少し騒がしくなった僕らの日常

 この世界には、「地区」、というものがある。
 大きく分けられた種族が争いを起こさないようにと引かれた規制線でできた区域のことで、主にその街の中心地──ここでいうならば笑守人を中心に、八つの地区がある。
 東西南北にはヒト型が住み、間の北東、南東、北西、南西にはビーストが住む。
 他種族同士仲が悪いと言いつつも、その地区の役割はほぼ共通で、西がつく方角は商店街やアミューズメントパークの施設があり、双子が住む南、北には住宅街と施設が混在し。俺とクリスティアが住む東側は住宅街がメインとなっている。
 よって必然的に東側にはヒトも多い。

 多いんだが。

 笑守人の街は広い。一つの地区だけでも相当な広さだ。
 同じ学園に通っていると言えど、学園付近の交差点でやっと見知った顔が見れたなんてくらい笑守人の生徒に会わないことだってある。
 仲が良ければ待ち合わせもするんだろうが、どの時間でも待ち合わせをしている生徒はなかなか見つけられない。

 だから。

「……」
「よぉ、いい天気だな後輩クン?」
「おはようございます、炎上、氷河」
「おはよー…」

 定着した双子との待ち合わせ場所にあんたらいるのはだいぶ不思議なことなんだよ。

「……何故当然のようにいるんだろうな」
「カワイイ後輩と一緒に登校♡つってな」
「だいぶ可愛げに言ってはいるがこの広い街でいきなりアポなしで待ち合わせ場所にいられると恐怖しか感じないんだが?」

 偶然にしてはさすがにできすぎているだろ、と。
 つい昨日出逢ったばかりの上級生、紫電と木乃を睨む。

 が、二人はそんなのを意に介さず肩を竦めて笑った。

「安心してください炎上、待ち合わせ場所を知ったのは本当に偶然です。後をつけたりはしていませんよ」
「尾行するヒマがありゃあ、武煉とバトルしてぇしな」

 互いを見合ってから、またこちらを向く。未だ睨んだままの俺に口を開いたのは、木乃だった。

「……俺が少々、いろいろなところに出歩くことが多くてね。たまたまそれが君たちの別れ際と合ったみたいで。今日は確認も含めて見に来たんですよ」
「……それで、待ち合わせ場所が当たっていたと?」
「そういうことです。昨日は聞きそびれてしまいましたからね」
「……」

 まぁ、後をつけていないというのだけは確かだろう。
 俺とレグナは気配には敏感すぎる方だ。俺はクリスティアの件で常に気を張っているし、レグナは特化したものの関係上、気配だけでなく微かな足音でも聞き逃さないほど。
 こいつらが俺達を知ったのをゴールデンウイークと仮定して思い返すと。休み明け、いろいろな視線は向けられていたが、後をついてくるような気配は一切なかった。レグナからもそういう話は聞いていない。

 つまり尾行の件は二人の言うとおり白。
 そして昨日聞きそびれたのも事実だと身を持って知っている。散々暴れ回ったあとに杜縁がやってきて、説教のためにと上級生を連れて行ったから。

 あとは偶然知ったという点だが、にこにことしている顔を見るも、嘘を言っているようには見えない。そもそも嘘を吐くメリットは今現在彼らにはない。
 クリスティアの件で俺の警戒はよく知っているだろうから、仮に嘘だとばれた場合協定は崩壊する。

 ならば。

「……」

 まぁひとまずは、変なことで知ったのではないのだろうと。ほっと、安堵の息を吐いた。

 吐いたな。

 ──いや息を吐くのはまだ早いだろう。
 クリスティアに視線を合わせるように屈んで、改めて挨拶をしている紫電へ。

「おい」
「どした龍クン」
「待ち合わせ場所を偶然知ったのはわかった。それはいい。俺が聞きたいのはどうしてここにいるということなんだが」

 一瞬きょとんとした後、上級生二人は一度目を合わせ。
 さも当然というように木乃が口を開いた。

「昨日お互いに協定を結んだでしょう?」

 だからイコールここにいるという理由にはならないだろうが。
 俺のそのもどかしさに答えるように、今度は紫電が明るく言う。

「言ったろ? しばらくツルんでりゃ同類だお気に入りだって思われて平穏になるぜって」
「だから、学校行くのも一緒…?」
「そゆコト。毎日登下校のトキはお迎えすんぜ」

 おいさりげなく下校まで入ってるぞ。
 つーかしばらく一緒にってだいぶべったりする感じなのか。いや平穏になるならば構わないけれども。
 まさか家についてきたりなんなりとかはないよな。ないよな??

