変わらない日常、けれど変わっていく運命

楽しくてあっという間なゴールデンウィークが開けて。
 学校に行くと、余韻に浸る間もなく本格的に授業が始まった。

 クラスのみんなは授業に追いつくのに必死らしくて、始めの週だけでも疲れた顔の子が出てきてたけど。わたしとリアス様が取ってるのは実技授業ばっかりなのでばたばたすることもなく。
 リアス様と、ときどき一緒になる双子と授業を楽しみながら過ごしていたら、いつのまにか二週間近くが経ってた。

「…♪」

 そんな水曜日の今日は、自由音楽の時間。これはリアス様と取ってる授業。
 字のごとく自由に音楽を奏でる授業で、ピアノを弾いても良いし、それに合わせて歌ってもいいし、なんならそのままドラムとかでセッションしてもいい。みんなが思うままに、音を楽しむ時間。
 四月の後半からこの授業が始まって今日で四回目。前回まではわたしがいろんな楽器をいじっていたのだけど、今日は。

「りゅー」
「ん?」

 棚からアコースティックギターを引っ張り出して、隣にいるリアス様に渡す。

「……なんだ」
「アコギ…」
「俺が聞いているのは楽器名ではなくだな」
「弾いて…?」

 わぁリアス様、そんなめんどくせーって顔しないで。

「たまには龍が楽器弾いてるの見たーい…」
「感情がこもっていないせいで全然弾いて欲しそうに思えないんだが」

 なんて言いながらも、リアス様は近くにあったいすに浅く座って、楽器を抱える。
 なんだかんだ叶えてくれるその姿に、自然と口角が上がった。

「うたも…」
「歌わねぇよ」
「せっかくだから…」
「何がせっかくだ、何が」
「あたっ…」

 おでこを小突かれて、リアス様をにらむけれど。恋人様は楽しそうに笑って、その指で近くのいすを指さす。言わなくても座れっていうのがわかったから、隣に引き寄せて座った。

「…!」

 その流れで前を見たら。

「ねぇ見てー……」
「え、やば、ちょっとあれはかっこいい」
『少し近くにさー』

 授業に参加してる女の子たちが、こっちを見てることに気づいた。
 小さく聞こえてくる声は、きっとリアス様のこと。聞こえた声の通り、女の子たちはこっちに寄って来る。

「…」

 でも、その足はすぐに止まった。

 全員が一定の距離を保って、さりげなく楽器とかに触れてる。
 耳がいい子なら会話が聞こえるその距離以上からは、近づこうとはしてこない。

 それでも、ちらちらこっちのことは見ていて。

「…今回は、騒がしいモテ期じゃなくて静かなモテ期?」

 思わず、隣のリアス様に聞いた。
 軽いチューニングをしていたリアス様はこっちを向く。

「何だいきなり」
「今回、周り静か…」
「……ああ」

 思いいたったらしくて、またギターの方に、目を戻した。

 中学までの、リアス様。
 あ、もちろん生まれてから中学まで。

 長い長い人生の中で、きっとリアス様の周りが静かだったのは、人生の繰り返しが始まった最初くらいだと思う。

 いつからか、この人の周りはヒトが、というか女の子がすごい集まってくるようになった。

 理由は言わずもがな、このお顔。
 最初の頃は、紅い目が血みたいって思われちゃってたから周りの目は厳しかったけれど。
 時代が進んで、容姿にも寛容になって。

 元々お顔が良いこの恋人様は女の子にモテモテになりました。

 モテモテが始まった頃は、リアス様を悪く言う人がいなくなったねって笑っていたのだけど。
 尋常じゃないモテ方にその考えはすぐなくなった。

 うん、すごかったよ。
 小さな村だったときとか、時代が進んでできた学校とか。ちょっと狭い空間にいようものなら女の子が寄ってきて歩けなくなるのは当たり前。本格的な学校が始まったら、休み時間は女の子たちのアピール大会。
 そして神様からのがんばれよっていうお告げなのか、告白はもう毎日と言ってもいいくらいあった。昔は恋文がもう毎日山のように。現代では放課後毎日お呼び出しのお誘いが。

 そんなことが毎日のように、そしてこの前卒業した中学のときまであった。うんざりしていたリアス様の顔は記憶に新しい。
 きっとエシュトでも、遅くても今くらいには女の子たちがやってきて。またうんざりした顔を見るんだろうなぁと。

 思っていたのだけれど。

 エシュトに入って二ヶ月弱。女の子たちはほとんど周りに寄ってこなかった。休み時間も、登下校中も。
 ただ別に興味がないってわけではないらしくて、今みたいに女の子たちから視線は感じる。

 でも、やっぱりそれだけで。昔の子たちみたいに近づいて来てーっていうのはめったにない。

「今回はめずらしく、控えめな子たちにモテたの…?」
「仮にそうだったとしても、この静かさは異常じゃないか」

 たしかに。
 もっかい周りを見て、不自然な距離を確認して。また、リアス様に目を向けた。

「じゃあ授業、忙しいから…?」
「いや? もっと根本的な理由だろうな」
「…根本…?」
「そう」

 軽く音を出して確認しながら、穏やかにリアス様は言った。

「笑守人は”生物の笑顔を守る”ための学園であると同時に、夢に向かう奴らをサポートする役割もある。しかも国家学園。必然的に、熱心な奴らばかりが集まってくるだろう」

 そんな奴らが、恋愛にかまけると思うか? と。

 うつむいて少し髪に隠れた紅い目が、ほほえむ。

「仮に恋愛をするにしても、まぁ熱心な姿に惹かれてだとか相手の夢を一緒にいることで支えたいだとか、まともな理由ばかりだろうな」
「龍だって、授業熱心…」
「それだけだったなら、今頃昔みたいに女が殺到しただろう。だが今回、俺は四月にあの噂だ」
「幼なじみ、全員…?」
 柔らかい金髪を揺らして、うなずいた。

