ダブルデートシリーズ

 穏やかな昼下がり。
 恋人と一緒に過ごす家。

 ソファの上、恋人と寄り添って、映画を見る。
 時折こてんとこちらに首をもたげてくる彼女に、たまに微笑んで。

 かわいらしい恋愛シーンが始まると、恋人――カリナは小さくこぼした。

「……ダブルデートがしたいです」

 何気ない、言葉。
 ソファのひじ掛けにもたれながらそれを聞いて。

 かわいい恋人の願い。

 普段なら、そう、普段なら。

 叶えられないものでなければ、「いいよ」と返すけれど。

 手を繋ぐその映画のシーンを見ながら。

「……それは嫌かな」

 俺は、そう返した。

 途端にカリナはこちらを振り返る。

「なんでですか!」
「嫌だからだよ」
「理由は!」

 映画そっちのけでこっちに食いかかってくるカリナに、彼女を見て。
 きっとあきれた目をしているだろう。そのオッドアイにほのかに映る自分も視界に入れながら。

「魂胆が丸見えだからだよ」

 そう、言えば。
 カリナはとても不服そうに片頬を膨らませる。いつもならかわいいのに。ため息を吐いて。

「ダブルデート自体はいいんだけれどね」
「じゃあっ」
「メンバーが問題かな」
「誰のどこがですかっ」
「ほぼすべてだよ」

 思い描かなくても勝手に見えてくる光景に目が遠くなる。

 もうこれでは映画も頭に入らないだろうと一度止めて。
 画面が暗くなったのを確認してから、ソファの上でカリナに向き直った。

「刹那と龍のところは君がもう刹那とデートしたいだけだろう?」
「そ、んなことありませんわっ」

 ならば何故そこでつっかえるんだろうね。
 じとっと見ても目をそらされるので、次。

「蓮と雪巴のところは蓮がまず問題」
「私の兄の何が問題でしょう」
「君はこれまでの学生時代、何を見ていたのかな??」

 ことあるごとに彼は俺に千本を向けていたんだけれど??
 とにかくダブルデートがしたい彼女は、今はそれは些細なことだと思っているらしいので主張しても無理そうで。ひとまず諦めてそのカップルの次の問題点へ。

「雪巴は俺と蓮でくっつけたがるだろ」
「前よりは落ち着きましたわ」
「それでも却下。同様に結と美織のところもね」
「では陽真先輩のところで」
「一番だめだろ」

 何故逆にそこがいけると思ったんだよ。
 君の妄想の一番の餌食だろ。

「春風先輩のペンダントを貸していただければ二人でゆっくりお話しながら見守りますから」
「俺の従姉妹をそっち側に引きずり込まないでくれるかな」

 俺が陽真に怒られる。
 苦笑いをして、腰に手を回し。目を合わせて、問う。

「……俺とのデートが不満?」
「そういうわけじゃありませんわ」

 そこに嘘は見えなかったので、首を傾げて続きを促す。

「ただ、経験したかっただけです。よく恋愛漫画でもあるでしょう」
「男女の恋愛漫画で合っているかな」
「私が常日頃から同性同士ばかり推していると思わないでくださる??」

 そう思われるような日々だったろ。
 それを言うとまた話が逸れるので、ひとまず「ごめん」と思ってもない謝罪を口にして。

「仲良し同士でデート、というのも楽しそうだと思ったんですよ」
「……なるほどね」

 それはまぁ、新たな発見とかもあるだろうから言いたいことはわかる。理解もできる。

「……」

 ただ本当にメンバーが悪いな??

「……君が俺の恋人としていてくれるなら喜んで引き受けるんだけれどね」
「私はあなたの恋人なんですけれども??」
「メンバーによっては違うところに走っていってただの肩書にしかならないだろ」

 とくに刹那。
 絶対途中から龍と張り合って「今日は刹那とデートしたいんです」とか言い出すだろ。一言一句たがわないと自信がある。

「……そういうのがないメンバーなら良いと?」
「まぁ、そういうことになるね」

 考えられるのはルクと珠唯、トリスト先輩に淋架先輩か。と言ってもあそこはくっついていないからダブルデートという形になるのか。
 あぁでも、互いに想い合っていればくっついていなくてもいいのか。仲を進展させるという意味合いで行けば。

 ルクと珠唯はともかく、トリスト先輩と淋架先輩なら進展という形で行けるかな?

 せっかくならば叶えてあげる方向も考えてはあげたい、とそう、妥協策を考えていけば。

「ルクくんやトリスト先輩なら少し困ってる武煉先輩が見れる……?」

 なんて小さくつぶやくから。

「……」

 どうしても、恋人の前ではまだかっこよさを作り上げておきたい俺は。

「……ダブルデートは、もう少し経ってからにしようか?」
「そんなっ」

 思わず先延ばしにしてしまうことを言って。
 今度こそ、謝罪の念を入れた「ごめん」をこぼして。

 不満そうな恋人を、閉じ込めるように抱きしめた。

『まだ、余裕のある俺でいたいから』/武煉


「だ、ダブルデートがしたいそうです」
「うん?」

 ある日の昼下がり。
 穏やかな陽気の中、部屋にこもって恋人とゲームにいそしむ。

 その間にこぼすのは、この前友達から聞いたワード。

「ダブルデート、です」

 もう一度言えば、ソファの隣に座っている恋人――蓮くんはすぐに思い至ったのか、「あぁ」とこぼした。

「カリナが言ってるやつ?」
「です!」

 二人で共同クエストに行きながら、口ではその話題について広げてみた。

「か、華凜ちゃんとこの前逢ったとき、武煉先輩に言ったら、こ、断られたと」
「悔しがってたよね。俺それ断られた当日聞いたわ」
「さ、さぞ悔しがっていたことでしょう……」
「それはもう」

