「すげーなんか歓声聞こえた」
「あのモニターで見りゃわかんだろ、なにしてんだオマエんとこのチートクンは」
「随分ご機嫌のようだね」
リアスが最後に駆り出されていったので、クリスティアのミッション遂行走を先輩方と見ていた。ラスト出るのとかあいつらはあのまま向かうから戻ってこないかもねとか話ながらモニターに目を向けると。
なんと我らがカップル、堂々といちゃついてるじゃないですか。
ここで何してんのって言葉よりもリアスもクリスもご機嫌じゃんよかったねって言葉と口笛が出てくる時点でいろいろと麻痺してる気がする。
たぶん隣の先輩たちの「うわぁ」って顔のが正常。
「蓮クンあの甘々のトコ行けんの? 次合流だろ?」
「え? うん、別に平気」
「マジかよ」
「肝が据わっているね」
いや何千年も見てるし。なんならあの二人そろうとなんだかんだべたべたいちゃついてるし。とくに家。
「付き合い長いから気にしなくなったかなぁ」
「幼なじみってこえーな……」
「あ、ほら集合だよ先輩たち」
「うわマジかよ」
さぁ先輩たちが苦笑いの中やって参りました体育祭のラスト演目。
校庭真ん中のモニターに”バトルリレー選手集合”と出たのを確認して、立ち上がる。
「二人とも出るんでしょ?」
「そうなんだけれど、あの空間に行く勇気はないよ波風……」
「大丈夫だよ、合流したときには通常だから」
「ホントかよ……」
大丈夫大丈夫ほんとほんとと言って、しぶしぶな表情の二人を立ち上がらせて、歩き出した。
「そーいや後輩クンたちはやっぱ全員出んの?」
「あー、いや」
話題を変えた先輩に、遂行走の場所とは反対側に掲げられた看板の方向に向かいつつ、首を振る。スマホを出して、ちょうど話題となる妹に、戻ってもいないからと送信したところで。
「うちの妹がお休みかな」
「おや、華凜は出ないんですか?」
俺の答えに反応したのは武煉先輩。目を向けると少し驚いてる。うん、カリナも運動神経良いし戦闘力もあるから驚くよね。でも俺も驚いてるんだ。
ひとまず問いに頷いてから。
「ねぇ木乃先輩、華凜といつの間にそんな仲良くなったの?」
確かついこないだまで木乃先輩って呼んでたはずなんだけど。
ていうか今朝までそう呼んでたよね。いや別に嫌とかじゃなくて、いきなり変わったから何かなと思って聞いてみたら。
木乃先輩は何度か瞬きをして、あぁ、と笑った。
「ちょっとマラソンのときに賭けをしたんですよ。彼女に、五月末にやってきた件の俺の目的は何だったのか聞かれまして」
「あー……そういえば紫電先輩は”俺の方は”って言ってたもんね」
「ふふっ、やはり双子さんは言うことも一緒だ。二人ともよく覚えているね」
「覚えてるっていうか、木乃先輩も巻き込んでの協定なら何かしらあるんじゃないってだけだよ」
それがないなら正直付き合う義理はない。人それぞれだから断定するのは良くないけれど。
「それで? 木乃先輩の目的は?」
隣を歩く先輩を見上げながら聞けば、人の良い笑みを浮かべる。
「君たちともう少し深い付き合いがしたくてね」
「──へぇ」
協定があるんだから交流はどのみち深くなるのに? なんて一瞬よぎってしまうのは、疑いすぎだろうか。協定関係なく遊べる関係になりたいだけかもしれないのに。
ただ、ちょっとそう疑ってしまうのも無理ないと思うんだ。
「……えーと」
奥の紫電先輩がものすっごい軽蔑した目で木乃先輩のこと見てるんだよ。
そんな目されたら疑いたくもなるわ。ぜってー裏あるじゃん。
「ただ面と向かって言うのも恥ずかしくてね。マラソンのとき、彼女と同じだったからいい機会だと思いまして」
すげぇ、紫電先輩の目がほんとにゴミ見るような目してるから全然内容が入ってこない。
「結果は知っての通り、俺が勝ったので」
「えぇと、先輩たちと深い交流、ってこと?」
「そういうことです。交流はまずファーストネームから。ただし君たちは巻き込みという形になるし、ひとまず彼女からということで。バトルリレーでは戦力的に揃うだろうから、あそこで言おうと思っていたんですよ」
まずは兄君、異論は? とのぞき込むように聞いてくる。
「……」
もちろんそのことに異論はない。疑わしかろうがなんだろうが、敗者は勝者に従う者。向こうの目的は”俺たち全員”。なら代表のカリナが負けた時点で俺たちにもそれは適用。
ただ、まぁ──。
「うん、俺は別に、大丈夫」
心にそっと決めて頷くと、木乃先輩はきれいに微笑んで。
「それはよかった。あと陽真、気づいているからね」
「──いって!」
まっすぐ向き直るついでに、木乃先輩は紫電先輩のわき腹にエルボーをかます。あー、あれは痛い。
「というわけで、俺のことも、もちろん陽真のことも。名前で呼んでくれて構わないよ」
「あ、うん。じゃあ改めて?」
痛みで悶えてる紫電先輩改め陽真先輩にご愁傷様、と心の中で拝み、たどり着いた受付の列に並んで。
俺の後ろに並んだ武煉先輩を見上げる。
「武煉先輩に陽真先輩、これからよろしくってことで」
「こちらこそ、よろしくお願いするよ、後輩さんたち」
そう、互いに人当たりの良い笑みを浮かべて言葉を交わした。
♦
「どーして俺は毎回お前と当たるの!」
「くじ運が良くていいことじゃないか」
「最悪だわっ!」
あのあと。受付をすませて、後からやってきたお騒がせカップルに武煉先輩からのお願いのことも話して。いつも通りくじを引き、とくにクラス毎で並んでないみたいだからと、もう固定になった上級生アンド俺たちというメンバーで固まって。