「ま、そういうコトで」

 しかしツッコむ暇も聞く暇もなく。

「しばらくよろしく頼むぜ? 龍クン」
「お願いしますね」

 俺の思いは知ってか知らずか、上級生二人は楽しげに微笑んだ。

「それで、登下校の件はわかりましたけれど」
「……」

 あの後。レグナとカリナとも合流し、上級生の件を話ながら登校して。
 本日は六月一日、一年による合同演習の日ということで、紫電達とは別れ、演習場に直行した。
 二回目以降となる今回からは種族や性別関わらずペアを組むことは可能だが、なるべく一度組んだ者とはその学年の間組まない、と面倒な制度があるらしく。本日はカリナと演習中である。

 目の前の女の日本刀を、得意の短刀で受け止めつつ。呆れた表情で観戦席に向けた目を追って俺もそちらに目を向けた。

「どうして演習場にも彼らはいるのかしら?」

 目が合ったのがわかったのか、出逢って一日も経っていないのに見慣れてしまったオレンジメッシュがこちらに楽しげにひらひらと手を振っている。
 それに溜息を吐いて、カリナと二人、ほぼ同時に互いへと目を戻し。

「上級生は授業中ではありませんでしたっけ」
「そうだとは思うんだがな……」

 刃を緩く、緩く押し合った。

 前回の学びからペアは早めに決めることにし、さっさとこの女と組んで、時間的には二時限目あたりで順番が回ってきた。さぁ互いに思う存分行こうかと笑い、全力で踏み出して刃を交えたのは今から約五分ほど前のこと。
 金属音を奏でながら短刀と日本刀で打ち合い、思い切り踏み込んできたカリナの刃を受け止め、ギリギリと攻防を始めた数十秒後。

 目の前の女が、視線誘導を仕掛けてきた。
 割と集中している間に、クリスティアの方を向くカリナ。しかもこいつの演技力もあって、顔は何かに気づいた顔。
 わかってはいつつも思わずそちらへと目を向ければ、当然元気なクリスティアが目に入った。

 ここまではよかった。
 仕返ししてやろうかとカリナに目を戻そうとした、瞬間。

 恐らく、刃を合わせているカリナも気づいたんだろう。
 二人して、止まった。

 視線の先にはクリスティア。
 ただ人間、対象物が遠ければ遠いほど、周りの景色も目に入る。

 クリスティアとレグナが待機しているベンチの上側の観覧席。

 そこに、朝別れ、また下校時に迎えに来ると言った上級生がいるじゃないか。

 いや何してるんだと思うよな?
 仮にも授業中だろう。確かに自由選択制ではあるけれども。

 そこからはもうカリナと共に頭が疑問符で満たされてしまい、

「……この時間はお休みかしら」
「そんな都合のいいことがあるか?」

 とりあえず互いにそれを解消するため、こうして緩い刃の押し合いに変わったのである。

「仮にこの時間が休みだったとしてだ。何故俺達がこの時間に出番だとわかる」
「たまたま来てみたら演習開始していました、みたいな」
「偶然にも程があるだろう」

 カリナが押してきたら緩く押し返し、またカリナが刃を押してくる。
 本来ならば力では勝っているので短刀とは言えど振り払うことは可能だが、今はそれどころではない。

「誰かご友人に聞いたとか」
「自他ともに認める”悪い部類”だぞ。ほとんど周りが近づかないと聞いただろう。ましてや一年にいると思うか」
「そうですけれども。ならどうしてでしょうね」
「聞いても”上級生の情報収集能力の賜物だ”とか言われそうだが」

 さすがに知りすぎているのでは、と互いに目が合う。

 確かに昨日同様、その情報収集力の高さは否定できない。この学園では一学年上。ここでの調べ方は俺達より上なのも理解している。
 たださすがに。

 演習の時間までもがぴったりとなると不審にも思ってくるだろう。
 朝のも段々不審になってきたぞこれ。

 何度か刃を弾いては再び合わせることを繰り返しながら、湧き出て止まない疑問達に答えを探そうと頭をひねり始めたとき。

 ぼそっと、カリナがこぼした。

「……実は盗聴器を仕込まれているとか?」

 おい不穏なこと言うから思い切り力が入ったじゃないか。

 少し後ろに引いたカリナがまた刃を押して来たのを、足に力を入れて受け止める。

「何不穏なことを言っているんだ」
「だってあまりにもタイミングがいいとなるとそういうのしか考えられないでしょう」

 気持ちはわかるが。互いに力が入っていき、ぐぐぐっと刃を押し合う。

「ならば仮にそうであったとしよう。いつ仕込む」
「友人の線がないのであればご自身たちで、ですよね」
「俺達は昨日以外接触がない」
「授業中、誰もいなくなる教室を狙ってというのが常套手段でしょう」

