誕生日は、矛盾した自分を許す日だ。
「……」
逢いたいのに逢わない。幸せを願って遠ざかって。
いつもはその矛盾した自分を許せないけれど。
今日だけは。
「お」
毎年決まった矛盾した想いを手紙に綴って、家を出る支度をする。
時刻は三月三日になる手前。
足音を立てず玄関に行けば、今世よく世話をしてくれるメイドがいた。
これも毎年恒例になってきたなと苦笑いをして、靴を履きながらメイドに応じる。
「行くのですか」
「うん」
「寝てればいいのに」
「主君が起きておりますから」
「ごめんね」
それにはいえ、と首を振って。
優しく、母を思わせる笑みで俺に笑いかける。
「……今年もご一緒には?」
優しいけど、少しとげのある問いには首を横に振った。
「知ってるだろ」
「お手紙を出しにお家へ行くならご一緒に過ごせばいいでしょうに」
「……」
皮肉に少しにらんでみても、メイドは肩をすくめるだけ。
それにため息を吐いて。
「……幸せになる未来があるなら、そのために頑張りたいんだよ」
小さく小さく、つぶやく。
きっと聞こえてないだろうと踏んで、靴をしっかり履いた。
「行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
そんないつものやりとりをしたあとで、「すぐそこなんだよな」と思い至ってちょっと笑う。首を傾げたメイドには「いや」と首を振って、外へ出た。
さすがにまだ寒いな。
体調崩してないといいけど。
そう思いながら、一歩踏み出したとき。
「未来も大切ですが、今も大切ですよ」
なんて、さっきの答えを言うから。
思いのほか外静かだから聞こえてたか、と苦笑いをして。
「……考えとくよ」
ほんの少し、心揺らぎながら歩みを進めた。
『”いつか”より”今”を大切にできたなら、君はもっと笑ってくれると知っている』/レグナ
誕生日は、兄の普段見れない一面が見れる日だ。
共にいるときは、時計を見ながらずっと手を繋いでいてくれて。
いないときは手紙で、その珍しい一面が見れる。
そして今年も、その日がやってきました。
「お嬢様」
「はいな」
深夜零時過ぎ。そろそろだろうと部屋から玄関へと向かう。その途中、執事に声をかけられた。
「どちらへ?」
「ポストです」
そう言えば、いくつか年上の執事は少し不満げになる。
「俺が行きますよ」
「私が行きたいんです」
「なら共に」
それはいいでしょうと、未だ不服気に言われて。一応深夜ですもんねと納得できたので頷き。
ほんの少し肌寒い外へと共に出る。
ポストへの少し長めの道のりを歩きながら。
先に口を開いたのは執事でした。
「……今年は」
なんて言って、そこで止まる。その問いの先はわかっているので。
「一人ですわね、今年も」
そう言えば、執事は少し不機嫌だった。けれど私の愛する兄なので、悪くは言わない。
そこに感謝をしながら、ふふっと笑って。
「私ね」
「はい」
「今日が大好きなんですよ」
そう、言えば。
「……お一人で過ごされるのに?」
「あなた方がいるから一人じゃないわ」
そうじゃなくて。
「今日という日が、大好きなの」
どうして、と雰囲気で聞かれて、また笑う。
「素直な兄が見れるんです」
一人が好きで、けれど孤独が嫌いな兄の。
共にいるときは手を繋ぎ、離れているときは、手紙で愛を綴ってくれる。
一年にたった一度の、最高の日。
「いないのは寂しいですよ」
でもね。
「寂しいけれど、一年に一度、兄からのとびきりの愛をもらえる最高の日なんです」
つくづくそっくりねと。
愛を言えない親友も想いながら。
ポストへと近づき、そっと開ける。
そこにはやはり、宛名のない手紙が。
内容は知っている。
毎年同じだから。
だから私も、毎年同じく。
「お誕生日おめでとうございます、レグナ」
まだ近くにいるであろうあなたへ。
音の返信を。
「今年も愛していますわ。共にいれる日を心待ちにしております」
そう、告げて。
執事の方へ振り返る。
彼は、毎年恒例複雑な顔。
「行きましょうか」
「……はい」
そうして、数歩歩いたところで。
「難儀な兄妹ですね」
一言余計な言葉とため息のあとに、祝いの言葉をくれたので。
素直にありがとうと返した。
『いつか共に歩けたその時は、笑顔で幸せだと唄おう』/カリナ
誕生日は、恋人からのとびきりの愛をもらう日だ。
「リアス」
「うん?」
「お誕生日、おめでとー」
「あぁ、ありがとう」
日付が変わった瞬間、クリスティアからの祝いの言葉に感謝を伝え、抱きしめる。
「ずっといっしょ」
