また逢う日まで 先読み本編second May
クリスティアと共に始まるはずだったそれぞれの行動療法。
恋人は恋愛スキンシップの克服を、俺は出掛けることを始めとした過保護の緩和を。
多少ひと悶着はあったものの、ひとまずクリスティアの方から「療法を始める」という第一歩は踏み出せたものの。
『炎上は雨男ですっ』
「蓮達と出掛けるとなるとそういうわけではないんだがな……」
俺の方は毎回雨に見舞われ、未だクリスティアと出掛けられずにいる。
五月最後の火曜、料理の時間。報告しながら込みあがってくる若干の悔しさにクッキーの生地を強めに押し付けた。
「月一回はデートしようねって目標あったんだけどね…」
「し、神的なものですかね……。行くなみたいな……」
『炎上の”行きたくない”という心情的なものでなくですかっ』
「ユーアお前自分のクッキーがあると思うなよ」
誰がうまいことを言えと。
口をつぐんだユーアにはいい子だと言って、まとまったクッキーをラップに包む。
「安心してユーア…そう言いながらちゃんとクッキーくれるから…」
『知ってるです、炎上は優しい男です』
「ゃ、優しいから刹那ちゃんがケガしないように、そ、外雨にするんですよね!」
「やめろ雫来、お前の優しさに心が痛い」
そもそも恋人に優しけりゃ出掛けるために外晴れさせるだろうよ。
から笑いをこぼして。
「冷蔵庫に置いてくる」
「は、はい! お願いしますっ!」
「♪」
休ませるためにと、ラップに包んだ生地を持って調理室の冷蔵庫へ。菓子ということでご機嫌な恋人が服の裾を引っ張りついてきているのを感じながら、頭の中では療法をどうするかということばかり。
クリスティアの方は本人にとって心地いいと思うようなやり方に変えたからか、抵抗や多少の嫌そうな顔はあるものの初日のような過呼吸は今のところなし。こちらはこのままで行けば時間は掛かっても順調に行くだろう。
問題は俺だ。
学校ならば仕方ないと出れる雨でも出掛けるとなっては少々抵抗がある。滑るわ濡れるわでできればあまり行きたくはない。慣れてくればもちろんそれもデートの醍醐味とやらで楽しめるんだろうが一発目でそれはさすがにチャレンジャーすぎる。
「しかもこれから梅雨と来たか……」
「夏から、はじめる…? 療法…」
「エイリィの結婚式がなければそれでもいいんだがな……」
「エイリィの結婚式からスタート…」
「第一回目で日本からフランスの横断か。なかなかだな」
荒療治にもほどがあるだろ。
俺の今までを振り返ると荒療治で緩和していっている傾向があるけども。
「さすがにこう……ワンクッションを挟みたい」
「てるてる坊主いっぱい作ろうね…」
「祈童の祈りつきでな」
晴れてほしい日は祈願していると言っていたから願掛けにもなるだろう。後ほど交渉させてもらうとして。
「♪」
自分の班だとわかるように名前を書いたメモをラップの上に張って、生地を冷蔵庫へ。クリスティアの身長でもよく見える場所に置いてやり、休むまではこちらも待機ということでその場を離れ。
先ほどと違って腕に絡まってきたクリスティアに内心でテンションが上がりながら、自分達のテーブルへと歩いていく。
「みんなの似顔絵てるてる坊主つくったらかわいい…」
「あぁ――」
いや全員となったらホラーじゃないか? 夜中に起きたら絶対驚くやつだろうそれ。雷とか鳴ってみろ。絶対お前飛び上がるだろ。
「……毎週一人か二人ならいいと思うが?」
「梅雨の時期ローテーショーン…」
「そうしろ」
主にお前とリヒテルタの心臓保護のために。
クリスティアに言うと絶対「へいきだもん」とか言って強行しだすのでそれは心に秘めておいて。
クリスティアを連れて雫来達がいる場所へ歩みを進めていれば。
「…!」
突然絡まっていた腕が引っ張られ、足の方向が帰る場所と変わる。
「何だいきなり」
「きらきらっ」
「きらきら?」
『どうしたですかっ』
「ぉ、落とし物ですか?」
いきなり方向転換をした俺達を不思議に思ったのか、雫来とユーアもこちらに合流。雫来の問いには首を横に振り、クリスティアが引っ張る方向へと四人歩いていく。
「♪」
ぐいぐいと引っ張られるまま進んだその先には。
