みおりたちとプールで遊んだ週の、金曜日。
自習期間は、自分の勉強になるならなにしてても、どこの教室にいてもいいって言われたから。
「これー…」
「ん」
「私はこれで」
「龍これも」
「お前達は自分でやれ」
今日は、四人でエシュトの図書館に来た。
演習場みたいに豪華で、二階まであるおっきな図書館。
子供向けの本から難しい本までいっぱいあるんだって。
本はいつの時代も勉強になるよねってことで、自習期間中はここで時間をつぶすことに決定して、今は二階にある小説コーナーで本を選び中。見回すだけでも、読んだことない本がいっぱいですごい迷う。
「あとは」
「んー…」
歩きながらリアス様に聞かれて、上も見てみる。
そしたらすかさずぼそっと声が。
「上は見えないだろう」
「見えるもん」
隣のリアス様をベシッて叩いて、じっと上にある本を見る。
じゃっかん恋人様がもだえてるように見えるけど気にしない。
そんなことより、本。
「…」
じーっと目を、こらしてみる。
大丈夫、見えてるよ。ちょっとほら、一番上の方になるとね、ちょっとだけね、見えづらいなってだけで。
決して身長が低いから見えないんじゃなくて、視力の問題。
なんでこんな本棚高くしたのって思うのも、視力で見えないから。絶対そう。
「龍に抱き上げてもらえばいいじゃん」
「子供みたいじゃん…」
「実際子供だろう?」
「見た目だけ。心はちゃんと大人…」
「大人はミルクココアに追い砂糖なんて入れない」
「甘党な大人もいるもん」
「はいはい喧嘩もいいですが本を決めましょう刹那。読む時間がなくなりますわ」
ヒートアップしそうなところで、カリナに言われて。ほっぺを膨らましながら、意識を上に向ける。
じっと見つめること、数秒。
文字がはっきり見えるとこの棚に、気になるもの発見。
「ありました?」
「”ごんざぶろうの巡るりんね…”」
「大人とか言う割に選んだのは子供向けの本じゃないか」
内容大人向けっぽいじゃん。難しそうじゃん。
児童書って書いてるから反論しないけどっ。
「いいから取って…」
「可愛い奴め」
「うるさい…」
楽しそうなリアス様の腕を今度は軽めにぺしって叩いて、席を探しに歩き出したカリナのあとを追う。
後ろから「龍痛そうだけど大丈夫?」って聞こえるけど知らない。軽く叩いたもん。
「せっかくなら窓際にでも行きましょうか」
「ん…」
むっとしたままうなずいて、階段を通り過ぎて窓際に向かう。
と。
「…あ」
「あら」
二階の窓際、端の方。
そこに、もう見慣れたオレンジメッシュの髪の後ろ姿と、向かいに座ってる深い蒼の瞳の人がいた。
「あんな人目に付かない場所でどんなお勉強を」
カリナ今はそれ心にしまって。あとで聞くから。
「陽真先輩たちじゃん」
レグナいきなり後ろから声かけないであげて。カリナが聞かれたかと思って一瞬顔「ひぇっ」ってなったよ。
カリナの背中をさすってあげながら、本を持ってやってきたリアス様たちを見上げる。リアス様ははるまたちを見つけると、すぐにこっちを見た。
「反対側に行くか」
「一緒に読まないの…?」
「向こうも勉強中だろう。なんだかんだ気遣い屋な一面もあるし、いたら集中できないんじゃないか」
そっか、って納得して。歩き出そうとしたリアス様から、なんとなく向こうの二人に目を向けたとき。
「…!」
ふって、ぶれんが目を上げた。
合ったときに「あっ」て顔したから、たぶんたまたま。
「残念ながら龍、気づかれましたよ」
「手を振るだけに一票」
「いや武煉先輩たちならこっちに来るもしくは呼ぶに一票」
なんてリアス様とレグナの賭けを聞きながら、次の行動を四人で見つめると。
ぶれんは笑って、目の前にいたはるまを持ってたペンでつつく。
わぁ恋人みたいって口から出かけたのを飲み込んだら、顔を上げたはるまはぶれんのペンが指す方向、こっちを振り返った。
「おー」
