「炎上君たちの班はどうしましょうかね~」
さぁやって参りましたわ護衛テスト。エシュト学園から少し離れたところの会場に車で移動し、十一時少し前に到着。”エシュト学園生徒用”と看板が出ていた部屋に行くと、担当の江馬先生が迎えてくれました。
以前提出したメンバー構成を見てポジションを配置して、当日告知、だそうなのですが。
「……俺達のところはまだ決まっていないと?」
「ちょっと悩んでしまいまして~」
のほほんと笑う江馬先生に、彼女の生徒である私と閃吏くんは苦笑い、リアスはため息。
「悩んでいると言われましても……もう始まりますのよ?」
「そうなんですよね~」
いやそうなんですよねじゃないでしょうよ。
「ねぇ、江馬先生はどこで悩んでいるのかしら?」
「二階のどの位置に配置するか、なんですね~」
「二階は決定なんだな?」
「そうです~」
今まで会場の紙に目を落としていた江馬先生が、リアスの問いにこちらを向いていつもの穏やかな顔で笑う。けれど、その目は本当に教師のように真剣な目。いや教師なんですけども。
「一年生で組まれたチームの中で、一番戦力があるのは炎上君が率いるこのチームになります~。先生としては~、全体を見回せて、かつ有事の際にさっと動ける場所に配置したいんですね~」
案外この方はしっかり考えている方なんだと今初めて知りましたわ。
「炎上君達は場慣れしている感じがあるので~、こういう場所なら動きやすい、などがあれば嬉しいんですけど~、いかがです?」
問われて。私も、レグナもクリスティアもリアスを見た。
「……何故俺を見る」
「あなたが一番良い案を出しそうなので」
「華凜に同じく」
「わたしこういうの苦手…」
口々に言えば、リアスは再度ため息を吐いて。
「……入り口はいくつかあるのか」
「いいえ~、防犯用も兼ねて一つだけになります~」
「ならその真正面に配置してくれ。何かあったときすぐわかる」
「なるほど~……わかりました! では炎上君たちはこの位置ですね~」
微笑んで了承していただき、江馬先生は持っていた紙に丸をつけて、リアスに渡す。
「開始までにこの場に着いてくださいね~。あとこれをお渡しします~」
「はいな」
そう言って私に渡されたのは無線一つと連絡用スマホ人数分。説明時に言っていたものですね。無線はとても小型で恐らくつけていても周りからはわからなさそう。一通り見てから、また江馬先生へと目を向ける。
「ないとは思いますが、不審な人物がいた場合は必ず一度私に連絡をいれること。緊急の場合にも、”突撃します”だけの一言は必ず入れるようにしてください~。また、対処する場合もなるべく隠密に。向こうが騒ぎを起こしたらそれまでですが~、今回の目的はパーティーを無事に終了させること。こちらから仕掛ける場合はなるべく影響が出ないようにお願いしますね~」
「わかった」
「では、健闘を祈ります~」
リアスの返事に、笑顔で見送る江馬先生に一礼して六人で控え室を去る。そのまま会場の方へと向かい始めました。
さて。
「無線はどなたが持ちます? 閃吏くんや道化さん、持ってみますか?」
「ええっ? 俺は無理だよ、的確な指示とかできないし」
「あたしもこういうのは初めてだから厳しいわ」
とりあえずと思って聞いてみましたが本人たちから願い下げでしたか。
「刹那は論外として……蓮は?」
「なんでわたしは論外…」
口下手すぎるからですよ、というのは言わず頭を撫でておいた。
「別に俺はいいけど。龍も論外だし?」
「そうだな。ただ今回はお前が良いんじゃないのか華凜」
あなたに聞くとそう返ってくるから聞かなかったのに。
「……別に構いませんが」
「不服そうだな」
「毎回こういうのを押しつけられるからですよ。戦力にならないのは重々承知していますが」
「お前は交渉や支援で十分戦力になっているだろう。今回は隠密ありだ。だったら蓮を自由に動かせる方が良い」
ご意見はごもっともですわ。
「あの、波風君は隠密得意なの?」
