巡り巡っても、変わらぬ想い

「あっちゃぁ、華凜負けちゃったか」
「他走者が全員男で二位というだけすごい方だろう」
「華凜ちゃんも足速ぇなぁ」
「うちでは遅い方だよ…?」
「マジかよほんとチート」

 カリナがマラソンの方に行って、しばらくして戻ってきたリアスとクリスティアと、一緒について来た紫電先輩と四人で見ることになった第二演目。紫電先輩曰く、木乃先輩もこの演目だったらしい。じゃあもうここで見ていけばと、最近では一緒にいるからか当たり前のようにそう言って、四人で並んで人工芝に座ってしゃべりながら待つことしばらく。
 話題の二人はなんと走る順番が一緒だったらしく、共にスタートダッシュ。途中までは無難な順位にいたカリナは、ラストで思い切り追い上げた。
 けれど同じタイミングで交渉を終えたらしい武煉先輩に、あと少しのところで巻き返され、結果は二位。
 まぁリアスの言うとおり、他九人が男の割に二位ってのはすごいよなぁ。

「あ」

 妹の勇姿をあとで讃えてやろうか。さぁ褒美は何がいいだろうと思案しかけたところで、校庭の真ん中に出た”11:30より討伐合戦”というメッセージ。
 俺じゃん、そんで確か──

「龍も討伐合戦だったよね?」
「そうだな」
「集合だってさ、行こ」

 立ち上がって言うけれど、リアスは動かない。顔を見ると、だいぶ苦い顔してる。うん、言いたいことはわかるよリアス。

 クリスを集合場所まで連れて行くだろうお前が心配なのは、その先だよね。

「走り出した後心配なのはわかるけども」
「棄権したい」
「がんばって龍…」
「棄権したい」

 さぁどうしましょう、我らが最強天使は過保護が発動してしまい立ち上がることができなくなってしまった。

 二回言ったぞ棄権したいって。

「龍さーん」
「討伐合戦はクラス順でお前と俺の出場が一緒だろう。どうするんだ華凜がそれまでに迎えに来れないなんてことになったら」
「やめてよ言ったらそうなるから」

 やっべリアスの顔が若干青ざめた。
 うーん、カリナ途中で抜けらんねぇかなぁ。百メートル走見てた感じ、次演目開始と前の演目の退場一緒っぽいんだよな。あの妹なら何かしら理由付けて来れるか。うちのお姫様が一人になっちゃうなんて言えば秒で帰ってくるよね。

 よしとりあえずカリナにメサージュ、と。
 スマホを取り出したときだった。

「刹那ちゃんが心配ならオレが見てっけど?」

 紫電先輩が、そう言った。

 驚いて、リアスと二人、自然と目を合わせる。
 少し目を開いていた親友は、意図を理解した後。なんとも言えない顔に変わる。これきっと俺も同じ顔してるよね。

 クリス本人は多分いいんだよ別に。
 紫電先輩は兄みたいに接してくれるし、リアスのこと楽しませてくれるし。逢えば好きな飴くれるし。そういう、クリスが好ましく思う条件をかなり満たしてるから、本人も結構懐いてる。

 なのだけれど。

 俺たちが彼女を任せられるほど信頼しているかと言われればちょっと別問題。
 ずっと一緒にいるから麻痺してるけど、なんだかんだ出逢ってちょうど一ヶ月。過保護なリアスには、彼女を任せるに値するか否かを判断するには時間が全然足りない。
 ただ、この一ヶ月で結構楽しませてもらってる手前、信用してないから断るっていうのも気が引けるんだろう。なんでここまでわかるかって? 俺もほぼ同じ考えだから。

 リアスと違う理由を付けるなら、大事なお姫様に仮に何かあったってなればうちの王子がやばいから。というわけで俺としてもお断り。

 さてどう断ろう。思考に落ちかけた瞬間。

 いろいろ顔に出てたみたいで、紫電先輩が笑った。

「保護者サマはまだ心配なワケだ?」
「えぇと……」

 図星なので、否定することもできず。

「すみません……?」
「んや?」

 けれど口から出た謝罪には、明るく首を振られた。

「正しい判断なんじゃねぇの? 提案はしてみたケド、ここであっさりオッケー出されてもオマエらの危機管理能力疑うし」

 だから気にするなと、肩を竦めて笑った。

「ま、言ったとおり刹那ちゃんには手は出さねぇケド」
「あんたの首が飛ぶもんな」
「ホントソレは勘弁。武煉と勝負ついてねぇからまだ死ねねぇんだわ」

 ここでバトルのために死ねないっていうのが地味に先輩らしい。
 まぁとりあえず任せるっていうのはお互いになしということで、カリナに連絡しようかと。

「ソレに仮に首飛ばされなくても手は出さねぇよ」

 メサージュを開いたら。

「オレ女の子に興味ねぇもん」

 なんかとんでもない言葉聞こえて思わずスマホ落としそうになった。
 あっぶね。

 いやていうか今なんて??

「ちょ、え、紫電先輩待って、え?」
「だから女の子に興味ねぇって」
「待てそれはそれで身の危険を感じるんだが」

 俺とリアスは思わず後ずさる。え、紫電先輩そっちの人? え? だからリアスに??

「陽真は男の人が好きなの…?」

 おいそこの勇者、今だけはその勇者っぷりを発揮しないで欲しかった。

「いや女の子もモチロン好きだケド」

 え、両方いけるタイプ? たぶん俺とリアス同じことを考えてるよね。リアスすげぇ顔引いちゃってるよ。

「女の子に興味ないんじゃないの…?」

 ぐいぐい聞くなこの勇者。場合によっては結構デリケートな質問だぞ。
 けれど当の紫電先輩はその質問にケロッとして。

「うん、闘いにおいては。女の子ってすぐ泣くから這いつくばらせ甲斐なくね?」

 瞬間、俺とリアスが脱力したのはしょうがないと思う。

「紛らわしい言い方をするなっ!」
「最初から言ってよそういうこと!!」
「え!? なに!? オマエらオレが男好きだって思ったの!?」
「言い方的にそうなるだろう!」
「女の子に興味ないってだけ言われたらそうなるよ!」
「いや話の流れ的に恋愛じゃねぇって気づけよ!!」

 だったら主語つけてよっ!! 紛らわしいわっ!!

