「では今月末、六月三十日に行われる体育祭について説明をする」
梅雨の割には雨が少ない日が続く六月中旬、クラスHRの時間。俺たち一組の担任・杜縁先生が全員に紙を配り始めながらそう言った。
「まず、笑守人学園での体育祭は一般でやっているような体育祭とは違う、ということを覚えておけ」
紙を待つ中で、先生が説明を始めていく。
「笑守人学園は”人の笑顔を守る”学園。将来お前たちがこの学園を出たときに、人を笑顔にすることができるよう支援するのがこの学園の役割だ。よって、学園で行われる行事もなるべくお前たちの為になるような項目にしてある」
「……」
人を笑顔に、って聞くと真っ先に思い浮かぶのはパフォーマンス系。競技でも何かしらアピールタイム入れるとか?
あ、よくある応援団とか女子のダンスに力入れたりしてんのかな。笑顔になるよね楽しいし。できればその衣装を俺が作りたかった。
なんて段々思考が体育祭から服の方に行きかけたところで、
「我が笑守人学園での体育祭はだな」
俺の予想を、杜縁先生の次の言葉がすべて越えていった。
「主に実戦や異種族間争いの鎮静を想定した内容としてある」
思わずそっちかーいなんて小さくこぼしてしまったのはしょうがないと思う。
だってイベントで闘い想定したもの来ると思わないじゃん。闘いの方での笑顔を守るだなんて思わないじゃん。事前に言ってよ超期待したよ女子のコスプレ。
体育祭の方では観覧はないだとか説明している先生に若干恨めしげな念を送りつつ、次回ってくるだろう紙に手を、伸ばした矢先。
「詳しくは俺が作った紙を見てくれ」
紙がすでに回っている前方が吹き出した。
え、どうした。
「な、波風くん、はいっ、っ」
「はーい」
待って水の精霊さんめっちゃ手震えてるけど。紙もすっげぇ揺れてる大丈夫?
そんななんかとんでもないこと書いてんの?
頭の中はいろいろ気になってしょうがないけれど、とりあえず受け取って。
後ろのクリスティアに紙を回そうとしたところでそれが視界に入り。
吹いた。
「波風どうした」
「え、いや、なんでもないですすみません」
そう震える声で杜縁先生に返して、後ろのクリスティアに紙を回す。あ、なんかグシャって聞こえたぞ。ぜってー笑ったろ。
改めて、紙に目を移す。
前方が吹き出した意味がよくわかった。真面目な杜縁先生が作ったという説明書。
そこにはなんともまぁかわいらしいビーストやヒューマンが描かれているじゃないですか。
いやこれファンシーすぎでは。
文字なんてあの人が使わなそうなポップな感じだし、絵だってゆるーい感じになってるからキャラの一生懸命さよりもかわいさが伝わってきちゃうし、なんなのこのギャップ。
「その紙には今年の演目と、各演目の詳細を描いている。口で説明するよりそういった図の方がわかりやすいと思って描いてみた」
ごめん先生、内容がぜんっぜん入ってこない。やべぇ腹筋いてぇ。
「……説明に入っても大丈夫か?」
全員の肩が震えているとわかったんだろう、一度先生が聞いてくる。とりあえず、クラス全員で一生懸命首を縦に振った。
「では開始する。ひとまず、説明書の一番上に書いてあるとおり今年の演目は六演目。時々変わることもあるが、笑守人の基本はそんな感じだ」
一番上……あ、ここか。一コマ目。えーと?
笑守人学園 演目一覧!
・100メートル捕縛走(20名)
・騒動鎮静マラソン(10名)
・討伐合戦(15名)
・妨害守護合戦(30名)
・ミッション遂行走(10名)
・バトルリレー(6名)
ものすごく殺伐とした内容なんだけど大丈夫?? すげぇ楽しく書かれてるけど物騒さ隠しきれてないよ??
「演目の説明は当日にもされるが、さっきも言ったとおり、口や文章で説明するより図の方がわかりやすいだろう。各自、時間があるときにその紙を読んでおくように。もしわからないところがあったら俺のところへ。というわけで詳しい演目説明は現段階では割愛するぞ。次」
恐らく今説明されてもまったく頭には入らなそうなので、先生のお言葉に甘えて後で読むことにしようと紙を一旦閉じた。その間に、もう一枚紙を配られる。
あ、今度は文字ばっかりだ。えぇと、さっきの演目と……名前?