「ゎ、わぁっ……!」
『きらきらですっ!』
テーブルにきれいに並べられている、クリスティアとユーア曰く”きらきら”とした菓子の数々。料理の時間にこんなのが作れるのかと思うくらいハイレベルな菓子達に、思わず作り手がいる方向を見れば。
「……」
いるのは、たった一人の赤髪少年と、その首に巻き付いている蛇だけ。無表情な少年に巻き付いているその蛇は俺達が来たことに困惑しているかのように首をきょろきょろとしていた。
「すまない突然。連れが菓子に興味を示して」
「……」
興味津々に菓子を見ている三人に代わって言ってやると、少年は無表情のまま。蛇は驚いたようにしながら同時に首を横に振る。あぁもしや蛇族か、なんてその揃ったしぐさを見て、少々表で見るのは珍しい種族に内心で感動していれば。
『ルクのお菓子、食べに来てくれたのっ!?』
少年の近くから小さな少女のような声が。
『? 声が聞こえたですっ』
「ぇっと、か、彼から、ですか……?」
「いや」
首を振ってやったのと同時に、少年―ルクとやらが耳につけていたらしい真珠のアクセサリーが光った。それを耳から取り、手のひらへと乗せれば。
『ルクのお菓子、キレイでしょうっ?』
パッと、真っ白い手のひらサイズの少女が姿を現した。嬉しそうな顔でそう言って、少女はテーブルへと降りてくる。
「精霊…!」
『イヤリングが人に変わったですっ!』
「は、初めて見ましたっ……!!」
「真珠の精霊か」
蛇族に真珠、しかも自ら媒介を変化させて人に見えるようにするタイプとはなかなか珍しい種族達に菓子からどうしても視線はそちらへと言ってしまう。少女はそれに慣れているのかにっこりと笑い、スカートの裾を持ち上げて会釈をした。
『真珠の精霊、誓真 珠唯(せきま しゅい)だよ。コッチのだんまりな赤髪クンは、蛇族のルク。蛇璃亜ルク(だりあ るく)と、蛇のイリス!』
紹介に合わせてルクとイリスも会釈をし。
こちらが会釈を返せば、名乗る間もなく誓真はばっと距離を詰めてきた。
『それでっ! ルクのお菓子食べに来てくれたのっ!?』
「食べていいの…?」
『モチロンよっ!!』
むしろ食べてというように誓真はひとつ菓子を取り合げる。
『きっとオイシイの! 食べて食べて!』
明るく、その輝く菓子を勧めているが。
「……」
どことなく、その目に不安が見えた。
そうして誓真が菓子を勧め始めた途端に、若干周りの空気も変わっている気がする。
探ってやれば俺達を気遣うような視線、中には憐みの視線。耳を済ませれば「大丈夫なの」という声もちらほらと。
まぁ周りがそう気にしたくなるのもわかるが。
溜息を吐いて、意識を誓真達の方へ戻せば。
「…」
「……」
『……』
いつの間にか誓真の菓子の勧めは終わっており、クリスティア達が俺を見ていた。今回ばかりは思い切り理由がわかるが、恒例ということで。
「……何故俺を見るんだろうな?」
『氷河がお菓子を食べたそうですっ』
「け、けど刹那ちゃんが食べるには、ぇ、炎上君の検閲が必要です」
そうなるよな、なんて。言外に「食え」と言われていることに苦笑いをすれば。
一つの言葉に引っかかったらしい誓真が、不安そうに俺に声を上げた。
『検閲ってなに……?』
「……」
『食べる前に調べるってコト!?』
似ているがそうでなく、と言う前に。誓真は大声で叫ぶ。
『毒なんて入ってないよ!!』
恐らく誓真が必死に菓子を勧め、しかしその勧めや見た目の良さに関わらず人が寄り付かない理由を。
『ルクは一生懸命作ってるよっ!! 変なものなんて入ってない!! アタシずっと見てるもの!! きっとおいしいのっ!!』
「しゅ、珠唯さん落ち着いて……!」
『ほんとだよっ!!』
雫来がなだめてやるも、一気に火がついてしまったらしい誓真は必死に俺に訴える。
それに、しっかりと頷いた。
「知っている」
両手を緩く上げて、敵意はないと示すようにして。
いきなり「知っている」と言われて驚き、次の言葉を言うタイミングを逃した誓真へ。
自分なりの言葉を紡いでいく。
「誤解をさせたならすまない。お前達の菓子がどうこうでなく、もともと過去にそういうトラブルがあって、刹那が食べる前に俺が一口食べるという癖がある。後々直そうと思っているものだが、今はまだそれが治っていない」