「それに恋愛だったらもっと刹那ちゃんは大丈夫だって」
「こんなに魅力があるのにか」
「オマエは刹那ちゃんを推したいのか遠ざけたいのかどっちなんだよ」

 呆れたように肩を竦めてから。「じゃあなんで」って首を傾げている俺たちを見て、紫電先輩は一度、んーっとちょっと考える素振りを見せる。

 そうだなぁって口を開いて。

「ちゃんと心に決めたヤツがいたからさ」

 そう、ほんの少し寂しそうな顔で笑った。

 あのあと。どうせリアスが渋っているんだろうと踏んだカリナが係員に言って戻ってきてくれて。俺とリアスは、さっきまで百メートル捕縛走が行われてた現討伐合戦の集合場所に行って受付をすませた。
 とりあえず演目時にちゃんと指定の場所に行けるなら自由にと言われたので、チーム上敵ではあるけれどいつも通りリアスと一緒にいて人混みに紛れることに。

 時間と共に徐々に人が集まってく中。

 話題は、

「……さっきのさ」
「……あぁ」

 あの紫電先輩の言葉、

 ──ではなく。

「クリスかっこよかったね」
「また惚れたよな」

 その直後にした、彼女の行動である。
 思い返しながら、そのイケメンさに心がまた打ち抜かれた気がした。

 心に決めた人が、”いた”と。紫電先輩は、そう言った。

 その言葉ですぐに思い浮かぶのは、ただいなくなるんじゃない、永遠の別れ。
 もしかしたら単に振られただけかもしれないけれど、寂しそうな目は、そっちに結びつけて。

 たくさんの別れを繰り返して、悲しいだけでは済まされない思いをしてきた俺とリアスは、何も言えずにいた。

 そんな中でさっと動いたのは、俺たちのヒーロークリスティア。
 言葉を聞いた直後、彼女は先輩の前に行き。

 その頭を、優しく。優しく撫でた。

 辛い言葉を発させてごめんねなのか、悲しいことを思い出している先輩への慰めなのか、単に無意識なのか。
 どういう意味で、というのまでは俺たちにはわからないけれど。

 ああやって、ぱっと手を差し伸べられるのは、やっぱり何度見てもかっこいいなと思う。
 大昔のバカな王子のせいで人に触ったり触られたりが基本的に苦手なのに、困っていたらそんなの構わず助けるから、なおさらかっこよく見える。
 あの姿に何回惚れさせられただろうか。

「どうすんの、紫電先輩がクリスに惚れたとかなったら」
「クリスティアが本気であいつを好きになるなら譲るが?」

 四月同様、簡単にそう言うけれど。

 実際譲る気は一切ないのを知っている。

「相変わらず怖いやつ」
「お前に言われたくはない」
「俺のどこが怖いのさ」

 そう、笑ったら。

《これより討伐合戦を始めます》

 そういうところだぞって小さな呟きと同時にアナウンスが流れたので、リアスの言葉に首を傾げながらも目を向ける。受付をしてくれた男性教師がメガホンを通して始める説明に、リアスと共に頭を切り替えて耳を傾けた。

《討伐合戦は一年生からクラス順に三組同時に行われます。各クラス十五名の参加者は、このあと展開されるバーチャル空間にて敵を討伐。すべてのクラスが討伐し終わったあと、チーム色ごとに合算され、一番討伐数の多いチームが勝利となります。バーチャル空間での討伐時間は各クラス十分間。その間敵は無限に出てきますので可能な限り討伐をお願いします。以上、まずは一年一組から三組までの参加者、各チーム色の旗の下に集まってください》

 それを受けて、リアスと頷いて歩き出す。俺は一組だしリアスは二組。
 うーん、狙うのは得意だけど地味にリアスの方がこういうの上なんだよな。勝てるかね。

「せいぜいクラスの奴を巻き込まないようにな」
「刹那じゃあるまいし」

 なんて二人で笑って。

「んじゃ、頑張りますか」
「また後でな」
「おー」

 クラス棟側に間隔をあけて並んでるステージの近くで別れて、一番左端の赤の旗が立ってる場所へ。
 三段だけの階段を上ってステージへ上がると、クラスの人たちはだいぶ集まってた。真ん中にある旗の下には何個かの武具。たぶんヒューマン用かな。

 その武器から、クラスへと目を向けると。

「……」

 あらまぁちょーっと微妙な目。
 なんだろうね、別に嫌悪とかそういうんじゃないんだけど。近づきがたいみたいな、腫れ物扱いみたいな?

 まぁ当然か。

 リアスの噂に加えて一年がどこまで知ってるかわかんないけどある意味不良とつるんでるわけだし。ただどう思おうが構わないんだけど、討伐合戦どうするかだけは話してくれるとありがたいなぁ。

 そう、クラスを見回したら。

「!」

 目の前に、ひょっこりと朱に近いピンク髪が顔を出した。

「今日はよろしく頼むわね、波風くん」

 右目の下にその名の通りの”模様”をつけた女の子。

「道化(みちのか)」
「頼りにしているわ!」

 妹のようににっこりと笑った彼女の瞳からは。

「……」

 なんとなくだけど、他の生徒みたいな目線は感じられない。

 だから、思わずこぼしてしまった。

「……結構普通に話しかけてくれるんだ?」

 その言葉に、今度はきょとんとした顔をする。そしてまた、楽しげに笑った。

「もちろん! クラスメイトだもの」

 ころころよく表情が変わる子だなぁと若干的外れなことを思った直後。

「っと」
「普段はすぐに帰るし、最近は先輩と連んでいるから中々声を掛けられなくてね」

 今度は肩に重み。どこぞの見知った先輩がよくやるやつだけど、あの人はいないと知っているので、右を見る。

「祈童(きどう)」
「話すのは初めましてだな波風。やっと話せて嬉しいよ」
「こちらこそ」

 ほほえみながら言ったら、藍色の短髪は元気がにじみ出てるような顔で笑った。こっちからも、道化同様変な目の感じはしない。
 祈童は嬉しいって言ってるけど、こっちとしては普通に話しかけてくれて嬉しいわ。

 二人が話しかけてくれたおかげで少し周りの雰囲気も和らいだし。

 ひとまずお礼を言うのは後にして。

「んじゃとりあえず、時間ないから討伐合戦どうするかだけ先に話進めちゃっていい?」

 全員を見渡して聞けば。

「進めるも何も、今回は波風頼りだぞ僕らは」

 祈童が、そんなことを言ってきた。

 どういうことかな???

