未来へ続く物語の記憶 July-I

 目を開ければ、懐かしい空間が広がっていました。
 少し古めの木でできた部屋、薄い布団。


《……》


 そして、大好きだった赤紫の瞳のあなた。

 あぁ夢ね、なんてすぐわかる。

「……あのとき思い出したからですかね」

 小さく笑って、あなたが座る床へと近づいていく。

 ヒールを鳴らすように歩いて行って。

 微笑んでくれているあなたの前に、座った。


「……オトハ」
《……》

 名前を呼べば、昔を変わらずに笑ってくれた。それが嬉しくて、私の頬も緩んでいく。

「……」
《……》

 赤紫の瞳と微笑みながら見つめあう静かな時間。今日は何か教えてはくれないのかしら、なんて。夢の中なのに昔のことのようなことを思った。

「……今日は、どうしたの」

 沈黙を破ってあなたに聞く。
 けれどあなたは微笑んでいるだけで、その口は開いてくれない。

「何か教えてくださるのかしら」
《……》
「それとも私の笑顔を見に来ました?」

 おちゃらけて言えば、あなたは楽しそうに笑った。


 そうして、ほんの少しだけ寂しそうな目になる。



 ―私は、この瞳を知っている。


 あの別れる日に見せた、優しくいつも通りにしているけれど、寂しそうな目。この夢はその再現だったのかしら。

 思わず「ごめんね」と口から出そうになったけれど、あなたが動いたのが見えて口をつぐむ。

《……》

 じっとしていればあなたの手が伸びてきて。


 そっと、私の頬に触れた。


 ……おかしいね。


「……夢なのに、あったかいね」


 手を添えれば懐かしいあなたの手の感覚。細いけれど大きくて、温かい手。私まだそんなにもあなたのこと好きだったのかしら。それともあの日を思い出すからなのかしら。

 喉が、熱い気がするわ。

「……久しぶりにあなたのことを思い出したんです」
《……》
「きっとあなたがいたのなら、こんな反応をするのかなって」

 少し照れて、でも嬉しそうで。きっとあの場で「好きだ」と伝えたのなら、終わった後に「僕もだよ」と笑ってくれたのかなって。


「……たくさん、思い出したの」
《……》
「だからこんな夢見るのね」

 懐かしい、大好きだったあなたの夢を。
 けれどあのとき思い返した記憶は嬉しくて、楽しいものだったはずなのに。どうして。


「……どうしてあなたは泣いているのかしら」


 微笑みながら、どうして涙を流しているの?
 これが「お別れ」の再現だから? ううん、違う。あなただったら、最後まで私の前で笑ってくれていたもの。


 じゃあ、何か悲しいことでもあったの?

