いつかの誕生日に、満開の笑顔を届けよう

「生きていたら、今年で十八か」

 誕生日の日に家に訪れると、毎年父は言った。

 目の前に立ってやってるはずなのに、父の目はどこか遠くを見ている。
 目線を合わせても、目があった気がしない。

 当然だよな、と自嘲気味に笑って、後ろを振り返る。

 そこには、位牌とあたしの写真。
 写真の中のあたしは、今のあたしとなんら変わらない。

 ――数年前、あたしの変える肉体場所はなくなった。

 代わりに居場所になったのは、今は陽真がつけてくれているペンダントの中。その中にいたら、あたしのことは誰も見えない。けど遊びに出ると見えるやつもいる。ただそれも少数で。

 目の前の父は、家の奴らは。誰一人としてあたしを見ることはなくなった。

 誕生日の日にだけ、家に帰ってみる。
 律儀に玄関から入っていって、「ただいま」なんてこぼして。

 歩いていけば、何年たっても、何回来ても。
 誕生日の日に、家の奴らはみんな、あたしと、あたしの母の写真が飾られた仏壇のところにいる。

 誰もが、悔しそうに涙を流していた。

 口々に「ごめん」だの、「あのとき自分が」だの、後悔の言葉を並べて。
 そして、誰もが言った。

 ”今、生きていれば、何歳だ”と。

 死んでからそれが、違和感になった。
 生物はみんな言う。死した生物に対して、”今日は誕生日、もしも生きていたならば、今は何歳だ”って。

 それなら今、魂としているあたしは、生きていないんだろうか。

 ここにいるのに?

 ペンダントの中とは言え、陽真たちと、生きているのに。

 ねぇ、どうして。

「どうしてみんな、あたしのこと見てくれないの」

 肉体をなくしたあたしは、生きてるとは言えないの?

 今、あたし十七歳になったよ。
 姿は見えないかもしれないけれど。身長だって、たしかにもう、伸びないけれど。

 みんなと同じ時間の中にいるよ。

 死ぬって、魂が上に還ったらって話じゃなかったの。
 見えてなかったら。

 あたしはもう、みんなの中で故人なの。

 誕生日だよ。

「昔みたいに、お祝いしてよ」

 たくさんのプレゼントで囲まれて、幸せだった誕生日。
 けれどあの日から、あたしの誕生日は暗くなってしまった。

「……」

 海の目の前に建てられた墓の石の上に座って、ぼんやりと海を眺める。

 そうして考えるのは、誕生日のこと。

「誕生日って、母親に感謝して、生まれたこと祝ってもらって、みんなで笑う日じゃなかったっけ」

 こんな暗い日だっけか。毎年考えてみても、自分の中で答えは出ないまま。ただわかるのは、周りの反応で、あたしの考えに「そうだよ」って返ってきてること。

「……陽真たちも、暗いもんな」

 毎年、それぞれが違う時間帯にこの墓にやってくるのを知ってる。
 最初はペンダントの中に入ったまま陽真と一緒にやってきて。

 別にそこにいねぇけどと思いながら、陽真の悔やんだ声を聞いた。

 女の勘みたいなもので、これもしかして全員違う時間帯とかで一人ずつ言ってんのかなと思って。そのあと、陽真が持ってくれてるペンダントから出て様子を見ていたら予想は当たって。

 フィノア姉も、武煉も。

 それぞれが墓の前にやってきて、それぞれが悔やんでいた。

 墓の石の上に座っているのに、みんなあたしを見なかった。フィノア姉はたぶん、見えてるけど見ようとしなかった。
 そこからなんとなく、誕生日は朝からペンダントから出ていって、みんなの悔やんだ声を聞くことになった。