「待ってね祈童さん、どゆこと?」
「言葉の通りさ。この討伐合戦は波風に任せようと思っている」
「なんでそうなるかな」
「だって」

 発せられた道化の言葉に。

「ここはみんなヒューマンだもの」

 止まった。

 え、みんなヒューマン? 俺以外? 嘘でしょ? 

 確かに今ここにいるやつらでビーストはいない。でも人型は全員がヒューマンなわけじゃない。俺みたいにハーフもいるわけで。

「嘘でしょ!?」
「ほんとさ。僕もヒューマンだし」
「あたしもヒューマン」

 なんて二人が言い出せば、俺も私もと他全員がおずおずとヒューマンだと言った。まじかよ。

「祈童って確か神職じゃなかったっけ?」
「おーよく知ってるじゃないか、その通りだ」
「神職ってなんか不思議な力使えないの?」
「残念、僕ヒューマンで生まれちゃったから祈り捧げるくらいしかできないな」

 討伐合戦で祈り捧げられてどうしろと。

「道化って道化師だよね」
「そうね、同じくヒューマンとして生まれたから力はないけれど、全力で楽しませるわ!」

 戦場で楽しませてたらただの的だわ。

《ではこれより第一回戦の討伐合戦を始めます》

「うわまじか」

 せっかくいい雰囲気になったから作戦練れると思ったのに、衝撃事実が多くて結局何も決まらなかったじゃんか。
 ていうか人選ミスでしょ杜縁先生。

 けれど今はもう始まっちゃうし、文句を言ってもしょうがない。
 杜縁先生に恨みの念だけちょっと送って。

 とりあえず。
 中心からクラス棟側のステージ出口へ向かい、全体の三分の一くらいのあたりで前に向き直った。

「俺こっからやるから。お任せなら、とりあえず俺の後ろに来て」

 それだけ言うと。

「……っ」
「……」

 自前の武器を持っていない子たちは、貸し出しボックスから武器を持って。全員が俺の後ろに来た。
 お任せだけどやる気はあんのかな。完全お任せなら結界張ろうと思ったけど。
 大丈夫そうかなと、一瞬後ろを見て。各々が武器を構えてるのを捉えて、前を見据えた。

「波風、敵を滅する祈りを捧げてやろうか?」
「断るわ」

《よーい》

 笑ってそう返した直後。

《スタート!》

 銃声と共に、十五人が動き回るには充分なバーチャル空間が展開された。

 その瞬間、空間を埋め尽くさんばかりのどろどろとした敵が。

「すっげぇおどろおどろしい」
「同種族を攻撃したら反感買うからという配慮だそうだよ」

 もう体育祭やる意味なくない?

「ひぃっ」
「わっ、わっ!」

 後ろから、声が聞こえる。
 振り向くと、俺が作ったスペースにも当然出てきている敵さんたち。幸い攻撃はしてこないみたいだけれど、その見た目も相まって戦闘経験なんてほとんどないクラスのやつらからしたら、見るだけで恐怖になってしまっているらしく。祈童たちや、一回こいつらとご対面した人たちは平気らしいけどほとんどのやつは腰抜かしちゃってる。これやっぱり結界張っといた方が正解だったかな。

 めんどくさい。

【デスペア】

 愛用してる千本を呼び出す。今向いてる方向のクラスメイト側には数本、背後は敵さんだけなので全方位に展開して。

「ねぇ」

 全員に、笑う。

「一瞬、動かないでね」

 ──刺さるよ。

 どんな風に見えただろうか。
 ほとんどの生徒が息を飲むような顔をした。もちろん刺さないよ。ただ動かれると刺さる可能性あるから。それを言うと気を抜いちゃいそうなので、このまま。

 パチンと、

【Deployment(散開)】

 指を鳴らした。

 その瞬間に、展開された千本は獲物に向かって一斉射撃。
 クラスメイトの近くにいた敵は四散。

〔グウゥクオォォォォ〕
〔ウオアァァァアギアガガアァア〕

 同時に、とくに背後から、ものすごくひどい声が上がる。うわこれよくゾンビゲーで聞くやつ。

 聞くに耐えないそれに片耳を押さえながら、目の前で呆けているクラスメイトたちへ。

「──どうする? 今からでも結界張る?」

 少しだけ大きめな声で、聞いてみる。
 全員が俺の声にハッと我に返って悩んでる間にも、千本を展開して散開させるのは止めない。

「どうする」

 雄叫びになれてきたので耳からは手を離し。クリスティアよろしく小首を傾げて、二回目、問うと。

「……」
「……っ」

 視線の先のクラスメイトたちは、ほんの少しだけ、悩んだ顔を見せてから。

「!」

 誰もが、首を横に振った。
 しっかりと、戦う意志を持った目で。

 さすがエシュト、やる気は十分。
 自然と口角が上がって、前に向き直った。視界に広がるのは、殲滅したあとすぐ出てきたんだろう。開始時と同じたくさんの敵。

「んじゃ後ろお願いね。なんかあったら呼んで」
「はいっ!」
「任せろ!」

 祈童は祈り捧げないでねと心の中で言っておこ。

 さてじゃあ俺もやりますか。
 今度は前面だけに千本を展開し、またすぐに散開させる。

 まっすぐに飛んでいった千本たち。敵を貫く度に、またひどい咆哮が上がって──

 あ。

「これ結構撃ちこぼしあるなぁ」

 奥の方。向こうの三分の一くらいかな。元から威力が足りないのか、敵を貫く度に勢いが死んでってるのか。まぁどっちでもいいけれど。奥の方の敵には届いてない。

 これじゃあんま討伐数稼げないか。相手はリアスだもんね。

 手前側でまた敵がわき上がるのを見ながら、ちらりと横に目を向ける。
 隣のステージでは、リアスが案の定一人で大活躍してた。考えることも同じ、クラスメイトは自分の背後に。

