休み明けとはなんとも憂鬱なことか。
「……」
チャンネルを回せど回せど、出てくるものは新学期で会社だ学校だと外出を促す内容ばかり。
「……」
挙句の果てには。
《ハイゼル氏はこの度――》
「二度あることは三度あるみたいなものか……」
「なにがー…」
「憂鬱さというのは連鎖するものだと思ってな」
フランスにいる義父のニュースに当たり、当時の憂鬱さも思い出してなお気分は下がる。
準備ができてソファの隣に座ってきたクリスティアに返しながら、テレビは消した。
「もういーの?」
「あぁ」
時間だろうしな、と。腕時計を見れば午前8時過ぎ。そろそろ行かないとレグナ達との待ち合わせにも遅れが出るだろう。
正直外に行きたくないが。
なんだかんだ夏休み最高だったんだろうと今痛感する。
恋人とずっと共にいれる時間。幼馴染で過ごせる日々。こんな幸せなことはあるまい。
「……」
「なーにー」
「恋しくなっただけだ」
「?」
思わず抱きしめたクリスティアは腕の中で首をかしげるけれど。気にせず、幸せだった夏休みに別れを告げるように恋人を堪能する。
すり寄って、少し甘く感じる彼女のにおいを肺いっぱいに吸い込んで。
幸せとは、なんだかんだ普段大変だったからこそより感じられるものだということを知っているので。ほどほどにして離し。
「……そろそろ行くか」
「はぁい」
体を離した恋人と微笑み合って、新学期へと踏み出した。
ただ、笑守人学園ではほかの学校のように最初から授業、ということはなく。
「これはなかなかテンション上がるよな」
「ねー」
一年ということで初っ端の日に合同演習。
家と違って少し離れたところにいる、本日ペアのクリスティアに言えば彼女も同意なのか、かわいらしくストレッチをしながら頷いた。
長年生きてきて、戦う力を身に付けて。副産物というのか、戦うこと自体も比較的好きになった。
割とストレス発散にもなるしな。朝の憂鬱さも晴れるだろう。
しかも相手は恋人と来た。
これはもう楽しみというほかないだろう。
なんて。
「あいつらが聞いたらドン引きだろうな」
「?」
「あそこ」
ほんの少し遠くに、体育祭あたりから交流のある奴らの声が聞こえて、指をさす。
クリスティアが向いた先には道化達同級生組。
「みおりたち、組む…?」
「そのつもりで来たみたいだな。俺とお前が戦うことに驚いているみたいだが」
今もなおレグナ達に「恋人と戦うの」と聞いている。まぁ普通に考えたら驚くのか。
いつだって守りたい恋人。
運命の日には守れない、愛しい人。
けれど、俺はどうしたって歪んでいるから。
守りたいけれど、傷をつけるのもどうか、俺であってほしいと願ってしまう。
己の狂気にそっと微笑んで、顔を上げる。
目の前にはきっと俺と同じであろう、楽しそうなクリスティア。
互いに準備ができたということで。
「あそぶか」
「うんっ」
「はじめっ!」
合図と共に、スタジアム中央へと走り出した。
【ダガー】
【氷刃】
互いに近接武器を手に持ち、刃を合わせる。金属音に近い音を奏でながら、その刃はすぐに離れていった。
「っと」
そうしてすぐに、また一撃が降りてくる。
けれどレグナ達のように、刃を合わせて拮抗することはない。
弾いては次の一撃、また一撃と繰り返し、短い剣撃が俺に降りかかってきた。それをいなしてやりつつ。
「、わっ」
ときおり、俺からも一撃。彼女にとって少し重いそれは、体勢を崩すのに十分だった。
「ほら次行くぞ」
「ずるいっ」
「ずるくない」
ずるいというのならお前の方が俺はずるいと思うんだが。
そう言うまでに、クリスティアはふっと身を引いて。
【天使の羽】
ふわり、宙を舞う。そうして今度は上から刃を振り下ろしてきた。
「俺からしたらその頭の柔軟さがずるいと思うが?」
「ずるくない…」
「常套手段すべてを覆せるのはずるいと言われても仕方ないだろう」
体重をかけられることもあって、先ほどより重くなった刃達をまたいなしていく。少し後ろに引きながら彼女の刃を受けていれば、攻撃しているのにクリスティアは不服そうだった。
「不満げだな」
「全部いなす…」
「いや当たり前では??」
お前自分の瞬間打撃力を甘く見るなよ。
こうして軽くいなしているがたぶん食らったらあれだぞ。
「骨粉砕レベルなんだよお前の一撃」
「失礼っ…!」
過去投石で木をえぐった少女には最適な言葉だと思うんだが。
あぁほらそうやってむきになるとより一撃の攻撃力が増すから。待て待て待て片手じゃ無理だそれは。
「お前ほんっとにその打撃力……!」
「わたしはっ、かよわいっ、女の子っ!」
