振り返ってみると楽しかった体育祭を終えて、土日を挟んで七月最初の登校日。
体育祭ではぎらぎらした目にびっくりしたけど、武煉先輩たちのおかげでこれからも静かなんだよねと、七月ということで衣替えした生徒たちで溢れる通学路を歩いていく。
一応まだ一緒には登校している先輩たちに改めてお礼を言いながら、学園に到着。
玄関近くの階段で、二階に教室がある先輩たちとは別れ、自分たちの教室へと向かおうとしたとき。
それは起こった。
「「ごめんなさい!!!」」
リアスが過保護なので一旦二組を通り過ぎてまずは一組へ、と伸ばした足が、目の前の女子たちによって止まる。
頭を下げて、広い廊下でも響くその声に、周りはなんだなんだと目を向けるけれど、正直俺たちもなんだというわけで。
四人で一旦顔を合わせるも、当然理由なんてわかるわけがなく。
「えっと、なにがでしょう……?」
カリナが戸惑いながら聞くと、女の子たちは顔を上げた。
あ。
「ねぇ龍」
「あのときのだな」
申し訳なさそうな顔をしている女子たちは、見覚えのある子たちだった。
道化とはまた違う薄いピンク色の髪の子に、後ろに控えるように立っている茶髪と黒髪の女の子。
さかのぼること三ヶ月前、「四人で付き合ってるの」って言ってきた子たちだ。
けれど人はわかったものの、どうして謝られているのかまではわからず。
えっとだのあのだのわたわたしている三人を見守る。
現段階じゃこっちは何も言えないので、黙っていること数分。
意を決したように、ピンクの髪の子が声を張り上げた。
「あの、わ、わたしたちっ、誤解してました!!」
「誤解、ですか?」
カリナが努めて優しく聞くと、左の黒髪の子から口を開いてく。
「し、四月の頃に……四人でつき合ってるって聞いたんだけど」
「あぁ、あれ…?」
クリスさん今気づいたかぁ。
「否定はしてたけど、あまりにも仲良いからちょっと信じられなくて」
「た、たぶんこの噂の発端わたしたちだと思うんですけどっ」
茶髪の子、ピンクの子と順に説明していき、また「ごめんなさい」と頭を下げる。
正直こっちは迷惑も被ったのではいそうですかと簡単にいけるわけではないけれど。
「その、体育祭を見て、ほんとに誤解だったって気づいて……」
「炎上君たちにほんとに申し訳ないことしちゃって」
再び上げた顔は、それはそれはもう、演技とは言えないくらい本当に申し訳なさそうで。
「どうするの龍」
「なぜ俺に聞く」
「一番迷惑被ったのお前じゃん」
「それはそうだが」
ため息を吐きながら一度女の子たちを見て。
なんだかんだ優しいリアスは、たぶん「別に気にしていない、おかげで平穏だし」みたいなことを言うんだろう。
「別に──」
予想通りの言葉を、
「三人が氷河さんに惚れてるなんて思わなくてっ!!!」
「すとーーーーーっぷ」
言い掛けた瞬間にまさかの予想外の言葉が女子たちから飛び出してきて思わず声を出してしまった。
「ごめん、なんて!?」
「えっ、炎上君と、愛原さんと波風君が、三人とも氷河さんに惚れてるって」
「あながち間違いじゃありませんわ」
「華凜さん今ちょっと黙ろうか」
今だけはお前が言葉を発するとややこしくなる。確かにあながち間違いじゃないんだけども。
カリナの代わりに前に出て、とんでもない誤解をしてらっしゃる女子たちに向き直る。
「え、ごめんなんでそうなっちゃったの?」
自分でもわかるくらい信じられないって顔をしながら聞くと、たぶんこのグループの中心なんだろう、ピンクの女の子が応じてくれる。
「体育祭で、氷河さんがミッション遂行走のときにすごいかっこよくて……」
「あれはかっこよかったな」
「龍も黙って」
かっこいいのは認めるけど今はそうじゃない。
「あれは絶対惚れるよねって話になったの」
後ろの子たちも頷き。
『たしかにあの氷河さんかっこよかったよねー』
「惚れるよ、惚れたもん」
あろうことか周りの男女問わない生徒たちも頷いた。誰だ惚れたって言ったやつ。
「あのあとの、モニターに映ってた炎上君もすっごい嬉しそうだったし」
「ごきげんだったー…」
「すごいデレデレしてましたものね」
「うるさい」
なんでうちの幼なじみは黙れないんだろうか。
もう一回開きかけた口は、ピンク髪の女の子の「それでね」という声でやめた。
「この三ヶ月間、ときおり授業一緒になったりした時のことも思い返して、改めて違うんじゃないかなって気づいたの! 愛原さんって結構氷河さんにがーっと行くし、波風君も洋服とか氷河さんのために作ってるって聞いたことあるし! これはもう三人が氷河さんに惚れてるんだって!!」
違うって気づいたまではよかったのに。
けれど導き出された結果がどうあれ観察まではすげぇ鋭いから否定も出来ない。
頭をひねっている間にも、女の子たちの推測は止まらない。
「炎上君は氷河さんが恋人って言ってたし、氷河さんも大胆告白してたし!」
「たぶんその三人の中で優勢なのは炎上君なんだなっていう段階なの!」
「次点で波風君かなって!」
「ちょっと私が上がらないのが聞き捨てなりませんわ」
「華凜さんまじで黙ってて」
乗るな。
『たしかにわかるかも』
「波風君女子力も高いもんね」
周りも乗らないでまじで。
痛くなり始めている頭を押さえて、とりあえず。
「あの、確かに俺は刹那の男前というか勇敢なところには惚れてるんですけれども」
「照れるー…」
「刹那さん」
「はぁい…」
ものわかりのいいクリスティアが黙ったところで。
「俺は刹那を妹みたいに思ってるんで恋愛感情はないっていうか」
「こんなに可愛いのにか」
「目大丈夫です?」
「お前ら今日どうしちゃったの??」
なんで今日に限ってそんなに場をかき乱してくんの?
