運命はいつもいじわる。いじわるで、残酷で。そしてそれは、”変わることなんてない”って、突きつけられてる気がする。
学校のクラス分けとか、あれはまさに運命のいたずらなんじゃないか。
なんで突然、そんな話になるかと言えば。
「…高校一年目は終わった気がする」
今まさに、それに直面してるから。
四月。ハーフもビーストもヒューマンも、種族関係なく通える国家エシュト学園に、恋人のリアス様と入学した。門をくぐったすぐのところに張り出されてる、最初で最大の難関、クラス分け表を眺めたら。
わたし、クリスティアこと氷河刹那は一組、リアス様こと炎上龍は隣の二組。
うん、見事にクラス分かれてる。さっきから何回も見てるけど変わらない。
……どうしても分かれてる。
「俺も終わった気がする」
隣で同じくクラス分けの掲示板を見ていたリアス様が言う。うん、終わったね。でもね、わたしとリアス様の「終わった」の意味は全然違うの。わたしがリアス様と一緒のクラスになりたいのは、「好きな人と一緒になれたらうれしい」とかいうかわいらしい女子の、そんなかわいらしい理由なんかじゃない。
「これではお前の傍にいれないな」
齢十六にして彼女との同棲権を義親からもぎ取った過保護な彼氏とクラス離れるとそれはもう大変だから。ものすごく面倒だから。面倒な人と離れると平和になれるなんて言った人はどこのどいつなんだろう。うちでは逆です。離れた瞬間平和は終わる。
「いい、だいじょうぶ…。わたし自分のことくらい自分で守れる…」
「それができるなら十八歳の三月二十七日にお前は消滅しない」
そうじゃなくてですね。確かに自分の身を犠牲にしてリアス様をかばっちゃうから毎回十八歳で消滅するのを繰り返してきてるけども。でも今はこれからの学校生活の話をしたいんです。
どうにかリアス様の心配を和らげるものがないかと、もっかい掲示板を見上げる。
これだとまた授業中に鬼電してきたりメサージュ五秒以内に既読つけないとクラスに突撃してきたり、最悪の場合学校辞めることになる。実際全部あったしついでに言えば中学はクラス分けのせいで不登校だったし。
それは困ると必死に探してたら、ふと目に留まる名前。
わたしの氷河刹那の上に、見覚えのある波風蓮って名前がある。これは同じ高校に通う双子の兄妹、兄のレグナの日本名。
──これだ。
「リアス様、わたしのクラスにレグナがいる…」
「そうだな」
「レグナと一緒にいればリアス様も安心…?」
「まぁ、一割くらい」
親友への信頼度低すぎませんか。だけど一割でも安心するならそれでもいい。リアス様の服のすそを引っ張って、ちょっと上目遣いになるように、言う。
「ね、ちゃんとレグナの傍にいるから、連絡とかちょっと、ちょっとだけひかえてほしい」
あの二人はたぶん時間ぎりぎりで来るはず。まだ掲示板を見ていないであろう幼なじみの知らぬところで、彼の平和を犠牲にわたしの道連れにするという悪魔並の行動に出た。天使名乗っててごめんなさい。
「………………レグナがいるなら、まぁ、少しは控えてやらなくもない」
ものすっごい悩んで、ものすっごく納得は行かない顔だけど、リアス様は了承してくれた。内心でガッツポーズをする。
「…ありがと」
たぶんリアス様とか双子の幼なじみくらいにしかわからないけれど、ほほえんでお礼を伝える。レグナにもちゃんとお礼言うよ。事後承諾もかねて。
「確認できたなら行くぞ。立ち止まっていると邪魔になる」
「はぁい…」
ちょっと不服そうだけど、決まったことだからって歩き出すリアス様の手を取って、一緒に校舎に向かった。
さぁどうやってレグナに伝えようか。はじめにありがとうって言う? それとも学校通いたいから一緒にがんばろうね、とか。あ、これいいかもしれない。なんだかんだ面倒見のいいレグナだからきっと妥協してくれる。リアス様と離れたわたしと同じクラスになっちゃったからどうせ巻き込まれるんだろうし。だったらはじめから道連れにした方が早いよね。少しだけ天使とは言い難い考えしてる気がするけどまぁいいや。
ものすごく心配そうなリアス様に大丈夫と言い聞かせて教室の前で別れて、席に着く。時刻は八時二十分。きっともう少しで、レグナが来るんだろうな。今か今かと、目の前の空席を見つめながら、イメージトレーニングをする。本人のいないとこで勝手に平和を犠牲にしたことに罪悪感はちょっとだけあるけれど、後悔はしてない。ついでに言えば反省も。
これも運命のいじわるだもん。仕方ない。
やってきた幼なじみにそう伝えたら、「俺に対するいじわるを作り出したのお前じゃねぇか」って怒られた。
『運命は、いつだっていじわる』/クリスティア
平和とは、なんと脆く儚いものか。
たった一つの出来事で、俺の平穏はすぐに崩れ去る。
