この銃口の先に、君がいる-0-

僕は君に銃口を向ける。

君も僕に銃口を向ける。

涙を流して、震える指で、

僕らはその、引き金を引いた―

「時雨ー!」

「ん・・・?」

いつもと変わらない穏やかな朝。
僕、玖珂羅時雨くがら しぐれはほんの少し遠くから聞こえる、僕を呼ぶ声で目を覚ました。

「朝礼始まるよー!しーぐれー!!」

そう、いつもと変わらない穏やかな朝。僕の一日は、このやかましい僕を呼ぶ声から始まる。

「時雨ー!!」

近所迷惑すらも考えないその声にうんざりしながら体を起こす。
そして声が聞こえる窓の下に顔をのぞかせ、にこにこと笑っている同僚をにらみつけて言い放った。

「・・・・・・ここ、男子寮なんだけど、悠莉愛ゆりあ

世界中で争いが絶えなかった時代。各国では、戦争に負けぬようにと、幼い子供から兵士を育てる活動が盛んだった。そこで国が作ったのが’戦闘特化組織’。
その名の通り、戦闘訓練のみを受け、戦闘に特化した兵士が所属する戦争専用組織だ。
当時のこの国では相当兵士に困っていたのだろう、子供が所謂’小学生’と呼ばれる年齢に達すると、強制的に組織が管轄する訓練学校に入れられ、本人の意思問わず、兵士としてその生涯を国に捧げさせられたらしい。

しかしそれは少し昔の話で、平和になってきた現代ではその制度が変わりつつある。
一番の変化は、中学や高校、大学の受験年齢になった時、進路を他に考えている者は一般校へと転入できるようになったことだろう。
今となっては組織を去るものが後を絶たない。

逆に、散々利用してきた組織を廃止する案もでているくらいだ。
今のところは、昔からいる上層部がそれを拒んでいるらしいが、なくなるのも時間の問題だろう。

「毎日男子寮まで来るのやめたら」
「何よ、朝礼に遅れないように起こしてあげてるのに。感謝してほしいくらいよ」
「勝手に来てるくせに何が感謝だよ」

毎日恒例の朝礼を終え、悠莉愛と2人食堂で朝食を頂く。

彼女、春馬悠莉愛はるま ゆりあと出会ったのは数年前。冷めた性格、口の悪さ、高い成績。
それゆえに人から距離をおかれ、孤立していた僕の前に彼女は現れた。
しつこく構われることに最初は嫌気がさしていたけれど、いつの間にか彼女の存在が心地よく思えて、今では常にと言っていいほど行動を共にしている。

「いつか男好きの不法侵入者で追放されるんじゃない」

「そのときは時雨に命令されたって言うわ」

「僕を巻き込むな」

『次のニュースです』

いつもと変わらない会話の途中、食堂のテレビのニュースに目が止まった。

『戦闘特化組織上層部の瀬賀原さんが先日階段から転落しー』

「最近多いよね、上層部の謎の死亡」

同じくニュースを見ていた悠莉愛が言った。

「…そうだね。前より頻度増えたし」

戦争が少なくなった現代。
けれど争いがなくなったわけではない。
最近では国内の方が多いんじゃないかと思うくらい、殺人などの犯罪が増えている。
僕たちの身近な場所でいえば、今流れていたニュース。
一年ほど前から、組織の上層部の人間が謎の死を遂げているらしい。
転落や事故など、死因が本人の不注意ととれることから最初は特に問題視されていなかったが、あまりの頻度と特定の人間から事件として捜査されている。

最も、証拠が全くないことから捜査は手詰まりらしいが。

「早く…なくなるといいね。」

「上層部がみんないなくなったら終わるんじゃない。特定の組織を狙うのによくあるじゃん。」

「あはは、マンガの読みすぎだよ、時雨」

組織内というのに冗談を交えながら笑う。
この時の僕は、事件についてはこの程度の意識だった。

「例の事件、内部の人間の可能性がほぼ確定だってさ」

あれから数週間。
相変わらず上層部の殺人はなくならない。
そんなある日のこと、模擬戦闘の訓練中、ルームメイトの西園寺冬牙さいおんじ とうがが僕に言った。

「なんで?」

ナイフを交えながら聞き返す。とても真剣に訓練しているとは言えないだろう。

「今朝のニュース見たか?」

「いや、今朝は悠莉愛と話してて見てなかった」

「………相変わらず仲良いな」

冬牙が呆れ君に言う。この一大事に仲良く話していたのだから当然といえば当然だろうか。

「それで?今朝のニュースがなに?」

「え?あ、ああ…。今回殺された上層部の人間、刃物でやられたらしい」

僕が聞き返すと、冬牙は真剣な面持ちになって言った。

「刃物?」

「そ。証拠とかはないけど、傷跡が刃物だったってさ」

「ふうん、で、僕らが疑われてるわけ?」

「ああ。うちの組織はセキュリティ面が万全だから不法侵入はないし、仮に身分を偽って入ったとしても荷物検査とか身体検査があるから外部から仕掛けるのはまず無理だろ?その分、俺らは緊急のときにいつでも動けるよう武器を所持してるから、刃物が出た時点で元々高かった内部への疑念がほぼ確定になったらしい。」