ひとまずお説教はあとということで咳払いをして。
「なので俺は別に恋愛的に惚れているわけではありません」
言い切ったー。
やっと言い切った。
息を吐いて、目の前の女子を見る。
三人の女の子たちは、一度きょとんとしたあと、俺に近づいた。
そうして、ピンクの子が何故か俺の手を取り。
「大丈夫だよ波風君」
「なに──」
「確かに炎上君はイケメンだから気が引けちゃうかもしれないけれど、波風君にだってチャンスはあるよっ! クラス一緒だし!」
「ねぇ俺の話聞いてた!?」
何これ妄想こわい。
その恐怖に拍車をかけるように、チャイムが鳴ったあとその女の子たちを筆頭に他の生徒たちも「がんばれ」と言って去っていく。
え、誤解されたままなんだけど。
え?
ひとまず生徒がいなくなったところで、後ろを振り返る。
三人の幼なじみは俺と違って平然とした顔。
「これは良いの?」
「良いんじゃないですか?」
「刹那が悪く言われるでもないし、四人で付き合っているという誤解も解けた」
「平和になったねー…」
そう言って、三人はのほほんと歩き出す。
その背を見送りつつ、あぁ確かに言うとおり、誤解も解けたしいい方向に行くかもしれないと納得し掛けたところで、
正常な思考を取り戻す。
「いや仮にこの三年間で俺と華凜に好きな人ができたらまた面倒じゃね?」
けれど。
「作るんです? 好きな人」
振り向いたカリナにそう聞かれ、さらに正常な思考を取り戻し。
首を振った。
「俺別にこの人生で作る気はないから焦る必要なかったわ」
「でしょう」
じゃあこのままでいいねと、なんとなくフラグを立てたような気がしなくもないけれど、気のせいだと納得して。
本鈴が鳴る前に、一組へと向かった。
『話を聞いた道化と祈童には大爆笑されました』/レグナ
軽蔑の目、好奇の目。
そんな目にさらされつつ、そして上級生という少々賑やかな奴らも交えつつも、まぁ比較的静かだった学園生活。
だがそれは、
「……何だこれは」
ある日突然、本当の終わりを告げた。
七月最初の登校日。
朝に学校へと行けば、四月のときに声を掛けてきた女共が謝って来た。
誤解をしていたと。俺としては正直クリスティアに何も被害がなかったのでどうでもよかったが、まぁ誤解が解けることはいいことで。それで優しい優しい恋人が、俺のことで心を痛めることもなくなるならなおいいだろうと、どこか他人事のように思いながら朝が終わった。
いつも通り授業へと向かう各時間。ここでほんの少し、周りの目が違うことに気づいた。
今までだったなら。カリナ曰く良いお顔らしい俺は注目を集めていて。その目は好奇と軽蔑だった。
だが、今日は。
妙に熱い視線を感じるじゃないか。
その視線をさりげなく追うと、今まで俺に向かっていた視線は嘘のように、愛しい恋人に向かっていた。ただ俺のときとは違って、探ってみるも嫌な気配は全くなく。恍惚、憧憬……とにかく「熱い視線」と言うに等しい視線ばかり。どうやら体育祭の効果はかなり絶大だったらしい。
ここまではよかったんだ。
体育祭、目の前であの大胆告白を見たならば奴らが熱い視線を送るのもよくわかる。最高にイケメンだったしなんならめちゃくちゃ惚れ直した。いや普段から惚れているのだからこれは追加で惚れたと言うべきか。
レグナとカリナももちろんその熱い視線には気づき。まぁ当然だよなと何故か俺達の方が本人よりも誇らしく歩いていたのは記憶に新しい。ついさっきまでの出来事なのだから。
問題は、今だ。
授業を終え、いつも通り迎えに行こうかと立ち上がったときだった。
閃吏とユーアが慌てて俺を呼びに来て、言われるまま教室を出たら。
「……まさかここまでとは思いませんわね」
クリスティアとレグナがいる一組の前に、あの広い廊下が埋まるくらいの人だかりができているじゃないか。
それを見て一気に血の気が引いたのは言うまでもない。
「えっと、みんな氷河さん目当て、みたいなんだけど……」
『大丈夫ですか炎上っ』
知らせてくれた二人に緩く頷いてはみるものの、正直二人の声が若干遠い。やばいな割と気分が悪い。
先ほど苦い声をこぼしたカリナの顔を見る余裕もない。
ここまで効果が絶大だったのかと誰が思うだろうか。
今から数時間前に遡って余裕で笑っている自分に炎舞滅永葬をかましてやりたい。
「今数時間前に遡って自分に華乱睡陣槍食らわしてやりたいです」
「何故こうもお前とは考えが似るんだろうな本当に……」
