未来へ続く物語の記憶 July-II

 七月は、三月とか十二月と同じでイベントがたくさんあると思う。

 みんな大好き夏休み、ちょっと大変なテスト。そして。


 大好きなヒトが、生まれた日。



「おはよ…」

 この時期はリアス様に起こしてもらわなくても目が勝手に覚める。「自分の誕生日が近いから」っていうのをわかってるリアス様はちょっとだけうれしそうに笑って、おはようって抱きしめてくれた。
 わたしも抱きしめ返して。


「♪」

 起き上がったリアス様のひざの上に乗りながら、カレンダーを見た。


 七月に入ってから過ぎた日は斜線を引いてるカレンダー。
 斜線が引いてるのは、五日まで。


 今日は七月六日。

「あした…」


 明日が、大好きなヒトの誕生日。その日を迎えることができるってだけでもうれしくて、顔が勝手にゆるんでった。

「本人より嬉しそうだなお前は」
「うんっ」

 大好きなヒトにお礼とお祝いができる日だから当然だもん。うれしさでカレンダーを抱きしめて。ぐしゃってならない程度にぎゅーってしてから、カレンダーを元の場所に置いた。そうしてリアス様の方に振り返る。

「起きるか」
「…まぁだ」

 甘えたように言って、リアス様にぎゅって抱きついた。まだ時間はあるから、リアス様もせかしたりなんかしなくてわたしを抱きしめ返してくれる。

 それを、たんのうしながら。わたしの頭の中は明日のことでいっぱい。

「…」

 明日はすてきな日。わたしの大好きな日。

 その大好きな日を、もっとすてきにするために。


 わたしはプレゼントを贈りたい。


 でもリアス様基本的に「なにもない」って言っちゃうんだよね。今年もかな。聞いてみよっか。

「りあす…」
「ん?」

 わたしにすりよって甘い声で聞き返してくるリアス様からちょっと体を離して、見下ろす形になった紅い目に首をかしげる。

「あのねー…」
「あぁ」

 髪をなでながら。

「プレゼント…」

 そう、小さくこぼせば。

「欲しいのか?」

 予想とちがう言葉返ってきちゃったよ。おかしくない??