 そんで俺がやるかやらないか聞いた結界を、リアスは張っていた。

 こっちは結界張ってない分、ちょっとずつだけど後ろが討伐していってる。

 敵は四散後すぐ復活。

 討伐スピードが速ければなんとか勝てるかな。
 わかんないけど、やってみようかと視線を前に戻す。

 条件は後ろに被害が行かない・復活と討伐の回転が速い。

 ってなるとあれかな。小型にして後ろの方中心にすればいいでしょ。もしだめなら周りが影響受けないように結界張ればいいや。そう決めて、

【彼方に見える一筋の光。希望にすがり伸ばす手を、安寧を求める瞳を、】

 紡ぐ。

【全てを飲み込み、絶望へと誘え──常闇の月(フィンスターニスモーント)】

 瞬間、ステージ真ん中から奥に向かって五つの真っ黒な月が展開された。
 ヴァーチャルの壁から少し離したところで四つで四角形を作るようにして、残り一つはその真ん中に。

 そうすると、その付近にいた敵さんは。

 吸い込まれるようにして、次々と消えていった。

 名前が違うだけで要はブラックホール。今回はミニ版ね。

【デスペア】

 次々吸い込まれてく中、また千本を展開する。こっちは撃ちこぼしと、半分より手前用。

「はい、いってらっしゃい」

 パチンと指を鳴らせば、また勢いよく散開していった。

 俺の月の付近に出たやつはすぐにそれの餌食に、少し離れてるやつには千本が。回転率も良いしこれなら結構良い線いけるかも。
 ちょっと千本追加してもいいかな、と魔力を練ったとき。

 後ろから気配。

 ぱっと、振り向くと。

「すごいいっぱい術持ってるのね」
「おぉびびった」

 思った以上に近い距離に、朱ピンクの頭。

「道化」
「あまりにすごくてこっちに来ちゃったわ」
「それはどーも」
「いくつ持ってるの? 術」

 前を向き千本を追加しつつ、どうせこっからは流れ作業で暇になるだろうしと、道化の会話に応じた。持ってるの術の数。風魔術、闇、水、氷……そっから枝分かれしてって──あ、だめだ数えんのめんどくさい。

「うん、とりあえず数えるのがめんどくさいくらいなのは確か」
「それはほんとにたくさんね! 術が好きだったりするの?」
「うーん、半分はそんな感じ」

 もちろん半分は生きるため。
 そっちは言わないけど。放ったばかりの千本の補充をして、また散開させた。

「龍が結構いろいろ持ってるから。基本はあいつと楽しく戦うために覚えたかな」
「炎上くんと戦うの、好きなのね」
「まぁ死にそうになったりもするからめんどくさいのもあるけどね」

 術の張り合いができるのはあいつだから、やっぱ楽しいかな。

 笑って言うと、「そう」って、こっちも笑ったような声が返ってきた。

「……」

 少しの沈黙。術に関してはもう聞くことないってとっていいのかな。
 近くに出てきた敵に千本を投げつけて、今度はこっちから。

「そういえばさ」
「はあい」
「さっきも言った、結構普通に話しかけてくれるけど」
「そうね、クラスメイトだもの」
「うん、でも平気?」

 問うと、すぐに返ってきた。

「何が?」

 本当に不思議そうな、声。
 あれこの子俺らの噂知ってるよね。

「龍を中心にした噂、さすがに知ってるでしょ」
「あぁ、あのよくわからない噂?」

 よくわからないときたか。ちょっと笑ってしまった。

「そ。話しかけてくれるのは嬉しいけど、俺たちに話しかけるとあんまり良いイメージ持たれなくなっちゃうんじゃない?」

 目の前に出てきた敵を千本でなぎ払う。たぶん、少しだけいつもより力が入ってた。

 なんで勝手な勘違いで俺が、俺たちが周りに気を使わなきゃいけないんだろうね、なんて。
 ほんとならさ、このまま、ありがとうってお礼言って。

 うちの女子組と、カリナと。女の子同士仲良くしてねって。本当は言いたいのに。

 今世も残り三年弱。せっかくなら愛する人たちにもっと楽しんでほしい。
 けれど、俺に話しかけたことによって、仮に。道化が良い目で見られなくなってしまったら、そっちだって申し訳ないから。

 そう、言ったのだけれど。

「あら、周りの目なんて関係ないわ」

 俺の心配は、明るい声にかき消された。

 思わず、そっちを見る。

 右目の下にあるペイントの女の子は、とても楽しそうに笑っていた。

「周りの声で勝手に形成された人物像に、意味なんてあるかしら?」

 自分の目で見たものが真実よ。

 そう、まるで探偵が言うような言葉に。

 たぶん、ずっと望んでいた考えに。

「あはっ、かっこいいね道化」

 どこか嬉しくて、エシュトに来て初めて。リアスたち以外に吹き出した。

「ちなみに祈童くんも同じ考えよ!」
「それはありがたいわ」

 指さした方向を見ると、後ろでは他の生徒に紛れて祈童が剣を振るっている。どことなく祈祷で使う大麻(おおぬさ)振ってるようにしか見えないけど今はそこは置いておこう。

「さっきも言ったとおり、先輩たちとよくいるからなかなか話しに行けないけれど。隙あらばまた話しかけに行くわ!」
「刹那にも話しかけてあげてね」
「もちろんよ! どちらかと言えばあなたたちメンバーの女子と話したいもの!」

 それは嬉しい限りだ。

 ようやっとあの女子組にも友達ができるかなと若干の安堵をしたところで、前に向き直る、

 ──途中。

「あ」
「あら」

 道化の足下に、今日でもう見飽きたヴァーチャルの敵が出た。動かなきゃ墜とせるな。千本を準備しようとすると、

「任せなさい!」

 自信満々で言った、道化。顔に目を移したら、さっきと同じ、楽しそうに笑ってる。見たところ武器は持ってないけど、自前があんのかな。
 どうせ近くにいるし、だめでもすぐ助けられるから、本人の言うとおり任せようか。

「んじゃお願い。俺前やってるから」

 たぶん残り数分。もうちょい討伐数は稼ぎたいよね。横に向けてた顔は前に戻して、展開させてる千本をさらに増やす。それを発射させたとき。

 横で、パンッて音が鳴った。

 ──パンッ?

