いつか言葉を失っても、あなたには届くはず

「私はそれほどまで信用なりませんかね」
「くじ引きで遠くなった場合どうするつもりだ」
「あなたはほんとにもう……」

 リアス様にあきれて、カリナはため息をついた。

 リアス様と上級生で双子の演目を見たあと、妨害守護合戦から帰ってきた双子も合わせて六人でそのあとの合戦も見てて。次も出番があるカリナの連続演目って鬼畜ですよねなんて言葉に笑ってたら、校庭の真ん中にあるおっきなモニターに”14:30ミッション遂行走”っていうメッセージが出た。
 わたしも出番だし、じゃあ行ってくるねって立ち上がったら、当然のように立ち上がるリアス様。

 うん、どうして??

 見上げたら、いつものごとく。
 なにかあったらいやだから、とのこと。

 学園内だし大丈夫だよなんて言ってもまぁ聞いてくれるはずもなく。

「これで出場者以外は並んじゃいけませんだったらおもしろいんですけどね」
「俺が死ぬだけだな」
「一度天界に還って過保護を洗い落としていらっしゃいな」

 こうして、三人で集合場所があるクラス棟方面に来ました。
 ちなみにレグナはゲームのAP回復したからって上級生とその場に残ってるよ。

「一年二組の愛原と、一組の氷河ですわ」
「はいはい。……えーと?」

 百メートル走のときと同じように、まずは先生のとこへ。カリナがわかるように指さして名乗っていく。それを追うようにして見てた先生の目は、当たり前のようにリアス様のとこで止まった。
 リアス様も当たり前のように。

「付き添いだ、氷河の」

 そう告げる。なんであなたそんなに堂々としてるの。

「あー、なるほどね! 彼女が走るときに邪魔にならないようにだけ気をつけて」
「わかった」

 そして先生もなんでそんな軽いの。

「こういう方がいるのは大丈夫なんです?」
「時々いるからねぇ。それに生徒にいつ何時も、って課してる分こっちもそれなりに柔軟にしてあげないと割に合わないでしょ」

 出された箱からくじを引いてる間にしたカリナの質問には、結構まともな答え。
 よかったね、って隣のリアス様に言って、カリナがくじを引いてからその場を離れた。

「何番でした?」
「んっと…」

 人の邪魔にならないとこに移動して、くじを開く。番号は、

「7…」
「あらまぁ、離れちゃいましたね」

 言われてカリナの方に向く。ちょっと残念そうに笑って、カリナは番号をわたしに見せた。

「4…」
「場所もちょっと離れましたね」
「ん…」
「来て正解だったな」
「雷の件といい、最近は予知能力にでも目覚めてるんですか?」
「嫌な予感ほど当たると言うだろう」

 正直当たりすぎて怖いんですけど。とりあえず番号がわかったところで、歩き出す。

「愛する恋人の邪魔だけはしないよう、お気をつけなさいな」
「なんならお前の邪魔をしてやろうか?」
「同じチームの妨害なんて最低ですわね」

 なんて笑って話しながら、カリナの番号のところまで一緒に移動して。

「後ろから見てるね…」
「えぇ、私もゴール後に見ていますわ。ご武運を」
「ん…」

 手を振ってカリナとはいったん別れて、リアス様の服の裾を掴んで、自分のとこに歩き出した。

《これよりミッション遂行走を始めます》

 7のとこに着いて、横並びの列の一番最後に並んでリアス様と話しながら待つこと数分。アナウンスが流れて、前を向く。ちょっとわたしの身長的に前の方は見えなかったので、目の前のヒトの背中を見ながら聞いた。

《簡単にルールを説明します。ミッション遂行走は、一般の学校で言う障害物競走、借り物走を合わせたような種目となっており、走る距離は二百二十メートル。その間二十メートルごとに障害物やミッションが書かれた紙が用意されているので、クリアしてゴールを目指してください。ラスト地点までの九カ所ではそれぞれ課されるものはバラバラですが、ラストは全員借り物で統一されています。最後の巻き返しのチャンスと捉えていいでしょう》

 ちょっと間をおいて、先生は続ける。

《すべてのミッションにおいて制限時間は五分。それを越えると失格とみなします。また、妨害可能な演目ですが、自身のコースから出ての妨害は不可。この場合も失格となりますのでご注意を。では自身の能力を思う存分駆使してください。以上、順にレースを始めていきます》