例えば、いつもなるべく遠くに置いておきたい妹が今回も何故か隣を歩いていたり、金色と水色の幼なじみカップルと同じ学校に通うことになったり、しまいには同じ学校でも違うクラスなら少しくらいは平穏かなんてフラグを立てれば、見事に一番面倒な分け方で回収されちゃうわけで。
「俺の高校一年目は終わった気がする」
クラス分けの掲示板を見て、思わず呟いた。
「終わりましたねぇ、見事に。あなたの高校一年目」
同じくそれを見ていた妹の声は同情いっぱい。
カリナこと愛原華凜のクラスには問題児リアス、そして俺、レグナこと波風蓮のクラスには、決してやつから離してはいけないクリスティアがいる。何度見ても変わらない。
え、もうできれば不登校になりたいんだけど。
いや別にクリスティアが嫌なわけじゃないんだよ? むしろあいつの方が比較的おとなしいし居心地いいし、言うなれば被害者としては同志なわけで。俺が嫌なのはリアスが離れることでして。
クリスティアを失った悲しみから過保護度がどんどん増している親友は、今や彼女との同棲権を義理の親からもぎ取り、部屋も一緒で大げさじゃなくトイレ以外はすべて一緒にいるような男である。そんな心配性な男から彼女を離せばクリスティアはもちろんのこと、古い友人である俺たちにもその被害は及ぶ。特に俺。
クリスティアに連絡がつかなければ俺やカリナに鬼電やメサージュが入り、それをたまたま見なかったなんてことがあろうものならテレポートで飛んでくる。他にもいろいろ数知れず。今までどれだけ迷惑を被っただろうか。
加えていたずら好きのカリナもリアスと同じクラスときたもんだ。俺とクリスティアの平穏はほぼほぼない。
「俺すでに人生やり直したい」
「あと三年ありますから頑張ってください」
この先来るであろうトラブルを思い浮かべればそう言いたくなるわ。
「ほら、それに幸いこの学園は自由授業制です。HRさえ頑張ればその他はリアスが傍にいることができます。だから大丈夫ですよ!」
「お前他人事だからって……」
「私もサポートしますから!」
いやかわいくガッツポーズしてるけど正直お前のサポートが一番安心できない。トラブル九割くらい人為的に引き起こすだろ。その予想できる未来にため息を吐いて、歩き出す。
「とりあえず俺は今回平和に暮らしたいからお前らとは関わらない」
後でクリスティアにも言おうと思いながら、後ろをついてくるカリナにも言っておいた。
「そう言ってなんだかんだいつも関わってるじゃないですか」
「関わらざるを得ないんだろ」
「私にはあなたが好きこのんで関わっているように見えますが?」
散々巻き込まれてもう逃げることを諦めた結果だよ。
「とにかく、リアスにも言っとけよ! クリスティアの面倒は見ないって」
「伝えておきますわ、それとなく」
教室に入る前に念押しすれば、語尾にハートマークをつけるようにそれはそれはかわいらしい笑顔で返された。でもきゅんとなんてしない。あの笑みはぜってーなんか企んでる顔だ。
まぁとりあえずクリスティアに言えばいいだろうと教室に入り、彼女の前へ座っておはようと挨拶を交わす。小学校くらいに一回逢ったかくらいだったから「久しぶり」とか「元気だったか」とか、他愛ない会話を少しして、さぁ俺の平穏を手にするために本題に入ろうと口を開いた瞬間だった。
「レグナと一緒にいたら学校やめなくていいことになってるので一年間がんばろうね」
俺の平穏は先手を打ってた自称天使によって儚くも崩れ去ったのである。
『平和とは、儚いものである』/レグナ
各々クラスで合流したあと、入学式になりました。体育館に足を運び、クラス毎に整列してお偉い方の話を聞く。いつの時代も式は長いものですね。何千回も出席しているとさすがに退屈になります。校長の話だってもっと簡略でいいじゃないですか。「より良い学校生活を送りましょう」という一言で済むのになんで「本日はお日柄もよく」なんて天気の話から入るのか。それは未だにわからない。少し周りを見回せば、他の生徒も退屈そう。
「どうせならクリスティアと同じクラスになりたかったですわ」
まぁ今回は隣に幼なじみのリアスもいるので、私はそこまで暇にもならなさそうですが。退屈しのぎに小さい声でそう話しかけてみると、向こうも小さな声で応じてくれます。
「こっちのセリフだ」
「あなたは心配だからでしょう。私は純粋に彼女といるのが楽しいから同じクラスになりたかったんです」
どうせならみんな同じクラスの方がもっと楽しいんですけど。分かれるならクリスと同じがよかったですわ。
「……まぁもしあいつとクラスが分かれるのであれば、お前とクリスティアが一緒の方が良かったな」
「あら」
ちょっと意外な発言です。レグナの方が良さそうなのに。
「どうしてです?」
「同姓の方が一緒にいるとき何かと都合がいいだろう」
いや異性の方がなにかと都合がいいのではないのでしょうか。