「・・・さすが、組織が誇る頭脳派の意見は違うね」

賞賛の言葉はナイフの一閃と共に少し皮肉混じりに出た。

僕のルームメイトである冬牙。彼は、実力はもちろん、その分析力も素晴らしい。
周りをきちんと見ての判断能力は、今はほとんどいなくなってしまった上層部も認めており、部隊では司令塔として動いている。
ただ、

「どうして今回刃物になったかがわかんないんだよなぁ」

たとえ自分に関係なくとも気になったものはとことん追求する癖が玉に瑕。

「冬牙、考えるのはいいんだけど」

「ん?」

そこで一際大きな金属音がなった。

「うわっ!」

「よそ見してると今度は首が飛ぶよ」

間合いを一気に詰め、冬牙の首もとにナイフを突き立てた。

「なんだよ、も少し話したかったのに」

戦場ならば危機的状況であるにもかかわらず、冬牙はいつもの調子で言った。

「探偵ごっこは部屋で付き合うよ」

ナイフをしまいながらそう言うと、冬牙は「ごっこじゃない」と笑った。

「全員の武器を回収する。」

そう言われたのは、次の日の朝礼でのことだった。

警察からの要請で、事件に使われそうなものは全て回収との命令が出た。
もちろん部屋も調べられ、危ないと判断されたものはすべて回収。そして回収した武器は金庫に入れられ、鍵は警察が預かるそうだ。
これで事件が収まれば内部による犯罪であることは確実になる。
逆に再び刃物や銃で事件が起これば外部の仕業である可能性が高くなり、それ以外なら半々となるだろう。

