さぁ勇者よ、剣を取れ

 やっとメイド服が脱げた……。ズボンってすばらしいなと思いながら迎えたゴールデンウィーク四日目。

 持ってきたもので残ってるのはチェス。時間もかかるだろうと先に昼飯を食べて、いつものようにリビングに座った。ただ今日は円を描いてではなくて──。

「カリナさんもう少し首横に倒してくんない?」
「首痛めるのでお断りします」
「断られると俺前見えないんだよ」

 俺がカリナを膝に乗せてる状態で。
 昨日この妹が罰ゲームで”異性の膝の上に座る”なんて手伝い必須のカードを引きまして。たぶん関係性で言ったらリアスの方が適任なんだろうけれども、昨日のチーム戦は俺とカリナで組んでおり。さすがに勝者を罰ゲームに付き合わせるのは悪いよねっていう考えには頷けたので自ら巻き込まれることを了承した。
 メイド服を着た状態で妹を膝に乗せるのはちょっと個人的に変態かよって思ってしまったので本日に回してもらい、今現在妹と座るポジションについて議論中。俺が胡座をかいてその上にカリナが座ってるんだけど、小柄なクリスと違って標準サイズのカリナが真正面を向いて座るとまぁ見事に前が見えない。俺はカリナとすごい身長差があるわけでもないからなおさら正面に座られると困るんです。

「なんかこう、横に座れない? 真正面じゃなくて。片側に座って」
「それやるとどうせ足しびれるでしょう」
「ずっと片側に座んなきゃいいんだよ」

 そりゃ片側にずっと座ってりゃ足しびれるわ。

「仕方ないですねー。こうでいかがです?」
「うん、おっけー」

 カリナは仕方なさそうに俺の右膝あたりに移動する。罰ゲーム巻き込んでるのになんでこの子は上から目線なのかというのは置いておこうか。移動してくれたおかげで俺の視界は良好になったのでよしとしよう。

「終わったか?」
「お待たせー」

 広がった視界で目に入ったのは、議論中、ローテーブルにチェスを用意してくれていたクリスティアとリアス。あ、ちょうど最後の一個がチェス盤にセットし終わったかな。準備ができたところで、クリスが首を傾げた。

「どういう風に勝負するの…?」
「そうですねぇ。私とレグナがこんな感じでくっついてますし、昨日みたいにペア戦にしましょうか」
「いいんじゃないか」

 カリナの意見に全員異議なしということで、チェスは双子vsカップル。ほんとならペア変えられたらまた面白かったんだろうけど、今回はまぁしょうがないか。

「クリスティア」
「ん…」
 さて始めよっかってところで、リアスがクリスティアを呼ぶ。その声にクリスティアは疑問を持つことなく頷き、慣れた様子で胡座をかいたリアスの膝の上に座った。

「まぁ、そちらも対抗ですか?」
「一緒に正面見れた方がやりやすいだろう」

 いやこれはリアスも膝に乗せたかったんだろうなってのが九割と見た。

「……」

 あ、目が合った瞬間に逸らしたから図星だ。男ながらに可愛いやつめと顔がにやけそうになるのをなんとか耐えて。

「じゃあ」
「あっ!」
「うぉびびった」

 今度こそ始めようかと言おうとした瞬間、次はカリナが思い出したように声を上げた。近いからすげぇでっかく聞こえたわ。

「どうしたの…?」
「嫌な予感しかしないから黙っていてくれないか」
「失礼ですね、楽しく盛り上げようとしてるのに」

 それがだいたい面倒ごとになってるけどね? なんて男子組が思っているのを知ってか知らずか、妹は楽しげに言う。

「私、一つ疑問に思ってることがありまして」
「疑問…?」
「どうしてチェスでは”王を討てば勝ち”、ということになるのかなぁと」

 この子ゲーム性に疑問持っちゃったよ。

「単純に国に例えた場合、王を取られたら国が終わるからだろう」
「でも、王に不満を持ってる方もいるし、時期国王は俺だ! って思ってる方もいるでしょう?」
「まぁ、ほんとの国だったらいるんじゃない?」
「でしょう? だからチェスでもそうしてみようかと」
「は?」
「”王を取られたら勝ち”、ではなく”敵を全滅させたら勝ち”という感じに」