「んー、得意ってわけでもないけど……この四人じゃ一番適任なんじゃない? 武器的にもね」
愛用の千本を一本だけ出して、閃吏くんに笑う。私は刀、クリスティアは氷刃、リアスは暗器もいろいろ持っているけれど普段は使わない。一番慣れているのはレグナですもんね。毎度こういう伝達や交渉ばかりなのでたまには前線に出たいですが、これは任務。リアスの意見はごもっとも。仕方ないと息を吐いて。
「わかりましたわ、連絡係は私がやります」
「お願いするわね、華凜ちゃん!」
「お任せを」
にっこりと笑う道化さんに笑い返して、会場へと続く大きな扉の前に立つ。時計を見れば、時刻は十一時四十五分。
「持ち場に着けば丁度ですかね」
「だろうな」
「では皆さん連絡用のスマホを」
「さんきゅー」
「その、何かあったときに離れたらこれ使えばいい……ってことだよね?」
「そうなりますわ」
全員に連絡用のスマホを渡して、閃吏くんに頷き。
「準備はよろしくて?」
私の声かけに全員が返事をしたのを確認して。
では行きましょうかと、扉を開けて会場へと足を踏み入れた。
「うわぁ……すごいね」
「未知の世界だわ」
豪華な装飾、きれいに配膳された食事。そしてあちらこちらにはお金持ちですよ感がハンパないお偉い方たち。それに少しだけ見慣れているとは言えど、想像以上の会場に、閃吏くんたちとまでは行かなくとも感嘆の息がこぼれました。
あれはシャンデリア、こっちは、なんて道化さんのうきうきした声を聞きながら、全体を見回す。演習場の四分の一くらいの大きさかしら。二階もある上に奥行きも広い。
これ相当なパーティーですわね。テストも兼ねてと聞いていたので小規模な軽いものかと思ったのですが違ったようです。
「これは結構責任重大ですわね」
「大丈夫だよ、何かあったら本職いるから」
その「何かあったら」って絶対私に何かあったらですよねお兄さま。そして本職ってここにいる警備の本職じゃなくて隠れて殺ってしまう方の本職ですよね。
「……大人しくしていてくださいよ」
「お前に何もなければもちろん」
神よどうか今日ばかりは兄のフラグを回収しないでくださいませ。
《これより、七月期懇親会パーティーを行います》
心の中で祈りながら状況把握のために会場を隅々まで見回して。二階へ続く階段を上り、先ほど入ってきた扉が目の前に来る場所へとたどり着くと、司会者らしい女性がそうアナウンスをかけました。
そろそろ始まると、心を切り替えて。
祝辞だなんだと話している間に、二階も見回しておきましょうか。
一階の半分くらいの広さですわね。置いているものや装飾は同じ。不審な動きをしている者もなし。
ざーっと見た感じ、現段階では大丈夫そうですかね。
「どうです?」
「平気なんじゃない?」
一応そういう方に優れたレグナにも確認。やはり問題なさそうですわ。
それでは、と。
「道化さんはなにか発見でもしました?」
隣で同じように会場を見回していた道化さんへ。
声を掛けると、ぱっと明るい顔で振り返りました。
そうして、一言。
「とてもおいしそうな食事ばかりだったわ!!」
なんでしょうね、もっと不審者の方に意識向けてほしいと思いつつ、ものすごくいい笑顔で言ってくださるからいっそすがすがしい。思わず咎めることはせずに笑ってしまいましたわ。
「良い発見ができてなによりです」
「お昼抜いてきて良かったわ!」
「普段食べられないものを食べれるのはいいですよね」
「えぇ!」
リアスはちょっと検閲が大変そうですけれども。
それは言わずに、楽しそうな道化さんに微笑んだ。
《それではみなさま、ごゆっくりとお楽しみくださいませ》
「はじまる…」
「はいな」
そんな和みかけた空気を正してくれたのは、司会者の開始の言葉と親友の声。気を引き締めて、食事や会話をし始めた周りを不自然にならぬよう警戒し始めました。
幼なじみ四人で柵に寄りかかっていると。
「あの、」
雰囲気になれないのか。
閃吏くんがそわそわした様子で小さく声を掛けてきました。
「どうしました?」
