また逢う日まで 先読み本編second May

 閉じたまぶたがほんの少し明るく感じたら、朝が来た合図である。
 浅く浅く沈めていた意識を覚醒させながら、ゆっくりとまぶたを開けていく。

「……」

 開けた目の先には、小さな水色頭。
 だいぶ触れ合うことに抵抗がなくなってきたそいつは、俺が目を開けたことなど知らず未だ規則正しく呼吸を繰り返す。
 ほんの少しだけ身を離してその顔を見やると、穏やかな、子供のような顔で眠っている愛しい恋人。思わず微笑んで、いけないとわかっていつつ。ヒトより体温が低い頬を指の裏で撫でた。

「んぅ…」

 くすぐったそうに身をよじって、また穏やかな表情に戻って。彼女にとってはまだ五月は寒いのか、暖を求めて俺にしがみついてきた。
 確実に戻ってきている日常に、頬を緩ませて。

 今日は明日に向けての最後の準備があるが、もう少しこの穏やかな時間を堪能しようかと、目を閉じた。

 その目を閉じたと同時に。

「……!」

 家に、インターホンの音が響いた。

「誰だ——」

 その来訪者を確認しようと起き上がり。

 待て、と体が止まる。

 インターホンの音が響いた?

 自問をすればそうだと答えを言うかのようにまた家にその音が響く。

 鳴るのはいい。うちのインターホンは正常なんだろう。問題はそこではなく。

 何時だ今は。

 ある程度の時間はわかっているつもりだが確認として、しがみついているクリスティアを起こさぬようにスマホを取って時計を見る。デジタルな数字で書かれているのは、

「……六時」

 ばかじゃないのか誰だこんな時間にインターホン押す奴は。

 明らかに宅配便ではない。
 では知り合いか。だがスマホにはなんの通知も入っていない。緊急時以外ならば比較的そういった礼儀は重じている奴らばかりなのでおそらく笑守人の身内ではないだろうと判断し。

「……」

 ならば誰だと、警戒心を持ってベッドから起き——おい一旦離してくれクリスティア。

「クリス」
「んー…」
「来客を確認したいから離してくれないか」
「んぅ…」

 起きていないなこれは。
 いつもなら起こすが、乱れていた睡眠が戻ってきてようやっと安眠できている恋人を起こすのも大変頂けない。しかし移動ができん。テレポート——は俺がいなくなった瞬間にクリスティアがドサっと落ちるな。ベッドの上だから衝撃は吸収するが。

「……」
「んー」

 秒で考えている間にも、インターホンは続く。これは早く出ないとクリスティアも起きてしまう。
 仕方ない、と溜息を吐いて。

「……クリスティア」
「んぅ…りあす…」

 抱き上げるように引っ張ってやれば寝ぼけていても反応し、俺の腰に回していた腕を首へと回してくる。そうしてうりうりとすり寄ってくる恋人を抱えて、未だ鳴り響くインターホンの中玄関へと向かった。

 変な輩ならば適当に追い返す。知り合いならばまぁ緊急時だろうということで後に咎めるとしよう。そう決めて、モニターを見れば。

「……は」

 見覚えはある、が。

 ついこの間までこの日本にいなかったであろう二人が、家の外に立っていた。

 ひとまず知り合いだということで家に上げ、クリスティアは安眠させるため俺の膝を貸すことにし。

「何時だと思っているんだあんたらは……」

 ソファに座る来訪者——クリスティアの義父と義母に呆れた目をくれてやった。

「ごめんネ、リアス。せっかくの二人の時間邪魔しちゃって」

 右目に入った傷によって閉じられた目で、さながらウインクをしているようにお茶目にいう義父、アシリアには首を横に振る。もちろん気にするなというものではなく。

「そういう問題ではないと思うんだが」
「朝が早すぎると?」

 目の前に座る、血は繋がっていないくせにクリスティアに似た水色の髪を持つ義母、捩亜(れいあ)には頷いた。

「もう一度言うからな、何時だと思っている」
「日本では六時かな!」
「大正解だ。そして日本じゃ連絡なしに加えてこの時間の来訪は俺は非常識だと思っているからな」

 元より寝ていないがもう少し意識を覚醒させるため、コーヒーをすすり。この義両親に常識だなんだは通用しないかと。フランスで過ごしていたことを思い返して苦笑いを溢し。

 これ以上言っても無駄だと判断して、本題へ。

「で?」
「ン?」
「用件。タイミング的にクリスティアのことだろうが」

 義理とはいえ親であるアシリア達には当然連絡だっていく。

「多忙すぎた故のGWの来訪と取っても?」

 聞けば、予想通りなのか。二人は少し申し訳なさそうに眉を下げながら頷いて、捩亜から交互に口を開いていく。

「本当はその事件が起きたと聞いたときに行きたかったんだけれどね」
「どうしても外せない案件が重なっていて……モチロン、仕事を理由にしてもいけないとわかっているヨ」
「すまない、厳しいときに保護者である我々がいなくて」

