もしも逢えたなら、君が好きだと伝えよう

高校2年生の夏。
一番楽しい時期だと思う。1年生ではやっぱり学校に入ったばっかだし緊張する。
3年生は受験に追い込まれて遊ぶ暇なんてないだろう。まあ2年でも進路を決めたり早い人は準備したりするが、それを置いといても2年が一番楽しいだろう。
授業は面倒だけど友達に会えるからと学校へ行き、ふざけ合って、笑う。
放課後には部活動で汗を流し、帰りには仲間と寄り道して、「また明日」なんて言う。
そんな中で好きな子なんかも出来ちゃったりして。
男子であればちょっかい出して、女子であれば遠くから見てるだけで幸せ~とか友達と話したりしてさ。
そんでもって部活がない日は登下校の約束なんかして皆に冷やかされながら帰って。
そのうち告白なんかしちゃってさ?付き合っちゃってさ?帰り道に頬染めながら手なんか繋いだりしてさ。
ああ、もう

「リア充爆発しちゃえよっ!!」

ダンッとテーブルを叩く音と共に叫んだ。

『・・・うん、いや分るんだけどさぁ。毎日毎日俺に不満をぶつけてくるのやめてくんない?』

声と音の大きさに顔をゆがめるも、すでに慣れたのか別段驚いた様子もなく、パソコンに映る友人はあきれ顔で言ってくる。

「しょうがないだろ、お前しかこういうこと話す奴いないんだから」

そう言えば、彼は「まあそうだけど」と困ったように笑った。

『てかそろそろ時間じゃね。遅刻すんぞ』

「えっ」

そう言われて時計を見る。時刻は8時45分。ギリギリじゃないか。

「お前そういうのはもっと早く言えよっ!!」
『気付かないお前が悪いんだろ。俺は知らん』

画面の向こうの人物に怒鳴りながら慌てて準備を始める。友人はすでに準備をしているのか、他人事のように言ってくる。なんて酷い友人だろうか。

「あーもうっ、間に合うか!?」
『今から準備すれば余裕だろ。じゃあ俺は先行くぞ』
「この裏切り者っ!」
『言ってろ』

通信が切れる寸前に負け惜しみを言ってみたが、勝ち誇った顔で返されてしまった。
まだ言いたいことはあるが、彼の言った通り時間がない。自分のパソコンの電源を切って、横に置いてあるパソコンを起動させた。

―インターネット・彩華学園。通称ネット学園。
近年盛んになり始めているちょっと特殊な学校で、各々の事情で学校に行けない、もしくは行かない子供たちが通う場所。簡単に説明すれば‘実際に学校へ行かない学校’だ。ただ実際に行かないだけで基本は同じ。クラスがあって、出席して、授業を受けて、休み時間を挟んで、終われば帰る。世間一般と違うのは、その動作を全てパソコンで行うということだ。
学園側から支給されるパソコンを起動し、ログインボタンを押すと出席、つまり学校へ行っている事になる。出席するとパソコンに付いているカメラが自分の顔を映し、クラスメイトのパソコンの端に小さく映し出される。授業時間になれば教科担当の先生がログインし、同様に先生と黒板が僕らの画面に映し出される。画面は拡大や一人のピックアップが可能で、先生が映っている画面だけ大きくしたいときや誰かと話したいときに活用される。イメージはビデオ電話と言っていいかもしれない。そして帰る時はログアウト。
これがネット学園の一日。

なぜこんなにもこの学園に詳しいのか。答えは簡単。僕もこの学園に通っているからだ。

芦谷聖あしたにひじり、17歳。高校2年生。
高校でもっとも楽しいであろう時期を、僕は病院の中で過ごしている。
重い心臓病で小学校の時から殆ど学校に通えなかった僕は、両親からの勧めで中学からこの学園に通うことになった。