 カチリ、と音が鳴った。聞き覚えのあるそれは、銃のハンマーを引く音。

《第一レース、用意》

 ザって足を引くような音が聞こえた、直後。

《スタート!》

 パァンって音と先生の号令と一緒に、走り出す音が聞こえて、レースが始まった。

 けれど相変わらず目の前は人の背中だけで演目は見えない。もっと身長あればよかった。

「あとで華凜の見えるかな…」
「抱きかかえてやろうか?」

 あ、ご遠慮します。
 全力で首を振っといた。

「スカート履いてる人いますかー!!」
「メガネかけてる男子ー!!」

 前が見えないので、リアス様の服の裾をいじり始める。あ、ここちょっとほつれてる。
 見つけたそこを引っ張ってたら、始めの方で借り物に当たった人の声が聞こえた。えぇ、あんなおっきな声出さなきゃだめなの。

『誰か私と同種族はおりませぬかー!!』

「わぁこれは中々いなさそう…」
「いるにはいるんだろうが、探すのは大変だろうな」

 あ、糸どんどん出てくる。やっべ。

「お前その解れた部分はどうするつもりだ」
「…あとで、蓮に直してもらって…」
「初めからやるなよ……」

 なんておでこを小突かれた。痛いんですけど。
 にらみあげると、そしらぬ顔で肩を竦められた。文句を言うようにおでこをリアス様の腕にうりうり押しつける。

「…」

 若干おでこが摩擦で熱くなってきた、そんなとき。

『ねぇ炎上君いるよー』
「ほんとだー」

 借り物の声に混じって、声が聞こえた。右側を向いたときにちらっと見えたのは、女の子の視線。あの子たちかな今の。ちょっとだけ視線をずらすと、ほかにも似たようにこっちを見てる子たちがいる。
 遠巻きだからかな、みんな声弾んで、目はイケメンが見れてきらきらしてる。

「…」

「一人だけ飛び出てるから付き添いかな」
『えー、ホント妹分思いー』

「…妹分だって」

 うりうりするのはやめて、おでこはつけたまま。小さく、こぼした。

「……残念がっているところ悪いが、お前時と場合によっては妹で突き通すじゃないか」
「それはめんどうなの回避するときじゃんー…」

 ぎゅって、リアス様の腕にからみつく。
 直後聞こえてくるのは、「氷河さん甘えてる」、『かわいいー』なんて声。

「俺はお前が嫉妬されて危害を加えられないだけいいんだが?」
「ちょっと女として自信はなくす…」
「俺が愛しているんだからいいだろ」

 ひゅうっ突然の告白いただきました。

「…」

 わたしも愛してるよ。

 愛してるもん。誰よりも。

 伝えるように、強く抱きつく。

「…」
「……」
「…」
「……刹那」
「…」
「刹那」
「なーにー…」
「愛情表現が行動なのはいいんだが、もう少し緩めてくれないと俺の腕が折れる」

 えぇ?

「かよわい女の子が抱きついただけで腕折れるわけないじゃん…」
「お前のどこがか弱い女の子だ。瞬間握力60がか弱いわけあるか」
「ちょっと勝手に盛らないでくれない…58なんですけどっ…!」
「四捨五入すりゃかわら──待て悪かったそれ以上力を入れるなっ」
「かわいい表現でしょ…」
「ばっか腕折る勢いのどこが可愛いだ待て待て待てお前音聞こえないのかやばいやばい」