「それはお前達が参加する演目についての紙になる。この学園ではさっきも言ったように、いついかなる時にでも正しく迅速な対応ができることが大切だ。ということで、笑守人での体育祭では出場演目はこちらで勝手に決めておくことになっている」
先生がそう言った瞬間、クラスが少しざわついた。当然楽しさでのざわつきじゃなく、焦りや不安の方。そりゃそうか。運動が苦手だから少し楽な演目に、って自分たちで決められるわけじゃないし。
けれどそんなのは先生はお見通し。
「騒いでも構わないが、すでに演目はこちらで決めてエントリーも済んである。諦めろ」
学校で決まったことには逆らえない。それを了承した上で入学した生徒たちは、言うとおり諦めたように静かになって。説明を再開した杜縁先生へと耳を傾けた。
「参加演目は先ほどの紙と共にきちんと目を通しておくように。ざっと見てわかるだろうが、欠員が出てしまった場合も考慮して少し多めに設定してある。基本は一人三演目、たまに二演目の者もいるが、欠員が多い場合は移動もあるのでいつでも出れるようにしておけ。演目に関する通達事項は以上だ。重要事項に入るが構わないな」
俺たちが頷いたのを見て、そのまま続ける。
「まず、この体育祭の目的は、主に”状況判断能力の向上”のために開催されるということを忘れずにいてほしい」
先ほどよりも響くような声に、無意識に背筋を伸ばした。
「この学園では個人能力の高さが比較的ものを言う。が、実戦になったとき、個人能力だけで任務が遂行できるだろうか。答えは否だ。どんなに個人能力が高かろうが、周りと協力する場面になった際、和を乱してしまえば失敗に終わることもあるだろう。それが原因で、友の命を落とさせてしまうということだってある」
もちろん、と一瞬の悲しさに満ちた目はなかったことにして、俺たちを見据える。
「だからと言って力を合わせることに依存してしまうことも良くはない。常に力を合わせていた友が討ち取られたら? 作戦によって、離れることになってしまったら。もしも自分の個人能力が低く、そいつと合わせることで百パーセントだった場合、離れることによって戦力は半分にそがれてしまう。要は学園での理念にもあるよう、いついかなるときでもその場に応じた判断をしろということだ。体育祭はそれを培うために行う。自身の判断能力の向上、また他の学年の生徒と触れることで欠如している部分の再確認が目的だ」
目的、なのだが。今度は少し呆れたような顔になる先生。
「体育祭ということで順位がつく。軽く触れておくが、優勝した組にはささやかな報酬も出る。それもあって、とくに一年は足を引っ張らないように、”体育祭で勝つために”無茶をして故障するケースも多く出ている」
顔を見るからに結構多いんだろうなぁ。
襟元を正して、一度息を吐いてからまた口を開いた。
「先も言ったとおり、体育祭では”状況判断能力の向上”と”欠如部分の再確認”が目的である。また、自身の基礎能力の向上は普段から行うものだ。そして忘れないで欲しいのは、我々は”いつ来るかわからない実戦のために”、日々生活をし向上を図っているということ。決して体育祭のために学園生活を送っているわけではない。何度言っても生徒たちには伝わらないが」
むしろその優勝商品をなくせばいいのでは。そう思うけれどたぶんやる気とかいろいろあるんだろう。
「そこで、だ」
はっきりとした声に、少し緩くなっていた姿勢をまた正す。
「近年では、無茶をして体育祭に出れないということがないように。二週にわたり、徐々に演習場の規制を行っている。具体的には本日から一週間は怪我に繋がるような演習の禁止。そこから体育祭までの期間は一切の演習の禁止だ。代わりに、視聴覚室や体育館、幅広い場所にてヴァーチャル空間を用意し、状況判断能力向上のプログラムを用意している」
そこでなんで二週間全面禁止じゃないのかっていう疑問はわかりきっていたようで。すぐさま言葉を続ける。
「本当ならば二週間全面禁止と行きたいところだが、自身の能力向上に熱心な者が多くてな。ヴァーチャル空間は予約制にしてもすぐ埋まってしまうことも多い。中にはその二週間で予約が取れない者もいるほどだ。その者たちのために、ヒューマンの”回復期間”ギリギリのところまでは演習場の使用を許可している。回復期間については医療に従事しているもの、また魔力持ちならわかるだろう」
心の中で、頷いた。
回復期間。
その名の通り、生物が怪我や疲労を回復するための期間。たとえば骨折の全治三ヶ月だとか、そういうもの。
よくあるマンガやゲームの世界では、怪我をしたらヒールでも何でも使って即座に治癒することができるけれど、現実はそんな甘くない。
そもそも、この世界に明確な回復術というものは存在しない。
生物によって、その体を構成する成分に違いがあるから。
天使なら魔力。精霊が宿った人工物や自然物であるなら、それを構成する物質。生物なら、血や肉。
それぞれの種族によって、その体を構成してくれる物質には違いがある。
この種族には合ったとしてもこっちには合わない、ということから、この世界では明確な回復術は存在しない。治し方も種族それぞれ。俺たち天使なら、自分の魔力でその部分の再構成を行うことを治癒と言う。
一般的に回復術と言われているのは、ヒューマンや、彼らと同じ構成の生物に使う”自然治癒力の促進術”。
生物が治癒するのに必要な栄養素、たとえばタンパク質とかビタミンとかを一つの魔力結晶に納めて、傷口に集中的に照射し、回復を早めるもの。あくまで早めるだけ。本来生物が持つ自然治癒力と掛け合わせるものだから、一瞬で完治というわけじゃない。しかも治癒を早めるってことはそこに体力も使うから、当然疲れる。
まぁそんな感じで、使った体力の回復も含めてギリギリ一週間あれば、結構な怪我をしても立ち直れますよ、っていうのが一般的な回復期間の定義。
で、体育祭に参加するならその一週間は怪我しないでねってことで、演習も全面禁止ということらしい。
「というわけで、本日から徐々に演習場は規制していく。学園でできないからと言って自宅でやっていいわけではないからな。一週間の緩和期間もくれぐれも無理のないように。一年はなるべく上級生の観察を推奨する」
以上だ、と杜縁先生はクラスを見回した。
「特に質問はないな?」
無反応を肯定と受け取って、荷物をまとめ始める。もうこのまま終わりかなと肩の力を抜こうとしたところで、また先生が口を開いた。
「言っておくが」
ぴしっと、無意識に背筋が伸びる。
「この再三の注意を無視して過剰に訓練を行ったり、怪我をして体育祭に間に合わないということが出た場合」
うわすげぇ杜縁先生の目冷たい。
「仮に組が優勝したとしても、そいつは非貢献者として。俺の独断で商品の授与はないと思え」
過去よほどの例があったんだろう、そんな威圧的な言葉を残してから、先生は教室を去って行った。
静まりかえった教室に、杜縁先生の遠ざかる足音だけが響く。
それが聞こえなくなった、直後。
「ねぇ演目なんだった!?」
「演習見てくー?」
『状況判断の演習ってどんな感じかな』
一気に騒がしくなる教室。それぞれが自分に必要なものを考えて話し始める中、俺はいつも通り後ろに座るクリスティアに話しかけた。
「刹那、なんだった?」
クリスのほんの少し機嫌が良さそうな目と合う。お目当てのものに当たったかな?