気づいたはるまも、ぶれんみたいに笑って、手を振る。
あ、リアス様が勝ちかな。
って思った直後。
「ちょーどよかったわ。コッチ来いよ」
まさかの賭けは両方でした。
「残念ですわ、蓮が勝ったらそれに乗じて龍になにかおごってもらおうと思いましたのに」
「残念…龍にアイス買ってもらおうと思ったのに…」
「何故俺だけ罰ゲームの対象なんだろうな」
こつってわたしの頭だけ叩いて、リアス様からはるまたちの元に歩いてく。え、なんで叩くのわたしだけ。理不尽。
お返しにって手を振り上げたけれど。
「後ろから叩いたら帰りのアイスはなしだからな」
言われた言葉にそっと手をおろす。後ろに目でも着いてるのこの人。
代わりにほっぺを膨らませたところで、はるまたちのテーブルに着いた。
「よく逢いますね後輩さんたち」
「本当にな」
上級生二人がイスを引いてくれたから、ぶれんの隣にはレグナとカリナ、わたしがはるまの隣に座って、その隣にリアス様が座る。
「で? ちょうどよかったとは?」
「ソーソー、夏休みの件で」
「夏休み…?」
遊ぶの? 左に座ってるはるまを見上げて聞くと、いつも笑ってくれるその人は、珍しくきょとんって顔をした。
「聞いてねぇの?」
「何を」
「おや、こちらの双子さんに伝言を頼んだはずなんですが、アミューズメントパークのこと」
ぶれんが言った瞬間、目の前の双子がそろってハッてなった気がした。
「……聞いていないが?」
わぁリアス様、氷魔術ですかってくらい空気冷たい。
けれどさすがカリナ、動じずに口を開く。
「えぇ、先に言うと詳細を聞くこともしてくれなさそうなので」
「話くらいは聞く」
「…遠足なんてどうせプリント読みもしなかったくせに…」
今ギクッてなったの見えたから。
とりあえず、話聞くって言質は取ったので。はるまとぶれんの方に向く。大丈夫?って顔してる二人に構わず。
「龍、お話聞いてくれるって…」
「刹那」
「ゆった、聞くって」
「そうだな、確かに言った。ただ正確には聞かざるを得ないんだ」
「聞かざるをえなくても、」
リアス様に振り返って。
「華凜と蓮とか、はるまたちのは聞く…」
刹那のは聞かないくせに。
小さい声で言った言葉に、リアス様が段々引き笑いになってるけど気にしない。だってほんとのことだもん。
考えてたらむかむかしてきて、またはるまたちの方に向き直った。
後ろからごきげん取るみたいにお腹に回ってきた手をぺしんと叩く。構わずに引き寄せられて、仕方なくリアス様にもたれかかった。
「……話進めてもダイジョーブ?」
「どうぞ」
ふくらませたわたしのほっぺの空気を抜きながらリアス様が了承して。
「んじゃ、イチャついてるとこワリィケド、コレ」
「?」
はるまが、ぱさって数枚の紙を差し出してきた。
「双子さんたちの分もありますよ」
「あら」
「これ……あのアミューズメントパークの写真じゃん」
レグナの声に、リアス様にも見えるように紙を広げると、薄い水色の建物が映ってた。
「共、友…(きょう、とも)?」
「共友(きょうゆう)アミューズメント、な。エシュトみてぇな仲良くなりましょって理念のアミューズメントパーク。そういうのが結構できてんのくらいは知ってんだろ」
「まぁ、少しくらいはな」
「今回の体育祭での商品はそこの招待券だったようなんですが、無駄になりそうだと華凜が嘆いていてね」
ねぇカリナの方から「嘆いてませんが」って圧感じる。おさえて。
「普段どうせ過保護な龍クンは行くことねぇだろうし?」
「あんたら本当によくわかってるな」
だからリアス様はもうちょっと申し訳なさそうにして。
「ま、気持ちもわかっケドせっかくあるなら行ってみようぜっつー話。そんで、ちょっと調べてたってワケ」
「つい先ほど終わったんですよ」
「そこで俺たちが来たからちょうどよかった?」
「そーゆーコト」
なんだ、二人で秘密のお勉強じゃなかったんだって残念に思ったのはわたしだけじゃないよね。
