きっとそれは、当たり前になっていたんだと思う。
「それでね!」
「うん」
隣で話す美織ちゃんは、口元はずっと笑みだから感情がわかりづらいけれど。目を見れば、感情がちゃんとわかる。
今、楽しんでくれているということ。
中学の終わり。
二人とも人間関係でいっぱいいっぱになって、どことなく危なげな美織ちゃんに声をかけてから始まった交流。
最初はわからなかったけれど、短い付き合いでも少しずつ彼女の感情がわかるようになって。
「この前このパフォーマンスが褒められて」
「よかったね」
「えぇ!」
口元と目の感情が合う彼女に、俺も自然と微笑んでいた。
それが、ついこの前までの世界だったのに。
「それでね祈童くん!」
「うん?」
同じ笑守人に入って数か月。
いつの間にか、君の隣は変わっていた。
放課後、一緒に帰ろうと思って教室に行けば、二人、椅子に座って仲良さそうに話してる。
彼女の目の前には、俺の知らないヒト。
美織ちゃんの表情は楽しそうで、そのヒトも心なしか楽しそうだった。
誰、なんて。
俺が言っていいんだっけ。
「……」
『閃吏、どうしたですかっ』
「え、あ、ううん」
『一緒に帰らないですか、あのヒトとっ』
「、えっと」
クラスメイトのユーア君に言われて、目が泳ぐ。なんで口ごもるんだろう。
普通に、「うん」って言えばいいのに。
友達なんだから。
そう、友達でしかないんだから。
独占欲なんて、図々しくて。
それなのに。
「あら、シオン!」
「!」
君の声に呼ばれて、ぱっと顔を上げる。
その先には、昔と変わらない、かわいい笑顔の美織ちゃん。俺の気持ちなんてわからない彼女は、荷物を持ってこっちに歩いてきた。
もちろん、さっきまで話してたヒトと一緒に。
「こうやって逢うのは初めてよね。授業も結構一緒の祈童くん」
「よろしく。閃吏とユーアだったか。道化から話は聞いてるよ」
『よろしくですっ』
「……よ、ろしく」
優しい笑みに、こっちは苦笑いしか返せなかった。
向こうがじっと見てくるのにいたたまれなくなって、歩き出す。
「えっと、帰ろっか」
「えぇ!」
『途中まで一緒に行くですっ、祈童も』
「……」
ユーア君に言われた祈童君が黙ったことに、思わずそっちを見た。
祈童君は変わらず僕を見たまま。それに、首をかしげる。
「えっと……?」
「――――あぁ、いや」
首をゆるく振った祈童君は俺の方に歩いてきて。それを見て歩き出した俺の隣にそっと近づいてきた。
そうして、本当に小さな声で。
「……すまない、誤解だ」
と。
……と?
「えっと、なんのこと――」
「あそこまで敵意むき出しだとわかる」
そういうのに敏感だしな、と。
驚いて見た先の祈童君は、その一瞬だけ、疎ましいような、悲しいような。複雑な表情をしていて。
それを見ていたら、「いや」と言ってから肩を竦めた。
「中学から仲が良かったと聞いている。僕はたまたま席が近いというのと……なんていうんだろうな。道化の、こう……気、みたいなものが落ちていたから声をかけただけで……。だからそんな目をしなくても大丈夫だ」
なんて、当然のように言い出す彼に。
俺は、きょとんとしてしまう。
「……え、っと……?」
「ん?」
「その、なんのこと……」
「……ん?」
俺が首を傾げたら、向こうも首を傾げてしまう。
そうして数秒、何かを察した祈童君は、「まさか気づいてないのか……?」と小さく言って。
また首を傾げた俺に、「いや」とまた首を横に振ってから。
「……聞かなかったことにしてほしい」
「難しいかな祈童君」
「ならせめて自覚してから改めて話そう」
「えぇ、気になるよ」
ものすごく居心地悪そうな彼に言い募るけれど。
「ユーアはどっちの方向なんだ」
なんて思い切り話をそらされてしまう。
これは本当に言ってくれない話だとわかって。
「美織ちゃん、祈童君はいじわるかもしれないよ」
「えぇ! 祈童君いじわるなのかしら!」
「待て話をややこしくするな!」
冗談でそう言ったら、楽しく乗ってきてくれたそのヒトに思わず笑ってしまう。
そうして笑ったら、さっきのもやもやも、なくなって。
祈童君の「すまない」の意味がちゃんとわかるようになったら、また改めて聞こうと心に決める。
ひとまず、美織ちゃんを助けてくれる存在なんだろうということはさっきの会話で分かったので。また彼女が悲しいことをしでかさないように見張ってもらうとして。
「改めてよろしくね祈童君」
「あぁ、よろしく頼む」
新たな友人に、改めてそう言って。
笑守人になって長くなった廊下を、四人で歩いていった。
『違う意味でまた「すまない」と言われるのは、もう少し先の話』/シオン