くじを開き、絶望した。
この演目はとりあえず大きく二グループに分けられるところから始まるらしいと、杜縁先生お手製のファンシー説明書を見て知ってはいたんだよ。
結構な人数が参加するからまぁ知り合いとも離れることも多いんだろうなと、あの頃すでにフラグを立てていたと今知る。
開いたくじは、「2-1」。
二グループ目で猶予があるじゃんと思ったのも束の間。知り合いが近くにいればどうだったなんて話になるよね。うちでもなったんですよ。
そして五人でせーので見せた結果。
なんと全員二グループである。
そりゃ叫びたくもなるよね。めんどくさいのめっちゃ集まってんだもん。
クリスと武煉先輩はいいよ、同じ赤組だし。しかもクリスティアに至っては同じ「2-1」だからチームも一緒。すげぇ心強い上にリアスの不安も解消できて二重で運が良かった。
運が悪かったのは他だわ。対戦相手にリアスと陽真先輩は願い下げたかった。
「絶対めんどくさいじゃん……俺棄権したい……」
「とか言いながら毎回楽しんでんじゃねぇか蓮クン」
あながち間違えじゃないけれども。
《これよりバトルリレーの説明を始めます》
リアスに関しては楽しいもあるけどほんとにめんどくさいから嫌なんだよと心の中で悪態をついたとき、選手が全員集まったのかアナウンスが掛かる。すでに俺だけが絶望な状態で、壇上に立った先生に目を向けた。
《このバトルリレーは本日最後の演目で、エシュト学園では伝統的に行われている演目になります》
わぁもうこの時点で帰りたいわ。伝統的ってやつほどろくなものないよな。
《今一度ルール説明を行います。この演目では、各色の中で学年問わずランダムに組まれた六名一丸となり、他同様に組まれた十一組と、四百メートルずつバトルをしながらリレーをします。走る順番は、これから与えられる作戦会議時間で個々の能力を把握し、チームに合った順番を決めてください》
とりあえず走る順番が自由なのはありがたいよね。そうなると自ずと強い生徒は後半に。
まぁ基本は三年とかが行くだろうし、前半でリアスと当たらないことを祈るばかりかな。そう言ってると当たるよね。知ってる。
《そして再三言っていることになりますが、妨害という点を忘れないこと。それさえ守れば、事前説明でもあったとおり、この演目では同じレーンの走者にのみ、自身のコースを外れて直接妨害を行うことが可能になります。また他と違って制限時間はありませんので、時間を気にせず思う存分自身の力を発揮して頑張ってください。では十分後に第一グループから始めます。その間走る順番を決めておくように。各自解散》
そう笑って言って、先生はメガホンを切る。
同時に、「1-1」、「1ー2」とかかれた看板がところどころで掲げられた。
「…あそこ、いけってこと…?」
「かな」
「時間は限られていますからね」
「スグに作戦会議に移れる配慮だよ」
用意周到なのはさすがというべきか。
ということは。
「とりあえず?」
「おー、あとでな後輩クンたち」
「またあとで、ですね」
「ばいばーい…」
クリスティア以外とは一旦別れることになるので、自分のところに歩き出した武煉先輩や陽真先輩を見送り。
目線はその隣のリアスへ。
過保護な王子様は若干、というかかなり不安げ。
「大丈夫だって。レース始まればずっと見てられるでしょ」
「……わかっている」
わかっているとは言いつつも、不安は抜けない顔。
そんなリアスに、クリスティアが近づいていって、服の裾をつかみ。
かわいらしく、こてんと首を傾げた。
「がんばれたら、ごほーび…」
たぶんふわって天使みたいに笑ってんだろう。言葉の内容もあってリアスのハートに矢が突き刺さったのが見えた気がする。
「……頼んだぞ」
「りょーかい」
恋人のかわいさにまんまと絆されたリアスに笑って、歩き出したリアスを見送った。
「さて俺たちの看板は、と」
「あそこ…」
見回す前に、クリスティアが指をさす。目を向けると、「2-1」とかかれた看板と。
「……あれ祈童かな?」
少し集まってるメンバーの中に、午前の部で見た藍色の髪。
祈童っぽいな。
「一年だし、知り合いいると気が楽だね」
「ねー…」
走る順、前半は一年にして後半上級生にお願いって感じかな。
ひとまず、時間も限られているしとクリスティアと一緒に看板へ向かった。
「じゃあ第二グループの一コースが揃ったところで作戦会議と行こうか」
そのあと。看板のおかげで六人全員はすぐ集まった。
第一グループが走り出したのと同じ頃に、俺たち含めてヒト型四人、ビースト二人で、円を描くように座って。仕切るように声を発した祈童に、地味に違和感を感じながら言葉に頷く。
そして祈童は、きらきらと目を輝かせてこっちを見た。
「さぁ波風。今回は氷河もか。よろしく頼むぞ!」
それなんかさっきも聞いた。
うん、頼りにしてくれるのは嬉しいんだけども。
「今回はビーストも先輩もいるし頼れるのは俺たちだけじゃなくない?」
「そんなことはない! 第一にこのチームは全員一年だ!」
「何でお前はそんなに嬉しそうなの??」
めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるけどそんなに何か嬉しいのこいつは。
ていうか、え??
なんて言った??