 あ、たしかにみしみしって音聞こえてるかもしれない。
 さすがに折ってしまうのはよろしくないので、そっと離した。

「…折れなかったでしょ?」
「あのまま何も言わなかったら絶対折れてただろ……」

 左腕をさするリアス様にそんなことないって返しながら、とりあえず腕の方に無理させてごめんねって謝っといた。

「俺には謝罪はないのか」
「かよわくてかわいい彼女って認めてくれたら謝る…」
「可愛いだけは認めてやるがか弱いだけは絶対認めないからな」
「じゃあ謝らない…」

 ふくらませたほっぺの空気がリアス様によって抜かれたところで。

《これより第四レースを始めます》

 カリナのとこが始まるアナウンスが鳴った。
 二人して顔を見合わせてから、手はどけてもらって前を見る。

 とりあえず周りのことはほっといてカリナの見ようと、頭を切り替えた。

 けれど。

「…」

 目の前には高身長なビーストやヒト型たち。

 見えないじゃん。
 今だけ身長二メートルくらいになりたい。

「っ…」

 背伸びとかいろいろ試してみたけど結局見えなくて、隣を見上げる。リアス様は少し楽しげな顔。

「言ったろ、抱き上げてやろうかと」

 この人ほんとに予知能力目覚めたんじゃないかな。

「さらにわたしの子供度増すじゃん…」
「実際子供だろう?」
「え? 今度は首の骨行くって?」
「お前は俺をどうしたいんだ……」

 いや正直な話愛していたいんですけれども。

 もっかいほっぺに空気を入れると、また楽しそうに笑って、手を広げられる。

「始まるぞ。後で俺しか見れなかったと言ったら舌打ちされる」
「…」

 それはありえそう。それにわたしもカリナのは見たい。そのとき、銃声が鳴る。走り出しちゃった。

 せにはらはかえられぬ。
 ってことで、少しかがんだリアス様の首に腕を回して。

「わっ…」

 いつもみたいに、抱き上げてもらった。

 瞬間周りから歓声が上がる。ですよね。知ってた。

「見えるだろう?」
「ん…」

 騒がれてはいるけれど、前を見るととても視界良好。カリナが障害物を越えてるのが見えた。うん、抱きあげてもらって正解。

『やばーいあたしもあんなことされたーい』
「いいなぁ氷河さん」
「妹ポジションの特権だよねー」
『どんなにたくさん恋人いても、氷河さんみたいな妹分だったら構うよねぇ』

 けれど周りの声が聞こえる点では大失敗。
 目立ったおかげでさっきより声は増えていく。

「…」

 妹じゃなくて恋人なのに。
 恋人だから、こういう風にしてくれるのに。

「…ねぇ」
「ん?」

 走ってるカリナを見ながら、リアス様に問いかける。

「…もっと、大人っぽかったら…恋人らしかった…?」
「……」

 たぶん、こっちを向いてる。でも気づかないふりをして、前を見つめた。

「言葉を言えたり、きす、とか、スキンシップができたなら…もうちょっと」

 わたしが恋人らしかったなら。

 そうしたら、きっとあなたが誤解を受けることもなかったのに。
 最低なヒトじゃなくて、最高の恋人なんだって、ちゃんと周りもわかってくれたかもしれないのに。

 わたしが、恋人らしくないから。
 ちゃんと言葉を、言えないから──。

「…!」

 後悔におちいりそうになったところで、髪が、ゆるく引っ張られた。
 思わずそっちを見たら、家でするみたいに、リアス様はわたしの髪で遊んでる。

「いつも言っているだろう」
「…」
「特有の言葉や行為、それと今回は容姿か? そういうものが、全てではないと。もちろん言葉が欲しくなったり、そういった行為をしたくなることはあるが」

 リアス様に、もたれかかる。安心する声が、とても近い。

「お前が”愛情表現”だと思えば、周りにも伝わる」

 もちろん俺にも。

 そう、昔から変わらない言葉を、くれた。

「むしろ、周りにはできないようなことをすれば認めざるを得ないんじゃないか」
「できない、こと…?」
「お前ができて、周りにはできなさそうなこと」
「ある…?」
「探せばいくらだってある」
「たとえば…?」

 聞くと、リアス様は少しだけ黙る。

 探してる間に目を前に戻すと、カリナが最後のところを走ってるのが見えた。
 わぁ一位だカリナ。あとでぎゅってしてあげよう。

 なんて決めたところで。

「愛情表現として骨を折ろうとするのはなかなかじゃないか」
「あくまでわたしがかよわいっていうのは認めないのね…」

 まじめな答えが返ってこなかったので、少し長い後ろ髪を抜く勢いで引っ張っておいた。

《第七レース、準備してください》

「あ」
「次か」

 そのあとカリナのが終わっておろしてもらってからも、二人でわき腹とか頭小突いたり足踏みあったりして攻防を続けてたら、時間があっという間に過ぎてったみたいで、自分の番になった。隣を見上げると、一旦頭をなでられてから、リアス様が離れる。

「お前が行ったら一旦蓮のところに戻る。何かあったら来い。怪我はするなよ」
「はぁい」
「頑張ってこい」
「うん…」

《よーい》

 リアス様に手を振って。結局どうすれば伝わるとかわかんなかったなぁって思いながら、聞こえた声に、前を向く。
 まぁ、とりあえずこれが終わってからでいっか。目の前に広がるたくさんの障害物に、頭を切り替えた。

 跳び箱とか平均台とかおなじみなものに、エシュトオリジナルっぽいものがコース毎に置かれてる。とりあえず、スピードを出せば。

「一位、穫れるかな…」

 穫れたらごほうびもらおう。
 クッキーとか、甘いもの買ってもらおう。まだもらうなんて確定してないごほうびに、ほんの少し心が弾んだ。

 一歩、足を引いて。

《スタート!》

 銃声の音と同時に、走り出した。
 百メートルのときみたいに、一気に駆け抜ける。

 一緒のレーンにいた九人の人から距離を離して。

「そいやー…」

 そのまますぐ目の前にあった、八段くらいの跳び箱を軽々越えていく。

 勢いは殺さずに、着地した直後もすぐに走った。

 走るのは得意だから、なんかこう、ライオンみたいな超特急な子がいなければ、ぶっちぎれるはず。

 でも油断は禁物。手は抜かず走って、第二地点に一番にたどり着いた。

 そこに置いてあるのは、紙。これがミッションかな。拾って、二つ折りにされた紙を開く。

 ”三十秒以内に敵を十体討伐せよ”