「ナンパとかを考えると男女の方が都合がよいのでは?」
「別に声を掛けられようがそれはどうでもいい」
男性としてそれはどうなんでしょう。レグナなんて私が声かけられるとすごい形相でやって来ますよ。
「風呂だの化粧室だの男女で分けられるから一緒にいられん」
「男性的にはその時間を楽しむものではなくて?」
「楽しむ?」
「お風呂とか壁一枚向こうの彼女が気になってドキドキとか」
「いやないだろう」
いやあるでしょう、男なら。
「化粧室だってお化粧直ししてる間少しくらいいたたまれないとか、男女で分けられるからこその緊張感とか色々ないんですか」
「普通の男はない」
むしろ普通の男はあるんです。この男は本当に男なんでしょうか。あまりの男らしさのなさにため息出ちゃったじゃないですか。
「恋愛感覚がずれているあなたに一般論を言っても無駄ですわね」
「そんなにずれているのか? 普通だろう?」
「控えめに言っても普通とは言い難いですね」
超過保護で異常なまでの心配性って時点で大幅にずれているし。
《これにて入学式を終わります》
「終わったか。じゃあカリナ、また後でな」
そう言われた直後、隣にいたはずのリアスはパッと姿を消す。
うん、普通の人は入学式終わった直後にテレポートで恋人のところに行ったりしないものですよリアス。
ていうか置いて行きやがりましたわあの男。隣にいる幼なじみ置いて恋人のところにテレポートする男のどこが普通だというのかしら。
先ほどまで彼がいた空間に呆れた目線を向けながら退場のアナウンスを聞いていたら、一組の後ろの方が少しざわつく。ああ、あそこに飛んだんですね。びっくりして心臓発作を起こす人がいないと祈りつつ、アナウンスに従って歩き始めました。
次いで聞こえてきた兄のツッコミにはお疲れさまですと心の中で合掌して。
なんだかんだ入り口で待っているであろう幼なじみたちの元へ急いだ。
『あなたが普通だと言うのなら、世間はどうなるの』/カリナ
入学式を終え、クラスも隣同士ということで俺達は合流して四人で教室へ向かっていた。前を歩くクリスティアとカリナの後ろをレグナと並んで歩いていたら。
「俺、問題児と離れると平和になると思ってたんだけど」
唐突にレグナが言った。はて、問題児とは誰のことだ。
「問題児?」
レグナを見てそう尋ねれば、そいつは「え?」という顔をする。その顔を見て俺も「ん?」という顔をした。
「今俺の目の前で俺と話してるお前だよ」
そうか俺か。
は? 俺?
「失礼な奴だな。どこがどう問題児だ」
「毎度拾ってもらったくせに彼女の家の近くに引っ越させ傍にいなきゃ不安で鬼電鬼メサして最終的に同棲してるやつはお世辞にも普通とは言い難い」
「お前カリナと似たようなことを言うんだな」
「カリナにも言われてんのかよ」
ついさっき言われてきた。
「というか俺を問題児と言うのならお前の妹の方がよっぽど問題児だろう」
「は? カリナ? 確かにイタズラ好きではあるけどお前よりはよっぽど普通だろ」
そう言われ、今度は俺が「え?」という顔をする。そしてレグナが「ん?」という顔をした。
いやいやいや。
割と不仲なことが多い互いの引き取り手をあの手この手で親友にまで発展させて、兄の情報をいつも自分に行くようにしているカリナの方がよっぽどだろう。
しかし、少し考えた素振りをしても尚わからないといったような顔のレグナを見て、ふと疑問が湧き上がる。
「……お前まさかとは思うが知らないのか?」
「何を?」
きょとんとしたレグナに、開いた口が塞がらなかった。まじかこいつ。知らないのか。
毎回だぞ? 毎回突き放して自分の情報は言わないようにしても当たり前のように同じ学校になるんだぞ? おかしいと思わないのか。俺なら気付くぞ。つーか普通は何回もそんなのが続けば疑問を持つくらいはあるだろう。大丈夫かこいつ。妹だからって警戒心緩すぎるんじゃないのか。
不思議そうな顔をしているレグナに呆然としていると、ふと視線を感じた。前を見れば、妖艶に微笑んだカリナと目が合う。その目はこう物語っていた。
黙っておけよ、と。
心なしかものすごい気迫も感じられる。そして気付く。これは少しでもばらしたら社会的に俺が死ぬな、と。
「リアス?」
「……いや、なんでもない」
それを感じ取った俺は、どうしたと言いたげなレグナにそれだけ言って、口を噤む。今何か話すと余計なことを口走りそうだ。
「?」
突然黙り込んだ俺にレグナは訝しげな顔をしているが、気づかないフリをしてスマホを取り出しチェックする。何も連絡なんて来てはいないが、適当にメサージュを開いて文字を打つ仕草をすれば、レグナは気遣い屋だから邪魔しないようにとカリナやクリスティアの元へ歩を進めた。
いやなんでそういう風に周りを見て気遣いができるのに妹のことには無頓着なんだよ。