「炎上君めっちゃ死にそうな声してるけど」
「正直死にたい……っ」
自分でもわかるくらい小さく情けない声で返している間に、脳裏には過去のフラッシュバック。
──あぁこれはやばい。
そう思っても、もう遅い。
四月の遊園地だとか、六月の体育祭だとか、予め身構えられたりその場は戦場で相手の言うことは駆け引きだと割り切れていたのなら。ここまで、人が敷き詰められるほどのものでなければ、こうはまだならなかったのに。
思い出すなと奥歯を噛みしめ脳に命じてはみるものの、言うことを聞いてはくれない。
目の前は笑守人の校内だったはずなのに、いつの間にか”ある日の昼下がり”に変わっていた。
電車の中だった。今と同じような、身動きがとれないほどの人混み。
きっと”それ”が起こるまで何か会話をしていたんだろうが、フラッシュバックが起こるときにはそれは再生されない。
目の前にはただただ俺を見上げる少女のような恋人。
その、あどけない彼女は。
次の瞬間──
「っ」
『大丈夫ですか炎上っ』
その光景を皮切りに、ひどめの”最期”も次々と思い出して吐き気を催し、思わず口元を覆ってしまう。
しゃがみこみそうになったのはなんとか隣の女が腕を支えてくれて免れた。
「深呼吸を三回どうぞ」
「……」
震えて、立っているのがやっとな足になんとか力を入れて。言われるがまま、俯いた状態で深く息を吸い始める。
「閃吏くん、ユーアくん、お知らせありがとうございました」
息を吐いたときに、カリナがいつもの調子で言い出した。
「我々はこれからお迎えに行きますわ。お二人はどうなさいます?」
「えっと、一緒に行こうかな、とは思うけど……」
『炎上は大丈夫ですかっ』
深く深呼吸、二回目。フラッシュバックが薄れ、頭がだいぶすっきりしてきた気がする。
「えぇ、ご心配なく。ちょっとした発作ですわ」
そう、と心配そうな声の閃吏に構うことなく、息を吐き出し。
「行くにしても、我々は向こうまでテレポートを使うので、ご一緒はできませんが」
深呼吸、三回目。ゆっくりと、息を吸う。
「じゃ、じゃあ」
『外で待ってるです。何かあったら呼んでくださいですっ』
「かしこまりましたわ」
気遣ってくれた二人に、カリナがそう返し。後で礼を言おうと思いながら、息を吐くと同時に、魔力を練っていく。
「……向こうには蓮がいます。あなたの結界に加えて、彼が防御壁を張っていると思うのでご安心を」
「……」
「大丈夫。あなたが今見ているものは過去のもの。飛んだ先には元気なあの子がいますわ」
目はまっすぐ人だかりに向けたまま。けれど言い聞かせるように、珍しく俺に対して優しげな物言いをして。
「行きますよ」
「……あぁ」
相変わらずだと苦笑いをこぼして。
心の中だけで彼女に感謝をし、カリナと共に。
言うとおり元気な姿であろう彼女の元へ、飛んだ。
「きゃっびっくりした!」
一組へと着いた瞬間。
聞こえたのは、驚きの混じった明るい声。ついで、周りのざわついた音。けれど未だ少し遠く聞こえるそれらには耳も目もくれず。
いるであろう、彼女の座る場所へ目を向けた。
「♪」
が、その場にはすでにいない。ほんの少しだけ、視線をずらすと。
「……刹那……」
俺が来たことに嬉しそうな顔をして、クリスティアはレグナが張った防御壁に張り付いていた。
「龍は大丈夫、じゃないか」
「死にそうだ」
掛けられた親友の言葉には苦笑いを返して、レグナが指を鳴らしたのを合図に腕を広げる。
防御壁が消えた瞬間に俺の元へ走り出した彼女を受け止めるように、片膝を着いた。
「♪」
「ぅっ」
直後、結構な勢いだったらしくドスッと可愛らしくない音を立てて、俺の腕の中に恋人が収まる。痛みに若干身悶えそうになるのはなんとか堪えて。
「……」
首に腕を回してきた彼女の左胸に耳を当てて、身を委ねた。
少しだけ体温が低い彼女の温度。安心するにおい。
「だいじょーぶ」
小さいけれど力強いその声。
生きていることを主張するように鳴り続ける、彼女の鼓動。
一つずつ確認して、少しだけ強く抱きしめて。
「……はぁ」
ようやっと、安堵の息をついた。
それと同時に、遠くなっていた音や声も段々と元に戻り始める。ざわざわと「いいな」だの「見せつけか」だの聞こえるが無視をした。
優しく髪を撫で始める彼女に埋もれて、上下する胸に合わせて呼吸を繰り返す。背中に回した手のふるえは、いつの間にか消えていた。
「……炎上くん、顔色悪かったけど平気かしら?」
