未来へ続く物語の記憶 November-IV


 演習とはまた違う緊張感の中。

 私は走り、彼女は限られた空間の中で飛び回り。
 ときに魔術を打ち合い、ときに刃と、彼女のくちばしの前に張られた防御壁のようなものがぶつかり合う。

 身を引いて、魔力を練って。

【フレアバースト】

 お得意の炎魔術が私の元へ。以前見た時よりもまた大きくなったそれを。

【バリアー】

 自分を覆うように守護壁を張って受け流し、前へと進んで行く。
 熱さなんて感じない、オレンジや黄色が混ざる景色を突き抜けていって。

「あら」
『まぁ』

 緊張感にそぐわない間の抜けた声を出しながら。

 また刃と、彼女の防御壁をぶつけ合った。

 先週の日曜日で、九月からこちらにいらしていた親族は全員フランスへと帰り。
 最後の方はたくさん遊べましたね、楽しかったですね、なんて。

 そんな思い出に浸る間もなく。

 我々エシュトの生徒には次なる予選がやってまいりました。

 第二予選からは対戦者が当日発表ということで、楽しかったと思い出話をするのはほどほどに。比較的多く身内も第二予選に上がったということで、いつの間にか話題は武闘会の対戦者の話へ。
 今日は誰かしら、身内同士で当たるのかしらと美織さんのそわそわした雰囲気に笑い。今回もぜひイケメンなお姿をとリアスに交渉しているクリスティアには精度の良いカメラをあげて。

 対戦者発表で中々身内が出てくることなく過ぎた武闘会第二予選、四日目の昼。

 ぴこんと対戦者通知のメールが来まして、そこを見れば。

 ようやっと身内が来ましたねと。

 本日第二予選四日目、第二試合で共に戦うことになったエルアノさんに笑い。

「やはり成長速度が恐ろしいですわね」
『まぁ……おほめにあずかり光栄ですわ』

 去年演習で戦った以来の彼女のバトルを、若干無粋かもしれませんが楽しんでおります。

 いやでも楽しいんですよこのお方とのバトル。
 ほんの少し、それこそ一か月くらい闘わないだけでめきめき成長していっておりまして。彼女が得意としているフレアバーストも当初はご自身の体くらいのサイズだったのに。

【フレアバースト】

 今ではクリスティアをまるごと飲み込めそうなくらいの大きさを連発できるようになっていらっしゃる。一撃必殺で行くときはこのスタジアムの半分くらいでしたっけ。雪巴さんとのバトルえげつなかったですよね。
 どうやったらこの短期間でそんなに魔力量伸びるんですか。

「毎日どのくらい魔力の訓練してるんですかほんとに」

 飛んできた火球は今度は飛んでかわし、彼女がくちばしの前に張っている防御壁へと刀を打ち付ける。楽しくて笑みをそのままに聞けば。

 彼女も楽しそうに笑って。

『そこは乙女の秘密ということにしてくださいませ、愛原さん』

 私の刀を力強く押し返してくる。以前よりも力は増している。

 とりあえず、うちの幼なじみ同様かなりの努力家ということだけははっきりしましたわ。

 その努力家な姿にも、こうして楽しく闘えることにも。少しずつ少しずつテンションが上がって行くのがわかる。口角がもうにっこりしておりますわ。

 さてどのタイミングで仕掛けましょうかね。

 それにもまた楽しみをはせながら、一度刀を振り払ってエルアノさんを押し返し、身を引く。追ってきた彼女はかなりのスピードで私へと突進してきました。
 普通ならば身構えるけれど、一瞬だけ目が横に動いたのは見逃さず。

『!』
「視線は誘導に使うものですわよ」

 ひょいっと体重を少しだけ傾けて、旋回しながらの彼女の突進をかわす。今度は私が追いかけて、飛び上がって。

『っ』

 急いでこちら側を向いた彼女のくちばしめがけて、刀を打ちつけました。
 特有の金属音ではない、鈍い音がスタジアムに響いていく。ほんの少し息が上がっている彼女にまた口角を上げて。

「さぁ、そろそろおしまいになさります?」
『……まだまだですわ』
「そうですか」

 けれど言葉の割には、ぐぐぐっと刀を押し込んでもさっきのように押し返しては来ない。おそらく今彼女は打開策を練って行くので手一杯でしょう。ゆっくり魔術を練っていけば気づかない。

 そっと、細くほそく魔力を練って行く。

 念には念を。二重に魔術を練って行きながら。

『……氷河さん』
「はいな」

 打開策を見つけたらしい彼女の口が開いたので、にこりと笑って応じました。

「刹那がどうかなさりました?」
『そわそわしておりますわね、最近』

 クリスティアの会話で気を逸らす作戦ですか。

 おもしろいですね。

 いたずらっ子の笑みは心の中だけにして、頷く。

「そうですね。エイリィさんたちから感想待ちですわ」
『まぁ……感想ですか』

 話しながらもさらなる打開策を考えているらしい彼女にまた頷いて。

「アルバムをあげたでしょう」
『はい』
「エイリィさんたちがその感想をくださるそうで。それを楽しみに待っているんですよ」
『昨日の今日ではありませんか』

 そう笑ったエルアノさんに私も笑い、押し合いの力は緩めぬままそうなんですよと肩をすくめる。

「それにフランスですから。今はまだ列車の中。今頃はお二人ではしゃぎながらアルバムを見ていることでしょう」

 このクリスかわいいね、リアスも最高だね、なんて。そんな話をしながら。考えるだけで顔がほころぶ。けれどほころばせるのは顔だけ。嬉しそうな顔を”作って”笑って。

「感想は電話なら早くて明後日……。お手紙であれば来週中に来れば早い方かと」
『その間ああしてそわそわしてお待ちになっているんですのね』
「はいな。とても可愛い刹那が長い間見れますわよ」

 そう、言えば。

『その盗撮はなさらないんですの?』

 誘導通りの言葉が返ってくる。それには心の中で笑んで、顔は動揺したフリをした。

「まぁ……いつも言っているじゃないですか、盗撮じゃありませんよって」

 声もその動揺に合わせて少しだけうわずったようにすれば、エルアノさんの目は勝利への道を見つけたかのようにきらめく。

『長い間見れるとなれば絶対に一度シャッターを切るでしょう。本日はどこに仕込んでらっしゃるんですか?』
「本日は兄にお任せを――ってそうじゃなくてですね」
『さぞかわいい氷河さんが見れるんでしょうね』
「そうなんですよ楽しみなんですよ」

 わざと乗ってあげて、うきうきとした様子にして見せる。あぁけれど、見せてはいるけれど実際想像したらうきうきしますわね。

 お返事待ちのクリスティア。

「足をぱたぱた揺らして、お声をかければいつもよりのほほんと”なーにー”とふわっと笑うんです」
『それをお撮りになると』
「こちらを向けば普通に写真を撮ったのと同じですわ」

 ちょっと同じじゃないって顔しないでくださる?