「リレーとミッション、あと百メートル…」
すっげぇ得意そうだ。
「蓮は…?」
そういえばまったく目通してなかったなぁと演目出演表を見る。えーと……?
「あ、俺もリレー」
「一緒…」
正直とても心強い。クリス足速いし。
「あとは妨害守護合戦と討伐かな」
「他は離れちゃったね…」
「だなぁ」
まぁ正直リレーが一緒だっていうことだけでこっちとしてはありがたい。システムがまだしっかりわかっていないから、どういう風になるかはファンシー説明書を見ないとわからないけれど。とりあえず対戦者がリアスたちでないことを願いつつ、配られた紙を二つ折りにした。
杜縁先生が出て行ったことで、俺たちの今日はもう終わり。あとはリアスとカリナを待って帰宅がいつもの流れなので、荷物をまとめ、そのまま深く腰掛けた。
「状況判断能力ねぇ……」
「ナイフ投げとかしてみる…?」
「いやぁ刹那の剛速球だと怪我多発でしょ」
「失礼すぎる…」
いや経験談だよ。ぜってー忘れねぇからな初期の出逢った頃。木抉れてたぞ。
「まぁでも危機回避も含めるとありかもね」
「でしょ…?」
教室を出ていく生徒を見送りながら頷く。
壁に掛けられてる時計を見ると、授業終わりから五分経過。そろそろかな、と思ってドアに目を移す。けれど目的の人たちは、まだ来ていない。
今日はHR長引いてんのかね、と思ったのも束の間。
「あ」
ドアに、手が掛かった。リアスがよくやるやつ。お迎えかと、腰を上げようとすると。
「よぉ、後輩クン」
ひょこっと顔を出したのは、見慣れてるけど目的の人たちじゃなかった。
「紫電先輩?」
「はるまー…」
おっと刹那さんや、いきなり走り出すのやめようか。
最近仲良くなった先輩めがけて走っていってしまった幼なじみを追うように、上げかけていた腰をそのまま上げる。彼女が置いていったリュックを持って、少しざわついているクラスメイトのことは気にしない方向で、そのオレンジメッシュの人のとこへ向かった。
「どうしたんですか? ていうか木乃先輩は──」
いつもなら一緒にいるもう一人の先輩がいないことに気づいて、辺りを見回すと。すぐにカリナたちの教室前の窓辺に寄りかかってる木乃先輩と目が合った。いつもの優しそうな笑みに会釈を返し。
「急ぎの用ですか?」
普段は玄関先で待ってる先輩の片割れに目を戻して聞く。視線の先の先輩は、クリスティアに目を合わせるように屈んで微笑み、飴を渡していた。わぁ兄妹みたいだ微笑ましい。でもクリス、それ後でリアスの検閲入るからな。
「急ぎってワケでもねーんだけど。コッチからの方が近ぇの」
嬉しそうに飴を受け取ったクリスに、頑張れとリアスにエールを送って。紫電先輩の言葉に首を傾げた。
「近い?」
「そ」
聞くと、まるで出逢ったときのように楽しげに笑って。
「後輩クンたち、オニーサンたちとあそぼーぜ」
少し錆の入った金色のペンダントを揺らした。
『きっと僕らは不良の仲間入り』/レグナ
「体育祭前の演習はほぼ禁止なんじゃないのか」
歩きながら、リアス様は少しうんざりしたように言った。
体育祭の説明があったあと、はるまたちがお迎えに来て。
みんなで合流して今六人で向かってるのは、今日からなるべく使用禁止になってる演習場。
それなのに初日から「使う」って言うはるまたちに、わたしたちの頭にははてなマークがいっぱい。そんなわたしたちに答えるように、前を歩くはるまは。
「ほぼ禁止だから好機なんだろ?」
「何の」
「オレらとの協定バトル」
振り返って、笑う。
協定は、わたしたちの平穏な学園生活のために結んだもの。
でも、どうしてチャンスなのかがわからなくて。
さらに四人で首を傾げてたら、二人が説明してくれるのと同時に、ちょうど演習場についた。
「体育祭の説明で、ヒューマンの回復期間と負傷者軽減のためにバーチャル空間を用意したと聞いたでしょう。あれは人気で、うちでは能力向上に熱心な人も多いので、予約漏れの方々も確かにいるんですが」
「仮に怪我して保健室の世話になるっつーと、スッゲー怒られんだよ。しかも周りへの注意も含めて人前でやっからほぼ公開処刑みてぇなもん。ソレがイヤってんで、この時期は演習場にヒトは少ねぇの」