「要は俺は、誰彼かまわず手を出すような人間に見えているというわけだ。夢を追う側、とくに女からしてみたらどう思う?」

 どう…?
 首を傾げたら、視界に入ったみたいで、少ししてから答えをくれた。

「自分をたぶらかして、夢の邪魔をしてくるかもしれない男」

 言われて、自分の眉間にしわが寄ったのがわかった。

「そうなれば、当然関わり合いをしようとは思わないだろ。だからいつものように女が寄ってこない」

 わたしとは逆に、それはそれは愉快そうに笑って。チューニングを終えたリアス様はギターを抱え直した。

「…昔みたいに…なんもしてないのに、勘違いされてる…」
「まぁ似てはいるんだろうな」

 そう、穏やかに言いながらきれいな指を弦に添えて、弾く。声と同じくらい、ポロンと優しい音がした。

「おかげで静かだろう?」
「静か、だけど…。昔みたいにイヤな目向けられて、ヤじゃないの…?」
「別に?」

 曲になっていない音に合わせるように、言葉を紡いでく。

「まぁ遠巻きな視線が気にならないと言えば嘘にはなるが、今回は昔のような被害があるわけでもない。むしろあらぬ噂のおかげで学園生活は穏やか。俺としては願ってもないことだ」

 目が合って、紅い目が、いとおしそうにゆがんだ。

「やっとゆっくり、お前との学校の思い出が作れる」

 それに──。

 音が止んで、手が。わたしのところにやってくる。
 弦に触れていたよりも優しく、いとおしそうな手つきで、ほほをなでられた。

 少しだけのぞき込むようにしてきたリアス様の顔は、手と同じいとおしそうで、でもちょっとだけ、いたずらっぽい。
 楽しそうに角を上げたその口が、ゆっくり開いた。

「家だけじゃない。学校でも。やっとお前も俺を独り占めできるだろう?」

 そう、言われてしまったら。
 どうしても嬉しくなってしまうわけで。

「…ばかじゃないの…」

 照れ隠しに、リアス様の手に顔を隠すように、すり寄った。

『嬉しく思ってしまうわたしは、悪い子でしょうか』/クリスティア


「”恋愛関係はあれだけど顔は目の保養”、ですって」

 五月最後の金曜日、六限目。同じ薬学を取ってる妹が隣に座って言ってきた。

「何の話?」
「龍のエシュトでの評価のお話です」
「あぁ」

 やけに遠巻きだなと思ったら今回は目の保養と来たかと、教科書を広げた。
 
「わざわざ調べたの?」
「えぇ、今までにないくらい穏やかなのが逆に気になってしまって」
「まぁこの時期にはもう騒がしかったもんね。で? さっきの結果?」

 頷いて、いつもと同じ、穏やかな声で教えてくれた。

「聞いたところ、龍から関わってくるようなこともないから今のところ害はないし、イケメンだから目の保養だし。仲良く話してて笑っている顔が素敵だし。女子としては遠巻きで見ていたいとのことです」
「何それ」

 女子のよくわからない心理に、思わず笑ってしまう。

「まぁこの穏やかな生活に、あの顔が役に立ってるってことね」
「そのようですわ」

 二人して微笑みあって。

 チャイムが鳴り。先生もやってきたのでさぁ穏やかに授業を始めようかというところで。

 思い至った。

 いや生活は穏やかだけどあいつを見てる目が穏やかじゃなくない?? と。

 カリナの言葉思い返すとなんかあいつが害悪として見られてる気がするんだけど。

「華凜さんすげぇ穏やかに話終わろうとしてるけどちょっといい?」
「はいな」

 授業が始まってしまっているので、前を見て、声は潜めて妹へ問う。

「それ聞いた感じ、龍に害があるみたいな感じで言われてる気がするんですけど気のせい?」
「気のせいではありませんね。先ほど言ったとおりなので完全に害悪というわけではありませんが」
「なんか最初にも”恋愛関係はあれだけど”って言ってたんだけど」
「言いましたわ」

 なんでこの子こんなに穏やかな声なの。

「えーと、その恋愛関係のやつよくわかんないけど……。とりあえず四月に浮上した一組と二組カップルは否定したし、ちゃんとリアスとクリスティアがつき合ってるってことも言ったよね」
「えぇ」
「もしかしてまだ続いてんの?」
「続いているどころか悪化しているようですわ」
「は?」

 思わぬ言葉に隣を見たら、ほんの少しだけ眉を下げて笑むカリナと目が合った。
 どういうことと言うように首を傾げると。

「どうやら彼が幼なじみ全員をたぶらかしているということになっていてですね」

 おっとびっくりするくらい飛躍した話が返ってきたんですけど。
 とりあえずちょっと待ってね?

「……華凜さん」
「はいな」
「それもしかして俺も入ってる?」
「あなたが彼の幼なじみだと思っているのであればそうですわね」

 俺の知らない間で俺とリアスが恋人になっている。どういうことなの。
 ひとまず前を向いて、黒板に書かれた文字をノートに写しとっていきながら話を続ける。

「え? なんでそんなことになってんの?」
「さぁ……私としてはあの男と私がつき合っているという噂の方が大問題なのでそこまでは存じませんわ」
「ごめん俺の方が大問題だわ」

 性別的に。いや愛に偏見はないから妄想は自由なんだけれどもね? さすがにノンケの自分に降りかかるとは思わねぇわ。

「けれどまことに残念なことに、今回学園生活が穏やかなのはその大問題があるからこそなんですよ」
「いやそうかもしれないけども……」
「今までひどかったでしょう?」
「う……」

 言われて、今までを思い返して。それだけでうんざりした。

 昔からリアスと同じ学校だったとき、女関係では本人はもちろん、俺もいい思い出はない。

 お顔がよろしい我らが王子は時代が進むごとにまぁ大層おモテなすって。いつからかどこに行っても告白だなんだとあいつの周りは騒がしくなった。

 しかし本人はしっかりしているので、そういう話は一切お断り。よくある「お話があるんですけど!」という聞き慣れたフレーズも、「その気がない」、「恋人がいるからそういう話はお断り願う」と、女の子に気持ちを伝えるチャンスすら与えなかった。