 こいつもしややっていないよな。
 すらすら出てくるとむしろそっちが不安になるわ。

「常套手段ではあるが、笑守人では授業中、クラスの教室は施錠だろう」
「ハーフであるならば鍵を作ることも可能なのでは?」

 カリナの方に不信感が募ってきたのは俺だけだろうか。

「……お前、俺の家の鍵とか作っていないよな」
「あら、仮に作ったとしても外に結界が張ってあるので進入不可能でしょう?」

 確かにそうだが。

「まぁいざとなればこじ開けられるんですけれども」

 そう言うのをわかっているから疑うんだろうが。

 予想通りの言葉に溜息を吐いたところで。

「炎上・愛原ペア、残り五分!」

 担当の声が掛かった。
 紫電達のせいで大半が余計な話し合いだったじゃないか。しかし不信感が募るばかりで、答えは出ぬまま。これはもう考えても仕方ないだろうと。

 二人、もう何度目かわからないが、また自然と目を合わせた。

「ひとまず」
「えぇ、お話はご本人方にお聞きしましょう?」

 頷いて。

 戦闘途中で消えていた殺気を、再び放つ。
 思い切り刃を振り払って距離を取り、息を整える暇もなく魔力を練り始めた。

【アサルト】

 自分の周りに、九つの魔法陣を展開。魔法陣一つ一つから、アサルトライフルが顔を出す。

【鋭き華刃よ、誘え──】

 そしてカリナも同じく、背後に九つの魔法陣を展開した。

 癪だが考えは似ている。
 カリナと共に、不敵に笑い、

炎殲滅焦弾えんせんめっしょうだん
華乱睡塵槍からんすいじんそう!】

 俺の炎の銃弾が、カリナの華の槍が、同時に放たれる。

 瞬間に、走り出した。

 自分を追い、そして追い越していった魔術など構わず標的へと向かう。

 先に分けられた区域中央へと着いた槍と銃弾が、ぶつかって大きな音を立てた。衝撃で発生した煙にそのまま突っ込み、まといながらさらに進む。

「……!」

 少しして、見えづらい視界の中で人影が見えた。
 動いている様子はない。

 ──来ると知って、待ちかまえている。

 きちんと体制を整えて。

 俺には力では敵わないと知っているから、頭を使う。どう攻められても、優位に立てるように。
 恐らくは全方位に刃か魔術の展開をしているはず。
 テリトリーに入れば発動するものか、それとも二重か──。

 レグナとは魔術的にも対等に戦えるから楽しいが、こちらも戦術の読み合いで楽しく感じる。
 自然と、口角は上がっていた。

 どう展開されているか確認するために待つのもいい。が、それでは少々つまらない。

 全力で乗ってやる。

 魔力を最大限に練って、思い切り、踏み出した。

「──!」

 まだ煙が晴れない中で標的に向かって飛びかかる。

 カリナの目の前でわざと着地をすると、案の定魔力を感じた。

 直後、下からは。

 幾数もの刀。

 けれど俺に向かって飛び出してくる刃は、

 当たりはするも、皮膚に届く前に折れていった。

「ちょっとっうそでしょっ……!」

 カリナのひきつった声にも、未だ飛び出してくる刃にも構わず。

 思い切り踏み込んで、彼女の首に、短刀を突きつけた。

「っ……!」

 ただいつものように、相手の背後に刃を展開したりはしない。

 それはこの女自らやっていることだから。
 俺がどこから来てもいいように。恐らくあと一歩でも後ろに下がればカリナは串刺しになるだろう。

 だから、首元に刃を突きつけるだけで十分。

「防御に徹したのが仇になったな」

 そう、勝ち誇ったように笑うと。

 いつも笑みを浮かべている顔は見る見る悔しそうに変わり。

「っ参りましたわっ!!!!」

 手に持っていた日本刀を下に叩きつけるように降参を申し出て。

「勝者、炎上」

 今回の演習も、勝利した。

「まさか踏み込むとは思いませんわ……」
「お前とじゃ魔力量も違うからな。魔力を全開にしてバリアーを張れば防げると踏んだ」
「次回からは魔力も強化しておきます」
「楽しみにしている」