「使うとしたら、自己管理ができるよほどの者か」
「肝っ玉座ったヤツらだけだな。ま、少ねーっつってもいつもよりはって程度だケド」
中は、二人が言うとおり生徒があんまりいない。
辺りを見回しながら、リアス様たちが受け付けを済ませたのを確認して、言われた場所に向かう。
「で、だ。たぶんオマエにとっちゃこの時期が一番好機だろうよ」
奥の方のスタジアム。
ヒトが少ないのもあって、前に来たときよりちょっと空間が広い。
「逆に七月とか八月はヒトがごった返すからな」
中に入って、後ろの結界がちゃんとしまったのを確認してから、はるまたちに向き直った。
ちょっとだけ、困ったみたいに笑ってる。
「七月は……テスト期間でしたっけ」
「八月は夏休みだけど、そんなにエシュトの生徒って演習場使うんですか?」
カリナとレグナが聞くと、はるまたちはうなずく。
「テスト前は体育会系の生徒が自己能力向上のために使っていまして」
「夏休みは家で訓練できねぇヤツらとかで人混み。過保護な龍クンにそんな時期に頼んでも断られんだろ?」
「よくわかっているじゃないか」
リアス様もうちょっと申し訳なさそうにして。
「それに、夏休みとなれば君たちと予定が合わないということも多いだろうからね。かといって、ずっとタイミングが合わずに対価を払えないというのも、そちらとしては気持ち的によくないかと思いまして」
だから今日から、演習場が完全禁止になるまで。
少しバトルにおつきあいしてほしいって、二人は言った。
隣に立ってるリアス様を見る。
視界に入った双子も、リアス様を見てた。
「……何故俺を見る」
「龍が挑まれてるやつじゃん」
「あなた次第でしょう?」
カリナとレグナがそう言うと。
「……」
ほんの少しだけ、悩んでから。
「……わかった」
リアス様は、うなずいた。
「んじゃ、早速行きますか龍クン?」
「肩を組むな、重い」
ごきげんそうに肩を組んだはるまをあしらって、二人は区域の中央に向かう。
わたしたちは待機だから、前みたいに端の方に四人で固まって座った。
左右にはカリナとレグナ。レグナの隣に、ぶれんが座る。
前を見たら、準備が整ったバトル組の頭の上にカウントダウンが出て。
STARTって出た瞬間に。二人ともお互いに向かって走り出した。
いびつな形の大剣を軽々振り回すはるまを、リアス様は短剣でいなしてく。
短剣で思い切りはるまの武器を弾いたら懐に入って。はるまが身を引いて逃げて。
一度距離を取ったと思ったら、すぐにお互いの武器がぶつかった。
重い金属音が耳に響く。ギリギリって押し合って、
「……」
「は、っと、おわっ!」
リアス様が、ちょっと力を緩めた。ずっと押してたからはるまがかくんって前のめりになる。
「オッマエ、そういうコト真顔でっ」
「便利な顔だろう?」
「ホントになっ!」
隙をついて切り上げようとしたリアス様の短剣を、はるまが大剣を盾にして止めた。
武器が合わさったときの衝撃で、ふわってリアス様たちの髪が舞う。
その一瞬で見えた、大好きなきれいな横顔は、
「…」
楽しそうに、笑ってた。
それを見て、わたしの口角も自然と上がる。
上級生と交流もって正解だったなって、また金属音が鳴り始めた中で思う。
リアス様を楽しませてくれる人なら、大歓迎だもの。
きっと本人に言ったら、「別にそんなことない」って言うから。
心の中で、よかったねってリアス様に言って。
自分でもわかるくらいにこにこしながら、楽しそうな二人を見ていると。
「いいなぁ」
レグナを間に挟んで座るぶれんが、こぼした。
みんなで二人を見てた視線は、ぶれんに行く。
「何がですか?」
金属音の中で、少し大きめな声で聞いたのは、隣にいたレグナ。
その声に、ぶれんはこっちを向いてほほえむ。
「陽真が楽しそうに戦っていてね。なんとなく、俺も体を動かしたくなってきたなぁと思いまして」
「あら、それでしたら混ざってきたらどうです?」
「それじゃあさすがにフェアじゃないでしょう。いくら炎上が強いといえど、先輩が二人でというのは大人げない」
そう言って肩をすくめたぶれんから、カリナとそろって、自然とレグナに目が行った。
「……なんでお二人さんは俺を見るのかな」
「アンフェアならばフェアにすればよいのではと思いまして」