「……オトハ」
《……》
「黙っていちゃわからないわ」

 ねぇ、と。
 そっと、あなたへ手を伸ばしていく。涙をぬぐうために。


 ゆっくりゆっくり、あなたの頬へ手を伸ばしていって。


「……」


 その手は、頬に触れることなく。私の頬に触れていた手が今度は私の手を包み込む。
 どこまでもあたたかいその手に、どうしてもこみあげるものがあって。


「……オトハ」
《……》


 ――逢いたいね。



 小さく、こぼしてしまう。
 出逢ったからと言ってもうお互いに恋はきっとしない。けれど、ときおりふと思ってしまう。


 大好きなあなたに、また逢いたいと。


 逢って、笑いあって。いろんな話がしたいと。この一万年、いろんなことがあったんだよって。
 それが叶わないということは、嫌というほど知っているけれど。


「……夢の中でなら、いいですよね」


 逢いたいと伝えても。あなたが大好きだったと伝えても。
 自分に甘くして、うつむく。

「……逢いたいです、あなたに」
《……》
「そうして、出逢ったら」

 あなたが好きだと言ってくれた笑顔を、たくさん見せるの。たくさん、たくさん。


 ねぇ、いつかは逢える? この果てしない旅の途中で、あなたに逢うことはできるのかしら。


「……できると、いいな」
《……》

 小さくこぼせば、そっとまたあなたの手が私の頬に触れた。見上げた先にはさっきと違って嬉しそうに微笑んでいる大好きな人。

 あなたも、同じこと思ってくれているのかな。

 未だ話すことをしてくれないから、真実はわからないけれど。

 思ってくれているといいなと、笑って。



 頬を撫でてくれる手の心地よさに、私は夢の中で目を閉じた。









「……」


 温かい手が私の頬を撫でる感覚が、鮮明に残る。

「……?」

 その心地よさにまだ眠っていたいけれど。だんだんその鮮明さが不思議に感じて、目を開けました。映ったのは見慣れた天井――ではなく。

「……おはよ」

 優しく笑った、自分にそっくりな兄。

 その人は片方の手で私の頬を撫でて、もう片方で私が伸ばした手を取っていました。まるで今見ていた夢のような状態。

 あぁ、あなたが温かさの正体だったの。


「……どうりで」
「ん?」

 笑って、兄には首を横に振って。まどろみながら兄を見上げた。さりげなく視界に入れた時計は七時半。明るさ的に朝でしょう。

「どうしたんですかこんな朝早くに」
「んや、たまたまこっちに用あったから。ついでに拾ってこうと思って」

 拾っていくという割には兄は全然今の体制を崩そうとはしません。いやどいてくださらないと私起きれないんですけども。

「……この手を離してくださる?」
「んー」

 全然離す気ないですねお兄様。目元撫でないでください眠くなります。

「学校の準備をしたいんですよ」
「うん」
「おててをどかしてくださいな」

 ね、と笑って言えばレグナは少しの間私をじっと見て。

「……嫌な夢でも見た」

 目元を撫でながら、聞いてきました。

 それに、やっと自分が泣いていたのだと理解する。この手は撫でていたのではなく涙をぬぐってくれていたの。

 けれど少々真剣な顔の兄には、また首を横に振りました。

 見ていた夢を思い返して、微笑む。

「……いいえ」

 嫌な夢でも、悲しい夢でもない。
 大好きだったあなたが笑ってくれた、夢。――そう。




「とても、幸せな夢を見たわ」




 笑って言えば、兄は一瞬驚いた顔をしたけれど。ちゃんと本当だと伝わったんでしょう。

「そ」

 いつものそっけない態度でも笑いながら、レグナは私の頬を優しく撫でてくれた。



『カリナの夢の話』/カリナ 




 愛原家に用があったから朝早くにお邪魔させてもらって、カリナも拾って学園に向かった七月最初の登校日。
 起こしに部屋に行ったら夢見てたみたいで泣いてたけれど、本人曰く「幸せな夢」だったようで。言葉通り特段辛そうとかもなくいつも通りのカリナと待ち合わせ場所に行きまして。

 さぁいつも通り七月も過ごしましょうかと思ってるんですけども。


「……」

 なんとなく、いつも通りじゃないのが一人。
 前を歩くポニーテール頭のヒトの雰囲気がいつもと若干違う感じがする。気のせいだと思いたいんだけども。

「どうした蓮」
「んーんや、ちょっと……?」

 あっきらかになんかさ、カリナのことすげぇ見てね武煉先輩??
 いや見るよ、結構あの、無意識かもしんないけど武煉先輩カリナのこと見てるよ? だから「あーこのヒト、同盟の件はカリナ狙いかー」ってわかったよ??

 ただ結構視線っていろんな感情が入るじゃないですか。
 武煉先輩の見方って意外と感情わかりづらいからいつもこう、確定な思いは読み取れなかったんだけど。


 今日はなんかこう、すげぇ「あなたと話したいけどなんて言ったらいいかわからない」みたいな目をしていらっしゃる。


「……なんか武煉先輩こう、なんかあれじゃない?」
「あれと言われてもわからないが」

 クリスだったら絶対わかったのにこれ。けどクリスはカリナと一緒に先頭を歩いている。心の中で地団太を踏んで、視線を再度武煉先輩へ。


「……」

 うん、めっちゃ「あなたと話したいけどなんて言ったらいいかわからない」って目してる。変わらない。カリナたちと今月のテスト項目について楽しそうに話してるけどすっげぇ目がなんか訴えてる。

 とりあえずこの場で「武煉先輩どうしたのなんか言いたいことでもあんの」とか言うほど空気読めない奴じゃないんで今は黙っておくことにして。

 一応俺の中でもどういう話かをとても考えたい。

 隣の親友が「夏だしもしかしたら俺の行動療法は控えるかもしれない」とか話してるのには頷いておいて。



 話したいことってなんだ??