「ま、さっき刹那ちゃんが言ってたのを聞くと、ただ渡すだけじゃ読まねぇワケだ龍クンは」
「……」
「情報収集力の勉強みたいな感覚で聞いていかないかい?」
にっこり言ってるけど、二人とも雰囲気は逃がさないって感じがする。
ぽろっと言ったのがこんなんになっちゃって大丈夫かなって、そっと上を向いた。
「……」
まっすぐ向いてるかなって思った目は、わたしを見てた。首を傾げると、ちょっとだけじっと見られて。
ためいきを吐いてから、前を見た。
「どうせ逃げられないだろうしな」
「あら、今日は素直ですわね」
「お前の努力の賜物じゃないか」
「まぁ、嬉しい限りですわ」
「ってことは行くことも決定だね龍」
レグナの言葉に、もっかいためいきを吐いて。
それで、とうながすリアス様に。わたしの頭の中は、どうしたんだろうって疑問でいっぱいだった。
♦
そのあと。
カリナたちの方を向くようにリアス様の膝に座り直して、恋人様の様子も見ながら話を聞いてってわたしがわかったこと。
そのアミューズメントパークはおっきくて、人がいっぱいで。
今回配られたのは、一日遊び放題券で、たくさん遊べて。
そして、
「……よくもまぁここまで用意周到にしたものだな……」
「勉強になんだろ?」
「えぇ本当に……」
「これほんとに正規のルート??」
「当然ですよ」
はるまたちが作った資料が、拒否権なんて与えないくらい詳細だってこと。
行くことに対するいつもの引いた顔じゃなくて。幼なじみたちは、はるまたちが出してきた紙の情報量に本気で引いた顔をしていました。
紙に目を落とすと、詳しいことはちょっとよくわかんないけど、間取りっぽいのとかがあるのはわかる。
さっき見たページには置いてある道具とか書いてあって一個一個二人が説明してくれた。
「こーゆーのは蜜乃ちゃんが教えてくれんぜ」
「江馬が裏ルート使っているんじゃないのか……」
「ちょっと我が担任ながらいろいろと不審な点が多いですわね……」
「彼女は元から情報に関する業務担当だからね。自ずと知ることも多いんですよ」
それにしても知りすぎではって雰囲気が。
そんな幼なじみたちには構わずに、はるまが話を戻す。
「で、一通り遊具と間取りの説明が終わって、危険な物が置いてないってコトはオッケーだろ?」
「ボールプールに的あて、ビリヤードとか本コーナー……確かに危険な物はない、よね?」
「……そうだな」
レグナの問いかけに、リアス様を見るとから笑いでうなずいた。
「まぁ危険な物がなくても、問題は次ですよね。君は人混みが苦手だろう?」
「……あぁ」
「なんとあの招待チケット、ワンフロア貸切予約も受け付けてくれるようだよ」
すごい、リアス様の顔が「うれしくねー」って物語ってる。
「五階建てのコノ共友パーク、四、五の階は基本的には貸切の予約専用なんだよ。人がごった返してるとか、その日予約がねーだとかのトキは解放するらしいんだが、事前予約優先」
「……それで?」
引き気味に、リアス様が聞くと。はるまはにっこり笑った。
「今からだと八月になっケド、予約すりゃあ、貸し切りで一切人も入らず、一日自由に楽しめるってこった」
「……貸し切りで」
なんかこの流れ見たことある。
大丈夫かなって、リアス様をじっと見た。
紅い目は、紙に落ちたまま。でも、
「龍…」
「……」
探ってみても、今回はそんなに悩んでる風に見えなかった。
もしかして──。
「前回、行くならなんでもしてあげるってゆったから、味しめた…?」
「せっかく人がすんなり許可しようと思ったのにそれか」
あっしまった今言うべきじゃなかった。
「ちがう、うそ」
「俺に嘘を吐くんだな」
「心の声がぽろっとでた」
「人はそれを本心と言うんだ」
ちくしょう。たしかに本心だけど。
ちょっとみんな肩ふるえてるのわかってるからね。とがめたいけどまずはこっち。
「前言撤回、龍…」
「……」
