未来へ続く物語の記憶 November-VII

「それでは今回の任務についてお話していきたいんですけれども~」

 江馬先生の声に、メンバーで揃って教室の中央へと足を進めました。
 もう椅子は必要ないでしょうと、近くにいたレグナや美織さんたちと端に寄せ、また教室の中央へと戻り。
 メンバーで一列に並んで、江馬先生を見る。

「今回は事が事なので~、日程やメンバーの役割分担等、紙にまとめさせていただきました~。これから簡単な説明だけ私からした後~、資料を読む時間をあげまして~、質問タイムを設けますので~、聞きたいことがありましたらそこでお願いしますね~」

 彼女の言葉に頷けば、確認した江馬先生は「では」と微笑みました。

「今回の任務の目的は二つ。最重要事項は、ハイゼル=クロウ氏並びにその親族の保護。第二の目的は、主にハイゼル氏の家の前で行われている暴動に近い行為の鎮静ですね~。こちらは資料に記載した様々な理由で同時進行で行っていただきます~。笑守人の生徒の約三分の二の方にはフランスに行ってもらいまして~、保護と鎮静が終わり次第~、そのフランス遠征組は日本に帰ってくる、というのが基本の流れですね~。ちなみに日本待機組はそのフランス遠征組の支援ならびに日本で何かあった場合の対処要因になります~。ざっくりとした流れは大丈夫ですね~?」

 問われた言葉に、再度頷く。
 それに頷いた江馬先生は、近くにあった紙の束を取りました。

「それでは詳しいことはこちらの資料を作成しましたので各自目を通してください~」

 どうぞ~、とのんびりとした声に、武煉先輩と陽真先輩が前へ。二つに分けられた紙の束を、私たちに一人ずつ手渡してくれました。それにはお礼を言って受け取って、何枚かで綴っている冊子へと目を落とす。

 表紙には「保護・鎮静任務について」というタイトルが。

 触った感じ三、四枚かしら。パラパラと紙の端をめくっていると。

「いきわたりましたね~。そちらは今回の任務において重要なことをまとめたものになります~。先にも申し上げた通り~、これからあなた方にはそれに目を通していただいて~、わからないことがあればこのあと設ける質問タイムに聞いてもらいます~。私はあなた方が読んでいる間~、全生徒への通達の準備などいろいろしているので少々うるさいかもしれないのですが~、よろしくお願いしますね~」

 また頷けば、江馬先生は「それでは」とにっこり笑いました。

 なんか嫌な予感がしますわ。

 けれど「あの」なんて言えるヒマはなく、彼女の口は開いていく。

「そちらは遅くとも十五分で読める内容になっています~」

 瞬間、ぴしり、全員が止まった気がしました。

「振り分けられた役割についても書いておりますので~」


 ――各自、”今”自分にとって必要な情報を読み取るように。


 その言葉に。

 あなたどれだけスパルタなんでしょうかと言いたくなったのは、きっと私だけではないはず。


 ただまぁ、


「始めてくださ~い」

 口を開く寸前に手を叩きながら開始されてしまったのでお伝えすることはなかったんですけれども。未だ慣れない彼女のスパルタっぷりに苦笑いだけこぼして。

 まずは限られた時間でできる限りの情報をと。ここにいる全員で、渡された小冊子に意識を落としました。



 表紙をめくって、細かく書かれた情報へと目を滑らせる。
 一ページの「任務内容」については、ざっと見た限りでは江馬先生が簡易的に話していた内容だったのでここは後ほどしっかり見るという形で大丈夫でしょう。

 二ページ目。任務日程について。
 本日、今この時間からの日程がありますね。

 段階は大きくわけて四つ。

 まずこの本日から木曜日にかけては任務の準備期間。
 生徒がやることとしては「メンバー編成」、「武器等の準備」。”特別部隊”を除いてはメンバー編成は自由。必要であれば各自作戦等を練っておくこと。部隊含むメンバーについては後述ですね。
 学園側がやることは、「生徒並びに保護者への説明」、「生徒の準備の補佐」、「特別政令の発令許可等、各権限の発出準備」。
 かなりの量ではありますがそれを約四日で準備する形。

 その準備期間を終えて、祝日となる金曜日から日曜日にかけてはフランスへの移動期間。
 フランス遠征組の移動時間ですわね。移動時間は二日と少し。列車はあれが最速だったはずなのでフランスに着くのは日曜日。出る時間によっては日曜日の夜に到着。