「!」

 それを確認したと同時に、わたしの周りに簡易結界が張られた。

 出てきたのは、今日はよく見るおどろおどろしい敵たち数十体。

「討伐なら、楽勝…」

 襲っては来ないらしいその子たちに向けて、魔力を練る。捕縛は難しいけど、撃破なら得意。手をかざして、まとめて殲滅できそうな術を紡ぐ。

【リオートリェーズヴィエ(氷刃)】

 そしたら、敵を囲うように、いっぱいの氷刃が現れた。このくらいあれば一掃できるよね。

「れっつ、ごー…」

 かざした手を下におろせば、それは敵に発射されて。

「…終わり」

 砂埃が晴れた先には、もういない。同時に結界の中に「○」って出たから、無事クリアみたい。結界もなくなって、また走り出す。

 向かった先の第三地点には、

 わたしのレーンだけに長さ十五メートルくらいの池。

 どうやって掘ったのここだけ。

「…きれいに掘れてる…」

 匠の技ですかってくらいきれいに掘れてるんですけど。しかも、よくよく見てみるとものすごーく深いのがわかる。

「安易に足を入れたらどぼん…」

 エシュト学園ってなかなかえげつないな。

 まぁ、わたしには関係ないけれど。

「えいっ…」

 池なんて氷張っちゃえば簡単。手をかざして凍り付けにしてあげれば、そこはわたしにとっては他のレーンと同じ”道”。スケートするみたいに滑って、軽々第三地点を越えた。

「で、また紙…」

 また走って第四地点。妨害来るかな、なんて思ったけど、周りは自分のミッションに必死みたいで、無事にここまで来た。一応後ろをちょっと確認。
 うん、結構距離開いてるし、みんなてこづってる。

 今のうちに、もっと。
 とりあえず置いてある紙を拾って、開いた。

「…」

 ”赤いものを持ってくる(自分が着用しているもの・ハチマキ以外)”。

 赤いもの?

 赤って言ったらもう一個しかないじゃん。わたしの好きなものだもの。

 行く場所が決まったと同時に、紙に300って数字。それがカウントダウンを始めたので。

「…行こう」

 早速、魔力を練って、テレポートした。

「龍っ…」
「っと」

 ぱっと行った場所は、リアス様のところ。
 ちょうど目の前に行けたみたいで、そのまま倒れ込む。

「刹那、借り物?」
「ん…」
「さっそくですか氷河」
「今年は多いな。華凜ちゃんも結構アッチコッチ行ってたぜ」
「そうなの…」

 それを四人で仲良く見てたの。

 わぁ男子四人の会話とか超気になる。

 って今はそうじゃなくて。リアス様に、目を戻す。

「何かあったか」
「うん…あのね、お願いがあるの」

 支えるように腰に手を回してるリアス様のほっぺに、手を添えて。

「目玉を貸してください…」
「そんなグロい指定の借り物競走があってたまるか」
「いった…」

 思いっきり頭を小突かれてしまった。
 そのままリアス様はわたしの持ってる紙をひったくる。

 見た瞬間、あきれ顔。

「お前なんでこの指定で目玉になった……」

 見せて、とレグナたちものぞき込むと、苦笑いやら爆笑やらそれぞれの反応をされた。

「龍の目赤いじゃん…」
「まぁ確かにそうだが」
「それかあなたの血を貸してください…」
「何故お前はそう返却が難しいものばかり頼むんだ……」
「血も目玉も簡単に返せるじゃん…飲むかつっこむかすれば出し入れ簡単…」

 目はちょっと再稼働できるかわかんないけど。

「刹那さんや、龍を持ってくっていう選択肢はなかったの」
「紅って聞いたらもう目玉しか思い浮かばなかった…」
「真っ先に俺を思い浮かぶことは大変嬉しいがもう少し落ち着いて考えて欲しかったな」
「あー刹那ちゃんおもしれー」

