努力の先にあるもの

「…」

 九月六日、水曜日。五時間目はホームルーム。
 席替えをして、時間の最後らへんに渡されたプリントに、目を落とす。

 ”エシュト学園文化祭”

 もりぶち先生のかわいい絵と一緒に描かれた文字。
 文化祭の出し物アンケートのプリント。

 ホームルームが終わって、みんなこの文化祭のことで楽しそうに話しているけれど。

 わたし一人だけ、静かにそれを見つめてた。
 ぼーっと見てたら、上からレグナの優しい声。

「……刹那」
「…」

 答えずに、目はプリントに落としたまま。

 隣に座ることになったみおりと、前に座るレグナの隣に座るゆいからも、心配そうな声も聞こえる。

「刹那ちゃん、元気ないのね」
「イベント事はねー」
「炎上か?」

 レグナの苦笑いが聞こえて、ぱっと顔を上げた。

 ゆいもみおりも、心配そうな顔。それを見て、言葉がするって出てくる。

「龍は、悪くないの」

 二人が驚いた顔してるけど、気にしない。

「悪くないの…」

 こういうの、だめって言うこと。
 お出かけも、イベントも。人混みがあるところは基本的に全部だめ。

 もちろん、なにも思わないわけじゃない。うらやましいし、リアス様と一緒にもっともっとお出かけしたいって思う。

 でも、リアス様だって、好きで「だめ」って言ってるわけじゃない。
 だめって言う度に、つらそうな顔してるの、知ってる。

 だから、

「いいの」
「刹那」
「…参加、できなくても…」

 いい、って言葉は、自分で思ったよりも小さく出た。

 そりゃ参加はしたい。みおりたちも一緒で、きっともっと楽しくなる。
 でも、大丈夫。

「参加、したかったけど、へーき」
「刹那ちゃん……」

 いつも通りに、悲しい顔にはしないようにして、二人を見上げたら。

 みおりは意を決したみたいに、笑ってるけれど真剣な顔になった。

「大丈夫よ!」
「…?」
「こ、根拠はないけれども! でも、大丈夫! なんなら終わりがけにちらっと見に来るでも良いわ!」
「みおり…」
「それにまだ文化祭まで三週間あるじゃない! 刹那ちゃんが一生懸命文化祭の準備してたら気が変わるかもしれないわ!」
「炎上は恋人に甘いようだしな」

 笑う二人に、レグナを見る。
 ちょっと、心配そうな感じはしてるけど。

「ま、そもそも今回は大丈夫なんじゃない」
「…?」

 遠足のときと違って、そう笑った。

 結論、ほんとに大丈夫でした。

「どういうことなの…」
「どうもこうも、文化祭は参加してもいいという事実に変わりはないが」
「えぇ…? 意味わかんない…」

 思わず、リアス様の肩に埋もれた。

 あのあと、リアス様とカリナが迎えに来て、みおりにエール送られながら教室を出て。

 はるまとぶれんと六人で帰りまして。

 家に帰ってきて、荷物を置いて。さぁとりあえず一息つきますかと、リアス様のひざに乗りましたら。

 突然「文化祭は出ていい」とお言葉をいただきまして。

 鼻がくじかれるというのはこういうことかと思うのもつかの間、どういうことかと問いただしている現状です。

 え、だって意味わかんなくない?? 人混み嫌いで、たしかに体育祭はふつうに出たけど遠足のプリントすら読まなかったヒトが、「文化祭出ていい」ってなに??

 放課後のあの悲しい空気なんだったの。

「…ご説明を…お願いしたいです…」
「……」

 小さくこぼしたら、リアス様はちょっと黙ってから一回わたしをソファにおろす。

「…?」

 そのまま無言で部屋へ。逃避?? いやさすがにあのリアス様がそんなことはしない。今わたしぎしんあんきなるもので思考がよろしくない。いつものほら、どこ行くのーっていう思考戻ってきて。

 なんてばかなこと考えてたらリアス様が戻ってきまして。

 その手には、…冊子?