「………これで終わるといいね………」

武器回収時、隣にいた悠莉愛が呟く。

「………そうだね。」

僕はただ、悠莉愛の手を握った。

それから2週間、事件は一切起きなかった。

「やっぱり内部の仕業かね?」

昼食のとき、前に座っている冬牙がテレビを見ながら言った。ニュースでは、組織の事件について報道されている。

「さあ、実は外部の人間かもよ」

「え、どうして?」

僕の隣に座る悠莉愛が聞いてきた。

「内部の状況をニュースでほとんど言ってるから」

「からって………言ってる意味がわかんないんだけど、時雨」

「つまり、外部のやつだとしたらこっちを利用してるってことだろ?」

「そうゆうこと。さすが冬牙、悠莉愛とは出来が違うね」

「今のでわかる冬牙くんがおかしいのよ!」

「愛の力だな!」

「誰がいつお前と愛を育んだ」

「つれねぇなー相棒」

「まあバカは放っておいて…本題にいこうか悠莉愛」

「うん!」

「扱いひどいなー」

冬牙は無視して、僕は話し始めた。

「さっきも言ったとおり、組織の今の状況はほとんどニュースで報道されている。もしもこの事件が外部の仕業だとしたら、そのニュースも外部がみているはずだろ」

「まああまりのバカだったらそんなの気にしないかもしれないけどな」

「ひとりひとり殺していく時点でそれはないんじゃない?・・・話を戻すけど、そのニュースの中にはもちろん、僕らの武器が回収されたとかも入ってる」

「ということは…犯人がわざと内部が疑われるように仕向けてるってこと?」

「外部の仕業なら、ね。だからといって内部の人間がやってないって可能性が低くなる訳じゃない」

「す………すごい時雨!警察の方がむいてるよ!!」

途端に悠莉愛が感激した様子で僕に言った。

「悠莉愛、僕のはただの可能性であって確定じゃ…………」

「でもありえるかもしれないんでしょ?冬牙くんもだけど、ニュースみただけでそんな考えが出てくるのがすごいよ!」

ああ、だめだ。こうなった悠莉愛はしばらくうるさい。
言葉を返すのを諦めて、僕はまだ途中の食事に戻った。
そこでふと、目の前の視線に気づく。

「なに、冬牙」

「時雨、やっぱり俺と探偵やろうぜ」

「…………お断りするよ」

あくまで真剣なその眼差しに、僕は苦笑いでそう返した。

僕らの武器が返されたのは、それから数日たったころだった。

「返しちゃっていいのかね…」

冬牙が渡された銃を見ながら呆れ顔で呟く。

「仕方ないだろ、埒があかないんだから」

上層部が最後に殺されてから二週間とちょっと。
殺人は一切起きず、犯人も目星がつかないまま。そこで残った上層部と警察が話し合った結果が武器の返還。

もし内部なら、武器を返せばまた殺人が起こると思ったらしい。
今日から組織の中も厳重警戒だそうだ。

「時雨、これでまた起こると思うか?」

「さあね。ただ起こるとしたら、そいつは逃げ切る自信があるやつだよ」

「ははっ、そらそうか」

そう言うと、冬牙はいつもの調子で笑った。

そして翌日の夜。事件は起こった。

警報が鳴り響く。所々で火災も起きているらしく、館内は少し煙たい。

『残っていた上層部、警備にあたっていた警官計18名が死亡、今回は銃を使っている模様。犯人は未だ不明。至急応援をー』

イヤホンから流れる隊長の声に耳を傾けながら、僕は上層部特別室へ走った。

「玖珂羅か」

僕がそこに駆けつけたときには、隊長や多くの隊員がいた。

「遅れてすみません。………これだけですか?」

周りを見渡し、言う。多くの隊員がいるが、それは組織の半分ほどで、いるのは男子だけだった。

「女子は消火活動などにあたってもらっている。おまえたちは捜索、迎撃班だ。犯人が内部の男の場合、女だと分が悪いだろう」

「ここにいない男子は」

「すでに捜索に向かわせている」

「そうですか」

班員を確認しながら言った。ここにいない冬牙はおそらく先の班にいるのだろう。

「ここにいる隊員に告ぐ!」

残りの隊員が集まったところで隊長が声を張り上げた。

「犯人は逃走中と思われ、内部か外部の人間かすら不明。しかし銃を所持していることから厳重注意が必要だ。少しでも怪しい動きをしているやつは捕らえろ。抵抗するならば何をしても構わん!以上だ、行け!」

隊長の合図とともに、僕らは四方に散った。

「内部にいると思うか?犯人」

「さあなー、まあどっちにしろ迷惑だよな、組織で面倒起こすなんて」

「確かに」

捜索中、前を走りながら話す数名のあとをついていく。
こういうとき、本当に僕らは緊迫感というものがないと思う。
常に戦場のような場所にいたからだろうか。

だからそれが起こったときも、だれも慌てることはしなかった。

ーパンッ

僕らの一番前を走っていた数名の隊員が曲がり角を出たときだった。
一発の銃声とともに、一人の隊員が倒れる。

パンッ

すぐに一発、また一発と銃声が聞こえ、隊員が倒れていく。

すかさず僕と残った隊員一人は壁に背を預けた。

「犯人と思われる人物を発見、隊員三名が撃たれました。至急応援を頼みます。場所は二階、大食堂前の廊下です」

前にいる隊員がすぐに隊長へと連絡を取る。その間に僕は戦闘準備を整えた。

「玖珂羅、俺が先にでる。向こうが一発撃ったらすぐに出て撃て」

「…………生きててよ、後始末するの嫌だから」

「了解」

僕の言葉に笑うと、彼は真剣な面もちになり、タイミングを見計らって踏み出した。

途端に聞こえる銃声。隊員が撃たれたのも構わず、僕は踏み出し、相手へ向けて銃を構えた。

けれど、その引き金を引くことはなかった。

いや、引けなかった。
思わず、銃が降りる。

僕は震える声で、その名を呼んだ。

「悠莉愛ー…」

全く疑っていないわけじゃなかった。
終わるといいねと呟いた彼女の声が、どこか冷めていて、まるでまだ終わらないと言っているようだったから。

できれば疑いたくなかった。
だって彼女は、そんなことするような子じゃなかったから。

けれど彼女は目の前にいる。燃え盛る炎の中、悲しみに染まった瞳で僕を見ている。

「……なんで、来ちゃったの?」

先に口を開いたのは、悠莉愛だった。

「時雨にだけは…秘密にしておきたかったんだけどな…」

その口から零れた言葉が、彼女を犯人だと肯定する。
何とも言えない思いから、銃を握る手に力が入った。

「…………どうして………って聞いたら、答えてくれる?」

そう言うと悠莉愛は頷き、話し始めた。

「よく、漫画であるでしょ?復讐のために組織で過ごしてるやつ。それと一緒。私も復讐のために、ずっと組織に残ってたの。パパやママ、私の大切なものを全部奪ったこの組織が憎かったから。」

「…」

彼女の気持ちは痛いほどわかる。
僕にも家族がいないからだ。

僕らの世代には家族がいない者が多い。戦争のときにほとんどの人が戦死しているからだ。
女性は子孫繁栄のために子を生むことは許されていたが、生み終わるとすぐに組織に戻された。
それ故に、このころ生まれた人は親の顔すら知らない者も多い。
僕と悠莉愛も戦争のときに生まれたため、両親はすでに他界していた。