「少ししたら良くなるよ、平気」
「挨拶どころじゃなくなってしまったな」
呼吸を繰り返し、心も体も落ち着いてきた頃。暗い視界で初めて聞く声に意識が行く。比較的近い場所で聞こえたそれに、あぁそう言えばレグナの方でも声を掛けてくれた奴らがいたなと思い出した。
初対面でだいぶ無礼なことをしてしまったなと思いつつ、もう少しだけと自分に甘くして。
深く息を吸い、彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと、吐いていく。
「……」
とくとくと、音を感じる。
安心する。
ほんの少しだけ眠気を感じてしまう心地よさに、身を委ね掛けたとき。
「あーそーぼ」
頃合いを見計らって、愛しい恋人の声が落ちてきた。
「…ね」
「……あぁ」
見た目とは裏腹に大人な彼女に、沈み掛けた意識を浮上させ頷いて。
もう一度だけ彼女の腕の中で深呼吸をしてから、身を離した。
「♪」
ふわふわと、俺に逢えて嬉しそうな深い蒼の瞳と目が合う。
それに、さっきまで不安だったのが嘘のように気が抜けて、どうしても笑みがこぼれてしまった。
「復活しちゃいました?」
「あぁ、残念ながらな」
周りの「何だあいつ」というように感じる目は相変わらず無視をして、カリナにいつもの調子で返し立ち上がる。
さっさとここから抜け出したいがひとまず、と。顔を上げて、レグナ達と交流を持ったらしい男女に目を向けた。
俺と目が合うと、二人は揃って、場の不快な空気を吹き飛ばすように笑う。
「話すのは初めましてだわ、炎上くん、華凜ちゃん。道化美織と」
「祈童結だ。顔色が良くなって安心だ」
「おかげさまで」
朝とは違うピンクの髪と頬に施した”呪術”が特徴の道化と、藍色の髪の祈童に簡単に挨拶と礼を返す。
二人は再度笑って、レグナとクリスティアへと目を向けた。
「炎上くんが来たならもう帰っちゃうかしら」
「龍もこんな調子だしね。先輩達も来るからもう行くよ」
「また明日だな波風」
「おー」
「刹那ちゃんもね」
「ん…」
少々交流の邪魔をしてしまったか。
若干申し訳なく思いながら、クリスティアから彼女のリュックを取って肩に担ぐ。
「またあした…」
「えぇ! 今度は華凜ちゃんたちもお話ししましょ!」
「ぜひお願いしますわ」
「炎上もな!」
「あぁ」
笑う祈童に微笑んで返し。
穏やかな気持ちのまま、入り口へと向き直った。
「……」
その、視線の先。そこには不快な目を向けてくる人だかりが。
あぁ、こんなにいたのをすっかり忘れていた。
通らないにしても、見ただけでまた血の気が引いてくる。
「家にテレポートしなよ龍。陽真先輩たちには言っとくから」
「あぁ……」
「炎上くんまた顔色悪くなっているけれど」
「大丈夫です、発作のようなものですわ」
先ほども聞いたその言葉と自分の情けなさに苦笑いをこぼす。
ただこのままだとさらに情けないことになりそうなので、レグナの言うとおりテレポートしようかと。
魔力を練った、ときだった。
クリスティアが、俺の腕を引く。
何だと目を向けると、その目は。
”任せろ”と、そう勇敢に言っていた。
待ってくれ。
「待とうか刹那」
「へーき」
「俺が平気じゃない」
聞いたかこの死にそうな声。
しかし彼女はするりと手を離し。
その人だかりへ向かっていく。
待ってくれまじで。死ぬ。
どうしてこういうときに限ってこいつは勇敢で、俺は情けなくて。足が震えて体も動かないんだろうな。呪術を発動させる暇もない。
「せつ──」
「ねーぇ」
せめて声だけはと、絞り出したものは、数歩だけ進んだ彼女の声にかき消された。けれどその声は俺に向けてではなく。彼女は普段小さな声を少しだけ大きくして、その人だかりへ声を掛ける。
珍しく手を伸ばせば届く距離にいることに驚いて、固まったまま、クリスティアに見入ってしまう。
それは双子も同じだったようで、後ろにいるであろう二人はそれ以上前に進んでこなかった。
声を掛けられた人だかりも、俺達も。
突然のことに驚いて、止まってしまう。
シンと静まりかえった教室を確認して。
はっきりと、声が聞こえた。
「道、通れないの」
いつも俺に「お願い」するときにやる顔をしているんだろう。
コテンと、後ろからでもわかるくらい可愛らしく首を傾げて。
「あーけーて」
そう、言えば。
ザッと、一気に道が開いた。
それによって目の前にいたらしい閃吏とユーアとご対面する形になる。