「ちがうじゃん…明日誕生日なんだから”プレゼント”って言ったらなんかほしいもの考えるじゃん…」
「毎年言っているが別に俺はいらない」
「知ってるけども…」

 まさかそれで「欲しいのか」なんて返ってくると思わなかったよね。

 話は終わったって言わんばかりにわたしをまた抱きしめるリアス様に、ほっぺをふくらます。

「なんかあげたいのに…」
「ものがすべてではないと言っているだろう」
「そうだけどー…」

 あっこのままじゃ去年と同じ流れだこれ。しかも誕生日前日にプレゼントになりそうな言葉を言ってしまう。

 それはいけない。

 去年と同じような言葉を言いそうになった口はぎゅっと結んで。

「…いいもん」
「何が」

 わたしを堪能してるリアス様から体を離す。足りないって言うみたいに引き寄せようとしてるけどお断りさせてもらって、紅い目を見下ろした。


「自分で考える…」
「本人の希望を叶える気はないと」

 あっそういう風に言うのずるい。でも負けちゃダメ。

「喜んでもらえうように、考えるのは…いいと思うの…あげるにしても、あげないにしても…」
「……そりゃあまあ、な」
「だから考える…」

 いいでしょう? って首をこてんとかしげれば、それに弱いリアス様はぐっと黙ってしまう。ちょっとずるいのわかってるけど、喜んでほしいもの。

「おねがい…」
「お前もう少し自分の可愛さ自覚してくれないか」
「自覚しててやってる…」
「だいぶ罪深いな……」

 なんて苦笑いのリアス様に笑って。

「いいでしょ…?」

 甘えるように首に腕を回してすりよったら。


「……好きにしろ」

 そう言いながらまた強く抱きしめられたので、おっけーいただいたということで。

 まだ少し時間のある朝。甘い甘い、わたしたちなりのスキンシップのために、ベッドにもう一回飛び込んでいった。





 と、いうわけで。



 ぎゅってしたり、おでこすりあわせたり。ごろーに呼ばれるまでベッドの上でいちゃいちゃした朝を終えてリアス様もご満悦になったということで。


「なんかこう、喜ぶことをしたいの…」

 金曜日の一限目、この時間に授業をとってないわたしとリアス様、ユーアにウリオス、はるまにぶれんで食堂に集まって、聞く。

「なんか、ある…?」
『旦那が喜ぶもんか……』
「んや、まぁ別に聞いてくれんのはいーんだケドよ」
「?」

 じゃっかんなんか言いづらそうなはるまの声に、そのヒトが座ってる目の前を見れば。

「コレは本人いていい話なワケ?」

 とても苦いお顔でわたしをひざに乗っけてるリアス様を見ていました。
 それにリアス様を見れば、平然とした顔。これはわたしたちにとっては当たり前のことなので、うなずいた。

「…わたしたちにプライバシーというものはない…」
『よく狂わないですっ』
「よく聞いてユーア…生物は一回狂いきると通常になるんだよ…」
「すごく誇らしげに言っているけれどだいぶまずいものではないかな」

 そんなことないもん。
 ねぇ? ってリアス様に聞いたらうなずいてくれたのでおっけーっていうことで。

「わたしは真剣な話をしたい…」
『いや嬢ちゃんたちがいいんならいいんだけどよ……』
「まぁ刹那だけだととんでもないことも”やる”と言いそうですし、ストッパーと考えればいいのかな」
「あーソレならまぁ……」
「なんかあるー…?」

 聞いたら、みんな一回首をかしげる。
 ほんの少し黙ったあと、一番に口を開いたのは隣のユーア。

『炎上のご希望はなにもないとっ』
「そうだな」
『逆にこれはちょっとというものはないのですかっ』
「これはちょっとというようなもの?」

 今度はリアス様が、わたしの頭にあごを乗せて考える。おなかに回ってきた手をなでながら待ってれば、小さく上から声が聞こえた。

「…………刹那が、けがをするようなもの?」
「誕生日にそんなことあるかい?」
「あるだろういろいろと。準備の最中に転んだだとか、料理していたら怪我をしただとか、あとは味見したら変なものが入っていただとか――」
「すとーっぷ龍クン、オマエに聞いたのが悪かった。なんもできねぇわ」
『ミスったですっ』
『だいぶ解消されたと思ったら全然だったな旦那』

 うちの過保護がごめんなさい。


「ほかに、ありますか…」
「オメーの過保護具合に刹那ちゃんがだんだん遠慮がちになってんぞ」
「申し訳ないとは思ってはいる」
「そこで反省もしてくれたら彼女は大変うれしかった…」
「残念だったな」

 一切する気がないとわかったので次。

「なるべくこう、けがをしない感じの…喜びそうな…」
『旦那で考えんのはなかなか難しいなこりゃ』
「これは一般的な男性目線も織り交ぜていいのかい?」
「龍に一般的というのはちょっとかすりもしないかもしれない…」
「お前あとで覚えてろよ」

 ほんとじゃんか。わたし間違ってない。
 あとでレグナあたりに味方してもらおうと決めて。

「『……』」
「…」

 みんなといっしょに考えてる中。

「いいかい?」

 すっと手を挙げたぶれんを見た。

「ぶれん…」
「一般的どうこうは置いておいて、龍の喜ぶことをすればいいんじゃないのかな」
「…?」

 今その喜ぶことを探しているのでは?
 思わず首をかしげてしまったら、ぶれんは少し悩んでからまた口を開く。

「この言い方では悪かったね。そうだな……刹那が知っている、龍の喜ぶような行為を一日中させてあげればいいんじゃないのかな」
「龍が…喜ぶ…」
「それこそ今しているみたいなこととかね」

 それはたしかに、わたしがリアス様だったらうれしいかもしれない。

 でもあげる側からすると。

「…そんな、ことでいいの…?」

 そう思っちゃって。聞けば、ぶれんは笑った。

「ふふ、”そんなこと”ではないと思うよ。ねぇ陽真」
「ま、普段限られた時間の中でできねぇコトを一日中、しかも好きなだけっつーのは嬉しいわな男としちゃ」
『その二人の”普段できねぇこと”は聞いてもいい内容なんかい?』
「おや、どういう想像をしているのかなウリオス」
『なんでもねぇです』