「待って祈童、もう一回」
「全員一年だな!」
嘘じゃん。
だから祈童が始めよっかって仕切るように声かけたのか。違和感には納得したんだけどちょっと待ってね。
このリレーで俺すでに二回くらい絶望してんだけど。
「全員一年とかどんな確率だよ……」
「これも運命じゃないか!」
「アハハ、ソーネ」
さすが絶望の天使名乗るだけあって絶望的な運命ばっかりだわ。
乾いた笑いをこぼした俺とは対照的に明るい顔の祈童はさて、と腕を組んで俺に首を傾げる。
「波風と氷河のことは知ってる人が多いが、波風たちは彼らを知らないよな?」
「そうだね」
俺たちほんと有名人だな。良い意味での有名人ならよかったのに。
「一年だからまた逢うだろうし、名乗っておいた方がいいか」
「んーそうだね」
逢ったときに忘れちゃいましたはちょっと申し訳ないし。
頷くと、俺の目の前にいるビーストの片方、この中では一番でかい、クマで背中に妖精っぽい羽をはやしたビーストが勢いよく手を挙げた。
『じゃあボクから!!』
おぉ見た目に反してすげぇ元気で愛嬌いいな。
『クマのビースト、ティノって言います! ご先祖のどっかで妖精と結婚したみたいなんでボクの背中にも妖精の羽があります! よろしく!』
可愛らしく挨拶をしたティノ。……男だよな。ボクっ娘じゃないよな。ボクっ娘にしては見た目雄々しすぎるから男でいいんだよな。
『では次にわたくしが』
その疑問は頑張って飲み込んで、その隣にいた、金糸雀かな。きれいにオレンジの羽や毛を伸ばした見るからに上品な鳥のビーストが、一度会釈をして口を開いたので目を向ける。会釈したときにクリスティアも釣られて会釈したのがすげぇ可愛かった。
『見た目通り鳥のビースト、エルアノと申します。魔力は持っていますがあまり術には長けていないのでご容赦を』
カリナより丁寧な言葉でそう挨拶をして、また会釈する。とてもご丁寧なので俺も会釈を返して。
流れ的にその隣にいたヒト型に目を向けた。
猫耳を模した、ちょっとおっきめなベレー帽を深く被った女の子。一斉に視線が集まったその子は、帽子をさらに深く被って俯いてしまう。その先から、小さな小さな声で。
「え、えと、雫来雪巴、です。雪女の一族で、ハーフです、が、がんばりますっ」
たどたどしくそう言って、さらに俯いてしまった。
……彼女のそれは元からなのかそれとも俺たちがいるからか。
どうか前者であれと思いながら、魔力持ちなら心強いと挨拶された三人によろしくって返し、妹のようににっこり笑う。
「知ってるとは思うけど改めて。一組の波風蓮と、こっちの水色は氷河刹那」
おーっとクリスさんや、今飴ちゃん食べるとのどに詰まるぞ。
つーかなんで今このタイミングかなこの自由人は。
「はい没収」
「やー…」
「龍に怒られんの俺だからまじやめて」
隣のクリスティアがポケットから取り出した飴を回収し、おイタができないよう彼女をあぐらをかいた俺の足の間に乗せた。
他のところからなんか視線が強くなった気がするけど気づかなかったフリをしよう。うちの過保護から直々に許可得てるんです。
「進めても大丈夫か?」
「はーいどうぞ」
幸いチームメンバーからはそんな視線はなくて、クリスティアの座るポジションが決まったところで祈童が声を掛けてくれて、本来の目的へ。
「とりあえず、ラストはやはり氷河か波風だろ?」
「なんでそこ確定事項かな」
『基本的にリレーは速いヒトが後ろでしょう。そしてこれはバトルを含みます。ましてやここは一年グループ。一年でもっとも強い部類に入る貴方がたを候補にするのは当然では?』
あはは、ですよね。
さっき思ってたことそのまま返ってきたわ。
「あの、あ、足が速いのは、氷河さん、だよね……?」
『百メートル走すごかったもんねー!』
「そう…?」
『うん! すっごく速かった! ボク氷河さんに一票!』
『わたくしもですわ』
「あ、わ、私も…!」
あれよあれよという間にクリスティアがラストへと推薦されていく。みんなが手を挙げていく中で、祈童も頷いた。
「女子であそこまで速いのは見たことないからな。脚力も踏まえてならみなの推薦通り氷河をラストに持って行くか?」
「あー、いや」
誰もが一番良いと考えるその案。
俺も”第二グループじゃなければ”そうしたけれど。
今回は、ちょっと首を振る。
「ほんとに仮の話。龍がラストに来るのであれば、だけど。その場合はたぶん刹那は一番アウト、持ってっちゃだめ」
俺の言葉に、クリス以外はみんなびっくりした顔で手を下ろした。そりゃそうだよね。
戦闘力も申し分ない、さらに足も速くて逃げ切りが可能で、一番適当だと思われる彼女を却下するんだもん。
でも幼なじみからしたら当然の判断。
”リアスを止める”とかそういうんじゃない、何気ないバトルの場合。カリナも、恐らくクリスも自分で思うだろう。
対リアス戦では、絶対にクリスは使わない。
『一番速くて、炎上さんにも対策ができそうな恋人の氷河さんが妥当なのではなくて?』
「逆。こうやって人選を選べるなら刹那はまず外した方が無難かな」
「なにか、あの、不利になることとか、あるってこと…?」
雫来の問いに、んーってクリスを見た。
まぁいわゆる、
「条件反射、ってやつ?」
反射行動、というものが生物にはある。
音や記憶、味覚、ものは何だって良いけれど、経験したことにより、無意識に反応するようになる「条件反射」。
このカップルには、長年の歳月で深く深く根付いた反射行動がある。
「刹那で言えばもう”龍”のすべて。仕草でも声でも、何にでも反応するようになってる」
それが愛情表現になると、リアスが条件を付けたから。
言葉で表現ができないクリスティア。元は、自由奔放な彼女がふらふらどこかへ行って間違えて怪我をしないようにと始めたもの。自分に必ず反応するようになれば、少しでも彼女が傷つくリスクが減らせるから。
そうして何百と歳月を掛けて教え込んでいった結果、彼女は愛情表現としてリアスのすべてに反応するようになり、リアスの願い通り怪我をすることも減って互いにwin-winである。
って言っても効果を発揮するのは彼女の目の前で誰かが窮地に陥っていないときなんだけど。窮地に陥っている場合、たとえば四月の見回りのような状態だと体が先に動きます。それはもう彼女の中に元よりあったものなので、直すのは大変難しい。
まぁそこは置いといて、
「”今だけは”、なんてここで言っても、反射には勝てっこない。実際その状況になったら体は動く。龍が止まれって言ったら確実に止まるよ」
第二の優先順位条件である「リアスが」という言葉を用いたとしても第一位には勝てない。仮にその第一位に勝てるとするならば、ネガティブな条件をつけてトラウマを引き起こさせること。
敵だったなら構わずやるけれど、今回愛するヒーローは味方だし、悲しい顔は見たくはないので絶対やらない。
「そんでもってこの演目は妨害あり。いついかなるときでも正確な判断をしてゴールをめざせ。要は自分の能力をすべて生かして敵を蹴落としゴールしろ。能力なんて単に戦闘能力だけじゃない。相手を如何にして妨害するかっていうのも重要でしょ? 龍は自分が使えるものは何でも使うから。恐らくその刹那の反応も利用して、一番に蹴落とすはずだよ」
「案外炎上はえげつないんだな」
「まぁ勝負だしね。俺も同じだけど、家族も恋人も友人も、実戦で敵になったなら関係ない」
「お前も結構あっさりしているんだな」
「そう? 戦場に情けはいらないってだけだよ」
「僕は案外波風のそういうところが好きかもしれない」
「えぇ……? そりゃどうも」
いきなりの告白にすげぇ引き気味に返してしまったけれどしょうがない。
『では氷河さんは外すという方向ということでよろしいですの?』
逸れかけた話を戻してくれたエルアノに頷いて。さぁ振り出しだけどどうしようか、となった瞬間に、ティノが明るく言う。
『じゃあ波風くんが最後に走るってことで決まりだね!』
まぁ必然的にそうなるよねとは思ってたけども。
恐らくラストは陽真先輩と武煉先輩は来るはず。そこに仮だけどリアスが入るとなると、
──うわぁ。
「勝率低……」
「いいんじゃないか、元々一年組だ。そもそも全体で勝てる見込みはないんじゃないのか?」
祈童に言われて、んーって考える。
まぁ低いとは言ったけども、それはラストにリアスが来たときの話。仮に来ていたとしても、
「やり方次第では、いい線はいく……はず」
「そ、そうなの……?」
「単に相手を攻撃して邪魔します、ってだけが妨害じゃないじゃん?」
「相手をおどろかせたり、なにか気を引けるのがあれば、十分妨害…」
「そういうこと。さすが刹那」
『ねこだまし、みたいなものでしょうか?』
「んー、まぁそうだね」
戦闘力がまだそこまで高くない一年組。
けれどだからこそ、勝つことだって可能だったりする。
「相手は一年、当たった上級生はたいがいこっちを甘く見るはず」
まだ入学して三ヶ月。大したことはできないと。恐らく経験則も兼ねて、そう判断するだろう。
「そこを利用すりゃ多少善戦はできるでしょ。妨害っていう名目上、向こうは手加減せざるを得ない。放っておくか、軽く妨害してくる程度じゃないかな。その軽く妨害してきたところで」
「こっちが思い切り仕掛ければいいということだな!」
答えを出してくれた祈童に正解と笑った。
「何もできない、と思ってるやつがいきなり反応してきたら案外怯むもの。そうしたら各自深追いせず、その隙をついて全力で逃げ切りを」
オッケー?