「ん」
「…」

 隣に座って、差し出してきたその冊子。

「…エシュト学園、入学前重要事項…」
「学校説明会に行ったろう。そこでもらった奴だ」
「あのいっぱいの冊子の中のやつ…?」
「お前が一切目を通していなさそうな奴らだな」

 失礼な。

「…学校のパンフレットは見た…」
「外観の写真だけな。で、これの」

 あっさりかわしてリアス様はその重要事項本のページをめくってく。

 ぱらぱらめくってって、ぴたりと止まったとこ。

「行事に、ついて…」
「エシュト学園行事についての一行目」

 リアス様の指さした場所。ゆっくり動かすのを追うように、読んでく。

「…外部、交流目的の、イベントは、休学を、原則禁止…?」

 よくわかんなくて見上げたら、紅い目がわたしを見ながらわかりやすく説明してくれた。

「笑守人の行事には休んでいいものといけないものがあるということ。区別としては、遠足のような学校の奴らとしか交流が深まらないようなものは休んでもいい。逆に、文化祭や体育祭、武闘会もだな。一般市民との交流や笑守人の本分である”守るための力を得る”ことを目的とした行事は休んではいけない」
「だから、体育祭…」
「あれも休めないからな。休んでいいならば全力で休むが」

 リアス様が視線を落としたので追うと、指の場所が変わってる。

 指の上には、”ペナルティー”の文字。

「ペナルティー…?」
「ずる休み防止の策として、行事を休んだ日数×五日分、外部のボランティアに行かせる制度がある」
「つまり文化祭まるまる休んだら…?」
「十日間。しかも場所も当日までわからないし、共に休んだ奴と同じになるかもわからない」

 それリアス様にとっては地獄では。

「十日間も死ぬ思いするなら二日間で済む方がましだ。だから文化祭は出ていい。というか体調不良がない限り出なければならない」

 わかったか、って本を閉じるリアス様。

 うん、わかった。
 ヒトのためになる行事は、休んじゃいけないってこと。

 そして同時にこんな思いが出るのは仕方ないと思う。

 なんで最初に言わなかったこのヒト???

「…リアス様」
「何だ」
「たぶんリアス様ならわたしが言いたいこと予想してる思うの…」
「リアス様と文化祭に出れるんだ嬉しい」
「あ、それもうちょっと先の話…」

 嬉しいんだけど今そうじゃない。

 ソファの上で正座して、リアス様をまっすぐ見上げる。

「なんで毎回大事なことその場で言うの???」
「何も言わないお前よりはましだと思うが?」
「そうだけども…」

 たしかに悪いと思ってるけども。

「言ってくれてもいいと思うの…」
「そもそも自分で通う学校でもらう資料を読んでいないお前が悪いんだろう」
「リアス様だって遠足のプリント読んでなかったじゃん」
「元々行く予定がなかったから詳しい日程のプリントを読んでいないだけで行事自体は知っていたが? お前と違って重要な資料は読むからな俺は」

 うっわむかつく。
 でも正論なので黙ってしまう。

「他に反論は」
「…一言、必要っ」
「お互い様だろう。むしろ今回は今言っただけ俺は許されてもいいと思うんだが」

 そうなんですけれどもっ。

 行けないかと思ってすごい悲しかったじゃん。めっちゃみおりたちに心配かけちゃったじゃん。

「…」

 でも、さすがにそれは言えなくて。結局黙ってしまう。

 だってその言葉は、いつも自分を責めてるリアス様を、もっと責めさせちゃうから。きっとわかっているのも知っているけれど。

「…」
「……」
「…次は、みぞおち…」

 だからほっぺに空気だけ入れて、そっぽ向く。

 それにリアス様は、ほんのちょっとだけ申し訳なさそうな色を紅い目に混ぜて、笑った。

「前回同様物騒だな」
「物騒になったのは誰のせい…」
「それは元からの素質だろう。木をえぐるくらいの腕力持っているじゃないか」
「あれは、緊急だったから、火事場のばか力なだけ…」
「普段だって十分馬鹿力だ」
「か弱い女の子っ!」
「いい加減か弱くないことを認めろ」

 ちくしょう今こそみぞおちを蹴ってやりたい。

 でもさすがに正座の状態からじゃみぞおちのクリーンヒットはむずかしい。
 あ、別に蹴ることにこだわらなくてもいいじゃない。

「…けりがだめならパンチ…」
「そういうところがか弱くないと言っているんだ馬鹿力め」

 そいっとパンチを繰り出したら読まれてたみたいでぱしんって止められちゃった。
 もっかいほっぺに空気を入れる。

「そういうところは可愛いんだがな……」
「レグナと同じこと言わないで…」
「お前の破壊力の被害者は誰でも思うだろうよ」

 笑いながらほっぺの空気を抜かれて。ご機嫌とるみたいに抱っこされてまたひざの上に乗る。

 肩にすり寄ってきたリアス様に、まだちょっと不服だけれど、こてんと頭でもたれた。

「…」
「……」

 ぎゅって抱き寄せてきて、息を吐くリアス様。

 それは、安心と、不安と。どっちだろう。

 顔は笑ってたけれど、どこか不安げな色も紅い目に混ざってたから、きっと不安の方だよね。

「…」

 言わないのだって、約束がこわいからだって、ちゃんとわかってる。叶わなかったらどうしようって。

 ふつうの恋人たちだったら、文化祭に参加できるようになったなら。「楽しみだね」って笑いあうと思う。

 でも叶っても、今回は夏のように貸し切りになるわけでもない。エシュトのヒトたちだけじゃない他の人もたくさん来る文化祭。それに気が変わって休むことも許されない。もし休んだら、リアス様にとってもっとこわくなるペナルティー。