 未だ悔しげに睨んでくるカリナに笑って、待機ベンチにて待っているレグナとクリスティアの元へ行く。

「お疲れー」
「あぁ」
「華凜も、おつかれさま…」
「とても悔しかったですわ……慰めてくださいな……」
「こいつらはこれから演習だろう」

 恋人に抱きつこうとするカリナの首根っこをすかさず掴み、制止する。
 今度は恨めしげに睨んできたがそれも意に介さず、クリスティアの終了声掛けがすぐできるよう、カリナから手を離して待機ベンチに座ろうとしたところで。

「あ、龍」
「ん?」

 入れ替わるようにしてスタジアムに向かおうとしているレグナに、声を掛けられた。
 そちらを見やり、不思議そうに首を傾げている親友に。

「演習の中盤、なんか妙に話し合いっていうか、緩い押し合いしてたけど。何かあった?」

 そう、言われて。

 カリナと二人、目を合わせた。

 そこで思い出す。

 そういえば、何故あんなにも情報を知っているかを上級生に聞くのではなかったか。
 互いに思ったことは同じだったんだろう、自然と目の前の女と頷いた。

「忘れてましたわ」
「そうだな、テンションが上がった」

 下ろしかけた腰を上げ、観覧席へ続く通路へ歩いていき。中に入る間際で、振り返る。

「上の上級生にいろいろと聞いてくる」
「おー、んじゃ任せて」
「あぁ」

 レグナならば”不要”だと知っているから。
 それだけ言って、「俺の骨折らないでね」だとか「かよわい女の子はそんなことできない」だとかの声を聞きながら。

 カリナと二人、観覧席へと上がっていった。

『犯人は、ある意味身近となった人物』/リアス

 


「んじゃ行きますか」
「はぁい…」

 六月の合同演習。本日俺はクリスティアとの対戦。
 今回は勝利が絶対条件なので、スタジアムに入ってからストレッチを入念にしていた。

 骨折られないようにね。
 肩を回してから、足首や首も回す。

「波風・氷河ペア準備っ」

 まぁ折れたら折れたですぐ治せるからいいんだけど。
 アキレス腱を伸ばすのを最後に、先生の掛け声で二人向かい合って準備。

 さぁ、切り替え。

「はじめっ」

【デスペア】
氷刃リオートリェーズヴィエ

 合図と同時に、俺は千本、クリスティアはいつもの氷刃を出して、走り出す。

 分けられた区域の中央まで一直線。
 クリスティアが来るタイミングで千本をなぎ払うと、彼女も同じように氷刃をなぎ払った。互いの武器が交わって、高い金属音が響く。

「っ…」

 けれど交わったのは一瞬で、クリスティアはすぐに身を離し、再び振りかぶって氷刃を振り下ろす。

「っと」

 一撃が結構重く、受け止めた右手に痺れが走った。
 思わずぱっと身を引いて手を振ると、クリスはすかさず踏み込んできて左手に向かって氷刃を斬り上げる。

 それを後ずさってかわし、また踏み込んでくるのを同じように後退しながらかわしていった。

 右腕で横に薙いで、左手で下から斬り上げて。振り上げた左手をそのままおろすように斬りかかってくる。

 リアスみたいに隙を与えないくらいスピードがある斬撃は、正直かわすので精一杯。

「あ、っぶね」
「おしい…」
「お前らは俺の目になんか恨みでもあんの??」

 ずっと斬りかかってきたのを変えて、クリスティアは左目に向かって氷刃を突いてくる。
 それを首を傾げてかわして、距離を取るように身を引いた。

「大丈夫、つぶしても治せる…」
「痛みは伴うので勘弁してください」
「じゃあ右目…」
「一緒だからっ、と!」

 なんでこの子は右目なら大丈夫だと思うの。
 そう呆れたのも束の間、クリスティアは離した距離なんてなかったことのように一瞬で詰めてきた。

 このスピードだけは毎回慣れないな。
 苦笑いをこぼしつつ、そろそろやられっぱなしは癪だなと、彼女のモーションに合わせるために目を凝らす。

 左手で持った氷刃。
 突くにしては妙に右側に振り上げてる腕。

 突きじゃない、振り払い──。

 力を込めたのが見えた瞬間に、千本を消して、右腕を伸ばす。

「!」
「ビンゴ」

 金属音は鳴らなかった。
 代わりに、パシンと肌のぶつかる音を立てて、クリスティアの動きが止まる。軽快な音の割には結構重みのあるその衝撃に、手を離したいのはちょっと我慢。