 わぁ一気に殺伐としたチェスになった。

「あとせっかくなので、楽しい要素をもう少し」
「なんだ」
「物語っぽくしたらおもしろくなりそうじゃありません?」
「ありません、大丈夫だ」

 リアスばっさり行くなぁ。しゅんとした妹に笑って。

「とりあえずどういうものか聞いてみようよ」
「ろくなものじゃないとお前ももう知っているだろう」
「もしかしたらびっくりするくらいおもしろいかもしれないじゃん?」
「さすが我が兄レグナ。よくわかってくれますわ」
「お前が甘やかすからこうなるんじゃないのか」

 ちょっと自覚はある。リアスのお咎めの目から逃れるように、さっきと打って変わってご機嫌なカリナに尋ねた。

「で? カリナ、物語っぽくってどんな感じ?」
「そうですねぇ……。たとえば、ですが」

 ほんの少し考えて、カリナは口を開く。

「勇者軍と魔王軍としましょうか。この世界は魔王が支配していまして。人々はこき使われ、反感を持っていましたが力もなく従うことしかできず。そこで一人の勇者が生まれます。長老が、この勇者ならばきっとあの魔王を倒せるとして魔王にばれないよう育て上げ、勇者が十六となったとき、仲間を集って魔王を倒しに行く──。で、このチェス盤がラストステージ的な」

 思考時間およそ五秒に対しての情報量が半端ない。

「まぁこんな感じで設定をつけたらおもしろいかなと。魔王軍の駒と勇者軍の駒がバトルするときに掛け合いとかいれてもいいですよね」
「”どうしてお前が”…とか…?」
「そんな感じです」
「楽しそう…」
「リアスさん、俺も予想以上に面白そうな感じがするんだけど」
「……素直に頷くのは癪だがまぁいいんじゃないのか」

 すっげぇリアスが複雑そうな顔してるけれど、今回はカリナの案をすんなり実施することに決定。んじゃまぁやっていきましょうかってことで。

「設定はとりあえずさっきのでいいよね?」
「勇者と魔王ですか? いいんじゃないですか。では魔王はどちらにしましょうか」

 聞かなくてもわかってるでしょマイシスター。

「カップル側でしょ?」
「何故だ」
「リアス魔王っぽいし」
「それを言うならカリナだって魔王みたいな性格しているだろう」
「あら、クリスティアの方がうわてですわ」
「ああ……」

 リアスは昨日の体幹トレーニングのことを思い出したのかものすごい納得したような顔をした。うん、俺も結構クリスティアは魔王派だと思う。ご本人、自分に全く関係ない話と思ってるのか駒いじってるけど。

「では勇者は双子ペア、魔王はそちらカップルペアでいいですね?」
「さんせー…」
「魔王はわかりやすく黒、勇者は白でいいよね」
「いいんじゃないか」

 今リアスたち側が黒、俺たち側が白だからちょうどいいね。さて先手だしどう動かして行こっかなと思案した瞬間。

「名前とかどうします?」

 妹の言葉に強制中断させられた。

「え、名前付けるの?」
「物語ですもの。魔王と勇者はいいとしても他の方は呼び名困るでしょう」

 いや困んないだろ。けれどどうせ言っても無駄なので、黙っていつも通り従うことに。

「簡単な名前だけつけてく…?」
「そうしましょうか」

 考るためにチェス盤に目を向けたカリナにならって、俺もチェス盤を見た。
 枠の縁には、俺たち側から見ると横は左からアルファベット順でHまで、縦はリアスたち側に向かって数字が8まで振ってある。これ普通に1-Aとかじゃだめだったのかな。だめなんだよね彼女たちの中では。

「こちらは簡単にアイウエオ順で行きますか」
「名前はカリナに任せるわ」
「かしこまりましたわ。では前にいるポーン、2-Aから名前を付けましょう」

 ほんの少し悩んでから、カリナはぱっと閃いた顔をして2-Aから指をさしながら名前を付けていった。

「ここからアルエット、イルメディア、ウリアクェル──」

 待って名前が複雑すぎる。

「待って待って待ってカリナさんちょっと待って」
「なんですか?」
「ちょっと、ちょーっと複雑じゃない? 俺覚えらんない」
「名札でも作りましょうか?」
「この小さいチェスにそんな長い名前の名札つけらんねぇよ」
「でもいい名前でしょう? あとエリアットにオズリック、カシウレア、キュアム、クムフェアル、ケンネルなどなどいらっしゃいますが」