小さな変化とか、周りがどうしてるとかびっくりするくらい気付くくせに、一番近くにいて一番よく見ている妹のことは何故気付かない。そんなにあの妹はわからないようにしているか? 外部から見てると思いっきりわかるぞ? これが兄妹いつも傍にいたいんですと言うならわかる。お前一応妹の幸せのために自分から遠ざけたいんだろう。頑張って逃げて遠ざけようとしていただろう。なのに傍にいるんだぞ? さすがに疑問くらいは持ってもいいだろう。何千年これやられてると思ってるんだ。
やきもきしながら、クリスティアを挟むようにして歩く双子を見る。レグナとカリナは楽しそうに笑っていて。そこで、ふと日本にはこういうときの諺があるなと思い至った。
レグナが知らないことで本人が望む「平和」が成り立っているのなら、これはこれでいいのか。ちょっとあまりにも気付かなすぎて心配になるが、俺の社会的な生命のためにも言う気はない。それでカリナもレグナも幸せに笑っていられるのならもういいとしよう。何も言うまい。
自分にそう言い聞かせて、少し歩みを早めた。
『知らぬが仏とはまさにこのこと』/リアス
エシュト学園は入学してからだいたい一週間くらいは授業がないらしい。俺たちは通ったことはないけれど、大学みたいに各々が好きな授業に希望を出すから決まるまでに時間がかかるそうだ。
そんなわけで、しばらくは各クラスでHR続き。席に着いてクリスと話していれば、一組担任の杜縁先生が入って来た。黒髪短髪でいつ見ても真面目そうな人。いつも通り教壇に立って、出席簿を開いて出席をとってく。
「今日は委員会決めをする」
それが終わって、HRが始まる。自己紹介は昨日で終わったから今日からは決めごとをしたり、学園について色々話したりするそう。初回の今回は委員会で、杜縁先生が黒板に委員会名をいくつか書いてく。
「このエシュト学園ではクラス全員が同じ授業を受けるわけではないから、中学であったような係とかはない。が、文化祭やら体育祭やらはクラス単位で競うからな。その実行委員とか、あとは図書、美化など学校や生徒のためになりそうな委員会を決めている」
そんな説明は聞き流しながら、できればこういうのって避けたいよなぁと、黒板に書き出された五つの委員会を見て思った。実行委員とかはそのときになると大忙しだし。なるとしても図書委員会がいい。
杜縁先生は手に付いたチョークの粉を払って窓側に移動した。
「ではまずは実行委員から。挙手制だが決まらない場合はじゃんけんになるからな」
その言葉を合図に、数名の生徒が黒板に名前を書きに行きだした。
「刹那はなんかやんの、委員会」
希望者を募り始めたところで、今や運命共同体となってしまっている後ろの席のクリスティアに尋ねてみる。仮にこの子が希望を出すのであれば俺も立候補しなきゃならない。なれるかどうかは別として、立候補すらしなかったとばれた日にはその日が俺の命日となる。それはまじでごめんだ。
ただそれは杞憂に終わって。
「…とくに」
クリスティアは小さく首を振りながら、そう短く答えた。そっか、と俺も短く返して再び前を向く。まぁ自分から立候補してもリアスも同じ委員会にならないと結局は却下にされそうだし。それに元々委員会とかやるタイプでもないか。クリスティアもこんな感じなら、委員会はスルーできそうかな。
と思っていた数刻前の俺にとても言いたい。
フラグを立てるなよ、と。
未だに空白だらけの黒板を見て、委員会というものを甘く見ていたと知る。好きならばまぁやるやつもいるだろうが基本的に面倒と思われている委員会。そしてここは自分の夢に向かって学びに来るやつが非常に多いエシュト学園。
そりゃ立候補者もほとんどいるわけがなく。図書委員と放送委員以外はじゃんけんで決めることになった。
そこまではよかったんだよ。結構な人数から数人だけ選ばれるからほとんどのやつは委員会を回避できるわけだし。
でもね、クリスティアさん。
「お前はどうしてこうも俺のフラグを回収してくれるのかな」
お前のじゃんけんの弱さには目を疑うわ。十回以上のじゃんけんを行った結果すべて負け、美化委員へと決まってしまった幼なじみに嫌みたっぷりでそう言ってやった。
「…びっくり」
俺もびっくりだよ。
「…レグナもじゃんけん負けたの?」
呆れている俺などお構いなく、クリスティアは黒板に書かれた文字を見て言った。美化委員と書かれた隣には、氷河刹那という名前と波風蓮、つまり俺の名がある。が、俺はじゃんけんに負けたわけじゃない。むしろ勝ち組なんですよ。けれどなんで俺の名前があるかと言えば。
「お前が美化委員になったから俺もなったんだろ」
クリスティアが決まった時点で先生に立候補してきたからである。
「一緒にいた方がいいんでしょ?」
入学初日に言われた言葉を思い出しそう言えば、クリスティアは小さく頷く。そして言いづらそうにもごもごとしたあと、小さな声で言った。
