「…」
あったかい温度を背中に感じながら、目の前の紙とにらめっこ。
文字を辿るリアス様の指を目で追って行って、ついでに紙に書かれた文字も追ってく。
そうして、真ん中らへんにある表のところまで行ったところで、上からやさしい声。
「わかったか」
そう、聞かれて。
ぱっと上を向けば紅い瞳がわたしを見てる。それを見て、ほころんで。
「わかったー」
なんていつも通り言えば。
リアス様はふっと笑って。わたしの頭をなでてくれた。
文化祭が終わった次の日。
いろんなヒトの笑顔のためにがんばったみんなに、今日は振り替え休日のごほうび。
そんなごほうびの中で、わたしたちがやってるのは。
「ここに書けばいいー?」
「あぁ」
休む間もなく来週くらいから始まる、武闘会についてのプリント。
それを、ローテーブルに広げて。
リアス様がうなずいてくれた「休暇申請書」ってところに、名前を書き始める。
書き始めて――
あ、一瞬「ク」って書いちゃった。
「……日本名で書けよ」
「い、いえっさー…」
ほら、ってくれた消しゴムをもらって、一回申請書の文字を消す。よかったシャーペンで。
「シャーペンにしておいて正解だったな」
「さすがリアス様…」
「絶対やらかすと思った」
できればやらかさない方で信用してほしかったんですけども。わたしも絶対やらかすと思ったけども。
文字が見えなくなるまでしっかり消して、今度こそ「氷河」って名字から書き始める。
「刹那」まで書けたら、ちょっと下の、またいろんなこと書いてるとこへ。
わたしの意識がそこに行ったのを確認したリアス様は、またきれいな指を紙に乗せた。
「ここ」
「ここ?」
「あぁ」
リアス様がうなずいた、「予選休暇申請」ってとこに丸をつける。
その下にあった……えーと、きょーせー、なんとか日?
「こっちなにー」
「強制観覧日」
「きょーせーかんらんび」
「武闘会中、決まった日数は他者の武闘会を観覧する日」
「こっちは?」
「こっちはいらない」
「そっかー」
じゃあそこはスルーして。
リアス様がまた紙に指を乗せたので、そこを見れば。
「びこーらん…」
「この備考欄に”救済補填の適用申請”」
「きゅーさい」
きゅーさいほてん。
きゅーさいほてん?
えーっと。
言われた通りの文字を、びこーらんに書いてく。
きゅー、さい、ほ、てん…。
あ、リアス様ごめんなさい無言で消しゴム目の前に置かないで。
「漢字、教えて、ください…」
「最初から言え……」
なんて呆れた声出しながら、リアス様はさっきよりもぎゅってして、わたしの手をあったかい手で包み込む。ちょっとだけどきどきしてるのは見ないフリしながら、リアス様の手に操られるように紙にペンを滑らせていった。
びこーらんには、リアス様が書いてるからかいつもよりきれいな字で「救済補填の適用申請」って書かれる。
それを確認して、ちゃんと文字も覚えて。
「クリスのこれで終わり?」
「クリスのはそれで終わり」
「ありがとー」
「どういたしまして。明日獅粋に提出だからな」
「はぁい」
忘れないようにちゃんとあとでバッグにしまうとして。
「…」
目は、わたしの紙の隣に置かれてる紙へ。
そこにはわたしのとおんなじ。
”武闘会休暇申請書”のプリント。
リアス様の分、なんだけれど。
そっと、プリントからリアス様を見れば。
「……俺はどうするかな」
ちょっとだけ悩んだ風に、溜息を吐いた。
来週から、交渉期間も含めて。今年も始まる武闘会。
一年生のときは強制で参加だったけど、二年生からはちょっとだけ参加が自由になるって教えてくれた。休むってなったら先生からいっぱい理由聞かれたり、場合によってはいっぱい調べられたりしちゃうんだけれど。
休めるってなったらそれはもうリアス様はわたしにおやすみしようと言うわけで。もちろんわたしも、いいよってうなずいた。
武闘会は規定みたいなのが緩くなっちゃうから、けがなんて当たり前。もしかしたら、リアス様がすごいこわいけがだって可能性あるかもしれない。
バトル中は戦場といっしょ。そんなとこでみんなとたのしい思い出が作れるわけでもないし、なにより。
去年のことも、あったから。
こわいこと、たくさん。悲しいこともたくさん。
今年はできるだけ、そういうのはなくしたい。去年はたくさんリアス様がこわかったり、がんばったりすることが多かったから。今年は安心と、たのしいをたくさんあげたくて。
四月にもらった救済補填もあるしっていろんなことが重なって、わたしは今年武闘会はおやすみすることになった。
っていうわけで申請書なるものを書き終わりまして。
次は、リアス様なんですけれども。
リアス様は、ちょっとだけ悩んでる。
リアス様も武闘会、おやすみするかどうか。
「おやすみ、する…?」
「地味にまだ悩んでいる」
「みんなと戦いたい…?」
「いやだいぶ去年で満足したからその点はもう結構だ」
絶対その顔「満足」って顔じゃない。今はるまとのやつ思い出してるでしょ。満足っていうより「もういい」って顔してるよ。そんな空笑いしてるリアス様の方に体を向けて、プリントからこっちを向いたリアス様と見つめあう。
「リアス様も救済補填、あるから休める…」
「休めばお前と常に一緒にいれるから俺としてはありがたい」
「うん…」
「去年のように早く帰りたいだとか焦る必要もないしな」
「ん」
じゃあどうして、って言うように、首をかしげたら。
ちょっとだけリアス様の顔は、困った顔。
「お前と救済補填の日数に差があるのが少々悩む」
「差…」
たしか、
「わたし一か月…」
「俺は二十日。レグナとカリナも二十日。そのうち四人でテストを学内にしてもらう件で一日ずつ消化。俺とお前は病院に行くときに追加で一日ずつ消化。つまりお前はほぼ一か月、俺達はほぼ二十日の状態」
