わらず前後に大きく揺らしてやりながら、俺は目標の水色AIへと向かって行く。俺を捉えたそいつは即座に逃げようと方向転換し、ゴールの方へと走り出した。さすが追いかけられるのを想定してあるだけあって速いな。
「そろそろ本気で追いかけたいから落ちてくれると助かるんだが」
「友人になかなかひどい仕打ちだな……」
「戦いに家族だろうが友人だろうが恋人だろうが関係ないだろう」
「……」
アトーメントチェインで捕まえればいいか。うまくやれば保護になるだろう。
そう、魔力を練った時。
「……君は」
どことなく、覚えのある呼ばれ方が聞こえて、反射的にその方向に目が行った。
目の先には、祈童。
けれど。
「君たちは、そう言いながらも。きっと割り切れないんだろうね」
だから未練ばかりだ、と。
祈童のはずなのに、ここにいるはずもない主が映った気がした。
「……」
それに、思わず魔力を練るのも止まって。祈童を見つめていれば。
「!」
そいつはハッと我に返って。
「あ、えーーーと」
呆けている俺を見て何かをまずいと思ったのか、目をきょろきょろと動かす。
「そ、そんな!!」
「!?」
「炎上の言葉に、そんな話を、読んだ、気がしてな!? 思わず重なって、だな!!」
言ってしまった、なんて。明らかに嘘だとわかるような顔で笑いながらだんだん小さくなる声に。
言われた言葉に驚きはしたが、”その現象”には驚くことはなかったので、また魔力を練った。
「特に気にしていないが」
「え」
「別にわざわざ嘘をつかなくてもいい」
目標を補足して、動きを予測して。
「あの上級生筆頭の不良グループだとか言いながら、最近ふと思う」
話しながらも、そいつが行く場所に魔力を張って、範囲内に入った瞬間に魔術を展開した。
「なんだかんだ似たもの同士が集まってるんだろう、この集団」
道化がよく言う、「友達がいなかった」集団が。
生物それぞれ理由はあるだろうが、道化であれば道化師の呪い、ルクならば蛇の昔話、誓真ならば真実しか言えない呪い、俺達はもとから作ろうとはしていなかったが、別にできやすいタイプでもなかった。
この祈童であれば。
「お前が気にしているならば深くは聞かないが。別にそういう、自分の意思と違う言葉を発する現象は珍しいわけじゃない」
この笑守人ならばなおさら。
言いながら、捕獲されたAIロボを魔術で持ち上げ、共にゴールへと飛んでいく。
「他の奴らも。陽真たちだって案外各々の事情に関しては寛容で、深入りもしないしな」
なんだかんだ運んでいる祈童を見て。
「受け入れてくれる奴らばかりだ。慌てなくてもいい」
笑ってやれば、祈童は大きく目を見開いた。
そうして、
「……僕は炎上に惚れそうだ」
照れ隠しなのか本気なのかはわからないが、このタイミングでそう言うから。
「それは全力で断り願う」
「ぅ、わぁっ!?」
ちょうどいいからと、ゴール直前で気の緩んだ祈童を思い切り振り落とした。落ちる音を聞きながら、AIの隣に降り立って。
未だ追いかけっこが続いている他の走者も視野に入れつつ、祈童を見て。
「気が向いたら話したいと思う奴に話してみるといい。あいつはお前が今まで見てきた奴と違って、何かあるからと言って態度も変わらない」
それだけ言って。
「あとは自力で頑張れよ」
どちらのことにも取られるような言葉を残し。
クリスティア色のAIロボを連れて、ゴールへ一歩。踏み出した。
『体育祭保護リレー』/リアス
リアス様がかっこよくゴールしたのを見届けて、みんなと話しながらフィノアたちの出番も見届けて。
校庭の中央に「10:30 笑守人マラソン」って出たから、いっしょに出るエルアノとみおり、ユーアと立ち上がって。
「……今年のお付きかな?」
「そうデース」
『よろしくお願い致しまする……』
「お邪魔しますわ」
”弟分の代わりに”、っておつきとして来てくれたはるまと、リアス様がつけてくれたごろー、あとはリアス様の心配減らすってことでついてきてくれたカリナを見て受付の先生がちょっと苦笑いだった。
「……くれぐれも他の人の迷惑にはならないように」
