「……撃破しましたよね」
「したね」
「捕縛ですよね?」
「捕縛だね」
捕縛走が行われる場所から少し離れた人工芝に腰を下ろして幼なじみカップルの勇姿を見ていました。運命というものなのかリアスとクリスは一緒だそうで。足の速さだったらやっぱりクリスが圧勝ですよねなんてレグナと話していればまさかの対象撃破というびっくりなことをやらかし彼女は二位。しかもそのあとにいた紫電先輩も同じことをやらかすという事態。あの二人説明ちゃんと聞いてたんですか??
「今後捕縛任務に彼女らは連れていかない方がよさそうですね」
「それ絶対リアスも思ってるよね」
「こればかりはリアスのみならず誰だって思いますわ。──あら」
なおも続いていく捕縛走を見ていると、校庭中心部のモニターに”10:30より騒動鎮静マラソン”と表示されました。それと同時に、捕縛走とは反対側、授業棟付近で集合場所を示す看板が掲げられたのを見て、立ち上がる。
「次私ですわね」
「おーマラソンだっけ?」
「はい、と言っても騒動を収めるのも含むので八百メートル程度ですが」
「得意分野だからすぐゴールしそうだね」
「ふふっ、頑張って一番になってきますわ」
「怪我すんなよ」
「はいな」
兄とそう言葉を交わし、手を振られながらテレポートで一人集合場所へと向かいました。リアスたちが早めの出番でラッキーでしたね。彼らが後半でしたら見れなかったでしょうし。
「一年二組の愛原華凜です」
「愛原さんね」
集合場所で着地し、近くで看板を掲げていた女性教師の元へ行って名乗る。彼女は名簿を確認して頷き、箱を差し出してきました。
「中から一枚紙を引いてください。それがあなたの順番です」
「はい」
言われたとおり箱から一枚紙を引く。出たのは、
「5、ですわね」
「五番目ですね。地面に番号が書いてあるので、そこに並んでる人がいれば隣についてください」
「わかりましたわ。ありがとうございます」
微笑んでお礼を告げてから歩きだし、地面に書かれた数字をたどり、目的の場所を捜す。
「ここですかね」
”5”と書かれた地面にたどり着くと、すでに数名の生徒が。こちらも十人一組ですかねと、並んでいる方の横につく。
その後、前後のコースにもまばらに生徒がやってきて。
「あらまぁ……」
気づいた頃には、周りは背の高い男性やビーストばかり。これじゃあ暇つぶしに対面でやっている捕縛走も見れないじゃないですか。ポケットに入れておいたスマホの時計は十時十五分を指している。レグナに連絡でもして暇をつぶしましょうかね。
「愛原?」
なんて思っていた矢先に、横からかけられた声。聞き覚えのある声に顔を向ければ、
「あら、木乃先輩」
そこには物腰柔らかに微笑んだ上級生の片割れ・木乃先輩が。
「奇遇ですね愛原、君もマラソンですか」
「はい」
「知り合いがいて何よりです」
そう言いながら木乃先輩は私の隣に並ぶ。もしかして。
「先輩も五番目です?」
「そのようだよ」
にっこりと微笑んで返された答え。まじですか。
この方戦っていたのを見た限り体力もあるし足もなかなかでしたよね? 確か武闘会も紫電先輩とツートップだって言ってましたよね。それだけならまだしも、五月で話をした限り交渉術もうまい部類に入るはず。
これが同じチームなら心強いものの、彼の左腕に巻かれたのは赤いハチマキ。つまりは敵というわけで。
これはこれは、
「中々厄介なお方が敵ですのね」
「それはこっちも同じだよ。愛原は一番口がうまそうですから」
「否定はしませんわ」
「おや、自他共に認めるものでしたか」
なんて言ったってクリスティアのためにリアスを陥落させることで相当鍛えられましたから。結果交渉術は私にまわってくるという面倒も引き連れましたけれども。
木乃先輩の言葉に再度肯定の意味を含めた笑みを返して。
「そういえば」
ひとまず時間までお相手願いましょうかと、言葉を紡ぐ。
「ん?」
「五月のときに、龍のところに来たじゃないですか」
「そうだね」
「そのときに、紫電先輩の目的はお聞きしましたが、武煉先輩のはお聞きしませんでしたわ」
「おや、俺に目的があると言いましたっけ?」
もちろん木乃先輩からは聞きませんでしたけれど。
「紫電先輩は、”俺の方は”と仰っていましたわ」
なのであなたにもあるのではなくて?