「要は視線が合えばよいのですよっ」
『そうやって数年後に……』
「捕まったときにそう供述すると??」

 しませんよというか捕まるわけないじゃないですか。
 この会話って確かマイクで拾われますよね。

 今絶対レグナとリアスが「そいつは捕まらない」って首振ってるのわかってますよ私。

「あとで刹那に今の会話を聞いていた幼なじみの反応を聞かねば……」
『愛原さんならば反応くらいデータに撮っているのではなくて?』
「さすがに画像データは撮ってませんよ」

 いけないこれは音声データを撮っていると言っているようなものですわ。撮ってませんよさすがに。

『……愛原さん』
「撮ってませんってば! なんでもかんでも疑うのはよくないですよ!」
『疑われるようなことをしているからでしょう』

 ぐうの音も出ない。

 それに苦笑いを作ったのを図星と取った彼女は、溜息を吐いて。

『いいですか愛原さん、そういったことはプライバシーの侵害です』
「プライバシー云々のお話はぜひ龍も交えて仰ってくださいな」

 あの男こそプライバシーの侵害しまくりでしょうよ。いやですわ後ろから殺気を感じる。

『……炎上さんが心なしか殺気を放っているような感じがしますが』

 勘違いじゃありませんでしたね。

「今とてつもなく帰りたくないですわ」
『自業自得というものでは……』
「事実を言っている私は今回は悪くないと思います」

 そう決して。けれど後ろの殺気はなくならない。

「これは戦闘を長引かせるのが正解ですかね」
『残り五分ほどですが』
「まぁ」

 五分ってあってないようなものですわよね。まぁそこは腹をくくるとして。

「あってないような五分ならばささっと叱られて刹那に慰めてもらいましょうか」
『慰める余地がございまして?』
「辛辣すぎでは??」

 最近ほんとにみなさんの私への態度が雑すぎて悲しすぎる。

「そろそろいじけますよ私」
『お優しい氷河さんが慰めてくださいますよ』

 そうして隣のユーアくんが「自業自得ですっ」って言うんですよねわかりますわ。
 想像できる未来に軽く頬を膨らませて。

 ゆったりと練っていた魔術も準備万端ということで、押し合いを続けていた刃をさらに押し進める。

『まぁ……お話は終わりですか?』
「お時間もなさそうなので」
『盗撮の尋問から逃げたいのではなく?』
「どうせ今逃げても後ほどじっくりするでしょうよ」

 それこそわかってますからね。
 短い付き合いとは言えどお小言を言ってくる彼女の後の行動に、申し訳ないけれど面倒な顔をして。

 終わらせましょうかと言うように、一歩踏み出す。

『負けるつもりはありませんわよ』

 それに負けじと押し返してきたのを受け止めて、さらに刃に力を入れていく。

 ぐぐぐっと押し合いをしながら。

「私だって負けるつもりはありませんわ」

 にこりと笑ってひとつめの魔術を準備。

 さぁ打ちましょうか、というところで。

『賭けをしましょうか』

 残り数分のところで、エルアノさんがそんなことを言った。それには思わず目を見開いてきょとんとしてしまう。

「? 賭け、です? このタイミングで」
『はい。よくあるどちらかが勝ったら、というものを』

 これはさすがに予想外の心理戦ですわね。

 けれど。

 心の中でそっと微笑む。

 ここまでは予想外でも、これからは予想できるから。いくつかのパターンを即座に思い浮かべ。

 顔もにこりと笑って。

「よいですよ。ではエルアノさんが勝ったら?」

 聞けば、彼女は勝ち誇ったように笑い。

『恐らくあなたがお撮りしたことがないでしょう、わたくしがお撮りした氷河さんの秘蔵の一枚を』

 そちらで来ましたか。

 これはカードの選び間違いでしたわね。

「……ふふっ」
『……? 愛原さん?』

 一度軽くうつむき、いい方向に選び間違いをしてくれたことに笑ってしまう。

 魔術は二つも必要なかったわ。

 訝しげな彼女の声に、作らずとも満面の笑みとなった顔を上げて。

「残念でしたわね」

 練り上げていた魔術を、解放する。

「そんな話題、テンションが上がりきってしまいますわ」

 なんて笑えば、しまったという顔のエルアノさん。けれどもう遅い。

「目がつぶれてしまったらごめんなさいね」

 けれどそれこそ、自業自得ね。

 そう笑って。

光の雨ルス・ジュビア

 テンションが上がり切ってしまったことと、楽しませてくれたお礼に。一番目に害が及びにくいものを選んで。

 彼女が強く目を閉じたところで、刀を振り払い。

《第二予選四日目、第二試合、勝者、愛原華凜》

 エルアノさんを場外に出して、去年上へと進めなかった雪辱を晴らし。
 アナウンスの声に。

「楽しかったですよ」

 戦闘中で初めての、本当の笑みをこぼして。

 初の本選出場に、心の中で小さくガッツポーズをした。

『予選カリナvsエルアノ』/カリナ

おまけ

 

エルアノ
エルアノ

この炎上さんと氷河さんのいちゃいちゃ写真ですわね

 

カリナ
カリナ

あぁ――持ってますわ

 

エルアノ
エルアノ

!?

 

エルアノ
エルアノ

ついにハッキングまで!?

 

カリナ
カリナ

疑っておりますが、こちら龍に送ったでしょう? それを刹那が嬉しそうにくれましたので

 

エルアノ
エルアノ

情報が過多ですわ……


二次予選

【五日目 第一戦:誓真珠唯vs夢ヶ﨑フィノア 第二戦:色世淋架】

 

リアス
リアス

……

 

トリスト
トリスト

……

 

珠唯
珠唯

うわぁぁぁあん!!

 

フィノア
フィノア

はぁい珠唯ー! お姉さんと遊びましょぉ♡!