 到着後の次の段階、来週の月曜日は実際に任務にあたる。
 対象者の保護及び暴動を起こしている者の鎮静。
 流れとしては、暴動の鎮静から始まり、その騒動にまぎれて保護部隊が対象者の保護へとあたるようですね。

 その任務遂行後。
 保護部隊に関しては対象者を連れてすみやかに帰還。
 鎮静部隊は暴動を鎮静後に帰還。


 あくまでこれは目安として考えても、今日から今月いっぱいはほぼほぼ任務ということになりますか。
 保護に向かうまでの時間が少々もどかしくは思うけれど。


 鎮静と保護の”同時進行”に意図があるんでしょうとひとまず置いておきまして、ページをめくりました。


 三ページ目は”特別部隊編成とその中での役割詳細”。

 現在五分ほど経過。
 自分以外の役割詳細については後ほど読むとして、まずは編成と自分の詳細から読みましょうか。

 まず”特別部隊”について。
 こちらはリアス率いる我々身内メンバーのこと。ハイゼルさんを始めとした今回の保護対象と接触が多かったことから抜擢されたようですね。
 その特別部隊の編成。

 保護部隊一、現在暴動が起きている自宅にて待機中のハイゼル=クロウ並びにその妻シェイリス=クロウ、エイリィ=クロウの保護にあたるもの。
 メンバーはリアス=クロウとユーア。

 え、ユーアくん?
 今たぶんだいたいの方がこの特別編成のところ見ていますよね。若干みなさん「ん?」って雰囲気出しましたよね。


 ……とりあえず次参りましょうか。

 保護部隊二、病院にて保護・治療されているセフィル=グリィナの保護と今後の治療にあたるもの。

 メンバーはレグナ=グレンに祈童結。

 ここは、うん、まぁ納得ですわ。医療となればお兄様が一番適切でしょう。祈童くんはセイレン様の力もありますから補佐として適役。本人が目思いっきり開いていますけれどちょっと今は置いときまして。

 次、フランス遠征部隊。実際にフランスへ赴き、鎮静の中心となるメンバー。
 リーダーが夢ヶ﨑フィノア。
 大学生組から色世淋架、トリスト。同級生からは道化美織、閃吏シオン、エルアノ、ウリオス、ティノ――え、ティノくん?
 あら目の前に座るティノ君が紙二度見しましたわ。わかります私も二度見しました。自らも非戦闘要員としているから驚きますよね。
 個人的には陽真先輩も入っていないのも驚きですし、フランス遠征組の最後。
 珠唯さんが入っているのも少々びっくり。本人視界の端であわあわしておりますわ。

 それぞれの項目の下に詳細と抜擢理由も書いておりますが、今はまず自分のところからということでここもスルーさせていただきまして。

 三つ目、日本待機及びフランス組支援部隊。主にフランス遠征部隊の支援をしつつ、有事の際に日本で動くメンバー。
 支援リーダーは木乃武煉、待機及び有事の際のリーダーは紫電陽真。
 後輩さんからはルクくん、同級生は雪巴さんと私。笑守人の三分の一が日本に残るということで我々のメンバーも少ない感じですかね。

 あらでもまだクリスティアの名前出てなくないですか?
 あ、その下に項目ありますね。とりあえず一回自分の役割読んでからにしましょう。

 えぇと、日本待機及びフランス支援部隊の役割は冒頭にも書いてある通り支援。
 私の役割としては、カメラによる保護部隊の追尾、支援。
 基本はビデオ通話による互いの意思疎通。可能であればカメラで状況把握し保護部隊の誘導。

 これ私が日ごろからこういうことできるってわかっているみたいじゃないですか。

 いやできますけれども。できますけれどもね? あ、リアスもレグナもここら辺もう読んでます? ”得意分野だろ”っていう視線感じるんですよ。

「別に得意分野というわけではないんですよ」
「あ、そっかごめん華凜、趣味だったよね」
「珍しくお兄様を刺したくなりましたわ」

 必要だからやっているんですよ私は。
 ひとまずその刺したい衝動は隣の武煉先輩が「どうどう」と言うように肩を叩いて来ているので今だけは抑えることにしまして。

 己のやることを確認したということで、次。

 未だ出ていないクリスティアですね。
 彼女の役割は――。




 んん??




 あ、今全員もしかしてここたどり着きました? 全員なんか私と同じく「んん?」ってなりましたよね。
 心なしか見間違いじゃないかと紙に顔近づけますよね。

 しかし目を凝らして見てみても、紙に書かれた内容は変わっておりません。

 クリスティアが与えられた役割。


「りゅーのおうえーん…」


 一人だけすごい戦力外通告みたいな書かれ方してますけれども??
 なんですかリアスの応援って。けれど見出しには「日本待機での最重要任務」と書かれていらっしゃる。え、どういうことなの?