そう、見上げた先輩に問うと。
「君は口がうまいだけでなく、観察も得意なんですね」
肩を竦め、困ったように笑われた。そうして、頷く。
「そうだね、君の言うとおり。俺も目的を持っていますよ」
「まぁ。ではあなたの目的はお兄さまかしら」
「ふふっ、違いますよ」
あら。
ここ最近の絡みを見るとレグナかと思ったんですが。爽やかに否定されてしまいましたわ。
「それでしたら刹那ですか?」
「いいや」
「あんなに魅力的なのに??」
首を振った木乃先輩が信じられない。仮にそうですと言われても全力で止める羽目になりそうですが、こうも即座に振られるとそれはそれで納得行かない。顔に出ていたのか、先輩は笑った。
「随分彼女は愛されているね」
「そりゃあもう私たちのヒーローですから」
世界のすべてを変えてくれたかっこいい、けれどとてもかわいい私のヒーロー。
「なんなら魅力を一つ一つお教えいたしますわ」
「ぜひ聞きたいところだけれど」
と。先輩が前を指さしたので、目を向ける。しかし見えたのは上級生と思われる背中。首を傾げたら。
《これより騒動鎮静マラソンを開始します。改めてルール説明を行うのでお静かに願います》
聞こえたアナウンスに、彼の行動の意味を理解した。仕方ありません、クリスティアの魅力語りはまた今度にしましょう。
《各レース走者は十人。走る距離は八百メートル。選手は二百五十、五百、そして七百五十メートルの計三地点にて、バーチャルで現れた様々な種族が騒動を起こしているのを鎮静させた上でゴールを目指してください。各地点に足を踏み入れると、騒動を鎮静するまで結界が張られます。正しく鎮静できれば結界は消滅、バーチャルで出てきた方々も消え、先へ進むことが可能となります。ただし、各地点での鎮静にかけられる時間は五分。それを越えた場合は失格とみなし退場となりますのでご注意を。以上です。それでは第一レースを始めます。用意》
そこまで淡々と言ったところで、カチャリと音が鳴った。もうスタートですか。競技用ピストルを構えたのがわかり、反射的に耳を押さえる。
《スタート》
少し遠くに聞こえる声と、同時に鳴るパァンッというピストル音。ぱっと耳から手を離して聞こえたのは、生徒たちの走る足音。
どうせまだ見えないので、また木乃先輩に目を向けた。
「HRでの説明でもありましたけど、制限時間ありとは中々シビアですのね」
彼は他走者に興味がないのか、同じくこちらを向いて微笑む。
「体育祭ということもあるからね。そこまで時間もかけられないし、何より争いでは如何に素早い対応ができるかが結構重要ですから」
「まぁダラダラとされても困りますものねぇ」
「そういうことです」
木乃先輩や生徒の声援の中に混じって、モニターから出る音から鎮静を行っているであろう声も聞こえる。
「身長的に君は演目が見れなさそうだけれど。いいのかい?」
「えぇ、知り合いはいませんから」
「残念。抱えるよと言おうとしたのだけれど」
「まぁご冗談を」
恐らく一年生なんでしょう、「えっと」や「あの」などが聞こえ、わたわたとしている様子が伺えた。見回りがあるとはいえど、すべての生徒が騒動に出くわすかと言ったらそうでもない。ここで初めて騒動鎮静をする人もいるんでしょうね。
「仮に知り合いがいたならゴール地点で見届けてからこちらにテレポートで帰ってきますわ」
「ふふ、能力者というのは便利だね」
「ありがたいことに、そうですわね」
対して上級生と思われる方々はテキパキと話を進めていくのが聞こえる。
これは上級生が有利でしょうかねぇ。
《第二レース、準備をしてください》
「あら」
なんて思いながら木乃先輩とも話していると、もう係員の方が次を促す。経過時間は七分程度。単純な一キロ弱のマラソンならば遅いくらいでしょうが、この学園では制限時間五分の鎮静あり。
鎮静場所も三地点と考えると──
「随分と進みが早いんですのね」
見上げた深い、暗めの蒼の瞳はそうだねと頷く。
「去年もこの演目はあったけれど、比較的リタイアが多いんですよ。特に一年生は。二、三年もヘタなものに当たるとリタイアに追い込まれるんです」
「ということはゴールする方の方が珍しいんです?」
「珍しい、というわけではないけれどね。各レース二人ほどは必ずゴールしていますから。ただ、他の演目に比べてポイントは稼ぎ辛いという感じでしょうね」
「なるほど……」
「まぁ、その”ヘタなもの”に当たらないことを祈るだけでしょう」
レグナがよく言う運ゲーですか。リアスにラックアップでもかけてもらえばよかったかしら。
話している間にも、着々と次のレースの準備が進められていく。
「一番時間を食いそうと思ってましたが、逆なんですのね」
「あはは、そうだね。去年の出場者曰く、五百メートル当たりが鬼門だそうですよ」
「ゴール前ではなく、ですか?」
「俺も去年はこれに出ていないから詳しいことはわからないけれどね。脱落をさせるためにその辺りで難しい交渉をさせるんでしょう」
まぁ途中で脱落者が増えるようにすれば演目自体の回転率も上がりますものね。そんな風にするなら初めからもっと違う風なものにすればいいのに、というのは黙っておきましょうか。
第三レースの走者がスタートしたところで、ようやく演目の様子が見えた。各地点に辿り着いた走者は聞こえていたのと同じで、わたわたしていたり、しっかりと対処をしていたり。そうして五分経ったであろう走者は係員に連れて行かれる。
一応話術は自信があるので私は下手なものに当たらなければ大丈夫でしょう。うまく行けば一位になれるかしら。
「愛原」
ぼんやりと演目を見守っていると、隣から声。何度目かわからないけれど顔を上げ、その深い蒼の瞳と視線を交わす。
「はい?」
「先ほどの話。目的は誰かと言っていたでしょう」
「そうですわね」
「実は俺の目的は君でしてね」
──んん?