「気をつけるわ」
苦笑いの中に、ちょっとだけ心配そうな目の色の先生にわたしたちもうなずいて。
渡してきた名簿に自分たちの名前を書いてく。えーと、氷河刹那、ユーア、エルアノ…。あとはみおりで。
み、って書いた瞬間に。
「刹那ちゃん、漢字でお願いしたいわ」
「えぇ…」
全部ひらがなだと察知したみおりに止められてしまった。
『まだ炎上さんに習っていないんですの?』
『そろそろメンバーの名前くらい漢字で書けるようになるですっ』
「あれだよあれ…ひらがなはわたしのアイデンティティってことで…」
「無くしてはいけないものですわね」
「甘やかしてねーでこういうトキ用に習っとけって……」
はるまが書き直してくれて、無事受付は完了ってことで。
くじを引いて、テーブルから離れてく。
その間にそれぞれくじを開いた。
えーとわたしは、
「3…」
「あたし4だわ!」
『わたくしは2ですわね』
「ちかーい…応援してる…」
『必ずやご声援にお答えしますわ』
エルアノにうなずいて、まだ言ってないユーアをみんなで見た。
もふもふなユーアはこっちを見上げて。
『3ですっ』
「ということはもふもふの走る姿が隣で見れる…!?」
『かわいさにかまけて負けぬようにだけはお気を付けくださいね』
正直ちょっと自信ないけども。エルアノに今度はあいまいにうなずいた。
「今回はみんな近いわねー」
「知り合いが多いと待ち時間が楽しくていいですよね」
「そりゃ同感。ダレもいねー上に後半だと超ヒマなんだよ」
『紫電先輩でしたら木乃先輩あたりがやってきそうですけれどもね』
「おー、つーか呼ぶ呼ぶ。ヒマだから来いっつってな」
わぁ喜んで来そう。ちょっとそっちの方面でカリナとかみおりとそわっとしながら、自分たちの走る場所に向かって行った。
下の番号たどっていって、1、2…
『ユーアはここですっ』
「わたしもここー…」
「あたしはここね!」
ユーアがぱっと立った隣になるように立って、後ろにみおりで並んで。
『順番まで失礼してもよろしいでしょうか』
「もちのろーん…」
一個前のエルアノは、ひとまずわたしの肩へ。
あとは始まるまでここで待機ってことで、ごろーに手を伸ばした。ごろーはわたしのとこまで飛んできて、すっぽり腕の中に埋まってくれる。
それを見て、はるまが笑った。
「成長してんのかわかんねぇなあいつも」
一瞬その言葉に考えたけれど。
ごろーを見て、すぐにわかって。わたしも笑った。
いつもいっしょにいるリアス様。それはもちろん、こういう自分の出番じゃないときにわたしが並ぶときも。
律義なヒトだから”どうしても”って外せないときはカリナとかレグナに頼むけれど。
前なら、絶対幼なじみの誰かがわたしから離れないようにしてた。演目で並ぶときも、退場のときも。次の演目が始まるときに退場だけど、前だったなら問答無用でわたしの方に飛んできてた。
それが、今年は。
「まぁ、本人から私にお願いすることがなかったのは成長なんじゃないです?」
自分からお願いすることなく、こっちに来ることもなく。
ごろーだけ出して、それで終わり。これは成長だと思う。
『あのときから過保護が加速するかと思えば……だんだんと緩和傾向に行っていますわね』
『いいことですっ。いっぱい思い出作って、たくさん炎上にお話しできるですっ』
「うんっ…」
いっしょにいないのは、ほんとはちょっとさみしいけれど。
その分、あとでたくさんお話ができる楽しさがあることも、ここ最近で知れたから。
体育祭終わったら、この時間のこともたくさん話すんだ。
みんなとこんな話してね、とか、リアス様のことも話しててね、ってたくさんたくさん。
まだまだ終わらないのに、もう今日の夜のことを想像して。うれしさでごろーを強く抱きしめたら。
「緩和して、いるようには見えるけれど」
みおりがちょっと楽しそうな声で言うから、みんなでそっちを向いた。みおりの手にはスマホ。なぁに、って首をかしげたら。
いつもたのしそうな顔がもっとたのしそうな顔をして、画面をわたしたちに見せる。のぞきこめば…写真?