「うん…」
「今、お前と共にいるようにと使うことももちろん構わない」
けれど。
「今後。仮にまた使う場面があったとしてだ」
「ん」
「差が大きいと俺がお前に合わせられない」
「十日はおっきい…」
「そうだろう。今回武闘会予選で消えるのはペナルティ分の五日。なら今後も考えてお前だけ消化させておくというのもありだ」
「…でも、悩む?」
「……そりゃあな」
傍にはいたい、っておでこをくっつけられながらささやかれた言葉に、胸がきゅんって鳴る。顔がにやけそうなのはなんとか我慢。
でも、心の中のうれしさはどうしても止まらない。
わたしといっしょにいたいって思ってくれてることにももちろん。
こうして、悩むことができるようになったんだっていうことにも。
去年のままだったなら、今後なんて考えずに申請してた。
もしリアス様に救済補填なんてなくても、わたしが休むってなったらずっとそばにいるためにペナルティ覚悟でおやすみしてた。
でも、今は。
今後のことも考えて、悩んでる。
それはきっと、周りのヒトたちのことも信頼しているから。
そういういい方向に行ってるあなたの姿が、たまらなくうれしくて。
「……顔がにやけているが?」
「たえきれなかった…」
なんとか我慢してた顔のにやけは、あなたにばれてしまった。でもいいやって、リアス様にぎゅってする。
「俺は真剣に悩んでいるんだがな」
なんて言いながらも、笑ってる声のリアス様にわたしも笑ったら。
「恋人様の悩んでる姿がうれしい…」
「さいで」
穏やかな声で言って、とん、とんって背中が叩かれる。ねぇそれ寝ちゃうやつ。
「寝ちゃう…」
「構わないが」
「悩んでる恋人様の姿をもっと見たい…」
「断る」
「そんなぎゅってされたらもっと眠くなるんですけどー…」
「恋人の寝顔が見たい気分だ」
「リアスの悩んでる顔と交換…」
「いや見せたろ」
「もっと…」
自分でもわかるくらい甘えた声出しながら、眠気に負けないようにして体を離す。でもすごい眠たい顔してたのかな。リアス様ちょっと笑ってる。
「寝てもいいが?」
「んぅ…」
「寝るならおやすみのキスもできるしな」
「お昼寝はノーカウント…」
なんて、ちょっとずつ慣れてきたからかな。そんな冗談も言えるようになって。ほんのちょっとだけ甘くなってる雰囲気の中。
ノーカウントって言いながらも、リアス様がそっと近づいてきたところで。
「!」
「んぅ?」
スマホが、鳴った。
いつものメサージュの音じゃない。
「電話…?」
「だな」
あ、若干リアス様機嫌悪そう。せっかくいい雰囲気だったもんね。とりあえずあとでねっていう意味を込めて頭なでてあげて。
テーブルに置いてたスマホを、リアス様が取って。
二人して、画面を見れば。
「? エイリィ…」
「これは文句を言ってもいい気がする」
「ほどほどにね…」
絶対言わないの知ってるけど。恋人様のかわいいとこにほほ笑みながら、わたしも声を聞くために、通話ボタンを押したリアス様のスマホに近づいた。
そうして、ほんのちょっとだけ不機嫌さを残したままリアス様が。
「エイ――」
名前を呼びかけた瞬間。
《リアスか》
聞こえた男のヒトの声にびしりとその体が固まってしまいました。
あっぶないスマホ落ちる落ちる。
「ないすきゃっちわたし…」
《クリスティアもいるのか》
「はぁい…」
わたしの声を聞いて名前を呼んでくれたそのヒト――ハイゼルぱぱにとりあえずこんにちわって言っておいて。
スマホが取られてったので、リアス様に抱えられながら会話を聞く。
「こ、れは……義姉さんのスマホでは……」
《たまにはリアスと話したらどうだと言われてスマホを投げられた》
リアス様「なんで受け取った」って顔してるよ。よかったねハイゼルぱぱに見られなくて。
動揺してるリアス様の背中をさすってあげて、深呼吸をうながす。気づいたリアス様が少し深めに呼吸をしてる間に、電話から声。
《用件を伝えよう》
わぁリアス様すごい姿勢しゃきって伸びた。
《氷河捩亜が言っていたと思うが。レポートを頼んだはずだ》
「そう、ですね……」
《それを土曜日か日曜日に取りに行く》
「は――」
《それと》
リアス様の頭の処理が追い付いてない中で、ハイゼルぱぱから追撃。
《そのときに、お前の武闘会の日程も聞くから。報告するように》
それだけ言って。
ぷつって、電話が切れちゃった。
あ、イエスもノーも待っても言えない感じ? こっちに理解する時間も与えない感じ? さすがハイゼルぱぱ。不器用にもほどがある。
この不器用な感じ実は血つながってたんじゃないかな。
その、今回の息子になったリアス様を見れば。
「……」
スマホを耳に当てたまま顔を覆ってらっしゃる。
「まじか」って思ってるよね絶対。今それ以外の言葉出てこないくらい「まじか」ってなってるよね。でもわたしが今「大丈夫」って聞いたらリアス様は「大丈夫」って返すのわかってるから。
さっきまでの甘い雰囲気なんてなかったかのように、悲しみに打ちひしがれてるリアス様の肩を叩く。とりあえず、来るんだねとか曜日どうしよっかとかはあとにしまして。
「か、かっこいいリアス様…今年も、ちゃんと見てるね…」
精いっぱいの、モチベーションアップになるはずの言葉を言えば。
「……あぁ……」
思わぬ方向から”休む”っていう選択肢を奪われた恋人様は、とてつもなく死にそうな声でうなずきまして。
今月も恋人様は休まらない予感がして、めいっぱいやさしくやさしく、その頭を撫でておいた。
『土日にハイゼルパパいらっしゃるそうです』/クリスティア
おまけ

