後日その壁を優雅に越えようとしている不良がいました

「告白しようと思ってるんだ」

 突然言われた言葉に、自分でもわかるくらい目を見開く。その先にいる彼は、少しまだ迷っているんだろうけれど、本気がうかがえて。

「……誰に」

 放課後の少しまだざわつく教室の中。
 彼にだけ届く声で、そう言えば。

 目の前の人は、さっきの本気がどんどん迷いに変わっていくのが見て取れて。

 僕も、なんとなく察していたから、「まさか」を顔を引きつらせ。

「……愛原、さんに」

 予想通りの言葉に、「がんばれ」よりも先に、

「……あぁ……」

 諦めに近い息を出してしまった。これはほんとに許してほしい。

 国家笑守人学園。
 そこは異種族が手を取り合えるよう、そして自分の夢にまっすぐ向かえるよう、授業等でサポートしてくれる国家学園である。

 そこに通い始めて約二年。そのぐらいの年月が経てば、友人と親交を深めたり、ときには恋心を抱く生物だっているだろう。僕は恋愛はまだだけれど、気の合う仲間もできて、毎日充実していた。
 その気の合う仲間の一人が、目の前に座り、苦笑いを浮かべているヒューマンの彼。
 同じ授業で仲良くなって、二年ではクラスも一緒になって。共に行動をすることも多くなった。

 そんな彼が、恋をしているのもなんとなく知っていた。本人もそれっぽく言っていたし、その人物もなんとなくだけどわかってたよ。

 けれど、本当に。

「……相手が悪いと思うんだ」
「俺もそう思うけどさぁぁぁ」

 机に突っ伏してしまった友人をなだめるように肩を叩いてやる。

 ――愛原華凜さん。
 この笑守人学園で、おそらくもう知らない人はいないであろう、とある不良、もとい優しいグループの中心人物の一人である。
 物腰柔らかで丁寧で。話しかければいつだって笑顔で対応してくれる。幼馴染らしい炎上君に対して砕けた態度で接したり、同じく幼馴染の氷河さんに愛情全開で接するのもギャップとして好まれていて。氷河さんがかわいらしさとのギャップで勇ましく、ときにかっこよさを魅せるところで人気を集めているならば、彼女は普段の女性らしさとのギャップで、ときおり年相応な少女らしさを出すのが人気だろう。
 そんな彼女を好きになる生物はきっと少なくない。恋愛までとはいかなくても、好ましいとは誰だって思うはずだ。

 けれどどうしても、分が悪いと思ってしまう。

 それは彼女の人柄が問題なわけでは決してない。きっともしも告白したならば。少し困ったようにしながらも、優しく、やんわり断ってくれて。この人に恋をしてよかったと思えるような形になるんだろうというのは想像に難くない。

 問題は、そう。

「……波風君」
「ほんとそれ……」

 優しいグループ内の中で、「幼馴染組」と言われている四人の最後の一人。

 波風蓮である。

 愛原さんと鏡映しのような感じのそのヒト。苗字が違うけれど、実は愛原さんの兄らしいと密かに噂になったのは去年のことだ。大きな財閥の息子というのもあって、元々根も葉もない噂もすごかっただろう。その数々は彼の耳だけでなく、ほとんどの生徒の耳にも届いているはず。
 あの不良グループはそれぞれいろんな噂があってそれはもういろいろと流れては来るけれど。その聞こえてきた中で、ひときわ多いのは波風君ではないかと思う。
 苗字が違う双子の妹から始まり、一見人当たりがいいけれど、意外と警戒心が強いらしいということ、炎上君に匹敵するその強さなどなど、正直片手ではちょっと足りなさそうだった。

 そして最大の噂と言えば、そう。

 妹への愛である。

 地獄耳か?と思うほど耳がいいんだよ波風君。とある生徒の証言によると、妹さんの話しててそれが恋愛事であろうものならめちゃくちゃ遠くでも殺気感じたとか。絶対目が合ったって言ってたな。