そう聞いた俺に、全員が頷いたところで。
《第二グループ、五分後に開始します。選手は各地点にて準備をしてください》
準備のアナウンスが掛かってしまった。案外時間なかったな。全員で立ち上がると、雫来がとても重要なことを思い出したようで、あっと声を上げる。
「どしたの雫来」
「は、走る順番、どどどうしよう…!」
しまった忘れてた。
俺がラストってとこしか決まってねぇや。
「では僕が一番に行こう!」
さぁどうすると頭を再回転させたとき。楽しそうな顔で言ったのは祈童。
「後半に戦力高めの者を置いておけば、前半に少し差を付けられても平気だろ?」
「まぁうん、俺の前に刹那入れればたぶん大丈夫」
妨害受けなければ四百メートルなんて四十秒ちょっとだし。
「ならば力のない僕から行く。ラストは波風、その前が氷河で」
『では二番目はわたくしが行きましょう。スピードはありますが術が得意ではないので』
『じゃあ三番目はボクが行く! あんまり足速くないんだよね~』
祈童から言っていけば、着々と順番が決まっていく。ってことは。
「雫来、流れ的に四番目になるけど大丈夫?」
「は、はい! がんばります!」
少し恐る恐る聞くと、しっかり目を見て頷いてくれた。
さっきからのしゃべりも見て、元からこんな感じの子のかな。全体的に控えめそうな割にはやる気がうかがえたので、お願いねと微笑んだ。
「すんなり決まったね…」
「だな。祈童、一番頼んだよ」
「任せろ。ラストは頼んだ」
「はいよ。じゃあ持ち場に行くか」
祈童のおかげですんなり決まった順番に、一度お礼を言って。
一番ということでその場に残る祈童を残し、歩き出した。
「あ、刹那」
「ん」
各地点でみんなと別れて、五番目のクリスのところ。じゃあ、って言い掛けたところで、思い至り呼び止める。
「ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「なぁに…?」
さっきの会議の中で思い浮かんだことを、クリスティアに耳打ちをして。
「わかった」
微笑んで了承を受けてから、改めて自分の持ち場へ向かった。
「で、やっぱりみんないるんだ?」
「バトル組が勢ぞろいですね」
「刹那ちゃん来るって予想してたのにな」
「言っただろう、蓮が来ると」
自分の持ち場に行けば、さっきも顔を合わせたできれば戦いたくないメンバー。陽真先輩に武煉先輩、そして案の定リアス。なんでお前一年なのにいるかなって言いたくなるけれど俺のフラグ能力だよねって自己解決してしまったので飲み込んでおく。
「脚力的には刹那が来そうでしたがね」
「そうそう」
「こいつがいる時点でその選択肢はなくなっただろうな」
隣に並ぶと、一人だけ俺が来ると予想してたリアスが意味ありげに笑った。やっぱお見通しか。
「やるからには勝ちたいからね、お前にも」
「期待している」
互いに好戦的に笑って。頭の中で攻略法を練って準備を始めたら。
《それでは第二グループ、スタートです》
銃声の音が鳴って、俺たちのグループがスタートした。
といっても俺たちはラストなので。
「なぁ、蓮クンのとこって全員一年?」
「みんな俺たちの学年や上級生では見ない顔だね」
来るまではちょっと暇で、横に並んだ四人で話をする。
「そうだよ、同じクラス二人に他クラス三人」
「すごいですね、前代未聞じゃないかな」
「お、蓮クンも新しい伝説作った感じ?」
「それ俺が勝ったら作れるやつじゃない?」
話題にはなりそうだけれども。ていうか前代未聞かもって言うけど伝統的な演目とか言うんだから絶対過去にもいたでしょ一年チーム。
なんて、苦笑いをしてから。
「──まぁでも、」
ふと思い至って、すぐに挑発的な笑みに変える。
「一年だからって甘く見て、手抜いたりなんかしないでね」
この戦いが、面倒だけじゃなく、楽しくもなるように。
「張り合いがないなんて、つまらないから」
そう、言ってあげれば。
「ハッ、上等」
「俄然燃えてきましたね」
「あとで泣くなよ蓮」
「誰が」
好戦的な彼らには効果抜群だったようで、三人は楽しそうに笑った。俺も笑って、レースに目を移す。
第一レーン、ほとんどがコースを外れて各々妨害に行っているのに対して、祈童はそのまま自分のコースを走っている。他の選手に仕掛けるつもりだったらしい妨害が流れで祈童に来た瞬間、すぐに貸し出しの武器で先手を打った。その怯んだ隙に六位で次のエルアノにバトンを渡す。
エルアノは言ってたとおりスピードがあって。高めに飛んで、直接妨害を受けないように配慮しつつ少しずつ順位を上げていく。妨害受けそうになったら、持ち前のスピードで相手を翻弄して前に進んだ。
やっぱ甘く見てるってのは正解だったかな。大体の生徒がびっくりして怯む。
このままもう少し順位は上げられるかね。
せめてこの隣の方々に近いくらいにはいたいなぁと思っているところに、リアスから声が掛かった。
「それにしてもギャラリーが多いな」
「確かにそうかもねー」
エルアノが四位でティノへバトンタッチしたのを確認してから、観客側に目をずらす。リアスの言うとおり、さっきまでの演目と違って生徒が多い。
とくにこっち側には上級生らしき人たちが。
「これが情報収集?」
「そうですね」
ティノが咆哮を上げて一瞬相手を怯ませて先へと進むのを横目で見つつ、走っている生徒に目を向けている上級生たちを見る。わぁすげぇ。
「めっちゃ目ぎらぎらしてるね」
「コレはとくになぁ」
「個々の能力をよく見れる演目ですからね。妨害守護合戦のようにごちゃごちゃしているわけでもないし、多少加減はあるとはいえど比較的純粋な戦闘能力を見れますから」
「そんでここで気になったヤツに、体育祭以降から熱心なお声かけが始まるっつーワケ」
「それをあんた達が早めに来て阻止してくれたということか」
「そゆコト」
これに関してはほんとにこの二人に感謝だなと、たぶんリアスも思ってる。
だって目がすごいんだもん。すごいじゃ足りないけど、うん、すごいしか出てこない。闘争心をむき出しにするってこんな感じなんだろうなって長年生きてて初めて知ったわ。