「いい加減認めろ、その打撃力だけはか弱くないっ!」
「どうしてっ、龍はっ、かわいい彼女のことをっ、かよわくないって、言うの!」
「頭一つ分身長差のある彼氏に両手で刃を受け止めさせる奴のどこがか弱いっていうんだ!!」
「龍のっ、力が、弱い、のっ!」
「んなわけあるかっ!!」
くっそこいつほんとに無駄に力だけ強いな。
だんだん手がしびれてきているんだが?? こいつはこれでか弱いと?? そんなばかな。
「か弱いって言うのはこんな風に刃受け止めさせないんだよっ」
「そんなこと、ないっ」
どこの世界に相手の手しびれさせるくらいの打撃力を持つか弱い女がいると思っているんだこいつは。
さぁどうする。
これはそろそろ俺の手から短刀が離れていくな?? それはまずい。
ということで。
「!」
一瞬軽めに下にしゃがんで。
「えっちだと思う…」
「心外だと思う」
恋人からの心外な言葉に、いろいろな溜まりも含めて下から切り上げる。
けれど羽を羽ばたかせてそれはかわされた。それは想定内なので、後ろに引いていくクリスティアを追うように俺も走り出す。
魔力を練りながら、羽を出していると速度が落ちるとわかっているクリスティアが羽をしまうのを見届けて。
【贖罪の鎖】
「!」
その小さな足がふわりと地面に降り立った瞬間に、鎖を展開。――おおすげぇな。
「わ、っわ」
「お前は本当に柔軟だな……」
いろんな意味で。
追ってくる鎖を見事に避けて、彼女は走っていく。頭と体が本当に柔らかい。その柔らかさがあれば、もし逆の立場だったなら。お前は運命を超えているんだろうなんて思ってしまうくらい。
そう、超えられていない自分に自嘲しながら。
「これはどうだ」
次々に魔術を練って、戯れていく。
詠唱まではいいだろう。パチンと指を鳴らして、練った魔力を簡単に具現化していった。
「っ」
最初は彼女が次に着く足元に、水を張る。
「これは、得意…」
そうすればクリスティアは瞬時に足元に魔力を練って。足を着いたところから水を氷にしていった。
「ならこれは」
今度はふわりと風を吹かせてやる。
「…いっしょに、飛ぶ…?」
そう言いながら、風に身を任せて体を浮かせ。
こちら側に降りてくる。
その柔軟さとあそぶのが楽しくて仕方ない。
きっと次のは何もしないだろう。わかっているから、笑って。
「最後な」
「!」
言いながら、クリスティアの周りに炎を展開する。
恋人を囲むように出したそれを。
「…」
クリスティアは、よけずにそのまま立って受け入れた。俺を思わせる紅だから、ただただ微笑んで受け入れる。俺が抱きしめているように見えるそれに、こちらも思わず口角も上がった。けれど本物の炎なので、それは彼女の洋服から蝕んでいく。
「そろそろ燃えるぞ」
「本望…?」
「わかっているだろ」
それは、本望じゃないと。
答えは、炎の中で見えないけれど。
出てこようとしないクリスティアに、一度息をついて。
そろそろ本格的に燃えてしまうので、炎は解除する。
――あぁ、来るか。
薄く薄く練り上げていたらしい魔力が、それと同時に大きくなった。
思い切り横に逸れれば、俺のいたところには大きな氷の塊が出てきている。
「残念…」
「残念そうには見えないが?」
笑い合いながら。
【ディストレス】
【リグレット!】
互いに愛銃を出して、撃ちあい。
近づきながら、彼女のリグレットから出てくる氷の弾を銃ではじいて、たまに弾丸同士を合わせるようにして撃っていき。
「!」
目の前にやってきた弾をまた銃で振り払ったとき、目の前から恋人が消えた。
テレポートか。
場所は――、
「っわ」
「ビンゴだな」
ほんの少し右斜め前。そのあたりに向けて思い切り蹴りを入れると、恋人が丁度現れて。固い感覚と共に、近づいてきた恋人がまた吹っ飛んでいった。
「いたい…」
「嘘つけ」
瞬時に判断して氷張ったくせに。
俺が与えた痛みじゃないことに、不服さを素直に表に出して、歩いていく。
「心がいたい…」
「おそらくそれで心を痛めるのは俺だろうな」
恋人に思い切り蹴りをいれてだのなんだの。
あいにくそんな痛みは感じないけれども。
「……」
立ち上がろうとするクリスティアに向けて、逃げ場をなくすように銃を撃っていく。
起き上がろうとしてはこてんとしりもちをつき、それを何度も繰り返して。最終的にさぁどうしようと俺を見上げてきた。
あたりには魔力を感じるから、本気で困ってはいないんだろうけれど。そのしぐさがかわいらしくてたまらない。
口角をあげて、さらに銃を打ち込んでいく。
「っ」
「浅かったか」