 それで諦めるならばとても可愛かったのだけれど、女の子って怖いよね。

 あの手この手で、どうにか想いを伝えようとしてくるんです。もちろんそれが全員じゃないのもわかってる。わかってるけどもリアスに好意を寄せる子はそんな子ばっかりで。

 そしてその”どうにか”に、俺はよく使われたものでして。

 リアスとは一番仲のいい親友だし、同じ学校ならいつも一緒にいる。もちろんカリナやクリスだって傍にいるけれど、そこは同性。しかもクリスは恋人。なのでこの二人は当然のごとく除外して。

 女の子たちは、どうにか想いを伝えようとことあるごとに俺に寄って来るようになりまして。
 渡すだけでもしてもらえませんかと、リアス宛の手紙や貢ぎ物を押しつけられ。
 場合によっちゃあ仲を取り持ってなんてのも。

 これがあの親友に恋人も好きな人もいなかったのなら、たまにはこう、恋愛もいいんじゃないと受け取ったのだけれど。
 うちの王子にはそれは大層溺愛している恋人様がいらっしゃる。

 そしてその恋人様は俺たち双子も大好きなわけでして。

 お姫様を悲しませたくないので、当然毎日毎日「リアスに」と渡される物は断っていった。押しつけられたものは押しつけ返し、下駄箱に入れられたものは何が入ってるかわからないので処分をし。他にも数知れず。あれは骨折れたわ。

 けれど今回は。
 リアスがまぁちょっとだけ、あまりいいイメージを持たれていないことで静かになっているらしい。現にエシュトに来て二ヶ月弱。予想に反するほど周りが穏やかなのがその答え。そりゃ真剣に夢を追ってる人からしたら、たぶらかして邪魔をしてくるかもしれないやつは遠ざけたいよね。親友があらぬ誤解を受けていることやちょっと違う意味で巻き込まれていることは解せないけれど。今までの本人の苦労も、現在のめちゃくちゃ精神穏やかなのも見てしまっているので。

「……なんか納得はできないけどいろんな意味で感謝せざるを得ない」
「でしょう。私も複雑ではありましたがあの男が今までにないくらいご機嫌なのでそう思うことにしましたわ。現に邪魔されず、遠巻きな視線はあれど害もなく。楽しく四人で過ごせていますし」
「そうなんだよね」

 過去と比べたら今の学園生活の方が何倍もいいし。

「ま、やっと楽しい思い出が作れるってことで?」
「えぇ、ポジティブに参りましょう」

 妹と自然に目が合って、これはこれでよしとしようかと、笑った。

「そういえば」
「ん?」

 そのあとも二人で会話をしながらペンを動かしていると。
 ふと、カリナが思い出したように小さく声を上げる。視線は変えずに、首を傾げた。

「リアスに巻き込まれたおかげで、あなたも静かですよね。よかったじゃないですか」
「? さっきも言ったじゃんそれ」
「それはリアスに関することでしょう?」

 話が見えなくて、カリナに目を向けた。視線に気付いたのか、彼女もこちらを見る。
 不思議そうに首を傾げて、いつも笑みをたたえている口を開く。

「あなたもよくあったじゃないですか、告白」

 言われて。

 はてそんなことはあっただろうかと、俺も首を傾げた。

「……俺告白されたことなんてなくね?」
「へ?」
「ん?」

 お互いに話が食い違っているみたいで、さらに首が曲がっていく。

「あるでしょう」
「いやないよ。声かけられてたやつでしょ? リアス目当てだけだったじゃん」
「アピールしてきた子だっていたじゃないですか。ほらお菓子作ってきたりして」
「お菓子?」

 記憶を掘り返す。

 お菓子。あぁそう言えば何回かあったかもしれない。
 学校に通い始めて、調理実習とかが出始めた頃だっけ。

「余ったから持ってきたんだけどーってやつ」
「それですそれです」
「あれだってリアス目当てだったじゃん。あいつ甘い物苦手だよって言って何度断ったことか」
「蓮くんにーって言ってたのもあったじゃないですか」
「確かにあったけどどうせついででしょ。気遣わなくていいよって言っといた」

 あれもめんどくさかったよねと溜息を吐くと。俺とは違って妹は信じられないと言ったような表情。

「……華凜どうしたの」
「……いえ」

 そうして何を思ったのか、とても哀れんだ目をしてから前を向いた。
 珍しく笑みを消した妹の口からこぼれたのは。

「あなたは本当にこういったことは鈍感ですね……」

 なんて、俺にはとうてい理解できないお言葉でした。

『親友がイケメンだったら当然の対応のはず』/レグナ


 暖かな陽気。

「……」

 一面には、多くの生徒が埋めたたくさんの色鮮やかな花や木々たち。

「、ぐすっ」

 隣では、恋人に抱きつき鼻をすする少女のような親友。

 そして目の前には。

「「「……」」」

 しんなりと枯れている、我々が育てていたエンドウがいらっしゃいましてですね。

 どういうことなの。

 おかしいですわ。この間までは順調だったのに。
 思わずエンドウに対して問いただしそうになったのを、なんとかこらえた。

 事の始まりは四月の始め。

 美化委員となった私たちは、学園の方針で一つ、植物を育てることになりましたわ。
 そこで私が選んだのは、エンドウ。

 花言葉が我々に、というか男性陣にぴったりだなぁと思ったんです。

 これから頑張って育てましょうねと主にクリスティアと共に意気込みまして、あらかじめ先生方がエンドウなどの作物用に用意しておいた土を使わせていただき、適度に水を上げ。
 最低でも週に一度ほど、まだかまだかと水上げ兼様子を見に来ていたんですよ。
 そうしてゴールデンウィーク開けにようやっと芽が出たんですよ。このまま成長するんですねとか穏やかに話していたんですよ。