「…いつもいつも巻き込んでごめんね」
初日に意図的に巻き込んだのはお前だけどな、なんて言葉は、いつもの無表情がほんの少し、わかるやつにしかわからない程度で申し訳なさそうになっているから飲み込んだ。確かに散々巻き込まれてはいるけど、別にお前が謝ることじゃないのに。かと言って、こうさせているリアスが悪いわけでもないと思ってる。
「別に、慣れてるし」
静かな環境は好きだ。面倒はなるべく避けたいし、刺激的な人生なんてごめん被る。でも、それは俺一人だけだったらの場合。
「なんだかんだ楽しいし、いいんじゃないの」
笑って、そう言ってやる。そうしたら、クリスティアの表情も柔らかくなった。つられて、俺も頬が緩む。
俺一人だけだったなら、たぶん教室でゲームでもして。なるべく人と接点を持たずに、ただ人生をクリアするためだけに生きていくんだと思う。
でもリアスやクリスティア、カリナとなら、いろんなことが楽しく思えるから。巻き込まれてもいいやって思う自分がいる。だから本気で突っぱねたりもしない。
「…ありがと、レグナ」
「どういたしまして」
たとえ自分が唯一の常識人で、過保護な俺様チートに全力でツッコむ役になろうとも、トラブルばっかり引き連れてくる妹の後始末が俺一人でも、普段はこっち派にいるはずの目の前の幼なじみが突然悪魔並みの行動に出て一番のトラブルメーカーになろうとも。うん、俺大変だな。
正直もう一人くらいは常識人が欲しい。俺のHPが持たない。
だけど、なんだかんだで彼らの中に自分の求める「平和」をいつからか見つけてしまったから。トラブルばっかのこいつらに巻き込まれても良いかな、なんて思っているのは、まだ秘密。
『望む平和は、彼らの中に』/レグナ
「レグナとクリスティアが美化委員ですか」
そうリアスに聞いたのは、彼が恋人の元へ行ってきた休み時間のあとでした。こちらのクラスではまだ決まっておらず、担任の江馬先生によるとこの時間に決めるそう。ちなみに何故私がリアスと時間差で知ったかというと、私は出席簿で一番前だったので決めごとの書記をしていたからです。終わらないので休み時間も書いてたんです。この男に手伝うなどという情はなかったようで。休み時間になった瞬間さっさと恋人の元へ行きましたよ。別にいいですけど。いいですけど。
「クリスティアがじゃんけんでことごとく負けたらしい」
まぁそんなことは置いといて、委員会になど入らなさそうな二人に驚いていれば、リアスは少しつまらなそうに答えました。ただそれはレグナと組んだからとかそういう嫉妬的な理由ではなく、自分の知らないところで彼女のことが勝手に決まっていくのがおもしろくないようです。まぁわかりやすいこと。
「あなたも美化委員やるんですか?」
「まぁ、そりゃあな」
後ろの席に着いたリアスに若干冗談をまじえてそう聞くと、やはり答えはYES。しかも当然といったような表情で。個人的には美化委員が終わるまで傍にいて待ってるというのが一番なのではと思いますが黙っておきましょう。
「レグナもいるならお前もやるんだろう?」
そんな私の考えは露知らず、リアスが聞いてきました。レグナどころか全員いるので楽しそうではありますが、どういう風に活動するのかわからないというのが一番の問題点。全員で一緒に活動できるなら喜んで行きますが、そうでないならレグナの傍で冷やかしながら待っていた方が楽しそう。
「私はちょっと考えどころですね。一緒にペアを組めるかもわかりませんし」
「お前ならあの手この手でペアを組みそうだけどな」
「さすがに行き当たりばったりでは無理ですよ」
彼の目が「行き当たりばったりでなければやるのか」と言っているようですが気にしない方向でいきましょう。
「では委員会を決めますよ~」
そこで、江馬先生の少し間延びした声がかかりました。前を向けば、豊満な体と優しい金髪を揺らしながらにこやかに微笑む江馬先生。そして黒板には実行委員会、図書委員など五つの委員会が書かれています。生徒の動向が見やすいように、普段は横にある壁に寄りかかるように座り、出席番号トップの特権である廊下側一番前から全体を見た。
「では実行委員から~」
江馬先生が声をかけると、ちらほらと手を挙げる方がいます。基本的には立候補制で、いなければ一組のようにじゃんけん、もしくはあみだくじのようです。うちのクラスは比較的やりたい方が多いのかしら。委員ごとに最低人数は手が挙がってますね。これはじゃんけんなどには巻き込まれなさそうと、事の成り行きを見守った。
「では美化委員はいるかしら?」
そうして順調に他四つの委員会が決まり、最後の美化委員。そう聞かれると、隣で動く気配。
「……やる」
ちらっと見れば手を挙げているリアスが。
ほんとに立候補しましたよリアス。