第四レースが準備しているのが視界に入るけれど、目の前の先輩から目が離せない。
「できれば仲良くなりたいなと思っているんです」
「うちの男性陣ではなく?」
「君と」
「何故でしょう」
問うと、肩を竦められた。
「深い意味はないですよ。君が一番──そうだな、話が合いそうな気がして」
その一瞬の間は何かしら。けれど問う間はなく、
「ぜひ先輩後輩として、仲良くしないかい?」
のぞき込むようにして聞かれた。それはどこか、有無を言わせぬような聞き方。情けないことにそれに圧されて、黙ってしまっている間に。
「ただまぁ君が見てきて判断したように、男性陣との交流が多かったので。君自身が目的だと言われて戸惑うのもわかります」
だから、
「このマラソンで賭けをしましょう」
なんて言われた。
まずい、この人思っていた以上に話の持って行き方がうまいかもしれない。いや別に仲良くするのはいいんですけれども。紫電先輩との絡みが見れるのは良いことですし。けれど主導権を握られて話を進められるのはなにかと不利なことが多い。言葉を返さねば、と思っている間に四番目の走者たちが走り出す。それに気を取られてしまった。
「君が勝てば、ひとまず君の願いを聞くということで。俺が勝ったら、もっと交流を深めましょう。もちろん君たち全員との付き合いと捉えても構いませんが、彼らの意志を君の一存で決めるのは憚られるだろうから、この場では俺と君との交流という名目で」
どうですか? と。
あくまでこちらにも利益があるように持ちかけられる。これはなんとも交渉術がうまい相手と当たってしまったと、内心舌打ちをして、まずは自分に対する交渉の対処へ。
聞いたところ、協定同様害はない。その時点での条件はクリアとしましょう。
けれど、勝負を受ける義理もない。
だって交流はせざるを得ないんですから。どのみち紫電先輩が絡みに来るんだろうから交流は深くなるはず。
ならば、断ってしまえばいい。
《第五レース、準備をしてください》
第四レースの走者が残り数人となったところで、アナウンスが掛かる。断って走り出せば私の勝ちですよね、と自分のレーンに立った。
その、間がいけなかった。
「木乃せん──」
「あぁ、さすがに交渉を断るということはないですよね」
声を掛けようとした瞬間に、先手を打たれる。しまった。動揺で一瞬固まったのを、彼は見逃さない。
「自他共に認める口のうまさを見せずに、このまま引きますか?」
なんて挑発的に笑われてしまったら。
「……わかりましたわ」
負けず嫌いが発動してまんまと策略に乗ってしまうじゃないですか。
「受けて立ちましょう」
「そう来なくては」
ほら木乃先輩も「かかった」って顔してる。私のバカ。自他共に認める口のうまさはどこへ行ったの。
まぁ別にこちらに不利益はありませんしと言い訳をする。けれど主導権を握られたままなのが大変悔しい。なので。
「ねぇ、木乃先輩」
「ん?」
「私が勝ったらというお願い、どんなものでも構いません?」
そう聞いてみる。
聞いてはみたけれど全くもって何も考えていない。
知ってか知らずか、木乃先輩は笑って、頷く。
「互いに不利益がなければ構いませんよ」
ひとまず言質は取った。
《第五レース、用意》
そこで再度アナウンスが掛かったので。
「ゆっくり勝負後にお話ししましょう? 先輩」
「構わないよ」
肯定の言葉をしっかり頭に刻んでから、互いに前を見据え。
《スタートです》
銃声を合図に、私がいる第五レースが走り出しました。
「では愛原、お先に」
「あっ」
そしてその瞬間に。予想通り、体力や脚力が優れているであろう木乃先輩は、私に声をかけて先を行く。
「!」
他の走者も男性でガタイの良い方ばかりで、数名には早くも抜かされて行ってしまった。けれど追いかけたい衝動はぐっと抑える。
短距離ならば割と抜かせる自信はありますが、この演目は長距離。加えて交渉をしなければいけない。ラストならまだしも、下手に今全力疾走をしても後半体力は持たない。
「順位を上げるなら脱落待ち、あとは交渉の早さですかね」
先ほどの件はひとまず置いておき、頭を切り替えて自分のペースで走る。
実技で敵わないなら頭で勝負。うちの最強天使様に嫌と言うほど突きつけられてきたもの。ちょっと木乃先輩とのお相手で交渉術に対する自信がへし折られかけたけれど、それでもまだ、他の生徒よりは交渉に関しては頭いくつかは抜けているはず。
大丈夫。そう、自分に言い聞かせて。
《結界を展開します》
「!」
二百五十メートル地点に、踏み入れた。ブザーの音に立ち止まれば、周りには簡易結界。さぁ切り替えて頑張りますか。
前を見据えると。
「あら?」
〔〔……〕〕
直後、現れたのは二人の”ヒト”。黒髪ショートの方と金髪ロングの方で比較的美人の女性たち。互いににらみ合ってます。
……おかしいですね。
騒動鎮静ならば異種族、ヒューマンとビーストで来ると思ったのですが。
ビーストとヒューマンは互いの言葉が通じない種族。騒動で比較的に多いのは、”言語の不理解”によるもの。互いの言葉がわからなければ話のしようもありませんものね。そして彼らの特徴はその姿。ヒューマンはその名の通りヒト型。ビーストはヒトならざるもの、一般的に動物と言われる類や媒介が人の形ではない精霊たち。
ついでに言うと私たちハーフはビーストの性質を持ってはいるけれど外見は”ヒト”。両方の性質を持つ私たちは両方の言葉がわかるのがある意味特徴と言える。
つまり。
このにらみ合っているお二人方はヒューマンもしくはハーフ。言葉が通じないというのはないはず。ならば何故?