 から笑いになっちゃったウリオスの内容は置いといた方がよさそうなので触れないでおいて。


 リアス様を、見上げた。

 紅い瞳はわたしを見下ろしてる。それに、何回かあっちこっち見てから、また目を合わせて、口を開いた。



「…いつもの、あそぶのでも、いいの…?」

 そう、聞けば。
 紅い瞳は嬉しそうに歪んでわたしにすり寄ってきた。そうして甘い声で。

「もちろんだ」

 本当にうれしそうに、言うから。結局いつも通りだけどそれにしかできなくなっちゃって、うなずくしかなかった。

「…わかった」

 若干まだこれでいいのかなって思うけれど、押しつけるのはやっぱりいやなので。本人が言うならいいかって何とか納得させた。
 リアス様をぎゅっと抱きしめ返してから体を離して、前を向く。

「決まったな妹分?」
「んぅ…ありがと…」
「大したコトしてねぇケド。ま、来週になったらみんなでプチパーティーでもしようや」
「! うんっ…」

 それはいいあいでぃあ。聞いた瞬間にちょっとしたもやもやみたいのはすぐなくなって、楽しみで頭の中がいっぱいになる。

「明日はいっぱい龍とぎゅってして、月曜日パーティー…?」
「月曜はたしかフィノア先輩がテストじゃなかったかな」
『火曜は閃吏がいないですっ』
『あとで予定確認しようぜ嬢ちゃん』
「うん…!」

 みんなで集まれるところあるかな。なかったら土曜日とか日曜日にみんなで集まるのも楽しそう。そしたらリアス様もきっとたのしいし、すてきな思い出がまた増える。
 あれ結局これわたしがなんかたのしい感じになってない? 気のせい? リアス様もたのしいよね?

 なんて一瞬不安がよぎるけれど。

『氷河っ、プレゼントなら紙で券作るですっ、氷河一日自由券ですっ』
「! ユーアないすあいでぃあっ…!」

 ユーアがとんでもなくすてきな案を出してくれたのと、リアス様が「大丈夫」って言うように抱きしめてくれたから、いっかって不安は頭からなくして。


 明日がすてきな一日になりますように。


 願いを込めながら、ユーアといっしょにリアス様のプレゼントを作り始めた。



『リアス誕生日前日』/クリスティア




 水色の少女はこくり、こくり、頭を揺らす。

 今にも大きな蒼い瞳は閉じていかれそうで、けれど寸前にハッとしてまた目がのぞく。

 ふるふると頭を振って覚醒し。

「…」

 またこくりと船を漕ぐ。


 大変可愛らしいそのしぐさに、あやすように目元をくすぐってやった。小さな恋人はそれを「寝ろ」と取ったのか、いやいやと首を横に振って俺の服の裾を掴む。抱き着いてこないのは俺の体温で寝ないためだと知っているので、抱きしめることはせず。

「…」

 七月六日の夜十一時半。ベッドの上に座って睡魔と必死に戦っているクリスティアに、思わず顔をほころばせた。




 恋人はイベントごとが案外好きである。楽しい思い出が作れるようなイベント然り、今回のような四人のうち誰かの誕生日然り。
 そして誕生日のような、祝い事をするイベントでは。

「んぅ…」

 こうして必死に睡魔に抵抗し、なんとか零時まで起きていようとするのである。こちらとしては寝ても構わないのだが、以前零時前に夢の中に言った際、気遣って寝かせたら次の朝に泣かれたことがあったので以降は見守ることに。