 

レグナ
レグナ

うわぁ……

 

シオン
シオン

泣きながら誓真さん駆けまわってる……

 

雪巴
雪巴

そ、それを夢ヶ﨑先輩が楽しそうに追ってますね……

 

珠唯
珠唯

うわぁあぁぁぁん!!(泣) 殺されるぅぅぅぅう!! エルアノ先輩とがよかったよぉぉぉぉおお

 

フィノア
フィノア

 

美織
美織

あ、一気に踏み込んだわ

 

エルアノ
エルアノ

……着地した誓真さんの前、地面若干えぐれてますわ……

 

珠唯
珠唯

……へ

 

フィノア
フィノア

ひどいじゃなぁい珠唯? お姉さんと一緒のときに違う子の名前出すなんてぇ♪

珠唯
珠唯

ユーア
ユーア

ヒュッて音が聞こえたです

 

ルク
ルク

珠唯……固まっちゃった……

 

淋架
淋架

……なんか、こう、フィノアちゃんの相手、私がよかったかな~、なんてー……可愛い”後輩の”女の子が良い、んだよね?

 

武煉
武煉

いいこと教えてあげますよ淋架先輩


うわぁ嫌なよかーん

結

氷河出番だ

 

クリスティア
クリスティア

最近年上でも行ける気がするぅ

 

淋架
淋架

ごめん珠唯ちゃん

 

珠唯
珠唯

降参だよぉぉぉおお!!! うわぁぁあんルクぅぅぅぅ!!

 

シオン
シオン

この武闘会で後輩さんはトラウマばっかりだな……

淋架先輩の出番です

 

レグナ
レグナ

……

 

結

……

 

淋架
淋架

えっと……どうする? ばちばちってする? それとも逃げる~?

 

シオン
シオン

……困ったように笑って追い詰めてるね

 

美織
美織

あぁあ、戦うって言おうとした相手にスタンガン軽く当ててる……

 

雪巴
雪巴

き、気絶しないくらいで追い詰めてます……

 

武煉
武煉

果たしてどっちが相手がよかったんだろうね

 

陽真
陽真

どっちにしてもトラウマになるわな

 

リアス
リアス

刹那は今年本当に休ませてよかったな……

 

レグナ
レグナ

わかる

 

カリナ
カリナ

心臓もちませんわ

 

陽真
陽真

なんか刹那ちゃん参加すっとちげぇ意味でフィノア姉とか興奮しそうでやべぇよな

 

シオン
シオン

わかる……

 

結

夢ヶ﨑先輩はとくに想像がつくな……


 いつも通りのはずだったと思うの。

 第二予選が始まった週の土曜日、大好きな恋人様の出番がやってきまして。
 対戦者は知らないヒトだから、演習場のいつもの場所で、そのヒトの前に立つ。

 そうして、自分でもわかるくらい甘い声を出して。

「りゅー」

 なんて、目の前に立つ恋人様のことを呼ぶ。

「ん?」

 首を傾げたリアス様は、わたしの前にしゃがんだ。大好きな紅い目が同じ目線になったことに微笑んで。

 交渉期間のときにも、言ったこと。

「かっこいいりゅーが、みたーい…」

 おねがい、って言うように、首を傾げた。

 ここまではいつも通りだったの。

 周りが若干笑いこらえてるのもいつも通り。きっと、目の前の人も。

 いつも通りに引きつった笑いをすると思ってた。

「……」

 なのにそのヒトは、じっとわたしを見つめてきまして。

「…?」

 おねがいのときに倒した方向とは逆方向に、また首を傾げる。

「……」
「…」

 そうしてじっと見つめあうこと数秒。

 リアス様が、笑ったじゃないですか。

 え??

 美しいお顔で笑ったじゃないですか??

 何事なのありがとうございますカリナ絶対写真撮ってるよねあとで買うね。

 心の中できっとつながってるであろう親友にそう言って。

 私はリアス様から目を離せないまま、そのヒトの先を見守る。

「あ、の…?」
「交渉だったよな」
「はぁい…」

 え、なんでそんな甘くほほえんでるのリアス様。これが対価ですか? あれ違うよわたしかっこいいリアス様もらうんだからわたしがあげなきゃいけないのか。え、この素晴らしいお顔に何をあげろと??

 なんてパニックになってる間に、リアス様の手がわたしのほっぺに伸びてくる。

「…」

 あったかい手が、わたしを撫でて。

「刹那」

 甘く甘く、わたしを呼んで、近づいて。

 外じゃそんなにしないはずなのに、引き寄せられておでこをこつんって合わせてきた。

 そうして合うのは、少しとろっととろけた甘い紅。

 ほんの少しだけ、体がこわばったのは見ないフリをして、その紅を見つめていたら。

「今年は存分にかっこいい姿を見せてやる」

 甘い声で、わたしにこぼす。その言葉にも驚くのに。

「対価として」

 耳元で。

「あとで甘えたい」

 なんて言われてしまったら頭がもうショートしてしまうわけでして。

「かっこいい姿のはずなのに全然脳に焼き付かない…」

 リアス様のバトルの最中、何度もそれが頭の中をちらついて集中できなくて思わず柵を握りしめてしまった。

『柵折れそうです氷河っ』
「わたしはかよわい女の子…そんなことはしない…」
「えっと、みしみし聞こえてる気がするんだけど……」
「気のせい…」

 気のせいじゃないよねって雰囲気出してる閃吏にはもっかい気のせいって強調しておきまして。

 目はずっと、スタジアムで舞うように闘ってる大好きな恋人様を追う。

 今日の対戦者さんはハーフっぽいヒト。とくに動物っぽい能力出してないから魔力持ちかな。
 そのヒトが投げる刃を華麗にかわして、踏み込んで。かっこよく微笑みながら短刀を切り上げる。ぎりぎりで避けられるようにしてるそれを避けた対戦者をまた追って。

 なるべく時間を引き延ばすかのように、わざと外すように魔術を打ってる。

 その顔はとても楽しそうで。

「…なんてイケメン…」
「動揺してても絶好調よねぇ」
「でも集中はできない…あとで華凜に動画もらわなきゃ…」
『愛原さん撮っていらして?』
「先ほどの”甘えたい”というお顔もすべてこのスマホに収めましたわ」

 最高さすがわたしの大親友愛してる。
 言葉では言えないので、隣にいるカリナにはそれを伝えるように抱き着きまして。

「…」

 目では大好きなヒトを追いながら。

「まーあの龍が甘えたいなんてそりゃびっくりするよね」

 恋人様の話題は、今闘っているその大活躍っぷりではなくさっきの発言のこと。カリナの隣から聞こえたレグナの声に、うなずいた。

「…ふだん絶対言わないのに…」
「むしろアイツ甘えとか見せねぇタイプじゃねーの?」

 はるまご名答。

「華凜同様なかなか強がりな面があると思っていたけれどね」
「あら武煉先輩、ケンカでしたら喜んで買いますよ」
「武闘会で当たったら楽しませてもらおうかな」
「そんな先延ばしにせずともよろしいんですのよ。負けるのが嫌でしたら仕方ないですが」
「あはは、武道の授業で一度も勝てていない負け惜しみかな?」