 何の呪文だよ。よくもまぁすらすらと出てくるもんだ。壮大なストーリーといいこの子の頭の中ってどうなってんだろう。

「あ、ちなみにアルエットとエリアットは兄妹です」

 うわすげぇどうでもいい情報まで来たわ。

「これ絶対間違えるよね」
「私が覚えてるので大丈夫ですよ。今九人終わったので残り七人ですね。こ……。コルルエア、サイムリット、シェアムーン、勇者スリスアルム、ソリューベル、ターメリッカ、でどうでしょうか」
「うん俺もうエリアットしか覚えてないからそれでいいよ」

 後半どこで区切られてるかすらわからなかった。とりあえずこっちは決まったので、前を見た。

「クリスたちは決まった?」
「決まった…。A-7から…」

 クリスティアが指さして、名前を告げる。

「たろー、じろー、さぶろー、しろー、ごろー、ろくろー、しちろー、はちろー。下いって、いちのすけ、にのすけ、さんのすけ、よんのすけ、魔王ごんざぶろー、ろくのすけ、しちのすけ、はちのすけ」

 魔王軍名前ひっでぇな。

「いいの? そんなネーミングセンスで」
「強そうでしょ…」

 ごめんすげぇ弱そう。

「リアスもこのネーミングセンスでいいの」
「別に名前自体はなんでもいいが、なんでたろーはいちろーじゃないんだ」
「そこなの!?」
「一番なんだからいちろーじゃないのか?」
「たろーの方が呼びやすい。決定…」
「呼びやすさで決まったよ……」

 リアスのペットドラゴンの冴楼といい、相変わらずネーミングセンスなさすぎる。

「では名前も決まったところで始めましょうか?」
「おっけー…」
「なんだっけ、魔王vs勇者で、ルールは全滅。攻撃時に掛け合いいれるでいいんだっけ?」
「そうです。あと負けた方が罰カード、勝った方はご褒美カードを付与します」
「了解した」

 もう名前は一々ツッコんでたら埒があかないということで。ルールを再度確認した上で、ゲームスタート。

「ではチェスは白からと決まってるので私たち勇者軍からですね」
「どれ動かそうか」
「はじめですからねぇ、どうしましょう」
「えー、じゃあ──」
「…〈勇者、よく来たな〉…」

 駒動かそうとしたらなんか始まった。

「…〈村でおとなしくしていればいいものを…バカなやつめ〉…」
「すげぇノリノリだなクリスティア」
「なんか、ラスステならよく始まる前のかけあいがあるかなって思って…」
「そうですわねぇ……」

 では、とカリナもちょっと声を変えてしゃべりだした。

「〈今日こそお前を倒してやる、覚悟しろ魔王ごんざぶろー!〉」
「名前に緊張感ないね」
「異国の勇者が日本の魔王倒しに来た感じだな」
「まさに」
「…〈おもしろい。その力、見せてみろ〉…」
「〈いくぞ! キュアム、頼んだ!〉」

 言って、カリナはキュアム──2-Gのポーンを二マス進めて4-Gに置く。

「行くぞと言って勇者が先陣を切らないのもすごいな」
「魔王はわかるけどね」
「チェスの駒の関係上しかたないでしょう。勇者の本気はこれからです」

 本気これからって言ってもチェスのキングって一マスしか動けないけど。

「こちらはとりあえず様子見で」
「…〈まずはお手並み拝見と行こうか。ゆけ、はちろー〉…」

 クリスティアのアテレコに合わせて、リアスは7-Hにあったポーンを一マスだけ進めて6-Hに置いた。おっと。

「どうしましょうキュアムが動けませんわ」
「向こうもあのはちろー動かせなくなってるから。他の手考えよ」
「どこがいいんでしょう……」

 チェス盤とにらめっこをしてみる。ポーンは始め以外は一マスしか進めない上に敵を倒すとき以外は直進。今また進めるとはちろーの餌食になる。かといって1-Fにいるビショップ動かすにしてもキュアムが邪魔になってそっから先には進めない。