見た目不良の男が手を挙げているというこのギャップ。しかも美化委員。二人で話してるときは「そうなんですね、頑張ってください」と思っていたのにいざ直面するとすごい笑えてくる。吹き出さないように腹筋を引き締めましたよ。
それでも見ていると吹き出しそうだったので周りを見回す。あらリアスの立候補にクラスメイトたちもどよめいていますわ。
ですよね。めっちゃわかります。
自己紹介もすごい愛想がなく恐い印象だった人間がまさかの美化委員に立候補するとは思わなかったでしょうね。私も思いませんよ。
そのまま流れるように前を向き、書記の作業に戻るフリをしました。腹筋痛い。
「では男子は炎上くんでいいかしら」
しばしの沈黙のあと、江馬先生が声を掛ける。けれど、シンとしたまま。他に立候補者がいないのか単に恐くて立候補できないのかはさだかではありませんが、沈黙を肯定として、男子はリアスに決定。
そして、
「女子はいないのかしら?」
同じ理由で女子も立候補者がでません。中にはイケメンだしお近づきになりたいという方もいるようだけれど、踏み出すには至っていない様子。
「先生」
別に立候補してもいいですが、色恋沙汰には巻き込まれたくないので空気を消していると、後ろでリアスが口を開きました。
あら、嫌な予感がします。
「華凜……愛原がやってくれるそうです」
ほらぁ、そうやってすぐ巻き込む。しかも下の名前で一瞬呼んじゃったのも相まって女の子たちもちょっとざわざわしちゃってるじゃないですか。なんてことしてくれるんですかこの男は。
「あら、本当? 愛原さん」
「あー……」
そんな私の嘆きは知らず、クラス全員の視線が集まって、言いよどむ。レグナもクリスティアもいるから別にいいんですけど、この状況はなんとなく嫌な事態を招きそうです。悩んでいると、
”ガンッ”
私だけにわかるくらいでイスを蹴られました。イスを蹴られました? この男、あろうことか女性のイス蹴りやがりました。抗議の目を後ろの席に送るため振り返ると、そこには世にも珍しい彼のほほえみ。まぁ美しい。それに不本意ながらも一瞬見とれていれば、ゆっくりと動く口。
”やれ。さもなくば、”
そこで、止まった。幼なじみって嫌ですね。声に出していないのにわかる上にその先の言葉がわかっちゃうんですよ。
レグナのストーカーの権を黙っておく代わりにこっちにもつきあえよ、と。そう言いたいんですよねわかります。正直ものすごくお断りしたいけれど、こちらとしてもレグナにばらされるととても困る。私も黙っとけよと言ったことですし協力してあげますよ仕方ないですね。そう睨んでリアスに伝えるとまたきれいに笑ったので交渉成立。一度ため息をついて、人当たりの良い笑顔を浮かべて振り返り、伝える。
「喜んで引き受けますわ、先生」
兄妹揃って幼なじみカップルに道連れを食らいました。まぁリアスにはこれで貸し借りなしということで。
『恋人は似てくるって本当ですね』/カリナ
笑守人学園に来てから一週間程が経った。授業も決まり、委員会も全クラス決まったようで今日から色々と始まるらしい。
なるべく生徒の希望通りの授業を、ということで笑守人学園は余程の事がない限り第一希望を通してくれる。おかげでクリスティアとは全て同じ授業になり、俺はやっとあいつと一緒にいれる時間が増えると安堵していた。
のだが。
「あの、炎上君って愛原さんと付き合ってるの?」
新たな問題が浮上中である。教室移動 兼 クリスティアの迎えに行こうと席を立とうとしたとき、三人の女子に呼び止められると、一番気の強そうなピンクの髪の女に突然そんな質問をされた。逃げられないように囲まれて、席を立つ機会を逃す。
いや、というか何故俺とカリナが付き合っていることになっている。あいつ何かしたのかと思うも当の本人は授業の準備だかで教師に呼び出されていていない。タイミングの悪い奴め。内心舌打ちをしながら、告げる。
「……俺の恋人は一組の氷河だ」
溜息を吐きたくなるのを抑えてそう言えば、声を掛けてきた女子の後ろに控えていた、茶髪と黒髪の女子二人がこそこそと話を始めている。
「愛原さんって二番目なのかな」
「炎上君て見た目通りチャラい感じなのかも」
おい聞こえてるぞ。つかチャラいってなんだ。俺の見た目はそんなに軽そうなのか。金髪が全員チャラい奴だと思ったら大間違いだからな。そんな心の訴えなど知らず、ピンクの髪の女はぐいぐい聞いてくる。
「えと、氷河さん? とも付き合っていて愛原さんともちょっとそういう関係的な?」
「華凜とはそもそも付き合っていない」
「でも、下の名前で呼んでるよね!」
現代の日本では異性を下の名前で呼んだら恋人なのか? 昔は名字なんてなかったぞ小娘。面倒な女達にいらいらし始めるが、努めて冷静に返す。
「幼なじみだ。氷河と波風もだが」
「幼なじみみんなで付き合ってるんだねぇ、なんかドロドロな感じ?」
んん?