 後ろの上級生組がやっと笑い終わったらしいところで、リアス様は自分の服をいろいろ見始める。

「ハチマキ不可じゃ俺のもだめだもんね」
「そうだな」
「オレも今日は紅ねぇな」
「俺もですね」

 なにかないかと、上級生も混ざって四人で赤いものがないかと探してくれる。

 そこで、ふと思い出した。

「ねぇ龍の今日の下着赤のライン入ってなかった…?」
「俺にこの公衆の面前で脱げと?」
「いやさすがにトイレとかに行こうよ…」

 あ、また上級生組笑い出しちゃった。

「それを持ったままこの先のミッションクリアされる俺の身にもなれ。──ほら」

 言いながら、リアス様は見つけたのか、わたしになにかを差し出す。
 両手でお皿を作ると、

 そこには、炎が入った魔力結晶が落ちてきた。

「これなら紅で判定されるだろ」
「龍の色ー」
「そうだな、さっさと行ってこい。時間ないんじゃないか」

 一緒に返されたメモには、80の数字。
 あ、やばい行かなきゃ。

「ありがと、あとで返す…」
「あぁ」

 立ち上がって、魔力を練る。

「さっすが彼氏様ぁ、かっこいいじゃん龍クン」
「魔力結晶とはなかなか良い発想ですね。さすが恋人」
「うるさい」

 なんとか笑いをこらえた二人に茶化されてるリアス様にちょっとだけ笑って、その場をあとにした。

 リアス様の魔力結晶のおかげで判定は「○」で、無事に第四地点は通過。
 そのあとは、平均台とか的当てのミッション。間に、独走状態がそろそろまずいって思ったのか、物が飛んできたりいきなり目の前に水柱が出たりっていう周りからの妨害が発生したけど、それもよけながらクリアしていった。

 そうしてやって来た第七地点は、ミッションの紙によるとわたしのとこだけパン食いらしい。

「うわたっか…」

 けれどさすがエシュト学園、簡単なものではなく。

 どんなに身長が高い子でも届かない、十五メートル上のとこにパンがいらっしゃいました。

 ばかじゃないの??

「これヒューマン当たったらどうするの…」

 パンを吊すために建ててる柱登らせるの??
 つくづくハーフで良かったかもしれないと思う。そして天使ってことにも感謝した。

【天使の羽根(エール)】

 魔力を練って、天使特有の翼を出す。
 一応スカートを押さえながら翼を羽ばたかせて、一気に十五メートル上に上がった。

「めろんぱーん…」

 下からじゃ見えなかったそれは、わたしの好きなメロンパン。
 わぁいと思いながらも、わたしはこのミッションはこれでは終われない。過保護な恋人様には幼なじみ以外が作ったものは危ないかもしれないからって言いつけられているので、これを検閲してもらいに行かなければならぬ。
 ほんとは口で食べるのが理想なのかもしれないのだけれど、それは無理なのでメロンパンを吊し糸から引っこ抜き。
 一口サイズのそれを握りしめて魔力を練って、

 テレポートで、リアス様の元へ。

「じゃーん…」
「次は何だ……」
「これ食べて…」
「ぅぐっ」

 着いたとたんにリアス様の目の前にしゃがみこんで、握りしめてたメロンパンを口につっこむ。はるまとぶれんがすごいびっくりしたこっち見てる気がするけどごめんね、すぐ終わるからね。

「いーい?」
「ごほっ、あ”ぁ”……」

 死にそうな声で了承をいただいたので、残った半分くらいのメロンパンを口に放り込む。
 同時に、頭の上に「○」って出た。

「クリアした…」
「よかったな……」

 口元を押さえて死にそうになってるリアス様の頭をありがとうの言葉の代わりになでる。
 甘いもの苦手なんだから心配でも無理しなくていいのに、っていうのは、リアス様を否定するような感じがするからメロンパンと一緒に飲み込んで、立ち上がる。