 やめてぶれん、カリナの手がミシって柵掴んでるから。スマホにその力行かなかったのさすがとしか言えない。
 そっちの臨戦態勢ばっちりな二人は置いときまして。

 反対側の隣から聞こえてくるみんなの声に耳を傾けてく。

『普段ぜってー言わねぇかもだけどよー。旦那、九月から親族オンパレードだったよな』
『それに話題を聞いていた限り、とくに父に関しては少々緊張気味だったであろう』
「気疲れみたいのはどっときたかもね~。お姉さんらは超パワフルだったしー」
『龍先輩、武闘会のときすっごい死にそうな顔してたよっ! 授業参観みたいだったもん!』
「なんだかんだ……七月から、親族イベント、でしたよね……」
「八月も結構遊んだものね! 人がいないところでって気を付けてても、外出たりとかもしたし」
『まさに怒涛!って感じだったねー!』

 怒涛ってどころじゃないくらいじゃない??

 すごい無理してなかったあのヒト。大丈夫?? 今スタジアムでのお顔めっちゃいきいきしてるけどほんとに大丈夫だった?

 そんな心配の気持ちが見えたのか。わたしの隣にいる結の奥にいた雪巴が「大丈夫ですよ!」っておっきな声を出した。

「こ、行動療法があったり、いろいろ、ぇ、炎上君も大変だったかと思いますが……! そういう積み重ねたイベントがあったからこそ、この最高な甘いちゃイベントがやってきたんです刹那ちゃん!」

 あ、これはひとりで暴走してるやつ。
 そしてゆきはが暴走したってことは

「ふ、普段弱さを見せないヒトが見せる、ぁ、甘さというのはまた格別なイベントだと思うんです……!」
『それルクが持ってる漫画で読んだよっ! きゅんってするやつでしょ!?』
「ってことはここまでの親族イベントとか夏休みイベントはこの日の布石だったのね!?」
「どうしましょうせっかくのイベントなのにお二人ですから見ることができませんわ」

 こうやって乗ってくるよね、知ってた。

 奥の方で「イベントスチルはっ! 公開はっ!?」なんて話してる声はだんだん聞こえないようにして。
 イベント云々は置いといて、やっぱり大変だったよねって。これまでを思い出す。

 特に今年は、本当にいろんなことがあったと思うから。

 二年生になる前からも。

 ずっと気張ってたよね。それでもずっと、頑張ってたんだよね。
 それなのに。

 わたしは対価みたいに求めて。

「…」

 なんか、情けない気がする。
 かっこいい姿なんて見せなくても、もっと甘やかしてあげればよかったのかもしれない。

 スタジアムで闘ってるリアス様を見ていて、いつもならテンションは上がるはずなのに。自分の情けなさに、だんだんとテンションが落ち始めたときだった。

「”君”がどう思っても、今このタイミングだったよ、きっと」

 隣から落ちてきた声に、そっと目を上げる。
 そのヒトはわたしを見て。

 愛にあふれた顔で、笑ってた。

 それにむくれた顔をして。

「…またあそびに来てる」
「この体で君と話すのは初めてじゃない?」
「話すのはそうだけども…」

 前を向いて。

「雰囲気とかで知ってる…」

 そうこぼせば、向こうも小さな声で「そう」って返してきた。そうしてお互いに前を向きながら、わたしは口を開く。

「…なんで、今このタイミングだと思ったの」
「勘だよ」
「神様が勘…」
「僕だって勘くらいあるさ。まぁ追加で言うなら、長年のって感じかな」
「長年の勘…?」
「勘と、長年見てきて、かな。何年の付き合いだと思ってるのさ」

 えーと、向こうにいるのは二年くらいだから…?

「とりあえずいっぱい…」
「そのいっぱいで、僕だってリア――今は炎上龍か。彼のことはよくわかってるよ」

 強くあろうと努力する一面も。
 何事も諦めない心の強さも。

「愛する子にかっこいい自分でありたいと頑張っているところもね」
「…」
「君が言っても”大丈夫”の一点張りだったさ」

 ほんとによくわかってらっしゃる。

 ――でも。

 もっと気づいてあげられてればなっていうのも、たしかで。

「…」

 どうしても、自分でもわかるくらいしょんぼりしてしまう。それを見てたのかはわからないけれど。

 ぽふって、頭に手が乗った。
 ゆいだけど、ゆいじゃない感覚。

「君のその懐の深さで、あの子が限界になったときに受け止めてあげればいいよ」
「…」
「それが一番喜ぶさ」
「…がんばる」
「できれば間近で見たかったけどね」

 なんて笑うゆいの顔をしたセイレンに、思わず笑って。

「楽しくて思わず長居しちゃったな。また来てしまいそうだ」
「ほどほどにね…」

 最後に見合って、また笑って。

「それじゃあ僕の愛し子。また逢う日まで。君の大好きな愛し子に素敵なひとときを」
「はぁい…」

 返事をしたら、ふって何かが抜けた感じ。
 そうして。

「……気づいていたのか氷河」
「もちのろーん…」

 わたしの頭の上に手を置いてたゆいは、それを遠ざけてって苦笑い。それにうなずいて、二人でスタジアムを見る。

「……まぁ、そういうわけらしい」
「うん…」
「いつも通りにしてやればいいさ」
「ん」
「きっと甘えられるようになったのは、良い変化だよ」
「…それは、あるじ様の言葉…?」
「これは僕からの言葉」

 そう、って返して。

 ちょっとびっくりはしたけど、たくさんもらえたアドバイスに。さっきまでのしょんぼりな気持ちはなくなって口角が上がってた。

 甘えられるのは良い変化。

 それなら。

 たくさん、わたしのできる形で甘やかそうって。

 いい笑顔で対戦相手の胸倉掴んでるリアス様を見ながら、心に誓った。

 そう誓ったはいいんですけれども。

「…」
「……甘い匂いがするな」
「気のせい…」
「女は不思議だな、同じ洗剤なのに違く感じる」
「だから気のせい…」

 思った以上にリアス様があまっあますぎて助けてほしい。

 え、どうしたのこのヒト??
 武闘会は余裕で勝ったじゃないですか。そうして上機嫌でわたしのとこに来てね? 珍しくむぎゅーってわたしのことを抱きしめまして、「甘えられるな」なんてうれしそうに耳元で言ったのですよこの恋人様。もうその時点で心臓ばっくばくしてしまってるんですけども。

 そしてそのあとは身内の出番はないからってすぐさま解散、「時間が惜しい」とか言って二人してテレポートしまして。

 そのあと延々とハグ。
 ずっとハグ。

 黙ったままずっとハグして何時間経ったかわかんないけど、八時くらいになったからってお風呂に行こうって言って。
 お風呂で「あらおっか」なんてちょっと半分冗談で言ったら「頼む」とか言われてしまって?? えっもう「喜んでー」しか言えなかったんだけどもなんとかリアス様の髪の毛とか丁寧に洗わせてもらって。ついでにドライヤーもしたよ気持ち良さそうな顔してたのやばかったどうしてわたしの目にカメラがないのか悔やむくらいだった。

 そうしてわたしがどっきどきな状態でまたリビングに戻って来て。

 今。

「…っ」

 リアス様の膝に乗って、延々とまたハグされてます。

 これどうしたらいいの??