「っ」
「あーやっと捕まえた……」

 手首を掴んだ俺の手から逃れようとクリスティアは力を入れるけれど。
 逃がさないようにとそれに合わせてこっちも力を入れれば、一生懸命腕を暴れさせてみるものの抜け出せる様子はない。

「離してっ!」
「そう言われて離す敵がいるかっ」

 ぷくりと頬をかわいらしく膨らませるクリスティア。
 ただ俺の足下で感じた魔力が全然かわいくない。

 リアスほど得意ではなけれど、解魔術を瞬時に練って彼女の魔力を打ち消しといた。

「それはカリナ戦で見たから却下」
「いじわる」
「いじわるじゃない」

 なんて口の攻防も続けながら、なおも離してと言うようにぐいぐい腕を動かすクリスティアに、さらに手に力を込めて制止する。

「はーなーしーてーっ…!」
「離して欲しけりゃ頑張れー」

 彼女なりに考えて今度はぶおんぶおんって効果音がつくように腕を回す。
 若干俺の肩が脱臼しそうなほど痛いのだけれど、掴んだ手は離れそうにない。

 相変わらずこういうのは弱いなと、思わず苦笑いがこぼれてしまった。

 クリスティアは瞬間的な攻撃力と、瞬発力が異常に高い。
 攻撃力は初期時代での時点で木をえぐるほどだったし、スピードは慣れても苦戦するほど。全力疾走はまず敵わない。

 けれども、そんな彼女は持久戦となるともっぱら弱いのが弱点。
 持久走は弱いし、自慢の瞬間的な攻撃力も、こうして手を掴んで止めてしまえば怖くなくなってしまう。

「やっぱり筋力でも付ければ?」
「ちゃんとついてるっ」
「どこが」

 つまり捕まえてしまえばこっちのもの。ほんとならもうちょい楽しみたいところだけど、今回はこっちが不利になると困ってしまうので、逃げられる前に終わろうと魔術をゆっくり練りながら茶化す。
 言葉の方に意識が逸れていった彼女は、俺の魔術に気づかないまま、見て見てと掴まれている方の二の腕を指さした。

「ほら、これっこれ、力こぶ」
「えぇ、見えないよ」
「うそ、ちゃんとあるっ」

 ごめんまじで見えない。
 掴んでいない方の手で二の腕を触ってみるけれど。

 すっげぇ柔らかい。

「これ筋肉じゃなくね」
「筋肉は柔らかいっ」

 いやそれにしても柔らかすぎる。
 未だに信用してない俺の顔を見てさらにムキになるクリスティア。

 俺の方の準備ができたと、知らずに。

 さぁ行きますか。

「もっかい! ちゃんと力入れるから!」
「あーうん、わかった、わかったから」

 ぐっと力を入れたのがわかる二の腕。クリスティアが指さして、ほらと導くけれど。

「うん」

 俺の指は、

「あとでね」
「、…!」

 ゆっくりと、彼女の額の方へ。

 意図に気づいたクリスティアが身を引こうとするけれど、もう遅い。

「今回も俺の勝ちだよ」

 勝ち誇ったように笑い、額に指を当てて。

「というわけで、お休みクリス」

 紡ぐ。

睡陣すいじん

 その瞬間に、彼女は糸が切れた人形のように崩れ落ち。

「勝者、波風」

 演習初勝利ってことで。

「そんなむくれないでよ刹那」
「蓮、やっぱりいじわるだもん…」
「戦場で情けはいらない、でしょ。身内ってことに油断してムキになったクリスが悪い」

 ゴールデンウィークの物語チェスで彼女が言った言葉をそのまま言うと、さらにその頬を膨らませた。

 あのあとは、クリスティアを抱き抱えて退場。リアスたちがいる観覧席まで上がり親友の傍で起こして、終わりの合図をしてもらって。
 俺の勝利に納得行かないクリスは今現在とてもご機嫌ナナメです。
 怒りをなだめるように、頭をなでて上げる。

「このあとの被服実習で可愛い服作ってあげるから」
「それ喜ぶの龍じゃん…」
「私も喜びますわ!」

 カリナだけ授業違うけどね。

 妹に呆れた目線をくれてから、

「ところでさ、」

 辺りを、見回す。
 退場のときから気づいてたけれど。

「件の先輩たちは?」

 先ほどまでここにいた、先輩たち。彼らはすでにいなくなっていた。
 二時限目が仮に休みだったならあと十分くらいあるし、まだいてもよかったはず。うん、まぁ別に用はないんだけども。