 なのに目の前には黄色くなり、地面にへこたれているエンドウ。

 根性見せなさいな起きあがって。
 せっかく願いを込めて埋めたんですよ?
 それもあってかあなたを見たクリスティアが大泣きしてしまっているじゃないですか。久しぶりにみましたよ彼女の大号泣。一生懸命リアスが宥めてくれていますが、かれこれ十五分はぐすぐすと泣いてしまっているんですよエンドウ起きあがって。
 しかし言っても意味がないことを知っているので。やり場のない思いで奥歯をぎりっとかみしめた。

「……なんか問題あったかな」
「そういうわけではないと思うんですがねぇ……」

 隣に立つ兄と花壇を見つめながら何度思い返してみても、心当たりは見あたらない。
 だってつい先週までは活き活きしていたじゃないですか。

 なんなんですかリアスが我々をたぶらかしているという変な噂で向けられた負の念を吸い取りましたか。

 それだ。

「元凶はあなたでしたか龍……」
「いきなりとんでもない濡れ衣を着せないでくれ」
「だって植物は気を吸うと言うじゃないですか。最近の噂でなにか悪いものでも吸ったんじゃないですか」
「お前のその最低な気を吸ったんじゃないのか」

 失礼な。

 まぁ冗談はさておきと、原因を再び考えてみる。

 直後、今まで鼻をすするだけだった親友から声が聞こえ思考は中断された。

「グリズがやざいぎらいってゆっだから」

 おっと予想外すぎるほど鼻声。

 いや、なんて??

「刹那どうしました」
「グリズがまえ”にやざいぎらいっでゆっだがらがれちゃっだ」

 待ってください鼻声過ぎて聞き取れない。しかし彼女の口は止まらない。

「ガリナのおね”がいごどがなわなぐなっぢゃう」

 ガリナ?

 あ、カリナ?? わたし?

 この子あまりにショックすぎて本名の方口走っちゃってますわ。

「落ち着いてくださいな刹那」
「一回深呼吸してごらん」
「というか野菜嫌いだからと言って枯れるわけないだろう」

 リアスあれ聞き取ってたの。
 と。

「だっで」
「ん?」

 再び聞こえた声に、今度は聞き取ろうと耳を澄ました。

「だっでガリナがぜっがくみ”んなのじあわぜかんがえでうめ”だのにっ」
 (だってカリナがせっかくみんなの幸せ考えて埋めたのに)

「わ”だしのぜいでみんな”のしあ”わせだめ”にじちゃっだがもじれない」
 (わたしのせいでみんなの幸せだめにしちゃったかもしれない)

 私の耳合ってますよね大丈夫ですよね。とりあえず合っていると信じて。

「平気ですよ刹那、もしかしたら、ほら、自分たちで幸せを掴み取れという神からのお告げかもしれません!」

 未だリアスに抱きついたまま泣きじゃくる親友の背を叩きつつ、励ましの言葉をかける。

「枯れることは必ずしも悪いことではありませんわ! もっと強くなってとか、そういうほら、メッセージかもしれませんよ!」
「うぅ”う…」

 ぎゅうっとリアスにしがみついたクリスティアに、今度はレグナが優しく声を掛けました。

「とりあえずほら、頑張ってくれたことにお礼だけ言おっか刹那」
「…」

 その、言葉に。
 不思議そうに兄を見上げたクリスティア。彼女の目元はたくさん泣いてとても真っ赤になってしまっている。しゃくりあげながら目に涙を溜めている優しい彼女に、視線を合わせるようにして屈み、兄は問いかける。

「エンドウは二人のお願い叶えてくれようとしてくれたよね」
「ん…」

 頷くと、溜まった涙がこぼれ落ちて。リアスがそれを拭ってあげた。

「芽が出るまでは頑張ってくれたね」
「うん…」
「ちょっと運が悪かったけど、それまでお願い叶えてくれようとしたのは変わらないと思うしさ」

 微笑んで、兄は首を傾げる。

「だからそれにお礼言って。また次、エンドウの分も頑張ってみよ」
「…」
「ね?」
「…」

 ぐすぐすと、鼻を鳴らしながらじっと見つめること数分。

「………ん」

 小さく頷いたことによりこぼれ落ちた涙を最後に、彼女はやっと泣きやみ。
 我々三人、ほっと胸をなでおろしました。

 と、いうわけで。

「やっていきましょうか」

 隣に並ぶ三人が、頷く。

 あれから、四人でエンドウにお礼を言ってから撤去をし、職員室で新たな種を見繕って参りました。
 クリスティアの手にあるのは、新たなエンドウ、

 ではなく。

 ペチュニアの花の種。
 本当ならば再チャレンジが良いのでしょうが、調べたところ、エンドウを再度育てるにあたって同じところ埋めるのはよくないそうで。時期的にも適したときではないだろうし、成功率が下がることからできれば避けたい。普段ならばまぁやってみましょうかとなるのですけれども、今回のクリスティアを見ていつもの考えは廃止。次も失敗した場合クリスティアへのダメージがやばい。それは本当によろしくない。

 そうして、もしも。
 育てた花が、思いや願いを、表そうとしていたのなら──。

 こうして考えていったところ、今の時期から行けるであろうものはペチュニアとなりまして。
 作物用の花壇から花専用の花壇に移動しましたわ。

 空いているスペースを見つけ、四人でしゃがみ。スコップで土をほぐしていきます。

「こんなものか?」
「えぇ、大丈夫でしょう」

 その柔らかくなった土のところどころに、穴をあけるようにして数センチほど深く掘り、そこに種を入れて。

「ぎゅってしちゃだめだよ刹那」
「はぁい…」

 きちんと芽が出るよう、軽く上から土を乗せていき。

「ではお水、あげましょうか」
「ん…」

 クリスティアにじょうろを託し、水を上げる。

 そして。

「ほら」
「…」

 我々の育てている花とわかるよう、”一年一班、ペチュニア”と新たに描いたネームプレートをリアスが彼女へと渡し。

 花壇の手前に刺せば、再スタートの合図。

 無事準備が終わったことで、保護者三人、まだ早いけれど息を吐いた。

「とりあえず完成かな、今はなんもないけど」
「えぇ。順調に行けば七月頃開花かしら」
「雨には気をつけた方がいいそうだな」

 作業の合間に調べたのか、そう言うリアスに頷く。

 さて今日はもうやることはなくなったのであとは帰るだけ。これからは、水を上げつつ見守ることが仕事。
 まぁ適度に肥料を与えたりして、運が悪くなければ育っていくでしょう。