……

ごきげんですねぇ
金曜日。珍しく誰とも被らない休講時間が終わるころ、広い学内を歩いていく。
ヒールなんてないけれど、踵を鳴らすように歩いていって。
目的地に行くために通る、玄関付近まで行けば。
「あら」
『華凜先輩だっ!』
「……こんにちは……」
そこにやってきたのは後輩さんたち。
私を見つけて嬉しそうにやって来てくれる珠唯さんとルクくんに微笑んで。
『こんにちはっ!』
「こんにちは」
お二人の挨拶には言葉で返し、ルクくんの首にいるイリスくんの会釈には同じく会釈で返しました。
自然と三人、並んで歩き出す。
「実地研修帰りですか」
『そうだよっ! 華凜先輩はこれからお昼っ?』
「えぇ。お昼兼、武闘会の対戦者発表の確認を」
そう言って、手に取ったスマホを緩く振りつつ二人へと微笑んだら。
『き、緊張するよ』
「……ぼくも……」
今年初の珠唯さんとイリスくんの顔が少々こわばってしまいました。それに「大丈夫ですよ」と笑って。
「なんだかんだ楽しいものですから」
『それ絶対華凜先輩たちだけだよ……』
「そんなことありませんよ」
ちょっとお三方、首を揃って横に振らないでくださいよ。ほんとですよ結構楽しいものですよ? ねぇ?
なんて今は同意を求める方がおりませんけどもっ。
このあとそれはいただけるだろうということで、彼らに向きなおって。
「よければご一緒に見ますか? 対戦者」
『! いいのっ!』
「もちろんですとも。これからみなさんで一緒に見ましょう」
『じゃあこれから体育館っ?』
「……刹那先輩たち……いる……」
先ほどより安心したような顔の彼らには、また笑いつつ。
首は、横に振る。
すぐにきょとんとしたような後輩さんたちに、スマホを顔の横にかざしながら。
「私はこれから道場に参りますわ」
本日のもうひとつの目的である場所へと、足取り軽く歩を進めました。
♦
「珍しいじゃなぁい、あんたがこっち来んのぉ」
あのあと、珠唯さんたちから「どうして」だとか「刹那先輩はいいの」だとかの質問は延々と笑みを浮かべるだけでお答えしまして。
誰かが投げられるような音も響く道場へとやってくれば、現在待機中らしいフィノア先輩が迎えてくれました。それににっこりと笑って。
「皆様と一緒に対戦者発表を見ようと思いまして」
「へーぇ? 刹那のとこにも行かずにこっちぃ?」
「はいな」
探りを入れるような目にもにこにことした笑みを張り付けて頷き、ひとまずフィノア先輩のお隣りへと失礼させていただきそっと腰を下ろしまして。
授業終了時間ギリギリまで対戦を行っているこの時間のメンバー――
武煉先輩と陽真先輩へと目を移す。
今日も今日とて本気で闘っているお二人は、いたるところに汗をにじませながら互いに攻防。あ、武煉先輩の突きかすりましたわ。陽真先輩悔しそう。そして武煉先輩のその勝ち誇った顔。こっそりとお二人が映るように写真に収めておきまして。ほうっと息を吐き。
「なんて素敵な武陽……」
「あんたそれ目当てで来たのねやっぱり」
しまった息と一緒に口からお声がこぼれてしまった。
それと同時にフィノア先輩とは反対側のお隣にいる後輩さんたちから残念そうな気配が。
そちらへと目を向けると。
「……」
『なんか、こう……もっと学園のこと知ってる人のとこまで連れてきてくれて……武闘会のこと教えてくれるのかなって……』
違ったんだねって言う珠唯さんのお声が本当に残念そう。
「そこはその……大変申し訳ないんですけれども……」
「否定……しない……」
「元から今年の発表はここに来るのが目的でしたので」
『龍先輩のとこにいなくていいのっ? なんか最近顔死にそうだったけどっ!』
「あの男にはかわいらしい刹那と我が兄がいらっしゃいますから大丈夫です」
それに今年は他にもメンバーがいらっしゃいますし。この時間、彼らが取っている体育試合の授業は結構メンバーいるんですよね。
「まぁ正直なところ対戦者発表を見ている刹那を見たかったのも本音ですが」
「それを蹴ってでもオレらのトコ来たって?」
聞こえた声に顔を上げれば、時間ということで試合は強制終了にしたんでしょう。胴着姿で汗ばんだお二人がこちらにやって来ていました。それに笑って、頷く。
「はいな」
「君に刹那より優先することがあったなんてね」
「あら、私はいつだって刹那が一番ですわ」
「ということはぁ、ちゃぁんと刹那のかぁわいい写真があんたの手元に来るようになってんだぁ?」
「えぇ。ちょっと気が早いのですがこれも交渉期間の一環ということで」
『それ見習って大丈夫なやつ……?』
そこまでストレートに疑われると思いませんでしたわ。大丈夫ですよ見習えるやつですよ、たぶん。うん、たぶん。
自分で言い聞かせて。
「あら」
チャイムと同時に、スマホにメールが届いたので。
疑いの目をとりあえずなかったことにするようににっこりと笑いまして。
「ほら、通知来ましたよ後輩さん。一緒に見てまいりましょう?」
あ、ちょっとまだなんか訝しげというかそんな雰囲気が抜けませんね。大丈夫ですって。
「そんな疑わしい交渉なんてしてませんよほんとに」
「……あやしい……」
普段喋らない子が言うとすごい心にずしっと来ますわ。ほんとですって。
メールボックスを開きつつ。
「刹那と同じ授業の雪巴さんはかわいい刹那を、この時間フリーな私は上級生の素敵なBLを写真に収めるというとても正当な交渉ですから」
『華凜先輩ってほんとに残念……』
オブラートに包まれない本音が心に刺さる。
「そこの上級生方、肩を震わせて耐えるのであれば一気に笑ってくれた方がよいのですよ?」
「いやぁ、かわいい後輩がっ、ふふ、かわいそうじゃなぁい?」
「あながち間違えでなくてもっ、ふはっ、笑ってしまうのは、ねぇ?」
「失礼だよな、ハッ」
こらえきれてませんけども。しかも武煉先輩さりげなくあながち間違えじゃないとか失礼。
「これはしっかり武陽を堪能させていただかなければいけませんね」
「悪かったって、勘弁な」
「お断りしますわ」
「かりぃん、刹那の写真あたしにも送ってぇ」
「笑ったあなたにその権利はございません」
むくれた顔で返しつつ、開いたメールボックスの「武闘会対戦者」をタップ。ご挨拶はスルーさせていただきまして。
「これは私が読み上げていけばいい感じですか?」
「オレら華凜ちゃんの後ろにまわるわ」
「後ろ失礼するよ」
「はいなー」
”対戦者一覧”と書かれたところまでスクロールしつつ、壁から気持ち距離を取る。後ろに気配がしっかりあることと、私の持つスマホに全員の視線が集まったことを確認して。
では、と。
一日目から、身内メンバーの名前探しをするため、画面をゆっくりスクロール。
その、数秒で。
「あら」
『あっ、あっ、あたしいる!!』
「珠唯一日目じゃなぁい」
一日目の第一バトルに、まずお隣にいる後輩さんの片割れが。
そして少しスクロールしたところに。
「シオンもいるね」
『えっ!? し、シオン先輩とバトルってこと!?』
「んや、コレは別枠だわな」