いきなり視界が開けたことに驚いている二人を視界に入れつつ、ゆっくりと振り返った恋人に意識が行った。
水色の髪をなびかせながら振り返った彼女は、あの頃のように微笑んでいる。
そうして、俺の元へやってきて。
再現するかのように、手を指しのばした。
昔と違うのは、俺を見上げていること。
呆けている俺に、彼女は昔のように笑って。
「帰ろ?」
これまた可愛らしく首を傾げて、そう言った。
そんな、かっこよくも、可愛い姿に。
「……帰る……」
先ほどの不安や多少の怒りは一気に吹き飛び、追加で惚れることになり。再び抱きついてしまったのは、仕方ないことだと思うから許して欲しい。
『彼女はいつだって、小さくも大きいヒーロー』/リアス
七月に入ってすぐの水曜HR。いつもならHRは教室で各クラス毎にやるんだけど、今日はテストの説明会ということで全クラスで体育館に集まった。
ひとまずクラス毎にまとまって座るとのことなので、いつものごとくクリスティアと一緒に後ろの方へ。
同じく後ろの方にやってきたリアスとカリナと隣り合うようにして座り。
「はい、波風くん」
「どーも」
「氷河」
「はぁい…」
「炎上君、どうぞ」
「どうも」
『愛原、どうぞですっ!』
「えぇ、ありがとうございます」
俺たちは前に座っている祈童・道化から。ついでにリアスとカリナは、二人の前に座ってる閃吏とユーアからプリントをもらって。
一番上をちらっと見る。
”護衛パーティー”。
うん、なんかもうものすごく面倒そうな予感しかしないかな。俺なんでこの学校来ちゃったんだろうね。妹いないと思ったしハーフってこと隠さなくてもいいからだね。見事に妹の方はいたけどな。
「配られましたか~? 始めますよ~」
全員が座って、プリントが配られたのを確認してから、のほほんと間延びした声で江馬先生は説明を始める。
「集合時間などはプリントに書いているので、各自きちんと目を通しておくように~。今日はテスト内容についてと、チームを組んで欲しいのでそれを決める時間になりま~す」
あれ。
「今回は用紙で説明終わりってわけじゃないんだ?」
「なんのことです?」
「冊子。体育祭のときに配られなかった?」
「あのファンシーな冊子ならお前達のところだけだ」
全員のとこに行ってたかと思ってた。
そうなんだーって返して。おそらくクリスティアに読み聞かせをしたであろうリアスに、とりあえず。
「……笑った?」
「もれなく水を吹き出した」
なんで毎回クリスはリアスが口に物含んでるときに面白いこと言うかな。すげぇ見たかった。
「刹那、私にもその冊子見せてくださいな」
「わかったー…」
目に涙を溜めながら笑うんだろうなと、妹の姿を想像しつつ。
それでですね~と続ける江間先生の声に意識を向けた。
「まず~、テストと題してはいますが、笑守人には”卒業”という概念もないことから成績などはありませんね~。よってこれであまり貢献できなかったからと言って、今後の進路に影響があるわけではないのでご安心を~。一種の刺激だと思ってくださ~い。それでテスト内容ですが、本来ならば~、それぞれの進路に関連するテストを受けていただくのですが、一年生は初回ということで、毎年パーティーでの護衛などをやらせてもらっています~」
のほほんとした様子で、続けていく。
「初回はこういった形で実技をしていきますよ~というデモンストレーションも兼ねていますので、あまり気負わずに頑張ってくださいね~。けれど時折ほんとにトラブルも発生するので、気の抜きすぎにはご注意を~」
「……どっち?」
「いつもあんな感じなのでお気になさらず」
「あ、そう……」
続けますよ~と声が聞こえて、再び意識を前に戻した。
「え~、パーティーなどでの護衛となると、単独行動というのが多いのですが~、このテストでは、有事の際も考慮して六人一組になって行動してもらいます~。その六人で、当日に言い渡す各ポジションでパーティーの様子をきちんと観察していてください~。もちろん、パーティーに参加しながらの警護なのでお偉い方々と話したり、お食事を楽しんでいただいて結構です~。こういった護衛や警護任務では、いかにしてその場に紛れて警護に当たるかが重要になりますからね~」
これなら結構得意分野かなぁ。服どうしようかな。クリスにかわいい格好させようか。
あ、でも下手に動きづらくなってもだめか。けどせっかくなら普段できないかわいい格好させたい。フリルつけてー、靴とかって装飾していいかな。