 これ今日私が少し頭ぼんやりしていて理解できていないとかそういうわけじゃないですよね。ないですよね? 確認させてくださいね?

 顔をあげれば。


「『……?』」


 みなさま揃って「よくわからん」ってお顔になっておりましたわ。よかったです。いやよいのかわかりませんけれども。

 ひとまず、あとの四、五ページをちらっと見たところ、こちらは保護部隊に関する地図だったので一旦置いとけるということで。

 考えましょうか。

 自分のことでなくこのクリスティアの役割を。
 応援ですか。リアスの応援。しかも日本に待機して。

 ということは私と一緒なんですよね。それはそれで嬉しいことですが。


 あら嬉しいけれどもちょっと待ってくださいね?


 クリスティアの応援任務も気になるんですが。
 クリスが日本にいるじゃないですか。リアスがフランスに行くじゃないですか?


 ということは……?



 最短で考えた場合でも約二日半、このお二人は離れ離れに??


「えっリアス生きられます??」
「死ぬかもしれない」

 通常運転ありがとうございます、知っていましたわ。
 え、これ本当にこの任務大丈夫なんですか? 自分のところの疑問はとりあえず全然ないんですが、あ、いやカメラに関してはどうしてここまで江馬先生が知っているのかは正直疑問はありますけれども。
 違う疑問の方がすごい。これ大丈夫です?

「読み終わりましたか~?」

 頭が疑問いっぱいでパンクしかけたところで、十五分経ったのか江馬先生からお声がかかりました。
 それにあいまいに頷きまして。


「それでは質問タイムに入ります~。何かある方挙手~」


 言われた瞬間にクリスティア以外全員秒で挙手しましたわ。

「あらあら多いですね~」
「いやー、これはその~」
「たぶんみんな一緒じゃないかしら!」
『なんかこう、ボクとかフランス行っていいのかなとかもあるんだけど……』
『私としてもそういった疑問を一旦置いといてでも聞きたいことがある』

 わかりますわトリスト先輩。
 全員紙に、というか紙のある一点を見つめた状態で。


 一斉に。


「『一番下の応援任務とは……?』」


 きれいに揃って、言えば。


「保護任務とは別に大変重要な役割になりますね~!」

 とても明るい声で結局疑問だらけになる答えが返ってきましたわ。
 どうしても理解できず、江馬先生を見ると。

 明るい声にも関わらず、目は真剣に。我々を見据えておりました。
 その視線に、無意識に姿勢を正す。

「まずクリスティア=ゼアハードの特別任務についての質問で間違いないですね~」

 頷けば、彼女も頷いて。

「誤解のないように言っておきますと~、決して戦力外通告などではありませんのでご安心ください~」

 むしろ。

「私としては最後まで、ハイゼル氏の自宅に向かわせる保護部隊は炎上君か氷河さんかで悩みました~」

 意外な答えに目を見開けば、彼女は椅子に背中を預けて。新たに出た疑問から答えてくれる。

「まず今回の保護任務では~、様々なスキルが求められます~。まず~、保護部隊のところに書いた通り~、対象を魔力結晶に入れて保護することから魔力の精密なコントロール。そして観察力や先を読む思考、状況判断能力……。そういったものがかなり重要になってきますね~。これだけ聞くと炎上君一択と考えてもいいのですが~、氷河さんの能力もかなり捨てがたいんですね~」
「と、言うとぉ?」

 フィノア先輩が聞けば、江馬先生は笑って。

「彼女の基礎能力として。まずはその俊敏さが魅力的ですね~。ユーア君と組ませれば有事の際、互いのスピードと身軽さを生かして柔軟に対応できることでしょう~。そして炎上君にはない柔軟すぎると言っていいほどの思考も魅力的です~。恐らく~、”まさかそんな”ということを考え出して~、見落としがちなものをしっかり見てくださるでしょう~」

 あぁ、いろんな意味で納得しますわ。まさかそんなということには心あたりがありすぎるので少し苦笑いが出てしまった。

「そして最後まで悩んだ最大のスキルがありますね~」

 それは、


「心の強さ」

 ハッとして、江馬先生を見る。
 彼女はしっかりとクリスティアを見ていました。


「任務において~、関わりがあった者が対象者だと~、意外と”情”というものが邪魔してしまうんですね~。とくに炎上君に関しては今回完全なる身内。そしてエイリィさんについてはかなりお世話になっていたと見えます~。そこには必ず”情”が入ってきますね~」