―あ。
リアス様めっちゃ立ち上がろうとしてんのをゆいががんばっておさえてるじゃないですか。
なにしてんのこの二人。ていうか撮ったの誰。
「この最高におもしれー場面撮ったのは?」
「シオンよ! ルクくんはいつも通り無表情らしいけど、イリスくんと夢ヶ﨑先輩は大爆笑だったみたいだわ!」
もれなくわたしたちも大爆笑です。めっちゃおなか痛い。わたしの肩と腕の中ふるえてるのってわたしが笑ってるからじゃないよね?? エルアノとごろーも笑ってるからだよね??
「恋人に、ふふっ、かっこよく見せたい彼は、今日も、かわいらしいですねっ」
『すてきな一面ですわね、ふふっ』
『主が楽しそうでなにより、です』
ごろー声震えてる。
そんなリアス様のかわいい姿に一通り笑って。
《これより笑守人マラソンの説明を始めます》
アナウンスがかかったから、みんなで声の方向を見る。
―まぁ。
「…」
わたしはいつも通り前がちょっと見えづらいんですけども。
「抱っこしましょうか刹那」
「いらない…」
「ほれ、コッチ来っか」
「のーせんきゅー…」
手を広げてくる二人には全力で首を振っておきまして。
「エルアノごめんね…見えづらくて…」
『お気になさらず。声が聞こえれば十分ですから』
エルアノにはありがとって返してから、また声の方向を見た。
《この演目は去年の”騒動鎮静マラソン”をベースに、各地点での内容を変えたものになります。走行距離は八百メートル。地点は三地点あり、二百五十、五百、七百五十のところでそれぞれミッションが課されます。ミッション内容は大きく分けて二つ。対象を守るか、対象を笑顔をするかです》
話聞いてる限りは単純そう。
これなら、
「これならわたしでもできそう…」
「あたしでもできそうだわ! 要は殴るか笑顔にするかでしょう?」
「こりゃ脳筋組にはもってこいだわな」
ちょっとヒトを脳筋扱いしないでほしいんですけど。今ごろー抱っこしてるから叩けないけど。
『刹那殿、もう少しお力を緩めていただきたく……』
あ、叩けないいらだちがごろーに行ってしまった。
ひとまずごろーに謝って頭をなでといた。
《ミッション内容は各走者ランダムになっており制限時間は五分以内。制限時間内に対象を守れない・笑顔にできない場合に失格になります。説明は以上。それでは第一走者から始めます。用意》
声が聞こえた瞬間に、耳をふさいで――って、あ、ごろー抱っこしてるからふさげないや。
あ、待って待ってちょっと待って??