この勢いで来られたらきつい。
心の中で二人の先輩に改めて感謝をして、コースに目を戻した。
今のところ順位はちょっと落ちちゃって俺のとこが八位かな。モニターの方を見ると順位が出てて、リアスのとこが四位。陽真先輩のとこが二位。武煉先輩のとこは三位。一年組にしてはまぁ善戦してるよな。最下位じゃないだけすごい。順位が落ちたって言っても割と僅差だし。
クリスにバトンが行けば多少上がれるかなと目を戻す。ある程度が四番目の選手にバトンを渡し始めたところで。
「さてそろそろ準備しよっかね」
陽真先輩が、そう言った。
同時に、アンカーの空気が少しだけ緊張感に包まれていく感じがする。
俺も四番手の雫来にバトンが渡ったのを見て、準備しようかとウォーミングアップを始めた。
雫来はちょっと走ったところで、同じレーンの人たちを妨害するように。人が集まってるレーンの半分くらいのところまで吹雪を展開させた。
外からだとなんとか人が見えるくらいの猛吹雪。たぶん体感だと風も相まってほぼほぼ見えないんじゃないかな。中にいたほとんどの人は足が止まってる。動けてる人もいるけど、方向感覚がおかしくなって逆走したりしてるな。
そんなてんやわんやな状態の人たちの隙をついて雫来は走る。
「蓮クンのとこは一年の割にはスゲェな。五位まで来たじゃん」
「ちゃんと対策立てたもんね」
殺られる前に殺れってね。
さすがにあのときはそんな物騒なことは言わずねこだましってことで頷いといたけど。要はそういうことだよね。
培ってきたものがここで役に立つとは、なんて心の中でから笑いしてたとこで、一位のところ。吹雪には当たらなかった七コースの人から順に第五走者へとバトンが渡っていった。緊張感がさらに増す。
俺のとこはまだもうちょいかな。リアスのとこに追い上げをはかるように雫来が頑張る。
ただ、ちょっと距離が開いてたみたいで。追いつくことはできずにリアスのとこの第四走者がバトンを第五走者に渡した。
──ってあの子さっき見た。なんだっけ。
「閃吏だかユーアだか」
「閃吏の方だな。今の今まで気づかなかったか」
「自分のとこしか見てなかった」
ていうかリアスといい、ここは三年とかいるのに一年が後半なんだ。もしかして情報収集からの逃げ? それはそれでなんか先輩大人げなくね。
勝手な妄想で勝手に哀れんでしまった視線の先の閃吏は、バトンをもらって一気に走る。あ、案外速いな、って感心してるところで、俺の前の走者、クリスにもバトンが渡った。
「まぁ刹那に渡っちゃえばこっちのもんだよね」
「どこと組んでもほとんどの奴はあいつに足は敵わないしな。刹那と当たったところはある意味”捨て”だ」
わかる。俺がリアス側でもそう思うもん。
お、クリス早速抜かせそうじゃん。やっぱ俺の前に置いといて正解だったかも。クリスが差つけてくれればやり方次第では勝てそうかな。
なんて思ってるとき。
ちょうど閃吏が残り二十メートルくらい、もう少ししたら一位のところらへんからバトンが渡るかなってところだった。
「炎上くーん!!」
男にしてはかわいらしい笑みで、閃吏は大声を出して手を振った。
突然の声に、俺含め次の走者、そして一緒に走っていた第五レーンの走者もちょっとびっくりして閃吏を見る。ものすごく余裕だなあいつ。そうして注目しているのにも構わず、また叫ぶ。
「いくよー!!」
……行くよってなんだろう。
「閃吏ってハーフ?」
「いやヒューマンと聞いたが」
じゃあテレポートも能力使うこともできないよね。作戦かなとか思ってリアスを見て見みるも、わけがわからないって顔してる。
あ、これ作戦じゃねぇな? そう思い至ってまた閃吏に目を戻した瞬間。
そいつは、大きく振りかぶった。
やばいすげぇおもしろい予感がする。
「えーと、閃吏ピッチャー」
「待て待て待て」
俺が言い出せば、きっと同じことを考えた先輩二人もモーションに合わせて口を開く。
「大きく振りかぶってー?」
「おいやめろ」
「投げました!」
なんということでしょう。思った通り、武煉先輩の掛け声と同時に、閃吏は思いっきりバトンを投げてきました。
「おい待て閃吏!!」
「マジで投げたあの子!! 超ウケる!」
残り二十メートルで思い切りバトンを次に投げつけるっていう大胆な発想に、リアスは声を荒げ俺たちは大爆笑。その発想はなかった。
「はー……」
「笑いましたね」
「あー腹イテ……」
一通り笑って、揃って空を見上げる。
ほんとなら、あのままぶん投げて地面にガンッなんてオチがあったなら最高だったんだけれど。
なんとそのバトン、きっれーに放物線描いてるんですよ。
このまま行くとリアスの手元に着地しちゃうんですよ。
「どうすんだ蓮クン、伝説取られるぞ」
「いいよもう別にそれは」
まずはこの現状打破だよ。
第五走者は思わぬ事態にみんな止まっちゃってる。これだとリアスが一位になる。それは大変困るので、クリスティアに声を掛けようと、視線を下へ。
「…!」
おっとそこの勇者。「その手があったか」みたいな顔しないでくんない。
俺まじで受け止めきれないから。
おいおいそっとモーションに入ろうとしちゃだめだろ。
ネタ的には最高なんだけれど、作戦もパーになってしまうので。
思い切り息を吸って、叫ぶ。
「刹那、このままだと龍が先に行くからダッシュ!」
「!」
「さりげなく人を使ってんじゃねぇよ」
だってこうしないと投げてくんだもん。
とりあえず条件反射の第二位を使って、クリスティアを無理矢理走らせることには成功。俺の声に他の走者も我に返ってしまったけれど、そこはしょうがない。俺の腕の方が大事。
そうして走り始めて少ししたときに、視界の端にバトンが落ちてきた。落とせという心の願いは通じず、リアスはナイスキャッチ。
「頑張ってね炎上くーん!」
「あとで覚えてろ閃吏!」
ただみんなが一斉に走り始めたこともあって、バトンがリアスの手元に着いたのは二番目。