 入学前にわかっていたなら、どうして。

 どうして初めて、自分から「この学園に来たい」なんて言ったんだろうって疑問はあるけれど。

 今は、それを言うときじゃないよね。

 休んだ方がつらいなら、休まない方にもっと楽しみを見つければいい。

「…リアスさま」
「……」

 あったかい手をにぎって、安心してって言うように、声をつむぐ。

「リアス様と文化祭参加できるの、うれし」

 あなたが言った言葉は、きっとあなた自身が欲しかった言葉。
 ぴくりと動いた指に、ほほえむ。

「クリス、とびきりかわいい格好して待ってるね」

 あなたが少しでも楽しめるように。

 そう、思いを込めてすりよったら。

 深く深く、息を吐いて。

「……楽しみにしている」

 ぎゅっと、もっと強く、抱きしめられた。

 それに、口角を上げて。

 さぁリアス様をとびきり喜ばせる出し物はどんなのがいいかなって、アンケートに書く出し物を考え始めた。

『あなたが心から楽しめますように』/クリスティア


 日本に来て、だいぶ見慣れた天井を見上げる。ふかふかなベッドの上。心地よくて体の力が抜けるはずなのに、眉間に入る力だけは抜けない。

 暖かい中で、小さくこぼす。

「……大丈夫かしら」
「その前にどうして俺の部屋にいるのかしらカリナさんや」

 声と同時に、天井は愛しい兄の顔によって隠されました。それに、かわいらしく笑って。

「仲良し兄妹じゃないですか」
「俺らは仲良し兄妹だけども」

 いることを咎めることはせずに、兄は離れていく。追うように起きあがった私に、レグナは豪華なソファに座って呆れた笑いを向けてきました。

「愛原と波風は数年前まで絶縁に近いほど仲悪かったはずなんだけど」
「ほら、やっぱり同じグループは仲良くしないとと思い至ったんですよきっと」

 あ、その顔疑ってますね?? 妹を疑うなんて何事ですか。

 私はちょっとその仲良くなるお手伝いをしただけだというのに。

 えぇもちろん大変でしたよほぼ絶縁状態からの回復。
 話はしないわ相手の良い案でもわざと無視するわ。まぁいろいろ数知れず。子供ですかとため息を吐きたくなるのをなんとかこらえ、あの手この手でお互いに利益を見いだし、仲良くなる方が得ですよとけしかけた結果。

 今では義親同士でも私とレグナのようにお互いの家を行き来する仲に。

 自然じゃないですか。
 ほら、仲悪かったライバルだって物語後半では仲良くなることだってあるでしょう? 仲良きことは美しきかな。

 まぁこの脳内の言葉全部口に出せないんですけれども。

「それよりもリアスですよお兄さま」
「露骨に話しそらすときは裏あるときだね」
「ないときだってそらしますよ」
「たち悪いわ」

 おっとこれでは話が戻ってしまう。

「で、リアスのことです」

 まっすぐ目を見て言えば、レグナの方が観念してソファに深く沈みました。

「大丈夫って?」
「文化祭」
「あぁ。平気でしょ。元から出るつもりだったんだし」
「そうですけれども」

 あっさりとした様子のレグナに、私の方が若干ムキになってしまう。

「人混みもつらくて、ましてや今回クリスティアとはクラス離れてるんですよ? 身構えていれば多少なりとも平気だとは言え、文化祭期間も含めて耐えられるとは思えないんですが」
「今日はずいぶんリアスをかばうねカリナ」
「お兄さま、私は真剣ですわ」

 ちゃかすように言うレグナをにらんでも、レグナの笑みは変わらない。

「しょうがないじゃん、出なきゃ出ないでペナルティーがあるんだから。どんな理由でもボランティア活動必至」
「そうです、けれども……」

 今回ばかりは早々に返す言葉がなく、ぎゅっと唇を引き結んでしまう。そんな私に、追い打ちをかけるようにレグナはこれまたあっさりと言った。

「リアスが自分で決めたことでしょ。口出し無用」

 そうして、自分の世界に行くかのようにテーブルに乗せていた本を読み始めてしまう。遠足に行かないと言っていたときにはけしかけたくせに。けれど口には出さず、再びベッドに埋もれた。