 あれ今の今まで敵を倒すのにそんな音鳴ったっけ? 俺はもちろん後ろでもそんな音しなかったよ?
 前に戻したばかりの顔を、また彼女がいる方向に向けてみた。

 そこには敵を目の前に手を合わせた道化。

 いや拝んでどうすんだよ。

「えーと、道化さん?」
「なにかしら」
「何してんの」
「準備よ」
「なんの!?」

 これからあなたを倒しますよ的な!? いらなくね!?
 一応注意は敵にも行かせつつ、どうしようもなく気になって視線は道化に行く。

 俺の視線なんて気にせず少しの間敵と睨み合った道化は、手を開いた。

 その手からはあら不思議、ジャグリングでよく使われる、ボーリングのピンのような形をしたクラブが。

「いやなんで手品!?」
「道化師だもの、こういったものも持ち歩いてるわ」
「そうじゃなくて! 今必要かよそれ!?」
「なに言ってるのよ、必要だから出したのよ!? 種も仕掛けもないこの手から!」
「手を見せなくていいわっ! 今からジャグリングでもする気か!」
「道化師としては最高のシチュエーションだけどしないわよ! 見てなさい!」
「はっ──?」

 道化は、一本のクラブの細い方を握りしめる。呆気にとられて見ていると、

 彼女はそれを大きく振りかぶって。

 あろうことか、横たわる敵へと、思い切り叩きつけた。

「潰しちゃったよ!!」
「任せろって言ったでしょう?」
「言ったけども道化師もびっくりの行動だよ! 商売道具を粉砕に使うやつなんて聞いたことないわ!」
「あるものは使うわよ」
「だったら旗の下にあった剣でも良くない!?」
「嫌よ、取ってくるの面倒だわ」
「最初から持って来いよ!!」

 行き場のないこの思いを敵にぶつけるように、目の前に出てきた敵を切り刻む。

「はー……」

 ツッコミと勢い任せの斬撃で上がった息を整えるために深呼吸すると。

「……」

 隣でまたグシャッて音。さっき視界の横で黒い何かがついたクラブが持ち上がったの見えてたから道化だと思う。
 ちらりと横目で見てみると、やっぱり道化が自分の目の前に出た敵を潰していた。

 すごいね、さっきまでのいい雰囲気も一緒に潰されてくみたい。

 俺もう記憶の中道化のスプラッタな光景しかないんだけど。
 リアスに、うちの女子組と仲良くしてくれそうな子いたよって嬉々として報告しようと思ってたんだけどどうしよう。
 この光景話したら絶対NG出るじゃん。

 それはいけない。
 未だ粉砕劇を続けている道化へ。

「道化、最後だけで良いからちょっとこう、かわいく俺の記憶に残ってくんない?」
「えぇ? 十分かわいいじゃない」
「光景が全然かわいらしさの欠片もないけど??」

 お前の顔に飛び散った黒い何かついてるからな。
 恐怖しか感じねぇわ。

 しかも笑顔でクラブ叩きつけてるからなお恐怖だわ。

「うーーーん……」

 出てくる敵を粉砕しながら、道化は悩む。
 その声を聞きながら千本で敵を切り刻み、

「波風くん!」

 明るい声で呼ばれたので、しっかりとまた道化に向いた。
 超笑顔じゃん。何か思いついたか。

 と思ったのもつかの間。

「考えてみたけれどこれ以上かわいくなるのは無理だったわ!!」

 なんて。
 めちゃくちゃすがすがしいくらいのNOを頂きまして。

「、ふは、十分だわ」

 思わず笑い、記憶も無事に上書きされて。

《第一回戦、勝者は赤組──すぐに第二回戦を始めます、速やかに移動をしてください、繰り返します──》

 ある意味楽しく討伐合戦を、終えた。

『さらに楽しい学園生活は、きっとここから始まる』/レグナ




《これより妨害守護合戦を開始します》

 さぁやって参りました後半戦。

お昼休みは上級生による幸せなひとときを頂きまして。この時よ永遠にと思いましたが後半戦の初回は出番。大変名残惜しくはありつつも、昼食をとった後リアスたちとは一旦別れ、レグナと共に授業棟側にある妨害守護合戦の集合場所へやって来ました。
 お昼直後でタイミングが被ったんでしょう、大混雑の中でなんとか受付をすませて、クラス毎に並んでいる列の自分のクラスの一番後ろにつけば、女性教師がメガホンをとって壇上に上がりました。間に合いましたわね。

《この演目から妨害ありの演目となります。ただしハーフ、ビーストは魔術などの使用は結構ですが、妨害ということだけは忘れず、怪我のないように。ヒューマンには武器ボックスを用意してますので各自好きな武器をお持ちください。では説明を始めます》

 直後、集合を知らせるモニターより少し小さめのモニターが彼女の横に現れる。そこには各チーム色の丸たち。ざっと見て三十ずつ、演目の出場人数ですね。その中の各色一つずつに小さな王冠が見えます。

《流れはすでに存じているかと思いますが、この演目は各チームの一人を”王”、そのほかを”臣下”と定め、三チームによる冠奪取合戦になります。王が冠を取られた時点でその組は失格です》

 女性教師が赤い王冠を被った丸をタップするとその丸には上から×マークがつき、隣に「赤組失格」と文字が。

《この演目のポイントは、臣下も王も自由に動くことが可能という点。誰にでも王を討ち取るチャンスがあります。ただし王は冠、臣下はハチマキが生命線となり、取られた時点で行動不能。王の場合は組全員が失格となります。自由に動ける点をいかに活用するかがこの演目の鍵となるでしょう》

「この演目って王の人選も重要ですよねぇ」
「俺嫌な予感しかしないわぁ」
「あらあら奇遇ですわお兄さま」

 HRの事前説明と併せて聞いている限り一番重要なのは”王”。妨害守護合戦は混戦演目。移動、対処、臣下への攻撃ができる者──人選は自ずと絞られてくる。別に自分がものすごく強いですよなんて思ってもいませんが、初回演習でやらかしたのを踏まえると、メンバーが決まった時点で予感していたことが当たりそうでですね。隣にいるレグナと遠い目でから笑いしましたわ。ひとまずレグナ陣営にクリスティアがいなかったことを今だけ喜びましょうか。

《各回作戦を練る時間がありますので、その点も踏まえてよく話し合うように》

 一度見回し、問題がなさそうと判断した彼女は再度口を開く。

《それではこの演目では三つのバトルを同時に行いますので、これから順番とスタジアム決めのくじ引きを始めます。妨害守護合戦においては一年生は戦力差が付かないよう、同学年での対決となりますので一番左の係員からくじを引くように。上の学年はランダム対戦になり場所が違うので、引き間違いのないようお願いします。説明は以上です。王を決めて先にくじを引きに来てください。同時に冠もお渡しします。十分後に第一試合を開始します》

 そこまで説明を終えたところで、女性教師はメガホンを切り壇上を降りました。さぁ決めましょうかとまとまろうとすると、私のクラスも、ついでに言えばレグナのクラスも一斉にこちらを向く。

 あ、やっぱり?