一番の人を追うようにしてリアスは走り出した。いやー、バトンを投げただけで順位が上がるってすげぇな。ていうか二十メートル先のやつに投げて渡せる閃吏がすげぇわ。
──まぁ、
「蓮…」
「お」
こっちのスピードもすごいけど。止まってしまった時間なんてなかったかのように、持ち前の足の速さでクリスは四番目にやってきた。順位的には四だけど三位の陽真先輩のとことは僅差。
十分。
「ありがと刹那。じゃあ頼むわ」
「まかせて…」
クリスにそう言って、走り出す。リアスは十メートル先。一位の人から魔術で妨害受けてるけどリフレインで無力化してるからこのまま行くとぶっちぎりだな。
「先行くぜ蓮クン」
「俺もお先に」
そんで三番目の陽真先輩と、こっちも僅差だったらしい五番目の武煉先輩が加速。
したのだけれど。
「紫電陽真、覚悟ー!」
「おっと、あっぶね」
「今日こそ倒してやらぁ紫電!」
俺を追い越した直後、先輩方に他走者がもうアタック。とくに──。
「おいこら紫電待ちやがれぇっ!」
「その首今日こそ殺ってやらぁ!!」
陽真先輩すげぇ絡まれてるな???
「うわー……」
しかも先輩たちに向けて撃たれた魔術やら武器やらすっげぇ。軽々かわして走ってるのはさすがと言うべきか。ただ避けている分ペースは遅い。お先と言われて先を許したけれど。
「んじゃお先」
「おい蓮クン一緒に行こうぜ」
「あ、お断りします」
「つれないな」
先輩たちのお誘いは丁寧に断って、すぐさま先輩たちを追い越した。
ほんとはあそこで妨害してもよかったかなとは思いつつ。あの人たち簡単には墜ちてくれないし、そうなると本命に間に合わない可能性があったからやめておいた。
「撃墜の優先順位は厄介なやつから、ってね」
目の前の親友に目を向け、魔力を練って、紡ぎ出す。
【闇に蝕まれし心、恐れる心、悲しみ、怒り──】
っと、ここで一旦詠唱はやめて。頑張れ俺の演技力。息を大きく吸って、焦ったように、声を出す。
「龍!!」
まぁこの時点では振り向く訳ないんだけど。もう一回息を吸って。
──切り札。
「刹那が怪我してる!!」
「っ!!」
掛かった。
俺の言葉に、その足はぴたりと止まる。
でも気は緩めない。
あいつは安否を確認するために振り返る。
その視線の先には。
バトンの受け渡し場所で無事だと伝えるために元気よく手を振っているだろうクリスティア。それを捉えれば、過保護なリアスは安堵する。
その瞬間を狙って。
【すべてを照らせ! ”光(リュミエール)!!”】
「!!」
ついでにもう一個。
【ヴェントセルペンテ!】
「ちっ」
リアスの目元を狙って、少し大げさな光源を弾けさせた。対応できなかったリアスは、目元を押さえる。その隙にあいつの足に俺の蛇たちを絡め付ければ、一定時間は動けない。足の下に風をまとわせて、スノボーするみたいに一気に加速した。
「お先!」
能力使えばリアスに追いつくことなんて簡単。抜かして、そのまま距離を離すため駆け抜ける。
リアスがアンカーに来たときに俺ができる一番の対処法。
それは、さっき話した条件反射の利用である。そして彼女の方にはしなかった、
トラウマの引き起こし。
いつだって守りたかったもの。怪我をさせたくない、大事な大事な愛しい恋人。
そんな彼女を、リアスは必ず目の前で失ってきた。それはトラウマとなり、ほんの少し傷つくことすら極端に恐れるようになったほど。
その”傷つく”という行為や言葉は、あいつの反射行動の条件である。
ということは、仮に嘘だとわかっていても、聞いてしまえばその足は止まるわけで。
人間って不思議だよね。きっと嘘だとわかっていても、”もしかしたら”なんて思っちゃえば確認せずにいられない。ついでに焦った声で言ってやれば効果は倍増。
ただし仮にほんとに傷ついてた場合はガチギレなので、振り返った先に無事だと示すようにとクリスティアに言っておけば、ガチギレ回避。無事だってことに安堵して隙もできる。ほんとなら戻ってくれれば嬉しかったんだけど、あらかじめ割り切ってるあいつにはちょっと難しかったか。
けど気が緩んじゃえばこっちのもんだし、その状態なら目くらましも十分通用する。
「あとは追われる前にゴールしたいちゃいんだけどな」
まぁ無理だろうけれど。
自分のレーンに沿うように風のスケボーで駆け抜けて、飛んでくる他走者の魔術の飛び火を避けつつゴールを目指す。
リアスの先にいた一位の人も軽々抜かして、つかの間の独走状態。
「!」
うわほんとにつかの間だったわ。
残り四分の一も進んでないよ。予想よりはちょっと早いところで、目の前に魔力を感じた。
スケボーを急停止させて、つんのめりそうになるのを堪えて後ずさる。
瞬間、地面から氷の結晶が。
これ気づかなかったら刺さってるやつじゃん。
「危ないんだけどっ」
「知るか、避けられるだろう」
犯人なんて分かってて、隣へ恨めしげに目をやれば、ちょっとお怒りっぽく笑うリアス様。その手には短刀。捉えた瞬間に千本を出しておく。ついでにもう加速は無理だと察して、足の下の風は解いておいた。
「よく考えたもんだな、あいつを使うとはいい度胸だ」
「反射って怖いよね」
「全くだ」
走りながら踏み込んで、お互い刃をかわす。うわお怒りだからかちょっと斬撃重い。
いつもより低めの金属音を奏でながら、走りは止めない。
「そんな怒んないでよ」
「同じことしたらお前は俺以上に怒るだろう」
ガキンと薙払われて、後ずさる。前にも進むようにまた思い切り踏み込んで、リアスの刃と合わせた。
「俺は相手に怒ってるなんて思わせないもん」
「思わせる前に相手を消すからだろうが」
図星なので思わず目をそらしてしまう。
でも全員じゃないよ、少しだけだよ。なんて心の中で言い訳している間に、視線の先に見慣れた先輩たちが見えた。
「あ”ーー超ウゼーーー」
「君の行いのせいだろ?」
「女はオメェだろうが」
少し離れたところ。相変わらずすげぇ絡まれてる陽真先輩と、それに巻き込まれてるみたいに妨害を受けてる武煉先輩。
「見てよリアス、先輩たち超絡まれてる」