「じゃあこれを動かしてみよう」
「アテレコお願いします」
「俺もか……えーと〈俺だって村を救うために戦うんだ!〉」

 適当に勇者軍が言いそうな言葉を言って、1-Bにいるナイト、名前なんだっけこいつ。あ、い、う、え……コルルエア?? だっけ? を3-Cへ配置。

「〈甘いな若造よ〉」

 あ、リアスもノってきた。言いながら、リアスは7-Cにあるポーン、さぶろーを5-Cへ置く。

「まだ掛け合いできませんねぇ」
「自分の駒を取られるのは勘弁だからな」
「それには同意ですわ」

 まだお互い深くは入り込まず、駒を進めていく。それと同時進行で、わからなくなっていく名前。

「俺すでに誰が誰だかわかんねぇんだけど」
「ポーンたちは縦にしか動いてないんですからさっき名を告げた順番通りですよ」
「後半さらにわからなくなりそう」
「そしたら駒の上に魔力で名前付けてあげます」

 魔力の無駄使いにも程がある。結構ですと断っておいた。

 ♦

「まだ取れないね…」
「いわゆる冷戦状態ですね」
「実際の戦だったら互いにジリジリ詰め寄ってる感じだな」

 さてあれから少し進んで、駒が半分近く動いてきたところ。なんだけど、互いに取ることはないまま、冷戦状態が続いていた。

「そろそろ誰か倒していきます?」
「あーそうしたいのは山々だけど……」

 改めてしっかりとチェス盤を見て、なんだかんだ名前を覚え始めた彼らの状況確認。
 今ポーン軍団のアルエット(A)とキュアム(G)が四列目にいて、イルメディア(B)、オズリック(E)、クムフェアル(H)と、ナイトのコルルエア(B)が三列目。
 対してリアスの方は、ポーンのたろー(A)とさぶろー(C)が五列目、しろー(D)とはちろー(H)、ナイトのにのすけ(B)、しちのすけ(G)が三列目。カリナの言うとおりそろそろ敵の数も減らしたいところだけど、よく見てみると割と何を動かしてもそいつが次のターンに取られる盤面になってる。取られずに動けるのってGにいるナイトとDのポーンじゃね? んー。

「こっちの駒減らしたくないからとりあえずこいつで」

 Gにいたナイト、ソリューベルを3-Fに動かす。

「勇者軍はなかなか臆病者とみた…」
「慎重と言ってください」
「じゃあここで」

 リアスは6-Dにいたポーン、しろーを一マス進めた。

 あ。

「これってお誘いですよね」
「完全に」

 今動かされたポーン。位置的にこっちのナイトで取ることができる。

 一見おいしい話だけど、周りをしっかり見てみるとポーンの直線上には向こうのクイーン。ナイトで取った直後こっちも取られるというおまけつき。

「行きます?」
「ポーンに対してナイト捧げるのはなぁ」
「わざわざ掛け合いしやすくしているんだろう、乗ってこい」
「やだよ、負けたらこっち罰カード引かなきゃだから慎重にいきたい」
「でもこれじゃあ進みませんよ。勇者世界救うんでしょう?」
「勇者一歩も動いてないけどね」

 話しながら手を考えてれば、別のところで取れるかわかんないけど動かせそうな場所発見。ひとまず見せかけのおいしい話はスルーして、1-Cにいるビショップ、サイムリットを手に取り二マス斜め先の3-Aに移動してみた。うまく行けば5-Cにいるポーン、さぶろー取れるんだけど──。

「……」

 あ、ばれた。リアスがすかさず6-Bのポーン、じろーを移動する。俺がさぶろーを取ったらこっちのビショップを取れるように。こいつ視野ほんと広いな。なるべく今の段階で駒を減らさないようにと次の手を考えていると、膝の上に座っている妹が口を開いた。

「ではそろそろヒロイン登場と行きましょうか」

 ヒロインって誰ですか。

「ヒロインなんているの…?」
「冒険ものには必須でしょう?」
「まぁそうだが。誰だヒロイン」
「もちろんクイーンです。女王ですから」
「ヒロインの方が有能なんだけど」

 クイーン全方位動けるし。

「わからないですよ、勇者はここぞというときに力を発揮するかもしれません」
「ここぞとばかりに力出そうがキングは一マスしか動けないけどね?」

 どうしよう改めて考えると勇者が一番使えない。勇者とは。

「まぁとにかくヒロインに助けてもらいましょう。〈勇者スリスアルム、ここは私に任せて!〉」

 言いながらカリナは、クイーンのシェアムーンを勇者の目の前に置く。絵になったら本当に勇者を守るように立ってるみたいだ。

「ヒロインイケメン…」
「それなのに勇者は見守るだけか」
「自分で先陣切らない勇者なんて聞いたことないわ」

 慎重じゃなくてもうさっきクリスが言った臆病者でいいと思ってきた。

「さてこちらはクイーン動きましたが。そちらの悪の参謀は動かないんですか?」
「悪の参謀はまだ体力温存中だ。作戦立てるだけで体力ないから。後で頑張る」

 あ、いつの間にかすげぇリアリティある設定になってる。そうしてリアスは8-Cのビショップ、さんのすけを6-Aに置いた。

 ん?
 6-Aに置いた?