「なんで俺?」
「魔術とかの量も、蓮と龍ほぼ一緒…」
「あぁ、この前の合同演習。君も中々興味深かったですね」
途中まで見てたんですよって笑ったぶれんの顔は、ちょっとやる気。
「えぇ、まじですか……? 俺絶対あそこの中で最下位じゃん」
「龍とコンビ組めば圧倒できるでしょう?」
「華凜さん煽るのやめて」
あ、ぶれんの目がもっとやる気になった。
「波風」
「ちょっと待ってください木乃先輩、俺お断りしたいです」
「あぁ、炎上たちのように敬語いらないですよ、テンション上がったら砕けるでしょう?」
「あれもう参戦決定なの!?」
レグナの声が聞こえてないように、ぶれんが立ち上がる。
カリナと一緒に、がんばってねって手を振った。
「華凜あとでちょっと覚えてなよ」
「あら、兄が楽しめるようにするのは妹の役目ですわ」
「俺楽しくなくない?」
言いながら、レグナも立ち上がる。
「陽真!」
それを参加するってとった武煉が向こうに声をかけた。
大剣と短剣で押し合いしてた二人はこっちを向く。ぶれんは緩くにぎった拳を自分の目の前で揺らした。
「ハッ、オッケー」
楽しそうに笑ったはるまは思い切り武器を弾いて、後ずさる。
「龍クン、あっちの男子も追加だってよ」
「は?」
「今からタッグ戦な」
「は!?」
状況が掴めてないリアス様に構わず、こっちを向いてうなずいたはるまを合図に、
「行きましょうか」
「はーい……」
ぶれんとレグナが走り出した。
「何なんだいきなり!」
「俺も戦いたくなりまして」
「ごめん俺も断れなかった!!」
「んじゃ楽しく行きますか!」
すぐに始まる、大乱闘。
やっと状況を理解したリアス様が、ほんの少し気がかりそうに、こっちを見る。すかさず隣にいたカリナが手でオッケーサインを出すと、リアス様は集中するように、バトルの方に意識を戻した。
「一応バリアー張っておきましょうね」
「はぁい…」
直後に、目の前に薄く膜がかかる。
カリナのバリアーが張られた証拠。
「まぁリアスたちが思い切り本気になってしまったらちょっとどうしようもないですけれどね」
それリアス様が聞いたら超不安になるやつ。
でも、そこまでがっつり本気にはならないでしょと、二人して四人の大乱闘を見つめた。
千本でぶれんに飛びかかるレグナ、それをかわしたり、素手でいなしたりするぶれん。え、ぶれんすごい。ヒューマンなのにふつーに対抗してる。
「そらっ!!」
そのぶれんがしゃがんだと思ったら、背後からはるまが大剣を振るう。
【アトーメントチェイン】
「ナイス龍っ」
リアス様が魔術の鎖を巻き付けて止めて、レグナが懐に入って切り上げようとして。
「甘いですよ波風」
しゃがんでたぶれんがいつの間にか横に移動して、千本をたたき落とす。
そのまま武術でレグナに攻撃する寸前。
レグナは楽しそうに笑った。
【リュミエール】
「っ!!」
瞬間、ぶれんの前で光がはじける。
ちょっと遠くにいるここでも目がちかちかしたから、あんな間近で打たれたぶれんの目大丈夫かな。
【ネブリーナ!】
目元を押さえてるぶれんの腕を引いて、はるまが唱えると。
四人の周りに、霧が発生した。四人の姿が、影でしか見えなくなっちゃった。
「ねぶりーな、ってどこの国の言葉…?」
「スペインやポルトガルで”霧”という意味ですわね」
わぁ、ぱっと言われたらわかんないかも。
【轟け雷鳴】
そしてリアス様超容赦ない。結界の天井付近に、霧よりも暗い色の雲ができる。
【我が身に抗うそのすべてを貫け】
「バッカヤロウそんな技コノ霧の中で打つかよ!!!」
「せいぜい防げよ」
慌てた声のはるまに、リアス様の楽しそうな声が聞こえて。
【ライトニングスピア】
ぴかって光って、その雲から、雷の槍が墜ちていった。
「…」
「……」
大きな音が鳴って、しばらく。
霧と一緒に、土煙も舞う。
「…」
どっちも晴れないし、四人の声も聞こえない。
「……まさか直撃したとかありませんよね」
「さすがに…ないでしょ…」
たぶん。リアス様に限って当てるとかそんなことはないはず。
ただ、しばらくなんの反応もないもやもやを見つめてると、さすがにちょっと心配になってくる。
お互い大丈夫だよね?