その一つが、恋人の頬をかすめて。薄く、血がにじんだ。
「深いのは、禁止…」
「そうだったか?」
なんておどけて。こつり、こつり。
自分の足音を大きく感じながら、クリスティアへと歩いて行った。
「合同演習はなんだかんだ制限があっていけないな」
「つまんない?」
「いいや?」
楽しいさ。
言いながら、目の前にやってきた恋人にしゃがんで。
うっすらとにじむ血を、指で撫でてやる。
「龍のは?」
「俺のはだめ」
「なんでー」
じわり、じわり。
あたりに魔力がにじんでいくのを楽しみながら、ゆっくりと恋人を押し倒してやった。先ほどの蹴りなんか考えられないくらいに、優しく。
空のようなきれいな髪をスタジアムに広げた恋人は、どこか嬉しそうに俺を見上げてきた。
俺もそれにほほえんでやって。
「……もっと早く撃っておけばよかったな?」
「ほんとにそう思う…」
完成した、おそらく氷刃であろうそれらを背後に感じつつ。
俺は恋人の喉に、愛銃をあてがう。
強すぎず。けれど弱すぎない強さであてがって。しっかりとハンマーを引いておく。
そうすればもう、恋人は降参するしかない。
氷の刃達に合図をしても俺の方が早い。
他のことをするにしても、そう。ただ、もう少しだけあそんでいたくて。
「頭の柔軟さを発揮するところだろ」
「こんな感じ…?」
猶予を与えてみれば、恋人は持っていた銃を俺と同じように俺の首にあてがった。
けれど。
「残念だな、俺の方がどうしても早い」
「ざんねーん…」
ハンマーが引かれていないそれでは、どうしたってやはり、俺の攻撃より遅くなってしまうわけで。
たいして残念そうにしていない恋人とくすくす笑い合う。
「……」
――あぁ。
「……」
このまま、この引き金を引いて。
恋人のこの、笑う喉に、弾丸を撃ち込めたなら――。
この喉は、簡単につぶれてしまうんだろう。魔力体だから、簡単に治せもしてしまうけれど。
「……本当に残念だな」
このまま、壊せてしまったらいいのに。なんて。そう思う俺は本当に歪んでいる。
この口から愛を聞きたいはずなのに、時折すべて壊してしまいたくなる。それは、わがままだろうか。
「…りゅー」
「うん?」
こみあげてくる何かを抑えるように、ぐっと手に力を込めていると。クリスティアが甘い声で呼びかけてきた。それに、俺も甘く応じて。
甘ったるい目を、見れば。
「…こーさん、しなきゃ、だめ?」
なんて。
俺の理性を揺さぶることを言ってくるから。
「本気で撃つぞ」
「それこそ本望…」
「知っているが」
揺さぶられたことで、逆に冷静になって。
空いた手で、クリスティアの頭を撫でた。
「今は、な」
この場ではだめだと、理性の方が働いたので。彼女に降参を促す。すると恋人は、今度こそ残念そうにむっとして。
「じゃあ、こーさん、します」
なにに対して残念かなんてことはわかっているので、笑ってやって。
「今は”終わり”、な」
新学期早々、勝利を収めて。
楽しませてくれた恋人を抱きしめてやった。
そうして戻って行った先にいた道化達には思い切りドン引きされていた。
「……毎回あんな感じなのか炎上……」
「今回はあそびが多かったが?」
『ど、どこが……』
「なぁ?」
「ねー」
そして会話をするたびによりドン引きされている。おかしいな。
「俺達よりもあの双子の方がすごいと思うが?」
『もう十分ですのよ……?』
「お前達もちゃんと理解するときがくる」
「えっと、一生来なくていいかなと思うんだけど……」
そういう閃吏に、きっと来るさとどこか、確信をしながら。
「楽しみだな刹那」
「ねっ」
二重の意味でそう言って、恋人と笑い合った。
『理解するのは、狂気か、すごさか』/リアス
体育祭とか夏休みとかが入ったこともあってまだ習慣にはならない合同演習。
けれどまぁ戦えるのはなんだかんだ楽しいよねって、始まる前は楽しく妹と話していたんだけれども。
「……」
「ご機嫌斜めですかお兄様」
「聞き捨てならない言葉が聞こえる」
「あらまぁ、龍ですか」
そこですぐリアスだってわかるのもすごいけれど。否定はないので頷いた。
「刹那も頷いてるけど、龍の、俺らの方がすごいっていうのは聞き捨てならないわ」
「まぁ、同意ですわ」
「どっちに?」
「聞き捨てならないに、です」
まるで鏡のようにストレッチをしながら、きっと表情も同じなんだろう、不満さは隠さない。
「龍みたいな狂った戦い方はしませんものね」
「恋人痛めつけて楽しいなんて思考はないわ」
おっと観客席の方から「そもそも相手いないだろ」って聞こえたぞ。親友はあとで呼び出しでいいのかな??