 レグナはクリスティアもリアスも、両方が結果的に嬉しくなるような感じになるならば動きますもんね。もちろん私だってそうなれば最高ですわ。

「……」

 けれど。
 心配になってしまうのも、確かで。

 人混みが嫌いなリアス。目の前で傷つけられ、失ってきたから。今はなんとか、頭を切り替えれば多少なりともまでには回復しましたが、それでも予想外で起きてしまっては未だにフラッシュバックや吐き気が起こる。ひどいときは学校に登校するだけでもそれが起きてた頃もありました。もっと療養してから学校に出てきてもいいんじゃないですかと言ったことだってあるほど。

 それでも、彼は「普通の生活」を諦めようとしない。

 もちろん、どうしたってだめで不登校になったり、ときには戦略的撤退を要することも、おでかけとかまだできないこともあるけれど。

 最終的にはまたこうして、普通の生活をしようと歩き出す。

 今回だってそう。異種族も通えるエシュト学園。能力者もいるし、絶対に怖かったはずなのに。

 あなたはいつだって、前を向いて諦めずに歩く。

 どうしてそんなに強くいられるの。

 昔にも似たようなことを聞いた。

 聞かなくても答えはわかってる。彼女のため。でもわかってはいても、どうしたって心配になるし、うらやましくもなってしまう。
 そっと目を閉じれば、背中が浮かんだ。

 隣を歩いていたもう一人の兄のような男は、いつの間にか数歩先。手を伸ばしてみても、空をつかむだけ。

 きっとこの先も、距離はもう縮まることはないのでしょう。私はいつも、最後の最後で立ち止まってしまうから。その証拠に、あなたの反射が心配で、人混みになれさせるということをせずにいつだって貸し切りにしたり、家で過ごせるようにしたり、背中を押すことはできていない。言葉の一押しは、あなたが行動を起こした後でだけ。

 怖くて怖くて立ち止まる私と、何度立ち止まっても歩き出すヒト。私が歩き出すときは、主にあなたが手を引いていく。

 ねぇ、どうして。

 怖いはずなのに。吐きそうで、泣きそうで、今にも立ち止まって逃げてしまいたいでしょうに。

「……どうしてあなたは、そんなに諦めずにいられるのかしら」

 なんて、さっき答えが出たはずなのに。

 つぶやかずには、いられなかった。

『諦めてばかりの私には、答えなんてわからない』/カリナ

 


「……諸君」

 いつもよりも低い声に、背筋が自然と伸びる。

「文化祭は、”ヒトの笑顔を守る”というコンセプトで行うものだ」

 俺たちに背中を向けて黒板を見ている先生が、どんな顔をしてるかはわからない。

「もちろん、お前たちが提案するこれらも笑顔を呼ぶだろう」

 ただ、きっと何とも言えない顔をしてるのは確かだと思う。

「……ただな、諸君」
「『……』」

「特定の層しか喜ばないものはどうしても同意しかねる」

 黒板に書かれたマニアックな提案見たらきっと誰だってそうなると思います。

 九月十三日、水曜日。本日は今月末、二日間にわたって行われる文化祭の出し物決め。うちではアンケートを取ってまして、今日その集計と決定が行われるんだけれども。

 実行委員が黒板に書いてった文字がなんともまぁ、ある意味学生らしいというものでして。

「…メイド喫茶」
「王子・姫喫茶に」
「執事喫茶ね」
「票が多いのはすべてマニアックなものばかりだな」

 後ろの方で四人、向かい合うように座って黒板の文字に苦笑いをこぼしてしまった。

 さてここからどうしようかということなんだけれども。前を向いて、おそらく腕を組んでいるであろう杜縁先生が同意しかねてからこっちを向かないのが地味に怖い。
 きっと本人は普通にしてるつもりなんだけど、杜縁先生結構圧があるタイプだからすげぇ緊張する。

「……」
「『……』」
「……ふむ」

 短い時間なのに結構長く感じた数分。納得したような声を出して、ようやっと杜縁先生がこっちを向いた。思った通り腕を組んでいた杜縁先生は、頷く。

「とりあえず、カフェがやりたいことはわかった」

 うまく抜き出しくれてありがとうございます。

「先ほども言ったとおり、特定の層のみが喜ぶものは同意しかねる。だが、ヒトを楽しませるにはまず自分からという。なので頭ごなしに却下するつもりはない」

 珍しくほほえんで、杜縁先生は続けた。

「さぁ諸君、ここがエシュト学園生徒の腕の見せ所だ」

 若干不敵な笑みで。

「これもある意味勉強になるだろう。この票が多いカフェの中から、特定の者のみでなく来たヒト全員が楽しめるようなもの、なおかつお前たち自身も楽しめるものにできるよう、本日はその話し合いをしようと思う。まずはこのカフェから共通点を見つけよう」

 放たれた言葉に、クラス全員が止まる。

 この中から?