「その話を無理矢理変えるところは兄妹本当にそっくりだな……」
呆れた声で言うけれど、律儀なリアスはちゃんとその方向を見てくれるのを知っている。
「……本当だな」
「でしょ?」
さっきとはまた違った呆れ声に、リアスの方を向く。ちょうどリアスもこっちを見て、紅い目と合った。
「ここのアンカー、基本的に陽真先輩狙いっぽいよね。全員上級生かな」
「見た顔はいないしな。本来能力が高い奴が来ると言うし、そうなんじゃないか」
刃合わせは軽いものに変えて、軽快な金属音にちょっとだけ声を大きくしながら走り続ける。
「陽真先輩に勝負挑まれて負けた人たちだよね」
「じゃなきゃあれほどしつこく絡まないだろう」
「手加減せざるを得ないこの場で仕返し?」
「まぁ、しやすくはあるよな」
「閃吏をこっち側に持ってくるといい、ここの上級生だいぶ大人げないね」
「俺もそうは思うが」
笑っているときに、リアスが短刀を振り下ろしてくる。それを飛び退いてかわした。
「危ないじゃん」
「わかっていたくせに。余裕そうな顔しやがって」
「別に余裕ってわけじゃないんだけどね」
でもまぁ手加減せざるを得ないのは俺たちも同じなので、その分はちょっとだけ余裕。
「焦ったら勝てるもんも勝てないでしょ。先輩は絡まれてるし、今んところお前倒しちゃえば一位だし、頑張りたいなって」
「もうクリスティアのは通用しないからな」
「別にクリスじゃなくても、やりようはいくらでもあるでしょ」
なんて言ってみるけれど策はない。
リアス無駄に完璧だからクリス以外のことであんま動揺しないし。さてどうするかね。
「あーもううざってぇな!!」
改めて打開策を練りつつリアスと刃を交えていると、後方でいらついた声が聞こえた。
あぁ、この声陽真先輩だ。
「オマエら弱いから楽しくないんだって!!」
「あの恨み、ここで晴らさずしてどこで晴らす!!」
「コッチが本気出したらすぐ謝ってきたくせになにが恨みだっつの!」
「下級生に頭下げるなんて屈辱味わわせたお前が悪いんだ!」
すげぇめちゃくちゃ恨み買ってるんですけど。大丈夫あの先輩?
「あれ本当に俺たち平穏になる?」
「正直不安になってきたな」
制限かけられる系の行事はちょっと気をつけた方がいいかもしれない。
互いに心の中で誓いを立てたところで、もっかい陽真先輩の叫びが聞こえた。
「邪魔だっつの!! 【パルーデ】!!」
魔力が一気に練られたのを感じて、リアスととっさに防御態勢を取る。
……それにしても、パルーデってなんか聞いたことあるな。
「ねぇ龍」
「どうした」
「パルーデってなんだっけ」
「イタリア語で”沼”だな」
沼か。
沼?
「まじかよ!」
理解した瞬間に、俺たちの走る二百メートル、ついでに言えば全コースの地面が沼化した。リアスと二人して翼を出して空中に飛ぶ。
「すげぇデジャヴ!!」
「五月にあったなこんなこと」
「あれはゼリーだったけどね!」
そしてお前らはあれに直撃してないけどね!
それは胸の中にしまっておいて、回避したことに安堵の息を吐き。状況確認で周りを見ると、俺たちと、あとは技を知ってた武煉先輩、術者の陽真先輩が空中にいた。ちなみに武煉先輩はヒューマンなので陽真先輩に掴まってます。
「っアーーめんどくさかった」
「お疲れ陽真」
「なんでオマエはオレに掴まってんだよ」
「俺は能力者じゃないから回避は陽真が頼りなんだよ。傍にいてよかった」
飛行用らしい気球を手に出して、陽真先輩は一緒にくっついてきた武煉先輩とこっちに来る。
もしかしてこれ予想して武煉先輩わざわざ一緒にいたのかな。
「で、オマエらも回避しちゃったワケね?」
「龍が言葉わかったからなんとか」
「君の頭の中はすごいですね。陽真は対策を取られないように外国語にしていたのに」
まぁ伊達に長生きしてないもんな。というのは黙っとく。
「で? このまま空中戦でもすればいいのか?」
「さすがにここまで離れれば解いてやるよ。ほれ」
飛んだまま少し進んで、残り二百五十メートル地点。だいぶ他走者から離れたところで、陽真先輩は指を鳴らして、術を解いた。そうすると一瞬で沼は消えて、元通りの校庭。
沼の中でもがいてた生徒たちは、いきなり沼が消えて次々と転んでいく。
「じゃ、お先に」
「ずるいよ陽真」
あれは怪我の判定大丈夫なの? と思いながら全員が着地した瞬間。
突然陽真先輩が走り出す。次いで武煉先輩も走り出した。
「そんな急に!?」
「油断したな」
俺とリアスもつられるように走り出し、隣に並ぶ。
「お、やっぱ足速いなオマエら」
「だてに鍛えてないもんね」
クリスティア確保でね。リアスも今絶対遠い目してるわ。
追って、並んで。リアスが先行して、また追いついての繰り返し。陽真先輩が楽しそうに笑う。
「こっからは純粋な脚力勝負ってのもいいかもな!」
「中々僅差ですね」
「あーー風能力で加速してーー」
「やればいいだろう」
お前のリフレインで消されてすっころぶ未来が見えるからやんねぇんだよ。
全員が並んだまま残り二百メートル。
隣で魔力を練った親友には千本でちょっかいかけて妨害。
「おい邪魔するな」
「お前絶対テレポートする気だろ。させるか」
「陽真、君も魔力練るなよ」
「なっんでオメーはヒューマンなのに魔力練ってんのわかんだよっ!」
「君は魔力練るときに癖があるんだよ」
妨害のために裏拳をかます武煉先輩から有力情報が。今度しっかり見とこう。
残り百八十メートル。
どうすっかな。魔力は妨害されるのが必至。でも純粋な脚力勝負じゃきつい。
このまま一旦物理に持ち込んで隙をついて飛ぶか。
なんて思考を巡らして。
「っとに勝負なんていつどうなるかわかんねぇからおもしれぇよな」
そう陽真先輩が笑ったときだった。
「陽真に同意だね、っていうことで」
にっこりほほえんだ武煉先輩が、視界から消える。
直後。
「お、わ!?」
「陽真、悪いけど先に行くよ」
いきなり陽真先輩が跳んで減速した。
そのまま武煉先輩は視界に戻ってくる。あ、この人足払いしたな?