 見守ることにしたんだがこれがもう大層可愛くて割と困っている。

「…」

 寝起きのようにぽけっとした顔。眠くて眠くて目元をこすり、ぱちぱちとまばたきをして。
 眠気が襲ってきたのかゆっくりとまぶたが閉じていき。

「…!」

 ハッと覚醒して起きるように頭を振る。そして自分は寝ていないと主張するように俺を見つめてくる。


 頬が緩みまくってしまい口元を思わず覆ってしまう。大変可愛い。笑ってしまうのは失礼なので体は震えてしまうがなんとか耐えつつ、クリスティアの頭を撫でてやる。

「…」

 それにすり寄って来て、うりうりと頭をこすりつけて。心地よいのか瞼が閉じていき。

「…」

 秒で寝息が聞こえ始める。おい寝てるぞ。


「クリスティア」

 声をかければぱちっと目が開いた。そうしてまた俺を見つめて「寝てない」と主張。思いっきり寝息が聞こえていたが彼女の主張を尊重しそこには触れず。

 時計の方へと、目を向けた。

「……もうすぐだ」

 時刻は十一時五十五分。時計からクリスティアへと目を戻せば、その顔は眠たそうだがとても明るい。

 本人より浮かれているな、なんて。緩みっぱなしの顔がさらに緩んだ気がした。

「♪」

 恋人はもう少しということで覚醒もし始めたのか、時計を手に取り。一秒でも見逃すまいとじっと時計と見つめあう。そんな姿も愛おしくて。

「……」

 本人は納得いかないんだろうが、これだけでも十分なプレゼントであると思っている。



 一時期眠りづらい時期があったが、クリスティアは元々よく眠る。一度眠りにつけばよほど変な夢を見ただとか、俺が緊急用の声で呼びかけない限りはどんな騒音でも一切起きないほど。夜更かしも苦手で基本は夜の九時から十時に就寝。行って十一時が限界。つまり、もとのその睡眠時間に戻ってきている今、彼女にとってこの十一時過ぎというのは戦いの時間である。

 一瞬でも目を閉じてしまえば秒で夢の中。体温が高い俺とくっついていると眠ってしまうので抱きしめあうこともできず、布団に寝転がることもせず。ただただ座って睡魔と戦うこの時間。抗うのはさぞ大変だろうに。

 それでも、と一生懸命起きてくれている時点で、恋人としては最高のプレゼントではあるまいか。

「……」
「あといっぷーん…」

 嬉しそうに体を揺らしだす恋人の小さな口からカウントダウンが始まる。その心地よい音を聞きながら、自分がひとつ、歳を重ねる瞬間を待つ。

「よんじゅー」

 愛しい恋人を見つつ。

 この一年いろんなことがあっただとか。

「さんじゅー」

 また。

 あと一年になるのか、だとか。正確にはまだ歳月はあるけれど。


「にじゅー」


 また変わらないその日もやってくるんだろうと、ほんの少しの悲しみが襲う。

 けれど。


「♪」

 カウントダウンを止めて、クリスティアがぱっと顔を上げた。その顔には悲しさも何もなく、嬉しそうに、そして彼女が言葉では伝えられない愛があふれていて。

 ようやっと、恋人は俺に腕を伸ばしてきた。それを受け止めるために、俺も手を伸ばす。

「リアス」

 今では時折でしかしなくなった、呼び捨ての名前を小さな口から呟いて。

 俺の首に冷たい手を回して、こつり。額を合わせた。


 幸せそうな恋人は愛しそうに顔を歪めて、紡ぐ。


「お誕生日、おめでとー…」

 その最高なプレゼントに、頷いた。


「……あぁ」

 衝動で抱きしめたいけれど、彼女のプレゼントはまだ続くようで。口が開いたのが見えて、衝動は抑え込んだ。


「リアス」
「……うん?」

 すり寄ってくる愛しい恋人は、小さくまたこぼす。


「これからも、ずっと。傍にいるよ」


 俺がすることのなくなった小さな約束を。


 失い続けたことでできなくなった、ほんの些細な約束。


 ――お前を守ることができないのに、なんて。

 弱い自分の声が聞こえた気がした。

 そんな自分の傍に、まだいてくれるのかと。これからも、ずっと。

 毎年のように聞いているはずなのに、聞くたびに。泣きたくなるほど不安にもなる。けれどその不安と同じくらい、嬉しさがあるのも確かで。

 いつもの子供のようなのとは違って、大人みたいに微笑んでいる恋人を今度こそ強く抱きしめた。


「……あぁ」


 強く強く、抱きしめながら。


「……俺にとっては、それが」


 毎年積みあがり続けるひとつの誓いで、


「……最高の贈り物だ」


 こぼせば、クリスティアも嬉しそうに俺を抱きしめ返した。心地よい冷たさを堪能しながら、想う。



 来年また、変わらない悲しみが襲ってくるんだろう。それに抗うことはできなくとも。


「……」


 強くなることは、怠らずに。

 どうか。


「♪」


 この小さな恋人が幸せに笑う日々を、このまま守り続けられるように。


 柄じゃないが、どうせこの日に生まれたのならと。
 星に願いを込めて、恋人を抱きかかえたままベッドに倒れ込んでいった。





『リアス誕生日』/リアス
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