「んー」
うなった声に、目を声の方向に向けた。
「んー……?」
その声は無意識に出しているんだろう。特別こちらに助けを求めるでもなく、顔もこちらを向くことはなく。
ただただ、目の前のことに無意識に出している声。
けれど一度目を向ければ、困っているということはわかって。
「どうした」
「んや……」
声をかけて、レグナの方へと向かった。
そいつの目の前には、新しく開発しているのであろう薬の材料。
「今日は何を作るつもりだったんだ」
「カリナのさー、痛み止め。もうちょい苦くないものがいいって」
あぁ、と。こいつの妹が毎日苦そうに飲んでいるのを思い出す。あれは相当苦いんだろう。いろいろと越えて、運命の終わりごろ、体調を崩したらおとなしく薬を飲むようになったカリナ。
弾き飛ばすこともなく、昔のように笑顔をたずさえて何事もこなすようになり、この薬も例外なく笑顔で頑張ろうとしているけれど。
顔が引きつっているのを知っている。
ただ気を使って「苦くない」とは言わず、きちんと薬を飲む本人として、「これは苦い」、「これはもう少しこの方が助かる」と自分の意見を言うようになり。
それが、レグナの成長にも繋がっているのだが。
成長には壁がつきものということで。
リクエストを受けているこの兄は、毎度そのリクエストのたびに首を傾げている。
「今日はどこで詰まったんだ」
「この薬草入れないと効能は出なくてさ。でもたぶん、これが苦みの大元っぽい」
「それ、や…」
「クリスティア。見舞い終わったのか」
「うん…」
カリナの見舞いから帰ってきてひょこりと顔をのぞかせたクリスティアに目を向ければ――すげぇなその顔。
「よほど苦いらしいぞ」
「クリスの舌は子供なんだよ」
「それをさしひいても苦いと思う…」
「まんまで食べたからじゃない?」
「食ったのか……」
「だって、食べなきゃわかんない…どれが原因で、カリナが苦いって言ってるのか、ちゃんと知らなきゃ…」
たまに手伝いをしているときに食べてみたんだろう。思い出した彼女はさらに嫌そうな顔をする。その頭を撫でてやって。
「代わりになるものとかはないのか?」
「カリナに合わせるとここはちょっと外せないかなぁ。相殺してくの入れてくっていう感じになるかも」
「さとう入れる…?」
「逆に体悪くしないか……?」
量にもよるだろうが。
「じゃあ、甘いのと一緒に食べる…」
「あー、それいいかもね」
「飲み込みやすいものか、食事に混ぜるかか」
「両方やればいいと思う…クリスも作るのがんばる…」
お前が作ったならより頑張って食べるんだろうなと、目に見える光景に少し笑って。
その方向で行ってみるかと、合うものを探すためにクリスティアと共に台所へと向かった。
♦
「えぇと、結果がこちらです?」
レグナには引き続き薬を作ってもらい、俺とクリスティアで食材を探し。
ことの経緯と共にカリナへと渡せば。
「とんでもないチョイスですのね」
昔よりも物事をはっきり言うようになったそいつは笑顔で俺達に言った。
それに、思わず苦笑いを返してしまう。
薬と共に広げたのは、パンケーキにポタージュ、トマトジュース、おにぎりを作るかということで米と海苔。
「……自分でもすげぇなとは思う……」
「でもほら、合うかもしれない…」
「ほら、ポタージュとかさ」
「まぁ……」
無きにしも非ずと思ったカリナも苦笑い。
そしてその苦笑いのまま。
「できればこのおにぎりの案だけはちょっと控えたいですわね」
一番薬の効能を崩さないであろうものを却下してしまった。
「……一番効くと思わないか」
「思いますけども。ダイレクトですわ」
とても苦そうではある。それにから笑いして、クリスティアの案へ。
「クリスはパンケーキ提案した…」
「まぁ……ちなみにどのようにお食べに?」
「…えっと」
「クリス」
「ま、マーガリンの、代わりに…」
おにぎりと変わらなさそうである。クリスティアも話す前にわかったのかとてもしどろもどろだし。
「トマトジュースは、良さそうですけれども」
「ちょっと博打感あるかな、薬草と合わなかったらちょっと」
まずいな、悪化させるようなものしか用意していないかもしれない。
それをクリスティアも悟ったのか、二人で目を合わせ。
ばっと、持ってきた食材を隠す。
「さ、再考をしてくる」
「か、考え直してくるのっ」
そうして二人で片そうとしたら。
そっと、手がパンケーキへと伸びた。
「カリナ」
「まずはやってみましょう。トマトジュースは兄の言う通り危ない可能性があるのでやめますけれども」
少しだけ、ぎこちなくなった手で。カリナはパンケーキを手に取り、レグナが作った薬をのせる。緑色の薬がなんともミスマッチなのを改めて実感しながら、そいつが口に運ぶのを見た。
「……」
「…」
「……」
「……んー」
もぐもぐと口を動かして、こくりと飲み干す。
その顔は、不思議そうな顔。
「案外いけなくもないかと」
「ほんとうっ…?」
そいつをじっと見ても、嘘をついているような雰囲気はない。それに、レグナと一度顔を見合わせて、また戻す。
「……合うのか」
「お世辞にもとてもおいしいとはもちろん言いませんけども」
「そりゃそうだよね」
「でも、水よりかは味が変わるので。ここにマーガリンつけたらより良いのではないでしょうか」
「リアス提案のおにぎりも試してみる?」
「次の食事でやってみますか」
と、本当に普通に笑うカリナに少しだけほっとして。今度はクリスティアと目を合わせ、笑う。
その光景を見ていたらしい双子が、その直後に笑ったのが聞こえた。二人で目を向ければ。
おかしそうに笑っている、そっくりの双子。
「……なんだ」
「いえ、二人とも。ねぇ?」
「うん、すげぇほっとした顔」
「…だって」
「そりゃあ、な」
もしかしたら、また治らないとわかっていても。
苦しんでるやつがいて、それをどうにか治そうとしているやつがいて。
なにかできるなら、したいから。
その気持ちはクリスティアも同じだろう。
また目を見合わせれば、頷いたから。
抱き寄せて、きっと同じであろう言葉を言うために、口を開く。
そうして、息を吸って。
「愛する親友たちのためなら、な」
「できること、いっぱいしてくよ」
互いに言えない愛の言葉と約束を代わりに言うように、交互に言って。
「ふふっ」
「光栄だね」
少しだけ照れくさそうに笑う双子に、クリスティアと共に笑みを返した。
『できるなら四人で、この先も共に歩いていきたい。これまでのように、支え合って』/リアス