 聞くと、リアスがクリスティアの髪をいじりながら答えた。

「次が体育で着替えもあるからと少し前に帰ったぞ」

 あ、授業ちゃんと出るんだ。結構余裕持って行動するくらいに。

「今の時間は元からお休みだったそうで。次が体育でなければあなた方のも全部見たのにと悔しそうに帰って行きましたわ」
「へぇ」

 紫電先輩はなんか顔が目に浮かぶ。
 ていうか、

「……悪い部類に入ってるって言う割には、授業出たりとか最後まで見ようとしたりするのとかまじめだね」
「思うよな」
「先生方とも仲がよろしいそうですわ」

 えぇ、めっちゃいい子な部類じゃねそれ。

 本人たちが言ってることといろいろかみ合わないなと思いつつも。

「興味があるか?」
「別に?」

 聞かれた問いには、首を横に振る。

「俺はカリナに変なことをしようとしないのであれば、なんでもいいよ。まじめなら大歓迎」

 そう言って、相変わらずと言いたげに肩を竦めたリアスに笑い。

 今日の俺たちの演習は終わりということで、これから始まる三時限目に向かった。

『その後二時間で作った衣装は親友と妹に大好評でした』/レグナ



 六月。六月と言えば、梅雨。梅雨と言えば、その名の通り雨。
 よくありますよね、「傘忘れちゃった、入れて」なんてちょっとつきあいはじめかまだつきあっていない男女のあのイベントが。
 触れるか触れないかの距離。濡れる肩。女子は気づいたら、男子の肩の方が濡れてる、なんて。

「そんな甘いイベントがあっても良いと思うんですよ」
「生憎俺達二人は傘を持ってきている。残念だったな」

 ええ本当に。帰りのHR中に振った話をばっさり切り落としたリアスに内心舌打ちをして、教室の廊下側から少し小降りな雨を眺めた。まぁ一緒に住んでいる時点でどちらかが傘を忘れるなんて選択肢はまずないのもわかってはいるんですけれども。

「一緒にいるから必要ないって財布は持たせないくせに傘は持たせるんですね」
「最近は小銭を持たせているが?」
「そうじゃないんですよ」

 そういうときこそ一緒の家に帰るんだから、傘なんて一本で十分だよななんてそんな展開が欲しかった。BLだって中々供給してくれないんですからせめて公式のNLくらい供給してくださいよばかですか。もうこの二人恋人なのにここぞという王道の甘い展開出してくれないからリアルな供給が本当に少ない。そしてあいにくながら私も傘を持ってきている。折りたたみならワンチャン忘れちゃいましたなんて言えたのに私が持っているのは普通の長い傘。しかもおろしたて。私もばか。ついでに言えばしっかり者のレグナも傘を持ってきている。朝見ましたよ。

「相合い傘とかしないんですか」
「する年か?」
「肉体年齢的にはちょうどですよ」

 魂年齢的には厳しいかもしれませんが。
 どうしても王道な展開すらしてくれないカップルにため息を吐く。正直なところ本当ならBL的展開にしたい。リアスとレグナで相合い傘とか私とクリスが喜ぶ展開に持っていきたい。しかしさすがにそこまでやらせるといろいろとばれそうなのでやめておきます。クリスとリアスが違う家で、さらにリアスとレグナの家が隣同士だったなら良かったのに。そしたら「傘忘れちゃった、入れて」なんて展開も期待できそうなのに。

「そもそも傘を忘れたらテレポートで帰ればいいだろう」

 そんな期待もできそうになかった。

「あなた本当にいろんなフラグをへし折る男ですわね」
「いろんなフラグがどんなフラグかは聞かないが、面倒なものはへし折るだろう普通は」
「せめてクリスティアと甘々な展開見せてくださいよ」
「自分でレグナと甘い展開でも作ってろ」
「それはちょっと近親的にやばいのでお断りします」

 ぼそぼそと二人で話している間に江馬先生が連絡事項を終えたらしく、クラス委員が起立と号令をかけました。全員で立ち上がり礼をして、各々が帰る準備を始めます。私も机の脇に掛けてあるバッグを手に取り、先に歩き始めるリアスについて教室を出る。

「そもそも俺達に甘い展開を求める時点で間違っているだろう」
「それもそうなんですが。せっかく親友と幼なじみが恋人同士ならなんかこう、欲しいじゃないですか。砂を吐くくらい甘い展開が」