 捩亜達は小さく頭を下げて。顔をあげれば、今度は安心したように笑った。

「でもリアスがいてくれて助かったヨ。聞いていた通り、すごい回復してるみたいだ」
「一緒に住むことを了承してよかったと心から思えたね」
「……俺は特別何もしていないが」

 見ているだけしかできなかった。

 そう溢しても、捩亜達は首を横に振る。

「それだけでも十分。娘のそばにいてくれたこと、感謝しているよリアス」
「アリガトウ」
「感謝なら——」

 俺でなく友人に、と言おうとしたが。

「それともう一つ用件があってね」

 捩亜がもう話が終わったと言わんばかりに鞄に手をかける。聞けよ人の話を最後までと心の中で舌打ちをして。友人の件はひとまずこいつらの用件が終わってからにしようと決め、ソファにもたれた。

「……なんだ」
「結婚式の件だヨ」
「なんだ二回目でも挙げるのか」
「馬鹿を言わないで欲しいな、君の姉の結婚式だ」
「エイリィ?」

 エイリィの結婚式。
 言われてみればそんな話もあったような。

 いや結構重要事項だろうそれは。思い出せと記憶を探っていき、遡っていけば。

「……言っていたな、するだとか」

 年末。エイリィと電話していたときに話していた。申し訳ないことに忙しさで少し頭の隅の隅に行ってしまっていた。

「忘れてしまうのも無理はない。三月末からはクリスティアの件で大変だったでしょう」
「……まぁ」
「落ち着いて来たところでまた忙しいかもしれないけど、エイリィの結婚式の日取りが決まってネ」
「あんたらが報告に?」

 何故、と捩亜から招待状らしき紙を受け取りながら聞く。

 目を落とせば、日取りは七月。夏休みに入ってすぐあたりの二十五日。これは確かに忙しいなと思いながら、聞こえた捩亜の声に前を向いた。

「日取り自体はちょうど一ヶ月くらい前に決まったんだ。ただ一ヶ月前と言ったら」
「ちょうどバタバタしていたところだな」
「笑守人から連絡をもらったのもその辺りでネ。エイリィが招待状をぼくらに届けてくれたとき提案したんだ」
「今は忙しくて見る暇もないだろうということと、笑守人のことを聞いて日本に行くことは決めていたから、そのときなら落ち着いているだろうしわたしたちが渡す、と」
「なるほどな……」

 エイリィには申し訳ないことをしたな。あとで連絡を入れるとして。

「一つ突っ込んでも?」
「ん?」

 エイリィの招待状を届けることはいい、クリスティアの様子を見にきてくれたこともいい。

 それは本当にいいんだが。

「……四月の頭で来ることを決めていたのなら一報入れてもらってもいいはずだが。ギリギリでも列車の中でだってできたはずだ」
「世の中にはサプライズも重要なんだヨ、リアス」
「そのサプライズは大変迷惑だ」

 ゲーム開発と研究員という多少スケジュールが確定しづらい職業であっても連絡くらいはできただろうが。しかし睨んでみても二人は意に介さず。

「しかしクリスティアが起きていないのは予想外だったね」
「残念だヨ」
「仮にも保護者ならある程度の生活リズムくらい覚えておいたらどうだ」
「GWなら早起きすると踏んだんだよ」
「生憎こいつは通常運転だ。このままならあと二、三時間は起きないだろうよ」
「なんだ、そしたら今回は話はできなさそうか」

 残念だと膝に腕を預ける捩亜に首を傾げる。

「していけばいいだろう。どうせ一日二日くらい泊まるんじゃないのか」
「泊まりはするけどここには泊まらないヨ? それにぼくらは日本でも少しやることあるしネ」
「観光か」
「それは明日時間が残っていれば、ね。向こうで使えそうな資料だとかも集めたくて」
「……一応聞くが、案内は?」
「夫婦の間に入ってくるなんて野暮だヨ、リアス!」