 まずこれ誰に話したいかにもよるよね。一応見てる限りカリナだけっぽいからカリナオンリーで考えようか。

 カリナに話したいこと、なおかつなんて言ったらいいかわからないこと。



 ……なんか服装が変とか? 夏だしみんな半そでじゃん? ワイシャツって透けるじゃん?


 あなたの下着透けてますよみたいな??


 いやいやいや。出た考えには即座に心の中で首を振る。
 閃吏とかならわかる。あそこらへんはちょっとこう、そういう状態にどうしていいのかってなるのはわかる。でも武煉先輩だよ?? 話さらっと聞いてた感じ女遊びとかもしてたっぽい先輩だよ?? 今更下着うんぬんで照れるほどじゃなくない? 偏見かもしれないけどもっ。
 それにそういうのってリアスとかも気づくし、なんなら後ろ歩いてれば全員気づくじゃん。リアスはもちろん陽真先輩だって普通に教えてくれそうじゃん?
 とりあえず一回確認だけしていい?

 そっと、武煉先輩の顔からカリナの背中に目を移す。

 そこには真っ白いワイシャツのみ。特別何か透けてるとかはない。

 近くに行ったら見えるとかそういう系のやつ? いや待って、一回服から離れよう俺。たぶん大丈夫それは。気づいてたら愛原家で言う。
 うん、そう。一回、そう一回服やら下着やらは置いとこう。

 他に。

 カリナに言いたいけれど言いづらいこと。
 言いづらいってどの状況だろうね。ただ単に内容的に言いづらいのか。


 それとも状況的に言いづらいのか。


 たとえばそう、人がいるから言いづらい、とか。


「……」



 それはもはや告白では??


 だって、え? だってそうじゃない? 男女で状況的に言いづらいってなったらそれはもう告白というものが一番妥当なのでは?

 え、でも待ってなんでこのタイミングで? いきなり過ぎない?
 きっかけとか――。


 なくはないのか?


 だってこういうイベントってほら、よくあるじゃん。親密度上がったからとかって。その親密度上がるのって別の、行事とかそういうイベントがあってでしょ?
 ついこの間体育祭があったじゃないですか。


 もしやこの妹は俺の知らない間に武煉先輩と親密度を上げていた……?

 えっ何それお兄ちゃん知らないんだけど。待って頭が追い付かない、え?
 俺がいないところ――はあれか、ミッション遂行走か。確か武煉先輩一発目でカリナは三番あたりだから接触はあったな。

 もしやそれか? 討伐合戦のときは俺の耳が聞こえる範囲内にいたしたぶんそこはない、はず。あったらリアスとかがほら、なんかするし。


 んん?


 そう、迷宮入りしていく考えにさらに足を踏み入れようとしていたら。


「……だいぶ百面相をしているが大丈夫か」


 リアスのちょっと笑いまじりの声が聞こえてハッと我に返る。声の方向を見たらおかしそうに目をゆがめてた。やっぱりよく笑うようになったよなぁなんて的外れのことを考えながらも、思考から抜けてリアスに笑った。


「頑張って顔に出さないようにしてるんだけども」
「お前ら双子はなんだかんだよく顔に出るぞ」
「たぶんそれ龍しかわかんないよ」
「どうだかな。で? 何をそんなに悩んでいるんだ」
「えぇ……妹の恋路?」

 待ったなんで今武煉先輩一瞬こっち見たの?? 地獄耳すぎでしょ。人のこと言えないけど。気づかなかったふりをしつつ声のボリュームはさりげなく下げる。

「あいつ恋愛なんてもうだいぶしていないだろう」
「いやそうなんだけども。別に思うだけが恋路じゃないじゃん?」
「あぁ……」

 親友から納得の声いただきました。

「ただの憶測なんだけど。なんとなくその可能性もあんのかなぁって」
「告白か」

 なんでこの親友確認するときそんなド直球でしか言ってこないんだろう。もう少しオブラートに包んでほしい。ほらしかも声のボリュームお前落としてないからみんなこっち見ちゃったじゃん。