 メイドカフェと執事喫茶と王子・姫喫茶から? 共通点?

 共通点って言ったらコスプレしかなくね??

 いやいいよコスプレ。俺超楽しめるよ。姫でもメイドでも着せる側ならなんでも俺楽しめるけれども。服作りたいよむしろ。

「考えてみたけど蓮しか楽しめない…」
「それはちょっと心外だわ」

 お前の声普段小さくて今ほんとによかったわ。公衆の面前で変態扱いになる発言やめて。

 今は視線の端に見える後ろの席に座る親友にしーっと指を立てておく。クリスさん、「手遅れ」みたいな顔しないでくんない。俺確かに服着せるの大好きだけど誰でも彼でもってわけじゃないんだわ。伝わってるよねこの思い。「えぇ?」って顔してるから絶対伝わってるよね。信じてよ。

「ないか?」

 クリスティアに視線と念を送っている間に、杜縁先生が言う。待ってクリスティア口は開くなお前今このタイミングだと絶対さっきの大きな声で言うだろ。それはいけない。

 ちょっとばかしパンっと音が鳴る勢いでクリスティアの口を手で塞いだとき。

「あるわ!!」

 その音を消すくらい大きな声といすのガタンって音を立てて立ち上がったのはクリスの隣の道化。祈童大丈夫? すっげぇ肩びくついたけど。

 一瞬視線がそっちに行ったけど、目の前の祈童も道化に視線をやったのでつられるように俺も道化を見る。立ち上がってご丁寧に手も挙げている彼女はきらきらと顔を輝かせていた。

「では聞こう、道化美織。今回のカフェで共通点はなんだ」

 杜縁先生の問いに、自信満々で道化は告げる。

「その人とのお話よ!!」

 その言葉に、おぉって声を上げたのがたぶん純粋な子、俺含むえぇどういうこと?って感じの雰囲気出したのがきっとコスプレ目当てな不純な子だと思う。お前もだよクリスティア。
 そんないろいろな視線の中で堂々と道化は続けた。

「王子や姫喫茶は詳しいのはわからないけれど、少なくともメイド喫茶とかには目当てのヒトに逢いに行くでしょう? どうしてって言われたら、もちろんいろんな理由はあるけれど、お話したいからというのも挙がるはずよ! たとえそれがささいなやりとりであっても推しのヒトとお話しできたら嬉しいもの!」
「けれど道化、この学園にはそもそもの目的である”推しのヒト”というのは存在しないのではあるまいか?」

 祈童の問いに、待ってましたと言わんばかりの道化。

「そうよ、だから共通点は”推しのヒト”じゃなく”お話”なんじゃない! メイドカフェとかだと先生が言う特定の層しか来づらくなっちゃうけど、”異種族とのお話喫茶”ならこの学園の理念にもきっちり合うわ!」

 そして、

「メイドや執事にこだわらず、各自で決めたいろんな服でお出迎えするの! 王子様もいいと思うし、シンデレラとか童話のモチーフを入れてもいいと思うわ!」

 そんな言葉に反応するのはもちろん俺です。自分でも目が輝いた気がした。

「もちろんメイドを着たい子はメイド! 執事もいて……いろんなキャラクターがお出迎えしてくれて、その中の誰かとお話もできる喫茶! 楽しそうじゃないっ?」

 めっちゃ楽しそう。
 あ、クリスさん俺の「楽しそう」の意味違うよねって目寄越さないで。

 そんな視線から逃げるように、道化が「どうかしら」と言った先にいる杜縁先生を見る。

 その人は顎に手を添えていた。けれど俺が見たときには一瞬で、ぱっとその手を離して頷いた。

「道化の意見は我が学園の理念にも合うだろう。俺としては賛成だ。他の者はどうだろうか」

 杜縁先生があたりを見回すのと一緒に、俺も緩く見回すと。みんなそろって頷いていた。同じく見ていたらしい道化が嬉しそうな声を上げる。

「じゃあそれで決まりね!」
「異議はないようだしな。それでは道化美織の意見から、我がクラスでは異種族との交流目的とした喫茶店を出すことにする」

 決定を示す拍手が鳴り始めたので、ようやっとクリスティアの口から手を離して俺とクリスも拍手。俺のコスプレしたい欲云々は置いといて、これならクリスティアに目一杯可愛い服着せてリアスにも楽しい文化祭を送ってもらえそうだし。