「えと、護衛って具体的にどうすればいいのかな」
困ったように笑う彼に、少し考えて。
「そうですねぇ……。基本は護衛対象を見ていること。ですが今回は誰か一人の護衛というわけではないので常に全体に気を配っていなければなりませんね」
一応分担のためのポジションですが。全てに気を配っておいて損はないでしょう。
「あとは……如何に馴染めるか、ですかね」
「見ているだけなら馴染む必要なんてあるのかしら?」
「江馬先生も言っていたでしょう? 如何に紛れて警護にあたるか。とても重要ですわ」
なんて言ってもまだあまり腑に落ちていない様子。そんなとき、リアスが口を開きました。
「例えば、この誰もが談笑しているパーティーの中。護衛だからと警戒心丸出しの奴がいたらどう思う」
「そりゃあ不審と思うわよ」
「そうだろう」
リアスに続いて、レグナも付け加える。
「それにさ、仮に不審な奴がいたらその警戒心は牽制にもなるけど、何かあるんじゃないかって他の人たちもびっくりしちゃうじゃん? 目的は”無事にパーティーを終わらせること”。護衛対象にも、他の人たちにも不安与えてたら”無事に”とは言えないでしょ」
「みんな、楽しく終わらせるのが、目的…」
「……案外難しいのね」
「まぁ簡単とは言えませんわね」
気張りますし。
「ただ今日は本職もいるし、入り口の警備も厳重らしいし」
「説明会で言われたとおり気楽な現場慣れという感覚で良いだろう」
「というわけで、肩の力を抜いて、楽しみましょう?」
そう言えば、閃吏くんも道化さんも安心したように笑う。それを見て、私も笑った。
さぁそれではお食事でも行ってみますかと足を踏み出そうとしたところで、
「──もし」
肩を叩かれる。
「はい?」
振り返れば、三十代くらいの男性。その顔はどこかで見たことあるような。えーと、確か義父の仕事相手の方でしたっけ? パーティーだとこういう方に逢うから面倒ですよねと思うけれど、閃吏くんたちにとっては良い機会でしょうか。いつもよりは大人びた感じで微笑む。
「あなたは愛原家のお嬢さんではございませんか?」
「そうですわ。父のお仕事先の方ですわよね」
「ああ、顔を覚えてくださったんですか」
「父がお世話になっておりますので当然ですわ」
正直はっきりとは全然覚えてないんですけども。
「ということはそちらの少年は……」
なんて私の思いはつゆ知らず、彼は私の隣にいた兄を見る。そうです、と笑って腕を引き寄せた。
「お兄様ですわ」
「やっぱり! 波風財閥のご子息でしたか!」
「妹がお世話になってます」
愛原家を傘下にしている波風家の養子であるレグナ。話を向けられた瞬間に、外向け用の笑顔を張り付ける。
「波風財閥の方にはいつもお世話になっておりまして……本日はお父様方は?」
「いえ、今日は所用がありまして……妹と代理で来たんです」
「そうでしたか。ではお父様によろしくお伝えください」
「わかりました、今後とも妹共々よろしくお願いします」
一礼した兄に合わせて、私も頭を下げて。
「こちらこそ! あぁそうだ、もしよければあちらでお話など……」
おそらく私たちの家と親しみを持っておきたい男性の言葉には、顔を上げ、兄妹そろって申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、今日は大事な友人たちもいますので……」
「申し訳ありませんが、ご遠慮いたしますわ」
クリスティアたちを見せるように、手を向ける。
その手を追って、彼らを確認した後。
「──ああ、そうでしたか。すみません」
食い下がるのも評価に関わると思ったのでしょう。頭を下げられ、「では」と男性は去っていきました。
「……」
「……」
それを兄妹共に笑顔で見送って、数秒。
「俺もう帰りたい」
「頑張りなさいな」
一気に真顔に戻った兄に労いの言葉をかけてあげた。
「めっちゃめんどくさいじゃんいると思ったようちの仕事先の人とか!」
「声を抑えなさいな」