いいやと思ってたまたま下見たらユーア耳抑えてるんですけど。え、かわいいなにそれ。
「華凜ユーアの写真をっ…!」
「お任せあれっ!」
カリナが即座に撮ってくれたパシャッて音と同時に、ピストルのぱぁんって音。あれ結構うるさいけど今だけは気にならない。ユーアがかわいい。
「最高…華凜あとで絶対送って…」
「もちろんですわ」
『愛原さんのカメラスキル、だんだんと恐ろしくなってきましたわね……』
「秒よ、秒。スマホ取り出した瞬間にすぐシャッター音鳴ったわ」
『主たちと過ごす日々で鍛えられております故……』
「いや鍛えられたとかそんなレベルじゃねーだろコレ……」
「今では誇れるスキルですわ」
「道だけは誤んなよ華凜ちゃん……」
『手遅れですっ』
ユーアさりげなく一番ひどい。
思わず最後のユーアにみんなで噴き出して。
さて、って演目の方に目を向けた。
早い人はもう第一地点行ってる。そしたら結界みたいのに囲まれて…。あ、トラのビースト出てきた。
それと同時にもう一体ビースト…あれはリスかな? 出てきて、争ってるっぽいのかな。
「あれって守るミッションなのかしら」
『争っていらっしゃいますし……そうでしょうかね』
すっごいリスが叫んでる感じに見える。
それでトラの方もなんか言ってて…、あ、なんか納得いかなかったのかな。
リスがなんか、刃物みたいな。
刃物みたいな??
「ちょっとあのリスのお方刃物持ち始めたんですけど」
「おいおいちっけぇくせにトラに襲い掛かろうとしてんぞ」
『聞こえる話の限り痴話げんかのようですっ。トラが浮気をしたそうな』
浮気で相手刺そうとするってどういうこと。え、このマラソン怖いんだけど。
ていうか。
「…ごろー…」
『主の不安がびしびしと自分に伝わってきております……』
ですよねー。
契約で繋がってるからめっちゃそういう不安とか影響受けるよね。
え、これやばくない? なんてミッション出してんの。
「ねぇ紫電先輩、百メートル走のときとかは一方的な攻撃になるからーっておどろおどろしい敵だったけれど」
「おー」
「これはありなのかしら」
「まぁ見た目コッチのが問題ありっちゃありだケド。蜜乃ちゃん曰く、騒動鎮静マラソン、今は笑守人マラソンな。そういうので出すあのバーチャルの内容とか設定って、実際にエシュトに依頼があった内容らしいぜ」
『まぁ……それを使っていると?』
「モチロン、容姿とか種族とかは個人情報になるからってんで変えてっケド。もともと、依頼を受けるトキには生徒の対応力向上のためっつって体育祭でのこういうのに使う同意求めんだよ。そんでオッケーなヤツはこうして演目に使わせてもらってるってワケ」
と、いうことは?
「実際にあれがあったってこと…?」
「そーゆーコト」
むしろそれよく本人オッケー出したよね。
てんぱっててちゃんと読んでなかったのかな規約とか。
「ま、蜜乃ちゃん曰くっつっても聞いたのはフィノア姉からだケドよ。アイツ外部の任務結構受けるから」
「夢使いとしてもお外結構行っていますものね」
「ソ。そんでこういう契約取ってくんのも大半がフィノア姉のお手柄、な」
「フィノアすごい…」
あとでいっぱいほめよう。
心に決めて、演目見ていれば。
《第二走者、準備》
第一走者がもう最後の地点ってところで、アナウンス。第二走者だから、
「エルアノ…」
『行ってまいりますね』
『頑張るですっ』
『ご無理はなさらないよう……』
エルアノの順番ってことで、わたしの肩にいたエルアノが肩から飛ぶ。わたしの一歩前に出て。
《ようい》
さりげなく横目に、ユーアが耳ふさいだのをいれながら。
《スタート!》
パァンって音で飛び出してったエルアノの後姿を見送った。
エルアノは羽ばたきながら周りのヒトたちとどんどん距離離してく。
「スピードはさすがですわね」
「でも結構飛ばしてないかしら。エルちゃん体力持つ?」
『持久力を鍛えていたの知ってるですっ』
「相変わらず勉強熱心なヤツな」
エルアノはすぐに第一地点に着いて、周りに結界が張られた。そこに出てきたのは、ヒューマンの女の子。
うずくまって、泣いてる?