 今度は主に私たち幼なじみたちを見て。

「あなた方の理念にある通り~、戦場ならば。こうした任務ならば、家族、恋人、友人……そういった関わりは一切関係なく遂行するというのも、調べはきちんとついています~」


 けれど。



「そこに”ためらい”がないわけでは決してない」


 違いますかと言うように微笑まれて、思わず目を逸らした。


「とくに今回に関しては~、しっかりと状況を飲み込めないままでの任務になります~。こちらも精神的には不安定、そして向こう――主にエイリィさんですね~、彼女も精神、身体共に不安定な状態。外野では野次や暴言など周囲の状況も最悪。はびこっている負の念に少なからず引っ張られてしまう可能性の方が高いと踏んでいます~」
『それが嬢ちゃんにはねぇってことですかい?』
「はっきりと”ない”というわけではないのですが~」

 やさしく、クリスティアを見て。


「彼女はきっと、引っ張られそうになっても屈することはないのでしょう~。今までのことを調べてきてそう判断しました~」


 だから最後まで悩んだと。
 そうして。

「……その心の強さは持ちながらも、最終結果は俺になったと」

 リアスが問えば、江馬先生はにこりと笑って頷く。

「柔軟な思考、身軽さ俊敏さ、心の強さ……彼女はこの任務において素晴らしいものを持っておりますが~、最大の欠点としてですね~。注意力が少々散漫なところが痛手だったんですね~。仮に外で見知った人物に何かあった場合~、保護対象をすっぽかして外に行ってしまう危険性がありましたので~。今回は応援係として日本にいてもらうことにしました~」

 クリスティア以外全員でいろいろと納得してしまいましたわ。

「それで本題の応援係についてですね~。クリスティア=ゼアハード~」
「はぁい」

 名前を呼ばれた少女は、のほほんと返事。
 その彼女に、江馬先生は微笑んでから。


「先にもお伝えしている通り、あなたの存在がこの保護任務の成功の鍵を握ることになるかもしれません」


 やさしい微笑みとは裏腹に、江馬先生はしっかりとクリスティアを見据えて言った。
 その圧に、誰一人言葉を発することはせず。ただただ背筋を伸ばして、続く彼女の言葉を聞く。

「この任務では、あなたの恋人であるリアス=クロウの帰還が、絶対に成さねばならないことです。理由としては、彼が当事者であるハイゼル=クロウ、エイリィ=クロウの保護に向かうから。正直な所、レグナ=グレンが担当するセフィル=グリィナについては万が一に備えるためで優先順位は低く思っています。彼は人質にならないよう、またエイリィさんの精神安定をはかるために今回保護をすることになります。ここまでは大丈夫ですか~?」
「大丈夫ー」

 この圧に対していつも通りのほほんと返すクリスティアはさすがですよねと内心苦笑いをしながら、彼女たちの会話に意識を向けました。

「ではあなたの役割についてですね~。先ほど~、今回の任務はとくに、気持ちが引っ張られやすいとお話しましたね~?」
「したー」
「あなたは引っ張られたリアス=クロウを引き戻し~、日本に帰還させるという重大な任務が与えられます~」
「…」

 ここで疑問に思うのはひとつ。
 クリスティアも気づいたのでしょう。こてんと首を傾げて。

「いっしょにフランスは、だめ…?」

 そう聞けば、即座に江馬先生はイエスというように頷きました。

「あなたが日本にいることが重要になります~。私が調べた限り~、リアス=クロウはどんな極限状態になったとしても~、任務を遂行したうえで必ずあなたの元へ帰ってきますね~」
「自信がある」
「ぃ、一年生の体育祭もそうでしたよね炎上くん……!」
「あは、氷河さんが潰れそうになってたやつだね」
「あれ実は骨が折れてたって話する?」
「嘘だろ波風」
「本当ですわ」

 体格が違いすぎる男に勢いのまま飛び掛かられれば折れますわよ。とりあえずその話は後ほどにするとして。

『龍先輩が絶対帰って来れるように、刹那先輩はずっとこっちにいるってことだよねっ?』
「そうですね~。恐らく彼女の心の強さも役に立つでしょう~」
「ただ蜜乃さん、少し疑問が」