 そしてそれをBLのネタにしたい。

「本来なら砂を吐く展開を見て周りは呆れたりするものなんじゃないのか」

 それは供給があったときの話ですよ。むしろなさすぎてこっちはそれに飢えてるんです。

「もしかしたらクリスだって、甘い展開を期待しているかもしれないじゃないですか」
「してないだろ……。というかそれが苦手だから先ができていないんじゃないのか」
「できなくても期待くらいはするでしょうよ。女心がわかってませんねぇ」
「女心はどうでもいいがあいつのことならお前よりは正確だ」

 あなたあの子が腐女子だって知らないでしょうに。

「お、来た来た」
「おつかれ…」

 なんて話しながら隣の教室へ行けば、自席で待っていたレグナとクリスを発見。我々を捉えてこちらにやってきた二人と合流し、玄関へ。

「雨、予報ほどじゃないね」
「ねー…傘持ってきた…?」
「当然。家の執事がうるさかった」

 執事め余計なことをっと思ったのはきっと私だけじゃない。

 心の中で再度舌打ちをして、少し人が多い玄関まで行くと。

「よぉ後輩クンたち。帰ろうぜ」
「お疲れさまです、後輩さん方」

 出入り口の隅に、今ではすっかり登下校する仲になった先輩方がいらっしゃいました。

「先輩方もお疲れさまですわ」

 半月弱、毎日のようにこうして玄関でお待ちになっているので、「何故いるの」なんて聞かず。労いの言葉を掛けて、ひとまず傘を広げるために隣へ並んだ。

 傘のバンドを外している間に聞こえたのは、「そういえば」という木乃先輩の声。

「だいぶ行動することが多くなったけれど、俺たち以外の上級生に声を掛けられるとかはないかい?」

 内容的に我々かと見上げると、優しげに微笑む木乃先輩と目が合う。問われたことを頭の中で反復し。

 にっこりと、笑って頷いた。

「えぇ、ご心配ありませんわ」

 むしろ、

「っ……」

 上級生と思われる方々と目が合うと首ごと逸らされますわよ。

 あなた方は一体今までなにをしてきたのかしらと思うくらい。
 授業は真面目に出たり先生とは仲良かったりするのに、生徒からは本当に”悪い部類”として見られている彼ら。
 正直いろいろと気にはなるけれど、こちらから深く聞くのは少々好まない。おかげさまで平穏ですとだけ付け加え、傘を開きました。

「それはよかったです」

 傘で見えなくなった先輩の言葉を聞きながら。

「では行きましょうか」
「ん…」

 続くように傘を開いたクリスティアたちと共に、足を一歩踏み出した──

 ところで、

「ほら陽真、行くよ」
「ウワぜってーちいせぇ」
「君が忘れたせいだろ。俺だって不本意だよ」

 なんて聞こえた声に、振り向く。
 そこでは未だ玄関先から動かない上級生二人。そして木乃先輩の手には、一本の折りたたみ傘。

 おっと?
 この先を期待して思わず聞いてしまう。

「どうかしたんです?」
「あー、オレがカサ忘れてて」
「あら」
「なので」

 次の瞬間放たれた言葉に。

「家が近いので俺の傘に入れて帰るんですよ」

 顔をなんとかにやけさせまいと、必死で笑みを作った。

 パタパタと、雨が傘を叩く音が聞こえる。けれどそんなに強くないそれは、むしろBGMとしてこの場の会話を引き立てた。
 前には、学園前の交差点でさりげなく場所を譲っておいた先輩方。後ろには、リアスとレグナ。

 そして隣には。

「今日やばくない…」
「やばいですね」

 我が友クリスティア。
 五月のカミングアウトから時折二人になるとこういう話をするくらいにはそっちの話の方も打ち解けた親友。

 ゆったりと歩きつつ、前の先輩と後ろの会話に耳を立て、なおかつ相合い傘を目に焼き付けながら、クリスティアとの会話も怠らない。

「まさか相合い傘のイベントあるなんて思わなかった…」
「私もです」
「朝わざと傘忘れようとしたらバカかって怒られたから仕方なく持ってきたけど思わぬ収穫だった…」

 えっこの子自らリアスとレグナの相合い傘ルートまで持っていこうとしてたの。さすがすぎる。あっ木乃先輩がさりげなく紫電先輩の方に傘傾けてる。なにそれイケメン。

「私折りたたみ傘持ってくれば良かったなとは思いました」
「でもそれでレグナかリアス様に傘貸してなんて言ったら怪しまれるよね…。わたしのところ入れって言われそう…」
「さすが同じこと考えますね」