そこで出逢ったのがさっきまでパソコンで話していた日暮悠夜ひぐれゆうや。彼は小学校で同級生に暴力をふるってしまい、学校側から登校拒否をされた問題児で、僕が入学してから1年後にネット学園に入学してきた。最初は警戒心まる出しだったが、ウザいくらい構っていたら仲良くなり、現在に至るまでその友好関係は続いている。ちなみに仲良くなってから暴行の理由を聞いてみたら、‘飼育小屋のウサギをいじめていたから’だそうだ。知りあった当初から金髪(地毛)でピアスが開いていたので何かと思っていたが案外理由が可愛いので大爆笑した覚えがある。

他にも僕のように病気の子や、苛められて学校に行けなくなった子、中卒だと就職の時に困るけど学校が面倒という子、さまざまな事情を抱えた子たちがいる。在籍人数は一般の学校と同じくらいだけど、この学園は生徒の入れ替わりが激しかったりする。
例えば病気が治ったから一般の学校に編入する子や、春から知り合いのいない学校へ行ってまた新しく頑張ろうとする子。そう言った子たちも少なくないため、昔から学園に在籍している生徒は僕や悠夜を含めて一クラス分だと思う。

「僕は大学卒業までこの学園にお世話になるのかな・・・」

ログインボタンを押しながら、ふと呟く。
友達とはしゃぎながら歩く通学路、好きな子と緊張しながら歩く帰り道。汗を流して頑張る部活動。
僕はただのひとつもしたことがない。ほんのちょっと、いやかなり憧れる。
皆の「おはよう」という言葉が飛び交う中で、そっと溜め息をついた。

『聖くん、今日元気ないの?』

授業を終え、今はお昼休み。母さんに持って来て貰った昼食を食べながら、僕は仲の良い面子をピックアップして話している。そんな中、僕に聞いてきたのは同じクラスの柚沢愛梨ゆざわあいり

『そいえば、元気ないね』

その隣の画面で同意したのは愛梨の親友の市松結花那いちまつゆかな。とても心配そうな顔の愛梨に対して、結花那は興味なさそうだ。

彼女たちは同じ中学で、その頃からとても仲が良かったらしい。高校からネット学園に入学してきて、一年の時から同じクラスになり、悠夜と共に4人で仲良くしている。
彼女たちが入学してきた理由は、愛梨が受けたいじめだそうだ。詳しい事は知らないが、入学当初の愛梨は酷く警戒していた。それを見る限り、相当酷いものだったのだろう。今では別人のように明るい。結花那曰く昔の愛梨に戻って来たらしい。結花那は愛梨がこの学園に入学することを聞いて、一緒に来たそうだ。受験の志望理由も愛梨がいるからと書いたらしい。別に志望理由に偏見はないのだが、学園がよく許したななんて今でも思う。

『なんか嫌な事でもあったの?』

と言うかそんな思いつめた表情をしていたのだろうか。愛梨が本当に心配そうに聞いて来る。

「いや、別に特になにも・・・」

思い返してみるも本当に特に何もない。強いて言えば朝思っていたいつまで学園に世話になるかだろうか?でももう当たり前の事なので別に悩むことではない。
そう考えていると、愛梨の画面の横で静かに昼を食べている悠夜が口を開いた。

『恋人ができなくて悩んでんだろ』

「待て待て待てっ!そんな話したことあったか!?」

思わぬ発言に大事な食事を吹きかけた。

『いつも言ってるだろ、病院の中でいちゃついてるカップルがうざいとか、学校帰りに手繋いでるカップルが羨ましいだとか』

「まぁ言ってたけど!!だからって彼女欲しいとは言ったことないだろ!!そう言うのがウザいって言ってただけでっ・・・!」

『要はひがんでんだろ。自分ができないから』

「違うっ!!別にそうじゃないっ!!」

『聖くん恋してるの?』

『えっ、誰、誰!?』

しまった食いついてきてしまった!
慌てて否定しようとした時に悠夜が更に爆弾を投下しようとする。

『聖の好きなやつは―』

「ちょっと待てぇぇぇぇえ!!!!」

全てを言い終わる前に悠夜の画面をタッチしてピックアップする。
こうすると会話が他に聞かれる事がなくなり、好きな人間とだけ話ができるようなる。
こういう所が学園のいいところだと思う。