「じゃあまたね…蓮あとお願いね」
「はいはーい」
「はるまたちもばいばい」
「お、おお、きーつけてな」
「い、いってらっしゃい」

 もっかいリアス様の頭を撫でてから、三人に手を振ってから今回はさっとテレポートで帰って行った。

「これでおっけー…」

 あのあと元の場所に着地して、演目再開。
 第八地点のハードルを軽々越えて。
 たった今、第九地点で、偶然被った討伐ミッションをクリアしたので、走り出す。

「…」

 ひとまず、ずっと一位で来れた。
 後ろをちょっと見てみても、まだ距離は空いてる。

 たぶん、このまま順調に行けば一位になれる。

 でも、最後は借り物。
 どれだけ時間がかかるかはわからない。時間をフルで使ったら、さすがに追いつかれちゃう。

 それは、困るから。止まって、体も後ろに向けた。追いつかれないようにっていうのと、ちょっとここ来るまでに受けた妨害のお返しも込めて。

【氷狼(リオートヴォールク)】

 指を鳴らして、そう唱える。

 そしたら、わたしの周りには九匹の氷狼が出てきた。契約ビーストじゃないよ。たくさん狼見て研究して、自分で作り出したオリジナルの子たち。

「みんなと遊んでおいで」
【ワフッ】

 その子たちをなでて、命令を出せば。

【ワォォォォオオンッ】

 ほかの選手のところへ、一斉にかけ出した。

【ワフッ】
「うわ、なんだ!?」
【ワォン、ワンッ!】
「じゃれつかないでー!」

 命令通り一匹一人を担当しながら、じゃれつくように氷狼たちは遊び始める。みんなびっくりして、立ち止まったり、たまに逆走したり。
 うん、成功。氷狼たちのおかげでできた隙をついて。

「…」

 わたしはまた走り出して最後の地点へ向かった。

「…ここ、で合ってるよね…」

 少し飛ばして、息を切らしながら来た最後の地点。着く直前で氷狼は解いて、ラインが引かれたところに踏み入れた。

 のだけど。

「なんもない…」

 その地点についても、紙はなかった。なんか特別なのかな。まさかの全員そろわなきゃだめな感じ? いやそれはないか。競争だもん。

「!」

 とりあえずもう少し足を進めてみたら、目の前に煙幕。ちょっと飛び退いて、それが晴れるのを待つ。

 晴れて、見えたのは。

「…長老犬…?」

 ものすごくおじいちゃんな真っ黒犬のビースト。ヴァーチャルかな。なんかよぼよぼしてるけど大丈夫? この人運んで来いよみたいなお題? そう思ってると、おじいちゃん犬は口を開く。

〔よくぞここまでたどり着いた……。ぬしに最後のみっしょんを与えよう……〕

 わぁRPGのラストみたい。

「なに、すればいいの…?」

 おじいちゃん犬に目を合わせるようにしゃがんで、首を傾げてみる。楽なのがいいな。

 じっと見つめ合ってたら、おじいちゃん犬がまた口を開いた。

〔ぬしのもっとも大事な部分をさらけ出すのじゃ〕

 ちょっと真顔でなに言ってるのおじいちゃん。

「えぇ…?」

 あまりの目のまっすぐさに”そういうの”がこわいわたしも恐怖通り過ぎてびっくりだよ。

 え、ていうかそれ公衆の面前でやっていいやつ?

 R指定がつきそうな想像しかできないんだけど。だって言い方悪くない? 明らかに現代高校生が勘違いしちゃいそうな言い方してない? わたしが変なの?

〔ぬしのもっとも大事な部分をさらけ出すのじゃ〕
「二回も言わなくていいよ…」

 わかってるよ内容は。

 えーと、

「…ヒントを、おねがいできますか…」

 今のままだといけない。
 どうか、と手を合わせて聞くと、おじいちゃん犬は表情変わらず、ゆっくり口を開いた。

〔生物には必ず大事な部分というものがあるであろう……〕

 そういう風に言われると思いっきり変な想像しますけど大丈夫ですかこれ。

〔なにもそれは体だけではない……〕
「最初からそれ言おうよ…」
〔自身の大部分を占めるもの。心、体……ぬしが生きてきた中で大事だと思う部分をさらけ出すのじゃ……〕
「心、体…」
〔人それぞれ違うじゃろうなぁ……しかし儂が出せるのはここまでじゃ〕
「…」

 要は心でも体でも、自分にとって一番大事って思ったものを持ってこいってことでいいんだよね?
 合ってるよね? これ公衆の面前だもんね?

 自分の中でなんとか納得して、うなずく。

「…わかった」
〔制限時間は五分じゃ〕
「ん」

 300って書かれた時計を渡されて。それがカウントダウンを始めたと同時に、またテレポートで飛んだ。

 わたしの大事な一部分なんてたった一つ。

「今度はどうした……」
「二度あることは三度目もあるねー龍」

 飛んだところは、またリアス様のところ。今までのことを思い返してか、リアス様はちょっと引き顔。

「ラストはみんな借り物なんだって…」
「ああ、そうみたいですね」
「結構難関らしいぜ。次はなにかね後輩クン?」
「、……課題はなんだ」
「ん…」

 いやな予感するって顔のリアス様の前で座って、そっと、口を開く。

「大事な部分をさらけ出せと…」

 わぁみんな吹き出しちゃった。だいじょうぶ、気持ちは分かる。

「お前はそのさらけ出す許可でも取りに来たのか……?」
「違う…。来て…」

 事情はあとにして、リアス様を引っ張る。

「なに? 龍クンの大事な部分でもさらけ出すの刹那ちゃん」
「それはさすがに…公衆わいせつになっちゃうよ…」
「いやどっちがやってもそうなりますけどね」

 あ、たしかに。じゃなくて。

「とりあえず来て…恥ずかしいから」
「待て何させる気だ」
「なにもしなくていい…」
「何もしなくていい大事な部分をさらけ出すとはどういうことだ……?」
「時間ないから飛ぼう…?」
「説明を頼みたいんだが」
「行きながら説明してくれるんでしょ、がんばれ龍」
「まじでか」