「楽しそうだね」
「ん…」

 後ろの席の親友も楽しそうだし。微笑んだクリスティアに微笑んで。

「それではこれから実行委員と共に配役等を決めてもらう。メニューについては安全面を考えてこちらで決めることになるが、その分衣装や装飾を自由にしてもらって構わない。たくさんの種族が楽しめる形にするように」

 そう言った杜縁先生に頷いた。そんな俺達に頷き返して、杜縁先生はうちの実行委員に声を掛ける。
 アライグマの女子委員とハーフの男子委員が前に出て、先生の代わりに教壇に立って。

『じゃあ当日のキャスト・配膳係を始め、準備期間中の担当などを決めようと思います』
「順に声を掛けていくので、希望のところで手を挙げてね。多くなったりしたらじゃんけんです」

 HR残り数十分。実行員による配役決めが始まった。

『もちろん衣装係に手を挙げました』/レグナ


 今俺は大変困っている。

「頼むよ炎上!」
『お願い!』

 目の前には実行委員を始めとしたクラスメイトたち。
 そいつらは今まで遠巻きだったのなんて嘘のように目の前で、俺に懇願の目を向けていた。

「……断りたいんだが」

 何度そう言っても、目の前の奴らは首を縦に振ってくれない。

 そうして、それに溜息を吐いた俺に、何度も言う。

「お願い炎上!」
「やってよ!」

「『キャストとして舞台に出て!!』」

 そう、願い下げのことを、何度も。

 九月十三日。来たる文化祭のために、本日はどこも会議HRだそうで。当然俺達のところも会議となった。やることは実行委員と江馬が事前に話し合いこの場でいくつか提案。出たのは喫茶店、舞台発表、展示など、文化祭でよく見るであろう項目たち。

 笑守人の理念に沿いながらどんなものにしていくかと考えた結果、やることはすんなり決まった。

 カフェと舞台発表を併せてやらないかと。

 普段は普通のカフェ。一時間置きほどにたとえば演劇やバンドなどのステージ発表。休憩所としても使えながら時間によっては楽しむこともできるというもの。

 そこまではよかった。ステージ以外は普通のカフェだし、必要以上に客と接触しなくても済む。ウェイターかキッチン要員にでもなればいいだろうと思っていた。

 思っていたのだが。

 配役を決めましょうといったところから問題だった。

 何故か実行委員がこっちに来るじゃないか。そして俺の前に立つだろう。

 そうして言った。

 キャストとして舞台に立ってくれと。

 いや何故だと呆けてしまったのはつい先ほどのこと。

 そうして訳を聞いていけば。

「炎上顔が良いから絶対ステージ映えるんだよー!」
「イケメンがステージ立つってなったらみんな来るって!!」

 こういうわけである。

 前に座るカリナにどうにかしてくれと視線を送るも。

 彼らの気持ちはわかりますと言わんばかりににっこり笑われてしまった。

 裏切り者め。

 舌打ちをして睨んでから、再び目の前に視線を向ける。手を合わせ、神にでも願うようにこちらを見るクラスメイト達。頼むからそんな目で見ないでほしい。

「……そういったことは断りたいんだが」
『お願いっ!! 一回だけとかでもいい!!』
「いや一回でも断りたい」
「どうしても!?」
「どうしてもだ」
『ひょ、氷河さんだって喜ぶかもよ!?』

 そこでクリスティアを出すのはズルいだろう。一瞬ぐらつき掛けたが。

「……断る」

 また、首を横に振る。
 しかし向こうも引こうとはせず。堂々巡りだなと息を吐けば、席替えで隣にやってきた閃吏とユーアも入ってきた。

「えっと、炎上君。確かに氷河さん喜びそうだけど……だめなのかな?」
『かっこいい炎上が見れたら氷河も笑顔ですっ』

 当然ながら俺をキャストに持って行こうとしてというのは目に見えていたけれども。ちらりとまたカリナを見ると、口には出していないがそいつも特に反対というわけではない。珍しく俺の意見を尊重しているのか今回はまだ黙っているのがありがたい。

