それでも、恋してしまった俺の負け

「君の収集癖というのは兄譲りだったりするの?」

 そう聞くと、彼女はこちらを見てコーヒーを注ぐ手を止める。
 その数秒後、納得がいったのか。「あぁ」と笑って、再びコーヒーを注ぎながら笑った。先ほどの蓮と雪巴の掛け合いがきっかけだろうと気づいた彼女は、笑みのまま。

「そういうわけではありませんよ。それに私のは収集癖でもなんでもありません」
「刹那のことはなんでも知っているし、知りたがるじゃないか」
「当然のことでは?」

 そこは何を言っても会話にならなさそうだからあいまいに笑って。
 どうぞと渡されたコーヒーにお礼を言って、一口飲む。

「まぁ刹那のことは置いておきまして……。まじめに考えても、兄と私の収集癖、というか、収集能力は結構違いがありますよ」
「そうかい?」

 似たようなものだと感じてしまうのは、まだこの双子さんたちの理解が足りていないからなのか。

 それが少しだけ悔しくて、これまでの彼らの収集について考えてみる。

 彼ら双子は周りのことを良く知っている。
 趣味に始まり、癖、家族構成だったり、ときにはサイズまで。どこからそんなものを仕入れてくるのかと正直怖いくらい。

 細かく見ていけば、確かにちょっとした違いはあるんだろう。
 蓮はよく服を作るから、サイズを把握しているというのは理解できる。華凜は周りを見て判断する性格からか、生物のしぐさの方をよく見ている節がある。

 けれど他のことに関しては、正直違いというものはあまり見られない気がする。

 家族構成や趣味を知っているのは、突然言われるとびっくりするけれど。まぁそこは、家柄的にそういうのを調べることも必要なんだと納得をしようと思えばできるから、何故知っているのかというのは一旦置いておいて。
 双子ということで近くにいるから当然共有もしているだろうけれど。それにしても、彼らの収集能力は近いだろう。

「……考えてみても、同じようなことを知っているかな、と思うけれど」
「そう見えているなら、頑張っている甲斐がありますわ」

 ということは、彼女は自分の収集能力を兄よりも下だと判断しているのか。
 俺からしたら十分すぎると思うけれど。

「……十分怖いレベルの能力だと思うけれど?」
「お兄様ほどではありませんわ」
「そうかい?」

 仮にも親友と呼ぶ水色の少女のほぼすべてを知っていて??
 兄や腐れ縁と呼んでいる幼馴染が、交渉に持ち込まれると折れるくらいの収集能力を持っていて??

「……そうかい?」
「何故二回言ったのかしら」
「信じられないからだよ」
「そうです?」
「そうだよ」

 ソファの方へと歩いていきながら、頷いて。
 こぼさぬよう気を付けて柔らかなソファへ腰かける。

「俺達も結構情報収集能力には自信があった方だけれど」
「敵に回したくありませんでしたもの」
「今となっては君たちに対して同じことを言うよ」

 そんなですかね、とこちらに歩いてきながら首をかしげる恋人に笑う。

「私は兄ほど知ってはおりませんよ、案外」
「そうなの?」
「うーん、範囲、と言いますか」
「範囲」
「はいな」

 彼女はコーヒーを置いて、交互に指を折っていく。

「私は幼馴染や身内のメンバーに対しては、恐らくあなたが引くくらい情報は持っているでしょうね」
「自覚しているようで何よりだよ」
「けれど兄は、より幅広く、と言えばいいのかしら」

 一度悩んで。
 彼女はいい例を見つけたのだろう、笑顔でこちらを見た。

「あなたのこれまでの経験人数を知っているのが私、その経験人数の交友関係や家族構成も知っているのが兄、ですわ」

 なんてものを例に出してきたんだよ華凜。

「ものすごくいたたまれない」
「終わったことですから私は気にしませんが」
「俺が気にするよ。もう少しましな例はなかった?」
「一番良い例では??」
「いろんな意味で一番悪い例では??」

 俺に大ダメージだよ。君はけろっとしているけれど。

 いろいろと仕方なかった環境とはいえ、罪悪感に近いものもある。思わず苦笑いが出てしまった。それを見かねたのか、華凜が笑う。

「過去あってのあなたですから」
「そうは言うけれどね……」
「私の過去だって気にはしないでしょう?」
「まぁそうだけれど……」

 いかんせん「付き合い」の意味合いが違いすぎるんだよ。冷や汗すら出てきた。けれどその理由は、過去への罪悪感だけではないというのはわかっている。
 一度深呼吸をして。

「さて華凜」
「はいな」
「確認をしてもいいかな?」
「なんでしょう」

 決して気のせいにしてはいけないこと。

「君の兄は俺が過去関係を持った生物の何を知っているって?」
「私は人数、兄は交友関係や家族構成などですね」

 どこから突っ込めばいいんだろうか。
 何故知っているのか? それとも何故その情報が必要か?? いやむしろ。

「……知らぬが仏にした方が正解か……?」
「あらあら、ご安心くださいな」
「何を安心しろと??」

 こちとら過去関係を持った生物の安否もかかっているんだけれども??

 手に持ったコーヒーを飲むことも忘れ、華凜に向けば。

 恋人はにっこり、かわいらしく笑って。

「先ほどから兄と私の話ばかりですが」

 爆弾を、さらに投下していく。

「一番細かく、一番物事を知っているのは、リアスですよ」

 これ以上どんな細かい情報があると??

「……聞かない方がいい内容だよね」
「あら、ささいなものですよ。けれど恐ろしいなら口は閉ざしておきます」
「……」

 気になるのも事実。それが表情でわかったのか、華凜はまたにこっと笑って。

「核心は内緒にしてあげましょう」
「なら何を教えてくれるの」
「ヒントです」

 それはそれは、かわいらしく、妖艶に微笑んで。

「あの男は、色素とかで生物を判別するぐらい、細かく人を見ていますよ」

 とても怖いことを言う。

 反射的に目元を手で覆って。

「……本当に、一番平和なのは刹那だね……」

 そうこぼせば。

「思考等は平和なんですけれどもね。いかんせん武力が」
「あぁ……」

 四人揃って爆弾ばかりだなとすぐにわかり。

 どことなく殺気を感じながら、苦笑いをこぼした。

『それでも、恋してしまった俺の負け』/武煉