「刹那、帰ろ」

 というわけで、親友へとレグナが声を掛けるのですが。

「…」

 クリスティアは花壇の前でしゃがみ、まだ土だけのそこを見つめています。

「刹那ー」

 再度兄が声を掛けても、動こうとはしない。
 やはり一度枯らしてしまったのが相当悲しかったのでしょう。その背中からは心配のような、不安のようなものがにじみ出ていますわ。

 けれど大丈夫。

 後ろで見ていた三人で目を合わせ、肩を竦めて笑った。
 そうして揃って、愛する彼女の元へと向かう。

「刹那、平気ですよ」

 屈んで声を掛けてあげると、不安そうな目で彼女はこちらを向いた。それに、安心させるように微笑む。

「今度は絶対に咲きますわ」

 あまりに確信を持って言う私に、不思議そうに首を傾げた。

「おうちに帰って、リアスに調べてもらってみなさいな」

 あなたも、絶対大丈夫ってわかるから。

「…」

 そう、言うと。
 心残りがあるかのように何度か花壇と私を交互に見て。

 立ち上がる。

「…ん」

 小さく頷いた彼女に笑って、手を取った。

「帰りましょうか」
「うん…」

 今度は振り向かない彼女の手を引いて。

「たまには寄り道でもしてく?」
「寄り道とか言ってどうせ俺達の家だろ……」
「一番安全であなたが安心するじゃないですか」
「それもそうだが」

 四人、揃って歩き出した。

『決して諦めない』/カリナ


 ありもしない噂を信じている軽蔑の目。
 あの女曰く目の保養だとかで向けられる、好奇の目。

 遠巻きな視線は確かにちらちらと煩わしい。ごくごくまれに好奇心で声を掛けられるのも面倒ではある。
 しかし過去に比べたら。
 それはもう今までになかったのではないかと思うくらい静かで。俺の心はとんでもなく穏やかだった。

 愛おしい恋人と離れることもなく。親友達に迷惑を掛けることもなく。

 この人生が始まり、学校に通うことになって初めて、四人穏やかに学校生活を送れていた。

 そしてそんな穏やかな学校生活は、約二ヶ月で終わりを迎えようとしていた。

 今月最後の水曜、昼休み。いつの間にか居場所が定着した裏庭で昼を食い終え、談笑しながらゆったりと廊下を歩いていたときのこと。

「みーっけた」
「!?」

 背後から、突然肩に重みが掛かった。
 予想もしていないことに当然体のバランスを崩したが、反射的に足に力を入れて倒れるのだけは回避。

 レグナもやらないようなことに驚いて、そちらを見やると。

「炎上龍クンご一行?」
「こんにちは後輩さん方」

 少し上を行く目線に、楽しそうに笑う見知らぬ男達がいた。

「な、んだあんたら」
「ワリーワリー驚かせちまって。なかなか見つかんなかったから思わず」

 な? と、驚きを隠すこともできなかった俺に楽しげに笑って。その男、オレンジメッシュで襟足をのばした短髪だか長髪だかよくわからんそいつは、今度は隣にいたブラウンの長髪をポニーテールにしている男の肩に寄りかかった。

「えぇと……」
「龍知り合い?」
「んなわけあるか」

 突然の出来事に全員対応できないでいると。メッシュの男が口を開く。

「全員ハジメマシテだな。突然の襲来失敬したぜ。オレはエシュト二年、紫電陽真。んで隣のが」
「同じく二年、木乃武煉と申します」

 対照的な言葉遣いによる挨拶に、反射的にこちらも返そうと口を開きかけると。

「あー、コッチは知ってっから」

 紫電と名乗った男に手で制され、その口は閉じる。それを確認してから、そいつはカリナから一人一人、指をさしていった。

「愛原華凜ちゃん、波風蓮クン、炎上龍クンと──」

 そこで、俺の隣にいたクリスティアに目を向けて。
 視線が合うように、屈む。

「氷河刹那ちゃん、な?」
「ん…」

 頷いたのを見て、まるで妹に向けるかのように優しく微笑んでから、再び俺達へと視線を合わせた。

「えぇとですね」

 向こうが何かを発する前に、うちの仲介役であるカリナが言葉を紡ぐ。

「ご存じなのは光栄ですけれども」

 この女絶対光栄だなんて思っていないだろ。

「二年生が我々にどういったご用でしょう……?」

 ただ突っ込むのは後にして、代表するように尋ねた問いの答えを聞くために、上級生を見据えた。
 彼らは一度互いに目を合わせて頷き、紫電が口を開く。

「”我々”っつーか、オレの方はその龍クンに主に用があって」
「……俺?」

 初対面なのに用があるとはなんだ。首を傾げると、クリスティアとは反対側の隣にいるレグナがものすごく小さくこぼす。

「……今回は女の子じゃなくて男から来る感じ?」
「不穏なこと言ってんじゃねぇよ」

 おい女子共肩震えてるのわかっているからな。
 ひとまず隣にいるクリスティアの頭を小突いて、再び上級生へと視線を向ける。

「で? 用とは?」
「お、聞いてくれる?」
「話だけはな。受ける受けないは別だ」

 とは言っても上級生となると断るという選択肢を選びづらいんだが。仮に断ったことで目を付けられて、クリスティアに何か──なんてことは笑えない。

「まぁそうだわな。んじゃまずは単刀直入に──」
「陽真」

 紫電が話し始めようとしたところで、隣にいた木乃がそいつに声を掛けた。スマホの画面を見せると、「あー」と紫電の顔がどうしたものかという表情に変わる。どうしたという雰囲気で待っていると、こちらを向いて口を開いたのは、木乃。口の笑みはそのまま、眉だけを申し訳なさそうに下げて、同じようにスマホの画面を見せてきた。