「なんでもするから…」
「……お前そういうことを簡単に言うなよまじで」
「…?」
首を傾げてみるけれど、リアス様から答えは聞けない。
代わりに、その口から出たのはため息と。
「……一応言うが、お前のそれに味をしめたわけじゃないからな」
「…!」
約束が苦手なあなたの、せいいっぱい。
「ほんと? 行く?」
「アルバムも埋まっていない」
明確な言葉はないけれど、否定じゃないのはたしかで。
「♪」
うれしくて、リアス様にぎゅっと抱きついた。
ひゅうって口笛を吹いたのは、いつものレグナの感じじゃないからきっとはるま。
「よかったですわね刹那」
「夏は思い出いっぱいだね」
「うん…!」
背中をゆるく叩かれながら、リアス様の首にすり寄る。
ありがとう、大好きだよ。そんな思いを込めて、うりうり頭をこすりつけた。
「んじゃ決まりっつーコトで、連絡用にメサージュ交換してぇんだけど?」
「私たち全員です?」
「一応ね。緊急でというときに一括で連絡できた方が楽でしょう」
はるま側に顔を向けると、スマホを取り出してる。
わたしには関係ないので、またリアス様の首側に顔を戻した。
「刹那ちゃーん、ケータイ」
「こいつのはいい」
とくとくって心音と、すごく近くで聞こえるリアス様の声が心地いい。
「おや、連絡は龍がしてくれるのかい」
「いやー、連絡するしない以前に」
「この男は過保護で私たちにも刹那の連絡先教えてくれないんですよ」
「嘘だろどんだけだよ」
大好きな人の声とは逆に、少しだけ遠いみんなの声も、聞きながら。
わたしは一人だけ、目を閉じる。
「…♪」
それに気づいたらしいリアス様が、髪をなでてくれる。
全部が心地よくて、まぶたの裏に思い浮かべるのは、まだちょっとだけ先のこと。
「たのしみ…」
夏休み。
たくさんたくさん、楽しい思い出を作ろうと決めて。
「……そうか」
わたしにだけ聞こえたその声に、うなずいた。
『ひとつでも多く、あなたたちとの思い出を』/クリスティア
七月も半ばに差し掛かり、笑守人学園に来て初めてのテストがやって来た。
会場まで車の移動もできてなおかつパーティー服のレパートリーも多くあるということで、当日は朝からカリナの家に世話になることが決まり。
会場への集合は十一時だが着替えもするからとテストとなった本日、九時頃に家を出てカリナの家へクリスティアと共にテレポートをした。
だだっぴろい庭をクリスティアと二人で歩いていると、何かがやってくる気配を背後から察知。
振り向いて見えたのは一台の黒い愛原家の車。
今日のチームメンバーである道化や閃吏も俺達と同じ理由でカリナの家に世話になることになっていたので、彼らを連れて来たのだろうと立ち止まる。
それを見た運転手が俺達の目の前で車を止め。
後部座席から出てきたのは。
「えっと、おはよう」
予想通りの閃吏と。
「おはよう二人とも!!」
「待てお前は荷物検査だ道化」
手ぶらと言われたのに予想以上の大荷物を持った道化だった。
ひとまず、準備もあるからとメイドに案内されてカリナの部屋へと向かった。
ドアを開けて部屋にいたのは家主の義娘であるカリナと、服の調整などをしていたであろうレグナ。
おはようと交わした直後、後に続く道化の荷物に目を見開き。
現在準備の前に道化の荷物検査が始まっている。
「カメラにフィルム……お前は何しに行くんだ……」
「テストよ」
「カメラの??」
見ろレグナの顔、本当に意味がわからないという顔しているぞ。
そんなレグナは意に介さず、道化はきらきらとした顔でカメラを手に取る。
「カメラの準備忘れずにって言ったのは華凜ちゃんよ」
「そうですね、言いましたわ」
カリナが道化の隣へとやってきて、同じようにカメラを手に取り。
「でもだめですよ道化さん。パーティーで下手に大型のカメラは」
優しい笑顔を、道化へと向ける。
「ばれないようにするなら服につけられる小型のカメラにしないと」