 そこで手を挙げたのは武煉先輩。全員で注目して、「どうぞ」と言われた彼が口を開く前に。

「リアスの過保護の話?」
「二日半ほど離れたら生きられないというお話ですか?」

 双子揃って聞けば顔を横に振って。

「龍の過保護云々は今は置いておきましょう。任務においてそこは関係なくなってしまうので。俺の疑問としては刹那です」
「なーにー」
「蜜乃さんの案は最適でしょう。彼女をフランスに行かせないのはその注意力の散漫さ、根っからのヒーロー体質による飛び込み癖が欠点でもあるから。この身内ならば誰もが同意できる」
「ケド、日本にいたからってソレが変わるわけじゃねーだろ?」
『資料を見た限り、愛原さんの追尾カメラでずっと互いに見合ってる状態だとお見受けしますわ』
「もし仮に龍が窮地に陥ったらぁ、この子すぐにフランス行っちゃうんじゃなぁい?」
「テレポート……してしまいます……」
「その点はご心配なく~。だからこそ日本待機部隊には愛原さんと陽真を残しました~」

 笑う彼女に、私たちは揃って首を傾げました。

「飛び出すにしても~、足で行くのとテレポートで行くのとはわけが違います~。必ず魔力を練るというタイムラグが発生しますね~。その感知は愛原さんができますので~、何かあっても気づくことができるでしょう~。そして止めに入るのは陽真~」

 呼ばれた名前に、今度は全員で視線が陽真先輩へ。

「これまでの学園生活を見た限り~、彼女の幼なじみ組を除いて次に氷河さんをコントロールできるのはあなただと判断しました~。元よりあなたの妨害魔術は今回のフランス遠征には不向きでもありますが~、日本に残したのは氷河さんのコントロールの方が重要だからと思っていてください~」
「なに、刹那ちゃんの次に重要な役割はオレってコト?」
「よろしくはるま…」
「まずオマエ自身が気をつけろっての」

 親友の頭を小突く陽真先輩に笑って。

「氷河さんに関する疑問は大丈夫そうですね~。他に~」

 江馬先生にならって周りを見回せば、とくに手を上げている方はいらっしゃらない。

「大丈夫そうですかね~。保護隊補佐としたユーア君、祈童君はどうです~? 一応抜擢理由等書いておりますが~」
「いやまぁ正直驚きはしたけどね……」
『課された任務はこなすだけですっ!』
「と、ユーアに倣って僕も男らしく行こうと思うので大丈夫です」

 苦笑い抜けてませんが大丈夫ですか祈童くん。
 とりあえず本人が腹をくくったようなのでエールだけ送ることにしまして。

 他も同様な理由でいないんでしょう、江馬先生は頷きました。

「ではこれにてあなた方特別部隊に関する説明は以上になります~。この準備期間で質問があれば遠慮なく私に~。私はこれから基本的に会議室にて任務に関する業務をしているので~、質問以外でも何かあれば来てください~」

 いいですね~、というのんびりとした声に頷けば、江馬先生は笑った。

「それではみなさん、健闘を祈りますね~」

 そう言って、彼女はこの二日弱で作ったであろう大量の資料を集めだす。それを腕一杯に抱えて。

「良い報告をお待ちしておりますね~!」

 やることがあるからと、颯爽と教室をあとにしました。

「……」
『……』

 その背を見送って。

 少しの沈黙のあと、視線はリアスへ。

「……何故俺を見るんだろうな?」
「いや~、重要な任務っていうのもあるけどー……」
「とりあえずオマエさ」

 陽真先輩に続き、全員揃って。


「『恋人と離れるの大丈夫??』」


 そう、聞けば。

 気にしないようにしていたことを思い出した彼は、顔を覆い。

 覆うだけに足らずしゃがみ込みまして。



「……この準備期間でどうにか自分の最善を決める……」


 小さな小さな声で、決意表明をするから。


 ほんの少しだけ成長もしている幼なじみに笑って。

 まずはそれの解決からですねと、一人一人、彼の背を叩いてエールを送った。



『笑守人で任務に行きますね』/カリナ


説明書(とりあえずメンバー紹介と抜擢理由や役割)

【ハイゼル=クロウ、シェイリス=クロウ、エイリィ=クロウ保護部隊】
保護任務遂行者:リアス=クロウ(魔力結晶化をして対象を保護)
補佐役;ユーア(聴覚、嗅覚を駆使しリアス=クロウが円滑に保護にあたれるように補佐)

【セフィル=グリィナ保護部隊】
保護任務遂行者:レグナ=グレン(魔力結晶化をして対象を保護、今後セフィル氏の治療を担当)
補佐役:祈童結(危機察知能力やトランス能力でレグナ=グレンの補佐)

