天気に特別な感情なんてなかった。
晴れたら外で訓練ができるし、雨なら雨で、外ではなかなかやらないトレーニングができる。そのくらいの認識。
けれど、いつの日からか近くにいるようになった彼女は違うらしい。
「雨だよ時雨!」
「そうだね」
薄暗い雲から降ってくるその雫に、百合愛はきらきらと目を輝かせている。
「雨好きなんだ?」
「うん!」
まるで張り付くように窓に手をついて、百合愛は空を見上げて。
「外出たくなるんだよね」
「……ふぅん……?」
割と不思議な感性に、その感情のまま言葉が出た。
「なにその変な反応」
「なかなかないから。雨が好きで外に出たいって」
女子たちはどちらかというと外に出たがらないイメージがあった。髪がどうとか、僕にはよくわからないけれど。
「女の子って雨の日は憂鬱なんじゃないの」
「人それぞれじゃない?」
「そこは否定しないけど。大多数はそんなイメージだった」
「じゃああたしは時雨の一番になったんだね!」
若干よくわからないその一番はスルーさせてもらって。
「雨のなにがいいの?」
純粋な疑問を、隣の百合愛に尋ねてみた。最初に返ってきたのは、また疑問。
「時雨は雨はきらい?」
「別に。天気に対して好き嫌いはないかな」
「ふふっ、時雨らしー」
くすくすかわいらしく笑う百合愛を見つめたら、彼女はこちらを見ることなく。
さっきとは違う、どこか哀しさも含めた目で空を見上げた。
「天気の中だとね、雨が好きなの」
「うん」
「……全部、洗い流してくれそうで」
「……」
「曇りも好き。陰って、包んでくれそう」
「……晴れは?」
「……全部照らされちゃいそうで、あんまり得意じゃないかなぁ」
いつも通りの声音のはずなのに、どこか違う。泣きそうで、許しを請うような雰囲気に、無意識に百合愛に寄り添った。
「なぁに?」
「……雨の日って寒くなるじゃん」
「あは、たしかに」
「そういったところは好きじゃなかったかな」
「その言い方だと今は好きみたい」
こつ、と頭を百合愛の頭にもたれかかって、頷いて。
「寒いときはこうやって寄り添えるから」
そう、呟けば。
さっきまでしゃべっていた百合愛が、黙ってしまう。
「返事はくれないの」
照れていることを知りながら、こぼせば。
ついには百合愛は自分の手で顔を覆ってしまったのが窓ガラス越しに見えた。
「ず、ずるいよ時雨……!」
「なにもずるいことは言ってないけど」
「そんなっ、きゅんとさせることっ! 言うのなんてずるいっ!」
「本心だよ」
「なお嬉しい!」
嬉しいなら、と。もたれてた頭を離して、百合愛の、自身の顔を隠す手を優しく握った。
「嬉しそうな顔見せてよ」
けれど腕を引いても、百合愛は力を入れていてその手が離れていかない。
「百合愛」
「むり……」
「顔見たいんだけど」
「今は大変な顔だから……」
「全部見たいっていうのはわがまま?」
「ず、ずるいその言い方……!」
悔しそうにする百合愛に、「ねぇ」と。優しく腕を引っ張って甘えてみる。他の人には絶対しないけれど。百合愛にだけは、わざと甘えてみた。
それに弱いと、知ってしまっているから。
「うぅ……」
そうして観念した百合愛は、恥ずかしそうな目で僕を見上げてくる。その表情に、自然と口角が上がってしまうのは仕方ない。
「時雨笑ってる……」
「百合愛がかわいいから」
「そうですか……」
僕から目線を外してしまった百合愛を捕まえるように抱きしめて、空を見た。
窓の外はまだ暗くて、雨もさっきより強くなってきてる。
どんなに強くなろうと、特別な感情なんてなかったけれど。
「……僕も雨が好きになれそうかな」
こんなかわいい百合愛が見れるなら。そこの本音は言わないまま、こぼせば。
「じゃあデートする? 傘無しで」
とんでもないことを言って来たので、そこに関してだけは丁重にお断りしておいた。
『君の存在さえも洗い流される前に、この腕に閉じ込めてしまおう』/時雨