『ぇ……』
「お前達の菓子に毒があるかの検閲じゃなく、俺自身の身勝手なトラウマによる不安を解消するために一口もらっても?」
まっすぐ目を見て、言ってやれば。
『食べて、くれるの……?』
トラウマよりなにより、そのことの方が衝撃的だったようで。呆けた顔で俺に問うてきた。
それに再び頷き、ルクの方も見て。
「言った通り、俺の不安の解消のために刹那に行く前に俺が一口もらうが」
言うと、蛇の方は驚きを隠せないという表情をしながらも頷いた。それに笑ってやって。
誓真が持つ菓子へ、手を差し伸べる。
「もらっても?」
『信じてくれるの?』
最後に問われた言葉には、頷きもしなかった。
「信じるも何も、お前が言うならば真実だろう」
真実を誓い、嘘が言えない種族が言うのならば。
毒が入っていないということもすべて事実。
信じるも何もない。
そう言ってやれば、誓真は大きく目を見開く。それを横目に見ながら。
一口。きらきらと光る菓子を口にする。
瞬間調理室がざわついたが気にせず甘ったるいそれを飲み込んで。
毒がないことも、変な味がすることもないとわかっているので、今回はすぐにクリスティアの口へと菓子を持って行った。
「♪」
やっと食べれることに顔を明るくして、クリスティアは菓子を一口、小さな口へと入れて。
「おいし」
「そうか」
すぐに幸せそうに笑って、また一口と菓子を食べていく。
見届けた雫来とユーアも菓子を手にしてそれぞれ口に運んでいき。
「す、すごいです……お菓子屋さんの味っ……!」
『お店出せるですっ』
クリスティア同様、顔がぱっと綻び、菓子を堪能していく。それに誓真はだんだんと顔を明るくしていって。
『そう、そうなのっ!! おいしいでしょう!? ずっと勉強してきたからおいしいはずなのっ!!』
精霊ゆえに食べることの叶わない彼女は、おいしそうに食べるクリスティア達の周りをくるくると回る。
「もう一個いいー…?」
『モチロンっ!! ね、ルク!!』
早速食べ終えたクリスティアに、誓真がルクを見た。
見て、全員が止まった。
「……は」
赤髪のその少年が、無表情のまま涙を流している。
いや何故涙を流している。
『ちょ、ちょっとルクどうしたのっ!? なにか怖いことあった!?』
『タイミング的に炎上が泣かせたですっ』
「俺なのか!?」
「ぃ、いたいけな男の子を……! 炎上くん……!」
「いろいろと突っ込みたいところはあるが今は黙れ雫来っ」
お前が言うとカリナ同様ややこしくなるっ。
いち早くルクの元へ駆けつけたクリスティアと誓真を追い、静かに涙を流すルクへ駆け寄る。
相変わらず泣いている奴をなだめるのは苦手で、少々わたわたとしながらも。
「ど、どうした……」
クリスティアに倣って緩く背を撫でてやりながら聞けば。
「……うれし、かった……」
小さく小さく。喋ることが少ないと言われる蛇族の少年がこぼしていく。
誰も今まで食べてくれなかった菓子。
誓真が勧めてくれても、どんなに見た目をきれいにしても。毒があるかもしれないからと誰もが遠ざかったと。
ただ笑顔になってほしかっただけなのに。
おいしいと笑ってほしかっただけなのに。
そう、たどたどしく喋っていく姿が。
どことなく、大昔の自分に似ていて。
昔のように涙は流すことはないが、ぎこちなく背を撫でていた手はいつの間にか自然な動きになっていた。
そうして、口が勝手に開く。
「……いくらでも食べるが」
「……」
こちらを見上げたオッドアイをまっすぐ見つめて。
「甘いものは苦手だから基本は刹那や友人達だが。作ったものは、持ってきてくれればいくらでも食べる」
「……」
だから、
「もう大丈夫だ」
ちゃんといる、と。
いつの日か誰かに言ってやりたかった言葉を、初対面の奴に言って。
気づいたときには目の前の少年はさらに涙を流していて。
「…♪」
小さな恋人が嬉しそうに笑いながら菓子を食い始めたことに気づいたのは。
突然できた後輩の涙を止めてしばらく経った頃だった。
『自分で荒療治の方向に進んでいっているのは、未だ気づかないまま』/リアス
新規 志貴零