何故その発想に至った? さすがに溜息が出るわ。カリナではなくクリスティアと付き合っていると言ったら何故幼なじみ全員と付き合っていることになる? 俺か? 俺の日本語が悪いのか。この長い人生の三分の一くらいは日本で生活しているから日本語には自信があったがまだ足りないのか。
「ドロドロもなにも俺は氷河と付き合っていて華凜とは付き合っていない」
確認のためにもう一度しっかり言ってやった。が、女たちは納得していない。そして。
「えー、でもその氷河さんて波風くんと付き合ってるんじゃないの?」
「──は?」
黒髪女の耳を疑う言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。……いやいやいや。突然の爆弾発言に一瞬思考が停止するが、我に返って首を振る。
レグナの理想は妹のような奴だぞ。クリスティアは確かに可愛い。可愛いんだがレグナの好みではないことは知っているし本人からも聞いている。あいつが傍にいるのは俺がそう言いつけてあるからだ。一人にしたら覚えておけよ、と。レグナはちょっと我が儘で、でも常識があってちゃんとするところはちゃんとする妹のような奴が好みなんだ。クリスティアではない。……ないよな、ない。
「でもそうだとしたらすごいドロドロだよね」
「昼ドラみたい」
必死でそうじゃないと言い聞かせてるうちに聞こえた言葉で、思い至る。
もしかしてこの女子達の頭の中では一組カップルと二組カップルが成立していて、さらに今俺がクリスティアと付き合っていると言ったから、俺がクリスティアに手を出しているという状況が繰り広げられているのではあるまいか。
どれだけ最低なんだ俺は。
「……あいつらも付き合っていない」
なんとか平常心を取り戻し、そう伝える。しかしすでにそうだとしか思っていない女子達は手強かった。
「隠れて付き合ってるかもよ?」
「炎上君が恐くて言えてないだけかもしれないじゃん!」
おいさりげなく失礼じゃないかこのピンクの女。いらついた表情を見せるも意に介さず続けてくる。
「炎上君、結構その氷河さんのこと束縛してるんじゃない?」
あー、あながち間違いじゃない。
「束縛はまぁ、しているな」
「氷河さん、ほんとは嫌っぽいのに、無理矢理縛ってない?」
こいつ痛いところをぐさぐさ刺してくるな。ただしあいつは別に嫌がってはいない。面倒そうではあるが。
「別に互いに合意の上なんだからいいだろう。お前らに関係ない」
「それで氷河さんが一生消えない心の傷とか負っちゃったらどうするの?」
詰め寄って聞いてくるピンクの髪の女に、さらにいらいらが募ってくる。氷河さん氷河さんとお前さっきまでクリスティアのこと知らなかっただろう。見たこともないだろう。そんな奴がヒーローぶって何を言う。あいつは俺に縛られようがなんだろうが傍にいると言った。俺のことをわかって全て合意した上でそれでも傍にいるんだ。何も知らないでいかにも「女子の味方です」という風に言葉を並べられてもこっちはただ怒りが溜まるだけだ。
「そうなったらどうするの?」
「だからっ」
あまりにも聞き分けのないそいつに、怒り任せで声を荒げようとした瞬間。
「龍…」
「いってぇな」
突然髪の毛を引っ張られた。横を向けば、少し呆れたような顔のクリスティアがいる。お前か俺の髪を引っ張ったのは。あまりにも突然の痛みに怒りが吹っ飛んだわ。
「何だ」
「授業…始まる」
そう言われて時計を見ると、あと少しでチャイムが鳴りそうだった。
「ああ、悪い……というかお前一人できたのか」
段々いつも通りの冷静さを取り戻して、クリスティアのすぐ近くに人がいないことに気付き、問う。クリスティアはふるふると首を振り教室のドアを指さしたので追うと、そこにはレグナがいた。やべぇそこにも気付かないくらい血が上っていたのか。
「お前が来ないから連れてきた。けどなんか邪魔した?」
俺の状況を見て冗談混じりに言う。むしろ邪魔してくれて助かったんだが。「いや」と返して、荷物を持つ。俺達の会話が落ち着いたところで、二人の登場にそわそわと女子三人が伺ってきた。
「やっぱり氷河さんと波風くんて付き合ってるの?」
まだ聞くか。今度は思い切り舌打ちをする。もうさっきの段階で嫌気が差した俺は、何も言わない。それを見た女子たちは視線をレグナに向け、どうなのと問いただす。
「は? 俺と刹那?」
思わぬ質問にレグナも素っ頓狂な声を上げた。が、すぐに納得したように「あー」と苦笑いをして。
「俺は龍から刹那のお目付役を任されてるだけだよ。こいつ心配性だから」
俺では出てこないような言葉で慣れたようにそう返す。呆気にとられている女子達に構わず、レグナは続けた。
「ほんとは本人が一番傍にいたいんだろうけど、偶々クラス離れちゃって。んで、ひっさしぶりに会った幼なじみの俺に刹那のこと頼むってすがってきたの」
「おい縋ってねぇだろ」
「脅したんだっけ?」
「お前が刹那に先手を打たれただけだろう」
「別に俺はさっさと自分の授業に行ってもいいんだけど?」
楽しそうにそう言うレグナを睨んだ。レグナは怯むこともなく、肩を竦める。
「あー、で、なんだっけ」
「わたしと蓮の、疑惑…」
「そうそう。俺、こいつから頼まれて刹那と一緒にいて、こいつの不安を少しだけ和らげてるだけ。いかがわしいことなんて何もないよ。俺こいつらの世話で彼女作る気ないし」
にっこりと、けれど有無を言わせないような笑顔で答えれば、女子達は何も言えなくなったようだった。こいつのこういうところは妹そっくりだな。いや逆か? こういうところをあの妹は似たのか? なんて的外れなことを思いながら、事の成り行きを見守る。