『お母さんとケンカしたそうですっ』
「あ、そういうかわいい系のミッションもちゃんとあるの…」
心なしか腕の中のごろーがほっとしてるからリアス様もちょっとほっとしたのかな。
結界の中を見れば、うずくまった女の子にエルアノは近づいてく。そうして。
なんとあめがエルアノの羽から出てきたじゃないですか。
え、どこに隠し持ってたのそんなの。
「エルちゃんってポケットとかそういうの持ってなくね?」
「り、リボンに入れてたのかしら……? ちょっとおっきいし」
『しかしリボンを触る仕草すらお見えには……』
『羽の中から出てきたですっ』
「まさかあの毛並みの中にお隠しに……?」
華凜の言葉に、みんなで一斉に華凜を見た。
「ちょっとどうして私を見るんでしょうかね」
「仕込むのは、華凜の得意分野…」
「隠しカメラで学んだんじゃねぇの」
「失礼な! 私はちゃんと堂々とカメラをつけていますよ!」
もうつけてるって時点で隠しカメラじゃん。
とりあえずエルアノにはあとで聞いてみようってことで目を戻せば。
無事第一地点を突破したエルアノが第二地点にたどり着いたのが見えた。
結界の中に現れたのは、今度はビースト。ヒト型だけど…下におっきいきらきらの宝石みたいなの見えるから、たぶん精霊。一体だけだし笑顔のミッションかな?
と思ったら。
なんかその精霊すっごいエルアノに近づいてくじゃないですか。
あらぬことかエルアノの羽を手握るみたいに自分の手そえたじゃないですか。
なんかその精霊はあはあしてるじゃないですか。
ぞわっとした瞬間に目の前が真っ暗になって耳も遠くなった気がした。
ただそれは、こわくてなってるとかじゃなく。
「…いきなりやられるのはそれはそれでびっくりする…」
「いやぁ、咄嗟にやるだろコレは」
「ちょっとだけ我慢してね刹那ちゃん! っていうか結構体冷たいのね!?」
真っ暗だから誰がどっち抑えてくれてんのかはわからないけれど。言葉的にはみおりとはるまかな。あ、なんか手があったかいのに包まれた感じ。カリナかな? やさしい手を握り返して。
「エルアノは平気…?」
「えぇ、彼女は大変たくましくですね」
『お相手のことを背負い投げいたしました……』
ちょっとそこだけ見たかった。
あの小さい体でどうやって背負い投げなんてするの。あとで再現してもらおう。
そう、ゴールしたらお願いすることを決めて。
そろそろわたしも走る順番だし、二人に離してもらおうと口を開こうとしたら。
耳と目から、手が離れていった。急にまぶしくなって、目を細めながら。何回かまばたき。
「刹那ちゃん」
「んぅ…?」
とんとんってはるまに肩を叩かれて。はるまを見るために、未だにつながれてるあったかい方向を見上げた。
見上げた、ら。
「……」
「りゅー…?」
なんということでしょう。
「華凜が、華凜が龍に変身した…?」
「だいぶてんぱっているなお前……」
あ、そのあきれた顔はまぎれもなくリアス様ですね。カリナがいる方向指さす律義さもまぎれもなくリアス様。
じゃなくって。
「なんで…」
「エルアノの内容があれだったろう。向こうで全員で見ていたんだが、これはやばいと飛んできた」
「…ゆいに止められなかった…?」
「さすがにこればかりは全力で背を押された」
そう、って小さくこぼして。あったかい手がリアス様ってわかって、すごいほっとした。
《第三走者、準備》
「!」
でもほっとしたのもちょっとだけ。もう出番。
一瞬だけ、エルアノみたいなミッションがあったらどうしようって思って。手に力が入った。
――行きたくない。
ちょっとだけ、こわい。
それがわかったのか、リアス様の声が落ちてきた。
「今回はやめるか」
「!」
ぱっと顔を上げたら、いつもどおりのやさしい顔。
そのヒトはやさしい顔のまま、わたしに視線を合わせるようにしゃがんで。ほっぺをなでてくれる。
「怖いならやめていい」
「…」
「もしそれでも、頑張るなら」
向こうで待ってる。
「華凜と一緒に向こうにいる。それで、ゴールしたら。一番に抱きしめる」
「…」
な、って。
きっとリアス様も、心配でこわいはずなのに。すごくすごく、やさしい声で言われて。
いつの間にか、うなずいてた。
「…行く」