「盗撮する気満々じゃないか」
お前更衣室のクリスティア盗撮も絶対それでやっただろう。
その意を含めて睨むも、カリナはにっこりと笑うだけ。
「さて冗談はさておきですね」
「ねぇ華凜ほんとに冗談?」
「サイズの最終調整も含め、各々着替えに入りましょうか」
スルーした時点で冗談ではないと確信し、溜息を一つ零す。
「道化さん、時間が余ったら盛大に撮影会をしましょう」
「わかったわ!」
「おい許可はしていない」
「あら、せっかくのかわいらしい刹那、写真に収めなくても良いんです?」
「……」
今なら画質最高ですよと言われてしまったら。
「……浮かれすぎて遅れるなよ」
承諾するしかないわけで。
「え、炎上君は意外と押しに弱いね……」
「かわいい恋人を使われちゃあね」
「勝手に話進めてるけどまず本人の許可とって…」
「お前は俺が聞けば承諾するだろう」
そうだけど、とむくれるクリスティアの頭を撫でて、本来の目的へ。
「で? 服は」
「あなた方二人のはこちらに」
そう言って渡されたのは、畳まれた白の、恐らくワンピースと。
「……」
俺のであろう、黒のワイシャツと、白いスーツ。
「俺の色は本当にこれでいいのか」
「えぇ、真っ黒だとあなたやくざのようになるので。白でもたいして変わりませんが」
「覚えてろよお前」
「残念ですが次逢ったときには忘れております。はい鍵」
目の前の女に思い切り舌打ちをして、同時に渡された鍵をひったくるように受け取り。
「刹那」
「はぁい」
クリスティアに声を掛け、部屋を出るためドアへと向かう。
至極当然に、ドアノブへと手を掛けたとき。
「えっと、二人は一緒に着替えるの?」
閃吏に問われたので振り返った。
視界に入ったのは、いつも通りの双子ときょとんとした道化、閃吏。
問いに、否定をすることもないので。
「そうだな、昔からそうしている」
「え、わ、わー、そっか」
頷くと、閃吏の頬がほんの少し赤らんだ気がした。
あぁ、当たり前のようにしていたが一般的にはこの反応が正常か。
「ちょっとけしからないわ!!」
ただお前の反応は予想外だ。
一瞬止まっていた道化は、ものすごく焦ったようにこちらへとやってくる。
「何だけしからないって……」
「一緒に着替えるなんてけしからないわよ!」
「俺達はそれが当たり前で育ってきたんだが」
とは言ってみるも、道化は止まらない。
「幼い頃はそれでよかったかもしれないわ! けれど高校生よ!?」
「そうだな」
「男女が同じ部屋で服を脱ぐのよ!?」
「着替えるしな」
「みだらじゃない!!」
「お前の頭の中が淫らなんじゃないのか」
おい親友とその妹、腹抱えて笑ってんじゃねぇよ助けろ。
けれど使い物にはならなさそうなので、諦めて道化を呆れたように見る。
「ただ着替えるだけだろう……」
「男女が同じ部屋なんてこのご時世けしからないわ! 責任もってあたしと華凜ちゃんが着替えさせてあげる!」
「今のお前の方がけしからない気がするからお断り願おうか」
というか目的は着替えさせることじゃないか。
溜息を吐いたところで、やっと周囲からの助けが入った。
「ふ、ふふっ、ほら道化さん、お気持ちはわかりますが時間も限られてますわ」
「うぅ、でも……!」
「そうだよ美織ちゃん、それに氷河さんたちがいいなら俺たちが口出しちゃだめだよ」
「そうだけど……」
別れを惜しむように、道化は俺の腕にしっかり抱きつくクリスティアを見る。
最後の足掻きなんだろう、彼女はクリスティアへと手を伸ばした。
「ね、ねぇ刹那ちゃん? せっかくなら女の子同士で着替えない?」
「…?」
「みんなで仲良く着替えましょ?」
「…」
クリスティアは蒼い瞳で探るように、じっと道化を見る。
恐らく道化にとっては永遠に感じられるような時間だろう。
俺達からするとたったの数秒。
道化の目を見たクリスティアは、決めたらしい。