 隣で小さく親指を立てた親友に私もぐっと立て返し、後ろから聞こえるレグナとリアスの会話にも耳を立てる。

「これさぁ」
「どれだ」
「これこれ。よくない?」
「よく見えない」
「リアス老眼だっけ」
「お前のスマホの傾け方が下手なんだ」
「だってスマホ濡れる」
「もっとこっちに寄ればいいだろ」
「えぇ……ほらこれだって」

 あっ、後ろ見たい。

「華凜って考えてること丸わかりだよね…」
「それはあなたも考えてることだからでしょう」
「類は友を呼ぶ…」
「良い友呼びましたね」
「まったくだよ…。そんな後ろの会話に聞き耳立ててる間に前に進展あるよ」
「えっ」

 言われて意識を前に向ければ、イヤホンを二人で分けて曲を聴いている先輩方が。

 恋人ですか???

「なんですかあれ」
「もうあそこデキてるんじゃない…」
「龍に声を掛けてきたのも実は木乃先輩に嫉妬して欲しいから?」
「王道だね…」

 王道最高。

「そう言えばお前あのゲームどうするんだ」

 今度は後ろで違う話題。今日忙しいですね。私とクリスが。

「どのゲーム?」
「あれだ、なんかあの、女オトすやつ」
「あーギャルゲー? え、お前のとこに置いてたっけ」
「もう少し甘い展開が欲しいからこれで勉強しろと目の前でやってたろう」

 待ってその言い方語弊がある。やっていたのも知っているけれど”クリスティア”って入れないと私たちにはなにかとても語弊があって聞こえる。頑張って私の表情筋。

「あったねー少し前に泊まったときのだろ」
「あぁ」
「あれからやった?」
「ゲームもしていないし実践もしていないが?」
「なんでよやってよ」

 誰にですか??

「カリナにも言ったが甘い展開なんて別に望んでないだろう」
「わかんないじゃん。欲しいって言ったらどうする?」
「……言われたらそれはまぁ、するが」
「言わなくてもするのがかっこいいんじゃん」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだって。嬉しいよ」

 ねぇちゃんと名前を入れて。”クリスティア”って入れないとあなたたち二人の間の話に聞こえるから。クリスティア隣でもう顔伏せちゃってますから。

「あっ武煉、今日泊まってく」
「また? 家で喧嘩でもしたのかい」
「アニキが彼女連れてくるんだってよ。出てけって言われた」
「いつものか……」
「今日は空いてるって言ってたよなぁ? 元々そのつもりだろ」
「まぁそうだけど。泊まるまでは思わないよ」

 しかも前は前でまた刺激が強い会話繰り広げてるし。なんですか今日は。ご褒美の日ですか?

「わたし今死んでも悔いはない気がする…」
「奇遇ですね私もですわ」

 前後で繰り広げられる会話にもう幸せしかない。ありがとう神よ。

 なんてさりげなく苦しくなってしまった胸を押さえた頃、いつも解散する分かれ道に到着してしまいました。時間とはあっという間ですね。

 さていつもなら。
 クリスティアとのお別れが寂しくてここで先輩方と別れ、兄たちと同じ方向へ行くけれど。

「あれ、華凜珍しいね」

 本日は、そのまま帰路につくことを選択。

「えぇ、家で少々用事がありまして」

 ちょっとクリスティア、「ダウト」って顔をしてもいいですが間違えても口から出さないでくださいよ。

「そっか、じゃあ気をつけて帰れよー」
「はい。また明日。みなさんもお気をつけてくださいな」
「また明日」

 さらっと騙された男性陣に笑いかけ、最後にしっかりとクリスティアに目を向ける。普段なら手を振りますが、本日は。

「また明日ね…」
「はいな」

 互いに親指を立てた。

 あとは任せた、と。

 向こうもなにかしら観察してくれるのでこちらも二人の先輩のことを観察。そしてあとで互いに報告。完璧。
 男性陣はちょっと首を傾げているけれど気にしないでください。新しいさよならの合図だと思って。

「では参りましょうか」
「おー」

 にっこりと笑って、さも何事もなかったかのように踵を返す。ちらりと後ろを見たら、向こうも歩き出した様子なのですぐに前を向いた。

「華凜ちゃんとこっから一緒になんのは初だよなぁ。結構家遠い?」
「歩きだと少々」
「南地区だと場所によってはここは遠回りですが、愛原はそんなことはないんですか?」
「色々見てみたんですが、ここが最短ルートでしたわ」

 そう、話しながら。

 さて親友にはどんな素敵な報告ができるのかしらと。

 人知れず、笑みをこぼした。

『雨の日だって、幸せなことはたくさんある』/カリナ