 頭なでてあげればいい?
 やってみる?

「……うん?」

 っわーそんな眠たそうなとろっとした顔で見ないで心臓死んじゃう。

「今わたしはリアス様に殺されそう…」
「本望だ」

 わたしも本望ですけれども。
 なんか「もっと」って言うみたいにすりよってきてませんかリアス様。もっとなでていいの? なでるよ??

「…」

 リアス様の背中と頭に手を回して、頭の方をゆっくりなでてあげる。
 あったかい体温はときどきまた「もっと」って言うみたいにすりよってきて、たまにぎゅって強く抱きしめて。

 このヒトこんな甘え方するんだって、もしかしたら初めてかもしれない甘えに心臓のどきどきが止まらない。
 いつもはわたしが甘える方だったし。リアス様が甘えるにしても、本当にさりげなくって感じだったから。

 やってることはハグとか、頭なでるとか、いつも通りのはずなのに。
 どきどきして、わたし一人、勝手に緊張してる。

「…」
「……」
「…きもち?」
「……あぁ」

 そう、ってこぼして。

「…」
「……」

 またおとずれた静かな時間に、自分のどきどきの音が大きく聞こえた気がした。これ絶対リアス様聞こえてる、なんて少女漫画にありそうなことを思って。

 沈黙が落ち着かなくて、口を開く。

「…ねーぇ」
「うん?」
「こう、甘えるって…」
「あぁ」
「なんかあの、よくある、ひざまくらとかじゃなくて、いーの…」
「……」

 聞いたら、リアス様はなでられながらちょっとだけ沈黙。
 そうして、一瞬動いたから。体離すのかな、なんて思ったら。

「んぅ」

 さっきより強く、抱きしめられた。こっちの方がいい? って言うのは、これが答えだから聞かないことにして。

 また頭をなでてく。

「…」
「……」
「…」
「……」

 そしたらまた、沈黙。

 静かな方がいいのかな。だったら黙ってようかな。心臓の方もうちょっと黙ってほしんだけども。
 これ背中とんとんってしたらどうなのかな? あ、それだとあやすとかそういう感じになるのか。それたぶん違うな?

 リアス様がわたしのこと甘やかしてくれるときは、ずっとこうしてくれてるよね。

 ――あ、でもちょっと違う。

「リアス様」
「なに」

 わぁその「なに」甘くて好き。

 ちがうそうじゃなくって。

「ちょっとだけ、体ずらしていーい?」

 ごめんね別に離れるわけじゃないからあの、ごめんってそんな腕の力強くしないでつぶれるつぶれる。

「ずらし、たいっですっ」
「どこに」
「リアス様を、わたしのお胸部分にっ」
「埋もれるほどないだろお前」
「寄せてあげればBカップ!!」

 って今はそうじゃなくって!!

「いつもしてくれてることするだけっ」
「なんだ……」
「いいからこっち」
「痛ってお前首やべぇ待て」
「だいじょうぶだいじょうぶ…」

 わたしの胸をけなした罰ってことでちょっと思いっきり上から頭押させてもらって。

 リアス様の頭を、わたしの左胸――心臓の部分へ。

「……」
「わたしが甘えるときはいつもここに行くから…」

 心臓の音が聞こえる場所に。
 リアス様も納得したのか、さっきの抵抗はなくなってまたわたしにぎゅって抱き着いてくる。

「……」
「…」

 たまにすりよって、ときには心音を聞くように目を閉じる。そんなリアス様を、甘やかすように頭をなでてあげて。

「自分から言うの、めずらし…」

 ずっと疑問だったことを、小さく小さくこぼした。
 答えなくてもいい。ほんとに自分の独り言みたいな感覚で。

 やわらかい金髪をなでていたら。

「……全部が落ち着いた気がした」

 武闘会のとき、みんなが言っていたこと。

「二年になる前のことも、全部」

 わたしが思ったこと。リアス様の口から、こぼれてく。
 みんなの想像だった言葉は、リアス様の本当の気持ちも入って、ぽろぽろこぼれていった。

 ――クリスティア。

 甘く、…ううん。
 甘く見せかけた、ほんとの安心したような、声で名前を呼んで。

「緊張していたものが、全部解けて」
「…うん」
「やっと、実感している気がする」

 ”いつも通りの日々を”。

「ちゃんとお前と触れ合えていることを」

 やっと、って言うように。
 わたしの服を、背中ごと掴んじゃうくらい強く強く握りしめて。

 言葉に、実感に。泣きそうな声で言うリアス様より、わたしの方が涙が出そうだった。

「いつも通りだけじゃない。その先も少しずつできていて」
「…ん」
「……なんだろうな」
「…」
「いろんなことが目まぐるしく過ぎていって、ふと落ち着いたこの数日で」

 あぁ、いつも通りなんだと。

 それがものすごく、幸せなことなんだと。

「ようやっと、取り戻せた気がして。何故だかふと、お前に甘えたくなった」
「…うん…」

 安心したような声と相反して、わたしの声は涙声だった。

 この半年くらい。
 リアス様にとってはすごいすごい、大変な時間だったって、今さら思う。

 わたしのことがあって、エイリィたちとの結婚式もあって、フランスに行くことになって。きっと見るのは辛かったかもしれない式も見て。
 苦手な外でもたくさん遊んで、九月からは苦手なお義父さんたちがずっといて。ほんの少し、心は近づいたかもしれないけれど。