「…復讐が間違ってることなんてわかってる」

悠莉愛は俯き、続けた。

「わかってるけど、許せなかったの。椅子に座ってのうのうと生きている上層部が」

「戦争で多くの人が死んだわ。親を殺された子供は泣き叫んだ。けれど上層部や国は知らん顔して、平気で戦争するのよ。私たちを捨て駒みたいに扱って!そんなひどいあつかいを受けてきたのに、どうして平気でいられるの?どうして憎まずにいられるの!?」

顔を上げた悠莉愛は泣いていた。
大粒の涙を流して、悲しみに染まった色で、僕を見る。

「悠莉愛…」

「ちゃんと全部わかってるよ…。憎いからって殺しても意味ないって。理由はちがくても、結局は上層部と同じことしてるって…。殺してしまった人たちの家族は私を憎むでしょう。私が上層部を憎んだように。だけど、組織がなくなることでこれからこんな思いをする子がいなくなるのなら…。私は迷わずこの道を選ぶわ」

意志の強い瞳が僕を射抜く。

「…………それが、君の答えなんだね」

僕の口から出たのは、そんな言葉だった。

悠莉愛はゆっくり頷く。

「そっか…なら、僕は…」

彼女をまっすぐ見据えて、言った。

「これ以上罪を重ねないように、君を止めるよ」

「時雨…」

悠莉愛の顔が悲しそうにゆがむ。

「どうしても、邪魔する?」

「…うん。」

「そっか…。」

しばらく沈黙が走る。

見つめあったまま、時間だけが過ぎる。

それを破ったのは、悠莉愛だった。

「………………ねぇ、時雨?」

「ん?」

「私の想いって……時雨に伝わってたかなぁ?」

悠莉愛の声が、震えてる。

「それはもう、うざいくらい」

僕の声も、少し震えてた。

「そっか」

そう言って笑う彼女の顔は、視界がぼやけてよく見えなかった。

再び沈黙が走る。

今度は、僕がそれを破った。

「悠莉愛。」

名を呼んで、僕は君に銃口を向ける。

「…………うん」

君も僕に銃口を向ける。

涙を流して、震える指で

「「さよなら」」

僕らは、その引き金を引いた。

悠莉愛。

僕を孤独から救ってくれた悠莉愛。

いつも傍にいてくれた悠莉愛。

いつだって僕の味方でいてくれた悠莉愛。

僕を愛してくれた悠莉愛。

僕の愛した悠莉愛。

今、君のもとへ行くよ。

肩には鈍い痛み。

目の前には・・・すでに動かなくなってしまった彼女。

僕はただ無気力に、時が来るのを待っていた。

どれくらいそうしていただろうか。
遠くから大勢の足音が聞こえてくる。

「時雨っ!・・・!」

冬牙の息を飲む音が聞こえて、僕はゆっくりと振り返った。
そこには冬牙、隊長、それに多くの隊員が、僕を見て固まっていた。

「お前がやったのか。」

隊長が低い声で言う。

「・・・そうだよ。」

僕はそう言うと、彼らの方に銃口を向けた。

「「っ!」」

その瞬間、全員が僕に銃口を向ける。

「玖珂羅、銃を下せ。」

「嫌だ。」

「久我羅っ!」

「だめだよ。」

隊長が怒鳴っても、なにをしても、僕の意思は変わらない。

だって・・・

「今度は僕が、孤独から救ってあげなきゃいけないからね。」

「何をいって・・・!」

「!時雨っ・・・!」

誰もが困惑する中、ただ一人、冬牙だけが僕の意図に気づいたようだった。

「・・・ごめん、冬牙。・・・・行かなくちゃ。」

「っ・・・・。・・・・お前ら、ほんとに仲良いな・・・・・。」

今にも泣きそうな顔で言う冬牙に、僕は返事の代わりに微笑んで見せる。
僕はまっすぐに彼らを見据えた。

・・・最後に思うのは、やっぱり愛する君のこと。

他愛ない事で笑って、怒って、泣いて。
いつも傍に来てくれた。
どんなに僕が悪い状況でも、いつだって僕の味方でいてくれた。
君が悪くない時でも、一緒に罰を受けてくれた。
そして、僕を愛してくれた。
不器用だから伝えられなかったけれど、言っても言いきれないほど、感謝してる。

だから今度は、僕が君の傍に行くよ。
どんなに君が悪い状況でも、君の味方でいよう。
君が出した答えならば、僕は否定なんかしない。
たとえ僕が悪くないとしても、君の為ならその罪を僕が背負おう。

そして、今度は僕が、君を愛するよ。

だけどこの想いを伝えるには、まず君のもとへ行かなければいけない。

大丈夫、恐くなんてないよ。

だって、

この向けられた銃口の先に、君がいるのだから。

『この銃口の先に、君がいる』/時雨