「……珠唯が、第一……シオン先輩が、第二、バトル……ですか……?」
「そうなりますね。よかったですね珠唯さん、閃吏くんと直接バトルはないようですわ」
『よかったぁああ……射貫かれるかと思った……』
いやそんなことはしないでしょうよ。彼コントロールはいいですけれども。
心の中でツッコみつつ、スクロール再開。
一日目には身内メンバーはもう無し。では二日目。あらここにも見知ったお名前が。
「龍がいますわ」
「あの子後半の方に名前が出てほしぃとか嘆いてなかったぁ最近」
「ちょっといろいろありまして」
これはまぁハイゼルお義父様の観覧は必至でしょうね。有名人ということでまた文化祭のような感じにするかもしれませんけれども。心の中でリアスに合掌しておきまして、次。
「三日目ぇ……は淋架先輩ねぇ」
『あっ、下の方に蓮先輩いるよっ!』
「ココも別枠だわな。第一で淋架ちゃん、第二で蓮クンか」
「四日目は……第一にユーアとトリスト先輩がいるね」
「あらぁ、協定組めるじゃなぁい」
「もふもふ協定……ですか……?」
なんてクリスティアが喜びそうな。
そして少しスクロールしたところにさらに喜びそうな生物が。
「四日目の第二戦にはティノくんがいますわ」
「あのチビ助四日目は大興奮だわな」
これはカメラしっかり用意しないと。あとでスケジュールにしっかり〇を付けておくことにして。
『五日目が誰もいなくてー』
「六日目にルクいるわよぉ」
「!」
「美織と同じ回だね」
「お、んじゃルッくんは味方できて頼もしいわな」
「でも勝者……一人……」
「ソコはみおりんと交渉か」
「それか問答無用で蹴落とすか、だね」
ちょっと好戦的なお二人方のせいでイリスくんがすごい緊張しちゃったじゃないですか。後ろにいる男性陣にフィノア先輩と揃って肘で軽い突きをかましまして。
「七日目ぇ、に雪巴とエルアノねぇ」
「あら、フィノア先輩もいますよ。第二戦に」
「えぇざんねぇん、あたしも雪巴たちがいる第一戦いきたかったぁ」
それ問答無用で蹴落とすやつですね。ここの方々つくづく好戦的な人しかいない。私もですけど。
から笑いをして、次へ。
「八日目……ウリオス先輩だけ……」
「オレら今回あとの方だな」
「また俺はラストかな?」
「ですかねぇ」
相槌を打ちつつゆっくりとスクロールしていき。
九日目の第二戦で見えた名前に、ぴたりと指を止めました。
「あらぁ」
九日目の第二戦。
そこには、今ちょうど「ラストか」と話していた先輩の片割れ、「木乃武煉」の文字。
普段なら、きっとテンションが上がるような雰囲気が後ろからしたんでしょう。
けれど今回は、それはほんの少しだけ。
どちらかと言うと、納得いかないというような雰囲気の方が強いかしら。
『な、なんか先輩たち怒ってない……?』
「怒ってはないと思うんですけれどね」
「不満たぁっぷりって感じよねぇ」
だって。
その第二戦。
「木乃武煉」の隣に「紫電陽真」の文字があるのだから。
勝ちあがって二人で闘うことが楽しみなのに、それが潰されてしまった。それはもう不満でしょう。そっと目を向ければ。
「「……」」
やはり不満げにスマホをにらみつけているお二人が。位置的に私が睨まれているようですね。こわくないのでそれにはにっこりと笑って。
「残念でしたわねお二人方」
雪巴さんと交渉になっている写真を忘れずに、画面を一瞬切り替えて、不満げなお二人にシャッターを切る。それにいち早く切り替えて笑ったのは武煉先輩。
「これは雪巴が喜ぶようなものかい?」
「あら、彼女の想像力はたくましいですから。きっと素敵な想像をしてくれるでしょうね」
「さいですか」
その想像力を知っている武煉先輩は肩をすくめて、未だ納得いかない陽真先輩を見る。
そうして、小声で。
「……俺としては今年、納得は行かないけど好都合かな」
なんて言葉をこぼしました。
「……?」
それに首を傾げていたら、
「華凜いるわよぉ」
「! はいな」
引き戻されるように声をかけられて、意識は再び画面の中へ。とりあえず想像していた先輩方の掛け合いはありませんでしたが、雪巴さんがいろいろ補完してくださるでしょうということで。
珠唯さんが小さな指でさしてくれてる部分へと、目を向けました。
「あら」
日にちは最終日前日。
「ハロウィンの前の日、三十日ですか」
そこには、言われた通りの「愛原華凜」の文字。
そして。
隣には、同じ刀の武器を持つ「祈童結」の文字。
発見した瞬間。
先ほどの疑念は飛んで、自然と口角が上がりました。
『うれしーの?』
「えぇ。一年の演習で甘く見てしまったお返しができますもの」
それに。
「できればこれからは多く、身内メンバーと当たりたいと思っていましたので」
「……? みんな、と……?」
「はいな」
だって楽しいでしょう?
本音は隠して、後輩さんたちにそう笑ってあげる。
「去年と比べて身内も増えて、力もついて張り合いも出てきましたし……。時間は演習よりも長いですから。闘えるのがとても楽しみですわ」
ね、と。
上級生たちに向けて少々好戦的な目で問えば。
同じく好戦的な三人は、楽しげに笑う。
「どうかぁん」
「まぁ、今年は陽真は上にあがれないだろうからその点は残念ですけれどね」
「おい相棒、ソレは聞き捨てならねぇわ」
あらこれは素敵な予感。
全員の分を確認できましたということで、今度は心おきなくカメラの画面に変えまして。
今からもう一度闘いそうなお二人に向けてシャッターを切り始める。
これは雪巴さん大歓喜ですね。想像して笑いをこらえつつ。
「ねぇ華凜、武煉と陽真のいい感じの写真上げるから刹那の写真ちょうだぁい」
「後ほど見せていただいた上での交渉ですわ」
「乗ったぁ♪」
『……やっぱり先輩たちって……変だね……』
「……いつか珠唯も……同じになる……?」
『うぅん……?』
「おいでませこちらの世界へ」
『あ、華凜先輩たちの世界は大丈夫』
「そう言ってた時期があたしにもありましたぁ、ってねぇ」
「あら詳しくお聞きしたいですわフィノア先輩」
「交渉ねぇ」
胸倉をつかみあってる男子の先輩方を見て会話をしながら。
そっと、今度はしっかり口角を上げる。
思うのは、これからの武闘会のこと。
戦場で楽しむなんて、不謹慎だというのはわかっているけれど。でもやはり楽しみでもありました。
言ってしまえばイベントでもある武闘会。今年はメンバーも増えて、身内の力も去年より増している。
だからこそ、できれば。
できればたくさん勝ちあがって、めいっぱい闘って。
たくさん楽しみたいなと、思ってしまう。
だって、私は。
きっと来年、そこに立つことは許されないだろうから。
そう考えてしまうとほんの少し、寂しくはあるけれど。きっと親友ならば、「それまでに」とのほほんとした笑みで言ってくれるでしょう。
それに倣うように、寂しさには今は蓋をして。
それまでに増えるであろう思い出をひとつずつ切り取るように。
私はまた一枚、シャッターを切った。
『武闘会発表日!』/カリナ
互いに張り合っちゃう