 ということは? 

 カリナも俺と同じ考えに至ったらしい。

「どうしましょう勇者スリスアルム。ヒロイン絶体絶命」

 ヒロイン登場して数秒で命の危険にさらされました。

「〈残念だったなヒロイン〉」
「ほんとにね」

 クイーン・シェアムーンはさっきリアスが動かしたさんのすけに狙われてる。ここでぱっと思い浮かぶのはそのさんのすけを倒すことなんだけど。倒した位置の直線上にはルーク・いちのすけ。ヒロイン次のターンで終わる。この状況で仮に彼女を守るとする選択肢は二つ。

 一、ヒロイン・シェアムーンを元の位置に戻して右斜め後ろのビショップを犠牲にする。
 二、ヒロインの左隣にいるポーンを、ヒロインをかばうように置いて犠牲にする。

 どうしよう仲間を犠牲にするしか選択肢がない。

「勇気を振り絞って敵を討ちに行きますか?」
「いやクイーンは痛いでしょ……」
「あ、じゃあこうしましょう」

 カリナは閃いたらしく、2-Dにいるポーンを手に取った。

「〈シェアムーンはやらせない!〉」

 そして言いながら、ポーン・エリアットを3-D、ヒロインをかばうように置く。これはノった方がいいのか? 俺女役だけど。

「えーと〈エリアット!?〉」
「〈ここは俺に任せろ!〉」
「〈無茶だよ、敵がっ!〉」
「〈いいんだ、お前を守れるなら〉」
「〈エリアット……?〉」
「〈好きなやつは死んでも守りたいだろ〉」

 うわぁイケメン。男だけどちょっときゅんとしたわ。

「〈ならば望み通り好きな女の目の前で冥府へ送ってやろう〉」

 なんてときめいてたらリアス、ビショップ・さんのすけでエリアット攻撃。そしてエリアット退場。えっ、容赦なくね。

「〈エリアットー!〉」
「あぁあお兄さまがっ」

 待ってエリアットが兄だったの。まぁ妹(?)が無事ならいいや。

「〈よくもエリアットを……! 敵を討ってやる!!〉」

 さて反撃だと、ちょうどヒロインの目の前にきたさんのすけを、ヒロインで攻撃。

「〈ちっ……〉」

 リアスの演技舌打ちと共に、ビショップさんのすけも退場。

 というわけで第一回掛け合いが終了し。自然と、四人目が合った。

「どうですか掛け合い」
「地味に楽しい」
「悪くない」
「…おもしろい…」

 うん、ただ倒していくだけじゃないのが地味にはまる。これはあり。

「ていうかリアス掛け合い目当てで突っ込んできただろ」
「あそこはノらねばならないなと思って」
「お前なんだかんだノリはいいよね」
「長年で強制的に培われたものだろうな」

 あぁ、うちの妹がすみません。

 さて、と。盤面に、目を戻す。

「次俺たちだけど。どうする?」
「次回、復讐のアルエット! みたいな感じでいかがでしょうか」
「面白そうだけどアルエット今動けない」

 今目の前にポーンいるし。

「じゃあ勇者そろそろ動いてみますか? 逃げてるだけでも勇者らしくないので」
「って言っても足引っ張るだけじゃね?」
「最強ヒロインの後ろにでも隠れていたらどうだ」