 きっときっと。
 大変な時間だった。

 それを、このヒトはずっと見せずに。
 わたしの歩幅に合わせて、寄り添ってくれて。

 自分でも、「もっと」ってがんばろうとしてて。

 ――本当に。

「俺は本当に弱いな」

 そういうあなたには、首を振った。
 弱くなんてない。

 そう伝えるかのように、強く強く抱きしめて。

 リアス様。

「本当に、強くてかっこいいヒトだよ」

 そんなあなたが、大好きだよ。それだけはどうしても、言えないけれど。

 どうかそれも伝わるようにと願いながら。

「……それは光栄だな」

 本当にうれしそうにこぼしたリアス様を、もっと強く、抱きしめて。

 きっと足りないかもしれないけれど、これまでの分。
 たくさんたくさん甘やかすように。

 リアス様のやわらかい金髪を、ていねいになでていった。

『予選リアス』/クリスティア


 千本で斬り上げれば、そのヒトはポニーテールを揺らしながらいつものように笑って軽々かわす。

「っ」

 追い打ちをかけるように踏み込んでも、そのヒトは笑ったまま余裕そうに後ろに引いていくだけ。

 挙句には。

「刹那のそわそわは今日は違う感じだね」

 なんて、こっちは必死なのに余裕綽々で言うから。

「っそろそろ本気出して欲しいんだけどもっ!?」

 どんどんテンションが下がっていくのを感じながら、武煉先輩には千本を思い切り投げつけておいた。

 週が明けた月曜日。
 武闘会予選も残り三日だねってことで、残ってるメンバーは朝からそわそわしてた。

 誰と当たるかとか、身内だったら武煉先輩と陽真先輩はやだねとかを話してまして。

 やってきた発表のお昼休み。

 まぁ見事に俺はフラグ回収して武煉先輩と本日バトルになったよね。
 今回は武煉先輩と当たんなかった陽真先輩が「おっしゃ」って喜んでる横でうわ最悪じゃんと嘆いていたのはつい数時間前。

 決まったことなので当然ながら「逃げる」なんていう、ゲームにありそうな選択肢はあるわけなく。

 いつもの苛立ちとは違う意味でテンションが下がりつつ武煉先輩とのバトルを迎えたんだけども。

「龍の”甘えたい”というイベントがなにかあったのかな」

 開始から約十分。
 あまりにも余裕綽々に世間話してくる武煉先輩に正直今いつもの苛立ちの方でテンション下がって来てるわ。

 しかもたぶんそのいらつきわかってるくせに俺に「何か知ってるかい?」って余裕な目向けてくるからなおいらだつんですけども。

「そろそろ本気で斬りあげていいのかなこれ」
「話を切り上げる方かい?」
「あ、物理的に斬り上げる方で」
「怖いな」

 そんな笑って言われても。絶対怖くないでしょ先輩。怖かったらさ。

「怖かったらこうやって進んで俺の千本持ってる手掴んでこないと思うんだよね」
「斬られる前に抑えておこうと思ってね」
「知ってる先輩? 別に俺、手じゃなくても武器操れるんだよ」
「知っているよ」

 だからそうやって俺の体投げようとしてるんだよね待った待ったちょっと魔力練るから待った。

「それ絶対痛いやつっ……!!」
「本気でやれば骨折れるんじゃないかな」

 なんか「君にはやらないけどね」みたいに言われてると思うのは俺の気のせい? ちょっと俺が今気にしすぎ?
 まぁでもこういうのって言い方もあるよねなんてさりげなく武煉先輩のせいにもしておいて。

【テレポート!】
「!」

 武煉先輩に引っ張られて体が浮いた直後、練った魔力で場所を移動する。

 一回体制立て直したいんで、武煉先輩から離れたところ――ってちょっと待った。

「嘘じゃん先輩、魔力感じ取れないでしょ?」
「そりゃあもちろん。ヒューマンだからね」

 だったらなんで俺が着地する前に俺の方に向かって来てんのさ。いろんな意味で体制整わないって。
 思わず苦笑いを浮かべて、後ろに引いていきながらまた魔力を練っていく。

「陽真先輩みたいに俺は魔力練るときの癖なんてないと思うけど」
「いわゆる勘というやつだよ」

 野生の勘こわすぎでは??

 このヒトほんとに末恐ろしいなとその実力に引きながら、どこか冷静な自分はしっかりと魔力を練っていって。

風神の加護ウインドプロテクション
「!! ――っ!」

 自分の周りに風の加護を展開。掴みかかってきた武煉先輩の腕は風に弾かれて俺に届くことはなかった。

「絶対防御みたいなものかな」
「近いっちゃ近いんじゃない」

 ある程度のものは弾き返せるし。ただこれだけに頼って闘うっていうのはつまんないので、体制整えるだけのものってことで。
 風を盾に身を引いていきながら、さぁどうやって攻めていくかと思考に落ちようとしたら。

「そう言えば話を戻すけれど」
「なに?」
「刹那のそわそわが違う感じがするのは気のせいかな」

 緩くこちらに走って来てる武煉先輩が、笑みを携えて言った。

 ――うん?

 ちょっと待ってね一回武煉先輩にどうやって攻めていこうか考える前にちょっと一回考えていい?

 え、またその話??
 割と始まってすぐからその話持ってきたよね? え、今それそんなに気になる話だった?

 いや確かにクリスティアそわそわしてるよ。武煉先輩が言う通り先週とはそわそわの意味違うよ? 大好きなリアスが甘えてきたってことから始まって、自分の脳の処理能力を大幅に上回るような甘々な時間で今もちょっと緊張というか、結果的にそわそわしてるよ?
 なんでここまで事細かく知ってるかって? そりゃ親友だし。いや親友っていう点抜いてもカリナに話してる時点で俺にも筒抜けだし。

 しかもそれ話してたの昼休みだし。

 武煉先輩いたじゃん?? 第二次の予選期間中はみんなで対戦発表見ようかみたいな感じで今昼飯みんなで一緒に食べてるじゃん?

「一回言っていい?」
「なにかな」
「武煉先輩って耳ついてる??」
「君には俺のこのさらけだしてる耳は何に見えるのかな」
「一応人体の構造上耳に見えるんだけども」

 結構近くにいたし普通に聞こえてたと思ってたからびっくりしてんだよ。

 とりあえず頭が疑問でいっぱいすぎるのと。

 ちょっとまた苛立ちが出てきた感じがあるので、それをぶつけるために風の加護は解いて。

 追いかけるようにして俺に向かってきてた武煉先輩に走って行って、千本を振り下ろす。

「おっと」

 それをまた軽々かわす武煉先輩に、踏み込んで行きながら。

「昼休みに華凜たちが話してたじゃん。刹那そわそわしてんねって」
「あいにく俺は蓮たちほど耳が良くなくてね。誰かと話していたらほかの会話はしっかり聞こえるわけではないんだよ」

 あぁそこは納得。
 んじゃ次。

 千本での攻撃はしっかりしていきつつ。

「じゃあ必要かどうか聞いていい?」
「うん?」
「今このバトル中に」

 その話、必要?