身内と当たりたいって言ってたけど……刹那先輩はいいのっ? 今年はおやすみでしょ?

残念ではありますけどね

カワイイ親友には本気はムリってか?

いえ。我々が本気でやると兄と龍が本気バトルを始めてしまうので。自嘲しているんです

恋人大好きとシスコンか……
テーブルの上に、必要なものを準備していく。
まとめておくようにと言われていた、同級生達を始めとした意見も兼ねたイヤホンの記録。
申し訳程度の菓子類。まだ何を飲むかはわからないがキッチンには客用のマグカップも用意した。
そして隣には。
「…だいじょーぶ…?」
精神安定剤であるクリスティア。
ソファにちょこんと座っているクリスティアには自分でもわかるくらいぎこちない笑みを浮かべながら、頷いた。
「……とりあえず、生きている……」
「ならよかった…」
がんばろうねと言うように頭を撫でてきてくれる恋人に、今だけは甘えるようにすり寄って、彼女を感じるように抱きしめる。さっきココアを飲んだからか、ほんの少し甘い匂いが今は心地いい。
彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込んで。
「!!」
「来たー…」
インターホンが鳴ったことに、体がびしりと止まる。けれどすぐに動かねばなるまい。今回ばかりは「誰だ」だとか、スマホで来訪者から連絡があるんじゃないかとかを確認する間もなく。
吸い込んだ甘い、落ち着く匂いをゆっくり吐き出して。
「……行くか」
「はぁい」
俺とは相反してのほほんとしている恋人に癒されつつ、立ち上がり。二人揃って玄関へと向かって行く。
廊下に張り付けてあるモニターを横目で見て、来訪者が正しい人物であることを確認し。すぐさま門のところにかけてある防犯用の結界を解き、モニターにある応答ボタンを押す。
「……どうぞ」
フランス語に切り替えて促した言葉に相手が頷いたのを確認してから応答を切り、クリスティアはその場に待機させて俺は扉の方へ。
ドアノブに掛けた手の緊張は一度深呼吸をして抜き。
ゆっくりと、ドアを開ければ。
「こんばんはリアス、お邪魔しますね」
「……邪魔をする」
夜ということでマスクのみという簡易的な変装をしている、今世の義両親が。
それに、ぎこちない笑みを作りながら。
「……ごゆっくり」
そう言って、二人を家へと招き入れた。
「……」
「……」
二人とクリスティアを連れてリビングへと戻って来て。
ひとまずは飲み物だろうと、義母ほどうまくはないが二人にはリクエストされた紅茶を、自分にはコーヒー、クリスティアにはココアを淹れて、ローテーブルへと運んで行った。
義両親はソファに座ってもらい、俺はクリスティアと並んで彼らとは対面するように床へ。
彼らの目の前に飲み物を置くとき若干自分の手が震えているような感じがしたが、それは義兄に倣って武者震いだと自分に言い聞かせておき。
「……」
「……」
家の中を興味深げに見回している二人を見上げる。
「……」
「……」
「……」
「…」
その間、流れるのは沈黙。
大変気まずい。
できれば本題にさっさと入っていろいろ渡してこの時間を早く終えたい。なるべく気づかれないようには頑張っているが今手汗みたいなのすごいからな。クリスティアお前気づいてるよな。テーブルの下で「がんばれ」と言うように手撫でてくれているもんな。
情けない自分に辟易しつつ、けれどその冷たい温度に感謝をして。
緊張で張りつめている息をふっと吐き、二人を見上げる。
「……そんなに見るようなものは、ありませんが」
自然とかしこまってしまう口調で、言えば。
先にこちらを向いたのはシェイリス。
そうして、まるで本当の母かというように優しく笑って。
「きれいに整頓されていることに感心しているのですよ。私もハイゼルさんも」
その笑みと同じくらい優しい言い方に、自然と緊張がまた緩む。
「あなたはフランスにいたときからキレイ好きでしたものね。お部屋もずっときれいで」
「……」
「エイリィに見習って欲しかったのですよ」
あぁ、あの義姉の部屋はすさまじかったからな。
今となってはテーブルの上に積み上げるということを覚えたらしいが、家に行った当初は本当に足の踏み場がなかった。
「…エイリィの部屋は、入るなってすごい言ってたもんね…」
「おもちゃやらなんやらが散乱しているから怪我必至だしな」
俺も何度足を切ったことか。
本日は「いると自分ばかり喋っちゃうから!」と今日の来訪を自ら辞退した義姉の過去に笑い。
ほんの少し穏やかな気持ちになったところで、こちらを向いた義父と目が合った。
若干緊張が戻りかけたが、先ほどよりも気を張ることはなく。
本題に入るかと、ローテーブルに置いておいた資料を手に取った。
そうして義父の前に資料を置きつつ口を開いて――
「……文化、祭に」
しまった若干声が上ずった。
それを咳払いで一旦なかったことに。おいクリスティアお前絶対「なかったことにならない」と思ってるだろ。さりげなく首横に振るな。
その恋人はあとで咎めさせてもらうとして。
咳払いで気持ち的に仕切り直し、ハイゼルの前に、作成しておいた資料を改めて置きながら。
「文化祭でお借りしたイヤホンについて、同級生や上級生の意見を含めたレポートを」
「……あぁ」
置いたのを確認して、ハイゼルはそれを一度手に取る。大体一人一ページはもらえた、まとめると二十ページほどの資料をパラパラとめくっていき。
秒で置いた。
秒で置いた?
何故置いた。
頭の中が疑問符で満たされている間に、目の前の男から静かな声。
「お前はどう思った」
それをレポートに書いたはずでは??
だめだ緊張やらなんやらで頭の処理が追いついていない。いや俺としては忙しいあなたに口頭で伝える手間を省かせるためにレポートに書き起こしたつもりだったんだが。聞いてくるのか? 俺は書いてることを言えばいいのか??
なんてテーブルに置かれている四つのマグカップに視点を移動しつつ。
頭の中をぐるぐると回して。
ひとまず言葉を発さなければなるまいということだけは理解できたので、口を開いた。
「……ち、重複に、なると、思いますが」
「構わん」