「すみません後輩さん方。話すには少々時間が足りないかもしれない」

 その画面が告げているのは、昼休み終了約五分前。俺達が見たのを確認してから、木乃は続ける。

「本当ならこの場でと思っていたんだけれどね。君たちのことを見つけるのに思った以上に時間がかかってしまって。なのでこの場ではざっくりとした用件だけで、あとでお時間をまた頂いても?」

 お詫びもさせていただきますと言うその目は、どこぞの女とは違って本当に申し訳なさそうで。

「……まぁ用件も気になるしな」

 そう言うと。木乃は柔らかく笑んで礼を言った。

「んじゃ、用件だけな。とりあえずざっくりしたのでワリィんだけど」

 気を取り直して、というように紫電は木乃に預けていた腕を自分の腰に添える。

 そうして、首に下げた金色のペンダントを揺らしながら。

「後輩クンたち全員の、安泰な学園生活のために。お兄サンと演習しねぇ?」

 チャイムの音と共に告げられた言葉に。
 演習のどこが安泰だと突っ込みが出たのはその後のHR中だった。

  ♦

「んじゃよろしく頼むぜ龍クン?」
「……あぁ」

 溜息を吐きながら、演習場の、割り振られた一区画に立つ。

 あの後。
 HRを終えて教室を出ると紫電と木乃が迎えに来ていて。まずゆっくり話をしたいということで、交流も兼ねて外に出ないかと誘われた。自他共に過保護な俺は当然首を横に振る。それに二人は驚いていたが、何故かすぐに納得したような顔をし。

 代わりに、と四人連れてこられたのは演習場。

 いや話も何も聞いていない状態で演習などする気はないのだがと伝えたところ、これも何故知っているのか、学園内で話していると好奇やら軽蔑やらの視線が気になるだろう、と。
 それならばいっそ、上級生に絡まれているということにして演習にしないかと言ってきた。

 ただ本気のではなく、向こうとしては説明をしたいだけなので、今回は緩い刃合わせ程度のカモフラージュバトルで。

 どのみち話くらいは聞かなければならないだろうし、多少なりとも気を遣ってくれたわけで。しかもカモフラージュなら気も楽。それならばとこうして受けることにし。
 現在紫電と対峙しているわけである。

 ちなみに対戦は、元々用があるということで俺と紫電でだけ。残りの木乃とクリスティア、双子は同じ区画の隅で待機。こちらで対戦と説明中、同様の説明を向こうにもしてくれるとのこと。万が一の為にと、双子がクリスティアを挟むように座っているのを今一度確認して、再び目の前の男に目を向けた。

 それを準備完了と取ったそいつは笑って、魔力を練る。

「言ったとおり、今回はカモフラージュのバトルだから互いに緩く行こうぜ」
「あぁ」

 奴が指さした方向を追って上を見ると、モニターに”Battle Standby”と表示されていた。一度ブザー音が鳴った後、電子音と共に数字のカウントダウンが始まる。

 ”5”

「とりあえず魔力も武器もなんでもアリ」

 ”4”

「一通り説明終わったトコで終了でどう?」

 ”3”

「構わない」

 ”2”

 溜息を、吐く。できれば勿体ぶらずにさっさと話してほしい。

 ”1”

 ただ、何はともあれまずは応じなければと、魔力を練った。

 ”START”

 ひときわ大きなブザーが鳴る。
 それを合図にして紫電は片側がギザついている歪な形の大剣を召還し、こちらに向かって走り出した。来ている間に、左手に短剣を出しておく。

「よっと」
「……」

 振り下ろされた大剣を、身を引いてかわす。そのまま紫電は踏み込んで、縦横無尽に大剣を振るった。小さい刀でも振るっているんじゃないかと思うくらい軽々しく扱って連撃してくる太刀筋は、そこらへんの奴らよりは上なんだろうな、とかわしている間に思う。
 攻撃はそのままに、紫電は楽しげに笑って、口を開いた。

「余裕そうなら話に入っけど?」
「どうぞ」

 キンッと、左手に出した短刀で大剣を思い切り弾く。
 その勢いで一度飛び退いてから、再び向かってきた紫電と刃を合わせ。ギザついていない方のなめらかな部分と緩い押し合いをしながら耳を傾けた。

「とりあえずオマエに目付けた経緯からな。合同含む演習、アレ生徒の勉強用にっつーことでビデオ録画してんだよ」
「それを見たと?」
「ソ。まぁ最初は武煉が見るっつーのに付き合ってただけなんだけど、ソコですげぇ強そうなオマエを発見したってワケ」
「そりゃ光栄だな」

 いや言っただけで全く持って光栄でも何でもないんだが。それがわかったのか、紫電は少し笑った。

「んで、オレ強いヤツと戦うのが結構好きでさ。武煉と同じくらい楽しめそうだから今回オマエにお声掛けしたの。っつー経緯まではオッケー?」
「あぁ」
「それで、だ。モノを頼むにはソレ相応の対価がなきゃだろ?」
「……まぁ、あった方がいいだろうな」
「ってコトで、昼休みの話に戻るワケ」

 合わせた刃の角度を変えて、続ける。

「オレと不定期でもいいから演習してくれる対価に、オマエらの学園生活を安泰にしてやる、な」
「その話を受けない方が安泰になりそうなのは気のせいか」
「ソレでもいーケド。とくに六月越えて後悔すんのはオマエだぜ」

 気になる言い方をした紫電に首を傾げながら、刃を振り払い少し屈んで懐へ入る。

 盾代わりにした大剣で邪魔をされたが、そのまま力を入れていった。見上げた紫電は、「どっから話すかね」と、ほんの少し考えた素振りを見せたあと口を開く。

「あーとだな、とりあえず。ウチの学園はまず”夢を追うヤツらが相当多いこと”、そんで”交流が多い”ってトコから行くか。交流行事については知ってんだろ」
「体育祭や文化祭だけでなく、交流武術会やら武闘会があるんだったか」
「ソ。ついでに一年のときは全員参加。んでちょい厄介なコトに、その交流行事には情報収集とかするヤツ多いんだよ」
「情報収集?」