「俺今日絶好調かもしれない」
「それはそれで楽しそうですからいいですけども」
お互い絶好調かもねと、目を見て笑い合って。
「んじゃ行きますか?」
「えぇ、お願いしますわ」
ストレッチをして体がほぐれたということで。
「はじめっ!」
【デスペア】
【リザルチメント!】
互いに武器を出して、スタジアム中央へと走り出す。
カリナが振りかぶったのに合わせるように俺も振りかぶって、スタジアム中央で刃を合わさった。でかめの金属音を聞きながら、笑って。
準備をしつつ、口を開く。
「打ち合いできんのは華凜とならではだよね」
「かもしれませんわね。男性陣は対刹那ですとあの子吹っ飛びますし」
「なんだかんだリアスとは魔術メインで行くし」
「こうした打ち合いもするんですけれどね。あくまでサブでしょうか」
そう考えると俺らは同じくらいの割合で打ち合いと魔術かな。なんて思っている間に魔術が完成。
あ、向こうも準備できた感あるな。たぶんこれ撃つタイミング一緒だよね。さすが双子、考えてることは一緒かな。
目が合ったということで、んじゃ行きますか。
息を吸って。
――放つ。
【闇!】
【光!】
練りあがった魔術を同時に具現化すれば、俺からは闇、カリナからは光の球が目の前に現れた。ほとんど同じくらいの大きさのそれは、ぶつかったと同時にふっと消える。
それを横目で見届けつつ、刃を打ち付けていった。
「次どうしよっか」
「別にお揃いで魔術を放ちたいわけではないんですけれどもね??」
「それはそうなんだけども」
いかんせん双子だからか似るんだよな。あぁでも持ってる魔術的にそっくりなのはもうないか。じゃあどうしよっかな。
「んじゃ華凜」
「はいな」
「風と闇だったらどっちがいい?」
「蛇じゃなければなんでもいいです」
なんでよ。
「かわいいだろ」
「そこはあまり理解はできませんけれども」
クリスティアなら理解してくれんのに。毎回なんでこう、リアスとカリナって思考そっくりなんだろうね。俺とクリスも結構そっくりなんだけども。
さてどうしよっかなと、刃を打ち付けながら悩んでる”フリ”をして。
少しずつ、魔術はしっかり準備していく。思考と魔術練りの合間に打ち合いをして、なんだかんだ忙しい中、妹が口を開いた。
「そうだ」
「ん?」
「風とか闇はなんでもいいんですが」
「うん」
「睡眠魔術は嫌ですわ」
――つまらないので。
そう妖艶に笑うカリナに、俺の口角も上がって。
「当然」
楽しくなって、つい刃を押す力が強くなる。
「俺だってあれ好きで使ってるわけじゃないし」
対クリスでも、あいつの「終わり」の合図が必要なければ使わないし。
ましてやこんな、「おあそび」のバトルで使ってちゃもったいない。
「安心してよ、使わないから」
「それは安心しましたわ」
では、と。
妖艶なままカリナが少し力を強めてきたので。俺も一気に魔力を練っていく。
ぐっと押し込んできた刃で俺の千本をはじいた瞬間を見計らって。
【風神の加護】
【ルス・ジュビア】
カリナが出してきた光の雨を、風のバリアではじいていく。うわ、詠唱なしでも結構威力あるな今日。
「なに、相当テンション上がってる?」
「久しぶりの兄妹本気に近いバトルですから」
カリナがにっこりと微笑めば、魔術の途中なのにその威力は強くなった。ほんとに厄介だな今日は。
対して俺はテンション低くならないと闇の魔術の威力は上がらないので。テンション的には不利か。
「実は今日不調だったりするんです?」
それを見越してるカリナに笑う。
「煽ってると今度はお前が危ないんじゃない」
まぁ楽しくなってそこまでテンションは下がんないんですけどね。
若干から笑いをしつつ、光の雨をはじいてカリナへと向かっていく。
【ドゥンケル、ランツェ!】
近づいたところで闇の槍を――おっと思った以上に小さいな?? まじか槍っていうか普通に剣じゃないこれ。あ、まじ??