「あぁ」
俺からはできない約束を聞きながら、ベッドへ倒れこんで。ハグ以上はできなくとも、抱きしめてくれるのに微笑み。
応えるように、強く、けれど優しく抱きしめた。
「リアス」
「どうした」
一度眠った恋人が起きれば、まどろみながら抜けきらない甘ったるい声で俺を呼ぶ。
ただ、見つめても何も言わない。それには慣れているので、目元をくすぐってやった。
気持ちよさそうに目を細めたクリスティアはまた俺に抱き着く。
ときに頬を摺り寄せて、また抱きしめて。
恋人からの愛に、自然と顔がほころんだ。
「リアス」
「あぁ」
日中も彼女からのあついハグをもらい、夜になれば、再びベッドにもぐりクリスティアは俺を甘く呼ぶ。
見つめあって、どちらともなく微笑んで。
クリスティアから、手が伸びてくる。
「またひとつ、年を重ねたね」
「……あぁ」
少しだけ大人に戻った恋人に、頷いて。
開く小さな口から発せられる音に、耳を傾ける。
「去年、たのしかった?」
「もちろん」
「今年も、いっぱいあそぼ」
「あぁ」
――ねぇ。
「今年もずっと、そばにいさせてね」
願うように言われ、思わず抱きしめた。
朝と違って、思いのままに強く抱きしめながら。
「……俺のセリフだ」
小さく、こぼす。
守ることのできない自分だけど。
いつも見殺しにしてしまうけれど。
愛していて、手放したくないなんて最低だとわかっている。
けれど、今度こそ。
今度こそはと、また心に誓って。
一年に一度、互いに口にする言葉を紡ぐ。
「俺の傍にいてほしい。これからもずっと」
体を離し、目を見て言えば。
愛してるを言えない彼女は、その目にいっぱいの愛情を込めて。
「うん」
頷き。
「ずっと、ずっと。傍にいるよ」
愛してるの代わりを、俺にくれる。
それに、互いに笑って。
日付が変わる深夜零時。
互いの体温を手放さぬよう、強く抱きしめあった。
『傍にいるから、いつかすべてを乗り越えたその先で、愛してると唄ってほしい』/リアス
誕生日は、みんなが笑顔になれる日。
一年に一度、悲しい運命から離れて、おねがいができる日。
だから。
「…クリスサンタになりたい…」
一年に一度、おねがいをしてみるけれど。
「……それは難しいんじゃないのか」
今年も断られてる。
思わずむくれたら、すぐにあたたかい手がわたしのほっぺの空気を抜いた。
十二月二十四日、クリスマスイブ。
わたしの誕生日で、みんながお祝いしてくれる日。
そしてその日は、サンタさんの日。
サンタさんはすごい。
みんなを笑顔にしてくれる。これが欲しいっておねがいをすれば、叶えてくれる。
そんな存在がかっこよくて。
「クリスもサンタになりたい…」
そう、毎年言ってみるけれど。
「毎年チャレンジしているがそれは難しい」
こうして、断られてしまう。
なんでよ。
「なんでよ…」
「お前思ったことと口が一緒になってるだろ」
「いいことじゃん…」
「まぁそうだが」
と。
読んでた本を閉じて、リアスはわたしを向かい合わせでひざに乗せた。
「とりあえず、だ」
「うん…」
「お前には言っていなかったが」
「うん…?」
首をかしげたら、わたしをまっすぐ見ておっしゃる。
「サンタには免許が必要だ」
なんと。
「免許とな…」
「そう。サンタ資格もあるし、トナカイというか、ソリに乗るから免許が必要だ」
「じゃあわたしムリ…」
「だろう」
年齢的に免許なんて取れないからサンタさんはムリだ。
少し、しょんぼりしたら。
「ただ」
「んぅ…?」
「サンタみたいに笑顔にしてやれることはできる」
「なぁに」
首をかしげたら、リアスはこつんっておでこ合わせて。
「今日を全力で楽しむこと」
そう、言う。
――今日。
「クリスの誕生日?」
「そう。クリスティアの誕生日。お前が全力で楽しんでくれたら、俺も、レグナもカリナも笑顔になれる」
「…」
そんなことでいいの? は聞かない。
それは、お祝いしてくれる三人に失礼だから。
だから、リアスの音をしっかり頭で理解して。
「…わかった」
ほほえめば。
ちょうど、インターホンが鳴った。
「レグナとカリナだな」
「うんっ」
これから大切な四人の時間が始まるね。
それにぱっとリアスを見ればうれしそう。
こういうのでいいのかな。
まだ、ちゃんとはわかんないけど。
「行くか」
「うんっ!」
わたしも三人のサンタさんになれたらいいなって心で少し目標にしながら。
まずは今日、しっかり楽しもうと、リアスと一緒に玄関に向かっていった。
『あなたたちに、世界でたった一つのプレゼントを』/クリスティア