「ねぇ蓮?」
「嫌な予感ほど当たるよな」
「「『お願いします!』」」

 苦笑いで彼らを見ていれば、多少おそるおそるといった様子ではあるけれど、すでに打ち合わせでもしていたかのようにそう頭を下げられてしまいました。
 ここで「あらまぁあんな噂しておいてこんなときだけ」なんて思ってしまうのはちょっと仕方ないですよね。でも口からは出しませんよ、私のかわいいクリスティア悲しませといてなんて。ちゃんと飲み込みますよ、これは任務ですもの。
 さぁカリナ、にっこりいきましょう。

「おまかせくださいな」

 すごい私。頑張りましたわ。
 ちょっとレグナ、私の考えてること丸わかりなんでしょうけど私もあなたの肩震えてるのわかってますからね。
 妹がいい感じの雰囲気で歩き出せるようにしたんですから早く歩き出してくださいよ、頬の筋肉珍しくひきつってるんですから。

「ほら行きましょうお兄さま?」
「ふ、っ、はいはい」

 すべてがわかっているお兄さまの背を押し、「ではいってきますね」と最後まで笑みを崩さずにくじの方へと歩き出す。

「……」
「……」

 ふたクラスの塊から少し離れて。

「っ」

 レグナが盛大に吹き出しましたわ。

「失礼ですね頑張ったのに。笑わないでくださいます??」
「だってまじ無理、こんなこと考えてんだろうなってのが全部音声付きで流れるんだもん」

 私だって同じ状況だったら笑いますけれども。
 予想以上につぼってしまったらしい兄の背を叩き、横に並びました。このお兄さま目元拭ってますよ。そんなにおもしろかったですか私の頑張りが。

 そう恨めしげに睨むこと数秒。兄はやっとこさ笑いが収まったらしく、一息着いてから「さてと」と切り替えました。それに、私の方も切り替える。

「一年は九クラスだから……当たるのは三分の一の確率か」
「そうですねぇ」
「俺お前とは戦いたくねぇわ」

 ちょっとレグナ散々笑ったあげくフラグを立てるとはどういうことなの。

「あなたがそう言ったらもう戦う羽目になるじゃないですか」
「いや俺そんな毎回フラグ回収してなくない?」
「高確率で回収してるでしょうよ」

 なんて話の途中でくじの元へたどり着き。一番左の係員さんが持つ各色のボックス、私は青に、レグナは赤に手を入れる。同時に引いて、ぱっと見た。

 ──2。

 あら無難ですわね。

「なんだった?」
「無難な2ですわ」
「まじか」

 冠を渡されてクラスのところに戻りつつカードを見せると、彼は笑って同じようにカードを見せた。

 番号は、2。

 ほら回収しちゃったじゃないですか。

「なんなんですかもうフリだったんですか?」
「運にフリもなんもないだろ」
「現に戦いたくないって言ったくせに同じ番号引かれたらフリとしか思えませんよ」
「まぁ確かに」
「変なところでフラグを立てないでくださいよほんとに。こういうときにあなたと戦うの嫌ですもん」
「お互いじゃなければ楽に勝てたのにね」
「ほんとですよ」

 まぁ兄妹で戦うのも悪くはないんですけども。いかんせん四人の中で、”戦力として見たら”私は一番弱いから中々困りますね。

 さぁどうやって攻略しましょうか。

「あ、愛原さん」

 戻ると、声を掛けてくれたのは性別の割にかわいいお顔立ちの銀髪少年──

「閃吏くん」
「えっと、今日はよろしくね」
「えぇ」

 ほんの少しだけ、おそらく名前を覚えていたことでしょう、びっくりした様子を見せてからかわいらしく笑う。それに私も笑みを返した。

『順番はどうだったですか愛原っ』

 次いで声を掛けてきたのは、今向けてる目線よりもさらに下。クリスティアが好きそうな真っ白でもふもふのウルフキャット。

「ユーアくん。中々嬉しいことに、二番目でしたわ」

 こちらは名を覚えていたことにぱっと嬉しそうな顔をする。よろしくお願いしますねと彼にも笑って、クラスの子へと目を移した。
 お二人以外からほんの少し感じる腫れ物扱いの目は無視して。

「ご安心くださいな。ひとまず作戦会議の時間は取れました」

 そう言うと、時間があることにクラスの子たちはほっと息をつく。一回戦目のように決まってさぁすぐ戦ってください、というのを免れたのはよかったですよね。私的にも策略を練る時間が欲しいから助かりましたわ。

『王は頼みますぞ愛原っ』

 他の方とは違って普通に話しかけてくれるユーアくんに、心の中では少々驚きつつも、頷いた。

「お任せを。黄色組は存じ上げませんが赤組は蓮ですので。私が一番妥当でしょうね」
「でもあの、大丈夫なの?」

 さぁ話し合いを始めましょうか、というところで、閃吏くんが心配そうにのぞき込んできました。問いに、首を傾げる。

「あら、なにがです?」

 なにかここで噂とか関連しましたっけ、という予想は外れました。

「ほら、兄妹だから。体育祭って言えどあんまり気乗りしないんじゃないかなって」

 戦うこと。

 その言葉に一瞬驚いたけれど。

 あまりの愚問に笑いがこぼれてしまった。

「愛原さん?」
「ご心配ありがとうございますわ。でもお気になさらずに」

 確かに、相手はなによりも、誰よりも愛しい兄。きっと誰だってやりづらい。

 でも、そんなのは関係ない。

「戦場に、兄も恋人も友人も、関係ありませんから」

 ただもしもわがままが一つ叶うなら。
 それは心に秘めて。

 いつものように微笑んで、彼への打開策を綿密に練っていった。

《では一年生第二グループ、用意してください》

「行きましょうか」
「うん、よろしくね愛原さん」
『怪我なさらぬようお気をつけなされっ』
「ええ」

 第一グループが行われている間にある程度の作戦を練って、アナウンスが鳴りました。一年生専用と書かれた一番左のスタジアムに前のグループと入れ替わるように入って、臣下となった全員を見回し。最終確認をする。

「とりあえず、蓮は私にお任せを」

 作戦は、単純。
 二つに分けた部隊で、私が王冠を奪取する間、それぞれの組の臣下を妨害してもらうこと。もちろん相手のハチマキをとっても良いし、私がいない方の部隊は王を討ってもいい。