「な、波風君と愛原さんってほんとにすごいところなんだね……」
「名字でもしかしたらとは思っていたけれど、おうちもそうだしやっぱりすごい家だったのね……」
「すごいのかはわかりませんが、ちょっと有名なところなんですよ」
そこの本当の子供ではないんですけれどね。それは胸に秘めて。
「まぁ、もし話しかけられたらあんな風に返せば大丈夫ですわ、当たり障りなく、笑顔で!」
「あたし自信がないわ!」
道化さんそんな笑顔で言われても自信満々にしか見えませんわ。
「俺もちょっと自信ないや……」
対する閃吏くんは目に不安を宿らせる。しまった逆効果だったかしら。見かねたレグナがフォローを入れる。
「なんかあったらちゃんとカバーするって」
「うぅ、お願いするね、波風くん、愛原さん……」
「お任せください」
言葉と共に軽く背を叩けば、なんとか閃吏くんも少し笑みをこぼしてくれました。
ひとまず安心ですわね。それでは改めて。
「ごはん…」
「えぇ。そろそろお昼といきましょうか」
「待ちわびたわ!」
「美織ちゃんもう少し声のボリューム下げて」
お腹が空いては戦もできぬ、ついでにこういった場所ではいかになじむかが大切なのでということで、食事やお菓子が置かれているテーブルの方へと歩き出す。
その途中で、いつもの調子に戻ってきたらしい閃吏くんが「そういえば」と思い出したように声を上げました。
歩きながら彼を見やれば、不思議そうにクリスティアとリアスを見る。
「笑顔でって言ってたけど、炎上君たちは平気なの?」
おっとそこ突っ込みますか。
「何が」
「ほら、えっと、あんまり言うのもあれだけど、学校だとそんなに笑わないから」
「一応そういう場所ではきちんとする」
それを知っている私たち双子は思い出し笑いをしそうになるけれど。なんとか堪えて歩みを進める。
「意外ねー。こういう場でもクールでいるのかと思ったわ」
「任務を無事に遂行するためだからな。礼儀は重んじる」
「あは、礼儀正しいんだね炎上君って」
「それなりにはな」
それなりどころかびっくりするくらい礼儀正しいですよね。作法なんて私より詳しいし。
けれど礼儀はいい。問題はその対応の仕方。
そのときが来たら笑わないように頑張ろうと心に誓って、料理が多めに置かれているテーブルへと向かいました。
♦
「ねぇ、あなた初めて見る子だけれど、パーティーに来るのは初めて?」
さぁパーティも中盤。
さりげなく他のお偉い方とも話しながら、食事を楽しみつつ護衛に当たっていると、何人かの女性が話しかけてきました。
その対象はもちろんリアス。
来ましたか、と一応腹筋に力を入れる。
いつもならめんどくさそうな顔をしますが、さすがに場所をわきまえているので、リアスは綺麗に微笑んだ。
「いえ、何度かは出席しています」
普段敬語なんて使わないリアスにやはり慣れないなと違和感を覚えつつも、不自然にならないようにとスイーツや飲み物に適度に触れる。
「えぇー、私達も結構出席しているけれど見たことないわ!」
「たまたま出ているものが違ったのでは?」
「あ、そうよね! こんなにかっこいい人、いたら絶対注目浴びるはずだもの!」
「それは光栄です」
絶対光栄じゃないでしょうよ。あ、ちょっとマカロン持つ手が震える。ちらっとレグナを見れば、平然な顔しているけれどワイングラスが震えてる。道化さんや閃吏くんもちょっと顔頑張ってる感すごいです。そりゃそうですよね、あのリアスが微笑んで敬語。これできるんだから普段からもやればいいのにと思いながら、隣の親友へと目を向けた。
「…」
こういった場でのこれには慣れてしまっているので、彼女はリアス検閲済みのマカロンをもきゅもきゅと食しています。おいしいですねクリスティア。でももう少し関心持ってあげて。さすがの私も同情しつつ、またリアスへと目を戻す。
「ねぇ、あなたどこの家の方?」
「言ってもわかりませんよ」
「そうなの? でもここにいるってことは結構なお家柄ってことよね」