【フランス遠征部隊】
リーダー:夢ヶ﨑フィノア(戦闘力・状況判断能力で部隊を牽引、睡眠香にて鎮静推進)
メンバー:
道化美織(声の大きさを利用してメンバーへの伝令、相手の錯乱)
ティノ(咆哮による相手の無力化)
誓真珠唯(真実の呪いを生かして政令等重要なことの伝令役)
閃吏シオン(持ち前の洞察力にて援護射撃)
エルアノ(空からの状況伝達役、援護)
色世淋架(スタンガン付き警棒で鎮静の筆頭へ)
トリスト(種族を生かして牽制)

【日本待機部隊】
伝令役リーダー:木乃武煉(思考の柔軟さ、的確な情報伝達で部隊の牽引)
伝令役補佐:カリナ=シフォン(木乃武煉の補佐、並びに追尾カメラでの誘導・支援)
待機部隊リーダー:紫電陽真(妨害魔術を用いて有事の際の対応)
メンバー:
雫来雪巴(雪魔術での妨害)
蛇璃亜ルク(蛇での妨害、近接で紫電陽真の補佐)

【特別任務】
クリスティア=ゼアハード(リアス=クロウの応援)




 たったひとつの出来事は、いろんなことを変えていく。


「保護のあとはあたしと珠唯ちゃんでおっきく宣言するからね!」
『う、うんっ、任せて美織先輩!』

 ひとつの声で、世界が変わって。

「とりあえず十一月いっぱいは授業停止ねぇ」
『修学旅行の方は今の事態が収束次第、改めて日程を決めるそうだ』
「じゅ、授業の方もまた補填があるそうです……!」

 世界が変わったら、予定も変わって。

「炎上君、やっぱりみんなと同じ列車でフランス行くの?」
「身内が世界的な騒動に関わっているのに過保護だなんだとは言っていられないだろう」

 大好きなヒトも、少しずつ変わっていく。

 最初のうちは、みんなその変わったことに慣れなくて。

「もう少し準備期間があればホログラム映像も頑張れましたのに……」
「いやこの腕時計型のカメラでも十分すぎるだろ……おかげで常にクリスティアの状態は見れる」
「これでとりあえず行きの精神安定は大丈夫ですね。華凜の言うホログラムも少し見たかったけれど」
「あら、武煉先輩次回にご期待くださいな」
「待っているよ」
「武煉先輩やめて、ほんとの本気でやるから」

 笑いながら、いつも通りの日々を過ごしていくけれど。

『上空からの偵察の件ですが、もう少しカメラの精度をあげることは可能でして?』
「華凜ちゃんごめん~、やっぱり電流でカメラおかしくなっちゃうー!」

 だんだん、

「おい蜜乃ちゃんから。予想以上に暴動の人数多くなってるってよ」
『旦那たちの経路どうする』
『二人に耳栓とかしてもらって、ボクとかが怯ませる感じとか』
「えっとでも、二人の耳の良さだとそんなに軽減されないんじゃないかな」
『魔術か何かで耳閉じるですかっ』
「それだと、合図とかも……聞こえなくて……支障もありそう、です……」

 だんだん。

「波風、ここの経路だが」
「塞がれてる可能性考えるとこっちの方がさ」
「クリスティアは明日から常に私と行動しまして、あなたのカメラに必ず映るようにしておきます。あとここのメンバーの方のカメラは――」
「身内の無線は蜜乃さんに言ってカメラとは別に常に声が聞こえるようにしておきました。不具合があれば今のうちに」

 その日が近づくにつれて、空気がピリピリしてく。

「…」

 家の中でも、学校でも。みんながバタバタ歩き回る。
 いろんな声が飛び交う。

 笑顔もなにもない、変わってしまった日常。


 だんだんとみんなの顔が切羽づまった顔になっていく。
 ときどき声は、厳しいときもある。


「陽真、日本の方でも動きが出ているかもしれない」
「とりあえずギリギリまでオレは連絡室に残って――」
「お姉さんとフランス行く後輩くんたちぃ、万が一に備えてパターンもう何個か作るわよぉ」

 それを聞きながら。


「…」


 わたしはたった一人。
 みんなが動き回る中で、ペンをとる。


「祈童ここでさ」
「淋架先輩は追尾カメラか警棒を持つ手を固定してもらって――」

 周りは、真剣な声。
 真剣な顔。


 でも、わたしだけは。


「♪、♪」

 ときどき鼻歌を歌いながら。体を揺らしながら。
 いつもと変わらない、ごきげんそうな感じにして。


 ローテーブルに広げた画用紙に、ペンを走らせていく。


「えっと、列車が宿泊所みたいになるんだっけ。荷物は武器と――」
「き、基本的には持ち歩ける程度の、に、荷物でお願いすると」
『美織、武器になりそうなものはその手袋プリンターに早めに登録するといい』
「わかったわ!」