 目を戻せば、やはり懇願するかのようなクラスメイト。

 口々にお願いだの、氷河さんも喜ぶだの、いろいろと言ってくる。

 机に肘をついて体重を預け、溜息を吐いた。

 言いたいことはとてもわかる。顔に関しては正直なんとも言えないが、クリスティアのことに関しては。
 きっとステージに出ると言えばそれに合わせてシフトをどうにかしてでも俺のところに来るんだろう。終わって彼女の元へ行ったらきらきらと「かっこよかった」だの俺の愛した笑顔で言ってくれるんだろう。

 それはもちろん魅力的である。そんな顔が見れるのであればいくらだってやったっていい。なんでも着てやるしなんでもやってやる。参加していい文化祭とは言え、多少制限は設けるつもりだ。その代わりになるのであればなんだってやってやりたい。

 気持ちはある。あるんだけれども。

「……家で練習が必須なものはどうしても避けたい」

 小さくこぼした言葉の意味を理解したのは、現在は隣に見えている女と、事情を知っている江馬だけだろう。

 目の前のクラスメイト達はきょとんとしている。

 そうなるよな。そうなるのはわかっているがどうしても避けたいんだ。

 ステージはいくら出てもいい。それでクリスティアが喜ぶのならば喜んで引き受けよう。

 ただ今世、この学園生活、このクラス分けになった以上はどうしても頷きかねる。

 ステージともなれば家で多少なりとも練習は必要であると思っている。舞台ならセリフや立ち位置、バンドなら楽譜、それぞれ覚えることもあるし、二週間という短い期間ならば家や学校外で詰めていかなければならない。

 その、家に。

 愛する少女はいつだっている。

 自他共に認める過保護な俺はいつだって傍にいる。なんなら家は多少広くありつつもリビングにほとんどの部屋が隣接している。誰かと喋っているとかテレビを見ているとかなら別だが、静かな空間だったなら隣の部屋の声や音なんて結構聞こえる。

 愛する少女に見せたいものを彼女に聞こえる状態で練習しろと? そんな楽しみを奪うようなことをしろと。

 俺にはできない。

 一瞬クリスティアが寝ている間にというのも考えた。俺の睡眠は浅くてもいいし、数十分でもかなり動けるくらいにはしてある。けれども。クリスティアは離れると起きるんだ。何故か起きるんだ。可愛らしく「りあすさま」なんて舌っ足らずで呼んで探すんだ。可愛いんだが。

 なにしてるのなんて目を向けられるのだけは耐えられない。

 夜中にいきなり恋人が踊り出してたらどうする。びびるだろう。俺でもびびるわ。あぁ文化祭なんだななんてそんな寝ぼけた思考でできるかと聞かれたら曖昧に首を傾げてしまう。えらいもんでも見たとだいたいがなるだろう。

 カリナお前絶対同じこと考えて想像したな? 想像したよな。思いっきり肩震わせてるしなんなら机に突っ伏し始めたよな。お前には踊ってる俺が笑い事かもしれないが事態が割と重大なんだ。

 しかしさすがに同棲している恋人がなんて話題を出す気にもなれない。いずれバレる奴もいるだろうが不特定多数にまでバレるようなことはしたくない。
 なので、当たり障りなく、言葉を紡ぐ。

「……少し、その、壁が薄い家なんだ。楽しみに、している奴もいるし。バレるのは遠慮願いたい」
「外とかカラオケボックスで練習とかは?」

 しまったカードが足りなかったか。現代高校生はそういう風に練習するのか? しかしそれもできない。

「門限が」

 というか制限をクリスティアにつけていて。

『文化祭でもだめっ?』
「少し、厳しい家で」

 俺にではなく正直クリスティアに厳しいが。

『文化祭くらい少し緩くなったりはしないの……?』

 まずいこれは俺への精神ダメージがやばい。そうだよな。少しくらい緩くしないとだめだよななんて後悔が襲ってくる。こんな情けない姿クリスティアには見せられまい。今だけクラスが別であることを喜べる。

 そして。

「よろしいです?」

 この女が同じクラスであることも。

 声が聞こえ、全員でそちらを見た。その先には当然カリナ──ってお前だいぶ頑張って表情作ってるぞ。肩震えてるが大丈夫か。

「あの、愛原さん肩……」
「だ、いじょうぶです閃吏くん、少し、その、ふふっ、思い出し笑いみたいな」

 ふふって笑ってんじゃねぇか。声も震えてるぞお前。おい咳払いしたところで無かったことにはならないからな。

「えぇとですね」

 なんとかその言葉達は心にとどめ、仕切り直しと言わんばかりにいつもの笑みになるカリナに注目がいく。それに慣れきっている目の前の女は動じずいつものようにそのよく回る口を開いた。