 一度身を離して、片手に銃を出す。
 撃たせまいと銃を大剣で押さえつけてきた紫電は頷いた。

「夢に向かって普段していることから戦闘能力、やるヤツは家柄とかまで調べんじゃねぇかな。身の振る舞い方や能力向上──。ま、自分の夢に向かうために、自分には想像できなかった新しい情報を集める感じだな」

 ──ただ。

「夢を追う世界は蹴落としてなんぼ、っつーだろ? 追っているヤツら全員が、綺麗な心を持ってるワケじゃない」
「……」
「集めた情報を、邪魔者の排除に使うヤツだっているんだわ」

 俺の眼孔が鋭くなったのを、紫電は笑って肩を竦めてから続ける。

「で、だ。その夢を追うヤツらにとって、ジャマなのはどんなヤツだと思う?」

 邪魔な者──。そんなのは当然、

「自分よりも優れた個体だろう」
「正解。その優れた個体が、下級生で四人も入学して来たら?」
「……!」

 答えは聞かなくてもわかった。

 つまり一番早い六月の体育祭以降は、確実に俺達四人は潰される側に入るということ。

 ──クリスティアも。

 無意識に力が入った俺に、紫電は変わらず続ける。

「学園のルール上、ただ生活してるだけなら危険は少ないっちゃ少ないんだろうが、演習や武闘会っつー厄介なモンもある。さて学園のルールは?」
「……いついかなるときにも柔軟に、種族間の規定を重んじて一般種族の笑顔を守ること」
「そう。要は基本的には日常生活と変わんねぇ。ただし──」

 演習・武闘会という実戦を想定したものにおいては、世界で締結された緊急時の規定が適用される。

 その、緊急時の規定。

「全ての規定を破棄し、助け合い危険に対処するモノとする。学園内の演習などにおける危険は、」

 現在戦っている、相手。

 つまりは演習などにおいては言ってしまえば好き放題、というわけである。怪我をさせようが追いつめようが、今自分は後ろに守るべきものを背負って戦っていると仮定し、危険に対処せよ。死に直結するものは罰則ものだが、ある程度は許されるというわけである。

「ま、独自ルールとして、怪我においては魔術で治せる範囲であること、故意な精神崩壊とかは罰則な。あと怪我とかの危険性がある分、演習は合意の上。っつっても、売り言葉に買い言葉ってのもあんだろ」
「ああ──」

 俺含めうちの連中がよくやりそうなやつだ。
 剣を引いて、すかさず横に薙払ってきた大剣を右腕にバリアーを展開し、止める。びりびりと痺れる感覚が走った。

「ソコで一番最初の安泰にしてやるぜっつーのが出てくるってワケ」

 目を向けると、声と同様楽しげな視線と合う。

「オマエも体感してると思うケド、ちょっとでもワルイ噂があるとヒトが近寄って来ねぇんだよ。この学園では特に、自分の夢のジャマをされたくねぇってな」
「おかげで今が安泰だ」
「だろ? んでオレと武煉もその”ワルイ”部類に入っててさ。コッチも学園生活安泰なワケ。プラス、オレらは去年の武闘会でツートップなんだわ。同級生どころか上級生も無闇につぶしに来れねぇんだよ」

 ここまで言ったらわかるだろ、と言いたげに、その口が弧を描いた。

「……つまり、演習を受けるのであればその上級生の潰し除けを買ってくれると?」
「そゆコト。大事なカノジョをなるべく危険から遠ざけたくて、一人で行動させないくらい過保護な王子サマにはもってこいだろ?」
「その通りだが、名前なども含めて何故知っているんだろうな諸々と」
「そりゃまぁ、センパイの情報収集スキルの賜物っつーコトで」
「……」

 答えになっているようななっていないようなその言葉は、まぁ完全に否定はできないので置いておくことにし、思考に落ちる。

 彼らが提示してきた交渉。

 まぁ理に適ってはいるんだろう。

 俺達が仮にその強い部類に入り潰される側として。この話が本当ならば、上級生は遠からずふっかけて来る。
 長く生きてきて多少、そこらへんの奴らよりは上を行っている自覚はあるし、確かに目立つだろう。たとえ俺達が夢を追うことが叶わない体でも、向こうには関係ない。言うとおり、邪魔な存在なはずだ。
 ただこちらも場数はかなり踏んできた。仮にふっかけられても上級生でも押し返せるとは思ってはいる。

 けれど、潰すために来るのなら。向こうは言わずもがな危害を加える気満々である。それをわかっていて、自他共に認めるほど過保護な俺は見過ごす気などさらさらない。

 それを、演習に応じるのであれば。限りなくその危険をゼロに持って行ってくれるということ。

 話的には悪く無いし、それが本当ならメリットは十分すぎるほどある。
 仮に俺達が学園にいる間の契約ならば、後々不公平だと言われても言葉を返せないほどに。

 けれど──。

「なぁ」

 右腕に力を入れて、問う。

「あんた達が俺達を潰さない確証は?」

 探るように、見つめた。

 強い奴と戦いたいというのは確かに本音だろう。隠すのがうまいだけかもしれないが、あの言葉に嘘は感じなかった。
 学園の特性や今後あり得るであろう出来事も、包み隠さず話していたのも好感は持てる。自分の欲望さえ叶えてくれれば守ってやるというのも、非常に心強い。