どんなテーマにしよう。前に考えてたやつもいいし、新しく考えてもいい。
だめだ悩んだ。
クリスを挟んだ隣にいるリアスの服を後ろに手を回して引っ張り、
「ねぇ服どうした方がいいと思う?」
「……相談なら後で乗ってやるからとりあえず最後まで大人しくしていろ」
「せっかくならかわいい格好にしたいじゃないですか」
「気持ちはわかるが後にしてくれ」
取り合ってもらえないことに兄妹そろって頬を膨らませ、前を向く。
「くれぐれもお食事やお話に気が逸れていってしまわないように気をつけてくださいね~。あと重要なことは~、あ、一応ないとは思うんですが~」
思い出したように、プリントから顔を上げて、首をこてんと傾げる。
「皆さんには当日無線と不審者撮影用のスマホをお渡しします~。警備はしっかりしていますが、もしも仮に、変な人が入ってきたらそれを使って早急に私に連絡してくださ~い。状況を見て指示をするので、きちんとそれに従うように~。いいですね~?」
体育館のあちらこちらから返事が聞こえる。江馬先生はそれににっこりと笑って頷いた。
「では、簡単な説明は以上です~。各自わからないことがあれば各担任へ聞いてくださ~い。ここからの時間はチーム決めにしますので、自由に歩いてチーム作りをしてくださいね~。私に報告した後は自由解散とします~」
はじめてくださ~いと、のんびーりとしたその声を合図に、体育館内のほとんどの生徒たちが立ち上がる。それを見届けて、
「とりあえずここは四人もう決まりでおっけー?」
右に座ってる幼なじみと妹に声を掛けた。
「当然ですわ」
「異論なし」
「さんせー…」
三人とも即答ということで、六人中四人はこれで決定。
「んじゃ残り二人──」
と声を発した瞬間。
「ねぇ!」
『皆様方っ!』
「うぉびびった」
今まで黙って前を向いて座っていた四人が、同時に振り返った。
そして、びっくりした俺たちと同じように驚いた顔をして。
目の前の四人は、顔を見合わせる。
何がなんだかわからず、こっちの四人で見守っていると、少しして口を開いたのは、閃吏から。
「えっと、もしかして……美織ちゃんたちも炎上君たち誘うつもりだった?」
「そう言うならシオンたちもかしら!」
『閃吏とユーアでお声かけすればぴったりかと思ったですっ』
「奇遇だな、僕たちも同じ考えだ! 波風! こうなった場合はどうする!」
「ここで俺に聞くの??」
ようやっと事態を飲み込めた直後に話を振られ、思わず苦笑いをして後ろに手を着いた。
「どうするってもなぁ……」
予想外のダブルブッキングが起こった場合。
正直言ってしまえば、
「任務に使える人間を選ぶのが、基本なんだけど」
ただ今回は、能力値がわからないので。
「今回は公平にじゃんけんかなぁ」
「あら、戦って決めるとかじゃないのね」
「時間かかるじゃん」
俺としては、
「変な下心で任務に支障が出ないのであればなんでもいいよ」
さりげなく周りを見つつ、少し大きめの声で言った。
視線の先の、「下心があるやつら」は、肩をびくつかせて目をそらす。
男が多いな。月曜のこともあったし、クリスティア狙いが多かったかな。
「あまり牽制してやるな」
「刹那に害が及ばないだけいいでしょ」
「そして蓮が刹那のことを好きだという疑惑が確定になりますね」
「あーー……まぁどうでもいいや……」
親友として愛してるのは変わりないし。
周りからクリスティアに視線を落とすと、きょとんとした目と合った。それに微笑んで頭を撫でて。クリスティアが嬉しそうに笑いリアスの膝上へ移動していくのを見届けてから、目の前に座る四人に目を移した。
「というわけで、閃吏たちはそういうわけじゃなさそうだし、じゃんけんかな」
『任せるですっ!』
笑って言うと、頷いて。
四人で座ったまま円を描く。
「じゃーんけん」
道化の声でそれぞれが振りかぶり、
「ほいっ!」
っと、出した手は。
閃吏と道化がパー、祈童がグーで。
最後にもふもふとした手に目を向ける。
えーとユーアは…………。
「「……」」
パー…………?
隣を見てみるも、リアスとカリナも目を凝らして見てる。だめだここも答えがわかってない。
もっかいユーアに目を移して、二人と同じように目を凝らした。
まっすぐに伸びてる手。
指は──待ってね毛のせいかわかんないけど指見えねぇや。
あれ、ていうかじゃんけん提案したけど
ユーアってキャットウルフの関係上チョキできなくね???