「家同士でも仲良くしたいし、メサージュ交換なんてどうかしら」
「生憎今は携帯を持っていませんので」
その後ろポケットに入っている板はなんでしょうか。
口から出かかったその言葉はマカロンと共に飲み込んでおきましょう。
「じゃあ紙に書いて渡しましょうよ!」
「紙ナプキンあるかしら!」
あらお姉さま方も食い下がりますわね。ここまで断っていけば結構下がっていくとは思うのですが。
さすがのリアスも予想外だったんでしょう、ほほえみがひきつり始めています。
「さっき”今は”って言わなきゃよかったね」
「それはそれでこのご時世に? となりそうですけれど」
兄と話しながら成り行きを見守っていると、ペンは、だとかナプキンは、だとか歩き出して探し始めるお姉さま方。
リアスが「それより話しませんか」となんとか言ってはいるけれど、これはジリ貧ですわね。ペンを求め部屋に戻ることになればさらに。そろそろお助けかしら。
しかし私が助けるとなるとどうしても恋人に間違えられる。それだけは勘弁願いたい。恐らくリアスだって願い下げ。
「刹那」
「…?」
というわけで、未だおいしそうにマカロンを食べている親友の肩を叩く。
「そろそろお助けに言ってあげなさいな。困っていますわ」
そう言うと彼女はリアスの方を見て、現状を確認。困っていると言えば彼女は助けるために行動する。今回は危険はないので大丈夫でしょう。
「お願いできますか?」
しばらくもぐもぐと租借しながらリアスを見ていたクリスティアは、口の中のマカロンをこくんと飲み込んで、頷く。
そうして白いワンピースを翻して、彼女は勇ましくリアスの元へと歩いていった。とりあえず腹筋だけは引き締めておきましょうかとその背を見送った。
「──っと」
近づいていったクリスティアは、ぽふっと後ろからリアスに抱きついて。
そうして、一言。
「おにぃちゃん! 刹那置いてお話ばっかりなんてひどい!」
あ、閃吏くんが飲み物吹いた。
「あら、妹さん?」
「そうです。妹の方が初めてでして」
「そうだったの」
こっちが必死で笑いをこらえる中、リアスは話を合わせ、クリスティアの横に片膝をつく。
「ほら刹那、初めての人には挨拶をしろと教えたろう?」
「おにぃちゃんが勝手に話し始めたから刹那、なんもできなかった…」
普段絶対そんな表情しないでしょうというくらい目をうるうるさせて悲しそうな顔をする刹那。
あ、今度は道化さんが食べ物喉に詰まらせてる。
「悪かった。ほら、そっちのお姉さん達に挨拶は?」
「…」
「今日の為に頑張って練習しただろう」
そう言えば、クリスティアは片膝をついたリアスの後ろに隠れるようにして。
「…刹那、です…」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして、そう挨拶をした。
もちろんシャッター切ってますよ、スマホいじるフリをして。そこは置いときまして。
「まー! かわいい妹さんね」
小さな子のそんなかわいらしさを見せられてしまえば、二十代くらいのお姉さま方は心を射止められてしまって。目線を合わせるようにしゃがんで、今度はクリスティアをロックオン。
「綺麗な髪ねー」
「ねぇ、刹那ちゃんは何歳?」
「じゅっさい!」
嘘吐かないでくださいそこの通算一万歳。
「ちょうどパーティー出始める頃ね」
「緊張してない?」
「おにぃちゃんがいるからね、刹那へーきなの」
「そっかぁお兄ちゃん大好きなのね」
そう聞かれたら、言えない彼女は満面の笑みを浮かべる。人生で一回見るか見ないかの笑顔いただきました。
「おにぃちゃん、刹那いるのに浮気しちゃだめー」
「悪いな、俺は刹那一筋だから許してくれ」
なんて冗談めかしながら目だけは本気で言い合って、リアスはクリスティアを抱き上げる。
「あら」
そこで、どなたかの携帯が鳴りました。
「あ、ねぇパパに呼ばれた」
「え、うっそ」
「行かなきゃ! お兄ちゃん盗っちゃってごめんねー刹那ちゃん」
「んーん、へーき」
「今度逢ったときにはまた話しましょうね刹那ちゃん」