「わかった」
《ようい》
リアス様が立ち上がったのと同時に、待ってくれてたみたいにアナウンスがかかる。抱きしめてたごろーは離して。
『困ったらユーアもお助けするですっ』
「うんっ」
ユーアに笑って。
《スタート!》
みんなに背中を押されるように、走り出した。
いつもよりかは、ほんの少しだけゆっくり走ってく。隣で、一歩だけ前を走ってくれてるもふもふなしっぽを追うように、一歩ずつ。
持久走は苦手だけど、今日は少しだけ体は軽く感じた。
みんなが背中を押してくれたからかなって、そっと笑って。
『なにかあったら呼ぶですっ』
「わかった…」
たぶん呼んだら失格になっちゃうと思うけれど。ユーアにうなずいて、第一地点。
足を踏み入れたらブザーが鳴って、結界が張られた。
ちょっとだけ緊張しながら、ミッションを待てば。
〔ぐすっ、ぅ、ぐすっ〕
目の前に出てきたのは、小さな動物。なんだろう、鳥? にしては羽はあるけどしっぽがうさぎとかそういうもふっとしてる子みたい。
その子の上に出てきたのは”笑顔ミッション”っていう文字。ひとまず、こわいのではなさそうっていうのにほっとして、その子に近づいて行った。
「どうしたの…」
〔ぐすっ、うぅっ〕
しゃがんでのぞきこむようにしたら、その子はわたしを見てくれた。目に涙をためて、しゃくりあげながら。
〔っ、たか、ったの〕
「うん…?」
聞こえなかったので、ちょっと耳を近づけると。
〔サーカス、行きたかったのっ……〕
なんてことをおっしゃった。
サーカス??
もっかいちょっと詳しく話を――あ、だめだこの子めっちゃ泣き始めちゃった。これ自分であとは考えろってこと?
どこが脳筋にも安心の演目だよこれ。めっちゃ考える系じゃない??
思わぬ事態にさっきの不安は吹き飛んで、この子を笑顔にするためのことを必死に考える。
サーカスに行きたかったとな。行きたかった、ってことはもう行けないってことだよね?
ということは?
え、これはわたしがサーカスをやれと??
これ絶対みおり案件じゃん。二年になってからパフォーマンスの授業取ったけどマジックまだそんなできないよ。
そもそもサーカスってなにやるの?
これはさすがに聞いたら教えてくれるよね?
「ね、ねーぇ…?」
〔っ、……?〕
「なにが、見たかったの…? サーカス…」
〔火の輪くぐり……〕
それリアス様が死んじゃうやつ。
「ほ、ほかに…!」
〔空中ブランコとか……あの剣刺すやつとか……〕
どうしてこの子はピンポイントでリアス様が死にそうなものしか言ってくれないのっ。
ほかに、ほかになにか…! 時間もない、やばい…!
慌ててたら、その子がぽつり、こぼした。
〔それとね〕
「! なぁに?」
〔サーカスね、人気のライオンがいるの……体験でそのライオンに乗せてくれるっていうのがあったの……楽しみだったの……〕
最終的に種族違いの問題が。ごめんねわたしライオンじゃなくて。上に乗せてあげられなくて。もう罪悪感でいっぱいになってたら。
〔ふだん他種族の上に乗ったりもしないから、楽しみだったけど……〕
そんな言葉をこぼして。
これだと口が開いた。
「ら、ライオンじゃないけど…!」
〔?〕
「ビーストの上なら、乗れるよっ…!」
正確にはビーストでもないけどもっ。そこはちょっと置いときましてっ。
どう? って言えば。
〔本当っ……!?〕
その子はきらきらした顔に。よし、よしっ行ける。
急いで魔力を練って。
【氷狼】
この子の前に、小さめな氷の狼を召喚。その瞬間。
〔わぁっ……!〕
うれしそうなお顔いただきました。時間もないってことですぐにその子を抱き上げて、氷狼の後ろに乗せてあげる。
「走ってあげて…」
【ワォンッ】
〔わぁあっ!〕
お願い通り走れば、その子はとっても笑顔になってくれて。
〔ありがとうお姉ちゃんっ!!〕
素敵な笑顔を残して、きらきらとその場から消えていった。
氷狼とわたしだけが残った空間に、”笑顔ミッション”って書かれたパネルには〇って出た。あぁ、クリアできた。
でもほっと息つくのはまだ。結界がなくなったのを確認して、すぐに走り出す。
ちょっとだけ周りを見たら、わたしはほんの少し遅れてる。十人中…七、くらいかな?