 毎年、こんな暗いもんだったっけって疑問を抱きながら。

 笑ってよ、なんて。逆の立場で言われたらきっとムリだよって言っちゃうかもしれないけれど。

「……明るく、誕生日祝うことってもうできねぇのかな」

 祝ってほしいわけじゃない。
 おめでとうって言われるのは、たしかに嬉しかった。

 けど、何より好きだったのは。

 みんなが笑顔になってくれたことだった。

 誕生日おめでとう。今年はこれがプレゼントだよ。お嬢はどんな大人になるのかな。お母さんみたいに美人になるのかな。お父さんみたいにたくましくなるのかな。

 頭を撫でながら言ってくれた言葉たち。それを言うみんなは、ずっと笑顔だった。

「……おかしいな」

 今日ってすごい楽しい日のはずなのに。

「涙止まんねぇや」

 ぽろぽろと出てくる涙はそのままに、海を見て笑ってしまう。
 肉体がなくても涙って出るんだなぁなんて、的外れなことを考えながら。

 どうせ誰も聞こえないからと、自分に甘くして。

 大好きだった誕生日に、大声を上げて泣いた。

 そんな誕生日が変わったのは、突然だった。

「……」
「…」

 目の前には、水色の女の子。

 その後ろには、その恋人の紅い目の奴と、幼馴染だっていう双子の兄妹、そして陽真や武煉にフィノア姉。今年はずいぶん大所帯だなと目を瞬かせてた。

 そうしてる間に、陽真が前に出て、毎年やっているように花を供えてくれる。それを見届けながら、陽真の言葉を聞いた。

「誕生日って言ったら来たいって」
「……」
「みんなで行こうっつーからさ」

 全員で来たんだけど。

 そう言う陽真は、やっぱり目は合わなくて。寂しく思いながらも、「そっか」とこぼしておいた。

 陽真から目を上げれば。

「…」
「……」

 出逢ったときよりもほんの少しだけ大きくなった水色の子と、目が合う。

 見えてんだっけかこの子は。
 なんか不思議な感じだな。

 一度視線をそらして。

 陽真たちが手を合わせてんのを見て、また悲しい後悔を聞くのかなって、思ってしまった時だった。

「はるま」

 小さな女の子が、陽真の名を呼ぶ。
 そしてその子は、陽真の肩を叩いた。

「んー?」
「はるま、目あけて」
「刹那ちゃん、一応今黙とう中だから」
「目」

 目をつぶって手を合わせていた陽真に有無を言わせず、刹那はまた肩を叩く。

「オマエな……」

 苦笑いの陽真に、刹那は首をこてんとかしげて。

「今日、はるかは誕生日じゃないの」

 そう、無垢に聞いた。

 その言葉に、あたしも、陽真や武煉、フィノア姉もきょとんとする。彼女の言いたいことがわかっていたのは、きっとその恋人や幼馴染だけなんだろう。
 誰も声を発さない中で、少女はまた口を開いた。