「……剣ですか?」
「俺の言葉が正しければ槍出したつもりなんだけどね??」
「……調子がよろしくなくて?」
「いやまぁ絶好調なんだけども」
すごくない? 刃合わせたら剣と剣がぶつかりあってる感じになったよ。うん、絶好調なんだけど闇魔術は絶不調かもしれないわ。
「……俺の心と魔術があってないかもしれない」
「まぁあなたテンション下がってこそですもんね」
そりゃテンション上がったら出ないよね闇魔術。申し訳程度にしか出ないわ。
「なんかこう、ほら、陽動みたいな感じでってことで」
「本人一番びっくりしてたじゃないですか」
「言わないでくんない??」
恥ずかしいわ。あ、でも今のでちょっと槍でかくなった。
「さんきゅ華凜」
「あなたはあなたでほんとに厄介でしょうよっ……!」
でかくなったことで少し重みが増した槍に、カリナは少し体勢が崩れる。んじゃその隙を狙って。
「っ、きゃ!?」
「ごめん痛かった?」
ぱっとしゃがんで足払い。対応できなかったカリナはきれいにスタジアムに転んでいった。
「痛かったとか聞くのであれば優しくしてくださいな」
「それは無理でしょ」
だってお前魔術練ってるもん。
バリアは解除しないまま、カリナを見下ろして。
【華乱睡塵槍!】
「うわ、まじ?」
後ろからやってくるそれを、カリナごと守るように少しバリアを広げた。
「さすがに容赦なさすぎなんじゃない」
「一応戦場ですので」
それもそうかと笑って、俺も魔術を練る。
【嵐の弾丸】
お返しと言わんばかりに、けれどカリナと違って正面から、風の弾を展開して発射させた。
「っ」
【風蛇!】
「蛇は嫌だって言ったじゃないですか! っきゃあ!」
「俺イエスは言ってないけど?」
風の弾を横に跳んで避けたカリナの足元に蛇を出して、着地した瞬間を狙って蛇に足を掴ませる。そうしたらまた転んで、さっきと違って恨めし気に俺を見上げてきた。
「さっきまで楽しそうだったのに」
「誰のせいですかっ」
「俺かな」
まぁ、これで光魔術の威力も低くなったでしょ。こうなった場合、カリナは。
【桜の雨!】
弱くなったものではなく、威力が変わらないものを使う。
相変わらず俺はバリアではじけるので、構わず歩いて行った。
「あなたのそのバリア、ほんとに面倒ですわね……」
「龍のリフレインよりよくない? あれ無効化すんじゃん」
「あなたのは魔術を弾いてくるじゃないですか」
「でもお前には当ててないよ」
転んだから膝すりむいてるけど。ほかのところは無傷。俺が当てたものは一切ない。
「龍がこれ使ってたら迷わず当ててたよね」
「歪んでますものねあの男」
「俺はあいにくあんな感じでは歪んでないから」
言いながら、足を掴まれて動けないカリナにまたがるように立って。
その心臓に向けて、手で銃の形を作る。
まだ逃げ道は用意しておく。
もう少し楽しみたいし。
そう、笑って。
「俺は傷つけずに、一突きで終わらせたいしね」
いつかの日のように。
あれはどのみち未遂だったけど。
どんな顔してるかな今。カリナが少し困ったように笑ってるから、俺も少し歪んだ顔してるかも。
まぁいっか。
「さすがにこれで終わりなんて言わないでしょ?」
「……もちろんですわ」
「んじゃさ」
もっと楽しませてよ。
笑ってやれば、カリナも強気に笑って。
【桜吹雪】
ぶわっと、風と桜の混合魔術を俺の周りに展開した。
魔術ではじいてるから俺に効きはしないけれど。視界が見えないから目くらましかな。
でも音聞こえるよ。
「視界悪くなると音の方に敏感になるけど?」
「っ」
足音がする方に千本を投げれば、カリナが息を飲む音が聞こえる。
こつこつヒールに近い靴だからより際立ってるな。
「羽で飛べば?」
「それは負けた気がしますので」
「相変わらずプライド高いね」