できれば、一位になって、リアス様にぎゅってしてほしい。
あんまり体力はないけど、ミッション中に割と回復できるのもわかったし。
「がんばる…」
ほんの少し飛ばして、ユーアが先にたどり着いてる第二地点まで走っていった。
「は、はぁっ…」
『氷河速いですっ』
「ユー、アも、ねっ…!」
”飛んでくるものから対象を守る”っていう簡単なミッションだった第二地点。氷の盾で自分の身も守りながらすぐにクリアして、守ってる間に体力も回復して。全力疾走で第三地点にやってきた。
ちょうどユーアと同じタイミングで、周りはまだ第二地点。今だけは足の速さほめたい。
そしてこれで最後。
息を整えながら、ユーアとがんばろうねって笑いあって。
結界の中に出てきたバーチャルに、目を向ければ。
すぐに息が止まった感じがした。
「…!」
高級そうなベッド。
そこで怖がってる女のヒト。
その、女のヒトの視線の先には。
あの王子みたいな、こわいヒト。
やらしいって感じじゃない。どっちかっていうと見下してて、冷たい目で。
女のヒトの体は、傷だらけ。わたしのきらいなあのこわいことじゃない。でも、いやなことされた傷。
これほんとに使うこと許可してくれたの? っていうちょっと冷静な頭の中で。
どことなく、あの日を思い出させるような光景に、ちょっとだけ息が浅くなってる気がした。
ぼんやりとした目の先には、”女性を守る”のミッション。あの日みたいに、このヒトを守れってこと。
「っ、…」
このヒトを守ったら、また言われるのかな。
”今度は――”
聞こえた頭の中に、必死に頭を振る。
大丈夫、これはミッション。
バーチャルだし、そんなこと言われない。
言い聞かせてる間に、男のヒトが女のヒトに近づいて行ってた。ゆっくりゆっくり。
女のヒトは震えながらうずくまるだけ。逃げることもできてなくて。
いつかの、夢のわたしみたいだと思った。
この夢のとき、いつもどうしてたんだっけ。
震えて、こわくて。助けて、助けてって思ってた。
それを――?
だんだんぼんやりとする頭の中。
「…!」
すっごく遠くの方で、ぺしって音が聞こえた。
遠くなのにはっきり聞こえた音に、そっちを向けば。
「…ユーア?」
ミッションが終わったのか、わたしの結界に張り付いてるユーア――って待ってめっちゃぺしって音じゃなくてもうべったり結界に張り付いてるんだけど。
顔が、お顔がむいってしてますけど?