グーかパーしか選択肢ないのでは。
やばいユーアめっちゃごめん。
今からでも提案しなおし──
「ユーア、グーだって…」
「刹那さんあれわかったの!?」
嘘じゃん絶対パーじゃんあれ。思わず提案吹っ飛んだよ。
「え、ユーア、それは……」
ただどうしても信じきれなくて、ユーアにおそるおそる聞いてみると。
俺の声に、悲しげにこっちを向いた。
グーだこれ。
『負けてしまったです……』
「ほんとにグーだったんですね……」
「見たらわかる…ちょっと丸まってる…」
「俺にはパーにしか見えなかったんだが」
俺にもそうしか見えなかったよ。
ていうかそうじゃなくて。
「ごめんユーア、もっかい違うのやろ」
『? 何故ですかっ』
「チョキ出せないの考えてなくてじゃんけんにしちゃって」
『? ユーアはチョキ出せるです』
え、嘘じゃん。
顔に出てたのか、ユーアはトコトコとこっちに歩いてきて、俺にそのもふもふの手を見せる。
『チョキです』
ごめんわかんない。
「……刹那さん」
「真ん中の指ちゃんと開いてる…」
どこが??
四本の指がくっついてるようにしか見えないんだけど??
『ちなみにこっちがパーです』
「うん、うんわかったユーア、ごめん」
違いがわかんなくてごめん。
本心は出さずにそう言うと、ユーアは満足したように頷いて、閃吏の近くに戻っていった。
「じゃあ、あたしとシオンで決まりで大丈夫かしら?」
それを見届けてから、道化が明るく言って笑う。
ユーアがグーだったらしいので。
「そうですわね」
「えっと、よろしくね」
道化とは対照的に控えめに笑って言う閃吏に、「こちらこそ」と返して。
今回残念ながらパーティにはならなかった祈童とユーアに目を向けた。
「というわけで、今回はごめん祈童、ユーア」
「謝ることはないさ。それに僕はリレーでも一緒だったしな。また次回にでも機会があれば、そのときは頼むよ」
「もちろん」
『我もまた次回ですっ。今回は祈童と一緒に違う方とご一緒するです!』
「そういうことだ、それじゃあメンバーも限りがあるし、僕らは行くよ」
「おー」
そう言って立ち上がって、「じゃあ」と去っていく二人を見送ってから。
「それではメンバーはこの六人で決まりということですね」
「改めてよろしくお願いするわ!」
カリナと道化の声を聞きつつ、再び視線は周りへ。
こっちを見ていた下心があるであろう輩たちは、六人決まったことで少し悔しげに他のところへと歩き出していく。
カリナたちの方に顔を戻しながら視線をほぼ一周すれば、似たようにこちらを見ていた輩は散っていった。
「蓮」
「わかってるって。見てるだけ」
どこがだ、と言いたげな雰囲気が隣から漂ってるけど気にせずに。
「江馬先生に報告に行きますよ」
「了解」
カリナに言われて、立ち上がり、決まった六人で前の方へと歩き出す。
「よろしくね刹那ちゃん」
「うん…」
「えっと、よろしく、氷河さん。改めて、閃吏シオンって言います」
「せんり、よろしく…」
後ろでクリスティアに挨拶しているのを聞きながら、歩みを進めている途中。
「あ、そういえば聞きたいことがあるのだけれど」
「んー?」
道化が思い出したように声を発したので、軽く振り返った。
「さっき下心っていうのが話題に上がっていたじゃない?」
「うん」
「刹那ちゃんの可愛い格好を間近で見たいというのは下心かしら?」
言われた言葉に、俺も、カリナもリアスも止まる。
俺たちが止まったことで、後ろを歩いていた刹那たちも足が止まった。
だめだと思ったのか、道化はあわててしゃべり出す。
「あっ、よこしまな気持ちじゃないの! ただ、パーティーと言えば普段と違った格好でしょう? 可愛いドレス、それに合った髪型……それを見たいと思うのは下心かしらと思って!」
「えっと、下心じゃないかな……」
その言葉に、三人で首を傾げてしまった。
もちろん道化の方の言葉ではなく、
閃吏の言葉に。
「下心じゃなくない?」
「えっ」
「大丈夫です道化さん、正常な思考ですわ」
「ほんと!」
「もちろん任務が始まったら別ですけれど」
「始まる前なら拝むくらい構わないだろ」
「炎上君まで……」
え、当然の思考じゃないのこれ。
そう思って首を傾げてみるも、閃吏は苦笑い。そして、隣にいたクリスティアへ顔を向けて。
「えっと、いつもこんな感じなのかな……?」
「うん、いつも…」
「そっかぁ……」
苦笑いがさらに苦くなっていったのにまた首を傾げてから、歩き出す。
可愛い子に可愛い服着せたいっていうのは正常だと思うけど。
「道化さん、刹那をとびきり可愛くするのでカメラを忘れずに持ってきてくださいね」
「わかったわ!」
「炎上君たちの方が下心満載じゃないかな……」
後ろでそんな話をしているカリナたちに、思わず笑みをこぼして。
江馬先生の元に、歩みを進めた。