「ね?」
優しげに微笑んでいる彼女に、
「…やっ」
水色の少女はぷいっと思い切り首を背け。
振られることとなった目の前の女は、膝から崩れ落ちた。
「ほら」
「ん…」
カリナの自室の隣。
もらった鍵で部屋へと入り、俺とクリスティアは用意されたパーティー服に着替えていた。
いつも通りクリスティアの服を脱がし、白くふんわりとした、レグナにしてはおとなしめのチョイスであるワンピースを着せていく。
肩が開き、二の腕あたりから長袖になっている袖口から手を出させ、少ししまっているウエストの位置を調整。
その合間に見える呪術に、クリスティアが先ほどの誘いを断って正解だろうなと苦笑いを零した。
「……これを見たら見たで大騒ぎだろうな」
「みおり?」
「あぁ」
自らを刻むように、そして彼女が受けた痛みを上書きするようにつけてある呪術。
両手足のクロス模様だけならヒトによっては種族特有のものかと思うだろうが、胸中や首裏には思い切り呪術らしく模様を刻んでいる。
あの性格なら一騒ぎはしそうだ。
まぁこのまま交流が続くのであれば、遅かれ早かれ騒がれはするんだろうけども。
恐らくするであろうリアクションを想像し、笑ってしまいそうになるのを堪えて。
「髪はあとでな」
「ん」
服の位置を最終調整し、愛おしげに恋人にすり寄ってから、立ち上がる。
着慣れた襟着きのタンクトップを脱ぎ、置いてある黒のワイシャツを手に取って。
上裸でワイシャツに腕を通そうとすると、腹部の左側にひやりとした感覚が走った。
見なくても、クリスティアが俺の”それ”を触っているとわかる。
「冷たい」
「んー」
「着替えさせろ」
「うん」
うんと言いつつも手を離さない彼女に、苦笑い混じりの息を吐いた。
愛しい恋人に視線を向けると、ベッドに座りながら愛おしげに”そこ”を見つめている。
「…♪」
彼女の視線の先には、
恋人の首裏や胸中に刻んだ呪術と同じ色の、模様。
呪術代償──。
呪術を刻むと自動的に術者に刻まれる、これも一種の呪いである。
愛の神であるセイレンが呪術をいたずら半分で使わぬようにと定めたもの。
相手に掛けた呪いの十分の一の効力が常に術者に返ってくるという、呪詛返しと言えばいいだろうか。
俺がクリスティアに掛けた呪いは、規定を破った場合、もしくは俺の任意のタイミングで彼女に痛みが走るというもの。
よって、呪詛返しは痛み。
クリスティアには四カ所呪術を刻んでいるから、その分痛みも強くなる。
が。
「いたい?」
「いや?」
この何千年、常に彼女に掛け続けているせいか。
いつからか、その痛みは感じなくなっていた。
感じるのは、彼女が辿ったときの指の冷たさだけ。
心地良いその温度に、いつもならクリスティアが満足するまで身を任せるけれど。
「刹那」
「んー」
今日は時間も限られているということで、手を掴み制止させた。
「着替えられない」
途中で止められたことに不満げに頬を膨らませる恋人に微笑んで、着替えを続行する。
視覚化された自分と俺の繋がりが隠れたことで少々残念そうだが、気にせずワイシャツのボタンを留めていき、襟元を正した。
下を履き替えてから、彼女の座るベッドに腰掛けて。
服と一緒に渡された赤いネクタイを手に取る。
いつもなら首を絞められるからと進んでやらせないが、未だ残念そうな恋人を見かねて、手に取ったネクタイを彼女の目の前に持って行った。
瞬間に、ぱぁっと目が輝く。
「首は絞めるなよ」
「うんっ」
ネクタイをクリスティアに託してから彼女を抱き上げ、対面になるように膝に乗せて。
腰を支え、うきうきとした彼女に微笑みながら体を委ねる。
「上から?」
「下から」
言われたとおりできた輪に下からブレード部分を通し、そのままノットに入れていく。
「ぎゅう?」
「違う軽く引っ張るだけでいい」
「ぐいーっ?」
「この場合なんて言えばお前に伝わるんだ……」