「ええと、どうしました?」
いろんな疑問やら考えやらが頭を駆け巡るものの、とりあえず聞いてみなければ話は進みません。努めて明るく聞いてみれば、口を開いたのは仲がよろしいようで同時。
〔〔この女があたしの男を盗ったのよ!!!!!〕〕
まさかの修羅場鎮静でしたか。
いや確かに騒動ですけども。え? 高校生には割と荷が重すぎません??
「えーーと、お互いに盗られたと言うことでしょうか」
思わぬ騒動に呆気にとられましたがこの演目は制限時間あり。さっさと片づけなければと我に返って聞いてみる。
〔アタシが先にっ!〕
〔彼が愛してたのはあたし!〕
「お二人方、とりあえず片方ずつ聞きますので落ち着いてください」
まずは先にと言っていた、私から見て左にいた黒髪ショートの女性に。
「お付き合いはいつ頃から?」
〔去年の春よ。今だってずっと付き合ってる〕
〔そんなはずないわよ! 彼が愛してたのはあたしだって!〕
「落ち着いてくださいな。金髪のお方はおつきあいしてたんです?」
すぐ喧嘩になりそうなのをなんとか遮り、続いて右側の金髪ロングの方に聞くと、その答えは少し不服そうに返ってきました。
〔……去年の夏。彼に告られたわ。花火大会の夜に。前から気になってて、でも彼女いるって知ってたから諦めてたら、別れたって言って告白してきたの〕
バーチャルのくせにものすごく設定凝ってますわね。ていうかここまで聞いた時点でこの二人に非はないのではと思ってくる。
〔ちょっと待ってよ、そもそも別れてないし、アタシだって花火大会行ったわよ!?〕
〔はぁ!?〕
わぁどうしましょう予想的中しそう。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、お二人方が行った花火大会はいつだったか覚えてます?」
二人は考えて。黒髪の方から先に口を開きました。
〔八月二十七日よ〕
〔八月二十日〕
ほら日付が違う。もう盗ったとかではなくその男がただ単に浮気してただけじゃないですか。ただそれを言うのはまだちょっと早いと自分をなだめ、ひとまずもう少し深く聞くことに。
「では、どうして互いに盗られていると? 黒髪の方からお聞きしますわ」
〔最近会ってくれなくて、約束断られた日に買い物してたらたまたまその女と歩いてるのを見たのよ〕
「金髪のあなたは」
〔妙にこそこそと携帯いじってるからのぞいたら他の女の名前があって……その女と約束してる日につけていったらそいつがいたのよ〕
リアリティありすぎるでしょう。絶対これ作った方楽しんでますよね。と、地味に呆れてきたところで、結界の中に数字が現れる。
”90”。
残り時間ですかね。一分半。さっさとまとめなければ。息を吐いて、二人を見据えて口を開く。
「まずお互いに怒る方が違いますわ。あなた方が怒りを向けるべきはお相手の男性です」
なんて言えば、二人は明らかに「はぁ?」と言うような目で見る。こっちがそんな目をしたいですよ。
「こちらの金髪のお方の話を聞いたでしょう。言い寄ったのは彼女ではなくあなた方のお相手である男性。しかもあなたと別れたと嘘までついて。これがきちんと彼が伝えた上でおつきあいをしたとなれば金髪の方に非があると言えますが、知らなかった。この時点でその男性に非があると言えるでしょう」
浮気はよくされる側にも問題があると言いますがここでそれを言ったら更にややこしくなる。まずは収めることが最優先。私の言い分に、怒りの矛先がお相手の男性へと向かい始めたのを見計らって、畳みかける。
「むしろこの件に関してはあなた方二人は共に被害者。結託して彼に問いつめた方が丸く収まると思います。とりあえず、一度そのお相手の方を交えて三人でお話しすることをおすすめしますわ」
そう伝えると、二人は共に怒りに目を燃やす。先ほどまでの互いに、ではなく彼へ。一件落着でしょうかね。
〔お姉さんありがとう!〕
〔ちょっと話してくるわ!!〕
思った通り。二人はギラギラとした目でそう言って消滅していきました。それと同時に結界も消える。どうやらクリアのようです。
「……初回でだいぶ疲れた気がしますわ……」
まさかこっちの騒動だとは。侮れませんねエシュト学園。思ったより時間かかっちゃいましたし。
とりあえず遅れを取り戻すように走り出す。隣を見ると、すでに何名か脱落している様子。再度前に目を向け、私を追い越した数名の男子、そして木乃先輩が第二地点で交渉をしているのを確認。まずいですね。疲れた心にむちを打って、スピードを上げた。
「さて」
木乃先輩がまだ交渉中のところで、私も第二地点へとたどり着きました。ブザーと共に結界が現れ、目の前にバーチャルの方々が現れる。
「……」
〔〔……〕〕
現れたのは、また、”ヒト”。両方黒髪の、男女。
……嘘でしょう? またさっきのみたいな感じですか?? 別に構いませんが心のHPがとても減っていってますよ。
ただとりあえず、
「……どうかしましたか?」
適当にやった上でのリタイヤはプライドが許さない。出来る限りのことはしようと尋ねてみました。
〔助けてください!〕
先に泣きそうにすがってきたのは右側にいた男性。もう大丈夫ですよとまぁなにがあったかは知らないけれど言ってあげて、これは面倒そうだと左の女性の方に目を向ける。目が合った彼女は、ちょっと怒った表情で口を開きました。
〔○△×□○□!!!〕
なんて??