「閃吏くんの部隊は赤組臣下、ユーアくんの部隊は黄色組の臣下及び王をお願いします。お伝えしたとおり数名でまとまって行動すること。いいですね」

 ひとまずは私に兄を墜とすお時間を。
 私の言葉に、クラスの方々は頷く。そんな彼らの目からはだいぶ腫れ物を見るような感じがなくなっていました。もしかしたら気がするだけかもしれませんけれど。まぁ仮にまだ腫れ物扱いでもいいですわ。

 ──どうだって。

 私はこれから”戦場”に行くんだもの。そんな小さなこと気にしていられないわ。

 脳内のその言葉を最後に、頭を完全に切り替えた。全員質問も何もないのを確認して、渡された青の宝石が入っている冠をかぶり。

 前を見据える。

《これより第二回戦を始めます》

 アナウンスの声と、

「愛原さん頑張ってね」
『健闘を祈るです愛原っ』

「……えぇ」

 お優しいらしい、二人の心配そうな顔に微笑んで。

《スタート》

 銃声の音と共に、走り出した。

「うわっ」
「あ、ハチマキっ!!」

 臣下を避けつつ、さりげなく体に巻かれたハチマキを取って、駆け抜ける。
 多少戦力を削いでおけばこっち側に配置した子たちも楽でしょう。

 そうしてまたいくつかのハチマキを取りつつ、たどり着いた場所は。

「お、やっぱ来た」
「数分ぶりですわ、お兄さま」

 愛する愛する、兄の元。
 こっちの王様は進軍せず待ちかまえてましたか。

 さて、それでは参りましょう?

【リザルチメント】

 この兄ならばちょっとくらい本気を出してもいい。名を呼んで、愛刀を出す。

【クラレ】

 それに対応するかのように、レグナは防御用として持っている鉤爪を右腕に。走った勢いのまま斬りかかれば、金属音を奏でながら私の刃は止められた。

 ここまでは予想通り。

 止められるのなんて承知の上。うちの方々に策もなく真正面からなんて通用はしない。

「さぁどうする華凜?」
「あらあら余裕ですのね」

 お互い押し合いながら次の一手への準備を進める。

「そんなに余裕だから待ちかまえていたのかしら?」
「いいや? お互いが敵になったら墜とす順番なんてわかりきってるだろ」
「ふふっ、厄介な者から、ですよね」
「そ。来るのがわかってるなら行かなくてもいいでしょ」

 たしかに。
 互いに笑って、刃を薙ぎ払い、距離を取った。

 ──直後。

【ヴェントセルペンテ】

 レグナが指を鳴らす。

 それを合図に、足下から這って出てきたのは、

 風を表したように透明な蛇たち。

 私を捕らえるため絡みつこうとするそれを、跳躍でかわした。

「妹に蛇を巻き付かせようだなんて趣味が悪いんですのね」
「人聞き悪いこと言うなよ。【デスペア】」
「っ」

 跳んでいる間に彼からは千本の攻撃。他の生徒に当たらないよう配慮しているため数は少なめ。それをリザルチメントではじき返しながら、着地する。

 さぁ、次はこちらの番。

 恐らくレグナの指示なんでしょう。周りに他の生徒は居らず、十分なスペースが空いている。
 好都合ですわ。

【シレネ】

 口角を上げて、私とレグナの周りにピンク色のシレネの花を展開させました。光が当たると少し妖艶な、でもかわいらしい花たち。

「これはまた華凜らしいね」
「きれいでしょう?」
「うん、サクラソウに似てる」
「そういう花なんです」

 他にも準備は進めつつ。彼の意識を逸らせるように花を揺らす。

「でも風で吹き飛ばせば飛んでいっちゃうよ、華凜」
「ふふっ、やってみますか?」
「その隙を打たれそうだからやめとくわ」

 あら残念、そう返して。

「では私が先に仕掛けちゃいますね」

 揺れるピンクの花たちに、指を鳴らして合図する。

【Fall(散って)】

「!」

 命令に、シレネの花は弾けるように散った。さすがのレグナも予想はしてなかったらしく一瞬ひるむ。

 その隙を見て魔術を練り、テレポートで彼の背後へと飛んだ。

 ──はずだった。

「あら」

 愛刀を背後から首に突きつけるように構えて着地してみるも、

 目の前に兄はいない。

「!」

 直後、うなじあたりに感じる、刃の気配。

「残念」

 いつもより威圧感も殺気もないので首だけ振り返れば、優しく微笑んだ兄。釣られるように微笑んだ。

「ええ、とても残念でしたわね」
「これで終わりだよ」
「はいな」

 首に刃を突きつけられれば、私は動けない。
 リアスに教え込まれた常套手段。刃は首へ。死ぬかもしれないなんて恐怖を与えれば、もう勝負は終わり。

 でもね、レグナ。

 今回は、私の勝ちですわ。

【ヴェント──】
「ねぇ、蓮」

 彼が仕掛けてくる直前に、遮るように名を呼んだ。

「シレネの花言葉、知ってます?」

 手元にシレネの花を出して聞くと、優しい兄は詠唱をやめ、答える。

「いいや? なんかあんの」

「ええ。花にはすべて意味がありますから」

 愛する兄ににっこりと笑い。

「シレネの花言葉はね──」

 かわいらしい花を彼の前に持って行って。

「”罠”、だそうです」

 指を、鳴らした。

「うぁっ!!」

 合図と共に、花は彼の目の前で四散。
 同時に光魔術も弾けさせればそれは小さな爆発のようで。傷つけることはなくてもねこだましとして十分作用する。この前レグナが武煉先輩にやったものですわね。使わせていただきましたわ。
 そのまま、突然のことに飛び退いて目を押さえた兄の正面に向き直り、最後の畳みかけ。