 勇者腰抜けすぎる。

「…そしてヒロイン後ろに下がれないから邪魔って怒られるパターン…」
「ありえそう」
「では勇者は支援ということで。やはり最強ヒロインに頑張ってもらいましょう」

 結局勇者が動く案は廃止し、カリナがヒロイン・シェアムーンを5-Bに移動。

「ならこっちも悪の参謀動くか」
「…〈シェアムーンよ…よくきたな…〉」

 リアスはクイーン・よんのすけを6-Dに置く。これだとまた前に進むか戻るかってなったけど──。

「〈父さん…!?〉」

 待って今聞き捨てならないフレーズ聞こえた。

「お父さんなの!? シェアムーンのお父さんよんのすけなの!?」
「その方が面白いかなと」
「名前違いすぎてビビるわ!」

 シェアムーンのお父さんの名前よんのすけってどういうことなの。しかもクイーン女じゃないんかい。

「…〈娘がこんなに大きくなって…父さんうれしいよ〉…」
「〈家にいないと思ってたらこんなところにいたのね〉」

 娘もびっくりだよ。お父さんいないと思ったら悪の参謀って。

「〈感動の再会と行きたいところだけど、そういうわけにも行かないわよね〉」
「…〈わたしを倒すというのかい?〉」
「〈あなたが悪だと言うのなら〉」
「もうヒロインが勇者でいいんじゃないのこれ」
「奇遇だな俺もそう思う」

 ヒロインがかっこよすぎる。

「…〈しかし、今お前は絶対絶命だということに気づいているのか?〉」
「〈仲間がいるもの。大丈夫よ〉」

 言いながら、カリナは1-Aのルーク・ケンネルを1-Dへ。

「〈仲間なんて甘いものに頼っていてはお前は勝てないぞシェアムーン〉」

 今度はリアスがアテレコしながら、ルークいちのすけを8-Bへと置いた。案外楽しんでんなこいつ。ていうかヒロインまじで絶体絶命だな。左に行けばポーンに、前に進めばルークに、右か斜め右に進めばお父さんにやられるなこれ。攻撃時にはアテレコしなきゃいけないから、シェアムーン、もといカリナに声を掛けた。

「〈シェアムーン〉」
「〈なぁに?〉」
「〈俺を使ってくれないか〉」
「〈あなたを…?〉って待ってごめんなさい、今私どなたとしゃべってます?」

 えーと、

「近いからナイトのコルルエアで」
「コルルエアですね。〈どういうこと、コルルエア〉」
「〈俺が囮になる〉」
「〈だめよ。もう仲間の死は見たくない〉」
「〈でもここで勝たなきゃ、世界は救われないだろ〉」
「〈そうだけど……〉」
「〈大丈夫、生きて帰ってくるから。そしたらまた一緒に、みんなで酒を飲もう〉」
「見事な死亡フラグだな」
「今良いところ!」
「勇者軍はなんなの…仲間みんないけめんなの…」

 対して勇者本人ひっどいけどな。

「〈コルルエア……〉」
「〈あと、頼んだぞ〉」
「〈……わかった〉」

 心配そうな演技声の同意を得て、俺はコルルエアを動かし、5-Dにいたポーン・しろーを取る。

「…〈しろー…!〉」
「〈おい死を悼む暇があると思うな。いけ〉」
「…〈っわかってます〉…」

 今度はクリスティアがナイト・しちのすけでコルルエアを取った。

「〈コルルエア!〉」
「〈悪い……お前とまた一緒に、酒、飲みたかったな……〉」
「コルルエア格好良いな」
「地味に泣けてくる…」

 チェスって物語にするとこんなに感情移入するもんなんだねと、周りを見渡して次に動かせそうな子に手を伸ばした。

「なぁカリナ、ケンネルって女?」
「女の子で行きましょうか」
「おっけ。じゃあ〈コルルエアをよくも!!〉」

 若干声を高くして、1-Dに置いてたケンネル(ルーク)で特攻し、しちのすけを取る。

「〈ケンネル! 勝手に前に出てはだめ!〉」
「〈もう遅い。残念だったなケンネルとやら。お前も終わりだ〉」

 そしてすかさずリアスは参謀・よんのすけでケンネルを落とした。

「〈ケンネル!〉」
「〈あの人の仇……取れたよね……〉」

 俺死ぬ役しかやってねぇな。

「〈父さんっ、私の仲間をよくも!〉」
「〈仲間なんぞを悼む余裕があると思うなよ〉」

 リアス参謀似合うなぁ。

「〈どうすればっ……〉」
「て言ってもなんだかんだ五分だよね。取られてる数的に」

 そう、場外に出た駒を見て言う。

「そうだな。互いにポーンとナイト一つずつ、こっちはビショップにお前らはルークか」
「…こっから魔王が圧倒する」
「物語的には勇者が勝って欲しいんだけどね」
「俺たちが魔王側になった時点で無理だな。ほら、次はどうするんだ」
「えーとですね……とりあえずヒロインとアルエットを自由に動かしたいのでこっちで」