 誰も気づかない。

「ユーア、他の経路の確認もしておくぞ」
『最悪の場合はユーアを一回魔力結晶にしてから中にテレポートするですっ』

 誰もこっちを見ない。


「…♪」

 たった一人の世界で、わたしは今までと変わらずに。ただただ真っ白な紙に色を付けていった。


 たまにローテーブルに両ひじをついて、どんな感じにしようか悩んで。
 決まったら、近くのメモ用紙にシャーペンでイメージを描いていく。

 何枚も、何枚も。

 これはこんな感じがいいかな。
 あぁでも、もっとおっきく描ければいい。

 なんなら画用紙をくっつけておっきくしてみようか。


 切り離された世界で、またひとつ、またひとつ。
 決まっていくことがあって、ほっぺをゆるませた。



「…」

 周りの声は、ずっと緊張してる。
 みんながばたばた歩き回ってる。


 いろんなものが、感情が、ヒトが。全部全部変わっていってしまう。


 確認するために見上げたら、みんながそれぞれの手に持った紙に目を落として。ときには互いに目を見あって話してる。

 変わってしまった世界が、目の前にあった。


 その世界に、わたしは声をかけない。
 わたしからは決して、声はかけない。ただただ確認だけして、また画用紙に目を落とすだけ。

 声をかけないのは、いつからか「変わらないこと」を決めたわたし自身への決めごと。


 ヒトはいっぱい変わっていく。
 ヒトだけじゃない。景色も、作るものも、世界も。

 たくさんたくさん、変わっていく。
 変わっていくことは、とっても素敵なこと。


 でも。


「…」

 何もかもが、変わらなければいけないなんてことは、決してない。

 たまには戻りたいことだってある。
 変わる前の日々に、子供みたいにあそんでた時期に。


 でもみんな、簡単には戻れないから。

「クリスティア」


 わたしはその「戻りたい」と思ったときに、いつでも手を引いてあげられる存在になりたくて。


「なーにー」


 こんな世界の中でも、変わらずに。
 みんなが言う「のほほん」とした声を出しながら、画用紙から呼ばれた方向に目を上げた。


 そこには、ほんの少しだけ前の。まだ変わる前の大好きなヒト。

 微笑んであげれば、ふっとゆるんだようにリアス様も微笑んで。わたしの横から後ろに回って、あったかい温度で抱きしめてくれる。


 ”どうしたの”も、”大丈夫?”も、聞かない。
 ただただ、わたしは。


 ”おかえり”の意味も込めて。


「あそぶ?」

 画用紙にペンを走らせながら、聞いた。

 きっと他のヒトは、わたしをばかみたいって思うんだろう。
 こんな状況なのにって。頭おかしいんじゃないのって。

 いろんなヒトが思うんだろう。


 でも、ばかみたいだっていい。

「……」
「りゅー」

 頭がおかしくたっていい。

「あそぼー」

 こんな状況だからこそ、わたしは変わらないでいたい。

 答えのないあなたに、ペンを置いて。

 振り返れば。

 泣きそうに微笑んでいる紅い目と、目が合った。
 それにも”どうしたの”は聞かない。


 ちゃんとわかってるよ。

 辛いことも、怖いことも。
 エイリィが事故に遭ったことも辛いのに、姿かたちも変わって、こわかったよね。あの光景は、わたしも忘れられない。目を閉じればいつも、エイリィの姿が。悲しい声が聞こえてこわくなる。

 どんなにモニターで見れても、半日だって離れたこと、この何千年でなかったから。それだって怖いよね。
 なにかあったらどうしようって、こわいのちゃんと知ってるよ。

 何もかも怖いの、ちゃんとわかってるから。

 みんなのことも。


 この二日でもっと状況が悪化したら?
 自分たちが行く前に家がダメになっちゃったら。
 暴動はどのくらいで鎮静できる?