「えっと……」
〔助けて欲しいんです!〕
こっちの男性はわかりますわ、日本語ですもの。
〔○□×□○!!〕
問題はこっちですわ。なんですって? 早口なのかわかりませんが記号にしか聞こえない。
「ちょっとお待ちくださいね」
言葉が通じる方の男性にはそう告げて、いまいちまだ言葉がわからない女性に再度向き直る。まず彼女をどうにかしなくては。
〔□△×○○!!〕
「えー……。Can you speak English?」
ひとまず、外国語で通じやすい英語で話しかけてみる。
〔??〕
しかし彼女は頭にハテナマークを浮かべて首を傾げてしまいました。ですよね、なんてから笑い。そんな簡単に行くわけないですよね。さぁどうしましょうか。何語かわからなければ翻訳を使うことすら出来ない。
確かに言いましたよ、”騒動の大半は言語の不理解によるもの”だと。ただそれがまさか異種族ではなく異国間の不理解だなんて思うわけないじゃないですか。もうなんなんですかこの学園、予測が出来ない。
思い悩んでいるところに、言葉が通じる男性が申し訳なさそうにこぼした。
〔さっきから言い合いになってるんですけど、言葉がわからなくてどうしようもなくて……〕
「でしょうねぇ……」
ひとまず顎に手を当てて、思考に落ちる。
木乃先輩は確かこの第二地点が一番の難関だと言ってましたね。確かに難関かもしれない。けれど足で勝てないからには私はなるべく早めに騒動を収めなければいけない。大事なのは焦らないこと。焦ってしまったらすべてがから回る。さぁ一度深呼吸をして。
「……ふぅ」
落ち着いた頭で、考えて行きましょう。
言葉がわからない理由は二つ。「異種族であること」、もしくは「単にその圏の言葉を知らないこと」。前者に私は当てはまらない。ハーフである以上異種族の言葉はわかります。では後者。長年生きてきて割と国は周ってきた。どの国に降りてもそこで言葉を身につけ、四人で共に生き抜いてきましたわ。だからある程度の言語ならば対応できる。
……まさか、死語──? すでに失われた言語で行ったことのない場所の言葉とか?
いやいやいや。思い至った考えに首を振る。
今は体育祭であることを忘れてはいけませんわ。制限時間は五分。死語だった場合は余程の古来人でなければクリアは不可。調べたとしても解明されていないものも多い上にまともに会話が成り立つには五分では無理。ということはそこは除外。
ハーフがこの騒動にぶつかった場合、現在の状況下で考えられる言語は翻訳サイトで翻訳が可能なもの。そして重要なのは”英語が通じない、通じにくい国”であること。そのいくつかある中で私が知らない言語。
ポケットからスマホを取り出し、急いで英語が通じない国を捜す。ガーッとスクロールして、思い当たるところでピタリと止めた。
「ラオス……?」
確かそこには行ったことがないはず。ロシア語は話せるし、台湾なども行ってきた。スクロールした限り通じないと記載されているのはわずか数国。その中で行ったことのないのはこのラオスだけ。
一か八か。翻訳サイトを開き、日本語からラオスの方に通じるであろうラオ語に翻訳できるよう設定して、文字を打つ。
《あなたはラオスの方ですか?》
翻訳された画面を女性に見せ、反応を待った。
〔──!〕
読み終えた彼女は、ぱっと明るくなり、大きく頷く。
ビンゴですね。ここまでで使った時間は一分ほど。残り四分。男性に向き直り、聞く。
「携帯お持ちです?」
〔え? ああ、はい〕
「では翻訳サイトを開いてください。音声入力をONに、設定はラオ語から日本語でお願いしますわ」
〔あ、わ、わかりました!〕
「設定が終わったら画面は私に見せた状態に」
〔はいっ!〕
そう指示をして、スマホを出した男性を待つ。
数秒後、彼が頷き画面を見せてきたのを確認して。
《何かお困りですか?》
再び伝えたいことを入力してスマホを見せたら、彼女は思い出したように少し怒った顔になって言いました。
〔○□△×○△!!!〕
先ほど私に見せるようにしてもらった画面へ目を移すと、翻訳された日本語が。
《セクハラされた!》
おっとまじですか。
「ええと……この女性はあなたにセクハラをされたとおっしゃっていますが……?」
〔セクハラ!? 違いますよ!〕
《彼は違うと言っています》
そう伝えるため画面を見せると、彼女は顔を真っ赤にして口早に言う。
《突然抱きついてきて頬にキスしてきたのよ! セクハラでしょうが!》
「……突然抱きつかれて頬にキスされたとの証言が出ていますが」
〔確かにしましたけど!〕
被告人が罪を認めてしまった。
しかし弁解がある様子。