 自分の目が若干マジになってるっていうのは、楽しそうに歪んだ武煉先輩の目に映ったことで気づいた。けど真剣なので、そこには構わず。

「別に陽真先輩のときみたいにしろとは言わないよ」

 俺だって骨折られたいわけじゃないし。

 ――ただね。

「明らかに手抜いてますって感じで来られんのはむかつくんだよねさすがに」
「気に障ったかな」
「そりゃあかなり」

 なんでそっちはそんな楽しそうな顔してんのさ。

 こっちは今年リベンジしたい奴がいるから真剣に闘ってんのに。

 あぁむかつく。

 俺さ。

「手抜いてるやつひれ伏しても全然楽しくないんだけど」

 その言葉に、なんでか武煉先輩はもっと笑った気がした。なんでっていうのは答えが出ないまま。

 心とか、腹の奥底に渦巻いてる黒いのがどんどん膨れ上がってる気がする。

 俺にはそんな本気になる価値もないって言いたいのとか。
 手抜いても勝てるんだとか。

 言われてもないのに、頭の中の憶測でどんどんいらいらしてくる。

 今魔力練ったらよくないでしょってどこか冷静な自分もいるはずなのに。

 こいつに一回本気を出させたいって気持ちが勝ってしまって、魔力を練ってしまう。

「今から強いの行くかもしんないけど」
「闇魔術かな?」
「たぶんね」

 だからなんでそんなに楽しそうなのさ。意味わかんないんだけど。

 っていうかなんで。

 今このヒト、笑って俺に近づいてくんの? 強いの行くって言ったよね。そうなったら普通引かない?

 混乱しながらも、魔力はしっかり練っていった。無意識に手を、向ければ。

 それが、握られて?

 笑った顔の武煉先輩が、俺を引き寄せる。

 そうして、俺の方が今闇を抱えているはずなのに。ぞっとするような深い、暗い蒼は笑って。

「”それ”を出す君と闘いたかったんだよ」

 なんて、言葉に。

 頭の中で警報が鳴る。

 今このヒトはやばいかもしれない。負けず嫌いを出して歯向かって行ったらたぶんまずい。わかってる。わかってるのに。

 完成した魔術は、止まらなくて。

 口も、動く。

闇槍ドゥンケル・ランツェ

 言葉に呼応して、俺たちの周りに闇の槍がいくつも展開された。心因性魔術ってこともあってか、その槍は思っていた以上に大きい。たぶん一撃かすってただけで腕吹っ飛ぶんじゃないってくらいだと思う。少し離れてても思うんだから近づいたら相当。

 これは早く消さなきゃまずい。ほんとに一回体制と気持ち立て直さないと。

 本気で殺しかねない。

 そう、思うのに。

「、っ、うわっ!?」

 目の前のヒトは俺が冷静になったその一瞬の隙をついて、足を引っかけて転ばせる。上を見上げれば囲むように俺たちを狙ってる闇の槍と。

 楽しそうに笑ってる、武煉先輩。

 冷静になった頭で思う。
 あぁ全部、武煉先輩の術中だったんだ、って。

 話の内容も、飄々として余裕に見せていたのも。

 俺が本気で闇魔術打つための。何で気づかなかったかな。ムカついてたからだわ。

 ほんとに怒りってヒトを狂わせるよね。正しい判断ができやしない。そこはあとの反省点として。

 自分の愚かさに、ちゃんといらつけたので。

「さぁ、ここから楽しませてもらおうかな、蓮?」

 魔力を、練る。

 そうして、歪んだ暗い蒼の瞳に笑って。

「そーね」

 二つ術を練り続けながら、武煉先輩に握られた手で、槍に合図を出した。

 落ちて来いと、言うように。

 そうすれば当然槍は落ちてくる。俺たちに向かって。それを感じた武煉先輩は、ここからのいわゆる死闘に、また楽しそうに笑った。

 それにはまた笑みを返して。

 完成した魔術を、また放つ。

【ゲート】
「!」

 瞬間に武煉先輩の顔が変わったのは見ないフリをして手を離し、ひとまず武煉先輩は一回闇の世界に退散。

 そうして。

風神の加護ウインドプロテクション!】

 自分には風の防御を張って、落ちてきた闇の槍を弾き返しておいた。もう自分たちを狙うのがいないのを確認して立ち上がって。

 今回転送はしないまま、ぱちんと指を鳴らせば。

「……」

 さっき闇の世界に一瞬だけ行ってもらった武煉先輩は不服そうにその場に帰ってくる。睨み上げてくる武煉先輩は気にしないで、笑った。

「君はノッて来てくれるタイプだと思ったけれど?」
「残念。さすがに取り返しのつかない損害は出したくないんで」
「へぇ」
「っと」

 思っていたものと闘えなかった武煉先輩は、さっきまでの笑みが嘘のようにむすっとして俺に向かってくる。

 出された突きは今度こそ本気。

「当たったら折れるよ先輩」
「本気がご所望なんだろう? 応えてあげるよ」
「そうしてくれるなら俺も応えてあげるよ」

 なんて上から目線をさらに上から返すように言えば、意図がわかった武煉先輩はほんの少しごきげんがなおったのか笑う。それに今度は。

 俺も本気で笑って。

 残り十五分、お互いに本気で踏み込んで行く。

「っ」
「うわ、あぶなっ」

 武煉先輩の突きをかわしては俺が千本で斬り上げて、それをまたかわしたら武煉先輩は蹴りを入れてくる。かわして攻撃して、たまにかすって。軽く体に痛みを感じながら、もっと踏み込んで行く。
 千本を横に薙いで、武煉先輩が引いて。俺はその間に瞬時に魔力を練っていった。

 そうして武煉先輩が正拳突きをしようとかまえたところで。

【テレポート!】
「!」

 練った魔力を使って、体を飛ばす。
 後ろは警戒心マックス。横はたぶん、去年のクリスティアと陽真先輩のを見て対策してる。正確にはあれはクリスティアの地のスピードだったけども。
 ってなると消去法で前。そこまでは武煉先輩も絶対に読む。カリナとかリアスも読むからこのヒトも同じと考えていい。