かわいい肉球がべったり結界についててたいへんかわいらしいことになってるんですけども。
っていうか自分の終わったなら走っていけばいいのに。
「なにしてるの…」
なんて言いながらも、わたしの顔は笑ってた。
おかげではっきり戻ってきた意識で、しっかり前を見る。
そうして、足に力を入れた。
今度は、体が勝手に動いていく。
きっと大丈夫。わたしは、この対処法をきちんと知ってる。
たくさんたくさん、見てきたから。
そうして、このヒトを助けて、このミッションも、自分のこわさも、終わらせて。
一番に抱きしめてくれると約束してくれた、大好きなヒトのところに行くんだ。
狭い空間の中、勢いをつけて、そのヒトに向かって走っていく。
〔っ!? なんだ貴様はっ!?〕
こわいけど、でも、勝手に手が伸びた。
わたしは小さいから背伸びをして、そのヒトの襟を強くつかんで。
力いっぱい、思いっきり。
地面に投げつけた。
〔ぐ、うわっ!?〕
体がおっきいからかダァンって音が響いて、そのヒトは地面に倒れる。結構思いっきり行ったからかな。目を回してるみたいに、ピクリとも動かなかった。
「は、はぁ、っ、はぁっ…」
いつの間にか浅くなってた息を整えて、女のヒトの方を見る。男のヒトが倒れたときにこっちに来てたのか、すぐそばに立ってた。
黒い服の女のヒト。そのヒトは、泣きそうになりながら、わたしの手を取った。
〔ありがとう〕
「…」
〔本当に、本当にありがとう……〕
そうして、手を引っ張って、抱きしめられる。
いつもなら触んないでって突っぱねるのに、今日だけはそれを受け入れてた。
〔あなただって怖かったでしょう〕
「…」
〔それなのに、勇気を出してくれて〕
――本当に、ありがとう。
それは、いつの日か嫌な記憶と一緒に封じ込めた言葉たちに似てた。
昔助けたあのヒトは、何度も何度もわたしにお礼を言ってくれた。こわかったのに、ありがとうって。ごめんねって。
このヒトは別のヒトのはずなのに。黒い服も、あのときのメイド服と重なって。
〔ありがとう……〕
やさしい声も、重なって。
―あぁ、今度こそ。
今度こそあなたを助けられたと、不思議なことを思った。
「…これで、」
〔?〕
「これで、しあわせに、なれる…?」
喉が熱くなってる感じがしながら、聞けば。
体を離したそのヒトは、昔助けたヒトのように、泣きそうな笑顔で。
〔幸せですよ〕
そう言って、きらきらと消えていった。
「刹那っ!」
結界が消えた後、ユーアに声をかけられて急いで走っていって。
結果はユーアを抜いて一位でゴールした。
切れてた息を整えてたら名前を呼ばれて、そっちを向く。
心配そうなリアス様に、カリナ。エルアノに陽真もいて。それに、レグナたちほかのみんなもこっちに来てた。
「りゅー…」
あぁ、抱きしめてもらえるんだって、リアス様に近づいてく。
一歩一歩、リアス様のもとに行くたびに。
視界が、にじんでいった。
なんでだろう、って思いながらも、大好きな紅い目だけは見失わずに歩いて行って。
手を、広げたら。
「刹那」
やさしい声で、やさしい温度が。わたしを強く強く抱きしめてくれた。
それに、なんでか。涙がたくさんたくさん出てきた。
「怖かったろ」
「…」
「よく頑張ったな」
言われながら頭をなでられて、強く強く、抱きしめられて。
ちゃんと、知る。
「こわかった…」
「あぁ」
「でもね、」
でも、今度は。
「ちゃんと、助けられた」
きっとわたしの一番望む形で。
こわかったけれど、それが本当にうれしくて。
心がふっと軽くなるのを感じながら。
抱きしめてくれるあったかい体温に、涙を流しながら埋もれていった。
『笑守人マラソン』/クリスティア
エシュトマラソンのあと
気づいたお姉さん

このあと美織さんですね

みおり…! がんばって…
一位で独走

はっ、はぁっ、めちゃくちゃ全力っ、出したわっ! 刹那ちゃんっ、大丈夫!?

うん…みおりがだいじょうぶ…?

刹那パワー半端ないわぁ……全力出させたい時に刹那パワー使うのありかもぉ。安全な仕様で
移動中の話
みんな刹那が心配で全員集合しまして

……なんかすげぇ見られてんな

気のせいじゃなさそうだなぁ

……

……

次の演目全員出るんじゃないかって言われてんな

口々に“死ぬかも”って言ってるです……
勘違いでめっちゃ警戒された