足音の方に千本を投げて行って、カリナと見えない鬼ごっこを楽しんでいく。
さぁ次はどこに行くかな。
お。
「っと」
「あら残念」
一瞬音が途絶えたと思ったら、まったく逆の方向から気配。反射的に千本を構えたら、そこにカリナの刃がやってきた。
「テレポートか」
「ご名答。羽はどうしてもスピード落ちますから」
「さすがかしこい」
「光栄ですわ」
なんて、たぶん思ってもないけれどそう言って笑って。
ふっと、また消える。
さて俺はどうしようかな。
逃げはしない。
考えるのは。
――どう終わらせるか。
ただそれだけ。
今日はどんな顔が見たいかな。
悔しそうなのは絶対入るから、そこはいいや。
嬉しそう? うーん、今の気分は違うな。
――あぁ、あれだ。
驚いた顔にさせよ。
決まったら、そっと口角が上がって。
自分の周りに展開していた加護は解除する。
桜吹雪が俺の服を切り始めるけど、気にしない。魔力を練って。
「行こっか」
小さく、呟いて。上を向く。
迷わず一点。
空めがけて。
【嵐の弾丸】
一発だけ、それを撃ち込んだ。
俺の風の弾丸は、カリナの風や桜を晴らすように上に上がって行って。
上から落ちてきているカリナの、驚いた顔を見せてくれた。
それだけで俺の口角はさらに上がって。
まずいと焦っているカリナに、もう一つ魔術。けれどこれは別に詠唱はいらない。
練った魔術を、具現化させて。
「はい、終わり」
カリナが落ちてこないように、風のヴェールで包んであげる。
宙に浮いたカリナの首元には千本。
ついでに俺の足元とかにも風の刃を出して。
カリナの後ろにも、千本を展開させる。
落ちても下がっても何かが刺さる、そんな状況にして。
「どうする? 続ける?」
わかりきったことを、聞けば。
「……その前に一言よろしいです?」
「いいよ」
にっこりと笑って言うので、甘い俺は、それを許す。
それにありがとうございますと笑ったカリナは、口を開いて。
「……一突きって言葉、知ってます???」
その、言葉に。
「一回で刺せば何本刺さっても一突きだよ」
なんて妹よろしくにっこり笑って返せば。
絶対違うでしょうよって言葉のあとに、カリナから降参をいただきまして。休み明け一発目の合同演習、勝利を収めた。
「だから言っただろう、こいつらの方がすごいぞと」
「だからそれ心外なんだけど?」
カリナのことはちゃんと丁寧に下ろしてやって、リアスたちのところへ戻る。
そこには、相変わらずって顔した恋人たちと。
「『じゃんけんほいっ!!』」
ペアを組みたいと朝にやってきた同級生たちがいました。待ってなにこれ。
「……これはなんのじゃんけん?」
「お前達のを見て途中から、自分達の再来月をかけた戦いを始めた」
「要はペア決めですか」
「二人一組でやればいいのに…ずっとあいこ…」
あぁまぁでも気持ちはわかる。
「この魔王と戦いたくないよね」
「心外だな闇の勇者」
「何その厨二な勇者」
それこそ心外だわ。
親友の隣に座って肘でそのわきを小突いてやって。
「まぁこのくらいやるのは俺ら互いくらいだし、大丈夫だって」
「あんなの普通にやったら精神崩壊しますからね」
「ほんとほんと」
おっと後ろのじゃんけんの勢いが増したぞ。
そしてなんか隣の目が気になるな??
その気になる方向を見れば。
「……精神攻撃するからお前らの方がすごいというんだ」
「…気を付けた方がいいよ…」
なんて、カップルにほんとにあきれた目で見られているけれど。
俺達双子には理解できなかったので。
「うわぁぁ僕か!!」
「どうしよう生きて帰れる気がしない!!」
俺ら四人のペアに決まった四人の悲鳴を聞きながら、ひとまず続く演習へと目を戻した。
『その悲鳴は、歓喜か絶望か。なんて聞かなくても、答えはわかってる』/レグナ