 カリナはシェアムーンを左に動かし、ポーン・たろーを取る。

「…〈たろーがやられました〉」
「〈そうか。だがそっちに行けばこっち側の仲間が全滅していくぞ〉」

 リアスは参謀よんのすけを右下に動かして、こっちのもう一つのナイト・ソリューベルを取った。

「〈ソリューベル!〉……結構今やばいですね。参謀本気出してきました」
「〈おいどうするんだよ勇者スリスアルム! これじゃ全滅だぞ!〉」
「〈……俺も前に出る〉」
「〈!? 本気か勇者、お前機動力ぜんぜんないのに!〉」

 一ターン一マスしか動けないし。

「〈それでもっ、もう仲間が倒れていくのを黙って見ていられない!〉」
「だいぶ黙って見ていたけどな」
「言わないで下さい、機動力がなさすぎて的になるからとみんなが止めるんです」
「たしかに前に出ればすぐ囲まれるわなぁ」
「…勇者が機動力ないって結構きついよね…」

 ほんとにな。

「で? 勇者スリスアルム動くの?」
「動いてみましょうか。言っちゃったし」
「じゃあ斜め前に出てみよっか」

 とりあえず動かしてみようと勇者スリスアルムことキングを左斜め前へ。と、そこでリアスから声が掛かった。

「なぁ」
「ん?」
「お前ら大事なこと忘れていないか?」
「大事なことですか?」
「盤面…」

 言われて、カリナと一緒に盤面をよく見てみる。特におかしなところないよな? なんて思ってたらカリナの焦った声。

「──ヒロイン! ヒロインやばいです!」
「えっ!? あ、ほんとだ!!」

 言われた方向を見てみると、ヒロイン・シェアムーンの”斜め前”にポーンが。ということは射程圏なわけで。やべぇ参謀来たって盤面の右側でわたわたしてたらヒロインがいる左側全然意識してなかった。そういや俺さっき左に行ったらポーンいるって言ってなかったっけ。言ってたよね? 焦ってすっかり忘れてたやっべ。

「追いつめられたヒロイン…」
「〈くっ……〉まさかポーンいると思いませんでしたわ」
「〈シェアムーン、俺が行くまで耐えてくれっ!〉」
「…〈戦場に、情けはいらない〉…」

 そんな寸劇を交わしてたらクリスティアがポーンのじろーでヒロイン攻撃。

「ヒロイーン!!」
「やばいですわ、頼みの綱がっ」
「これはあれだ、新しいヒロイン用意しなきゃ」
「そんな簡単に代えがきくのかヒロインは……」

 勝つためには仕方ない。でもそのためには敵の攻撃切り抜けていかなきゃいけないわけで。

「とりあえず、敵の数を減らしていきましょうか」
「賛成。一番動けるサイムリットかな」

 チェスでは、ポーンが敵側の一番端のラインにたどり着くとキング以外の自由な駒に代えることができる。一番の戦力クイーンを失った今では、誰かを新しいクイーンにした方がいい。まずはポーンの道を開くため、ビショップ・サイムリットで5-Cにいたポーンのさぶろーに攻撃。

「さぶろー…!」
「〈兄弟が減っていくな……〉」

 お前ら兄弟だったのか。多いな。

「でも、負けない…。こっちにはまだ参謀がいる…」

 クリスティアは負けじと参謀・よんのすけを動かして、こっちの右端のルーク・ターメリッカを討つ。

「〈ターメリッカ!〉 戦力がだいぶ削られてきましたね」
「とりあえず生かしたいのは逃げよう」

 残りの駒はビショップ二体にポーン七体、あと勇者。ずっと初期位置にいたビショップのソリューベルを逃がすため、彼? を4-Cへ。

「〈そうしている間にも仲間は倒れて行くがな〉」

 その間にリアスは数を減らすために近場のポーンを倒していく。

「あぁっ、サイムリットもやられましたわ」
「〈仲間が倒れていく……〉」

 逃げようにも逃げきれず、こっちの仲間は倒れて行き。

「〈さぁこれで終わりだ勇者〉」

 ついに勇者スリスアルムと参謀よんのすけが──ってちょっと待って?