 ぐいぐい腕引っ張ってたら、レグナが助け船出してくれて、仕方なさそうにリアス様は立ち上がる。ぐっじょぶレグナ。説明は向こうに行けばリアス様もわかるから。

「いこ…」
「わかったから。ゴール前のところだな?」
「そう…」
「刹那ちゃんのために頑張れよ龍クン」
「あとで感想聞かせてくださいね」
「黙ってろ」

 促して、二人でテレポートをする。今日は茶化されてばっかりだねって言おうとしたけどわたしのせいかって思い至ったから口は閉じておいた。

「で? 俺はどうすればいいんだ」
「こっち…」
〔来たか……〕

 二人でゴール前のとこに飛んで、リアス様の腕を引っ張っておじいちゃん犬の前に行く。渡された時計の秒数は200。うん、十分。

「持ってきた…」
〔それがぬしの大事な部分か……〕
「……!」
「そう、心の方でも、体の方でも、一番大事な部分…」

 もしも、この世で大事なものを聞かれたら。

 自分より先に浮かぶ、リアス様とカリナとレグナ。その中で、一番大事なものって聞かれたら。

 一番大好きな、リアス様。

〔ぬしの命よりもか〕
「ん」

 まっすぐ目を見て、うなずく。おじいちゃん犬もうなずいて。

〔では如何にしてその”大事”を証明する〕

 言われた言葉に止まった。

「証明…?」
〔ぬしの命ならば大事だということは明白。しかし他人となると判断は難しい。彼の者はぬしにとってどういった部分なのか。そして如何にして、その”大事”を儂に証明する〕

 ミスった、ここで証明くるなんて思わなかった。

「数学の証明みたいのじゃだめかな…」
「今ここで合同だなんだって証明されても困るだろう……」

 ですよね。
 わたしとあなたがこうなって合同ですなんて通用しませんよね。

 大事の証明…?
 リアス様は恋人だから…

「き、きす…?」
「それは恋人の証明であって”大事”としてはカウントされないだろうな」

 そもそもできないだろ、って小さく言われる。できませんけども。

「…」

 自分の中の”大事”の証明。

 大事、大事…?
 えぇ、大事だから大事じゃだめなの。だめなんだよね今は。
 えぇ…?