「あ…」
カリナと二人して心配になってると、だんだんと霧と土煙が晴れ始めた。
なんとなく影が固まってる感じが見える。
「まぁ」
「わぁ…」
消えかかった霧とかの中で、しっかりと見えたのは。
「「「「っ……」」」」
四人でとっても楽しそうに、リアス様ははるまと、レグナはぶれんとお互い首に刃や手刀を突きつけてる姿でした。
「互角…?」
「でしょうね。まぁ、彼らがそれで満足するとは思えませんが」
カリナがちょっと呆れたように言った直後。
「さすがにカウントナシだよな?」
「当然。納得行くものか」
「それじゃあもう一度行きましょうか」
「次は討ち取るよ」
思った通り、大乱闘第二回戦が始まりました。
他の人たちにはあっさりしてるのに珍しいなって思いつつ。
「まぁ、よいことですわね」
「うん…」
二人が楽しそうだし、いっかってカリナとほほえんで。
「…♪」
生き生きしてるリアス様に、目を向けた。
『あまりの大乱闘に、先生が止めに来るまであと一時間』/クリスティア
体育祭説明会があった次の週の月曜日。
「よ、っと!」
「甘いですよ波風」
人が少ないからということで、上級生への対価であるバトルを申し込まれた我が兄レグナと、リアス。
「おい、こっちがガラ空きだ」
「ワザとだっての、そらよっ!」
なんだかんだ、お互いにとても楽しかったのか。
初日、先生がいらっしゃった後散々怒られたのにも関わらず、実を言うとあれから毎日のようにバトルをしていまして。
「今日も元気ですねぇ」
「ねー…」
我々女性陣は、今日もフィールドの片隅で二人、結界の中におります。
「この調子だと体育祭始まるまで毎日かしら」
「かしら…」
語尾を反復するかわいいクリスティアに笑って、手に持っていた本へと目を落とす。
今日で演習は四日目。
手持ちのゲームも少々遊びつくしたということで。本日私はあらかじめ家から持ってきた本で読書をすることに。
と言ってもクリスティアのおまもりも兼ねているので、視線をなんとなく移動させるだけ。さすがにリアスのように読みながら意識をクリスティアへ、という高等技術は持っていない。
「龍かっこいー…」
「よかったですねー」
飽きずに恋人様のことをじっと見つめているクリスティアに相づちを打ち、金属音というちょっと耳に響くBGMを聞きながら、文字をたどる。
「雨、今日はちょっと止むー?」
おっといきなり恋人様から雨の話題に。
すかさず今日の天気予報を思い返す。たしか、降りはするものの強くはないんだとか。
「止むのは難しそうですが、弱いままだそうですよ」
「じゃあ帰り、ペチュニア見に行こ…雨、注意…」
「えぇ、もちろんご一緒しますわ」
「♪」
目を移さなくても雰囲気がふわっと嬉しくなったのを感じ取り、笑みをこぼした──
ときだった。
「どした龍クン」
結界の外で戦っている陽真先輩が不思議そうな声を上げたので、私は顔を上げる。
視線の先にはなにかに気づいたらしいリアス。
そうして、周りのどうしたという雰囲気や声に構わず、消えた。
消えた。
え、消えた?
と思った直後に。
「っひっ!!」
先ほどまで結界の外にいた幼なじみが、突然結界の中へ。
ちょっといきなり来るから変な声でちゃったじゃないですかばかじゃないの。
そんな言葉も発せずに後ずさった私などいつものごとく意に介さず。
その男は、愛しい恋人を抱きしめました。
「…?」
なんなんですかいきなりホームシックならぬラバーズシックですか突然すぎる。
やっとこさ、声が出そうになって口を開いた、
瞬間でした。
「「っ!!!」」
ドォォォンという音が鳴ったのは。
さすがにその場にいた全員、大きすぎる音に肩をびくつかせる。
「っ…!」
「ウワ、スゲェな。雷かよ」
「落ちたかな」
「かもしれないですね、今日は雨は落ち着いていると聞いたけれど」
なんて各々が言うのを聞きながら。私は聞こえ始めた豪雨の音と先ほどの雷なんかよりも目の前の男に驚いています。
もちろん雷にも驚きましたよ、とんでもない音でしたね。
でもリアス、毎度毎度どうしてあなたはそんなにびっくりさせるのかしら。
突然結界突き抜けてきたのも驚いたんですがそのタイミングですよ。
あなた雷予知でもしたんですか???
音鳴る前だったじゃないですか。なんともなしにクリスティアに「大丈夫か」なんて聞いてるけれどあなたの方が大丈夫か聞きたい。そろそろ精神的に疲れてきませんか大丈夫ですかあなた。さすがに私も心配になるレベル。
そんな私に気づいているのかいないのかは知りませんが、リアスはこちらを向きました。
「華凜」
「はい」
「頼むぞ」
なにを????
え? 雷の予知を??? 無理すぎる。
「待ってください私に予知は無理です」
「何言っているんだお前……そんなものできるわけないだろう」
「今し方目の前でやってのけたじゃないですか」
むしろ予知じゃなかったら何を感じたのかとても知りたい。
自分でもわかるくらい「信じられない」という顔でリアスを見ていると、彼は「意味わからん」と言う顔で首を傾げる。私の方が意味わからない。
「そんなどうでもいいことは置いておいてだな」
個人的に重要なことだと思うのは私だけかしら。
そう思いながらも、リアスがクリスティアに視線を向けたので、追うと。
たしかに先ほどまでの予知だとかはどうでもいいことに気づきました。
私の愛する親友が悲しげに眉を下げているじゃないですか。
「いきなり龍が飛んできたから心臓びっくりしちゃいましたか?」
「お前じゃあるまいし」
「あれはあなたが悪いんですよ」
ヒトの結界をいとも簡単に突き破って来たらそりゃびっくりしますよ。
「そうじゃなかったら──」
「じゃあ頼んだからな」
「えっちょっと待ってくださいよっ」
「刹那エスパーならわかるだろう」
声もむなしく、リアスはそう言って再び簡単に結界を突き破って出て行ってしまった。今度結界強化しておこう。それだけ決めて、クリスティアへと向き直る。
「…」
彼女の眉は、未だ悲しげに下がったまま。
「おねがい、してい…?」
「えぇと待ってくださいね、ちょっとお話がつかめなくて……」
「このあと…」
「このあと」
この後のこと。
この後の予定なんて決まっているでしょう。クリスティアと未だ葉のままですがすくすく育っているペチュニアを見に行くんですよね。かわいいクリスティアを拝みに行くイベントですよね。
本来雨ならばあまりリアスが外に出すことを好ましく思いませんが、ペチュニアは雨に少々弱い。不安でそわそわとしてしまうクリスティアを見かねて、学校にいるときで雨が弱ければ、様子を見ることは許可してもらいました。
今年の雨は弱いですし、ここ最近はずっと──。
ん?