「ねぇそのセリフって魔王が言うセリフじゃね?」

 今の今まで普通にやってきたけどよくよく気がついたら魔王さん開幕時しかしゃべってない。

「……確かにそうだな。魔王動かないから何も言っていなかった」
「これキング以外大活躍してるけど本来魔王と勇者の戦いだよね」
「そうだね…」
「さすがに勇者と一度も対峙せずに終わるのもかわいそうですね」
「ならとりあえず逃がすか。さっきの言葉なしで」

 もはやチェスとして成り立ってないけどまぁいっか。とりあえず魔王に向かいたいからとキングを一歩前に進める。

 進める度に後ろで参謀が大活躍してるけど、もうどの道そうなることは避けられないので、構わず勇者を進めた。

 そうしてやっとこさ魔王がいるラインまで来たと思ったら、勇者以外は全滅でした。

「すごいシチュエーションだな」
「悪の参謀体力ないって言ってなかったっけ?」
「温存していると言っただろう。頑張ったんだ」

 頑張りすぎだろ。

「まぁいい、進めるぞ。〈よくここまでたどり着いたな勇者よ〉」
「勇者どうぞ」
「俺? えーと〈ここまでだ、魔王!〉」

 いやここまでなのは俺か。

「〈仲間もいないのにどうやって戦う気だ〉」
「〈俺一人だって、お前に勝ってみせる〉」
「〈ならば一対一と行こうか〉」
「〈望むところだ〉」

 お互い一歩ずつしか進めないキング同士の一騎打ち。俺の勇者はBに、リアスの魔王はEに。確か次はリアスのターンだっけ? えーと、互いに一歩ずつ近寄っていくとして、残りのマス的に……。

 あ、やべ詰んだ。

「〈残念だったな勇者よ。頑張ってはいたみたいだが、お前の力は私には及ばない〉」
「〈くっこんなところで……!〉」
「〈生まれ変わってでもやり直すんだな〉」

 言いながら、リアスは最後の一歩を踏み出す。

「〈さよならだ〉」

 そうして俺たちはキングを取られ全滅し、敗北した。

「っていう感じなんですがいかがでした? 物語チェス」
「すげぇ楽しかった」
「同感だ」
「これ設定変えても楽しいね…」

 全員で息を吐く。最初どういう風に返せばいいとかわかんなかったけど、最後の方は案外楽しかったな。勇者と魔王が動けなさすぎてそこだけ話薄かったのだけ残念だったけど。ぐぐっと伸びている間に、カリナが楽しそうに次の案を話す。

「あと考えたのが合コンですかね。集団合コン的な」
「敵倒すときに〈ご趣味は〉って聞くの…?」
「合わなかったら即退場か」
「チェスのルール上全員趣味合うことないよね?」

 ただ単に退場させられるゲームで合コンとしては成り立たなさそう。
 そう言うと、膝に座っていたカリナはそうですかと残念そうに眉を下げた。

「とりあえず、次はふつうにやってみる…?」
「それでもいいがそろそろ時間的に飯作ってもいいんじゃないか」

 妹には膝から退いてもらい、緩くストレッチをしながらリアスに言われて時計を見れば五時半。始めた時間も少し遅かったけど、やっぱり全滅&掛け合いで結構時間掛かったかも。
 普通にやるとしてもリアス相手だから時間は掛かる。全員思ったことは同じだったんだろう、自然と目が合って、頷いた。

「ではまたの機会ということで」
「そうだね」
「片づけるか」
「ん…」

 というわけで、今日のゲームはこれで終わり。今回敗者ってことと、加えて始めの準備をしてもらったこともあって俺とカリナで片づけを始めた。

「明日は基本的には褒美と罰ゲーム消化か」
「そうですわね。せっかくですから、最後のお楽しみということで今日のカードは明日一斉に開封にしましょうか?」
「さんせー…」

 駒を片しながら、俺も頷く。午前にやる罰カードは今日の分だけか。一枚だけならちょっと気楽かも。フラグかもしんないけど。
 あとは午後にやるご褒美が俺は──。

「……」

 こっちも一枚あるなぁと、とカード内容を思い出して。

 それ以上考えることを、やめた。

「罰はほとんど消化しているから多少気楽だな……」
「最後はとびきり楽しみましょうね」
「うん…」

 親友のほっとしたような声と、女子組の楽しそうな声を聞きつつ。

「……ソウダネ」

 俺も素直に楽しめたら良かったなぁと、曖昧に頷いた。 

『四日目・チェス大会』/レグナ

 

 

四日目時点残りカード ご褒美 お仕置き
クリスティア 3 1
リアス 3 0
レグナ 3 1
カリナ 3 1