どっちをやっても首が確実に締まるだろうが。
彼女の手に自分の手を添えて。
「一緒にやってやるから感覚掴め」
「んー」
そう、言ったところで。
「やっぱりけしからないことしてるじゃない!!!」
「どこがだ……」
バンッだけでは済まないくらい大きな音を立てて扉が開き、焦った声でここ最近見慣れた女が入ってきた。
服装は薄い紫のワンピースとパーティー仕様に変わってはいるがそのテンションはいつも通りである。
「外で聞いていたらイケナイ会話だったわ」
「お前の脳内変換はどうなっているんだろうな」
「だって──」
「とりあえず後で聞いてやるからそれ以上刹那に教育の悪い言葉は言わないでくれ」
なんて言うと見事に黙る道化。これは今後も使えるかもしれない。
「あら、終わりました?」
「えっと、お邪魔します」
「服大丈夫?」
ひとまずネクタイを緩く締めつつ、次々遠慮もなしに入ってくる奴らに溜息を吐き。
「服は大丈夫だ。あとは髪の毛と化粧」
「コテやポーチなら持ってきましたわ」
そういうところは流石なのにと口には出さず、礼だけ言っておく。
「お化粧しましょうね刹那」
「はぁい」
「たぶんさっきコテ使ったからもう使えるよ」
「そうか」
レグナがベッドサイドのコンセントに繋いでくれたコテを受け取り、自分で俺に背を向けるよう座り直したクリスティアの髪を掬う。
今日はせっかくだし巻くか。
「い、至れり尽くせりだね氷河さん……」
「いつもこう…自分でできるのに…」
「刹那今は喋っちゃだめですよ」
「んー…」
声だけで不満そうなのがわかる恋人に笑いをこぼしながら、きれいな水色の髪を巻いていく。
「龍、カーネーションとバラ」
「カーネーション」
その間に髪飾りの準備をしてくれているレグナにはそれだけ答え、残りの毛束も巻いていった。
「はい、こちらは完成ですわ」
「ありがとー…」
「んじゃ刹那、あとこれね」
カリナと入れ替わるようにレグナがクリスティアの前に立つ。
彼女の左耳辺りに俺が答えた紅いカーネーションの髪飾りをつけるのと、髪を巻き終えたのは同時だった。
予想できる次の行動に、すかさずアイロンを引っ込めれば。
ぱっと、やはり彼女はこちらを向いた。
背に回したアイロンはさりげなく抜かれていく。恐らくカリナだろう。
「かわい?」
「あぁ」
好きな色の髪飾りもつけて上機嫌な彼女の頭を撫でながら微笑むと、その口角は嬉しそうに上がり。
いつものように首に手を回して抱きついてくる。
「おい今日は服が皺になる」
「んー」
頷きつつも離れようとしないクリスティアの背を窘めるよう緩く叩くが、やはり離れようとはしなかった。
「えっと、上機嫌だね氷河さん」
「天使がいるわ……」
「おい道化写真撮っているのばれているからな」
「安心して、隠す気もないわ」
「さいで……」
堂々とした道化に苦笑いをこぼしたところで、
「龍、あなた髪の毛どうするんです?」
後ろから髪をいじられながら聞かれた問いに、目線は変えず首を緩く横に振る。
「別に何もしなくても良いだろう、あくまで護衛だ。しっかりしなくてもいいんじゃないか」
「しっかりするしないではなく、せっかく顔も服装も良いんですからそのだらしなく伸びた髪をどうにかしなさいと言ってるんですよ」
「お前突然辛辣だな」
クリスティアの化粧をしていたときのでれでれした雰囲気はどこにやった。
「別にだらしなくはないだろう……」
「服装に合ってないと言っているんです」
「最初からそう言え」
「ほらこっち向きなさいな」
「聞け」
「刹那おいでー、服見せて」
「はぁい」
俺の言葉なんて聞かず、レグナに呼ばれたクリスティアが去ったのと入れ替わるようにカリナが俺の前に立つ。その手にはどっからか持ってきたワックス。
「おいワックス使う気か」
「じゃないと落ちてくるでしょう?」
「洗うのが面倒だ。やめろ。髪もいじらなくて良い」
「私のプライド的にそのだらしない髪をどうにかしたいんですよ」