「ってわけで、そろそろいい? 授業遅れると君たちも怒られるし、こっちは大事な妹待たせてるんだ」
「あ、はい!」
「そうですよね! ごめんなさい!」
笑ってはいるが、これ以上踏み込んで来るなと言いたげな、ほんの少し威圧を含めたようなレグナの言葉に、女子達は焦ったようにそう言ってパタパタと教室を去って行った。あれだけしつこかったのが嘘のようだ。
「……なーに捕まってんだよ」
その背が見えなくなった途端。呆れたように言われてもう返す言葉もない。
「悪い……。助かった、礼を言う」
「礼なら刹那に言えよ。来ねぇし連絡もねぇしで迎えにいこうっつったのは刹那だからな」
言われて、クリスティアを見る。その目は、「大丈夫?」と言っていた。
「大丈夫だ、ありがとうクリスティア」
頭を撫でると少し嬉しそうにして、今度は俺の腕を引っ張り始める。
「授業始まるってさ。俺もう行くからな、華凜待たせてるし」
「ああ」
そう言うやいなや、レグナは小走りで去って行った。それを見届けてから、俺もやっと立ち上がって歩き出す。クリスティアも俺の服の裾を掴み、共に歩きだした。
「…大変だったね」
「本当にな」
思い出すだけで溜息が出る。この数分でどっと疲れた。あの双子と高校が一緒のことは度々あったが、今回のように分かれるのは実は初めてだ。まさかこんな風になるとは思わなかった。
「まぁ人の噂もなんとやらだ。しばらくしたらどうせなくなるだろう」
「ん…」
本鈴が鳴って、少し歩みを早くしながらそんな風に話していた俺達は、現代女子の発想の恐ろしさをまだ知らない。
『妄想は恐ろしい』/リアス
放課後になって、みんなで委員会に行った。ここの美化委員会は二クラスで一つの場所を担当する方式。好きに組んでいいって言われたから、いつもの四人で班になった。
一回どこかで美化委員やったことあるけど、その時は毎週一クラスずつ交代で学校のお花の世話してたの。でも、エシュト学園はすごい広いから、担当した場所を一年間そのペアがずっと見続けるんだって。
「で、何を植えるんだ」
色んな種類の種が並んでる机の前で、リアス様がわたしたちに言った。一年生は必ずなにか一つ、新しい種を植えるみたい。花でも木でも、好きなのを選んでいいの。それを、一年間枯らさないように育てていくんだって。
「木は見た限りたくさん植えられてますものね」
「じゃあ花でいいんじゃない?」
「だな」
三人で進められてく話を聞きながら、花の種を見てく。コスモスは知ってる。こっちの白いのは知らない。でも花びらがぶわってしててきれい。
「なにか希望の花はあります?」
「花ならカリナが得意分野だろう。俺はよくわからん」
「あら、華の能力を持ってるからといって花に詳しいわけではないのですよ?」
「華凜さん能力者失格じゃないかな」
「そんなことないですー。ねぇ、クリス?」
「…なんとも言えない」
「あら」
突然振られた話に驚くことはしないで答えると、カリナは軽く肩をすくめて笑った。
「それで? 結局どうするんだ」
「そうですねぇ。では好きな花にしましょうか」
リアス様に促されて、カリナが一つの袋を手に取る。
「…エンドウ?」
「はい、白やピンクの花が咲いて綺麗なんですよ」
エンドウってどんなのだっけ。聞いたことある。パッケージを見てみるけど、お花の写真で記憶とはちょっと違う。
「ねぇ、エンドウってどんなの…?」
隣のリアス様は、少し悩んで。
「エンドウ豆とかあるだろう。あれだ」
「エンドウ豆…」
あれか、緑のやつ。
「わたし食べれないじゃん…」
「刹那さんや、これ食べるために植えるわけじゃないんだわ」
「そもそも家庭菜園系は全般だめでしょうよ」
「そんなこと…」
あるかもしれない。
ほとんどだめだわ。
「他に異議はありまして?」
「ありませーん…」
「結構ですわ」
ということで、裏庭の花壇に向かって四人で歩き出した。
「華凜…」
「はぁい」
その途中で、隣のカリナに聞いてみる。
「…どうしてエンドウが好きなの?」
「あら、綺麗だからですよ」
「…それだけ?」
そう聞けば、一瞬驚いた顔をした後に、いたずらっぽく笑った。
カリナには、いっつもちゃんと理由があるのを、知ってる。好きなものも、きらいなものも、誰かの傍にいることも。なんとなくっていうのじゃなくて、この味は苦いからきらい、とか、この触感が好き、とか。ちゃんとはっきりした理由が。
きっと、このエンドウもそうなのかなって思ったら、当たりだったみたい。前を向いて、教えてくれる。
「花言葉です」
「花言葉…?」
「はい。花には意味、言葉が込められています。エンドウもそう。この花に込められた思いが、とても好きなんです。……彼らのようで」
悲しそうな、でもとてもいとおしそうな視線を、追う。先には、珍しく前を歩く、楽しそうに笑って話してるリアス様と、レグナ。
「どんな意味なの…?」
「あら、興味あります?」
そう言うカリナに、こくんとうなずく。そうしたら、カリナはとってもきれいにほほえんで、わたしにこっそり耳打ちした。
それを聞いて、思わず、わたしもほほえむ。
「龍と、蓮みたいだね」
「でしょう?」
「おーい日暮れるよー」
「土をほぐさなきゃいけないんだろう」
二人で笑ってたら、先に担当場所に着いてたリアス様とレグナがしびれを切らしたように言った。それを見て、カリナともう一度笑いあって。
「今行きますわ」
「行く…」
二人の元に、少し小走りで向かっていった。
そのあと、土をほぐして、カリナが選んだ種を植える。
どうか彼女が選んだその想いが、叶うように願いを込めて。
『その花に、願いを込めて』/クリスティア