 恋人の優雅な朝に入って来た野暮な奴らが何を。

 舌打ちは心の中で済ませて、「それに」と言う捩亜を見た。

「君らだって用事があったんだろ? GWだしな」

 あれ、と指を指した方向を見やれば。

 廊下のところにまだ準備途中のでかい旅行鞄が二つ。
 明日明後日と同級生との泊まりに使うものである。

「あぁ……あれは明日だ。レグナとカリナ……それと笑守人の友人と」

 旅行だ、とは最後まで言えなかった。

「「友人!?」」

 言うより先にこの二人がものすごい勢いで食いついて来たから。

「ゆ、友人と言ったのかいリアス!?」
「そう言った、そして最後まで聞かなかったがそいつらと明日明後日で旅行に行き、ついでにクリスティアの復活を手伝ってくれたのもその友人達だ」
「ナンダッテ……!!」

 信じられないと言ったような二人は驚いた表情のまま、向き合って手を握り。

「あのリアスとクリスティアに友人、だと……?」
「まさか、そんな……」

 そうして俺と、膝で寝ているクリスティアを見て。

「「中学時代は不登校だったのに!!」」
「追い出すぞあんたら」

 こちとら好きで不登校やってたわけじゃねぇわ。

 しかし二人の世界に入ってしまっているこいつらは聞く耳など持たない。

「あんなに孤立してたリアスがなぁ……!」
「未来の息子の成長に涙が出そうだヨっ!」
「これは予定を変えてご友人たちに挨拶をっ……!?」
「明日にお伺いしなきゃだネっ……!」

 どことなくこいつらのやりとりに覚えがあるな。……あぁ雫来と道化かこのテンション。あとたまにカリナが加わって倍になっているよな。レグナは今年大変だろうに。
 今年声がでかい組と同じクラスの親友を心の中で労ってやりながら、恋人の髪を撫でてやる。この騒音で起きることなく熟睡しているのはさすがというべきか。

「しかし予定は詰められそうか……? どこも必要なところじゃないか」
「んんん……これは今日集まってもらって……?」
「生憎全員忙しいからな」
「だったらやっぱり明日の朝にご挨拶じゃないかい?」
「それが一番かナ……せっかく逢えるならレグナに新作も渡したいなぁ」

 スケジュールを見ながら眉間にシワを寄せている二人に溜息を吐き、クリスティアの頬を撫でる。くすぐったそうに身をよじる恋人に微笑んで。せっかくの来訪なのだから、起こすのは心苦しくもあるがまったく話せないというのもいただけない。そろそろいつも学園に行く時の起床時間ということもあるのでもう少ししたら起こしてやるかと、何度か頬を撫でながら。

「明日の予定はひとまず置いておいて」
「ん?」

 夢中になっていた二人がこっちを向いて、首を傾げる。それに俺も首を傾げて。

「今日のスケジュールも詰まっているんだろう?」
「そうだね」
「ここを何時に出るんだ」
「エート」

 日で分けているスケジュールの紙らしいものをめくって、アシリアは予定を確認。

 そうして、にっこりと笑って。

「八時かナ!」

 告げられたのと同時に、時計を見た。

 現在七時少し前。
 捉えた時間と告げられた時間で頭の中でシミュレーションしていく。

 クリスティアは比較的寝起きが悪い。そして声を掛けても起きるのが少し遅い。なんらかの衝撃があれば覚醒も早くなるが、割とマイペースな恋人はその衝撃に気づくのも少々遅い。
 ここから声を掛けて約十五分で起きればいい。義両親が来ているというので多少覚醒が早くなったとして……。

 こいつと義両親が話せるのは長くても三十分強では?

 パチンと頭の中で算出が終わり。

 すぐさまクリスティアを揺すった。

「おいクリス起きろ」
「んぅ…?」
「義両親が来ているから。一時間経たないうちにこいつらいなくなるから。話したければ起きろクリス」
「んー…」
「そんなかわいそうなことしてやるなリアス」
「かわいそうなことをさせているのはあんたらが連絡せずやってきたらだろ」
「まぁまぁ……スケジュールはあくまで予定だからリアス。今日は家にいるんだよネ? 終わったらここに食事しには帰ってくるから」
「予定が必ずしも早く終わると思うなよ」

 終わらないこと見越してこうして少しでも話せるように起こしてんだろうが。

「起きろクリス」
「んーん…」

 今だけはそんなかわいらしく首を横に振っても焦りが増すだけだわ。

 しかし焦っているのは俺だけで。

 血は繋がっていないはずなのに、ゼアハード家はどこまでもマイペースに、娘である恋人は夢見心地、その両親は優雅にコーヒーを堪能しているだけだった。

『新規 志貴零』/リアス

おまけ
いつもより少し早めに覚醒して見送りもできたクリスティアさん。
「…一言って大事だね…」
「……そうだな」

 思いもよらぬ場面で互いにこれからは一言伝えようと決心するきっかけになっていた。