「うん! またね、おねぇちゃんたち」
その音はお姉さま方のものだったようで。父親に呼ばれたらしいお姉さま方は去っていき、それを笑顔で見送る刹那。
双子同様、笑みをたたえて彼女たちの背を見届けた、数秒後。
「妹じゃないんですけど…」
「お前が言ったんだろうが」
一気に無表情に戻るお二人方。腹筋がとても震えています私。未だにむせている道化さんたちや笑いをこらえている私たちに構わず、二人はギスギスと話し出す。
「お前ああやって喋れるなら普段からやればいいだろう」
「それ龍もだからね…? 敬語なんて普段使わないくせに…」
「お前もだろ。つーかまた肋骨折る勢いで抱きついて来やがって……俺を殺す気なのか」
「か弱い女の子が肋骨なんて折るわけないじゃん…何度言ったらわかるの…」
「お前はまだ自分がか弱い女だと思っているのか?」
「どこを、どう見ても、か弱い女の子じゃん」
「詐欺とはまさにこのことだな」
「降ろしてもらった瞬間にピンヒールでその足貫通させようかおにぃちゃん…」
「ごめん被る」
「とりあえずその辺にしなさいな」
延々と言い合いを続けそうな二人に声を震わせながら止めに入れば、ものすごく不服そうにだけれど言い合いは終わりました。リアスがクリスティアを降ろし、水分補給のために彼女を連れてこちらに来る。
「え、炎上君たち、す、すごいね……」
「あ、あたしっ、生きてきた中ですごい恐ろしいものを見た気がするわっ……ふふっ」
「場は弁えているからな」
「いつものごとく俺たち笑いこらえんのすっげぇ大変なんだけど?」
「閃吏くんも道化さんも飲み物吹いたり食べ物を喉に詰まらせたり大変だったんですよ」
「正直死ぬかと思ったわ、二重の意味で」
「パーティーだとあんな感じだよ…?」
「それ、普段からやったらいいんじゃないかな……?」
「だめ…あれはこういう、私が龍の恋人だってわからない場所じゃないとできない…」
いやたぶん恋人でもあのノリなら六月までの勘違いも減ったと思うんですが。どうせ無理だと言われるのでそこは言いませんけど。
《お待たせいたしました! これよりお楽しみ大会となります!》
なんて話していたら、一階でそんなアナウンスと歓声が聞こえました。テーブルを離れ、二階の柵から下を見てみれば、私たちからだとぎりぎり見える位置の壇上に、大きなガラポン。
「……くじ引き大会ですか?」
「偉い奴らは呑気だな」
ええ本当に。
「お楽しみして、終わりになる…?」
「時間的にそんな感じですね」
クリスティアの問いに、時計を見て答える。パーティーの終了時刻は午後二時。現在一時過ぎ。一人一人あのガラポンを引いていくとなれば結構な時間がかかるもの。あれをやってそれではみなさんまた今度、みたいな流れですかね。
「んじゃお楽しみのあとはさらに二次会で違うお楽しみかな」
「えっと、そんな合コンみたいな感じじゃ、ないんじゃないかな?」
ノリ的にはありそうですけどね、と閃吏くんに心の中で返す。
「行くとしても個人的にじゃないかしら。炎上くん、誘われないように気をつけなきゃね?」
「終わったらさっさと出るから大丈夫だ」
その終わった瞬間に殺到しそうですが。まぁこの男ならうまく切り抜けるでしょう。
それにしてもだいぶ平和に終わりそうですね、とワイングラスに注がれたジュースを飲む。本職の方が出入り口で警備しているからでしょうか。不審な方は見あたらず。まぁいても困るんですけども。
そう、思っていたとき。
「愛原財閥のご令嬢では?」
声を、掛けられました。振り返ると、茶髪にお高いスーツを着た、いかにもお金持ちですという風な青年。肉体年齢的に大学生か社会人一年目というあたりでしょうか。しかし声を掛けられたもののそのお方に見覚えはない。
「はいな。義父のお仕事の方でしょうか?」
こちらへと歩み寄ってくる青年に尋ねると、頷く。
「えぇ。いつもお世話になっています」
と。
私の手を掬う、そのお方。
どうして私の手を掬うんでしょうかね?