「実行委員さん」
「は、はいっ!」
「まず彼に目をつけたのはとてもすばらしいことですわ」

 思ってないだろと言ってもいいか。だめだよな。

「この通りお顔はよろしいですし、あなたがおっしゃった通りステージに映えるでしょう」

 こいつ地味にツッコませたくなる言い方ばかりする。お顔「は」って強調したぞさりげなく。気づいた閃吏とユーアも苦笑いしてるぞ。しかしそんなのは気にもせず、カリナはまっすぐ前だけを見る。

「けれど、もちろん強要はよろしくないですね?」
「そ、れはもちろん……」
「彼の環境は少々、えーーーーと特殊と言いますか。詳しくは私の口からは言えませんが、学校内くらいでしかちょっと練習が難しいんですよ」

 一気に俺に哀れみが向けられてしまった。違うんだ変なものではないから。

「ただ、学校内での練習も場所が限られますね。それに学校内だと刹那に逢う危険性も高まります。どっちみち彼は刹那の笑顔も、楽しみにしていらっしゃる方の笑顔も満開に咲かせることができない危険が伴います。それは笑守人の理念にそぐわないでしょう?」
「う、うーーん……」

 女子の実行委員を始めとしたクラスメイトが考え始めたところで、カリナは畳みかける。パンッと手を鳴らし。

「というわけで、彼のステージは無しにしましょう」

 その言葉に当然クラスメイト達は驚くが、何かを発することもさせずに間髪入れずカリナは口を開く。

「その代わり、客足を多くし刹那も笑顔にできる案がありますわ」
「えっ!!」

 顔を明るくしたのは、女子の実行委員。
 してやったりというカリナに捕まったなと思うも、今回ばかりは憐れみよりカリナへの感謝の方が強い。そのカリナは、俺に手を向ける。
 にっこりと笑って。

「シフト中は彼をウェイターに、そして休憩中はそのまま宣伝係にすることを推薦します」

 これは俺も捕まったなと思うがもう遅いと気づいてしまった。けれどカリナのプレゼンが続いてしまって止められない。

「こんなイケメンですもの。ステージ上で見るよりももっと近くで見れた方がよくありません? 女性方からしてみれば、彼の手からお茶やお菓子を渡される方が良いでしょう」

 そして、

「まずステージをするにも、カフェにも、ヒトが入らねばなりません。せっかく彼がステージに立っていたとしても、お客様が入らなければ宝の持ち腐れですわ。だったらもっと見てもらうために、宣伝をこの引き付けやすいお顔にお願いしましょう」

 こうもぽんぽん思ってもいない言葉を出るところだけは尊敬するのに。

「休憩中刹那と一緒に回るでしょうから刹那は龍がかっこいい服を着ていると大歓喜。なんならウェイター中とは衣装を変えれば彼女にとっては二度おいしい思いができてさらに喜ぶでしょう。そして先ほど言った宣伝のおまけ付き。もちろんどこまで効果が出るかはわかりませんが、ステージを降りる対価にしても十分すぎるほどの働きをしてくれるでしょうね」

 どうです? と。俺にも向けて聞いてくる。自分でもわかるくらい引き笑いをしながら、クラスメイト達に目を向けると。

 俺にステージを願うときより、さらに輝いた顔をしていた。

 そんな好待遇を受けられるのであれば、頷くしかないわけで。

「……宣伝とウェイターだな」
「ありがとう炎上!!」

 諦めたように言えば、クラスメイト達は喜んでその場を後にしていく。

「えっと、よかったね炎上君」
『氷河も喜ぶですっ』
「……そうだな」

 正直歩き回るのは避けたいが。対策はいくらでもできるけれども。

 思考に落ち掛けたところで、そこの女はお見通しなんだろう。そっと俺に耳打ちしてきた。

「──文化祭でできたカップルはやましいよりも初々しくことに迫ろうとするヒトたちがいっぱい。それを少しでも見ていけば多少クリスティアも改善するのでは? ……どうです?」

 そう言われてしまったら。

 引き受けるしかないわけで。

 参加する時点で変わらないしなと納得してしまったのは、多少俺が寛容になれたからか、それとも欲の方が勝っているからか。

 どちらかはわからないが。

「……お前には敵わなくなったな」

 ひとまず、こいつには本当に自分を知られていることだけはよくわかった。

『口で勝てなくなった妹分は、敵か味方か』/リアス