 それを読むからこそ。

「!?」

 一番そこを油断する。
 体を飛ばすように見せて、着地点は同じ武煉先輩の前で着地して。一瞬驚いた顔をした先輩の隙をついて、一気に踏み込んだ。

「ぅわっ」
「っと」

 懐に入った瞬間に斬り上げるように見せかけて、足を引っかけて転ばせる。ドタッて結構な音を聞きながら武煉先輩に馬乗りになりまして。

「陽真先輩じゃないけど」

 千本を首元に、突き立てた。

「そろそろ言うこと言ってみる?」

 割と体力ギリギリなのは見せずに、挑発的に笑う。普通なら首に刃物ってだけで顔は引きつるけれど。

「本当に面白くなってきたね」

 このヒトは笑いますよねー。どうしようもうゲートで転送した方が早くない? でもちょっとこう、その笑いに引いちゃってさっきよりもテンション戻ってきちゃったんだけども。先輩に「応えてあげるよ」とか言いながらちゃんと応えられるかわかんないくらい正常に上がり始めてんだけど。
 見てよ転がってる闇槍。俺のテンションに伴って小柄な槍に戻ってきちゃったよ。追い打ち用にって残しといたけどしまった方がよくない??

「考え事かい蓮」
「あーいやちょっと若干冷静になってきたというか」
「戦場じゃ油断しちゃいけないんだろ」
「そうですけども」

 待って今本気でこっからどうやってあなたを降参に持って行くか考えてるからちょっとだけ挑発とか話しかけんのやめてほしい。できれば降参を言って欲しいんだけどまだこのヒト的に足りないよね。ってなるとゲートで出すの一択なんだけども。
 ちょっとこの正常に戻り始めてるテンションでゲート開くかまじでわかんない。開いたところで帰って来させられるかが謎。どうしようどっかしら欠けて帰ってきたら。自信あるわ若干。あ、俺も行けばいいんじゃね?
 そうだよ俺も一緒に行けばたぶんなんとかなんじゃない? ちょっと迷ったらごめんねってことにして。

 闇魔術も打てるしいいでしょうと、納得したところで。

 そういえば、ってほんとにふと、思った。

 陽真先輩と武煉先輩が闘ってるとき。
 どっちかがこうやって馬乗りされたらすぐに蹴飛ばして逆転するよね? 今回それないよね。たまたま乗った感じが蹴飛ばし返せない状態だった? いややろうと思えば背中蹴るなり気逸らしてできるはずだよね。え、これまた手加減されてる? それならいらついてまたゲート開いてさよならできるけども。

「……」

 思考に落ちてて見てなかった武煉先輩の顔を見た限り、とても楽しそうな顔をしてらっしゃるのでそれは違うし。

 たぶん俺これなんかミスったんだよね。直感さえてるかもしんない。だってなんか、ねぇ?

「……えーと」

 背中というか、首というか。とりあえず背後に。

 刃の気配がするんですよ。しかも覚えがあるっていうか。

 俺の魔力が感じる刃の感覚がするんですね?

 ちょっととりあえず聞いてみていいかな?

「……武煉先輩、武器なんて持ってたっけ?」
「武器に関しては俺は現地調達ですよ」

 しまった念のためってばらまいといた槍使われた。

 うわぁ絶対これあとでリアスに怒られるやつじゃん。なに油断してんだって。うわぁぁあ向こう帰りたくねぇ。

 ほらしかも今のでテンション下がったから槍おっきくなってるでしょ。視界の端に転がってんのが刃伸びてんですよ。後ろに地味にサクッと刺さってんですよ。首裏いてぇわ。

 これはやばい。

「槍の状況を見る限り、君が詰んだ感じかな?」
「……ソーデスネ」

 見抜いてきた武煉先輩には苦笑いしか出ない。

 だって本当なんだもん。俺詰んだよ今回。

 普段なら。そう普段なら、この状況ならいくらでも打開策があったんだよ。
 痛みはあってもとりあえず逃げるために魔術練ったりなんでもできるじゃん? そんで一回離れて体制立て直してっていうのができるし、その選択肢を捨てて武煉先輩に千本進めてって根性比べっていうのもできる。

 けど今回使われたのは、俺のテンションで大きさが変わる闇の槍でして。

 この戦況が少し変わっただけで、有利になることももちろんあるけれど。

 同時に死へのカウントダウンが一気にゼロになることもありえまして。

 テレポートで逃げるにしても、武煉先輩と根性比べするにしても。

 カリナと違って焦りや不安という負の念で力を増幅させるタイプの俺は、突きつけられてるのを始めとした、この場に残ってる槍をかなりの殺人兵器に変える可能性もあるわけでして。俺だけじゃなく武煉先輩にもかなりの被害が出る可能性があるんですね?
 まるで「そうだよ」って言うように、今こうやって考えてるだけでも刃は俺の体に少しずつ侵入してくる。

 これで仮に、一気にテンションが下がる事態が起きた場合。

 うわ考えたくないわ。どっちも助かんなくない? 何本かこっち向いて転がってんのもあるでしょ。魔術解きたいけど心因性って解除簡単じゃないんだよ。同じ魔力量で相殺しなきゃいけないけど心因性ってコントロール難しいし。下手したら増強でしょ? それはまずい――いたたたたわかったから待って待って。

 どうする、なんて考えなくてもわかるだろ。

 負けたくない。残り数分粘って、なんなら陽真先輩のときみたいに相打ちに持って行きたい。

 ――けれど。

 こんな極限状態だからか、よぎるのは愛する妹の顔。

 勝ちたい。リアスにリベンジしたい。なんなら上にあがるやつら全員と闘いたいっていうのは変わらない。

 けれど、泣かせるのは、嫌だ。

 首なんて飛び慣れてる。体が引き裂かれるのだって慣れてる。
 俺は慣れてても。

 慣れてても。

 見る側はいつまで経っても慣れないわけで。

 しかもこんな、なんでもない日々の中で、それはだめだろって、冷静な頭が働いて。

「……」

 少しずつじくじくとした痛みが体に走る中。

 ふっと息を吐いて。

 武煉先輩に、笑った。

「……次回リベンジ、ってことで今回許してくれる?」

 我ながら情けないなと思いながらも、そう言えば。

 武煉先輩は、いつも通りの穏やかな笑みで笑って。

 頷いた。

「さすがに目の前で首が飛ぶのはトラウマものだからね。個人演習でもしようか」
「それは交渉?」
「敗者は勝者に従う、だったかな」

 よく覚えてんねって、小さくこぼして。

 息をしっかり吸ってから。

「降参です」

 諦めたように笑って。

 俺は自ら、二次予選を敗退した。

『そのあとしっかりリアスに怒られました』/レグナ

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