「誕生日でしょう?」
「……そう、だケド」

 そうして、ふわっと笑って言う。

「お祝い、しにきたんじゃないの?」

 あたしたちがあっけにとられていたら、その女の子は、あたしの方を向いた。

 墓じゃない、あたしの目を見た。

「はるか」

 名前をしっかり呼んで。

「おたんじょうび、おめでとー」

 いつもみんなに向ける笑みを、あたしに向けて。

「プレゼントあるんだろ」
「うんっ」
「クリス、ほら」
「ちゃんと渡してきなさいな」

 幼馴染や恋人たちの声に頷きながら、蓮から何かを受け取って、またあたしに向き直る。

「はるか」
「……なーに」

 思わず返事をしたら、彼女は笑って。

「これ、あげる」

 見せてきたのは、一枚の絵だった。

「クリス、お絵描き得意」
「……うん」
「はるかが喜ぶもの、まだわかんなかったから…リアスたちといっしょに考えて決めたの」

 はるかは、

「はるかは今年、二十歳でしょう?」

 成人だね、って言って。

「成人式、楽しかった?」

 当然のように話して。

「前にね、はるかの写真見たの」
「春風さんにはこんな着物が似合うでしょうってクリスたちと決めたんです」
「先輩、気に入ってくれる?」

 言いながら差し出してきたのは。

 きっともう、叶うことないってどこかで諦めていた、成人式の絵。

 陽真たちはこの前の成人式で着ていた服を着て。
 あたしは、彼女たちが選んだ服を着て。

 みんなで、笑い合っていた。

 それはまるで、一枚の写真のように。

「、っ」
「はるか」

 言葉に詰まっていたら、また女の子があたしを呼ぶ。そうして、

 誕生日と、成人、おめでとう。

 四人揃って、笑ってそう言うから。

 あの日だけって決めた涙が、あふれてきてしまう。

 誕生日が好きだった。
 みんなが笑ってくれるから。

 いつの日からか、それはただの、罪悪感にも似たような気持ちになってしまう日になった。

 みんなが、泣いてしまう日だから。

 同時に、あたし自身も悲しくなる日だった。

 もう死んだのだと、思い知らされるから。

 肉体が無いから、年を取ることもない。
 みんなと同じようには成長できない。

 同じ時間を生きていると思いたくても、どこかで。

 同じ時間ではないと、わかっていて。

 誕生日を迎えるたびに、あたしはもう死んでいて。そのことを思い知らされるようになって、悲しくて。いつからか、あたしからもみんなと目を合わせることがなくなっていた。

 それが、今。

 目を合わせて、祝ってくれて。

 当たり前のように、年を重ねていて。

 生きていると、言われているようで。

「……ありがとう」
「♪」

 素直に礼を言ったら、その子は龍と一緒に陽真の後ろに立った。

 そして蓮はフィノア姉の、華凜は武煉の後ろに立って。

 その背を、押す。

「誕生日なんだから盛大に祝ってやれと言っただろう?」
「いや最初に黙とうくらいすんだろってあんま押すな押すな、下手すると落ちる!!」
「お前なら帰ってこれる」
「そうだケドも!!」
「ほら武煉先輩も。誕生日プレゼントご用意したんでしょう?」
「いざとなると緊張するけどね」
「フィノア先輩もほら。しっかり目合わせておいで」
「うぁああわかってるけど泣いちゃうから待ってぇ」

 なんて。

 目を上げたら、さっきまでの悲しい雰囲気はそこにはなくて。

 みんなが、あたしを見ていた。
 墓じゃない、その上にいるあたしを。

 そうしてフィノア姉から一歩前に出て。

 笑う。

「春風」
「!」
「お誕生日、おめでとぉ」
「、フィノア、姉」
「……ごめんね、ずっと」

 向き合うことが、怖かったと。ぽつりこぼしてから。また。

 昔のように笑って。

「今日は、お祝いに来たからぁ! 二十歳、おめでとぉっ!」
「うわっ!?」

 手の中に準備していたらしい紙吹雪を、あたしに散らす。そして後ろに下がって、次は武煉がやってきた。

「春風、誕生日おめでとう」
「……武煉」
「……ここで合ってるのかな?」

 あたしが見えない武煉は一度後ろを向いて確認。頷かれたから、また向き直って。

「……君のことだから、誕生日はこれがいいと思ってね」

 そう言って差し出してきたのは。

「……なんだこれ」
「バトル権を」
「どうやって??」

 聞こえてなんかいないはずなのにまるで会話できてるようになってしまったことに、笑う。
 その間に、最後。

 陽真が目の前にやってきた。

「春風」
「……」
「誕生日、おめでとう」
「……ありがと」
「誕生日だって話してさ。ちゃんとお祝いできてんのかって言われて、ハッとして。みんなで着いてくから、お祝いしようってなったんだよ」

 今日の真実を語って。後ろ手に隠していた物を、出す。

「今年から、また改めてお祝いしてくってコトで、今までの許してくれる?」

 その手には、いつかの日に付けたヴェールにあしらわれていた花の、ブーケ。

「……」
「……」
「……ふはっ」

 こんな風にお祝いされたら、そりゃ許すわな。
 思わず笑ってしまって。

 あたしの反応を確かめるために後ろを向いた陽真に、抱き着いた。

「今はるかにぎゅってされてるよ」
「お、マジ? お許しいただけた?」
「あと十年は同じような祝い方してくれたらな!」
「陽真先輩、十年間同じように祝ってだって」
「マジかよ!」
「ヒトによりますが、毎年グレードアップすればお許しも早くなるのでは?」
「これよりグレードアップってなんだ!?」
「花束を増やしたりじゃないか」
「ふふっ、そのうち抱えられなさそうだね陽真」
「みんなで持ってこないとねぇ」

 あぁ、懐かしいな。

 みんなの話を聞きながら思う。

 お祝いの言葉を言ってくれる。そのみんなの顔が、笑顔になってる。

 これが、続くんだと。それを約束してくれる。

 それが、幸せで。

「……ありがとう」

 きっと発案者であろう小さな女の子に言えば。
 その子は満足そうに笑った。

 そうして、みんなを見て。

 いつか。

 そう、本当に、いつか。

 みんなが、こうして笑ってくれたら良いと思う。あたしの誕生日に。

 あたしに出逢ってくれた人たちが。

 それを叶えるためには、どうしたらいいだろう。
 考え出したら、自然と顔はほころんで。

「はるか、うれし?」
「当然」

 まずは、この目の前の幸せを思いっきりかみしめてからだと。
 今日を作り上げてくれた後輩の頭を、そっと撫でた。

『いつかの誕生日に、満開の笑顔を届けよう』/春風

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