構って欲しかった。
心の壁をもどかしく叩きつつ、口では言うべきことを紡いでいく。
「その、……」
「……」
「俺、は、もともと外国語の類は……わかるので……」
「不要だったか」
頷きたいんだがこれ頷いたら機嫌が悪くなるとかそういうのないよな?
仕方ないよな一応長年生きているから言葉はだいたいオールオッケーなんだよ。大変申し訳ないが俺にとっては、こう、なんだ。なんてうまく言えばいい。不快にならないような――。
頭を回していると。
隣で口が開かれる気配がして、反射的にそちらを見た。そうして彼女はいつものふわふわとした雰囲気で。
「フランス語と日本語で両方聞こえて変な感じだったー」
ド直球で仰るな。
お前本当に勇者だよなクリスティア。いやまさにその通りなんだけれども。
のほほんとしつつも直球の言葉にこれは大丈夫かと、今度は視線は義父へ。
緊張しながらそっと伺えば。
「そうか」
義父はクリスティア相手だからか、すんなりと頷いてまた俺へと視線を移す。表情を見る限り特になにか不快とかはなさそうか。大丈夫だよな?
「お前も同意見ということで大丈夫か」
「……そう、です、ね」
どうしてもこの緊張状態ではうまく頭が回ることはなく。とぎれとぎれながら、頷けば。
ハイゼルは特段不快な様子を見せることなく、再び「そうか」と言ってレポートの方に目を移す。内容は帰ってからしっかり見るつもりなんだろう、またパラパラとめくっていき。
「もともとその言語を会得しているとイヤホンを付け続けてという生活は不便だな」
「……」
「会得している言語のオンオフ機能を考えてみよう」
それだけ言って、満足したかのように頷き。
また俺を見て。
「イヤホンに関してはわかった。協力感謝する」
「いえ……」
いつもよりかはほんの少し穏やかに見える義父に拍子抜けをしながら、首だけはしっかり横に振る。
……これは思ったより平気なものなのか。
いや普段が穏やかな方だとは知っているけども。いかんせん研究時にばかり義父とは関わっていたのでそのトラウマでどうしても今のハイゼルと話していることに違和感しか出ない。
自分がこうも、家族と話しているなんて、とも思う。
昔から恵まれなかった家庭環境。こんな風に話すことなんかなく、気味悪がられるか怒りをぶつけられるか、無視をされるか。そのぐらいしかなかった。
そんな自分が。
「……学園はどうだ。再来週から武闘会予選もあるんだろう」
義父と、まるで親子のように話しているのが。
違和感で、変な感覚ばかりしてくる。これは嬉しい思いなのか、実はこの優しさの先になにかあるんじゃないのかという疑いなのか。恐らく両方なのだろうけども。
「……」
隣の水色の恋人が、エールを送るように手を撫でてくれているから、思いは今は置いておくべきなのだろうと、緩く息を吐き。聞かれた問いを頭の中で整理して、また言葉を発する。
「学園の、方は……滞りなく。武闘会の予選は、二日目に」
「二日目……」
日程をこぼせばハイゼルの隣にいたシェイリスがすぐさまスマホを取り出した。
「十六日の火曜日ですねぇ。早めですねハイゼルさん」
「クリスティアは」
「クリス今年おやすみー」
「そうか」
少々残念そうに見えるハイゼルに、またよくわからない居心地の悪さを感じつつコーヒーをすする。
それを、飲み込みかけたところで。
「ひとまずはリアスのは見に行くことにしている」
「ごほっ」
まさかとは思っていたが実際にその言葉を聞いた瞬間に飲みかけたコーヒーが喉にひっかかってしまった。
「あらあら大丈夫ですか?」
「ごほっ、なん、とか……」
「お水いただきましょうね。あぁそうだ、クリスティア、持ってきたお菓子もお出ししたいのだけれど。キッチンを借りてもよろしくて?」
「クリスも行くー」
待てお前も行くのかクリスティア。いや家のことだからお前も行った方がいいのもわかっているけれども。用意できるまでこの男と二人でいろと?
しかし咳でその言葉たちが出ることはなく。むなしく二人の背を横目で追って行くだけ。
結局二人きりになってしまったリビングで、だんだんと落ち着いてきた咳で痛めた喉を潤すように、水が来るまでに一旦コーヒーをまた飲み込む。
そうして今度はしっかりと飲み込んで。ローテーブルへとコーヒーを置き。
「……大丈夫か」
「っ、平気、です……」
「……」
「……」
その応答だけで沈黙が走ってしまった。
「……」
「……」
家の中で聞こえるのは、クリスティアとシェイリスの楽しそうな話し声。こんなお菓子があるんだよだとかおいしい紅茶の淹れ方教えましょうねだとか、恐らくこちらにはしばらく帰ってくる気がないような言葉ばかり。内心まじかと思いつつ、さすがに来訪者の前で延々と黙っているわけにもいかないので。
「……武闘会、は、直接いらっしゃるので?」
苦笑いにしかなっていないだろうが笑みを作り、先ほどの話の続きを持ちかける。そっと上げた視線の先のハイゼルは頷いて。
「観覧席にまでは行けないだろうが。学園には赴くつもりだ」
いらっしゃるのか。
「ちなみにエイリィたちも行く」
家族総出じゃないか。
やりづらくなるであろう今年の武闘会を想像して空笑いを浮かべていると。
「まぁ、お前のを見に行くとは言ったが。武闘会の前半辺りまでは確実に、我々は笑守人に赴くつもりだ」
言いながら、ポケットを探り。
俺の前に出すように、テーブルに取り出したものを置く。
「……?」
そこにあるのは、小さな――ロボット?
手のひらサイズのそいつはすでにスイッチが入っているのか、丸くなっている頭をきょろきょろと動かし辺りを見回している。
それを観察している間にとたとたと足音が聞こえたので、反射的に腕を広げてやり。
「それなぁにっ」
「っと」
新しい紅茶や菓子と、俺の水が用意できたのか、テーブルの上にいるロボットを発見したクリスティアが水を持ちながら器用に俺のひざに飛び乗ってきたのを抱えてやりつつ。
疑問は同じだったのでハイゼルを見上げた。
その顔は、恐らく世話になってから初めて見るだろう、聞かれたことに対して少々嬉しい様子が伺える。
そうしてほんの少し口角が上がっているハイゼルは、目の前に出され始める紅茶や菓子を避けつつ自走するロボットを目で追いながら。