「告白するなんて知ったらもう消されるんじゃないの」
「それが冗談で済めばほんとによかったよ……」

 僕もそうならよかったけれど。やるんだよなぁ波風君は絶対。去年の武闘会全体的にもう闇の部分全面的に出てたもんな。あのブラックホールでどれだけの人が震えあがっていたか。なめてかかっていた生物たちが悪いんだけれども。
 さぁ詰んでいるぞ。けれど友人を応援したいのも確かではある。何か打開策を考えるとすれば。

「兄に気に入られればいけそうな気もしない?」
「あー、”君になら任せられる!”みたいな?」
「そうそう。妹さんを僕にください、じゃなくて、もう向こうから”君しかいない!”みたいに信頼をさ」

 果たしてそこまでの信頼を得るのにどれくらいの年月がかかるのかは置いといて。でも一番それがいいんじゃないか? 幸い授業は僕らといくつか被っているし、ここから順調に信頼関係を築けばきっと――

「……!」

 そんなときだった。何かに気づいて、そっと視線を教室の外へと向ける。
 明確な、視線。含まれるのは、

 ――殺気。

 あ、これやばいなと思ったときにはきっともうだめなんだろうけれど。とりあえず目の前の友人の口は塞がなければいけないと思うので、目を戻し。

「?」

 視線だけで、「後ろ」と誘導をする。一度首をかしげたけれど、きっとすぐに気づいてくれたんだろう。引きつった顔をして、彼は後ろを振り返ってくれた。

 僕らの視線の先には、優しい不良グループがいた。炎上君に氷河さん、そして愛原さんに、

 ――波風君。

 ほかのメンバーも、教室の壁で隠れて見えないけれど集まっているらしい。声的には二年生組で集まってるのかな。いつもの先輩方はいないようだ。
 その二年生不良グループはこれからどこかへ出かけるのか、道化さんが「行きましょ!」と声を弾ませている。

 今視線の先にいる四人も、道化さんに目線を向けていて。それぞれ表情は違えど、どこか楽しそうに見えて。先ほどの殺気はきっと違うヒトたちだろうと錯覚してしまいそうだった。

「……気のせい?」
「いやでも偶然にしてはあそこにいるのおかしくないか?」

 おかしいと言われればおかしいし、自然と言えば自然と言えなくもない。
 この教室はあの不良グループにとってはそれぞれのクラスからの中間地点。集まらないこともない、けれど放課後だったら確かにそうか、ちょっと不自然か。みんなで玄関先に向かっていけばいい話だもんね。
 なんとなく嫌な予感もしつつ、どこかで気のせいであってほしいと願いながら、動向を見守っていれば。

「「!!」」

 移動することに決めたらしいそのグループが動き出して。

 明確に、目が合う。

 愛原さんとは逆の、釣り目のオッドアイ。
 それが、さっきまで楽しそうだったのが嘘のように絶対零度の視線でこちらを射抜いていた。思わずそのまま固まってしまう。

「……蓮」
「わかってるって」

 その視線に気づいた炎上君が声をかけて、絶対零度は去っていく。

 それも、つかの間。

「「え」」

「…」
「行くぞ」
「はぁい」

 小さな少女も、紅い瞳のそのヒトも、一度こちらを冷たい目で見てから去っていく。そうして続く、愛原さん以外のヒト・ビーストも。
 ときに冷たく、ときに見定めるような目をして、廊下を抜けていった。

「皆さんどこか雰囲気が怖いですよ」
「お前くらいだよそんなのんきなの」
『愛原は鈍感ですっ』
「あらあら、みなさんが過剰なのでは?」

 遠くでそんな声が聞こえるけれど、安心はどこかできなくて。

「……これってさ」
「全員、的な?」

 きっと警戒すべきは兄だけだと思っていた。
 そこさえクリアすれば、心から友人を応援できるだろうと。

 けれど、とんだ思い違いだった。

「壁厚すぎない……?」
「そうね……」
「俺、ちょっと諦めるわ……」
「その方が、良いと思うよ」

 応援できない僕を許してほしい。けれど仕方ないと思う。
 あれは命がいくつあっても足りない。

 むしろあの壁を越えようと思っている生物がいたら、ぜひ見たいものだと。
 肩を落とす友人を慰めるように、その背を撫でてやった。

『後日その壁を優雅に越えようとしている不良がいました』/笑守人学園二年B組 男子生徒