『なんだ、聖』

爆弾投げかけた張本人はしれっとした様子で食事を進めている。このやろう。

「おい親友、お前は天然なのか?違うよな!?何普通に人の好きな人ばらそうとしちゃってんの!?」

『おい、あんま興奮すると心臓に負担かかるぞ』

「誰のせいだよっ!!!!」

『つーかそろそろくっついてくんない?愛梨と。見ててもどかしくてウザい』

「・・・ウザい言うな」

悠夜の言葉に、僕は視線をそらした。

リア充がうざいとか爆発しろとか言うけれど、僕だって好きな子がいる。それが愛梨。
容姿がどストライクだったから何とか仲良くなろうと必死に話しかけて、だんだん心を開いてくれて、笑顔やちょっとしたしぐさも全部好きになった。こう、守ってあげたくなるような、そんな子。けれど自分の意思もきちんと持ってて、人に優しくて、こんな子と生涯一緒にいれたら幸せだろうなって思う。
けれど、この想いはずっと彼女には伝えないだろう。僕のあまり長くない人生で、きっと伝える事は、ない。

『まぁ、お前の気持ちもわかるけどさ』

僕の様子を見て悠夜は言う。長年の付き合いだ、触れて欲しくない部分をきちんとわかってくれている。
そんな親友に「ありがと」とだけ言って僕らは二人のもとへ戻った。

『それでね、かなちゃんがね―』

夜10時。授業が終わってログアウトをして、僕らの学園での一日が終わる。
その後は各々の時間ということで、僕は自分のパソコンで愛梨と話している。最近はこれが日課になっていて、寝る1時間前くらいになるとどちらともなく回線を繋いで、他愛もない話をする。ちなみに彼女が‘かなちゃん’と呼ぶ人物は親友の結花那のことだ。独特な愛称で呼ぶところが、また可愛いななんて思う。今日の愛梨は結花那の話で持ちきりだ。

こんなに楽しそうに話している愛梨でも、僕ら以外の前では別人のようにひどく怯えてしまう。中学時代のトラウマはやはり深く心の傷になっているようで、いまだに外に出る事もできないらしい。
そんな彼女が、僕や悠夜に心を開いてくれたのはすごいことだろう。それだけで、僕は結構満足している。

『あとね、悠夜くんがね―』

微笑ましく相槌を打ちながら、ころころ表情を変える彼女を本当に愛しく思う。この想いを明日の朝早くに悠夜に惚気るんだ。これも日課になっている。
毎日毎日朝から惚気を聞かされるなんて堪ったものじゃないだろう。それもわかってるさ。
けれど許してほしい。この恋は叶うことはないのだから。

だって辛いじゃないか。
もしも、仮に愛梨が僕を好きだったとして、だ。
僕が思いを打ち明けて、彼女も好きだと言ってくれて。それで、どうする?
僕は病気の重さから外出許可すら貰えない。愛梨はトラウマ故に外に出る事が出来ない。

僕らの繋がりは、このパソコンだけなのだ。

もしかしたら、僕の病気が治って、愛梨のトラウマもなくなって、直接会える日が来るかもしれない。
けれど、逆だってあり得るんだ。この画面越しだけでしか、愛梨と逢うことが出来ないかもしれない。いや、その確率の方が高い。

それでもいいと言う人だっているかもしれないけれど。僕だって男だから。
手を繋ぎたいし、抱きしめたい。キスだってしたい。叶うならば、それ以上だって。
でも僕にはそれが叶わない。

手を伸ばせば阻む、画面と言う名の壁。届きそうで、届かない距離。
外に出る事すら叶わない体。長くない、命。

これじゃ想いを伝える事だって躊躇ってしまう。

―ねぇ愛梨、好きだよ。愛なんてわからないけれど、たぶん愛してるんだ。誰よりも。

もしも、もしも病気もなくなって、彼女と触れ合える場所があるのなら。
僕は今すぐにでもそこへ行って、君に好きだと伝えたい。

その時は、またいつものように笑って聞いて欲しい。

『もしも逢えたなら、君が好きだと伝えよう』/聖