「ちょ、おい武煉! ──っテェ!」
「同じ組なら助けるけれど、君とは違う組だからね」
後ろで声とドシャって音が聞こえたから多分転んだんだろうな。
あまりのきれいな流れにびっくりしたけれどなんとか止まらず走り続ける。
ていうか武煉先輩すげぇな。親友に迷わず足払いしたよ。
「あんた案外えげつないんだな……」
突然の裏切りにリアスも引いてるよ。俺も引いたわ。確かに家族も友人も関係ないとは言ったけれども、目の前でこうもきれいな裏切りを見るとさすがにびびる。
「俺は課されたものをこなすだけですから。体育祭での任務は自分のチームを勝たせること」
「次は俺か?」
「そうなりますね」
にっこり笑ってるけどその目は敵意むき出し。この人敵じゃなくてよかったかもしれない。同じ赤組でよかった。
警戒心を高めたリアスに、武煉先輩は肩を竦める。
「と言ってもあまり俺は妨害に向かないんですけどね。知っての通り武術派なので何しても怪我しそうで。陽真や君たちみたいに反射神経がよければさっきみたいに避けてくれるんだけど」
「なんかこう、妨害用に軽く相手をいなす的なのはないの?」
「あはは、ないかな」
それ笑って言うこと?
苦笑いをしてたら、百五十メートルを切ったところで先輩が今度は「あぁ」と思い出したように言った。
「そう言えば龍、さっき蓮が叫んでいたことですが」
「あ?」
さっき叫んでたことってあれかな。
「怪我したってやつのこと?」
「そうです。あれ、龍振り返ってとても安堵してましたよね」
「まぁ怪我してなかったからな」
「本当ですか?」
──ん?
「は……?」
二人して、武煉先輩を見る。さっきまで敵意むき出しだった目は、優しく、けれどどこか妖しいものに変わっていた。状況が理解できず呆けながら走る俺たちに、武煉先輩はさらに言う。
「本当に、刹那が怪我してなかったと思いますか?」
直後、
「──!」
なんかリアスからこうぶわって冷や汗が出た気がした。感覚的にだけど。
「……元気に、手を振られたが? 怪我も見当たらなかったし」
「怪我なんて見た目でわかるもの以外にもありますよね」
「とくに走っている間違和感なんてなかったが」
「あの閃吏くんとやらがバトンを投げたときもずっと見ていましたか?」
「………………」
誰もが閃吏に集中してたあの瞬間。渡されるリアスはなおさら意識も集中してたはず。あれでも別に転んだとか見なかったよな。俺もちょっと目は離してたけどそんな音とかもなかったはず。え、これ嘘だよね? すごいほんとっぽく言うから俺でもわかんないんだけど。
──と。
「おや」
「あ」
突然、龍は加速。今までそんな速く走ったことあったっけって思うくらいの速さで走り出した。恐らくあの状況で声を掛けても反応はしないだろうと、その背を見送って、隣の武煉先輩に聞いてみる。
「あれって」
「もちろん嘘ですよ」
あ、やっぱり。
「できれば減速を狙ったんですが。加速して行っちゃいましたね」
「そうですね……」
ケロっとした感じで言うこの人が今とても恐ろしい。
自分の立場だったら千本突き立てて問いつめてるかもしれない。
「妨害はしないんですか、蓮」
「いや今あの余裕ないとこ邪魔したら殺されそうなんでやめときます」
「あはは、チーム的には悪いことしちゃいましたね」
多分リアスの心臓的にも悪いことしてるよとは言わなかった。
「なにアイツあんな加速してんの!?」
「あ、陽真先輩」
そこで、減速してからやっと追いついてきたらしい陽真先輩が息を切らしながら言った。おぉすげぇ汗かいてる。
「もうさすがに追いつく気力ねぇわ」
「四百メートルってきついもんね」
「ソレなー」
それでも全力疾走してここまで追いついてまた同じペースで並んでる陽真先輩はすごいと思う。
「しかもラスト演目だぜ。どんだけアイツ体力余ってんだよ」
「今の彼のスピード、刹那より速いんじゃないんですか?」
「そのスピードを出させたのは武煉先輩なんだけどね?」
それもそうだね、と楽しそうに笑われた。それにまた苦笑いを返して、全速力でも中々追いつけないリアスを三人で追いかける。
すると、
「蓮、武煉」
突然、前のリアスが止まった。
目を向けると、もうあと一歩でゴールのところ。え、どうしたの。走るのは止めずに全員で注目する。
そこにはきれいに微笑んだリアス様。中々見れない、誰もが見とれる王子様みたいな微笑み。いつもなら「あーご機嫌だね」って思うけれど、
わかってしまった。
「人で遊んでくれた礼をしてなかったな」
目が、笑ってない。
咄嗟に寒気がして、防御態勢を取った。二人もかばうように。
一気に魔力を練ったところで、
きれいに笑ったリアスの口が、動く。
【グラビティ】
ねぇそれ俺が防げないやつじゃん。
体に掛かる重みに膝を突き、ゴールした瞬間テレポートしていった親友の後ろ姿を見届けた。
『手抜かないでねとは言ったけどここまで本気でいいとも言ってない』/レグナ