さっき鳴ったのってなんでしたっけ。
雷でしたか。ものすごい音でしたよね。そんな雷様は過ぎまして。
あら過ぎたのならこのザーって音はなんでしょう。
雨じゃないですか。
豪雨じゃないですか。
え? 豪雨??
やっと彼女らの言葉の真意に気づき、クリスティアの肩を勢いよく掴んだ。
「ちょっとあなたのかわいい姿が拝めないじゃないですか!!」
「ペチュニア拝んで…」
「もちろんですけれども!!」
ペチュニアを見て元気なことに安心しているあなたが拝めないじゃないですか!!
「もしやあの男が言った”頼んだ”って」
「うん、わたしたち、いけなくなっちゃったから…じゃあ華凜たちに頼めって龍が」
あの男私たちに対しては本当に容赦ないですね。この豪雨の中行かせますか。行きますけどもっ。
あまりに雨がひどいなら一時的にでも結界張らなければいけませんしっ。
「ごめんね華凜…一緒に行けなくて…」
リアスとは違って心まで天使みたいに優しい彼女は、申し訳なさそうに言って、頭を撫でてくれる。正直これだけでもう全然行けます、お任せください。
さすがにそれを言うと引いた顔に変わりそうなので。
「大丈夫ですわ。私たちだって枯らしたくありませんもの」
そっと、愛する親友を抱きしめて。
「今度はきちんと、咲かせましょうね」
優しく言えば。
「…うん」
彼女はとても嬉しそうな声で、背中に手を回してくださいました。
「…♪」
「……ふふ」
「華凜ごきげーん…」
「もちろんですわ」
だってあなたがこうしてくれるんなんて、最高のご褒美のようなものだもの。
先ほどの頭を撫でてくれたのと、このハグで私はなんでも頑張れますわ。
「じゃあ、華凜のかわいい笑顔でペチュニア元気にしてきてね…」
「お任せくださいませ」
そしてこの子の言葉一つでも。私はたくさん頑張れる。
うん、頑張れますけども。
「……」
クリスティアの可愛い顔を拝むイベントを奪った雷様はちょっと、しばらく許せそうにありませんわ。
『予想以上にびしょ濡れになったのでリアスのことも許しはしない。』/カリナ
バスケットボールをドリブルしながら、コート内を走り回ってなびく金色の髪。
「あ、ちょっとそれずるっ」
「ずるくない」
レグナにフェイントをかけて、汗できらきらしたその人は、駆け抜けてく。
そのまま軽々と、地面を蹴って。
高く跳んで、片手でダンクシュートを決めた。
「…かっこいー…」
「のろけるのはとてもかわいらしいんですが、無表情すぎて伝わってきませんわ」
「そんなばかな…」
わたし今すごい目きらきらしてると思ってるのに。
けれどそれを言ったら、カリナにはとても残念そうに首を振られた。
四人で一緒に取ってる授業の一つ、体育球技。
いつもなら、授業を取ってる生徒みんなでなにかしらのゲームとかするんだけど、今日は自由時間。今週末に体育祭があるから、状況判断の訓練時間に使っていいんだって。
もちろんいつもみたいに体育してもいいから、わたしたちはさっきまで四人でバスケしてた。今はゴールデンウイークのときみたいに、カリナと二人でリアス様たちをながめ中。
「でも超かっこよくない…?」
「申し訳ないことに私はあの男は好みではないんですよ。良い顔ではあるとは思いますけれども」
「あれ以上のいけめんいないじゃん…」
「あなたそれ本人に言ってやりなさいな」
「いけめんはほぼ毎日言ってるよ…」
最近だんだん苦笑いが返ってくるけれど。
視線の先の男子組は、レグナのもう一回っておねだりで再戦中。
今度はレグナがボールを持ってて、リアス様のカットから逃げつつ、こっちのゴールに向かって来た。
「ねぇ俺もダンクできると思う?」
「できるんじゃないのか。ほとんど身長変わらないだろう」
「保険として風の魔術で飛び上がったらどうです?」
「うわ超ダサい。普通にやるわ」
そう言って、レグナは思いっきり飛び上がる。
できるかなって言いつつも、体をしならせて。
ガコンッて音を響かせながら、リアス様みたいにダンクシュートを決めた。
「私の兄もイケメンでしょう」
「うん、龍の次に…」
「本当にそこは譲りませんね」
「当たり前…」
「お前らは何の話をしているんだ……」
レグナが満足したのか、そのままこっちに来る二人。腕で汗を拭ってるリアス様にタオルを渡しながら。
「龍がいけめんだね、って話…」
「それはどうも」
あ、またちょっと苦笑いした。
「こんなにほめてるのに龍は素直に喜んでくれない…」
「照れてるんでしょ。龍は照れ屋だから」
「照れ屋じゃない」