〔外国の方はスキンシップとしてこういうことするじゃないですか。だから僕も同じようにしたんですよ〕
「はぁ」
〔けれど、した瞬間叩かれてしまって〕
これは私が弁護人でも擁護できない。
確かに外国ではスキンシップが多いけれども。
仮に無罪となる可能性があるならば面識があるかないか。聞いておきましょうか。
「《一つお聞きしますがあなた方は初対面です?》」
彼女にも伝わるよう翻訳もすませて聞く。
言葉が伝わった瞬間、二人はこくりと頷きました。
「……そうですねぇ」
これはもう男性が有罪でしょう。判決は覆せそうにありませんね。
とりあえず、と男性へ。
「今回はちょっとあなたに非があるかと」
〔あれはだめだったんですか……〕
「外国人に合わせたスキンシップを、という考えは素敵なんですけれどね。外国でもいきなり来られるとびっくりしますし、なによりこの現代社会では少々難しかったかもしれません」
〔そうでしたか……〕
落ち込む男性には現実世界でなくて良かったですねと、心の中だけで言っておく。恐らく現実だったら通報必至ですわ。
ひとまず判決はくだったということで、彼の行動の真意を翻訳スペースに打ち込みましょうか。
スマホにタップを始めると。
〔あの〕
男性が、声をかけてきました。
「はいな」
落とした視線を再度上げたら、申し訳なさそうな顔の男性と目が合う。なにか追加で弁解ですか、という予想は、彼の言葉で砕かれました。
〔申し訳ないことをしたと、ラオス語で謝罪をしたいんですが……〕
今私があなたに謝りたい。
ごめんなさいまた弁解ですかとか思って。
そんな意味も込めて。
「……私もラオス語はちょっと読めないので、よければこちらから彼女にお伝えしますが」
いかがです? と聞くと、彼はほんの少しだけ悩んだ後。
〔じゃあ、お願いします〕
許可をいただいたので、頷いてから再びスマホに目を落としました。そうして彼の謝罪も含めて、画面に打ち込んでいく。
《外国のスキンシップをすべきだと思ってしまったそうです。申し訳なかったと、彼は謝っています》
翻訳されたのを確認して、彼女に見せると。
ああ、と納得した顔をして今度は笑みを浮かべた。
《そうだったのね。知らない人だったからびっくりしちゃったわ。受け入れてくれようとしていたのにこちらこそごめんなさいね》
まぁなんて素敵なお方。感動を抑えぬまま男性に翻訳スペースに表示された画面を見せれば、女性のお許しに彼はほっと胸をなで下ろす。
これで解決ということで、大丈夫かしら。
「《ではこの件はこれでよろしいですね?》」
二人を見て聞けば、共に頷く。
〔ありがとう、助かったよ〕
《ありがとう》
お礼を言われ、彼らは消滅。同時に結界もなくなりました。
「……はぁ」
思わずため息を吐いて、また走り出す。
この鎮静マラソン、精神的に削られる。なんなんですかもう。色恋沙汰やら異国間の言葉の通じなさやら予想の斜め上に行かれすぎてとても困る。頑張りましたわ私。あと一つ残ってますが。
見回して、現状を確認する。後ろにいた方々は全員脱落。私の前には木乃先輩を含めた三名。彼らは時間ぎりぎりで終わったのか、ラストの鎮静場所まであと半分というところ。追いつけそうですかね。
ひゅっと息を吸って、全力とまではいきませんがそれに近い状態で追い上げを図る。
「、……はっ」
あ、きつい。
意外ときつい。だって周り全員男性なんだものこんな華奢な女性が追いつこうとしたら結構頑張りますよね頑張ってます。
今ここにリアスがいたら「誰が華奢な女だ」とか言いそう。あ、むかついてきた。心なしか足が速く動いている気がする。これはさっさと終わらせて文句と報告を言いに行きましょう。あなたのせいで早く走れましたと。
なんてばかなことを考えながら、がーっと走って行けば。
前にいる彼らが鎮静場所に着いたと同時に、私も到着しました。リアスパワーすごい。
「おや愛原、追いついてきたんですか」
感謝しようかどうか悩んでいると、隣から掛けられた声。
急いで息を整えて、笑顔で右を見ました。
「えぇ、おかげさまで」
あら隣の彼は息一つ乱れていない様子。さすがというかやはりというか。
ブザーが鳴る中で、若干の悔しさは心に隠し。お互いに、微笑み合う。
「油断ならない人だ。難関を越えるとは」
「ほら私口がうまいので」
さっきは丸め込まれましたけども。
でも今度は。
「あなたにも負けずに先にゴールさせていただきますわ」
「ふふっ、俺も負けませんよ」
余裕そうな笑みを最後に、前に現れたバーチャルの方へと意識を集中する。
出てきたのは、ヒト型の男性と火の玉のビースト。ここでやっと本来の騒動鎮静ですか。