『あと少しで、夏休み。その前にもう一息。』/レグナ
七月七日。
おりひめ様とひこぼし様が逢える日。
それともう一つ。
あなたが生まれた日。
「…のどかわいたから先行ってる」
「あぁ」
お風呂上がり。いつもなら着替え終わるまで待って、二人で出て行くんだけど。わざと飲み物を忘れて、リアス様がまだ着替え途中のところで浴室を出る。
ぱたぱた廊下を走っていって、リビングのところからちらっと浴室を見た。まだ、出てくる気配はない。
──よし。
行くって言ってたリビングはそのままスルーして、部屋に向かう。
ドアは閉めずに中に入って、すぐのところにあるバッグ掛けにかけてるリュックを開けて、目的のものを取り出した。
リアス様の色の、真っ赤な無地のリボン。
それを、練習したとおりに髪の毛先から少し急いで巻いていく。何回か交差させて、耳にかけて。
さぁあとは頭の上でリボン結びすればいいってところで。
「おい」
かけられた声に、びくっと肩がはねた。
機械みたいに、ギギギって音が鳴りそうなくらいぎこちなく振り向くと。
「……お前は何をやっているんだ」
本日の主役様が、開けたドアに寄りかかりながらほんとにわけわからんって顔でわたしを見ていました。
「プレゼントをあげようと思って…」
「よくある”私がプレゼント”か……?」
「カリナが一番喜ぶと思いますよって」
わぁリアス様、”ねぇわ”って顔しないで。
七月七日、金曜日。
今日は、リアス様が生まれた日。
朝、起きたら一番におめでとうを言った。それに「ありがとう」って返してもらって、ぎゅーってして。ほんとならそのまま二人でゆっくりできたらよかったんだけど、リアス様が「誕生日で休むのもな」ってことで学校にはちゃんと行った。
授業の移動中で言われたカリナとレグナのおめでとうにもお礼を返して、プレゼントの話になって。
誕生日の前にわたしも、今日カリナたちもなにかない? って聞いたんだけど、本人はいらないってばっかり。
でもなにかしたくて、お手洗いと着替えのときカリナに聞いてみた。
そしたら、”わたしがプレゼント♡”がいいんじゃないですかと。
物欲がないのなら本人をと。
でもわたし恋人らしいことなんてできないよって言ったら、とりあえずリボンでもなんでも巻いとけばあの男は喜びますよってことで。
やってみたんですけれども。
「……あの女本当にろくなこと考えないな」
ぜんっぜん喜んでないよカリナ。むしろ軽蔑の目になってるよ。
「欲しいものないって言ってたけど、なんかしたくて…」
「気持ちだけで十分だ。ものがすべてじゃない」
「そうだけどー…」
二人で並んでベッドに座って、うずくまる。
「あなたが生まれた日に感謝して、お礼ができる日だから…」
せっかくだから、なにかしたい。
抱えた膝にあごを乗せて、こぼしていく。
「生まれてくれて、あの日に出逢って。わたしを引き留めてくれたから」
こうして今、あなたと共に生きている。
”リアス”という人が生まれたからこそ、
「わたしがいるから…」
だから、お礼がしたいなって、いつも思ってるよ。
そう、言いながら隣を見たら。
「……」
ほんの少しだけ、ほっぺが紅いリアス様。
え、どうしたの。
「…なんか赤くなる要素あった…?」
「お前そういう無自覚なところ質が悪いぞ……」
「えぇ…?」
思ってること言っただけなのに。
「結構な大胆告白の自覚はないのか……」
「リアス様がいたから生きてるって言っただけ…」
「捉えようによっちゃ告白より恥ずかしいからな……」
そんなことなくない? 首を傾げてみるけど、リアス様にとってはやっぱり結構クる告白だったようで。
男の人よくわかんないなって思いつつも。
あなたに”愛してる”が伝わるなら、それでもいいかと、手を伸ばした。
膝立ちになって、少しだけ、紅い目を見下ろす。
優しく、いとおしく、まだ少しだけ紅いほっぺを包んだ。
「リアス」
「……なんだ」
わたしの言える言葉を、あなたに。
「…生まれてきてくれて、ありがとう」
ずっと、愛してくれてありがとう。わたしもあれからずっと、あなたのこと愛してる。それはまだ、言えないけれど。
ほっぺを包んでいた手を首に回して、抱きしめた。
「ずっとずっと、あなたの傍にいるよ…」
あなたが苦手な約束を、プレゼントとして送るよ。
傍にいることを、許してくれる限り。
わたしはずっと、あなたにこの身を、時間を、すべてを捧げよう。
そう、伝えるように、すり寄った。
「……あぁ」
ゆっくり、背中に手が回る。
「俺にとっては、それが一番の贈り物だ」
強く、抱きしめられて。ほんの少しだけ、苦しいけれど。
それも、嬉しくて。
体重をちょっとだけ掛けて。
ゆっくり、二人ベッドに倒れ込んだ。
『あの日から、わたしのすべてはあなたのもの』/クリスティア