 全部ぜんぶ、わからないことだらけでみんなこわいの、知ってる。

 そしてその”こわい”は、正しい判断をさせてくれなくなっちゃうのも、知ってる。


 だからね。


 泣きそうに微笑んでいるあなたに、わたしはいつも通り微笑んで。


 大丈夫だよって言うように、抱きしめて。

「りゅー」
「……」
「あーそーぼー」

 あなたがいつも通りのあなたに帰って来れるように、そう変わらない言葉を言った。

 わたしのばかみたいな言葉に、家の中は静か。
 でも誰も。嫌な目をしてないのはわかった。

 静かな家を不思議がるようにして、みんなを見渡せば。

 少しずつ、少しずつ。
 わたしの言葉を理解していって。

 緊張していた顔が、泣きそうな微笑みに変わった。


 そうしたら、この小さな世界も変わる。


「……ちょっと休憩すっか相棒」

 陽真のその言葉を、最後に。
 ふっとみんな、肩の力も抜けて。

「そうだね。ひとまず準備はできた」
「はぁい女子たちぃ、お姉さんと甘いもの買いに行きましょぉ」
『あたしも行くっ!』
「刹那ちゃんクッキー買ってくるわ!」
「ほ、ほかにみなさん欲しいものとかはっ!」
「確か炎上が飲むコーヒーそろそろ切れそうじゃなかったか」
『何故そなたが知っているのだ結よ』
「あは、祈童君、炎上君の次にコーヒーすごい飲んでたもんね」
『そうそうー! 最後の方祈童クン自分で淹れてたよねー!』
「あ、あと飲み物なら紅茶も追加あるといいかもよ~」
「リラックス、できます……」
『荷物持ちなら付き合ってやるぜ姐さん方』
『それかビースト側のショップも行くですっ』
『それでしたらおすすめのお店がありますから参りましょうか』

 前みたいな雰囲気で、みんな笑ってそう言って。
 外に行く人は立ち上がる。

 わたしはそれに、ただただ口角を上げるだけ。

 隣に来たカリナとレグナにも、口角を上げた顔を見せるだけ。

「あなたは相変わらずすごいですねクリス」
「いい意味で一気に気抜けたわ」

 あの頃とは違って、笑ってくれる二人に。
 わたしはリアス様に抱き着きながら。

「なんのことー」

 なんて、おどけてみせる。この三人はわかっているから、それがバレているのも知っているけれど。三人はまた笑って、気づかないフリをしてくれた。
 そうしてリアス様が頭を撫でてくれるのを感じながら、あったかい体温にもっともたれかかる。
 床についてる方のリアス様の腕を見たら、ちょっとおっきめの画面がついたリストバンドに時間が出てた。

 木曜日の、もう夜八時くらい。

 明日朝起きたら、みんなまたばたばたして。
 このヒトもいっしょに、フランスへ行く。

 きっとまたみんな、緊張して、こわい顔になっていっちゃうんだろうな。

 リアス様とレグナはとくに、保護にあたるから。すごい緊張すると思う。カリナはそんな二人を見て、わたしには笑うけれど、きっと心の中では怖い思いでいっぱいになる。

 他のみんなも、それぞれ。まだ理解しきってない中で、たくさん思いを抱えて、変わった世界に行くんだ。

 そんな変わった世界に行くみんなに、わたしがたったひとつだけ、できること。


「…」


 いつだって戻れる場所であること。
 みんなで楽しく、笑顔であそんでた時間に、いつでもすぐに、帰れるように。

 変わらない世界にいるわたしからは、基本的に声はかけない。
 みんなを見て、ただただ待っているだけ。

 でも。

「クリスティア」

 こうして名前を呼ばれたら。

「はぁい」


 顔を上げて、ほほえんで。


「……遊ぶか、少しだけ」


 帰ってきたヒトたちに、うなずいて。


「あそぼー」


 ”おかえり”も込めて、笑う。
 ちゃんとここにいるよって言うように、また抱き着く。

 ほんの少しだけ震えてる手がわたしの頭をなでたのには、気づかないふりをしてすりよった。

 声をかけるのは、心の中でだけ。


 ――大丈夫。


 いつだってここにいるからね。
 もしも帰れなくなりそうになったら、そのときはわたしが声をかけるから。

 助けてくれたあのヒトみたいに、わたしが手を引いてちゃんと、連れ戻すから。


 だから。


「…、…」


 言いかけた言葉は、約束になっちゃうかもしれないから、やめて。

 代わりにまたぎゅって強く抱きしめる。
 そうしてあったかい温度を堪能したら、ぱっと体を離して。


「なにしよっかクリス」
「せっかくならリヒテルタも出すか」
「全員で遊べるならやっぱりスゴロクです?」
「「いや却下」」

 帰ってきたヒトたちに微笑んで。

 世界が完全に変わり切る前に、最後にあそぶために。


 大好きなヒトの、手を取った。


『帰ってきたら、またみんなでいっぱいあそぼうね』/クリスティア
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