「簡単に言えば警備ロボのようなものだ」
「警備ロボ……?」
頷き、自分の元へと帰ってくるロボットを手のひらに乗せて。
「これはお前たちに見せるものとして作ってあるからまた仕様が違うんだが。武闘会中試運転として、これよりもサイズが大きいその警備ロボを笑守人で使ってもらうことにしている。サイズ的には……そうだな。クリスティアの腰下ほどくらいだろう」
言われた言葉に恋人と二人してクリスティアの体を見る。膝に座っている恋人がサイズを測るために足を延ばし、俺も大きさをある程度把握。でかすぎず小さすぎずといった具合か。背が高めのティノあたりからしたら少々小さいんだろうが、ユーアやウリオスたちから見れば威圧感もない程度だろう。
それを試運転として笑守人に? とまた二人そろってハイゼルへと向く。その思いは目で伝わったんだろう。頷いてまた。
ほんの少し楽しげに、語りだす。
「今回は異種族の言語翻訳のみに対応している警備ロボで、主な目的としては笑守人で行われている見回りの補佐だ。ローラーの自走タイプだから決まったところでしかまだ動かせないが、入口付近や少し幅の広い道では多少見回りの助けになるだろう。仮に不審な動きを発見した場合は笑守人の方に通報する仕組みになっている」
「その場で、逮捕しないの…?」
「追々はやろうと思っている。ハンドマシーンのようなものが胸から出てくるのは考えた」
犯人にとってもホラーだなそれは。楽しげな気配に目を輝かせたクリスティアとは違い、中々な見た目のそいつに俺は空笑い。
それを見たのか、それともただただ気が付いただけだったのかはわからないが。
「……という、試運転の調査も兼ねた訪問を、今月の前半はするつもりだ」
ハッと我に返り、軽く咳ばらいをしてから落ち着いた口調に戻ってそう言う。そして隣でにこにことしている義母に気づいているのか、少々居心地悪そうにしながらいつもの言葉を紡いでいく。
「その警備ロボについても、何か気づいたことがあればレポートを願いたい」
「……わかりました」
「クリスティアも」
「はぁい…」
――お前たちの。
「お前たちのその意見が、いずれ世界の役にも立つ」
俺にとっては少々重荷になるような言葉が、また肩にのしかかった。なんとか見せないようにしつつ、苦笑いを浮かべて頷く。
言葉を返せたのは、いつも通りクリスティアだけ。わかったーと癒される声で頷いて、恋人は重荷なんてないかのようにクッキーへと手を伸ばしていった。若干そのマイペースさをうらやましく思いながら、持ってきてくれていた水を口に含む。生ぬるく感じるのはただ時間が経ったからか、それともその重荷で温度が感じづらいからか。できれば前者であれと願い、コップ一杯の水を飲みほして。
空になったコップを、テーブルへと置けば。
「話は以上だ」
「!」
同時に、そう言って義父が席を立つ。
そうして声をかける間もないまま、ソファに掛けていた上着を手に取り始めた。
未だににこにことしているシェイリスがその上着を手に取り、流れるようにとハイゼルに着せ始める。頭の処理が追い付かずに呆けて見ていれば、声を発したのはクッキーの咀嚼を終えたクリスティアだった。
「もう帰るのー」
なんて、のんびりとした声で俺も思ったことを言う。いや確かに早くこの時間よ終われとも思っていたが。
時計へと目を移せば彼らが来て一時間経ったか経たないか。八時頃という少々遅い時間もあったから時間的に頃合いなのは認めるけども。
菓子もまだ残っている。多少気は重いが、もう少しくらいはゆっくりしていけばいいとは思う。その思いは目で伝わったのか。シェイリスがとても楽しそうに笑った。
「もう少しゆっくりさせてもらってもいいんですけれどねぇ。ハイゼルさんはどうしても不器用ですから」
意味深に「ね?」とシェイリスがハイゼルを向けば、義父はまた居心地悪そうに目を逸らして、シェイリスからカバンを受け取った。それに首を傾げていると、また義母は笑ってこちらを向き。
「あなたとお話するのはまだ緊張してしまうようですよ」
なんて言うので。
体の動きが止まってしまった。
なんて言った?
俺と話すのが? 緊張すると?
言ったよな、聞き間違えではないよな。
この相手があなたでなければ「俺が緊張するわ」と頭を抱えたのに。幼少期のトラウマもあってそんなことは言えず。ただただ呆けてしまう。そんな俺とハイゼルを交互に見ているクリスティア。小さな恋人は何度か俺と義父を往復し。
頷く。
何故頷く。
「それじゃあしょうがない…」
おい自分の中だけで話をつけるな。つーかなんでさりげなくお前目輝かせてんだ。変な想像してないよな? あのヒト型女子が喜ぶような妄想していたりしないよな? 頼むから本当にそれだけは勘弁してほしい。
それはあとで追及することをしっかり心に決めて。さりげなく現実にも引き戻されたので、そこは心の中で感謝をして、クリスティアを膝から下ろして立ち上がる。
ひとまず帰るのであれば見送りせねば失礼だろう。時間のない中来てくれたわけだし。未だ理解できない緊張に関しては追々考える時が来たらまた考えるとして。
ハイゼルの支度が終わった後に自分の帰り支度をしている義母へと近づいていき、彼女が来た時に持っていたカバンを差し出した。
「あら、ありがとうございますリアス」
「……いえ」
受け取ったのをしっかり確認し。クリスティアが義父に「さっきの見せて」とねだっているのを横目に見つつ、身を引こうとすれば。
「……!」
離れたはずなのに、義母はまた俺に近づいてくる。驚いている俺に楽しげに笑って、軽く手招きもされた。
なんだと思ってそっと近づくと、小さくひそめた声で、シェイリスはこぼしていく。
「とても楽しみにしていましたよ、ハイゼルさん」
「は……」
「あなたや、クリスティアに逢えて、お話もできて。今もとても楽しそうよ」
言われた言葉は理解できないが、ひとまず確認をすべくハイゼルへと目を移す。
クリスティアの視線に合わせてしゃがみ、ロボを見せている姿は確かにどことなく楽しげだった。まぁクリスティアに対してはわかる。昔から彼女には優しかったし。