 愛刀を、下から振り上げる。

「あっ!」
「残念でしたね、お、に、い、さ、ま♪」

 もちろん彼を斬るためではなく、彼のかぶった王冠を掬うように。
 刃先を王冠の隙間にひっかけて手首をひねれば、すいっと持ち上がってそれは私の手元へとやって来た。

 これでこちらは終わり。
 演習全敗だったこともあり、自分でも勝ち誇った顔をしているのがわかった。

「私の勝ちですね」
「ちくしょう……」

 未だに視界が変なのか、目元を押さえながら恨めしげにレグナは私を睨むけれど。ちっとも怖くはないので、おどけたように舌を出す。
 すると、

《赤組、青組により王冠を奪取されたため戦闘不能》

 私が取った王冠を確認した教師がアナウンスを掛けました。これで明確に勝ち。

「ふふっ、久々に大勝利、ですかね?」
「華凜には頭脳戦が入ると厳しいわ」

 のぞき込むように言うと、兄は優しく笑った。それに微笑み返して、さぁ向こうの手助けにでも行きましょうかと思ったところで。

《黄色組、青組に王冠を奪取されたため戦闘不能》

「あら」

 再び王冠奪取のアナウンスが掛かる。しかも取ったのはこちらの組。ユーアくんたちが頑張ってくださったようですねと、必要なくなった武器をしまった。

《第二回戦、青組の勝利。速やかにステージから退出してください。準備が出来次第、第三回戦を始めます。繰り返します──》

「青組の完全勝利、ですわね」
「ソーダネー」

 係員に退場を促され、悔しげに笑う兄を連れ、第三回戦の方々と入れ替わるように共にステージを出る。
 すぐのところで”次演目がない生徒はクラス毎に待機”という看板と各クラス毎のプラカードを発見し、兄を見上げた。

「クリスティアたちの元へ戻りますけれど。あなたはどうします? 戻りますか?」

 次演目はミッション遂行走。私とクリスティアの演目ですね。本来ならレグナは該当しないので待機なんですが。クラスにいてもつまらないかなと思い、尋ねてみた。

 すぐさま、彼は頷く。

「うん、俺も戻るわ」
「そうですか。お伝えはしなくても?」
「いーよ、今回のはまともに話してくれるやつらじゃないから」
「あら、その言い方だとまともにお話ししてくださる方ができたのかしら」
「二人ほどね」

 それはなによりです。そう返し、兄に話しかけてくれたまだ見ぬ方々に心の中でお礼をしながら、親友たちの元へ歩き出す。
 その最中に、少し離れたところではありますが先ほど私にお声かけしてくれた二人を見つけた。

「奇遇なことに、こちらもお二人ほどお話ししてくださる方ができたんですよ」
「そう」
「ちょうどあそこに。閃吏くんとユーアくんです」

 見つけた方角に指をさすと、視線に気づいたのか、たまたまなのか。閃吏くんとユーアくんがこちらを向く。
 二人は私が次演目に出るのを知っているように、我々の歩みを止めようとはせず、代わりにかわいらしく手を振った。

 それに私も手を振り返して。

「すぐ帰るし、先輩方ともいるからなかなかタイミングが合わなかったそうです」

 隣の兄を、見上げる。どことなく安心したような目をしていた兄は、私の言葉に一瞬驚いた顔をして笑った。

「俺も同じこと言われたわ」
「あら。双子は言われることも同じなんです?」
「みたいだね」

 頷いて、「でもまぁ、」と続けて、

「お前が少しでも楽しく生きられそうならよかったよ」

 そう言うから、笑みがこぼれる。
 普段、私には邪魔者を排除するときくらいしか言わないその言葉。本人も無意識だったんでしょう、ハッとしてから、それにしても、なんてごまかすように話題を変えました。

「ひっさびさにカリナに負けたなぁ」

 悔しさの中に若干の気恥ずかしさを隠したレグナにそっと笑って、その切り替えに応じ。勝ち誇って言う。

「だてに頭脳面を鍛えてはいませんわ。リアス仕込みですが」
「なお質悪いわ」

 たしかに、と笑い合って。

「次はカリナ対策で花言葉か」
「あら、膨大ですよ? 一つの花に何個かある、というのもありますからね」
「うわ、今だけクリスの記憶力が欲しいわ」

 あぁ、あれは私も欲しい。
 少し遠くにいる愛しい水色の髪を見て思いながら、「でも」と口を開いた。

「ん?」
「今回は手加減されちゃいましたから完全勝利、というわけでもないですよね」
「そりゃ妨害って名目上手加減せざるを得ないだろ」
「そっちじゃないですよ。冠」

 そう言えば、レグナは「ああ」と理解したよう。

「別に手加減したつもりはないよ。シレネの花の話題がなけりゃ俺だって似たようなことしたし」
「あらあら、お遊びだからって油断しちゃだめですよ」
「全くだね。次からは気をつけようか」
「そうですわね、期待していますわ」

 なんて言うけれど、お互いわかってる。

 たとえ次が来たって、”背後からトドメはささない”と。

 私だって、そうだから。

 あのとき。背後で刃を突き立てられたあの瞬間、他の誰かなら負けを覚悟した。動きを封じてしまえば、後ろから冠なんていくらでもとれるのだから。
 レグナはそれをしないと知っていたから、あの戦術ができた。兄でなかったら、リアスやクリスティアでなかったら。あの場で冠を取られていたはず。
 仮にあのときレグナの背後に行けたとしても、私もその場では冠を取らなかった。背後に回られようが回られまいが、シレネの花でねこだましをするつもりだった。

 その理由は簡単。

 死すときは、互いを見据えて。

 いつからか思うようになったそんなこと。きっと四人、想いは同じ。何度も死を見てきて、何度も死を体感して。
 そのとき一緒にいたのは、各々の愛する人。

 自身の死の間際。もしも愛する人と共に逝くのならば、顔が見れないなんて悲しいじゃないですか。

 戦場では、友人だって恋人だって、家族だって、関係ない。敵であるなら、排除するまで。

 けれど一つだけわがままを言うのであれば。

 最期に、愛する人の顔は見ていたい。それがどちらの最期であったとしても。

「中々癖って抜けないですよね。お遊びと言えど体が勝手に動きますわ」
「強くなるために経験積んだ上の副産物だからね。その積み重ねが数年だったなら違うんだろうけど、数千と来たらまぁ無理だろ」
「でも、変える気もないでしょう?」

 聞けば、いつもみたいに優しそうに微笑んで。

「当然」

 そう、返ってきた。それに私も微笑む。

「最期に最愛の人の顔見れないなんて寂しいだろ。今この人生で生きたお前には、二度と逢えなくなるんだから」

 人が聞けば狂ってるとしか言われないだろうけれど。

「ふふっ、同感ですわ」

 私は幸せいっぱいな気持ちで、頷いた。

『いつだって最期は、あなたと』/カリナ