 少しだけ付き合いが長くなった友達の怒りの様子を思い浮かべて、思わずふふっと笑いが出てしまった。きっと「もうっ!」と地団太を踏む勢いで怒っていたんでしょう。
 私と話したときは幾分か落ち着いていて、困ったように笑っていただけだったけれど。

「雪巴はしたいの? ダブルデート」

 ほんの少しだけ、いつもの困ったような笑みに残念そうな気持ちが混ざっていたのを思い返しながら、蓮くんの問いには首を傾げた。

「ぅ、うーん……どうなん、でしょう」
「乗り気じゃない感じ?」
「というよりは、こう……したことない、ので……あまり想像ができないというか」

 もちろんゲームや物語ではたくさん読んできたし、そのたびにテンションも上がっていたけれど。いざ自分がダブルデートをしよう、となると、正直ちょっとだけわからない。

「ぁ、あそぶのとは、また違うんでしょうか」
「あー、デートとあそびの違いってこと」
「で、です。二人の時は、恋人のドキドキがありますが……四人となると、普通にいつもどおりあそんでる感じですよね」

 マンガだとどうだったかな。あ、でも二人きりになってどきっとしたりするのか。それは、現実でも同じ?

「ま、マンガの世界と、現実というのは、やっぱりちょっと違うものだなとわかっているので……、私たちだと、普通にあそびにいくのと変わらないのかな、と」

 もちろん、それがよくないわけではなくて。
 そう、ボタンを押しながらすぐに付け加えていく。

「き、きっと華凜ちゃんの望むのは、いつものあそびに行く、だけではなく……そんな、恋人ならではなこともあってこその、ダブルデートだと思うんです。じゃなきゃ、わ、わざわざダブルデートという言い方はしないと思うから……。も、もし華凜ちゃんたちと行くってなったとき、わ、私でご期待に添えるのかな、と」
「雪巴とカリナなら俺と武煉先輩でくっつけようときゃあきゃあしてデートどころじゃないだろ」
「て、敵対心持っているヒトと実はなんていうのもおいしいですけれども……!」

 そうじゃなくって。
 やめてそんなじとっと見ないで。思わず見上げた先の蓮くんの視線に耐えきれず、またゲームに視線を落とす。

「今はもう、そんなことは、しません!」
「へぇ?」
「疑うような声出さないでください……」

 ちょっとむくれて。

「わ、私の恋人は、私、だけのです」

 そう、ぽつりとこぼせば。

「あ」
「意外と独占欲強いよね」

 ゲームを取り上げられて、視線が合う。

 その恋人は、妖艶で。

「あ、の」
「カップリングにできるならなんでもいいのかと思ってたけど」
「し、失礼な……!」
「自分の恋人がっていうのは地雷なんだ」

 くすくす笑われながら目元にキスを落とされて、身がすくむ。
 その言葉の中に含まれるからかいには、またむくれた。

「そんな顔してもかわいいだけだよ」
「さいですかっ」

 それでも納得いかないからやめないけれど。
 抗議の意味も込めて蓮くんを離すように押す。相手は男性なのでびくともしないのはわかっていつつ、それでも抵抗したくて体を押した。

「もう……」
「悪かったって」

 その手は掬われて、手首にまたひとつ、キスが落ちる。
 この人こういうスキンシップ好きだなぁと、見ながら思いつつ。

「そういえば、蓮くんは?」
「んー?」

 甘く、何かが始まりそうな雰囲気を察知してさりげなく体を引きながら聞いてみた。

「ダブルデート。したいですか?」
「あぁ……」

 引き寄せ押しのけの攻防を続けつつ、蓮くんは少し考える。

 そうして、こちらにすり寄りながら。

「お前らがくっつけようとするならパス」
「し、しませんって……!」

 でも、と。
 髪にキスを落とし。

「武煉先輩のとこなら、先輩けん制できるからありかな」

 このシスコン様はどこまでも物騒なことを仰る。

「だ、ダブルデートどころじゃないじゃないですか!」
「愛する妹に不埒なことしようとするならもちろん」
「そろそろ許してあげてください!!」

 もう何年そのけん制してるの。そろそろかわいそうですよ武煉先輩。

「冗談だって」
「冗談には聞こえません……」

 そしてさりげなく腰に手を回さないで。

 不埒なことをしようとするおててはぺしんと叩き。不服そうであろう恋人を見上げる。

 けれど視線の先の蓮くんは未だ妖艶に笑ったまま。それに、首を傾げたら。

「まぁ本気の話」
「?」
「ダブルデート、するのは別にいいよ。っても雪巴が言うみんなであそびに行く感覚に俺も近いけど」
「じゃあ」

 それに、と。
 華凜ちゃんに連絡しますかと声を掛けようとしたらまた口を開いたので、自分の言葉は止めて。

「露骨にカリナとか武煉先輩に構い倒して、愛する恋人の嫉妬する表情見るのも楽しそうだしね」

 どこまでもいじわるな発言に。

「ぜ、絶対しません……!」

 思わずそんなことを言ってしまって。
 後日、華凜ちゃんに謝りました。

『それでも最終的にダブルデートを決行することにした私は、いつまでもあなたの手のひらの上で踊り続けるのでしょう』/雪巴

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