「だったらまずはこの無駄に成長した胸をどうにかしろ」
「ちょっと無駄にとか言わないでもらえます? 標準です」
「サイズはどうでもいいがお前が屈むと目と顔のやり場に困るんだ気付け」
近づかれるとぶつかるわ。
「……案外炎上君て男の子らしい会話するんだね?」
「そりゃ男だもん」
「そういう話しなさそうだったわ」
「結構あいつからふっかけてくるよ」
「意外ね」
「おい蓮余計なことを言うな!」
「ちょっと動かないでください龍、ピン留め刺さりますよ」
「だから髪の毛はいいと──」
レグナを咎めるために一度ずらした視線を今度はピン留めかと元に戻せば。
目先にピン。
こいつは俺を殺す気か。
「危ねぇよ!!」
勢いよくのけぞり、刺さることだけはなんとか回避。
若干腰に痛みがある気がするが今はそんなことなど気にしていられない。いつもは見下ろす女を怒りも隠さず睨みあげた。
「お前は目に刺す気か!」
「あなたが動くからでしょうに」
「あのまま止まっていた方が安全だったと思うのは俺だけか!?」
振り向いた方が危険だと誰が思うか。
しかしカリナは何食わぬ顔で前を向けと言う。この女本当に覚えてろよ。
「お嬢様方」
盛大に舌打ちをした直後、ノックの音と共に声が聞こえた。目を向けた先には開いている扉からメイドが顔を出している。
「そろそろお時間でございます」
「あら、わかりましたわ。向かいます」
「かしこまりました」
一礼して去って行ったメイドを見届けて、時計を見ると十時半。この女から逃れられるチャンスと立ち上がろうとしたが、
「では龍の髪を整え次第行きましょうか」
肩を押され、再びベッドへと腰を下ろさせられた。
「諦めてくれないか」
「刹那がどうしてもかっこいい龍を見たいそうですよ」
「みたーい…」
「おいめちゃくちゃ棒読みなんだが」
言わされている感が半端ねぇよ。
「ほら、あなたのせいで遅れるかもしれないんですよ」
「刹那ちゃんの撮影もできなかったわよ」
「道化は置いておいて、遅れるのはお前が引き下がらないせいではないんだな?」
「撮影は帰ってからするとして、きちんとした場できちんとさせようとしている私に今回は非はないはずです」
地味に正論だからものすごくムカつく。というか何さりげなく夕方撮影会しようとしてるんだこの女。
けれどどうせ何を言っても言いくるめられるんだろうとわかっているので、大人しく後ろに手を着いた。
「……とりあえずワックスはやめてくれ」
「ではヘアピンで行きましょうね。動かないでくださいよ、刺しますから」
「ピン留めは普通刺さらないんだがな?」
どんな勢いでやる気だこの女は。
「閃吏たち、夕方また帰ってくるから不要なもの置いてっていいよ」
「あら、じゃあお言葉に甘えようかしら」
「えっと、貴重品だけ持てば大丈夫かな?」
「うん、あとは置いてっちゃいな」
俺とカリナ以外の四人が準備を始めたのを見ながら、カリナにされるがままに髪をいじらせる。おい引っ張るな痛い。こいつ俺だからって絶対容赦していないだろう。
「龍ー、刹那スマホ持たせる?」
「緊急用に一応持たせておけ」
「はいよ。龍のは俺が持ってるから」
「あぁ」
「華凜はバッグの方にね」
「ありがとうございます」
レグナに返しつつ、
「……っ」
痛みに耐えながらじっとしていること数分。
「ほら、終わりましたよ」
「……ああ」
ようやっと、カリナの手が離れていった。
無意識に張りつめていた肩の力を抜く。久しぶりに髪の毛をいじるからものすごく違和感があるが、半日だけの辛抱だと言い聞かせて立ち上がった。
服を今一度正し、
「では行きましょうか」
「うん。今日のテスト、頑張ろうね」
「よろしくお願いするわ、最強四人組さん」
微笑んでそう言う二人に、こちらこそと返して。
六人で、愛原邸を後にした。
『むしろ準備の方が大変だった気がする。』/リアス