「なに後輩クン、七月の活躍で告白されるって?」
「全然違いますー」
「蓮、春が到来…?」
「刹那それはマジで言ってる? 冗談で言ってる?」

 マジだったらちょっと怒る。けれど圧をかけてもクリスはおどけて舌を出すだけ。かわいいそれに絆されるのはいつものことなので置いときまして。

 とりあえずこの場を切り抜けたい。回れ俺の頭。

 ガーっと頭を回して。


「なんかこう、そういう話も、あったねーみたいな」

 出てきたのはなんともあいまいな言葉。でもほら、あったじゃん。

「そういう告白ってわけじゃないけど去年、誤解してましたっていう一種の告白がさ、あったから。この時期懐かしいねみたいな」

 嘘は言ってないよ。ちゃんと事実言ってるよ。ほらカリナとかも「ありましたねぇ」って言ってくれたよしこれでおっけー切り抜けられる。
 そのまま武煉先輩たちも巻き込んで去年の思い出話でもしてればいいだろうと。


 口を開いた、ときだった。


「そういえば」

 隣の親友の声が聞こえて、全員でそっちを見る。親友は俺を見てほんとに今思い出したって感じの顔で。



「お前あの告白どうなったんだ」


 なんて身に覚えのないことおっしゃったじゃないですか。


 なんて?


「え、龍ごめん、なんて?」
「告白。あったろう」

 誰の??
 しかも待って?


 この言い方とんでもなく誤解される言い方では?


 そう思って腐女子二人を見ると。


 予想通り二人の顔はとんでもなく輝いていらっしゃる。勘違いです、おい妹スマホを出すな。


「♪」
「録音して美織さんたちにも聞いてもらいましょう」
「やったらお前全部のクラウドデータ吹き飛ばすからな」
「データというものは一つ吹き飛んでもいいようにバックアップを取るものですのよ」

 くそデータに関しては妹の方が一枚上手だった。けれどシャッター音は鳴らなかったので万が一を考えた妹が録音をやめたということで。

 問題はこっち。親友の方に向きなおれば何食わぬ顔で「どうなんだ」って聞いてる。

 いやどうなんだも何も。

「……その告白に俺は身に覚えがないんだけども……?」
「なんだ、言わなかったのか?」

 何を??

「ごめん龍、今誰の話でどういう話?」
「体育祭以降にお前に告白があるんじゃないかという話」

 ありませんけど?? そんなフラグ一切立ててませんけど?

「蓮クン素敵ーなんて声あったっけ」
「少なくとも俺たちがいた付近では聞いていないね」
「なくて結構! 龍それって誰から」

 大通りに入る前、全員で止まってリアスに詰め寄る。当のリアスは「野暮だったか……?」なんて苦い顔。待ってほんとになにこれ。でもここで濁されて困る。さりげなく千本を出して。

 リアスがあまり得意ではない尋問用の笑みを張り付けて。

「龍」

 圧を込めて名前を呼べば。
 苦い顔は変わらないまま、こっちを向く親友。言い逃れはできないと思ったのか、何度か目をさまよわせてから口を開いた。


「……本人から聞いていないならすまない」
「うん」
「お前に話したいんだろうと思って」
「うん?」
「祈童が」
「祈童」


 えっ祈童?


 なに祈童? ここで祈童? 待った女子がちょっとそわっとなってる。違う絶対そういうんじゃないたぶん。

 祈童が? 俺に? 告白?


 なんだなにかあったかと頭の中を探っていって。


「……!」



 思い出した。

 あった。


「あった!」
「それは春の到来…?」
「刹那それだけは断固として否定しとくわ。あったよ話!」
「本人から聞いていたか」
「聞いた!」
「なに、結クンから告白って?」
「告白っていうかなんか話があるって体育祭に」
「それは……そういう告白かな……?」
「武煉先輩今日どうしたの??」

 すげぇ真顔でそんなこと言う武煉先輩初めてだよ。そこはもっかい否定しておいて。


 そっちを思い出した流れでもう一個思い出したので、親友を見る。

「ちょっとばたばたですっかり抜けてたわ」
「そろそろ結婚式用のも大詰めだと言っていたしな。すまないいろいろ任せて」
「それは好きでやってるから大丈夫。とりあえずすまないついでにさ」
「うん?」

 ぱしっと、リアスの腕を掴んで。



 不思議そうなリアスににっこり笑った。


「祈童に何したかわかんないけど一緒に謝りに行こうか親友」


 笑いつつも真剣に、言えば。



「……はっ!?」



 今度は親友から「わけわからん」というお声頂いたけれど。
 正直俺もいろいろわからん状態なので、一回祈童のとこに行くとして。

 大通りの信号が青に変わった瞬間、急ぐようにして親友の腕を引っ張り歩き出した。


『君に告白がある?』/レグナ