まぁ私のおててが彼の口元へと段々近づいて行くではありませんか。
待ちましょうか。
「ここは外国ではありませんわよ」
「残念」
するりと、彼の手から抜ける。
あっぶないですね突然なにしようとしてくれるですか。
危うく横のレグナが踏み出そうとしてましたよ命知らずですね。
ちらりと周りを見てみると、閃吏くんや道化さんは呆けてしまっていますがリアスとクリスティアも少し殺気立ってますわ。うちの身内怖い。何もしないでくださいよと睨んで伝えてから、微笑んで目の前の青年へ視線を戻す。
「えぇと……なにかご用件でしょうか?」
「ああ、このあとお食事でもどうかと思いましてね」
おっと、ご子息が私とレグナの間へとやって参りました。
あらあらそれじゃ飽き足りないのでしょうか。
さりげなく腰へと手を添えていらっしゃったじゃないですか。
待ってくださいリアスに行くと思っていたこの後のお誘いが私へと来る事態。なにこれおかしい。
待って待ってお兄さま目がやばいです見開かないで。
ちょっとパーティー直前のフラグ回収しそう。
そんなことないですよね神様? ちょっとしたほら、ね? あれですよね?
大丈夫、きっとほら、スキンシップがちょっとだけ過多なだけかもしれない。
私が取り乱してはいけませんわ。心の中で秒でそう言い聞かせ、なんとか平常心を保ってご子息へと微笑む。
「すみませんが予定がありますので」
「断ったら君の家にも関わると思うのだけれど」
出ました特有の脅し。
ちょっとチャキって音聞こえましたわ。誰ですか武器出したの。しまってください、こういうときは穏便に行かねばと──
待って腰の手を何故下げてくる。
これあれですよね? このまま行くと彼のおててが私の腰の下にある部位にいくやつですよね?
スキンシップ過多なんじゃないこれ確信犯。
江馬先生不審者です。
犯人すでに内部にいらっしゃいました。
これセクハラも不審者扱いですよね?? 江馬先生案件ですよね??
どなたか連絡してくれるかしら。
あ、待って?
無線持ってるの私じゃないですか。
ここでいきなり不審者ですなんて連絡したら隠密もなにもなくなるじゃないですか。
私のバカ。
ひとまず串刺しにしたい気持ちや連絡したい気持ちをぐっと堪え、下に向かって行ってる彼の手に私の手を添えるようにして、なんとか阻止。
「……ずいぶんおイタが過ぎる手ですのね」
「こういう関わり合いも必要でね」
やばい後ろのお兄さまの顔が”いらないよね??”って言いたげですわ。真顔で目見開かないでお兄さま怖いです。
そんなお兄さまの殺気なんてつゆ知らず、そっと、近づいてきた顔。
言わずもがなご子息。近い近い近いお待ちになって。そしてお兄さまもお待ちになって。突撃するときは江馬先生へ伝達が先なんですよ無線係私なんです。
「僕としては、食事だけでなくそれ以上も──」
だめですこのままでは死人が出る。
頑張れ私っ。
自分にエールを送り、
「おっと」
「申し訳ありませんわ」
そっと、ご子息を押しのけつつ彼の胸元に手を添えた。
このまま背負い投げしたい勢いですがそれは耐えて。困ったように眉を下げる。気持ち胸元を見せるようにして、髪を耳に掛けた。
「もう心を捧げている方がおりますの。お誘いには乗れませんわ」
こくりと、彼の喉が動く。
「その方に飛びかかられる前に──身を引いてくださる?」
赤くなったご子息から手を離し、妖艶にほほえむと。
「は、はい……」
誘った割にはこういったハニーなことに慣れていないのか。
顔を赤らめて、彼はぶんぶん首を縦に振り、わたわたと去っていきました。
その背が人混みに紛れていったのを確認して。
「……ふぅ」
やっと、肩の力が抜けましたわ。思い切り息を吐いて、柵にもたれ掛かりながら幼なじみたちへと目を移す。
その手にはそれぞれの武器が。
「とりあえず、武器をしまいましょうか皆様方?」