と安堵したのもつかの間。火の玉のビーストが叫び出す。
〔お前いつになったらはらうんだよ!!〕
〔すみません、まだ用意できてなくて……〕
〔あぁ!? 今日には用意できるって言ってたじゃねぇか!!〕
〔すみません、すみません!!〕
あっきらかに高校生には荷が重い騒動きました第二段。
これあれですよね? 借金取り的な? 嘘でしょう? しかも言葉が通じているということはこの人型はハーフ。私が想像していた本来の鎮静はどこへ。
「あー、あの、すみません」
〔あぁ!? なんだよ嬢ちゃん!〕
〔助けてください!!〕
ものすごく首を突っ込みたくない案件ですがなにもしないわけにもいかない。控えめに声を掛けると、ビーストからは部外者がやって来たことへの怒りの目、ハーフからは懇願の目を向けられました。
「えーと、どうされました?」
〔お前には関係ねぇだろうが!!〕
えぇ本当に。とは思うけれどにっこり笑って。
「ですがこちらのハーフのお方が萎縮してしまってお話にならないと思いますので。私でよければ仲介役をさせていただきますわ」
〔ほ、ほんとうですか!〕
「ええ。いかがです?」
ビーストの方に目を向けて尋ねたら、火の玉は舌打ちをして頷いてくださいました。ここまではオッケーですね。
「さて、どうしてこう言い争っているかを教えてくださいます?」
問いに答えたのは、荒々しいビースト。
〔こいつがはらうもんはらわねぇんだよ〕
「お金でも借りてたんです?」
〔ちげぇよ、悪霊祓いだよ!〕
あ、そっち? お金を払うのではなくそっちの祓う?
「ええと、ハーフの方は退魔士なんですか?」
〔そうなんです……でもまだ用意ができてなくて……〕
「お祓いの? このお話が出てからどのくらいなんです?」
〔一ヶ月だ〕
だいぶ引き延ばしましたね。そりゃ怒りますよ。
「その用意には時間がかかるものなんですか?」
〔いや、その……〕
聞けば、ハーフはもごもごと言いづらそうに視線を泳がせる。これは違う理由がありますね。
「なにかできない理由でも? 実は退魔士ではないとか」
〔いや、退魔はできるんですけど! その、終わったあとが……〕
終わったあと?
〔なんだよ、報酬に不満だって言うのか!?〕
〔不満、というわけではなくて……〕
そう言いつつも、声は段々と小さくなっていく。
えーと、つまりはハーフの方が報酬に不満(仮)があるから悪霊祓いを引き延ばし、結果ビーストが怒っている、ということですか。そこまで納得して口を開こうとした瞬間。
〔報酬があたしと付き合うことがそんなに不満だってのか!?〕
ちょっと待って。
え? 今何か不思議な言葉が聞こえた気がします。”つきあう”? ”あたし”?
「すみません、つかぬことをお聞きしますがビーストの方」
〔なんだよ!〕
「性別は……?」
〔女に決まってんだろうが!!〕
わかるわけないでしょうが。
めちゃくちゃ荒々しい言葉遣いに火の玉という見た目。どこで判断しろと? 心が折れそうになるのを頑張って耐えて、今度はハーフに向き直る。
「ではハーフの方はお付き合いするというのに不満があると……?」
〔いえ、不満じゃないんです!!〕
あ、不満じゃないんだ。
〔むしろずっと好きだったから嬉しいんですが〕
〔えっ!?〕
おっとビーストすらも驚く新情報。
何とか話に置いていかれまいと、眉を下げて話す男性の言葉に必死に耳を傾ける。
〔その、報酬としてお付き合い、というのが悲しくて〕
「悲しい?」
〔もっとこう、僕的には段階を踏みたいというか、でも言い出せなくて……〕
「──ああ、なるほど」
やっと、彼の態度が腑に落ちた。
つまりはつきあいたい気持ちはあるけれど報酬という形では気が引ける。しかし気弱なせいで言い出せなくて延々と悪霊祓いを引き延ばしていたと。
なんて騒動ですか。騒動なんですかこれ。呆れてため息が出そうになりますが、それはぐっと堪えて、得意の笑みは崩さない。
「ではいっそのこと今ここで告白してお付き合いすれば万事解決なのでは?」
なんて言うと、お二人方は目を見開く。そうなりますよね。でも恐らく最短で、なおかつ二人に適した正解はこれしかない。
〔そんな急に……〕
予想通りな反応を見せた男性に、申し訳ないけれどかぶせるように。
「どのみち報酬としてつきあうという条件を出してきた以上、ビーストの方にもその意志があるのでしょう。あなたが気が引けるのであればさっさと告白して今付き合って、悪霊祓いは別の報酬にしてもらった方が良いのでは?」
〔……そ、そうですよね〕
一気にまくし立てて言ってしまえば、元々押しに弱いのか、ハーフの男性は頷く。こっちはオッケー。では次。