問題はもう一人だ。
俺と逢えて話もできて楽しかったと?
「……その逢えて楽しかったという人物に俺も入っている気がしますが」
「どちらかと言うとあなたと逢えるのが楽しみですからねぇ」
夏に幼なじみの前まで我慢した「わかりづらいわ」が今ものすごい喉から出たがっている。出していいか? ダメだよなこのタイミングだけは絶対。それだけはわかっているので何度も喉を鳴らして飲み込んで。
「……気のせいだと思いますけど」
代わりにそう言うけれど。
義母は、ただただ楽しそうに笑うだけ。恐らくこれ以上言っても無駄だということだけはわかったので、このヒトも中々よくわからないヒトだと、諦めたように息を吐いた。その俺に、また笑って。
「ハイゼルさんはあなたが思っている以上に、あなたのことも考えていますからね」
「……」
「あのロボットだって――」
「シェイリス」
だんだんと普通の声量になってきて聞こえたのか、不自然なタイミングでハイゼルがシェイリスを呼んだ。声に反応してそちらを見やれば、まるで「言うな」と言わんばかりの目で義母を見る義父。その目に俺は反射的に背筋が伸びたが、当の睨まれた本人は全く気にせず。むしろまた楽しそうに笑うだけ。
そうして俺を向いて。
「照れ屋なハイゼルさんはまだ秘密にしたいそうですねぇ」
ポジティブすぎやしないか義母。なんで若干困ったような照れ笑いなんだ。理解できない彼女にはひとまずあいまいに頷くように首を傾げておき。
義父が用は済んだと言わんばかりに玄関へと歩き出したので、見送るために三人でハイゼルを追う。
足早に歩いていく義父を追うように俺も歩いて行って、玄関に着いたのはほぼ同時だった。
「……」
「……」
後ろでゆったりこちらに歩いてきている女性陣はまた来るだとか今度は紅茶の入れ方もっと教えてだとか、のんびりとした会話を交わしている。
「……」
「……」
けれど俺達の間に、会話はない。
これ本当に楽しんでいたのか? シェイリスの愛のフィルターでただただそう見えていただけじゃないのか。絶対そうだろう。確信を持って言える。靴を履いているこの男からは「欠片もお前に興味はない」と言いたげな背中をしているからな? 絶対間違いじゃない。カリナあたりならわかってくれるだろうと、いつもならば嫌悪を抱くその同調を今だけは求めて。
「……!」
靴を履き終わったハイゼルがこちらを向いたことに、反射的に背筋を伸ばした。
「……」
「……」
その俺を、じっと見ること数秒。
無機質な義父の目は、一度俺の隣にやってきたクリスティアを見て。
シェイリスが靴を履き始めたのを確認するかのようにそちらに視線をずらし、また俺を見る。
「……」
「……」
いたたまれないその視線に、なんとか口元だけは苦いながらも笑みを浮かべていれば。
ゆっくりと、その口が開いて。
「……また話そう」
そう、小さくこぼす。
静かだったからか、その言葉はひどく響いて聞こえたはずなのに。
「は……」
脳が受け付けなかったのか、呆けた言葉にもならない声を返してしまう。
けれど身内メンバーたちのように、もう一度言うなんてことはなく。
「よく眠るように。おやすみ」
シェイリスが靴を履き終えたタイミングを見計らったかのようにそれだけ言って。俺達に背中を向けてさっさと扉を開け外に出ていってしまった。
「……」
俺は、ただただその背を呆けて見ることしかできない。恋人がこちらを見上げてきているのはわかったが、今だけはそちらに向いてやれそうになかった。
頭の処理をしている間に、シェイリスは楽しげに笑って俺の前に立つ。
「言ったでしょう? 楽しんでましたよと」
「……」
「不器用な方なのでわかりづらいんですけれどねぇ。もしよかったら」
またお話してあげてくださいね、と。
あたたかい声で言って、最後にクリスティアを優しく撫でてから彼女も俺に背を向けて扉から出ていった。
本当ならばその扉が閉まる前に俺達も外に出て、見送らなければいけないとわかってはいるのに。
思わぬ言葉ばかりで、体は動かず。
結局閉まる間際に手を振ってくる義母に何も言うこともないまま、扉はぱたりと閉まってしまった。
「……」
「…」
家には、沈黙。
「……」
「…」
クリスティアがじっと俺を見上げてきているのを感じながら、もう少しの間だけ閉まった扉を見つめた。
「……」
「…」
恋人は見上げてくるのをやめ、俺の服をちょこちょこといじり始める。袖を緩く引っ張り、ときには軽くめくり。服には早々に飽きたのかその手は下がって俺の手へ。
その冷たい体温に、ようやっと思考が現実へと引き戻された気がした。
そうして戻された思考で、今日の記憶をたどりたいところだが。
その前に。
「……お前のその素晴らしい記憶力に聞いてもいいか」
「どうぞ…」
恋人から許しをいただいたので、やっと扉からクリスティアへと視線を移して。
問う。
「……義父から”また話したい”と言われたのは俺の聞き間違いか?」
聞き間違いだよな。
若干そうであれと願いを込めて聞くも。
恋人は、首を横に振ってしまった。
そうして、小さなそのかわいい口で。
「あなたのお義父様はあなたとまたお話したいそうです…」
なんてことを言うから。
来訪前と滞在中の緊張が抜けたのも相まって。
「わかりづらいわっ!!」
家に、彼らが帰るまでになんとか飲み込んでいた言葉を盛大に響かせて。
思わぬ言葉の再来に大爆笑し始めたクリスティアを引っ張って、まずは落ち着きたいとリビングへと足早に戻っていった。
『ハイゼルパパはわかりづらい』/リアス
おまけ①

……そう言えばお前、俺と義父で変な想像しなかったか?

?

義母が緊張していると言ったとき顔輝かせただろう

…あぁ…

変な想像したのかと

義理でも家族内のBLはわたしは守備範囲外…

守備範囲外

血繋がってないのに似ててかわいいなって思ってただけ…

……そうか

最近自分の方があの腐女子三人娘に思考が近くなっている気がする……
おまけ②
シェイリスとハイゼルの帰り道

楽しかったですか?

……

楽しかったですねぇ

……

次回はもう少し、楽しくお話しできるといいですね

……そうだな