「でも刹那に褒められるのなんてあまり慣れていないんですから、内心照れまくりでしょう?」
「刹那、そこの双子は置いておいて二人でバレーでもするか」
これは思いっきり照れたやつ。
顔がにやけそうになるのをこらえながらうなずいて、立ち上がった。
いっぱい跳んでも痛めないように、緩くストレッチだけしてく。
その間に、カリナも立ち上がった。
「お前達は置いておいてと言わなかったか」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでください、かわいいですよ龍」
「うるさい」
「いたっ」
リアス様が、たしなめるようにカリナのおでこをこつんて叩く。
わたしには見慣れてる光景。むっとしたカリナに思わず笑いそうになりながら。
緩くストレッチを続けてると。
『ねぇあの二人かわいいー』
「あんなこつんっ、て」
気にしないようにしてた、面倒な視線と声。
思ったよりおっきく聞こえたその声に、どうしても意識が行っちゃった。
「あたしもあんなイケメンにやられてみたーい」
『超わかるー!』
腕を伸ばす手に、力が入る。
「そういえば五月とかにさぁ、たぶらかして四人で付き合ってるーとか聞いたけど、そんなことないのかね」
『愛原さんだけ、的な?』
「そうじゃなくってー、炎上クンがたぶらかしてるんじゃなくて、ただ来るもの拒まずなんじゃない?」
少しだけ、骨がきしむ音がした。
『あー! それで、今三人目ってこと?』
「そうそう! 基本的に妹分っぽい氷河さんにべったりで愛原さんとかの邪魔もしてなさそうじゃん?」
『噂があった割には女の子がたぶらかされたって話もないよね』
「うん。なんか夢の邪魔もされなさそうだし。だからさぁ」
”こっちから行けば、たまに遊んでくれるんじゃない?”
そう、聞いた瞬間に。
「おっと」
体が、勝手に動いてた。
「どうした」
いつもは答えるそれには答えないで、抱きついた背中に顔を埋める。
なにも言わないわたしに、リアス様はしばらくしてから息を吐いて。
ふつうのヒトよりちょっと温度の高い手を、わたしの手に重ねてきた。
「……言われていることなど気にするな」
「りあすさまは、そんな人じゃないもん…」
絞り出した声は、自分が思った以上に、泣きそうな声だった。
でも、泣きたくもなるでしょう?
大好きな人が勝手に勘違いされて、悪いイメージを付けられて。
向こうの都合で、今度は近づこうとさえしてる。
リアス様は、そんな人じゃないのに。
まっすぐに愛してくれるし、たぶらかしたりもしなければ、来る人は全部拒むのに。
ねぇ、見た目だけで勝手にわたしのリアス様を汚さないでよ。
ちょっと仲良いからって、わたしのリアス様を他の子のものにしないで。
勝手な妄想で遠ざけたくせに。
都合のいいところばかり見て、都合のいいときだけ近寄ろうとしないで。
わたしのリアス様を、簡単な気持ちで、奪って行こうとしないで。
「刹那」
「…」
怒りと悲しさにおぼれそうなとき、とんとん、って優しく手を叩かれる。
でもどうしても離したくなくて、さらにぎゅってした。暗い視界の中で、三人の優しげな声が聞こえる。
「……なんなら絞めてきましょうか?」
「いきなり物騒なことを言わないでくれ」
「刹那に害を来すものは排除でしょ」
「そうしたのは山々だが」
今度は、包み込むように手をなでられた。
寝る前にしてくれるみたいなそれに安心して。少しだけ、自分の力を緩める。
「俺はお前達だけが正しく知ってくれていればいい」
そうやって優しいから、今も、今までも。好き勝手言われちゃうんだよ。
でもそんな優しいあなたが好きなのもわかってて。甘えるように、大きな背中にすり寄った。
「刹那」
優しく、名前を呼ばれる。
大好きなあなたの声に、やっと少しだけ体を離して。
後ろから、紅い目を見上げた。
視界に入った翠と桜のオッドアイは、聞こえた声と違ってちょっとだけいらっとしてるけれど。紅い目は、わたしだけを見て。優しくほほえんでる。
目がしっかり合うと、またさらに、きれいに笑って。口を開く。
「遊ぶか」
昔わたしが言ってから、いつの間にかみんなで言うようになった言葉。
一瞬きょとんとしたけれど、そう言われたらもう、うなずくしかなくて。カリナとレグナもそれを聞いた瞬間、仕方ないなって顔をして笑ったから。
「…あそぶ」
リアス様から体を離して、さっきのことはちゃんと忘れて。
四人一緒に、ボールで遊び始めた。
きちんと、心に誓いを立てて。
『また、昔のように──』/クリスティア