「ビーストの方もいかがです?」
〔あ、あたしは別に……好きにすればいいんじゃない?〕
ここで突然の乙女。頬らしいところをさらに赤くしてそっぽを向いた。初めからその乙女感出してくださいよわかりづらいわ。いらっとしつつも、ひとまずこれでまとまったはず。パンッと手を叩いて、にっこりと聞いてみる。
「ではお話はまとまりましたね? さすがに大事な告白の場面を見るのは申し訳ないので、これで一件落着ということでどうでしょう」
本当は告白まで見届けるのが面倒だからですがそれは言いませんよ。にこにことしていれば、向こうのお二人方は一度目を合わせて、少し照れくさそうに頷いて。
〔はい、いろいろありがとうございました〕
〔助かったよ嬢ちゃん!〕
そう告げて、消滅していきました。
よし終わった、頑張った私。結界が消滅したのを確認して走り出す。
同時に見えたのは、右隣でも走り出した木乃先輩。
「愛原も終わりましたか」
「ええ、比較的簡単だったので」
正直心が折れそうだったというのは黙っておきましょう。
残り五十メートル。私の五十メートル走のタイムは六秒後半。できれば木乃先輩がもう少し鎮静で手こずってくれればよかったのに。なんて思っても仕方ない。一か八か、向こうに全力疾走の体力が残っていなければ勝てるかもしれない。そう考えて、残り三十メートル位の所から短距離を走るように全力で踏み出す。
「おや」
「お先ですわ」
頑張って余裕の笑みを浮かべて、ゴールテープ目指して全力疾走。
残り十五メートル。レグナに風の加速の方法教えてもらっていればよかったと後悔しています。私が使う風は華能力への補助なので花吹雪を舞わせるしかできないし、メインの華能力じゃ道を華やかにすることしかできませんわ。そろそろちゃんと属性魔術も増やそうと心に誓って走る。
あと五メートル。もう少し。気は緩めずに踏み込んだ、
──直後。
「愛原は案外足が速いんですね」
なんて背後で声。
走ることに向けていた集中は、そんな突然の声で途切れてしまう。
「お先です、愛原」
その、隙をつかれて。
残り一メートルもないところで右側を人影が抜けていく。
──やられた。
苦笑いを浮かべて、すでに切られたゴールテープを抜けた。
「俺の勝ちですね」
「言われなくてもわかってます」
息を切らしながら案内係に連れられたのは、ゴールした順の旗を掲げている待機場所。ほぼ同時に木乃先輩と連れて来られ、共に腰を下ろせば彼からは勝ち誇った声が。もう少しだったのに。さすがにいつのも笑みは崩して、ちょっと拗ねたように口をとがらせる。それに木乃先輩は笑って。
「では要求を飲んでもらおうかな」
「踏み込んだおつきあいを、でしたっけ?」
「そうだね」
「具体的にはどういった感じでしょうか」
次々とまた走り出す生徒を見ながら、若干投げやりに話す。あそこまでぎりぎりで負けるのはやっぱり悔しい。しかし敗者は勝者に従うもの。左隣を見て、顎に手を添えて悩む武煉先輩の返事を待った。
そうして数秒後、返ってきたのは。
「まずは互いに名前で呼び合うというのはどうでしょうか」
そんな、当たり障りのない内容でした。思わず呆気にとられてしまう。
「……そんな感じでいいんです?」
「おや、どんな感じを想像していたのかな」
ふふ、っと笑う木乃先輩。この人本当に言葉選びがうまいかもしれない。
「改めて聞かれてもどんなとは想像はつきませんが。けれどこんな簡単なことでよいとも思いませんでしたわ」
「まぁ、まずはじっくりとね」
小さくこぼされた言葉に首を傾げると、肩を竦めてはぐらかされる。
「こっちの話だよ。ひとまず、始まる前に言ったとおり名目上初めは君と。彼らには後ほど俺から言っておきます。君と、とは言ったけれど俺は君たち後輩と親交を深めたいと思ってますから」
まぁ本当に口がお上手な人。
「まんまとあなたの言葉に引っかかった私の完敗ですわね」
「うまく引っかかってくれて何よりですよ」
笑って。ふっと合うのは、クリスティアよりも暗い青の瞳。
「そんなに後輩と仲良くしたかったんです? 武煉先輩」
「初めてできたかわいい後輩だからね」
その目を見据えていれば。木乃先輩、改め武煉先輩の手が、私の髪に触れた。びっくりはしましたが、表情は崩さず視線も逸らさない。
そんな私に、武煉先輩はにっこりと笑みを浮かべて。
「大切にするよ、華凜」
そう、優しげに呟いた。けれど言葉とは裏腹に、暗い瞳は、内側が読めない。
真意はわからないけれど、どこか妖しげなその瞳に。
「……光栄ですわ」
ただ、当たり障りない言葉といつもの笑みで返すのが精一杯だった。
『人生予想なんてできないものばかり』/カリナ