殺気全開で今にもご子息を探し出して飛びかからんばかりの彼らに呆れた声で言う。
じっと私を見ている彼らがなかなか仕舞おうとしないので、「早く」と強めに言った。しばらく不服そうでしたが、もう一度「早く」と言うと、なんとか武器を体内へと戻してくださいました。
「あとで家調べとかないと……」
お兄さま聞こえてますわ。
「権力を変なところで使わないでくださいまし。無事だったからいいじゃないですか」
「あの、結構被害受けてなかった?」
「腰とか触られてた気がするのだけど……」
「確かに被害は甚大でしたが、身を引いてくださったので良しとしましょう──あら」
微笑んだところで、ぽふ、っと。小さな水色の少女が抱きついてくる。見上げてくるその目は、悲しそうな、心配そうな。
「止められなければ、殴ったのに…」
かわいい顔に反してなんて物騒なことを言うのこの子は。笑って、目線を合わせるようにしゃがむ。
「それだとあなたが悪者にされてしまいますわ。私は大丈夫ですよ。あなたが狙われなかっただけよかったです」
なんて言っても、不服そうなクリスティア。もう一度大丈夫ですよと言って、抱きしめてあげた。ぎゅうっと抱きしめ返してくる彼女が愛おしい。
「!」
彼女の少し低い体温を楽しんでいたら、ぐしゃりと頭に手を置かれた。これはあの男しかいない。
目線だけを恨めしげにあげると、いつもの無表情ながらも目に申し訳なさを浮かばせたリアス。
「無線係をお前にして失敗だったな。悪い」
「……」
小さくこぼしたのは、謝罪の言葉。
まぁ確かに失敗だったかもしれないけれど。
「これも教訓ですわ。次回に生かしましょう?」
「……」
「悪いと思うのなら刹那を堪能させてくださいな」
「……わかった」
微笑んで言えば、リアスは今回すんなりと引き下がってくれました。
愛しい親友の肩にすり寄り、小さく聞こえた「炎上君、波風君いないんだけど」と物騒な言葉を聞かなかったことにし、クリスティアの頭を撫でる。完全にフラグを回収しきる前にリアスが連れ戻しに行くでしょう。こうなってしまうと妹の話聞いてくれないので遠慮なくお任せしますと心で頼み、クリスティアを堪能する。
「安心しますわ」
「そう…」
小さな頭を撫でること数分。
そろそろ周りに不審がられますかね。そっと体を離そうとしたとき。目の前に紫色のワンピースがひらりと見えました。
その子──道化さんは私の目の前にしゃがみ、心配そうに笑いながら小さく呟く。
「華凜ちゃん、本当に大丈夫……? ごめんね、何もできなくて……」
初めて聞いた小さな声に一瞬驚きましたが、いつも通り笑って。クリスティアを抱きしめたまま、首を振りました。
「謝ることありませんわ。あなたにも被害がなくてよかったです。びっくりしちゃいましたよね」
こくんと、頷く。
「不審者として扱っていいのかわからなくて……縄で縛るかメイスで殴るか考えていたら終わってたわ」
この子もなんて物騒なのかしら。うちの周り物騒な子しかいない。というかどこに仕込んでいるのその武器は。
彼女は私の疑問なんて知らず、決意を込めた目で私を見た。
「次、似たようなことがあったらすぐに助けるからね!」
いつもの調子で明るく言いながら立ち上がった道化さんに続き、
「わたしも…」
話を聞いていたクリスティアも、体を離して力強く頷く。
「一緒に頑張りましょうね、刹那ちゃん!」
「うん…機動なら任せて…」
「不意打ちなら得意よ!」
気があった二人はどうしたらうまく意識を落とせるかやらこんなものなら割と効果があるやらを話し合い始めました。
うん、お気持ちはとても嬉しいですわ。
けれどとりあえず。
「……まずは穏便に事を回避することから覚えましょうか」
物理攻撃という手段しか上がらない彼女たちに、苦笑いをこぼした。
『頼もしい友は、いつだって実力行使派』/カリナ