 しかしそれが、イコール俺達を潰さないという発想にはなれない。

 仮にこいつらが俺達を潰したいと思っていた場合。

 受け入れれば、そのチャンスが増えるのだから。

「過保護な俺に良い話でつけ込んで、その隙をついて、なんてことだって十分あり得るだろ」

 あいつに危害を加えない、確証は。

「確証がないならこの話は──」

 そう、言ったところで。

 紫電はにやり、不敵な笑みを浮かべて剣を引いた。
「? ──っ!!」

 直後、腹部に激痛が走る。

 思い切り蹴飛ばされたと知ったのは、地面に背中を預けてからだった。

「、がはっ」

 こみ上げる吐き気を抑え、痛みの走る体になんとか力を入れて。反撃をしようと起き上がろうとした。

 が、

「ハッ、するワケねぇじゃん」
「!」

 不敵な笑みはそのままに、馬乗りをしてきた紫電によって、それが叶わない。

「強いヤツと戦うのが好きっつったろ?」

 どう逃げるか思考に落ちる直前。突然、銃を掴まれた。何事かと奴を見ると、底知れぬ殺気を放っていて。らしくもなく、ぞくりと背筋が粟立つ。

「オレはさ、そういうヤツとは”遊んで”こそ、楽しいの」

 言いながら、紫電は掴んだ銃の矛先を、

 自分の首元へと持って行く。

「死の淵が見えるくらい、全力で”遊べる相手”」

 背筋が、ひやりとした。

「せっかくそういうヤツと出逢えても、潰したら──」

 俺の指に絡めるように、引き金に、指をかけて。それを、マネキンのように固まって、見ている間に。

「もったいねぇだろ」

 ──銃声が、鳴った。

「っぶね……」

 キンッと、弾く音が聞こえた。
 視界の端に、流れ弾防止用に張られた結界に弾かれた銃弾が転がって来る。

「おー、ナイス反射神経?」

 先ほどと打って変わって楽しげなそいつを見て、

「……あんたな……」

 咄嗟に右方向に逸らした銃を持った腕を、脱力させた。

「あの一瞬でも刹那ちゃんたちに向けなかったのはさすがだわな」
「自分を褒めてぇよ……」
「オレが褒めてやるよ、オツカレさん」
「それは労いと言うんだ。一応けがは?」
「ねぇよ」

 その言葉を信用していないわけではないが、本能的に未だ俺の上に乗り上げたままの紫電の首に触れる。

「……?」

 と、そこで違和感に気付いた。

 どうせ張っているだろうと思っていた結界の感触が、

 ない。

「オマエが逸らしてくれたおかげで、な?」

 再度不敵な笑みを浮かべたと同時に放たれた言葉を理解した瞬間。

 一気に血の気が引いた。

 こいつまさか生身の状態であれやったのか。嘘だろ?

「お前下手したら死んでたぞ……?」
「過保護な後輩クンに信用してもらうにゃ命懸けるしかねぇだろ」

 信じられない顔をしている俺とは反対に、紫電はケロッとしている。

「言ったろ? 死の淵が見えるくらい強いヤツと楽しみたいってよ」

 こいつ自分の命危険にさらして楽しいとかドMなんじゃないのか。

「オレとしては全力出して思いっきり戦った後にソイツを這い蹲らせるまでがワンセットなんだけど」

 違ったドSかもしれない。自分の顔が、一気に引き気味な表情に変わったのがわかった。
 それ見て、紫電は「今はしねぇよ」と笑う。違うそうじゃない。

「ま、そーゆー這い蹲らせるとかの性格知ってっから、周りも近づいて来ねぇの。ついでにあっちの武煉は気丈とか自信家な女を泣かせたい願望な」

 初めて交流を持った上級生が揃って変態な場合俺はどうすればいいんだろうか。クリスティアが標的に該当しないだけまだマシか。

「オマエが潰す側だった場合、そういうヤツらには近づきたくねぇだろ」
「潰す側でなくても近づきたくないんだが」
「そういうのに気に入られたおかげで学園生活安泰だぜ」

 違う意味で崩壊しそうなのは気のせいか?
 俺の様々な不安をよそに、紫電は「まぁ」と立ち上がる。

「しばらくつるんでりゃあ、同類かお気に入りと思って、体育祭とか終わっても変に近づかれることはねぇだろ」

 近づかれないのは嬉しいことなんだが正直どちらにも思われたくない。

「んじゃ龍クン、交渉タイムと行こうぜ」

 しかし思ったそのどれをも言う暇はなく、紫電は腰に両手を添えて、俺を見下ろして言う。
 武器も殺気もなく、先ほどの不敵な雰囲気もなく。

「オレらと仲良くして刹那ちゃんを危険から守るか否か」

 昼休みと同じように、首に下げたペンダントを揺らしながら笑う。

「……他に条件は」
「追加があれば随時。ただ基本は最初の通り」

 守ってやるからバトルに応じろ、と。

「ついでにオレはオマエ目当てだし、さっきのでわかったと思うけど武煉も刹那ちゃんには手出さねぇから」

 顎を使って誘導されるまま視線を待機組の四人に向ける。
 レグナ、クリスティア、カリナ、半歩下がって木乃と並んで、一年三人はこちらを見ていた。が、一人、木乃だけは視線が違う。
 クリスティアが当てはまらないとなれば相手は当然──。楽しそうに眺めていて、あぁどこまでもあいつとは似るのかと思わず遠い目をした。

「わかったろ?」
「……なんとなくは」

 我に返り、まぁ”あれ”ならよほどのことがない限り手出しは無用だろうと、紫電に頷き、再び見上げる。

「お答えは?」
「……」

 わかりきっているかのように差しのばされた手を、見つめた。

 もう考えることもないというのは、自分でもわかっている。
 乗っておいて損はないし、さすがに完全に信用とまでは行かないが、命を懸けてまで見せつけられた誠意にはそれなりには答えるべきだろう。

 あとは、最後の予防線として。

「……裏切った場合、退学覚悟であんたの首を飛ばす、が追加条件だ」

 それだけ言って、こちらも手を差し出す。

 一瞬驚いた顔をしたが、紫電はすぐに笑って。

「んじゃ交渉成立、な」

 楽しげに、手を取った。
 命を取ると言ってもなお、了承する姿に。

「あぁ」

 まぁ多少なりとも信頼性はあるのだろうと、引き上げられるまま立ち上がり。
 待機している四人の元へ共に歩き出した。

『愛しい君が、幸せな生活を送れるように』/リアス