「刹那」
「はぁい」

 うんうんうなってるところで呼ばれて、隣を見上げる。まっすぐわたしを見る目は、いつも通り落ち着いた紅。そのヒトが紡ぐ言葉に、いつものように耳を傾けた。

「さっきも言っただろう。お前がそう思ったなら、必ず伝わると」

 ──お前は、

「大事なもののために何ができる?」
「…」

 大事なもののため。

 あなたのために、できること。

「わたしは──…」

 それが、わかったら。いつもなら体が先に動くのに、口が自然と開いた。

「わたしにとっては、この人は、とっても大事…」

 とてもとても、大事な人。すべてにおいて。

 わたしの、大好きな人。

「家族としても、友達としても、…恋人としても。一番、一番大事な人…」

 言いたいことは言えないけれど。
 すべてを賭けて愛してくれているあなたのこと、誰よりも、なによりも想ってる。

「わたし、」

 利き手に、愛銃を出す。

「この人のためなら」

 その銃口を、喉元に当てて。

 絞り出す。

「何回だって、死んだっていい」

 ──あなたを愛することが、できるなら。

 何度貫かれたって、構わない。

 それが、あなたにできる、

「わたしの、”大事の証明”」

 ハンマーを引いて、今すぐでも撃ち抜けるように、トリガーに指をかけて。

 少しずつ、力を入れていく。

 覚悟が、伝わるように。

「…」
〔……〕

 それを、

「…」
〔……〕

 あと少しで引ききる直前。

〔よろしい〕

 おじいちゃんの声がかかった。

〔主の覚悟はわかった〕

 本能的にまだトリガーから指は離さずに。

「いいの…?」
〔その引き金が引かれた瞬間にそこの小童に殺されそうじゃからのぅ、引き金を引く力も見て、ぬしの覚悟も嘘ではなさそうじゃ。クリアとする〕

 言われたことを頭で繰り返す。癖で、リアス様を見て。

「おっけー…?」
「みたいだな」

 その声で、クリアしたことを、飲み込んだ。
 ほっと体の力が抜けて、やっとトリガーから指を離して、銃を下ろす。

〔この紙とその小童を連れてゴールに向かうとよい〕

 おじいちゃん犬が差し出してきた「済」ってはんこが押された紙を受け取って、うなずく。
 そしたらおじいちゃん犬はちょっと笑って、消えてった。

「あ、時計も消えた…」
「行くぞ」
「! うん…」

 緩く走り出したリアス様のあとを追うように、走り出す。
 ちらっと後ろを見てみたら、やっぱりおじいちゃんのとこで「わけわからん」って顔してる生徒がいっぱいいた。ラストは全部同じなのかな。あれ絶対難しいよね。がんばってってエールを送って、前を向く。
 いつも見る、リアス様の背中。

「一位だね…」
「よかったな、体育祭中に一位になれて」
「百メートル走だって一位の予定だった…」
「あれはお前が勘違いしたから悪いんだろう……」

 あきれた声してるけど、どこか機嫌が良さそうなリアス様とペースはそのままで走っていって。

 なんだかんだぶっちぎりでゴールテープを切った。

 そこで待ちかまえてた係員のお姉さんに、さっきもらった紙を確認してもらう。

「これ…」
「はい、確認しました! お疲れさまでした」

 あそこで待っていてくださいね、って指をさした方向を見ると、走った人が並んでる。同じ一位の旗の列で、カリナが手を振ってるのが目に入った。

「で、ついてくるの…」
「どうせこのあとお前も出るリレーだしな」

 旗のとこに歩き出したら、当たり前のように並ぶ恋人さま。まぁたしかに一緒ですけども。

 あ、そうだ。

「これ返す…」
「ん? あぁ」

 ポケットからさっき借りた炎の魔力結晶を出してリアス様に返す。手のひらに乗せたそれは、リアス様を認識して、ゆっくり体に入っていった。それを見てるときに視界に入るリアス様の足取りは、軽い。
 そういえばさっきから機嫌良さそうだよね。

 並ぶところで、すれ違いざまに「おつかれさまです」って言うカリナにうなずいてから。リアス様の服の裾を引っ張った。

「…ねぇ」
「ん?」

 こっちを見るのは、やっぱり機嫌良さそうな目。

 二人して一位の列の最後に座って、わたしは首を傾げる。

「なんか、キゲンよさそうだよね…」
「そう見えるか」
「ん…」

 だって座った瞬間にわたしの髪いじってるし。それ機嫌がいい証拠じゃん。

 ねぇどうして、ってのぞきこんだら。

 それはそれはきれいにほほえんで。

「!」

 緩く、引き寄せられた。そうして、

「そりゃあれだけ大胆な告白をされれば機嫌も良くなるだろうな」

 なんてすり寄るように抱きしめられる。

 瞬間、周りからはものすごい歓声が起きて。リアス様の行動よりもそっちにびっくりして、肩がはねたけれど。
 すぐに、それは気にならなくなった。

「…」

 リアス様の口角が上がっているのが見えたから。

「…うれし?」
「あぁ」

 わたしのおでこにほっぺをすりよせるリアス様の声は、とてもやさしくて、あまい。
 大好きなあなたがうれしそうだから、口角が、自然とあがった。

「…♪」

 わたしもね、うれしいよ。

 ──あなたに伝わったことが、とても、とても。

 大好きって、愛してるって。
 機嫌が良くなるくらい、伝わった。それが、なによりもうれしい。

 ねぇ、これで恋人の証明にもなったかな。
 恋人らしく、見えたかな。

 …まだ足りなかったり、するのかな?

「…」

 ──あぁ、わたし。

 伝わったことだけじゃなくて、まるで独り占めされてるみたいに抱きしめられたことにも、テンションが上がってる。

「!」

 だって、こんな外で。
 いつも家の中でするみたいに、抱きしめ返したりしないもん。

 背中に手を回して、わたしもあなたを独り占めするように、抱きしめる。

「…足りる…?」

 あなただけしか見えない、暗い視界の中で、小さく尋ねた。
 なにが、なんてことは聞かれない。

 代わりに聞こえたのは、満足そうな息の音。

「あぁ」

 そうして、また強く、抱きしめられる。

「十分すぎるほど」

 その、息と同じくらい満足そうな声に、言葉に。

「そう…」

 わたしだけは、欲張りになって。

「…お気に召したなら、いい…」

 もっと伝わればいいのに。
 そう、思いながら。

 大好きなあなたに、すり寄った。

『その現場を見た生徒からはさらに大歓声が上がっていたそうです。』/クリスティア